2017年9月20日 (水)

さつま芋のお供

 
 ドラッグストアのポイントが溜まって(残念ながら神様のポイントではない)焼き芋器に交
換したのが去年の秋。
 
  それから1年、暑い夏の日も 焼き芋器はよく働いてくれました。
 
  これは陶器(みたいな感じ)の入れ物の中に セラミックのボールが入っていて、そのまま電子レンジに入れて加熱するという代物。
 
 何年も前から、私は「40分くらい時間をかけて焼く焼き芋鍋」を愛用していた、
部屋中に香ばしい焼き芋の匂いが充満して それはそれは至福の時ではあったんだけど、大きな鍋にさつま芋を並べると 大きさにもよるけれど3~5本は入る。
 で、焼いてしまうと「せっかく美味しいんだから、今食べないとね~」となって 全部食べてしまう。
 
 それは完全にカロリー超オーバー。
 
  この焼き芋器は1本しか入らないのと、4分加熱、芋を裏返して4分の計8分で食べられるのがメリット。
 
 焼き目はつかないし、香ばしい匂いも無いのが残念ではある。
もしかすると甘さも 焼くよりは落ちるんじゃないかな。
 
でもお手軽で便利♪

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 写真手前の物は、カマンベールチーズ。
 
 これがすごい威力を発揮してくれるの。
 
 すごく甘いさつま芋は、この焼き芋器でもけっこう甘いんだけど、さほど甘くない芋にもあたる事があり、ただの『ほくほくした黄色いもの』を味わうはめに。
 そんな時、カマンベールチーズを一口かじってから さほど甘くないさつま芋を食べると、あ~ら不思議! あまーい♪ と なるわけです。
 
 こうして『カマンベールチーズ→お芋→カマンベールチーズ→お芋→』と 繰り返して口に。
 
 で、食後、2時間くらいで必ずトイレに参りま~す。
 
 …でも たまには焼き目のついた焼き芋も食べたくなるねぇ。
 
 

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2017年9月11日 (月)

ここちゃんと初観戦♪

 ここちゃんとカッカとばぁばをお誘いしてパロマ瑞穂スタジアムで5人で観戦しました。
 待ち合わせの広場に先に着いたここちゃんは すでにグランパス君一家と写真を撮ってた^^
 一度でも会って触れ合うと大好きになる素直なここちゃんは、去年、イオンで会ったグランパス君が大好き。
 
 今のところ グランパス君>寿人
 
 11番のレプユニとタオルマフラー、キラキラ赤いスニーカーを履いて、めちゃくちゃ可愛いんですけど~~~~涙笑。
 寿人が怪我で出ないので、選手紹介のチャントやスタジアムグルメを楽しんでもらえばいいかなと思ってたら・・・なんとキックオフ前に、寿人が「フェアプレーなんとか…」の挨拶に!
 ここちゃんは『ゆうこさんの好きな佐藤さん』を見ようと 一生懸命首を伸ばしてました(笑
 
 グッズ売り場で早速購入したグランパスリボンで前髪を上げて、ぬいぐるみも抱っこしてご機嫌なここちゃん♡
 1500円以上買うと貰えるシャビエルのお面も!
輪ゴムを持ってなくて「着けられないね」と言ってたら「さっきのお店で、お面貰った人が輪ゴムも貰ってたよ」とここちゃん。
 
 さすがよく見てるーーーーーーー!
 カッカがすぐに飛んで行って輪ゴムを貰ってきて、ここちゃんお面装着。

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 あの写真のお面は シャビエルに限らずリアルで異様で面白い。
子どもが着けると、全身のバランスがおかしいから、更に不気味(笑
 春から飼い始めたここちゃんちのわんちゃん。
ここちゃんと相思相愛で、もう本当にお互いが大好きで大好きで信頼し合ってる様子を写真でも見せてもらってる。
 
