2018年4月23日 (月)

「やってまった!」

 
 NHK朝ドラ「半分、青い。」久しぶりにしっかり観てます。
 
 舞台の岐阜が近いので、知ってる地名や『あ、あれの事だな』と想像のできる架空の固有名詞が出て来るのも楽しい。
 
 岐阜の言葉は、名古屋弁とイントネーションが似てる。
 ドラマで聞く名古屋弁は「うぅ~違う違う!」って事が多くて、見ててもぞもぞしちゃう。
 
 このドラマでも「…違うんだなぁ」と思う事もありつつ「お、上手いじゃん!」と頷く事もしばしば。
 回を重ねるごとに、俳優さん達の名古屋弁(岐阜言葉)が上達してる^^(上から言ってます)
 
 始まった頃「やってまった!」が 何度も出て来て これは流行語大賞を狙ってるな!と ほくそえんだ。
 最近 出てこないので 流行語大賞はもういいの?
 
「ま~ぁかん」も良かったのになぁ。
『まあ あかん』じゃないんだよねぇ~。 (名古屋弁圏の人しかわからない)
 
 松雪泰子さんや原田知世さんが「ありとう(『が』が高い)」と 上手に言う度に にこにこしております。
 
 ただ…近頃、子どもでも「ありとう(『が』が高い)」とは言わなくなってるのよねぇ。
「あがとう(『り』が高い)」が普通になってるなぁ。
 
 もちろん「やってまった」なんて言う子どもは見た事が無い。
私が子供の頃は、みんな使ってたはずなんだけどなぁ…まさか 私だけって事ないよね?
 
  NHK朝ドラさん「やってまった!」もう少し 使ってみてくれませんか?

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2018年4月17日 (火)

神様は見ている

 
 連敗中の名古屋グランパス…。
 実は『チームの勝利よりも寿人のゴール』を願ってしまうダメダメなヒサ婆でも、これはちょっと苦しい。
 キャプテン寿人であっても、出番が少なくプレーで引っ張れない分、チームメイトを鼓舞するのも難しいだろうなぁと想像する。
 そんな中で、11日(水)の仙台戦で ジョー選手のPKの裏側にあったいい話を知った。
 ジョー選手のシュートが相手選手のハンドを誘い得たPKだから、当然 蹴る権利はあるものの、本当はその日は長谷川アーリア選手がPKを蹴る事になっていたそう。
 でも寿人がジョー選手に駆け寄り「大丈夫だから頼むぞ」とポルトガル語(話せるんだ!?)で声をかけて ジョー選手が見事にPKを決め、その後、ジョー選手がもう1点。
 鳴り物入りで加入して 期待に応えられていなかったジョー選手には良い起爆剤になったと思う。
 ジョー選手を思いやり、寿人も立ててくれてPKを蹴る権利を快く譲ってくれた長谷川アーリア選手にも感謝。
 そんな嬉しい話を聞いて 私も言いたい。
 前半 交代(させられた)深堀選手が戻って来る時、私はスタンドから見ていて可哀相で(失礼な言い方かも)抱きしめてあげたいような思いがしてた。
 交代した選手はベンチの端から握手かタッチか(お疲れ様の意味だろうね)をするんだけど、一番奥に座ってた寿人が誰よりも早く立ち上がったのが見えた。(他の選手は座ったままだったと思う)
 そして全選手とタッチを終えて来た深堀君を 立って出迎えた寿人が ポンポンとした。
「よく頑張ったぞ」なのか「次こそ頑張れ」なのか…とにかく思いやりを感じる所作だった。
 自然にそういう対応ができるのは 年の功もあるかもしれないけど、寿人の持って生まれた気配りや思いやりなんだろうな。
 広島時代、寿人が若手にクロスを上げさせてシュートする居残り練習をしてたのは有名な話。
「このタイミングで」
「ここに出せ」
細かく要求して それに応えるべく何度も繰り返し蹴ってたと聞く。
 試合中、ボールを持ったら「まず寿人を見る」のが暗黙のルールだったし、寿人に良いクロスを上げられるのがレギュラー獲得の早道だと、私は思ってた。
 
