2020年11月25日 (水)

「乙女の日々の記憶」つづき

 Instagramの写真がきっかけで、懐かしい時代の扉を開いてしまった。

 高校の友達MからもLINEが来て、しばし当時のファッションの話に。

私「M バレーシューズを染めて(これ うちの学校だけかなぁ)履いてたよね。それとVANの派手な色の小さな金具のついたぺたんこ靴。何て名前だっけ?」

M「そうそう! M-ちゃんと色違いで買って片方替えたりしてたわ」

原色の靴を二人で片方ずつ色違いで履く…可愛いく跳んでた^^

どんな名前だったか、なぁ~んにも出てこない。苦しい…。

夫にもイラストを描いて見せたら「ああ、見た事ある。履いてる子いた」で、名前は出てこなかった。

 

 その日の夕方…MからLINEが。

「あれからずっとVANの靴の名前 思い出してた。ブレーバーじゃなかったっけ?」

そうだーーーっ!! それだーーーっ!! うわぁーい! よく思い出してくれました!! もう思い出せないままだと諦めてた。

Ako2
最初にちゃちゃっと描いてMに送ったのは これ↓
Ako3
その後、なんとMは 陸奥A子さんの漫画本まで探し出して来た! 段ボールの箱に入れて残してあったたくさんの漫画本と付録まで!

Ako1
 こんなに綺麗に保存してあって これ売れるよねぇ!
 綺麗な景色の中に 爽やかな男の子(彼氏)と可愛い女の子がいるだけで 乙女の私達は うっとりしてたっけ。
 さてさて…県外の件の同世代の友達Sちゃんにもブレーバーの話をしたら 知ってた!
S「VANのステッカーをカバンに貼ってたり」
貼ってた貼ってたーーー!
そこから制服の話が拡がる。
S「スカート長め、コインローファー」
そうそう! 不良女子はくるぶしが隠れちゃうくらい長いけど、不良ではない私レベルでもかなり長かった。
S「制服のブラウスはハマカラーのシャツ もしくはポロシャツ」
えええーーー! なんという偶然!
私の制服もブレザー(今のようなお洒落なデザインでは無い)の下は白いブラウス。でもあつらえのブラウスは可愛く無くて ハマカラー(分る人は55歳以上)シャツ着たわ~~。
 ボタンダウンも着た。 でも生活指導の厳しい先生に見つかって何か言われるのは嫌。
男子はボタンダウン着てる子がけっこう居たので、先生も許容してたっぽい。
ポロシャツを着るのはかなり勇気が要った。だって生地が厚いし 襟も袖も明らかに違うじゃん。
でも、少なくとも私は一度も注意された事がない。
大人になってから気づく。
多分、先生はハマカラーもボタンダウンもポロシャツも皆同じ『白いシャツ』に見えてたんだろうなって(笑
 
 白いブラウスの襟元には黒いリボン、それを小さく小さく蝶ネクタイのように結ぶのが『私たちのお洒落』
私は毎朝リボンをいちいち結ばなくても良いように 形付けた小さなリボンにゴムを通して頭からかぶってた。(コントで使う蝶ネクタイみたいに、前から引っ張れば伸びた)
 
 ブレザーの裾を上げるのは、上半身をコンパクトにして足長効果を狙ったもの(笑
 今の高校生が お洒落なブレザーとチェックのプリーツスカートを着崩してるように、当時の乙女達も 様々な工夫してお洒落し(るつもり)てたね^^
  1976年秋、体育祭の頃、学校で一番お洒落なS君がダウンベストを着て来た。
初めて見るダウンベストに 私達は「救命胴衣!?」と言いましたーーー(大笑

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2020年11月18日 (水)

乙女の日々の記憶

 Instagramに こんな写真をアップしてキャプチャーを付けた。

Img_20201116_224127

 

 リーガル・デザートブーツ。

 チェックのキルトスカート。

 陸奥A子の漫画。

 わかる人は58歳から65歳の女性。

 

 そしたら…見事に<同世代トラップ>にかかってくれた友達がコメントをつけてくれた。

地元の友達からもLINEが来て、それぞれと40年以上前の話に花が咲いた。

 陸奥A子さんの漫画の話から『チッチとサリー』へ。

当時の乙女達は こういうのでキュンとしてたんだよねぇ。 今のお嬢さん達が読んだら あまりのソフトさに『???』でしょうね(笑)

 そこから『コバルトブックス』へと話題は進み…お互いの記憶の間違いに気づいたり。

不思議なのは遠方の友達。

彼女と、サンフレッチェ広島を通じて知り合ったのは互いに40代後半。 

あれから十数年、プライベートな話もけっこうしてきたけれど、乙女時代の共通点を語り合ったのは初めてかも。

インターネットなんて無い時代、今のような情報の拡散は無かったはず。

それでも同じような本を読み、同じようなファッションを楽しんでたのよねぇ。

 