  帰宅後、ここちゃんは シャビエル面を被って わんちゃんと遊びたかったんだけど、わんちゃんがビビってしまって出てこない…と メールを貰いました。
 うんうん^^
 きっと 気配や匂いで「ここちゃん 帰って来た~~~~♪」と飛びつこうとして…ギョッ!
後ずさり…。
 ここちゃん・・・のはず。
 ・・・でも ここちゃんじゃない。
 なんだアレは!?
と わんちゃん固まってしまっただろうなぁ。
 スキンヘッドのシモビッチ選手や おひげのシャビエル選手は きっと ここちゃんのツボにはまると思ったんだけど、動き回るピッチでは しっかり確認もできず。
 ここちゃんは双眼鏡を一生懸命覗いてました^^

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 帰り道の混雑を避ける為に ハーフタイムに出て来た。
 
 ゴールがあれば もっと盛り上がったんだろうけど。
 
 私も寿人が出ないとわかってると 応援もお座なりな感じだし…汗。
 またいつか一緒に観戦できるといいなぁ。
 
 寿人ゴールを一緒に見られるといいなぁ。

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2017年9月 7日 (木)

やっぱり妖力使い

 
 長くお付き合いしている同病のMさん。
 隣町に住んでいるし、同じ病院に通っている時期もあったので、会おうと思えばいつでも会えるんだけど、お互いに制限のある身なので、頻繁には会えずにいる。
 
 そして彼女は『自分よりも相手の気持ちや都合を優先する』人。
私が無神経なお節介をすれば 彼女は全力で応えようとしてくれちゃうので、押しの強い私は、そこは気を付けているつもり。
 
 5月に彼女のブログで『関節固定手術を受けた』のを知った。
 もっと前にする予定だったのが骨折によって延期になったのは知ってた。
 
 そういう経緯があるので『振り回しては申し訳ないと思って事後報告』と 彼女らしい気の遣い方。
 私の通う病院か隣町の市民病院なら 私 お見舞いに行こう!って なるからね。
 
 その5月のブログは「傷が早く治るように、そっと応援してください」と結ばれていた。
ここで 普通なら『厚意』の押し付けをする私が ちょっと立ち止まった。
 
  私なら『しばらくは面会するのもしんどいので、会えるようになったら こちらから連絡します』とでも書きそう(実際、入院すると友達には『しばらくは人に会えない。会える状態になったら連絡するから面会に来てね』と連絡する)だけれど、彼女は そんな風に厚かましくは言わないのよね。
「そっと応援してください」は、そういう事なんだろうなと理解した。
 
 そうしているうちに、気温・湿度・紫外線上昇の苦手な季節が来て、その上、人工股関節亜脱臼というアクシデントも重なり、私の外出も必要最小限になってしまった。
 
 手っ取り早い連絡は、PCメールなんだけど、彼女がPCを開ける状態なのかどうかも不明。
 ブログも更新されてないから、もしかしたら想像以上に大変なのかもしれない。
 
 いろいろ考えた。
 
 彼女と私の 一番安心できる連絡手段は『手紙』
 でも、もし彼女が 私が思う以上に悪い状態なら、開封する事さえ難しいかもしれない。
 
 あれこれ余計な事を考えて、手紙も書けずにいたんだけれど、4日(月)の夜、何かに突き動かされるように躊躇なく手紙を書いた。
 「お返事は要らないです。 でも Mさんの妖力で『読んだよ~』と知らせてね」と結んだ。
 
 
  『妖力』とは、Mさんと私の間で使われる特別な力。
 
 昔、マンションに住んでいた幼い女の子の事をブログに書いたら、すぐに彼女から手描きの『女の子のイラスト』が送られてきた。
 その女の子は、私がブログには書かなかった『くるくるくせ毛のツインーテール』
 なんで分かったの!? どこかで見てるの?
 
