« 2009年12月 | トップページ | 2010年2月 »

2010年1月

2010年1月29日 (金)

紫の贈り物♪

 「メモリアルブック2009」の話題を目にする度に「いいなぁ~~♪ ほしいなぁ~~~♪ 中国新聞 一か月だけとろうかなぁ~~~」などと考えていた。
 現実的に配達してもらえるはずないので 私がメモリアルブックを貰うのは不可能と諦めていた。
(中国新聞をとってる人が申し込むと貰える)
 
 そしたらね…「ゆうさん、メモリアルブック入手できましたか? もしくは入手できそうですか?」と聞いてくれる広島在住の人がいたのですよ!
 それはもしかして「当てがなければあげますよ」って事かしらん? と厚かましくも一瞬にして期待が膨らむわよ。
 
 跳びあがりそうな気持ちを抑えつつ「中国新聞をとろうかと思ってるくらい」とお返事したら…やっぱり送ってくれました~~~☆☆☆

   0129b

 まずね梱包してある段ボールのパッケージがすごいの! 外面の角も丸くしてあるけど、内側はメモリアルブックの角を傷つけないように「逃がし」を作ったんだって!
 そしてね、添えられてるメッセージカードがまた泣かせる。寿人の写真が背景の一部なのよ。
 年末には「デオデオカレンダー」を あちこちの店舗を回って集め、忘年会で県外から来た私達にプレゼントしてくれたこの人。

                       0129a
 今回も、中国新聞を何部もとってるはずなくて、親族にもお願いしたそうだけど、いろんな伝手を使って複数入手して、県外のサポ仲間に送ってくれたそう。おそらくこのメッセージカードは、それぞれが好きな選手の写真にしてくれたに違いない。

 いい人過ぎます! ☆☆ピカさん☆☆

 メモリアルブックは、中国新聞2009年のサンフレッチェの記事と写真なんだと思う。
 いつも地元紙でグランパスの記事を見ては「広島ではこんな風にサンフレッチェの事書いてるんだろうなぁ」と思ってた。
 それを実際に見ることができるなんて…手元に置いておけるなんて…涙。
 メモリアルブックと共に手作り段ボールパッケージとメッセージカードも家宝にいたします。
 
 ピカさん、本当にありがとうございます。

|

2010年1月28日 (木)

心の感度

 久しぶりに家の中でカセットテープを流していた。

「Kaze」の『windless blue』

ずっと前から家にあるカセットテープって、どうやって手に入れたのか覚えてないのもけっこうある。

 タイトルを綺麗に書いたのもある。その特徴的な文字から「○○から貰った」って思いだせるのもあるけど、自分の字じゃないし誰の字なのかさっぱり思い出せないのもある。

 これは弟が作ったテープ。何かを切り取って(まさかレコードから?)カセットテープの表と背表紙が繋がって「Kaze」とアルバム名が入ってる。

 曲名も全部、何かの切りぬきでおしゃれに並んでいる。パソコンはもちろんワープロも無い時代だから、手描きじゃないこのカセットテープは貴重だわ。

 そんな感慨を抱きながらテープを差し込むと…流れてくる少しくぐもったような伊勢正三さんの声。

 景色が浮かぶ歌詞。いいなぁ~~~^^

 そして…私の心にも どどど~~っと波が起きた。

 デジャヴって言葉さえ知らなかった10歳の秋、説明しようのない感情に途方に暮れてしまった事がある。

 それから何度もデジャヴを味わい、少し切ないざわつく感覚が心地よいものになってきた。

 …そしてね、それすら最近は感じる事がめっきり減ってしまってたの。

 久々に感じたこの「説明しようのない切なさ」が とっても嬉しかった。

 もう「デジャヴ」じゃなく、かつて経験した空間やら、かつて見た景色やら、かつて感じた瞬間やらの記憶がリアルによみがえってくるんだけどね。

|

2010年1月27日 (水)