 そして…ここんとこ ずっと心に引っかかってた事。

高校2年の時、授業後(世間では『放課後』と言うが、私の住む地域で『放課』は授業と授業の間の休み時間の事。なので『授業後』)部活もせず、教室に残ってお喋りもせず、急いで帰る事を「マッハで帰る」と言ってた。

言い出したのは、同じクラスの 私のグループとは毛色の違う『女らしい子達』

「急いでるの?」

「うん、今日はマッハで帰るの~」

苗字を呼び捨てするのがニックネームだったイ〇シがそう言ってたのを鮮明に覚えてる。

(あの頃、私の周りではフルネームを呼び捨てにするニックネームがけっこうあった。私も普段は『ゆう』と呼ばれているのに『旧桃ゆうこ~、今日はマッハで帰るの?』って)

そのうちに クラス中に浸透し「今日マッハ」と短縮されていった。

テレビアニメ(当時はテレビマンがと言ってたような…)『マッハ・ゴーゴーゴー』の世代ではあるけれど、そこまで遡るのは昔過ぎる。

 その『マッハ』を 私 最近 テレビで見たのよねぇ~。

今時の女子高生が『急いで』って意味で言ってた。

どんなテレビ番組だったのかも覚えてないのが残念。

 

 まさか、私達の時代の『マッハ』が継承されているはずないよね?

もう40数年前の事だわ…遠い…。

 

 

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2020年11月12日 (木)

桃源郷へ

 11月11日…ポッキーの日とも言う<寿人の日> アルウィンで松本山雅とジェフ千葉の試合がある。

私が車椅子じゃなく杖で行ける唯一のアウェイスタジアム…そして アルウィンは 私には桃源郷に思える素晴らしい場所。

行こうかなぁ~~でもなぁ~私が行くと寿人ゴールを阻止しそうだしなぁ…でもなぁ…アルウィンだもん行きたいんだよね…従姉にも逢えるし…夫と二人だけの生活、たまには離れる時間も必要だし。

迷った末 とりあえず行く事にしてホテルや特急券や観戦チケットを準備した。

 杖で一人で行くにあたり、シャトルバスを降りてからスタジアムまで歩くのが不安。山雅にお尋ねメールをした。

その時の対応が『あぁ やっぱり山雅の人は親切で思いやりがある!アルウィンで倒れても何とかなる!』とさえ思えちゃう。

 次の問題は『果たして寿人が行くのかどうか』

8日の山形戦でゴールを決めた瞬間、夫が「これで松本は寿人行くの決定ですね」「うわぁ~い ほんとだ!!」連続ゴールしちゃったりして~~~♪ なんかしそうじゃん♬

 でも…小さな気がかりは消えない。

私が意気込んで行くとダメなんだよねぇ…(寿人GOALの逆神のジンクス)

それに、8月の山形戦で「今日ゴールしたら 私はもう一生 寿人に会えなくてもいい」って願掛けしたしなぁ…。

いいわ、もし寿人が行かなくても 松本山雅の応援を見て、翌日 従姉と会うのを目的にすれば。

 そんな風に揺れながら11日を迎えた。

出発が近づくにつれて『寿人が出るか』よりも『杖で行ける♬』事が楽しみになってきた。

この1年、千葉へ行く時は『寿人を観られる喜び』と『はぁ…車椅子で行くのしんどいなぁ』がせめぎ合ってたもの。

 

 11日快晴。地元の気温にそぐわないダウンコートにロングブーツ。夜のアルウィンは0度予想だからね。

名古屋駅へ行かずに、地元の駅から行けちゃう。 杖で乗車する身軽さ。 もうそれだけで嬉しい。

車窓から眺める秋の景色。松本駅からホテルもすぐ。車椅子だと いちいちスロープまで回り道だもの。もうその時点で気分は高揚☆

 ホテルで休憩しながら、スタメン発表を見て寿人が来てないのを知ったけれど、膝が脱力する事もなかった。

夫に「なんかすっごく嬉しいよーーー!」とLINEしちゃうくらいに。

 寿人の居ない試合だから行かずにホテルでのんびりする選択肢もあったのに『シャトルバスに乗ってみようかな(タクシーで行くつもりだった)』とさえ思い始めちゃう。

杖は転倒が怖いけど あぁ身軽♪ 慎重に慎重に足元を睨みつけて。

寿人が居ないから応援グッズも少ないし(笑

 山雅のシャトルバスは無料だし、皆が「お願いします」と言って乗り込み、運転手さんが それにいちいち優しく応えているのも 心が温まる光景なの。

 久しぶりにそれ見たい♪ で、シャトルバス乗り場は行ったら…なんと予約制になってた! コロナの影響なのか? シャトルバスに乗るつもりなかったので全然調べてなかった。

