2019年7月17日 (水)

もったいなかったーーー!

7月14日(土) FC岐阜 VS ジェフ千葉 長良川競技場

寿人ゴールだったのに!! もったいなかった話は後程。

 

 午後から毎月のお寺参り。読経と説法を頂いてから 掃除は失礼して出て来た。

 長良川競技場での試合観戦だけなら十分間に合うんだけど、グランパスサポーターさん達が きっと寿人を出迎えてくれるだろうと想像し、その歓迎ぶりを見たかったの。

 ・・・タッチの差でバス待ちに間に合わなかった(涙) 

 スタジアムでは千葉ユニの11番をたくさん見て それだけでも嬉しい。

 

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 試合前半、車椅子席から 試合そっちのけで ベンチばかり見てた。 雲がかかった岐阜城も見てた。 ベンチ横でアップが始まると そっちばかり見てて ごめんなさい。

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 後半の早い時間帯に寿人投入。

そこから私の本気の観戦が始まる。こんなファンでごめんなさい。 手拍子して♪ ひさと・おーひさと おっおっおっお おっお おっおー♪

長良川競技場で 寿人チャント(私が知る3つ目)を歌う日がまた来るなんて想像もしてなかったなぁ・・・。

3回とも違う色のユニフォームなんだ。 初めて岐阜と対戦した2008年春 紫以外のユニフォームを着る日が来るなんて誰が思っただろう。

 

 1対2の劣勢で迎えたアディショナルタイム・・・ゴール前の寿人がスルー。

あ~ん、寿人 自分で打てばいいのにぃ~。その先に居たのはクレーベ選手。自分のゴールよりチームの勝利の為に確実な選択をしたのね。

打って跳ね返って打って、ピンボールのように あっちへ行ったりこっちへ行ったりするボール・・・あぁ! うぁ! 声が出る。

詳細は全然見えてないんだけどね。記憶も確かじゃないしね。(苦笑)

で、安田選手が遠くから打ったのは分った。それがゴールに刺さったのも分かった。 思わず両拳を突き上げた私。 うん さすがにこの試合で負けるわけにいかないもん。

 寿人がゴールネット内からボールを掻っ攫ってセンターサークルへ駆け出すのも はっきり見えた。

広島時代 こういうシーン 何度も見たよね。

それにしても寿人 すごい勢いじゃん!まるで自分がゴールしたみたいに。 そうだよね、残りの時間でもう1ゴールして逆転勝ちするんだもんね! もたもたする時間ないもんね!(・・・と思って見てた)

 引き分けで終わった。

 タクシー待ちの行列に並びながら『あぁ・・・逆転ゴールを寿人が決めてたらなぁ』『あの同点ゴールが寿人だったらなぁ・・・』

 

 JRの車内で「2点目は寿人のゴールになった」とLINEが来た。

えええええええーーーーーー!!

車椅子で入れない場所に座ってた夫を手招きして画面を見せる。

夫も「ひぇーーー!」

 そこからは嬉しさよりも『あーーーん! スタジアムで喜びそびれたーーー!』が膨れ上がった。

 ああ、そうか・・・だから寿人はゴールネット内のボールを掻っ攫ってセンターサークルに駆け出したんだね! 自分のゴールだと分かってたから、この勢いでもう1点!って。

電光掲示板に『ゴール安田』と表示されるまで いやに時間がかかったのは 裏で協議してたからかも・・・。

夫としばし語り合う。

・・・そして あぁーー スタジアムで喜びたかったぁーーーに 行きつく。

試合後の挨拶で選手たちが周って来る時も ゲーフラ揚げられなかったもん。

グランパス時代に作った『祝 寿人 GOAL』のゲーフラ 一度もちゃんと揚げてない。

 スタジアムの車椅子席 周りには誰も居ないから、寿人ゴールの歓喜を分かち合うのは夫のみだけれど、無意識に両拳を突き上げるよりも もっともっと強く感動的に 夫と手を握り合ったはず。