やっぱりダメかな…

 左股関節の変形が進んでる気がする。

 椅子に座っててちょっと体をねじった時、蒲団から立ち上がる時、洗面所で顔を洗う為に少し前かがみになる時、左股関節がポキっと音を立てて痛む。

 右もそうだったんだよね。

 骨切り回転術の後は全く痛みもなかったけど、その後、変形が進んだ時は、運転中にアクセルとブレーキを踏み替える時、かなり痛かった。

 台所で調理してて、ちょっと体をひねった瞬間に激痛。股関節がずれたんだと思って、椅子の上に右足をのせて、微調整すると痛みが消える。

 こんな日々の末、人工関節にして、そういう痛みから解放されてた。

 でも今度は左。

 最近はステッキも使わない事が多くなってる。歩ける日もあるのよね。全然痛くなくて。もちろん長時間は歩かないけど。

 昨日は歩きにくかった。痛いんじゃないけど、なんか歩きにくくて ぎくしゃくぎくしゃく歩いてた。

 左股関節…どうするかなぁ。

 5月の診察で 骨切り回転術勧められたらどうしようかなぁ。

 今のところ、私の気持ちは「痛みをぎりぎりまで我慢して、最後は人工関節。骨切り回転術はしない」なんだけど。

 今日はうまく股関節がはまってるらしく、さっき1階まで郵便を取りに行く時、普通に歩けた。この状態だと「まだまだ大丈夫」と思えるけど、ポキポキ痛みが続くと「やっぱり早めにやっちゃおうかな…」と心が揺れるの。

|

2010年1月25日 (月)

転輪太鼓☆風雲児「問答無用」コンサート

 はぁ~~~すごかった!

 夫が義母と母を迎えに行ってる間に私は市民会館で並ぶ計画。

 12時半開場で、12時ちょっと過ぎに到着したら…すでに長い行列。開場直前には列はどうやら市民会館をぐるっと回っていたらしい。

 去年の夏、初めて転輪太鼓コンサートを見に行った時は指定席だったせいもあるけど、こんなにたくさんのお客さんではなかった。

 テレビ局のカメラも来てるし、注目度の高さがわかる。

 子供だけのコンサートとは言え、技術の高さは大人にひけはとらないもん。

 オープニングで、すでに隣の席の母は身を乗り出してる。

    Mondo1

 事前に説明したわけじゃないのに、大志郎君をさして「あの子 いい顔してるねぇ~!」魅力的な男の子を見つける目は さすが私の母。

 次に小学生主体のチームがそでから出てくると会場からは「可愛い~」「カワイイ…」「かぁ~わいいね~」とため息がもれる。

 いや…可愛いだけじゃないんだから~。すごいんだから~。

 そして期待通りの迫力ある演奏。感動するのよねぇ。

 出演してる子供の親族がいっぱい見に来てるんでしょうね。周りはそりゃにぎやかで和やか。

「○○ちゃ~ん」「あ、お兄ちゃんいるよ」「△△君、もうすぐ出るからね」

 転輪太鼓に入って間もない子供達も堂々の出演。まだおしめしてそうな子も出てる。いっちょまえに衣装をつけたちっちゃな子が「何歳ですか?」と大志郎君にマイクを向けられて「2歳」と。

 初心者チーム(見慣れない顔と動きで判別可能)も後方にベテランを数人配して「演奏のバランス」をとってる。

 まだ新しい子達は客席の親や友達を見つけては 照れ笑いしたりして それがまた面白可愛くて、客席からも笑い声があがる。

 デパート屋上の「ヒーローショー」みたいに舞台と客席が一緒になって楽しむ感じ。

 そして風雲児主体のチームになると…もう目つきが違う。子供のそれじゃない。プロの顔。

 耳の遠い母と目の悪い義母の為に前から2列目に陣取ったので、舞台の子供たちの息遣いまでもが聴こえてくる。

 隣の母が「泣けてくるねぇ」と。でしょ~!私はいつも泣いてます。

 大志郎君に対しては「あの子 いなせだねぇ。モテるわ」と。私とまったく同じ感覚…恐るべし母。

 大志郎君のMCを中心として中学生の男の子3人で舞台を盛り上げる。大志郎君のMCも すっかり板についてる。お見事☆

 健全で明るくて力強くて元気の出るコンサート。

Mondo2

 初めて見る演奏(演技)もあり、短期間でよくここまで完成させたものだと感心する。演出も面白いのよね。飽きさせない。誰が考えるんだろう?