 で、タクシーに乗ったら…あぁ やっぱり信州の人はやさしい! 杖や車椅子の私がタクシーを利用すれば どこでも必ず親切に対応はしてくれるんだけれど、信州の言葉遣いで言われると『親戚のおじちゃん』みたいで やさしさが倍増するの。

 すでに鬼籍に入った父方の親戚の人達を思い出して、何度も涙ぐむ。

スタジアムに着くと 事前の連絡が行き届いていて、スロープゲートに誘導してくれる。そこからは担当の女性が付き添ってくれる。

うわぁーーーん!! 松本山雅さん大好きーーー涙。

 

 コロナ禍で規制のある応援だけれど、♪どんどこどんどこ おらの村の祭りだーーー どんどこどんどこ♪は 録音が流れた。

いいよねぇ~~~☆

 そしてこれも毎回思うけど、松本山雅のサポーターさん達は相手チームへのリスペクトが素晴らしい。

相手チームの選手紹介も重厚なBGMで ホームチームのメンバー紹介かしらん?と錯覚しちゃうほど。

相手チームの控え選手の紹介にも 一人一人に拍手してくれてるし。

 5つくらい離れた席に座ってらした山雅サポーターの女性が、ジェフのタオルマフラー(防寒用・苦笑)を巻いた私に

「千葉からいらしたんですか?」

「いいえ、愛知なんです」

「でも遠くから、よくおいでくださいましたね。楽しんでってくださいね」

こういう事は山雅に限らずよくあるけど、途中でその人「寒いでしょう。これ良かったら」って使い捨てカイロ出してくれた。

もちろん背中も腰も足もすでに貼りつくしてあるので お礼だけ言った。

 全然 寒くなかった。 心がぽっかぽか。

 

 帰りの混雑を避ける為に、先刻のタクシーには ハーフタイムに来てもらう約束をしておいた。

出て来る時、またも山雅の人達の『おもてなしシャワー』を浴びる事に。 泣けてくるわ~~~。

 タクシーの運転手さんも警備員さんも臨機応変に対応してくれて、VIP待遇でスタジアムを後にした。

 

 無事にホテルに着き、あぁぁ~~~幸せ☆☆☆嬉しかったなぁ~~~ と涙ぐむ。

 千葉の勝利をスマホで確認。

あぁ…寿人が居たらな…とちょっとだけ残念がる。

 

 気分は高揚したまま『浮ついて転ばないように!』と戒めつつ、優雅な松本ナイト。

 

 良く12日は、従姉が来てくれてお茶からのランチ。泣いて笑って。

私が「松本山雅は素晴らしい」と松本在住の彼女に熱弁をふるう。

「ゆうこちゃん 信州が好きなんだね^^」

そうだわ!

 

 明るいうちに帰宅したいので 1時には松本を発った。

本当に信州は…松本山雅のアルウィンは 善人ばかりの桃源郷。

別に私の周りが殺伐としているわけではないはずなのに、ここへ来るとやさしさに抱きしめられてる気がする。

 あぁ…来て良かった! また来よう!

 桃源郷で過ごした時間が心を浄化してくれたような気がする。

いい人にならなくちゃね!

 車窓からの景色にも見惚れながら そんな事を思って また涙ぐむ。

 

 そして…あら不思議。

特急を在来線に乗り換えて、松本が遠くなるにしたがって 先ほどまでの『やさしい気持ち・いい人にならなくっちゃ!』が 幻のごとく消え去っているではありませんか!

 やっぱり桃源郷なのね。

 

 でも無事に杖で行けた事、快く送り出してくれた夫、遠征を応援してくれた友達への感謝の気持ちは しっかり存在してましたよ。

 

 定期的に桃源郷へ通わなくてはね!

 

 

 

 

 

 

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2020年11月 9日 (月)

ゴールしたなぁ~!!

 11月8日 千葉 対 山形

 ここんとこ、寿人の発言をネット上でもよく見かけた。

ベンチスタートのこの試合も、前半から実況アナウンサーが「佐藤寿人は今のチームをこう見ています」的な寿人の発言を紹介してた。

いやに寿人の事ばかり言うなぁ~。 嬉しさと戸惑い。

 失点が続く。 なんで? 皆頑張ってるじゃん。寿人はピッチ横から どう思って見てるんだろう?