 挨拶に周る寿人、誰も自分のゴールを称賛してくれなくてガッカリしたよね・・・私だけじゃなく、みんな寿人ゴールだと気づいてなかったもん・・・。

 チームが劣勢の時ほど、寿人ゴールはスタンドの雰囲気を変える。

あの時 寿人ゴールだとスタジアムで発表されてたら、応援のパワーが倍増して逆転ゴールも生まれたかも・・・と思うのは ヒサ婆の贔屓かなぁ。

 

 帰宅後、夫はすぐにダゾーンで確認。

「寿人 触ってる!」

二人で画面に見入る。 最初のカメラでは分からなかったけれど、別角度の映像で触ってるのがはっきりわかる。

そりゃ寿人本人は「俺が決めた」って分るよね。

 

 その後、ツイッターやInstagramや某巨大掲示板をたどる。

リアルタイムで「寿人ゴール」を認識してる人も居たんだね! 近くに居たら「寿人ゴールじゃない?」「寿人だよね!」ってざわめきが起きてたのかな。

 

 毎日のお参りの中で「寿人ゴールを生で観られますように」と このところ祈念してた。

うぅぅ・・・叶ったわけだけど・・・実感が無くて、もったいなーーーい!!(大泣)

 

 広島・名古屋からも大勢の寿人ファンが 長良川競技場に来てた。

「寿人ゴールを観たい!」その想いで応援してくれた皆の力がゴールを引き寄せたんだろうね。

 

 安田選手「寿人さんが最後に触って決めてくれた」的なコメントしてくれてた。

寿人が触らなくても入ったかもしれない・・・とも思ったけれど、ミッチェルがそう言ってくれて ちょっと安心する。

 おまけにダゾーンの何か(しっかり見てなくて)にノミネートされたねぇ。 って事は技ありゴールだったんだね! 寿人が触らなかったらGKにキャッチされる可能性が高かったのかもしれない。

 別の動画で見ると、もし寿人が触らなかったらGKのどこかに当たったね。

寿人のワンタッチでGKはタイミングずらされた・・・と ヒサ婆は納得した。

 

【総括】スタジアムで歓びたかった!

 

 

 

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2019年7月10日 (水)

さくらんぼの思い出

 母はさくらんぼが好きだった。

「年に一度の贅沢」と言いながら、近所のスーパーに頼んで 毎年 さくらんぼを仕入れてもらってた。(私がネット注文を知る前)

当時 一箱8000円くらいだったと記憶してる。 赤いさくらんぼが隙間無くきちんと並んでて 見てるだけで綺麗だった。

もちろん 母一人で食べきれるわけもなく、私がご相伴に預かり・・・そして たくさん貰って帰る(笑

 

 グループホームに入所してからも 母にさくらんぼを届けた。

 母が さくらんぼを認識して「美味しいねぇ」と食べた最後はいつだったんだろう?

 私の記憶には さくらんぼの種を出す事が不可能になってる母の為に種を外したものの『これじゃ さくらんぼって感じしないなぁ・・・』と思った事が残ってる。

 去年はもう種を外しただけじゃなく、小さなさくらんぼをさらに小さく切って『これじゃ私が見ても、食べても さくらんぼって認識できないわ』の状態だった。

 仏壇にさくらんぼを供えて「お母さん 今年もさくらんぼ食べてるよ」と手を合わせる。

 

 ジャニー喜多川さんの死去で 所属タレントが『3週間あったお陰で ゆっくりお別れできた』とコメントしているのを見た。

施設入所後の母の5年間は、私がゆっくりお別れする為の時間だったんだなぁ・・・と実感する。

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 意思の疎通ができなくなってからも 私が食べさせるおやつ、気に入った時は 飲み込んでから『もっとちょうだい』と ひな鳥のように口を開けたなぁ・・・可愛かったなぁ。
 

 