 「市の宝」として公的に支援してほしいわ。

 毎年 この規模でコンサートやってほしいわ。(メンバーが大変かも)

Mondo3

 大志郎君の写真は、またGalleryで公開するつもりです。乞うご期待。

|

2010年1月22日 (金)

あの急須

 去年の9月30日に「蓋の割れた急須」の事を書いた。

 捨てるつもりで新聞紙に包みかけて「接着剤でくっつくかも」と、見事復活させた急須。

 その後、中の茶漉しを紛失した。

 おそらく、お茶がらを捨てる時、勢いあまって一緒に生ごみに入れてしまったんだと思う。

「やっぱり捨て時かな…」と思ったのは一瞬。

「茶漉しも汚れてたからちょうどいいわ。茶漉しを買いましょ♪」

 茶漉しにもサイズがいっぱいあるとも知らず(S・M・Lくらいだろうと思ってた)店に行くと、1ミリ刻みであるのねぇ。

 で、記憶を頼りに「これくらいだった…はず。もし違ってたらまた買いに来るしかない」と買ったものは、1ミリほど大きかったけれど、無理やり押し込めば使えた。

 こうしてあの急須は2度目の危機も難なく(強引に?)乗り越えて、私に美味しいお茶を入れ続けてくれていた。

 でも…強力接着剤でくっつけた蓋は、毎日洗っているうちに、やっぱり隙間から水がはいるのね。

 ある日、洗ってる最中にスコン…と分裂した。

 もう捨てるよね?

 …いいえ、もう一度だけ強力接着剤にご登場いただきましたわよ。

「こんどとれたら、今度こそ最後だから」と自分に言い聞かせて。

 その「今度」が とうとうやってきました。

 洗い物してる時「あ~これ怪しい感触…」と思って、そぉ~っと使う事数回。そしてやっぱりとれた!

「こんなに頑張ってくれたんだもん。もういいよね」綺麗に洗って、古新聞に包もうとした。

 …包もうとしたんだよ。

 でもね、蓋は割れても胴体は綺麗なのよ。

 色も模様も形も大好きなのよ。

 この無傷の急須をどうして捨てられよう。

 蓋はさすがに捨てましたが、胴体は漂白もして、このように復活いたしております。

     Kyusu

 

|

2010年1月21日 (木)

ちっちゃいお姉ちゃんと 赤ちゃんぴょん!

 2年くらい前だったか、三輪車の後ろに大人が押すのにちょうど良いバーがついてるのを見て、すっごくびっくりした。

 あれ、別に特別なデザインだったわけじゃないのね。最近見かける三輪車にはすべてあれがついてる。

 私が知らなかっただけ。

 で、また新たなのを発見してしまった。

 シンプルなキャリーカートみたいなデザインで、赤ちゃんが乗ってるからベビーカーなんだよね。

 そして赤ちゃんの後ろには、多分 荷物を載せる場所だと思うけど、台がついてる。そこにね、お姉ちゃんが立って乗ってるのよ~~~泣。

 上手にバランスをとりながら立ってるの。

 両手で押してるお母さんの前に ちっちゃなお姉ちゃん、その前には赤ちゃん。お姉ちゃんが何か話してるんだと思う。赤ちゃんが時々 両足を「ぴょん!!」ってするの~~~かあいい~~~可愛すぎる~~~泣。

 直進する予定だったのに、横断歩道を渡る3人を見る為に左折する事にしました。

|

2010年1月20日 (水)

