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2011年3月

2011年3月31日 (木)

ちょっと可愛いんだけど…

 昨日、実家へ行く前に「今から出るよ」と電話をすると 半分泣いてるような声で

「来てぇ・・・」と母。

思わず「どうしたの!?」

「お母さんねぇ…認知症1だって…ショックで…」

 うあぁ~! 『認知症1』って…涙笑。なんか可愛いよね。

 電話口で大声で説明しても こういう状態の時は 尚更話が伝わらないので

「行って話すからね。大丈夫。全然 問題ないよ」とだけ言って出かけた。

 月曜日に『要介護1』で良かったんだよと明るく言って、母を納得・安心させたと思ってたけど、やっぱり忘れてるのね。(詳しくは3月28日の日記をご覧ください)

 以前から『余命宣告されても ちゃんと話し合おう』って約束してるから、いっそ今回も ちゃんと正しく伝えようか…と ちょっと思ってた。

「軽度のアルツハイマーだから、アリセプトは一生懸命に服用しなければいけない。物忘れや感情のコントロール不能な時があるから、よそ様とのお付き合いは 気をつけて」って。

 でもきっと説明しても忘れちゃうだろうな…とも。

 そして、この電話で「やっぱり言えないわ…」となった。

 ノートテイクで説明したので、それをこれから何度も見れば、読む度に『要介護1でよかったんだよ』って思えるはず…。

 (母は私のノートテイクを全部 残してある)

 気分を変えようとファミレスにランチに行った。

 そこでの母の話は主に、親戚の近況。

「○○おばさん 認知症なんだって。家族が大変だわ…」

 ん~~~自分がその仲間入りし始めてる自覚は無いのね(汗

 ノートテイクでも 母との会話は 成り立ちにくくなってきてる。

 言葉の認識がちょっとおかしいのね。

 ちょっと長いフレーズの中の興味のある言葉だけに注目して、後は思い込みで返答するから、まったくかみ合わない。

母「この前、ゆうこが ○さんは来ないって言ったでしょ」

私(ノートテイクで)「○さんは来るのが延期になったとは言ったけど『来ない』とは言って無いよ」

母「ね、来ないんでしょ?」

 『来ない』と思い込んでるから、私の書いた文章の『来ない』だけが頭に入っちゃうのね。

 幼稚園児と話してるつもりで話さないとダメなのかもしれないな。

 回りくどい言い方はダメで、ストレートにシンプルに。

「○さんは来るよ」でいいんだろうな。

 こうやって少しずつ私も勉強していきます。

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2011年3月30日 (水)

『バカ親丸出し』な テレビ観戦記

3月29日 火曜日 

【日本代表 対 Jリーグ選抜】 長居スタジアム (テレビ観戦)

 soccer2 対 1

 前日のスポーツニュースでも 練習する選手達の中に寿人の姿は見つけられなかった。 注目選手では無くても、背景の一部に映ってても良さそうなものなのに…。

 昨日は 試合前に30分間は念をおくるつもりだった。

 ところが外出してて遅くなり、食事の支度をしてるうちに7時近くに。

「どうせ最初の20分間は、選手紹介とかだから、ご飯食べながら見ればいいね」と。

 なんとか7時前に食卓についたけれど、アップしてる選手達の姿が映ったら、夫も私も食卓を離れてテレビの前に! 二人とも立ったままで凝視。

 選抜チームのスタメン発表。

 寿人は3トップの中央!! あ~寿人が一番慣れたポジションだわ! 私も見慣れた場所に寿人の名前が。

 もうそれを見た瞬間に泣きそうになる。

 たかが「慈善試合の選抜チーム」と笑ってくだされ。

 私にとっては、これは立派な「代表戦」なのです。

 も~ドキドキしてきた。

 整列した時、思いつめたような梁ちゃんの顔を見たら もう涙。

 夫は「寿人君 晴れ舞台」と。

 

 試合開始。

 黄色いユニフォームの寿人と梁ちゃん…ベガルタサポさん達は 懐かしさで胸がいっぱいだろうな。

 そして寿人のシュート!! 川島がナイスセーブを見せてくれちゃったけど、枠に行ってたよね!