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2019年7月 6日 (土)

「老いる」ということ

 しっかり者だった母が少しずつ老いて、認知症も発症し、母のあらゆる事が変わっていくのを見つめた10年間が終わったと思ったら、もう自分の老いが迫って来てた。

 ここ数年 いろんな場面で「ああ、私も年取ったなぁ」と思う事が増えた。

歩かないから脚力が落ち、それに伴って運動量も減り、体は動かさないと すぐに衰えていくねぇ。

 

 花桃日記のカテゴリー 「母の老い」は、「亡き母の思い出」として継続し、新たに「老いる」として、自分の老いを見つめていく事にしました。

 母と同じように認知症になると なんとなく思ってるの。

すでに「これ 認知症の始まりじゃないの?」と思う事もあり。 友達に言うと「まだ早いわ~」「自分でそうかもと思えるうちは まだ大丈夫」と一笑に付されるけど。

 

 さて、最近 我が家に登場したのは・・・『ゴミ出しの札』

ゴミ出しの日に出し忘れる事は 何年も前から たまにあった。

でも去年あたりから『明日はゴミ出し』と前の晩に思ったのに忘れる事が度々。

プラゴミ(私の住む地域では こういう分別)は、もう前夜から玄関に置いておくけど、燃やせるゴミは暑い季節は匂うからねぇ。

そこで 私は玄関ドアに『ゴミ出し』と書いたメモを貼り付ける事にした。

うん! これは良い! これで忘れる事は無くなった。

でも毎回 書いてテープで貼って その後 捨てるのは ちょっとなぁ・・・と。

で、『ゴミ出し』と書いた厚紙に紐を付けてドアノブにぶら下げる事にした。

なかなか良い☆

 

 こうして還暦過ぎた夫婦二人の生活は 形を変えていくのであります。

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2019年6月28日 (金)

白まんま

 昨秋、夫が何かのポイントか ふるさと納税か 忘れたけれど「お米」を取り寄せてくれた。

 その頃 食べかけだった米びつの中の白米を数日かけて食べ終え「新米♪ 新米♪」と 歌いながら、届いた米を米びつに移す・・・あれ? なんか茶色いなぁ。

 その日の夕方、茶色い米を洗うも なんかいつもと感じが違う。

そして炊き上がると・・・なんじゃこれは?! 硬い! 食べられたもんじゃない。

 

 う~ん、なんでこんなに変なお米なんだろう? 

眼鏡をかけて あらためて袋を見てみると・・・「玄米」と書いてある。 

もっとよく見てみると、洗ってから炊くまでに一晩つけておくって。

ひぃーーー。

 いつもの白米のつもりで洗ってすぐ炊いたらダメなわけだ。

 

 翌日は、説明通り洗うのは白米より簡単に、でも炊くまでに6時間おいた。

炊き上がりは・・・うん、香ばしい。昨日のような硬さは無くて なんだか体に良さそうな味わい。

 

 数日 玄米を食べていた。 ちょうど 寿人が移籍したジェフ千葉では 選手の食事が玄米だとも知った。

 

 だが・・・しかし・・・我が家は「玄米通」には なれなかった。

二週間ほど玄米を食べ続けると『ああ、今日も玄米かぁ・・・』となり、三週間目には『うっぷ・・・もう食べたくないよ』となる。

 で、スーパーで白米3キロを買って来た。

久しぶりの白米を炊く。 匂いからして違う。 炊き上がって炊飯器の蓋を開けると・・・おぉ~懐かしい白米! 白く輝いてる。

「今日は白まんまですよー」

「おー」夫も嬉しそう。

特別なおかずじゃないのに「あぁ、やっぱり白まんまは 美味しいねぇ~」

「そうだねぇ~」

 