お宝☆

 私の携帯の『データフォルダ』ピクチャーにはいろんな写真が入ってる。

 携帯サイトからダウンロードした寿人の画像はもちろん、友達がくれた私服のマッキーや陽介も。

 サンフレッチェに関心の無い人が 私の携帯を拾って保存写真を見たら「何? このboysコレクション」って思うよねぇ。

 友達の息子の写真まで保存してあるし(笑

 携帯を替えてまだ2ヶ月だから、これだけで済んでるけど、以前の携帯には『お嬢さんの花嫁姿・孫・ペットのわんこ』いっぱいでした。

 『市民マラソン大会写真』を送ってくれたのは、音訳で昔お世話になってた市役所の職員さん。

 誰かと間違えたらしく打ち合わせメールを送信してきた。

『○○さん、お仕事メールが私に間違って送られてきましたよ』と返信したら『間違ってないですよ。花桃さん宛てです』と。マラソン大会終了後のグループ写真を送ってくれた。

 その数分後に『やっとわかった!』と。

 市内にお住まいの、私とよく似た名字(花桃を知ってる人は『珍しい~!』と思うはず)の人と間違えて送ったそう。

 おそらく私の名前を登録する時に「最初のミス(わかる人はわかる^^)」をおかしてるでしょうからね。そうすると、よく似た名字の方とは「音」だけ全く同じになってしまうもの。

 それが珍しい名前だから区別つかなくなるのも当然。市内で同じようにボランティア活動(私とは比べ物にならない大きな役割)もしてるから、私も名前だけは知ってる人なのです。

 こうして超ハンサムなその職員さんの笑顔の写真も保存♪

 そして最近最大のお宝は…「近頃のプリクラってすごいね。こんなに美白に撮れました」って言う友達の写真☆ 実際の彼女は実年齢よりもかなり若く見えるし、肌も綺麗なので「美白詐欺写真」と言われても「え~ いつものままじゃん」なんだけど~^^

|

2010年1月18日 (月)

寿人☆寿人☆寿人

 今月も紫熊倶楽部が届いた。

 表紙は「寿人」

 今 あらためてよく見たら「広島の至宝」って文字もあったわ。

 そっか~寿人特集だったんだ~。そうとも知らずページをめくると、寿人のロングインタビュー。なんか割と最近もあったような気がするんだけど、まあ寿人の記事ならどれだけあっても嬉しいから♪

 寿人ファンになった頃は、わが家にはスカパーもなくて、テレビのスポーツニュースでも そんなに寿人は露出してなくて、ネットで寿人の画像や動画を見つけると 食い入るようにして見てた。

 その後、試合を見に行くようになり、スカパーにも加入し、サポーターのお友達からも寿人写真を貰い、寿人を見る機会はかなり増えた。

 だから昔ほど寿人の画像に飢えてはいないんだけど…インタビュー記事はいいわねぇ。私服の写真もいいわ。

「いい仕立てだな…上質な生地使ってるなぁ」などと、拡大鏡で見直したりして。

 インタビューも今回は「私的」な部分が満載。

 ミーハー主婦といたしましては、サッカーの話よりもこっちの方が美味しいのです☆

 寿人の口から語られる「家族」の話は垂涎もの。

 元サッカー選手が解説する「寿人の能力の高さ」も 無知の私がどれだけスカパー映像を見てもわからない事が「へぇ~~~こういう素晴らしさなのね!」と理解できた。

 「今までそういうのを知らずに見ててごめんなさい」です。

 もうどこを読んでも「寿人」で嬉しい限り。

 そして最後の最後にそれは待っていました!

 「NAO SATO」 え?

 奥さんのロングインタビュー☆☆☆

 もう…泣けた。

 青春小説読んでるみたいだった。

 寿人は10年間一緒に過ごした今も、恋愛時代と同じように奥さんに「惚れてる」んだろうなって思ったし、ナオさんは「何もしてないんです」と謙遜してるけど、根っこのところで揺るぎない安心感を寿人に与え続けてる。

 この1年で、私の中では『寿人<お子ふたり』になりつつあったけど『寿人ファミリー大好き感』がますます大きくなってしまいました。

 『正統派サンフレッチェサポーター』さん達からすれば 私は本当にミーハーでしょうもないファンだけれど、こういう「好き」も大目に見てやってくださいませ。

 最後のページには…もう…私がにやけてしまう写真。

 その日のうちに記事を2回読み、最後の写真を何度も何度も眺め、撫で、今はもうそのページを開いたままリビングのテーブルにのせてあります。

|

2010年1月15日 (金)

九里より甘い十三里

 昨秋から私が買った「天津甘栗」は、たしか3袋。Oちゃんが買って来てくれたのを加えても4袋。

 毎年、秋から翌年の春が近づくまで、スーパーへ行けば必ず天津甘栗を買っていた(2週間で3袋…ざっと計算するとひと冬に24袋)事を思えば成長いたしました!