 今朝のテレビで「ミドルシュート」だった事を知りました(どんだけ見えてないのか…)

 あ~ そんな展開の中で 私は「あ~~う○ちがしたくなってきたーーー!」もうここは ちびってでも立てない。

 ♪ベェガァルゥタ せぇんだ~い GO! 行くぞせぇんだ~い おーれーたぁちと とーもーに レディゴー♪ が聴こえて来た。

 「ベガルタ仙台」のとこは何か別の言葉だった。

 サポーターさん達 素晴らしすぎます!

 このチャント 大好きなんだ。

 去年の広島ホーム最終戦と、今年唯一のJリーグ戦 広島開幕戦の相手が奇しくも仙台で、このチャントをずっと聞いていたんだ。

 思わずノってしまうの。 この「GO!」の所で、仙台サポさん達が弾むような力をこめるのが素敵だったんだ。

 昨日は仙台サポさん中心では無さそうだから「GO!」は ちょっと違って聴こえたなぁ。

 夫が「寿人の弾幕発見」と。代表仕様だね。日の丸のついた弾幕。

 憲剛君も小野さんも頑張ってくれてるんだけど、寿人の前でカットされてしまう。

 楢崎のゴールキックは 花桃監督の声が聴こえてるらしく、寿人を狙ってくれたように見えたけど、残念「ケネディみたいに大きくないのよ…」

 マークについてる今野よりも ちっちゃくてゴメンね。

 寿人は いつものようにシャツをちゃんとパンツの中に入れてるので、キュロットスカートみたいで可愛いんだ~^^

 寿人ーーーもっと走れーーーー!! 

「ピクシーは全員出すと言ってるから、おそらく寿人は前半だけですね」と夫。

 寿人ーーーー焦るなーーーー! 

 ハーフタイム。

 すんごく体に力がはいってたのに気付く。

 スタンドからは♪カントリーロード♪が流れてくる。

 ほんとに Jリーグを愛するサポーターさん達は 心から「仙台(チームも町も)の復興」を願っているんだね。きっと届いている。

 

 後半開始。

 ハーフタイムに お預けだったトイレにも行って「寿人はもう出番終わったかな~」と ソファーにもたれていたら…

「寿人居た!まだ居たっ!!」

 寿人!こんなチャンスを貰ったんだからね!

 そして代表チームは槙野の投入。

「槙野のプレー 久しぶりです…」と夫は感慨深げ。

 もうその辺りからの私は

「駒ちゃーーーーん!!」「こぼれ球!こぼれ球!!」「寿人そこっ!!」キィーキーキィーキー!

 私のメモにはここで『寿人の得意な形、今野に防がれる』とある。どんな場面だったのか…もうわかりません(汗)

 そして4人の交替。

 カズの登場。

 スタメンにカズを並べて全国民を「おぉ~!」と唸らせるか、途中出場にして「今か今か」と思わせるか どっちだろう?と思ってたけど、この交替は それだけで見ごたえあったね。

 ピクシーお見事☆

 そして…カズゴール!!

 さほどサッカーに興味があったわけでは無い私でも、全盛期のカズだけは知っている。

 イケイケの若造から渋い大人に、彼は素敵に進化したね。

 2対1で代表チームの勝利。妥当なとこでしょうね^^

 そしてカズのゴールで 選抜チームにも華が。

 日経新聞の三浦和良のコラムをずっと読んでて 彼がいかに努力をしているのか、いかにサッカーを愛しているのかを感じてた。

 今回の選出時にも地に足のついた冷静なコメントを出していた。その上で「真剣にやる」と宣言。

 神様は努力を継続させてる人の事は ちゃんと見てるんだね。

 そして…ちょっぴり残念だけど、同じ1点でも寿人のゴールより、カズのゴールの方が力を持ってる。

 あえぐ日本に大きな勇気と希望を 一瞬にして与えてくれた。

 サッカーに興味の無い人には「サッカーなんかやってる場合か」かもしれないけど、少なくとも『Jリーグを見てる人達』には、すごいエネルギーになってるはず。

 まずは百人でも千人でも一万人でも 何かを感じて新しい勇気を貰えて「よし!自分も何かやろう!」って思えたら それで十分なんじゃないかな?