 そして寿人の居残り特訓の効果は、もちろん寿人のゴールにも直結してたし、アオちゃんや航平君を成長させたとも思ってる。
 
 グランパスで 寿人が「俺に合わせてクロスを上げろ」って居残り練習するのは…残念だけど無理かなぁ。
 今は「ジョーが打ちやすいように上げろ」って練習すべきなのかな。
 でも そんな勝手な居残り練習をしたら 監督への造反になっちゃうのかな。
 などと、サッカー無知・ど素人・運動音痴のヒサ婆が ちょっぴり考えてみました(汗)
 
 明日のルヴァン杯、広島戦。
絶好調、首位独走の広島が相手…。
 ここで何とか修正し、気持ちを切り替えられるような結果(=勝利)が欲しい。
 寿人だって、他の選手達だって「そこそこ試合に出てればいいや」とか「練習してるだけでも給料はもらえるんだし」なんて思ってない。
 誰もが勝ちたくて勝ちたくて、自分のプレーで勝ちたいと思って頑張ってるに違いない。
 わかってるから安易に「頑張れ」と言うのが辛いけど、でも頑張るしかない。
 寿人の思いやりの裏にある熱い闘志も信じたい。
エゴイストが許されるFWというポジションで、チームメイトを気遣わなければいけない矛盾。
 若い選手を思いやる優しさを神様は見てるよね!
 寿人のゴールで「うおぉぉぉーーー!」と雄たけびを上げ、スタジアム全体が盛り上がり、ピッチの選手たちが更に躍動し、久しぶりの勝利に
♪なごやー 俺らの-♪と 声が裏返りながら歌う寿人を見せてください!
 
 

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2018年4月 9日 (月)

受容する

 
 
 右股関節に痛みが出始めたのは 去年の年明け。
 「あ~ちょっと痛いなぁ…人工関節に異常が出てるのかなぁ」
 
 そして去年の夏、亜脱臼。
 亜脱臼の激痛は数日で治まり「あぁ~良かった」
 
 でも年明けからの痛みは消失する事が無く、少しずつ増していたんだと思う。
 
 2018年が明ける頃には、毎朝、起き上がる時に「あぁ…痛い」と。
一日の始まりに毎回 痛みを感じるのって 本当に嫌だ。
 怪我の痛みなら『日にち薬で治っていく』と思えるから我慢もできるけど、私の股関節の痛みは進行するのみだから気が滅入る。
 
  2004年に右、2012年には左を人工関節置換して、いくつかの禁肢位や不便はあるものの、時には杖無しでも歩くようになり 楽だなぁ、ありがたいなぁと思ってた。
 
 2012年からの5年間だって、たまに激痛(自分で理由がつけられる・回復する)があって
 室内でも杖に頼らなければ立てない事もあったんだけど、それは一過性で、そんなにめげなかった。
 
 なのに『悪くなっていくだけ』の日々が再開するとは…。
 
 そして、近頃は、毎朝起床時の痛みが『当たり前の痛み』になってきた。
痛いのが普通なので、痛みを少しでも回避できるような姿勢をとる。それでも痛いんだけどね。
 
 『当たり前の痛み』になると 気が滅入る事はなくなる。
 あぁ、私の受容力の素晴らしさ☆
 誰も褒めてくれないから自分で褒めとく!
 
 俳優の坂口憲二さんが 大体骨頭壊死症で活動休止を発表して話題になってる、その『大体骨頭壊死症』22年目のわたくしで~す。
 
  坂口憲二さんは、数年前に手術をしてるのね。 それで また痛みが出たとなると その時の手術は おそらく私のケースと同じで『骨切り回転術』でしょう。
 手術してリハビリして 色々気遣いや工夫しながら日常生活を送り、俳優業をやってきたのに「またダメなのかよ…」って 嫌になっちゃうだろうなぁ。
 インドア派の私と違って活動的な人だしね。
でも 今の状態だって、ナレーションとか歩かない役ならできるのになぁ…とも思う。
 