 でも玄米は食べなくてはいけない。

玄米を数日続けたら「今日は白まんま♪」を挟む。

玄米はたくさん炊いて 翌日はチャーハンにするなどして味を誤魔化す。 カレーライスもしてみた。 

 あぁ・・・白まんまが食べたい。

時々 白米を挟み込みながら 玄米一袋は食べ終わった。

あと一袋だ・・・。うぅ・・・辛い。

 

 健康食として玄米は注目されてるし、主食にしている人もいるのは知ってるけど、我が家では無理でした・・・。

二袋をやっと食べ終えて、晴れて白米を買った日の解放感♪

 

 あぁ、今日から白まんまだーーー♪

 

 白米再開から もう2ヶ月過ぎたけれど、今でも夕飯を食べながら 時々「あ~ やっぱり白まんまは美味しいねぇ~」とつぶやいてしまう。

 

 ありがたい、ありがたい白まんまなのでした。

 

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2019年6月22日 (土)

ぴっちー号(マイ車椅子)頑張った!・・・けど

 先週 土日、単独ぴっちー号で千葉へ観戦に出かけた。

 最初は夫が同行、2回目からは一人で。 4回目ともなればルートも頭に入り、無駄な移動はどんどん減って効率的になり、不安も無くなってきてる。

 単独車椅子だと、あちこちで見知らぬ人が親切にしてくれる。 ありがたく甘えさせてもらいつつ、自分で頑張れるところは極力頑張って、周りに迷惑をかけないように気を配る。

 

◆混み合う駅での衝突◆

3回目に行った時、人の行き交う駅で急ぎ足のサラリーマンと衝突する事 2回。(同じ人だったような気さえする)

不慣れな駅は 上の表示板を見て歩く人が多い。 で、ただでさえ視界に入りにくい低い位置の車椅子が近くに居るのに気づかず、突然 方向転換して来た人がぶつかる・・・というわけ。

2回とも その人の足元をぴっちー号が払う形になり、サラリーマンはつんのめった。 なんとか踏ん張ってくれたので転倒はしなかったけれど、どこか打ってるだろうなぁ・・・。 これくらいの衝撃だとこちらが倒れる事は無さそう。

お互いに「すみません!大丈夫ですか?」「ごめんなさい!大丈夫ですか?」と 同時にいたわり合えたのは良かった。

でも3回目は気をつけなきゃ・・・と、急ぎ足の人を見かけたら 同じ方向へ進んでいても なるべく距離をとる。

車椅子だとどうしてもスピードが出ちゃう。 別に暴走したいわけじゃない。リムの一回転でたくさん走った方が力が要らないので、どうしてもスピードが出てしまうの。

腕をできるだけ後ろに回してリムを掴み、一回転で出たスピードに乗れば惰性で進む。長距離を移動する時は ある程度スピードに乗った方が楽なの。

でも これは急に方向転換して来た人とぶつかる可能性も高い。 前回学んだ事を活かして、4回目は衝突無し。

 

◆エレベーター◆

小さなエレベーターに乗る時は 私が一番に乗るのが理想。 自動車の車庫入れ・幅寄せは苦手なのに、ぴっちー号だと後ろ向きでも狭い所へちゃちゃっと切り返して隅っこに寄せる事ができる。

隅っこに寄せて『開』のボタンを押して 後の人が乗るのを待ち、降りる時も私が『開』のボタンを押していて、最後にスルーッと出る。

皆さん どうしても『車椅子の人だからお世話してあげなくちゃ』と思ってくれちゃうようで「どうぞお先に」と譲ってくれた時は、ありがたく一番に乗り込んで、先述の方法をとってスペースを作り「まだ乗れますよ」と 次を待とうとした人を誘導する。

降りる時も 私を先に行かせようとしてくれるので「私が開ボタン押してる方が確実なので どうぞ降りてください」と仕切る(笑

 