 さてさて、そして寿人はブログを更新。

http://www.hisato-sato.net/?p=718

 これ見て また ぐひっ…ぐひっ…ひぃ~~~ん となってる『ばか親』な私を どうぞお笑いください。

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2011年3月29日 (火)

花桃 今夜は燃えます!

 チャリティマッチ 日テレ 19時から。

 寿人は選抜チーム。

 あの黄色いユニフォームは、ベガルタ仙台を彷彿とさせる。

 サッカー協会、粋なはからいをしてくれるわ♪

 慈善試合とは言え、テレビで寿人のプレーする姿を全国の人に見てもらえる^^

 ここは『バカ親』丸出しで嬉しい。

 花桃日記を読んでくださってて 今までサッカーに興味の無かった方も どうか今夜はご覧くださいませ。

 寿人は選抜チーム 黄色いユニフォームの背番号9です。

 代表チームの乾と似てますが 見間違えないでね。

 さてさて『バカ親』の本領発揮で、妄想は暴走します。

 選抜チームは『元日本代表』と言うよりは『つい最近まで代表』『返り咲き狙い』『これから台頭する予定』『時々召集されながら なかなか実力発揮できず、今日こそ!』の選手達のチーム。

 そりゃもう豪華なメンバーだわよ。

 花桃監督は指示します。(命令形は「してください」と置き換えて読んでね)

「憲剛・俊輔、寿人だけを見てなさい。寿人の動き出しに合わせてボールを出しなさい」

「小野、寿人にやわらかなパスを出しなさい」

 これでハットトリック達成。

 そして

「楢崎・川口、ゴールキックは寿人を目がけて蹴りなさい」

 これで5ゴール。

「梁、寿人と絡みながらゴールを目がけて走りなさい」

 梁ちゃんのシュートのこぼれ球を決めて6ゴール。

 優等生の寿人は「ここはやっぱりカズさんでしょう」と言ってるので、カズのシュートをアシストして、これまたこぼれ球を決めて7ゴール。

 …梁ちゃん・カズさんに決めさせなくて ごめんなさい。

 広島を応援する立場からすると、代表チームではチュン君にも大量ゴールを決めてもらわないとね。

 寿人とチュン君7本ずつでどうでしょう?

 あ~ でもそうすると、周作が数本失点する事になるなぁ…。

 では、川島の時 限定で。(私はほんとは川島も好きなんだよ~泣)

 バカ親妄想日記に最後までおつきあいくださって ありがとうございました。

 では、あたくしはこれから歯医者で戦ってまいります。

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2011年3月28日 (月)