 ・・・私は こうやって自分で迂回路を作って来たんだろうね。
 
 子どもを産んでお母さんになる…と 気負いもなく想像していた自分の未来は 全身性エリテマトーデスの発症により『子供を産まない』道へ。
 
 それでも『理解ある夫と結婚できて幸せ』だと思えたし、人様の子どもを羨んで苦しむ事もく、友達や近所の子どもを可愛がって満足できてた。
 
 『お母さん』になってたら当たり前にやってたであろう事ができない寂しさよりも『子供が居たら こんな事 できなかっただろうな』と感謝する事さえあった。
 
  『できない者の開き直り』とは違う、もっと素直でシンプルな感情。
・子供が居たら こんなに好きな時に寝てられないよね。
・子供が居たら、学校へ急に呼び出されたりして 自分の予定がダメになる事あるよね。
・・・・自分の都合だけで好きな事ばかりできないよね。
・・・・子供の手前 頑張らないといけない事あるよね。
 
 子どものいる人が当たり前にやってる事をしなくてもいい、怠け者の私にぴったりの境遇ではないか。
 
 歳をとってきて「子どもが居たらなぁ…」と 羨ましく思う事は増えた。
それは子供が幼い頃の親行の苦労をせず、ただ単純に『頼れる若い存在が近くにある』のが羨ましいという身勝手な思い。
 
  『今が幸せ』と思えるのは 『今 当たり前にある物がずっとあるとは限らない』と いつも思ってるからなんでしょうね。
 
 股関節の痛み、2012年の手術の前には、痛みと違和感の為に 布団の中で足を四の字にできなかった。
 
 2004年の右股関節置換の前は、運転中、アクセルとブレーキを踏みかえる度に(激痛とまではいかないけれど、かなり強い)痛みがあった。
 
  台所で食事の支度中、股関節がずれた感じがすると椅子に片足を上げて自分で調整し、時に夫に引っ張ってもらった。
 
 私 よく頑張って来たじゃん…。
 今はまだ四の字もできるし、じっとしていれば痛みはほとんど無い。
 
 ただね…室内でステッキをつくと 日常的な動きがいちいち面倒臭い。
 何をするにも 一回一回 ステッキを持つ・ステッキを立てかける動作が入る。
立てかけたステッキが倒れると んぐ~~~っ!となる事も。 だって拾う動作が大変なんだもん。
 
 片手がステッキ用でふさがってるので、タンスの部屋からリビングに着替えを持ってくる事でさえ何往復かしなくちゃいけない。
 結婚以来、夫の下着と明日のワイシャツ・ネクタイは 毎回 私が用意していたけれど、
①自分の下着一式(重ねて片手で掴む)
②夫の下着一式(同上)
③ワイシャツとネクタイ
 毎回 3往復するのが 年明けの鬱状態の頃から 嫌で嫌でたまらなくなり、ストレスを溜めない為に 夫に自分の物は自分で用意するようにお願いした。
 自分の分だけ1回で運べる楽さを毎回 感じております。
 
 骨頭壊死になって 松葉杖をついてる頃でさえ、ちゃんとやってた『夫の着替えの準備』が嫌になったのは歳のせいかなぁ。
 
 痛みも不自由さも受容しながら、でも楽しい事がある幸せに感謝して もう少し頑張らないとね。

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2018年4月 3日 (火)

こっそり花咲かばあさん

 マンションの機械式駐車場の前にある小さな植え込みに 入居当時はサツキが植わっていて、季節になると赤い花を咲かせていた。
 それが歳をとったのか、いつの頃からか だんだん枯れ始めた。
 私は機械を操作して車を待つ間に、石灰化した枝をぽきぽき折って捨てたりもしてた。
 
 そして、去年の春、マンションの全体掃除の日(住民が全員で植木の手入れなどをする)完全にミイラ化したサツキを皆で根こそぎ引っこ抜いた。
 
 ぽっかり空いた土のスペース。
 ここにパンジーなんかが咲き乱れたら可愛いよねぇ…。
 
 私はベランダのプランターでアイビーを育てている…と書くと恥ずかしすぎるな。
切り花は長期間もたせられるのに、鉢植えになると ことごとく枯らしてしまうの。
 
 でも このアイビーだけは なぜかずっと元気でいてくれてる。
 2010年の予想外の長期入院の時は 水やりをしてもらえなかったので枯れたけれど、それでも残った株から再生させる事ができた。
 
 わさわさと生い茂ると、姿の良い処を切ってコップに挿し、キッチンの水回りに置いておく。
 飾りにして楽しんでいると、コップの中で茎から根っこが伸びる。
そこそこ根が伸びると プランターに戻す。 こうしてプランターはさらに大賑わいになる。
 これが我が家のエンドレスアイビー。
 