◆列車の乗降◆

全然歩けないわけではないので、列車への乗降は車椅子から降りて自分で車椅子を押す。

列車とホームの隙間も 車椅子をヘッドアップさせてクリアする。 ここは けっこう神経を使う。 ここで私が転倒したら困るし、後ろの人を待たせるのは悪いし。

たまに駅員さんが手伝ってくれるんだけど、ヘッドアップできなくて力づくで持ち上げてくれたりして すごく申し訳ない。

新幹線は席に向かわず、ドアの奥側で一旦待機。 全員が乗り込んだのを見てから、車内に向かう。車椅子を置く為に車両の後方の指定席を買うので 出入口付近でもたもたすると 後の人が詰まっちゃうもんね。

これが在来線になると 更に面倒。 座席指定は無くても車椅子に座っていられるのはありがたいんだけど、荷物を載せて自分で押して乗せた車椅子から 荷物を下して自分が座るには ちょっとスペースが必要。

千葉では在来線に45分間 乗らなければいけないので、これがネック。

 

◆タクシー◆

ぴっちー号は セミオーダーでコンパクトなので トランクに載せられる。 運転手さんが戸惑うので 自分で折りたたんでおいて「倒して載せてください」とお願いする。

 

 こんな工夫を重ね、スロープやエレベーターを利用する為に遠回りもしながら『ひと昔前なら車椅子で外出なんてできなかったよね。ありがたい世の中になったわ』と感謝をする。

 でもね・・・やっぱり 色々 不便なのよ。

 

 試合終了後、タクシーを呼ぶのが難関。

1回目は 寿人も出てないし、雨だったから後半途中で出て来たのに、結局 タクシーが来たのは試合終了して皆がぞろぞろ出て来る頃だった。

新幹線指定席は いつも時間に余裕を持って買ってある。

2回目は 覚悟してた分、早くタクシーが来たものの、在来線の事故で列車が遅れ、おまけに東京止まりとなり、そんなアクシデントも『東京駅から新幹線に乗る』と決断して無事乗り越えた。

3回目は すぐにタクシーが来て、ホテル泊だったので 優雅な千葉の夜を満喫できた。

 

ところが! 今回は ここで大きく躓いた。

いつものようにタクシー会社に電話をかけると「全車 出払ってます」 2つ目の会社も「今 車が無いんですよ」 3つ目も同じ。

雨模様だったし、土曜の夜だしね。しばらく待って 最初の会社に再度電話。 同じ返事。

スタジアムも どんどん明かりが消えていく。 昔 広島でもあったなぁ・・・。

5回目の電話で「待つので予約はできませんか?」

「一時間以上かかりますよ。無理です」

え? 無理です? 

交差点で観客の誘導をしてる警備員さん達が困っている私を見て「タクシー通るのを 皆で見てあげて」と声をかけあってくれるけれど、一台も通らない。

警備員さん達も 柵の撤収を始めた。

どうする?

仕方ない! 皆が歩いて行く最寄りの駅まで車椅子で走るしかない。駅ならタクシーいるかもしれない。ここで待つよりは確立高そう。

雨が止んでたのが幸い。

最初に観戦に行くと決めた時、最寄り駅からスタジアムまで徒歩10分(だったかな?)が車椅子では無理だから、わざわざ遠い駅で降りてタクシーを利用するルートにしたのに、こんな事になるとは・・・涙。

暑い時や寒い時じゃなかったのも良かった。

人通りも無くなった歩道は暗い所もあり、歩道橋のエレベーターなんて道路からは死角になってるし。

この時の私は「とにかく駅まで行かなくちゃ!」と必死で、怖いのを忘れてた。

駅にはタクシーが2台留まってて 運転手さんが白馬の王子様に見えたわよ。

でも乗ってから 2社目に電話した会社のタクシーだと気づき「こんな近くに2台もあるのに なぜ無線でつかまらないのか?」と聞かずにはいられなかった。

・・・よくわからない説明だった。

分かったのは「予約も1日前とかだと 当日 車があるかどうかわからないので、試合が終わる20分くらい前に電話するのがベストです」ということ。

えええーーー? 一日前の予約はダメなの? 私の住む地域では1日前だろうが1週間前だろうが 予約したら間違いなく その5分前に来るよー。

と言ったら「きっと車がたくさんあるんでしょうね」 

恵まれていたのね、私の住む地域(笑

 