 でもそれは花桃が我慢できるようになったからではなく…天津甘栗の代わりになるものを見つけてしまったからなのです。

 焼き芋!

 数年前からスーパーで売られるようになって、たま~に買ってたんだけど、今季は一昨年までの天津甘栗同様「行けば買う」なのです。

 普通サイズなら1本食べても150カロリー程度。天津甘栗と似たような甘さだけど、むく楽しみが無いから「お腹いっぱいになったらやめられる」

 …花桃日記を読んでくださってる人達はもうご存じだと思いますが、私は天津甘栗をむくのがとてつもなく好きなのです。

 かなりの量を食べてすでにお腹もいっぱいになってるのに「もう一個 むいちゃお~♪」でエンドレス。それで300グラムを一人で2日で食べきってしまってました。

 焼き芋はね、一応ナイフで4分の1くらいに切るのです。「これが今日の分!」って。でも予想通り、もう一切れはいきます。けどさすがに胸やけがする。そしてむく楽しみがないから「もう今日は十分^^」ってなるのです。いいでしょ~~~♪

 …花桃のおやつが「焼き芋2分の1」だけで済んでるとは、誰も思ってないでしょうね。

 ええ、その通りでございます。

|

2010年1月13日 (水)

小花モチーフマフラーその後

 2009年2月14日の日記を思い出してください。(お時間があるならその前の2月5日あたりから再度読んでください) 

 誰も褒めてくれなかった小花モチーフマフラーに一人だけ反応してくれた音訳ボランティアのMお姉さま。

 編み図をコピーしてお渡しして季節は流れました。

 さて、今年最初の活動が昨日でした。

 Mお姉さまが「花桃さ~ん♪ うふふ♪」と部屋に入ってらした。

 あ! きゃぁ~~~~~ん!!

 花のような笑顔のその下の首元を飾る小花モチーフ達!

「編まれたんですね~~~!! 素敵!」

「そうなの~ 余り毛糸の寄せ集めだけど~」

 そうそう! 寄せ集めがいいんです~~♪

 紅色のショートコートの首元にぴったりの華やかな小花達。

「娘にねぇ『可愛いけど、お母さん どこへしてくの?』って言われたわ~。どこへだってしていくわよって」

 ええ、ええ、私も今年、寒さしのぎにけっこう使用してますの。(ただし、気合を入れておしゃれした時にはなぜか出番なし…)

「今日、花桃さんがしてきたらお揃いよって みんなに自慢したかったのに」

「じゃあ、今度してきます!」

 

 やっぱり好きな人にとっては、アレいいんですよねぇ~♪

 このブログには時々「小花モチーフマフラー」で検索して来てくださる人がいるの。あのマフラーなのかどうかわからないけど。

 そして高校の友達のTも 写真を見て「春日井の人は見る目ないね。私なら超欲しい」と。

 材料を買って来てくれたOさんが最初にしてたピンク系のを私も頼んで また編もうかなぁ。

 Oさんの首を飾っていたピンクの花束のインパクト、やっぱり強かったんだ~。

|

2010年1月 8日 (金)