 さて、去年の夏の終わり、このコップの中で育った小さな株を5つほど、こっそり駐車場前の植木スペースに移植してみた。
 大きなペットボトルに水を入れては せっせと水やりにも行った。(なるべくマンション住人に会わない時間帯にネ)
 
 でも…根つかなかった。 残暑に勝てなかったみたい。
 
 それで涼しくなるのを待って、二回目の挑戦。
 その間にキッチンでは根っこの栽培に励んでましたわよ。
 冬の寒さもあるから今度も無理かもなぁ…と思っていたら、生き生きとはしないけれど、枯れる様子もなく4ヶ月が過ぎた。
 
 そして!!
 春の気配と共に、葉っぱにも力が見え始め、新芽も見えるようになってきた!
ちょっと引っ張ってみたら ちゃんと根が張ってるようで抜けない。

Photo

 おおぉう!! やったぁ~~~!

 ここまで来れば大丈夫!

 我が家のベランダのプランターみたいに、わさわさに茂る日が来るかもしれない☆

Photo_2

 おひたしにして食べられそうな この柔らかい黄緑の葉っぱ^^

 駐車場で操作待ちをする間も見惚れてニヤニヤしてる。

 

 …ただ これ無断で勝手にやってるのよね。

幸か不幸か、水やりに行く時、マンションの人と遭遇した事も一度も無いし。

 今年も もうすぐ住民総出の掃除があるけど、その時

「雑草にしては綺麗だけど始末しておこう」ってなったら…涙。

 それまでに『始末するには惜しいくらい綺麗』に わさわさと茂ってくれるといいなぁ。

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2018年3月29日 (木)

ご利益

 日曜日に 今年2回目の総本山参詣に行って来た。
 快晴の春の空・咲き始めた桜・暖かな日差し・・・気持の良い一日。
 

Fuji

 渋滞中のバスの窓から こんな壮大な富士山も楽しめた。

 信仰の参詣に行くと「行く時は歩けなかったのが帰りは歩けた」なんて話も聞く。

残念ながら、私にはそれほど劇的な変化は無い。

 でも…数ヶ月前の事を思い出すと、明らかに一段階上がったのを感じる。

 1月の参詣では、貸し切りバスに乗る末寺までの『夜明け前の暗い道の運転』が怖くてタクシーを呼んだが、今回は自分で運転して行った。

 よく知った道だし、ほとんど直線だし、街燈はあるし、集中していけば運転できるだろう!と。

 総本山の広大な境内でも、車椅子を使いつつ、場所によっては車椅子をカート代わりに押して移動できた。

 末寺の人達のさり気ない心遣いも いつものようにたくさん貰った。

 バスの中では 何十年も前から今までの参詣の事を 色々思い出した。

母と参詣していた時期もあったなぁ。 バスの中で母娘喧嘩をした事もあった。

膠原病を発症した頃の事も、股関節を悪くして 夫同伴で車椅子を使用した事も思い出す。

 たくさんの辛い事があって、特に病気に関しては『元の体に戻る』事は無く、複数のハンディを受け入れて来た。

 それでも 今が幸せだと思える…それが一番の幸せなんだろう。

ありがたいな、幸せだな…と 何度も思った。

 総本山の参詣を終えると 不思議な高揚感がある。

 少しだけ優しくなれたような気がするし、少しだけ頑張ろうと思える。

 週明け、仕事・病院・特養の母の訪問・ボランティアの総会と 連日 外出し、面倒な事もいくつか…。

 三ヶ月前の私だったら溜息ついてただろうな。

 鼻歌混じりとはいかないけれど「ええぇーい!」と頑張れた。

 グランパスの応援を通じて知り合った元気でキュートなお嬢さん達との交流に思いがけないパワーを貰ったりして、その出会いも神様(私の信仰は『仏様』だけど)のプレゼントだと思う。

 去年一年間は、1月の参詣は雪で断念し(現地は晴れていたそう)春と秋は、グランパスの試合を優先してサボった(汗)

 「今年は グランパスの試合があっても ちゃんと参詣する!」と決意したところ、今のところ運よく試合と重なってない。

 秋の参詣は 今よりももっと元気で行けるといいな!

 

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