母の気持ち

 日課の電話をすると 母は

「あのね…今日 封筒が来たんだけど、お母さん 要介護1なんだって…」と不安そうな声。

 そっかぁ…要支援かもしれないと思ってたけど、まあ妥当な認定ね。それにしても早いわ…などと思ってると

「どうして要介護1なんだろう…お母さん、そんなに…」

 慌てて「だってもうすぐ80歳なんだもん。当然だよ」と明るく言った。そして要介護の意味はちゃんと分かってるんだなぁと 妙に感心する。

 「ゆうこの声聞いたら 安心した。でも どうしてこんなのがいきなり来たんだろう?」

 あ~ そこがやっぱりね…苦笑。

 「この前 市役所の人が面談に来たでしょ?」

「ああ、いろいろ聞いていったねぇ。あれで要介護1になったの?お母さん、みんなに『若く見える』って言われてるのに」と また不審がる。

「若く見えても80歳になるんだし、要支援よりも要介護の方が援助が多いから良かったよ^^ 私は要支援だったら嫌だなぁ~って思ってたよ」 と話をそらす。

「その方が ゆうこは楽だしね」

…う~違うけど。

「デイサービスも利用できるし、給食とかもあるし、いろいろ利用できるから 良かったよ!」と努めて明るく言う。

「そうだね! なんかお母さん、要介護1って見たら 泣けてくるやら笑えてくるやら…。じゃあ これからの事は ゆうこに任せるから お願いね」と最後は母もすっきりした感じ。

 以前から私と母(夫も)は「例えば重い病気で『余命何ヶ月』と言われたら、お互いに隠さずに話そう」と決めている。

 その瞬間は泣けばいい。みんなで泣けばいい。

 でも1時間も泣き続けたら きっと泣きやんで、笑える事もできてくる。

 それからは「桜が見られてよかったね」「アジサイが見られてよかったね」って季節を味わって微笑み、

「もう来年の桜は見られないかもね」と また泣き、その繰り返しで最後の日々を過ごそうって話し合ってる。

 でも…「軽度のアルツハイマーだよ」って言うのは、それに該当するんだろうか?

 アリセプトも「物忘れの薬」だと言ってある。

 まだ「介護の道」に踏み出しても居ないけれど、これから私は『愛しいものを育む』勉強だね。

 

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2011年3月27日 (日)

チャリティマッチ ガイナーレ鳥取戦

3月26日 土曜日 

【広島 対 鳥取】 とりぎんバードスタジアム(スカパー観戦)

 soccer4対2 広島勝利

 soccerゴール…水本・洋次郎・洋次郎・寿人

 

 久しぶりのスカパー観戦♪ 予約録画の仕方を忘れてたわ!

 映像の最初に、以前の試合会場での仙台サポさん達の姿が映された。

 震災以来、安否確認できなかった仙台サポのカズさん…ひょっとしたら亡くなってるのかも…と思い始めた先日 やっと無事が確認できた。

 テレビの映像を見た瞬間「無事でよかった…」と泣けて来た。

 寿人も心を痛めているとコメントしてたけれど、仙台時代から応援してくれてたサポーターさんの中にも 今度の被災で命を落とした人がある。

 チームを愛し、熱烈に応援しているサポーターさん達は、試合の時は「敵」だけれど、サッカーを愛する事に関しては「同志」

 私が思うよりももっと強く 仙台サポさん達の事を心配し、応援しているに違いない。

 サッカーを観られる幸せを感じると同時に「被災地の仲間達にも見せてあげたい」と強く思うに違いない。

 それが「一日も早くサッカーを再開できるように、自分にできる支援をしよう」と言うエネルギーになるんだろうね。

 三浦カズ選手が選抜チームに選ばれた時のインタビューの中で「サッカーをする事が本当に良いのだろうかと思う(選ばれたからには真剣にプレーするが)」と発言した。

 直後の日経新聞のコラムにも同様の事が書いてあった。

 被災地でチャリティマッチのテレビ観戦できる人は限られてる。

 サッカーに興味の無い人は「こんな時に呑気にサッカーか…」と思うかもしれない。

 それでも…被害の少なかった地域のサッカー好きな人達には勇気と喜びを与えて「よし!私達ももっと頑張ろう!」って思えたはず。

 まずはそれでいいんじゃないかな?

 きたんちゃん達は 鳥取へ行くと言ってた。

 ピッチのプレーを見ながらスタンドに「きたんちゃん 居ないかな?」と探す(笑

 ガイナーレ鳥取にも『寿人』が居た!! キムソンミン選手! 似てたな~^^

 寿人ゴールの時は、コーナーキックの浩司を見て

「あ~浩司もシャツをパンツの外に出してるなぁ」と思ってたら あららら…決まったの? 