 

 0対5 70分が過ぎる。交代枠の残りは1つ。

うぅぅ…ここで寿人出してもなぁ…でも ここで一矢報いるのも大切だしねぇ…監督の姿が映る度に 私も『どうしたら良いのか』考えた(苦笑

 

 79分、実況アナウンサーが「佐藤寿人が準備しています」

おぉ!! やっぱりここで入れるんだ!!

 

 ミチ君がボールを持ってゴールの方を伺う。

ミチ君は、遠くからでも近くからでも、ゴール前に居る『得点に一番近い人』にパスを出してくれる。

寿人の位置を確認。 あれ いつの間にかあんな遠くに行ってたわ。

「ミチ君! お願いします!!」両手を顔の前で合わせて叫ぶ。

寿人めがけて出してくれたーーー! あーーちょっと低いかなぁーーー!

ストップモーションのように見えてた。

そして、私のストップモーションはいくつかのコマが飛んだ。

次に見えたのは、ゴールネット左側に突き刺さったボール!

「やったぁーーーーーーっ!!」両拳を突き上げて金切声で叫ぶ。

冷静な夫は「誰か触ったかな?それでコース変わったかな?」

リプレイで「お、触ってないか。寿人 いいですねぇ!」

そして二人で「やったね!」「やったねぇーーー!」「はぁ~~~ほんとに決めたわ~~~」「あぁ~~良かったぁ」とため息のように短い言葉をいくつも吐き出した。

 その後、何度も映像を見て『そこだけ抜けていた私のストップモーション』が埋まった。

見事なダイビングヘッドだったんだね!

 もう笑うしかないくらい、私があっけにとられている時に限って 寿人はゴールを決める。

「それっ!」「とりゃっ!」と私が声を出した時は 絶対に決まらない。

 

 ミチ君 ありがとう!!

そして寿人 もう1点! もう1点!! 祈り虚しく終了のホイッスル。

 ああ、寿人のゴールが せめて後半開始早々であったら…チームを活気づけて 全く違う展開になってたかもしれないなぁ。

 

 ホームで1対5の大敗。

寿人GOALを諸手を上げて喜ぶわけにはいかないんだけれど…ヒサ婆は やっぱり嬉しくて嬉しくて。

 

残り全部の試合で 寿人がゴールしますように。そして残り全部 ジェフが勝ちますように! 


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2020年11月 6日 (金)

ピークを過ぎて

 ジェフユナイテッド千葉の公式サイトで 寿人が表紙の<United>が発売されたのは 随分 前に見た。

United

うわぁ~い♪嬉しいな♪楽しみだな♪

FC会員には届くものだと思い込んでた私(汗)

 ちっとも来ないなぁ~。

どうやら注文しないとダメだと やっと気づく。 本体500円、送料700円で買いました~~~苦笑。

 

 買って良かった!

想像もしてなかった寿人の心の中を知る事ができた。

 詳しくは書けないけれど『今の自分はピークとは違う時期にある』『監督のサッカーとそこで求められる選手像を考えて、自分自身がどの位置にいるかくらいはわかる』 エースでヒーローでスターの寿人から そんな言葉が出るなんて…衝撃だった。

 今の自分の状況を冷静に分析し認めた上で『自分自身の力に対して疑いを持ってはいない。得点になる形、ゴールへの道筋みたいなものを他の誰より知っているつもり』と、そこから『それをチームメイトと形にしていく作業をやるだけ』って。

 あぁ~~~やっぱり一流アスリートは 頭も心も違うなぁ☆

 あくまで『無知な私の理解』だけれど…<一人でゴールに向かってボールを運んでゴールする>スタイルでは無い寿人は<ゴールまでの道筋のイメージをチームメイトと共有して イメージが重なり合った瞬間が最高>なんだよね。

 サッカー経験の無い私にもそれは想像できる。

 サッカー選手なら当たり前なのかもしれないけど、パスが出て『え?そんな所に居たんだ!』や、誰かがボールロストした直後に、次から次へと味方が現れて奪い返したり、どうやって合図送ってるんだろう?と思う瞬間は 私にも時々わかる。

 阿吽の呼吸でボールが繋がって相手ゴールに攻め上がってる時 観てる方もワクワクするけど、選手も楽しいだろうなぁ。

それでゴールが決まれば「〇〇好きだぞーーー!」「〇〇ありがとなーー!」「〇〇やったな~♪」って チーム内に愛が溢れるよね。

 サッカー楽しい☆☆☆ って なるよね。

 

 寿人はこの記事の中で『いまだにサッカー選手で居られる事も最高に楽しい。若いやつとボール蹴って、たったそれだけの事がめちゃくちゃ楽しい』って。

 ヒサ婆は 色んな心配しちゃうけど、本人がそう言ってるんだから良かった^^

 

 これ 私の主観的な意見なので、正確な事は 是非 買って読んでください。

 

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