年明け最初の小さなお楽しみ♪

 今年最初の公文のお手伝い。

 私の小さなお楽しみタイム♪

「○ちゃんち クリスマスにサンタクロース来た?」

 ほんのちょっと手が空いた瞬間に、側にいる子供にたずねる。

「うん^^ 来たよ! ○○くれた~!」

 私のターゲットは「サンタクロースが来そうな年齢のこども」だからかもしれないけど、毎年たずねた子はすべて、屈託無く「来たよ!」と言う。

 公文のお手伝い中じゃなければ「どうやって来たのか? 見たのか? 頼んだ物を貰えたのか?」詳しく聞きたいくらい。

 サンタクロースがちゃんと来てくれる子供達、彼らの幸せそうな笑顔を見てると 何だかほっとする。

 ちなみに…私が子供のころは、ツリーも毎年飾ってもらってたし、クリスマスプレゼントも貰ってたんだけど…どうやってサンタクロースが来るのか、物心ついた時には知ってました。(どうやって来るのかは知ってたけど、プレゼントを枕元に置かれる瞬間は知らなかったから、そこは子供ね)

 知った上で、サンタクロースにお礼の手紙を書いたりもしてました。

 ん~公文の子供も もしかしたら知った上での「来たよ!」なのかなぁ。

|

2010年1月 7日 (木)

とりあえず…よかった☆

 先月の診察で「尿蛋白が+2になってるから、年明けにネフローゼのチェックをしよう」と言われて「一か月の間に、自分にできる努力はしよう」と思ったのに、これと言って何もせず、とうとう検査の日を迎えてしまった…。

 『今日からステロイドが増えるとして…3錠かな…4錠?3月のJリーグ開幕にはまだ減らせないなぁ…顔はどれくらい丸くなるかなぁ…』と 悪い予想から、その後の想像をたくさんした。

 その半面『あれだけ悪い想像しておいたので やっぱり現実にはなりませんでした~~^^』って言えるといいなぁ~などとも思ってしまった。

 とにかく自分では体がしんどい感じが無いので『増量も少しでいいでしょう』って覚悟はできてた。

 さて、尿蛋白は今日も+2。でもW先生は血液検査の結果をじっくり見て「アルブミンも変化してないし、問題なし!」と。

 わぁ~よかったぁ~~~!

 でも帰宅後、検査表をじっくり見たら、血糖値は正常値をオーバーしてるし、他にも複数、正常値以下やら、超えてるのやらがあった。

 まあW先生が「問題なし」と言ってくださったんだから、これくらいは「生理現象」の範囲内だと思っておきましょ。

 コレステロールはちょっと下がって来てたわ(それでもまだ正常値を超えてる…)

|

2010年1月 5日 (火)

みんなの年賀状、そして近況

 今年もたくさんの年賀状が届いた。

 子供の写真の年賀状も多い。

 遠方の夫の従兄弟達とは、義父の葬儀で会った程度で、あまり交流もなく、名前と顔が一致してない人もいる。

 それでも彼らの子供たちの写真を見ると「あ~もうこんなに大きくなったんだ~」と 毎年 にんまりする。

 そしてある時 急に大人になってるのよね。

「誰? この綺麗な娘さんは」と 名前を見ると、去年までは子供だった子だったりする。中にはお嫁さんと娘さんの区別がつかない人も。

 私の友達の子供たちは もうすっかり大きくなってて「息子が結婚しました」「孫が生まれました」って添え書きもいくつかあった。

 私は病気の為に「子供は産まない結婚」で、夫も義父母も了解していてくれて、子供が無い事で悲しい思いをした事はなかった。

 友達に赤ちゃんが次々と生まれた時も『可愛い赤ちゃんを触らせてもらえる♪』だったし、みんなが子育てで大変だった時期も 子育ての愚痴やら自慢やらも聞かせてもらって疑似体験してきて、寂しいと思った事はなかった。

 でも この年になって感じるの。

 私には、この先「増える・拡がる」って事は無いなぁ…って。

 子供がいたら、どんどん大人になっていく子供に「あ、こんなに頼りになるんだわ」と思う事もあるし、娘だったら、一緒にお洒落して若い情報を自然に取り入れたり、恋愛話もして わくわくときめきの疑似体験もできただろうな。