 誰? ゴールしたの誰?って感じだった。相変わらず…ね。

 スロー再生でやっと寿人だと確認。

 首をくるっと回してのヘディングシュート。前半にも同じようなシュートした。

 浩司のCKからのシュートは、相手選手にしてみれば「う!寿人 どっから出て来た?!」って感じだったんじゃないかなぁ。

 これぞ寿人!

 さあ、私も何かしなきゃ。

 まつちよさんが 先日の私のブログ「物資の支援を直接できないか?」を読んで、素敵なサイトを紹介してくれた。

http://117kibounoakari.sakura.ne.jp/sblo_files/117kibounoakari/image/TASUKIPROJECT_20110326.pdf

 私の好みいっぱいの「応援プレゼント袋」を作ろうと ワクワクしてます。

 

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2011年3月25日 (金)

平和な日々…

 大震災発生直後は、こちらの「昨日と同じ日常」が夢のように感じられた。

 車を運転してても 真っ直ぐに舗装されてる道路が「夢」なのでは無いかと思えた。

 …でも だんだん当たり前になってしまうね。

 新聞のテレビ欄も すっかり元通りになった。放送される番組も。

 スーパーへ行けば豊富な商品が 普段通りに並んでいる。

 「買占めしないよう」呼び掛けがあるけれど、被災地への支援物資として買う人や、被災地の知人に頼まれて買う人も大勢いるんじゃないかしら。

 テレビで見る避難所で健気にボランティアしてるこどもの姿は 本当に勇気をくれる。

 おにぎりだって、小学生がぎこちなく「どうぞ、おにぎりです」って渡してくれると、貰う方は思わず笑顔になっちゃいそう。

 肩もみ隊もいるんだね。

 あ~~私、小学生のおててが肩にのってるだけで 揉んでくれなくても すっごく気持ちいいと思う。

 中高生は 一人前の戦力。大人には無い発想で 皆を元気づけてる。

 何よりも十代の真摯な若者や屈託ないこども達の存在は 清らかなともしびだ。

 倒壊した店に残った食材を提供して、温かい料理を振る舞う人もいる。

 被災地で一番苦しいはずの人達から「人間って素晴らしい」を 私達は、たくさんたくさん貰ってる。

 被害の無い私達は それをいっぱい受け止めて力にして返さなきゃ。

 阪神淡路大震災の後、数年過ぎて「避難所の人も少なくなりました」って体育館に ほんのわずか居る人達の姿が映されたテレビを覚えている。

 それからしばらくして「仮設住宅に住む人も少なくなりました」「仮設住宅も取り壊しです」のニュースだった。

 今度の被災地にも そういう日が必ず来る。

 …それでも失ったものはかえってこないね。

 そして本格的復興に向けてパワー全開するには、原発事故問題が大きく横たわる。

 どうかどうか…まず原発が「何の心配も無くなりました!!」ってなってほしい。

 いろんな思いが交錯して、支離滅裂だけど、私の気持ち。

 

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2011年3月24日 (木)

ノックアウト!

 ちょっと前に ヤイちゃんと逢う約束の日

「例の白いベレー帽をかぶっていくからね」と宣言しておいて…忘れた。

「もしかぶってたら何て言った?」と聞いてみたら

「大人はかぶってかんでしょう(いけないでしょう) 変!」と。

「やっぱりぃ…。ねえ、Kちゃん(ヤイちゃんちの大学生の上嬢)かぶらない?」

「絶対かぶらない」

…『Mちゃん(高校生の下嬢)は?』とは もう聞けなかった…。

 この時 もうほとんど私の中でも「あれは封印だ」だったんだけど…だけど…。

 先日、友達が息子とガールフレンドのプリクラを見せてくれた。

「きゃぁ~~~かあい~~~!」と息子をガン見。

次に「きゃぁ~~~この娘、アニメのキャラクターみたいな顔じゃん♪ かぁわいい~じゃん」

 そして…ハッとする。 

 そのアニメキャラみたいにかわゆい彼女の頭には、あの白いふわふわベレー帽が!!