 こうしてホテルには何とかたどり着けた。

 

 さて翌日、練習場でのトレーニングゲームの見学。

広い練習場の向こう側半分で試合がありそうなのは分かっていたけれど、ぴっちー号では その向こう側の観客席には入れない。

しばらくこちら側で様子を見てたら、絶対に寿人を判別できないのが分かった。これじゃせっかくゴールしても それすら見逃す。

意を決して向こう側に行ってみる事にした。

屋根も無いので紫外線さんさん。膠原病で紫外線が大敵な私は長時間はいられない。帰りの体力を残しておかないといけないからね。

舗道を走って移動してみたら、小屋の陰があるのを発見。そこに身を寄せる。

正規の観覧席ではないけれど、車椅子だから許してね・・・と 思ってたら けっこうな人数が同じ日陰に立ったわ。

 見慣れたはずの寿人の『ボールを呼び込む仕草』を久しぶりに見た。

寿人アシストで勇人お兄ちゃんがゴールしたように見えたけど、私の目では確信が持てず。(後で公式サイトで確認できた)

日陰がどんどん狭くなっていくので、寿人が交代したら向こう側に戻るつもりだったのに、フル出場!(笑

 待望の寿人ゴールは無いまま試合は勝利。

 

 観客席の人達も 向こう側のファンサービスゾーンに移動し始める。

うぅぅ・・・かなりの人数だ。 

ユニフォームにサイン まだ貰ってないんだけど、今回は諦めようかな・・・。 でもせっかく来たんだから 様子だけでも見てみよう。

奥の方へ移動すると、人だかりに完全に埋もれる。 サインは ま いっか。 

諦めてたら、近くにいた同世代と思われる(年下でも50代だと同世代だと思ってしまう還暦の私)女性が「誰を待ってますか? 呼んであげますよ」と。

「寿人選手です」

「あ、私も これにサイン貰うから ちょうど良かった! 呼んであげます!」

お喋りしながら待ち、その女性のアシストで無事に寿人のサインを貰い、写真も撮らせてもらった。

車椅子じゃなかったら、こんな風に声かけてもらえなかったよね。 ぴっちー号に感謝。

 女性にもお礼を言って別れる。

 

 目的を果たせて、タクシーを呼ぶ・・・。 さすがにこの時間帯は「20分かかります」と言われて 10分くらいで来た。 その待ち時間でさえ電柱の細い日陰に身を隠す私(汗)

 

 そして最後の難関、在来線。

日曜日の午後を甘く見ていた。

 通勤ラッシュ程ではないでしょうけれど、車椅子をやっと押し込んだら身動きできない。座る事もできない。荷物を載せてるからたたむ事もできない。立ってる私と車椅子・・・すごいスペースとってる。 身の細る思い(細らないけど!)で2駅ほど過ごす。

 人が降りて少し隙間が出来たので奥へ移動して荷物を下し自分が座る。(荷物は自分の膝の上)

早く品川駅に着いてーーー(祈

 

 

 ・・・あぁ、いろいろ大変だった。

 

 2回目と3回目が わりとスムーズだったので気軽に出かけたけれど、今回のこれを経験してしまうと ちょっと怯むなぁ。

これから苦手な季節だし、広島時代も「夏はお休み」だったんだから、秋まではダゾーン観戦かなぁ。

 でもね、広島時代と違って、寿人のプレーが観られるのは あとわずかだろうと思うから 一回でも多く観ておきたいんだよね。

ダゾーンで観た方が 私の目にはよく見えるんだけど、それでも近くで応援したいんだよね。

何の力も無いって分かってるけど、応援の一粒になりたいんだよね。

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