 そして子供の結婚があり、新しい家族が増え、その先には孫の誕生がある。孫の成長を見ながら、また自分の子育て時代を余裕を持って再現できる。

 そういうのっていいなぁ~と思う。

 無い物ねだりだね。

 若いSLE患者さんに「出産を迷ってる」と相談されたら、私は「担当医ともきちんと話し合って、もし産める状態なら産んだ方がいいよ」と言うわね。

 …自分自身の事を思い返してみる。

 33歳の時に新しい主治医に「産んでいいよ」と突然言われた。産まないつもりで7年間の結婚生活を過ごして来たので その時点で「じゃあ産もう」とは思えなかった。

 そしてその4年後に骨頭壊死で入院手術。

「あの時、もし産んでたら、幼子を預けなきゃいけなかった。産まなくてよかった」と思ったっけ。

 退院しても、以前のように走る事ができないから、世間のお母さんと同じように子供の相手をするのは難しかったと思う。

 紫外線を避けたり、疲れやすかったり、普通のお母さんとは違う日常生活だっただろうな。海や遊園地へも一緒に行けなかっただろうし。

 だから子供の為には「産まなくて良かった」んだよね。

 私よりもかなり若いSLE患者のMさんと、20年以上年賀状をやり取りしてる。

 彼女が発病して入院した時に、一緒に入院した別のSLE友達から「かなり精神的に参ってるから、励ましてほしい」と言われて、定期診察の折りに病室を訪ねたのが最初の出会い。

 その後、彼女は結婚もした。不妊治療の末、誕生した赤ちゃんが今年はもう小学生になるって^^

 長い不妊治療の間には「もうそんなに頑張らなくてもいいじゃない…」と思った事もあったし「無理して出産して病気が再燃したらどうするの?」と ちょっぴり心配した事もあったけど、この6年間、彼女はとても元気で、一人娘ちゃんを育てるのがエネルギーになってるようだった。

 こういう幸せなケースもあるから、若い患者さん達は希望を持ってほしいって思う。

 そして私は無い物ねだりしないで、今ある穏やかな日常に感謝して、少しでも元気な老後をおくれるように努力しなきゃね。

 まずは引き続きダイエットね…苦笑。

|

2010年1月 3日 (日)

こんな☆初体験

 元旦に車を運転した時、ガソリンのランプが点灯した。その日くらいは何とかなる。三が日の残りはもう外出する事はないだろう…と 高をくくっていた。

 それが突然、夫を配達するために運転する事になってしまった。(夫の車は私には大き過ぎて運転できませんの…)

 夫と義母を駅に降ろして「さあ帰りましょう…ガソリンもつかしら…」

 実家にも寄り、母の用事も済ませる。

「さて、せっかくだからショッピングモールでウインドーショッピングでもしようかな♪」と走り出したものの、ちょっぴり不安になってきた。

 どこでもいいから見つけたスタンドで給油しよう。

 …さすがに三が日、開いてるスタンドって無いのね。

 どんどん不安が大きくなってくる。道の真ん中で ぷすぷす…ぷすんと止まり、JAFに電話する自分の姿が目に浮かぶ。

 エアコンもラジオも切る(関係あるかな?)

 寒さと緊張で頭痛までしてくる。

 左側のガソリンスタンドの看板に目を光らせる。

「あった!!」 ウインカーを出して入る。

『セルフ!!!!!』

 ほんとにお店の人は誰もいないのね。

 でもお客さんはけっこうたくさんいる。ここはもう恥を忍んで「初めてなので教えてください」とお願いしようか…。

 しばし運転席から優しそうな人を物色するも、なんだかどの人も忙しそうで…ウインカーを右に出して道に戻る。

 「あそこにスタンドあったよね…」 休み。

 「あそこになかったっけ?」 休み。

 無常にもロープの張られた店ばかり…。

 「もうこのまま家まで行ってしまおう!」決心して右折すると さっきの道路の少し先にスタンドの看板がちらりと見えた! 

 ぐる~っと左折、左折、左折して そのスタンドにやっと近づくと…やだぁ、数年前に閉店したスタンドじゃ~~ん(泣) ああ、かなり余分な走りをしてしまった。

 仕方ない! 19号線を走ろう! ガス欠の不安をかかえて「こんなとこ走りとうなかったぁー!(加藤清史郎くん風味)」

 ところがすぐに開いてるスタンドがあった!!