 …もう…もう…本当にダメです。

 ところで…言いにくい事をずばずば言う「悪役ヤイちゃん」に

「花桃ブログを読んでる人は ヤイちゃんの事をどう思ってるだろうね?」と聞いたら

「おばさん番長とでも名付けといて」と少しも動じませんでした。(かえって嬉しそうでした)

 そんなヒールなヤイちゃんには、花桃ブログを見てくださってる人の中にも密かにファンが居るのでは無いかと思います。

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2011年3月23日 (水)

旅立ちのとき

 午後、メールの返信をしようとPCを立ち上げた瞬間

「あ、買い物先に行こ」と気が変わった。

 車を出していると通りかかったのは 同じマンションのMさんとお嬢ちゃんのあっちゃん。

 半月ほど前にMさんに会った時「○子が近々海外留学するの。話し相手がいなくなって寂しくなるわ」と言ってた。

 このマンションに引っ越して来て最初に仲良くなったのが 3歳のあっちゃんを連れたMさん。ご主人も穏やかな素敵な人で、家族ぐるみで程良い距離感でお付き合いしてきた。

 あの あっちゃんが海外留学かぁ…。

 車から降りて駆け寄る(気持ちだけね)

「あっちゃぁ~~~ん、いつ行くの?」

 明日だった!!

 髪にゆるくパーマをかけて すっかり「娘さん」になってるあっちゃんの ほっぺを両手ですりすり。あっちゃんは荷物を両手に持ってるので握手できず、あっちゃんの腕をなでなで。

 少しはにかんだ笑顔は3歳の時とおんなじなんだよね。

 娘を海外に出す女親の気持ちって どんなだろう?

 Mさんちには 下に男の子が2人いるけど、娘がいなくなるのは特別だろうなぁ。

 病院の処方箋T嬢んちも下のお嬢ちゃんが 先月 海外へ飛び立った。

 私の幼馴染Nちゃんは、下の男の子が1年の海外留学を高校時代に経験してる。

今は県外の大学に行ってるけど、海外に比べたら「いつでも帰って来られる」距離らしい^^

 子供の海外留学、珍しい事では無いんだけど、私には親の気持ちは実感としてわからない感情だわ。

 良い勉強をして、良い経験をして、成長して帰って来る事への期待もあるよね。

 送り出す寂しさも含めて、私も味わってみたい感情の一つだなぁ。

 私の今世での忘れものは「子供を産み育てる事」だ。

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2011年3月22日 (火)

私には がっかりよ!

 先月、花の株をいくつか買って写真をアップした。

 予定では、今頃、プランターに咲きこぼれるパンジー・ディモルフォセカ・ラナンキュラスの写真を載せるはずだった。

 …はずだった。

 プランターに移植してから、晴れた日はベランダに出し、日差しの移動に合わせてプランターも移動させ、夕方には部屋に取りこむ。

 水をやる時も、移動させる時も

「可愛いねぇ~^^ たくさん咲いてよ~」と声をかけた。

 たくさんついてる蕾を そっと手で包みこんで「可愛い 可愛い~」を連呼した。

 液体肥料も施した。

 異変に気付いたのは いつだったんだろう?

Image186_2

 いつ咲くのかいつ咲くのかと期待していたたくさんのつぼみが 一つも咲かない。

 茎と葉だけは伸びてる。

 なんか変だなぁ…。

 そして急に寒くなった日に、伸び放題だったパンジー達が くた~っとしてるのに気付いた。

Image187

「ごめんごめん! 寒かったね。こんな日はお日様があってもベランダに出しちゃいけなかったね。もう一度 元気に伸びてね・・・」祈るような思いで 葉っぱを両手でそっと包みんで語りかけた。

 でも…どうしても変だ。

 意を決して株をそっと引っ張ってみた。

 すぽっと抜けた。買った時に入ってた容器の形のままの根っこ…ガーン!