 他にも私に起きる色んな出来事を予知してたか 見てたかのような事が数回あり「Mさんには妖力がある」と認定。
 
 久しぶりの手紙も その妖力に頼って5日(火)の通院の朝、投函したのでした。
どんな形で知らせてくれるかなぁ~ 楽しみでもあった。 
 
 そしたら!!
 なんとMさん、5日に3ヶ月半ぶりのブログを更新してたのです。
おまけに、私が手紙に書いた事の相槌のような答えのような内容。
 
  5日の朝の投函だから、手紙はまだ届いてないはず。
「やられた~~~~(笑)」と 思わず声が出る。
 
 おそるべし妖力使いのMさん♡

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2017年9月 1日 (金)

無力なヒサ婆

 
 26日土曜日、豊田スタジアムで レミちゃんと「今日もゴールするといいねッ!」と手を握り合って別れ、始まったウォーミングアップを見た。
 
 あれぇ…? スタメン組に見つけられない…念の為に控え組を見る…居ないよねぇ。
見逃してるね…と またスタメン組を凝視するも やっぱり居ない。
 
 え? 居ないわけ?
 ネットでチェックもせずに『今日はどんなプレーで どんなゴールを魅せてくれるかなぁ~』と呑気にワクワクしてた。
 
 なんで?!
 
 前々日の非公開練習後の公式コメントでも異変は無かったよ。調子よさげだったよ。
調子悪くてベンチからも外れたって事は無いはず…だとすると…。
 
 寿人とごく親しい人が通りかかったので、思わず聞いてしまう。
「寿人さん どうしたんですか?!」
 
 怪我をした・今日スタジアムには来てる
 
 今日来てるって事は、動けないような怪我では無いんだね。
 それだけは理解して、それ以上は聞けなかった。
 
 寿人の居ない試合・・・グランパスに移籍後も 怪我で居ない試合はあった。
でも ここんとこいい感じだったから、あらためて『寿人が居ないグランパス』を痛感させられた。
 
 普段は『無知のくせに寿人にだけは厳しい目』のヒサ婆なのに、居ないとなると『あ~~!今のとこ、寿人が居たらごっつぁんで決めてたよね』 『寿人だったら ここに走りこんでたよね』 『寿人が居れば…』
 
 ヒサ婆の『脳内寿人ゴール』は2本決まったけれど、実際の試合は負けてしまった。
 
 グランパスから退場者を出した試合後、ネットでは「寿人が居れば、落ち着かせてくれた」
「寿人が居れば もっと冷静になれた」と
『寿人が居れば』が並び、そこはちょっと嬉しかった。
 
 
 すぐに公式でハムストリング筋損傷 全治3週間と発表された。
 
 寿人が怪我しませんようにと祈るのがヒサ婆にできる唯一の応援だったのに、移籍後2回も怪我をさせてしまった・・・。
 はぁ・・・無力だ。
 
 移籍直後『名古屋で怪我や病気や事故させない!』と それはもう必死で祈ってた頃と比べると、ご家族が引っ越して来たから 病気の心配はしなくてもいいかなぁ~と 気が緩んでいた。
 
  近頃は寿人らしいプレーもできるようになってきて この数週間は『怪我するな!』よりも『ハットトリック決めてくれ♪』に気持ちが大きく傾いてた。
 サッカーの事なんて何も分からないヒサ婆が 簡単に「ハットトリック決めて」なんて思ってちゃいけなかった。
 
 
 有料サイトでは「3週間もかからなさそう、痛みも無いので」とコメントしてた。
 
 でも 痛みが無くてもダメだよね。
 大好きなサッカーができないの辛いだろうな。
チーム内の連携もうまくいき始めて 寿人らしいプレーができるようになってきた所での離脱 残念でたまらないだろうな。
 
 今のグランパスは怪我で離脱すると、怪我から復帰した時、元のポジションに戻るのが難しいらしい。
 離脱して落ちた体力や試合勘を取り戻すのに ある程度の時間がかかるのは当然。
でも「戻った時、チームのスピードが 怪我前よりも すごく速くなっていて、そこについて行けない」と、有望な若手選手が みんな苦労している。
 
 ベテラン寿人は、頭も使って、離脱中から心身ともにできる準備をしてるでしょうけれど、焦らないで…でも悠長にはしてられない…ヒサ婆 悶々です。
 
 
 

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2017年8月29日 (火)

刹那の幸せを重ねて

 
 