「最初からこっちへ来ればよかった~~♪」と乗り入れると…そこもセルフスタンド!! でも奥に店員さんがいる気配。

 一か八かやってみよう!! ここまで来たらもう帰るのも心配だもん。

 タッチパネルで「現金」とか「20リットル」とか指定し、案内に促されるまま1万円札を入れる。うん、何の問題もなくできたじゃん。

『給油口を開けてください』 いつも運転席の右下の何かを操作して開けるよね。これだわ。ギュッ! 

『では、赤いノズルで給油してください』 はいはい、これね、ノズルは分かったけど、ハタと立ち止まる。給油口が無いわ…確かに開けたつもりだけど…。 

 と車をぐるっと見て回ると…いやぁ~~~ん(泣) ノズルと反対側じゃ~~~ん! 

 どうしよう!? もう1万円札入れちゃったから、勝手に移動できないし。

 そしたら、ちゃんとインターフォンがついてるのよ。 ああ、神様!!

 で、押したら何も言わないうちに若いお嬢さんの声で「はい! すぐに参ります!」って。

 かわいらしいお嬢さんが走って来てくれた。

「ごめんなさい…初めてで分からなくて…反対側みたいなの」

「あ、そうですね。では、あちら側に移動していただけますか?」

「1万円入れちゃったんだけど…」

「はい、取り消しできますから(にっこり)」 ありがとう~~~☆ 

 で、別の機械の所に移動したら、ちゃんとお嬢さんが付いて来てくれた♪

 給油口の中の蓋もはずしてくれた。…蓋を手ではずすなんて初めて知った!

「ごめんなさいねぇ…これじゃ全然セルフじゃないわねぇ」

「いいえ、大丈夫ですよ(にっこり)」 かわいらしいお嬢さんは 天使でした。

 一応「セルフ」の体面を保つ為か 天使はノズルは触らない。

 音声案内に言われるまま私が赤いノズルを掴む。

「あ、まだそこは握らなくていいですよ」と天使。

 給油口にノズルを入れて強く握る。

「はい、それでけっこうです。今 給油されてます。そこに数値が表示されてますよ」あ~ほんとだ~^^

 初体験なのでなんとなく「10リットル」にしてしまった。

「10リットル入ったら自動的に止まるのよね?」

「はい、止まりますよ」

 あ~止まった~~~^^

「ありがとう~~!」 

 中の蓋を閉めるのも初めてなので「これでいい?」と天使の顔を見ながらする。

「カチッと音がしたら…あ、閉まりましたよ」

「ありがとう~~~!!」 あ、でもまだおつりが出てない!

「清算はこちらです」 あらま! 機械とはちょっと離れてるじゃない。これは一人では発見できなかったわ。

「バーコードを読み取らせてください」と 天使はあくまでも手は出さない。

 病院の支払いでバーコード清算には慣れてるはずだったのに、変な方向に入れてしまって「あ、反対です(にっこり)」

「ありがとう。一人では絶対にできなかったわ」おつりを握りしめて 天使に何度もお礼を言って車に乗り込む。

 おつりを財布にしまうまで天使を待たせるのが申し訳なくて…。

 ジャラジャラン…チャリーン。 はい、小銭落ちました。

 もうそのまま行ってしまおうか…と一瞬思った。でも足元に100円玉が落ちてるのが見えたので慌てて拾った。

 100円拾ったので安心してドアを閉めようとしたら、反対側の機械からお客さんの男性が「こっちにも転がってきましたよ」と10円玉を持って来てくれた。

 そんなところまで行ってしまってたのね…、あの音からすると もう少し落ちてそうだわ…。

「ありがとうございますぅ~」もう他にいくらか落ちててもいい!!早くこの場から立ち去りたいのよ。

 こうしてスタンドから逃げ帰ったのでした。

 明日にでももう一度 行ってやってみたら覚えられるような気がする。でも1週間後では今日の事を忘れてる可能性が高い。

 また行って学習して、自分のものにするか、この先、二度とセルフスタンドには行かないか…どうしよう。

|

« 2009年12月 | トップページ | 2010年2月 »