  母が「要介護5」になりました。
 
今は 特養でお世話になっているので、私自身の負担は 数年前の要介護2の頃の方が大きかった。
 
母に認知障碍の兆しが見え始めたのが平成8年頃。
 
 老化による衰えと それを認めたくない母のプライドと向き合って 『母大好き』な私は 何度も何度も泣いた。
 
毎週、実家を訪れて片づけや郵便物の整理、食事の世話、歯医者と内科の通院などをし
「私はそんなにボケてない」(ボケてるなんて言った事ないんだけど)
「ゆうこに監視されてるみたい」
「有難迷惑」と 毎回 言われた。
 
 以前の母なら ちゃんと説明して話し合えただろうし、納得すれば感謝さえしてくれただろうに、もうそれは無理だと思うから反論もせず帰宅する車中で泣き、仕事から帰った夫に話して泣き…。
 
そんな数年間を経て、デイサービス→グループホーム→特養と お世話になる施設がステップアップ(?)していった。
 
 2015年末には 私の事もわからなくなった。
 
 それでも、私の『覚書帳』の中には、母とのささやかな嬉しいコミュニケーションの記録が残されている。
 
グループホームに入所して、実家の家事から解放されてからは、私に 母との時間を楽しむ心の余裕もできた。
 本来の『仲良し母娘』の再現もあった。
 ホームのリビングにいる母は私を見つけると満面の笑みで手を振り、職員さん達に「これ、私の娘なの!」と自慢気に紹介してくれたなぁ。
 車に乗せて喫茶店へ毎週行った。
「私ばっかり幸せで お父さんに申し訳ない」と助手席で言う母。
「こんなお母さんでごめんね。ゆうこに苦労かけるねぇ」とも。
 
数年前までの しっかりした母と比べたら『なんでこんな風になってしまったの』と思いたくなる状況だったはずだけれど、私は一度もそう思わなかった。
 
 『この状態が最高なんだ』と いつも思ってたから。
 
 認知障碍は どんどん進んでいくから、ノートテイクの会話が何とか成り立つ事も、自分で食事ができる事も、グループホームのお仲間の悪口(自分が聴こえない自覚が無いので「あの人は挨拶しない」など)を言う事も、全部がありがたかった。
 
 予想通り、私の事を忘れ、母の口から意味のある言葉が出なくなり、歩けなくなり、食事も口まで運んでやらないと食べなくなり、表情が無くなり・・・枯れ木のような大きな赤ちゃんになってしまった。
 
それでもね、毎週 母の所へ行き、おやつを食べさせる時 『いつか寝たきりになって、流動食しか摂取できなくなる時がくるかも』と思うから、スプーンに噛みつかないように絶妙なタイミングで抜き取りながら それができる事が幸せだと思える。
 
 母が愛しく可愛らしく思える。
 
無表情で何を見てるのかもわからない母が 時々、私をじっと見る瞬間がある。
『見てる』のか『たまたま視線が向いた』だけなのか定かではないけれど、私には『私を見た』と思える。
 「おかあさん!」と思わず呼びかけてしまう。
もちろん反応は無いけれど…。
 
母の手をとって手遊びをしていると、車椅子から そっと上半身を傾けてくる事もある。
そんな瞬間がたまらなく嬉しい。
 
上半身を傾けてきた母に私が顔を近づけると、そのまま顔を寄せて来る。
 
 私のおでこに 自分のおでこをそっとくっつけてくる。
 
 おでこをくっつけたまま、私も焦点の合わない目で母を見ると、無表情ながら母の目も私を見てる。
 「おかあさん、なに? なぁに?」
 もちろん答えは無い。
 
特養で母と過ごす時間の中の ほんの数秒間のふれあい。
 これも次回にはあるかどうか分からないから大切な出来事。
 
刹那の幸せを重ねて、母の認知障碍は間違いなく進行していく。
だから私は『今の幸せ』を大事にしたい。
 
『刹那の幸せ』も 一年後、もしかしたら数ヶ月後には『温かい大切な思い出』になるんだから。
 
 
 
 
 

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