 カチカチの根っこをほぐして もう一度埋めた。

「ごめんね~。ほぐして移植しなきゃいけなかったね。これで何とか根付いて~」

 …そして数日。

 根っこがはり出した様子が無い。また引っ張ってみた(汗) またすぽっと抜けた(唖然)

 一応ほぐした状態だけど…。

 いじくり過ぎたんだね 私。

 とうとう こんな風になってしまいました…泣。

Image188

 もう何年も次々と植物だけを変えて使い続けた土がいけなかったんだろうか。

 アイビーだけは丈夫だから なんとか育ってるように見える。

 4月になったら、もう このミイラは…捨てる。

 そして土を全部入れ替えて、もう一度 新しいパンジー・ディモルフォセカ・ラナンキュラスの花株を買って来て植える!

 もう…情けないわ。

 道を歩いてると、家の軒下に無造作に置かれたプランターに 可愛くパンジーが咲いている。

 パンジーさえ咲かせられないなんて 私には がっかりよ…涙。

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2011年3月20日 (日)

支援・救援・応援物資

 少し前の新聞に記者が書いたコラム。

 【私の意訳】

 ヘリコプターで被災地上空を飛んでいると、孤立した家のベランダや校庭にSOSが見えるが 操縦士も「何もできない」と言って高度を上げる。

 知人に「物資は届けたの?」とチクリと言われて考え込む。

 側に居た消防団員が「できる事をすればいいんだ」と言ってくれたので「自分にできるのは、この悲惨な状況を記事にする事だ」と思えた。

 これを読んだ時、私は う~~~ん。

 「できる事をすればいいんだ」って消防団の人は そういう意味で言ったのかなぁ?

 私も この記者さんの知人と同じように「できる範囲で届けたら?」って思うもん。

 孤立した家で「赤ちゃんのミルクが不足してます」って弾幕を出してる映像を見た。

 せめてその家にミルクの缶1つでも ヘリコプターから届けられないんだろうか?

 公平に…ってのも大事な事だけど、この事態の中、たとえ一人でも、たとえ1日分だけでも、助けるのはダメなの?

 支援物資がどんどん集まってる映像も見た。大きな体育館みたいな所に トラックから運び入れてる。

 この物資、本当に全部 避難所に届くんだろうか? 菓子パンらしきものの山積みも見えるけど、その日のうちに 他の段ボール箱と一緒に 配布しきれるんだろうか?

 せっかく室内に運び入れたのを またトラックに積み直す人力も必要になる。

 なんか無駄な事してるように感じてしまう。

 あちこちの避難所に取材が入るって事は、少なくともそこに車の一台くらいは行けるって事だよね。

 だったらA市からの物資は ①番避難所へ。B市からのは②番避難所へって決めて、直接行ってもらったらどうだろうか?

 一度行ったら、もうA市は①番避難所担当にする。

 運び入れ作業中に その避難所をよく観察して、次に何が必要か? どんな食材なら調理できるのか? 避難してる人はお年寄りが多いのか? 子供か? よーくチェックし、担当者ともしっかり話し合って戻る。

 そして数日後には、その需要に沿う物資を運ぶ。

 その方がスムーズな気がするんだけどなぁ。素人考えかなぁ。

 うちは いちはやく募金をしたけれど、よく考えたら、今お金を出しても、被災地の人達には有効に使う機会が無いのではないかしらん?

 それこそ10万円よりも使い捨てカイロ1週間分の方がずっと嬉しいんじゃないだろうか?

 本格的な復興が始まったら現金も必要になるだろうけど。

 今、我が家では物資を送るのは様子見。

 もし私が送るとしたら…段ボールに一家族分の「水・食糧・生理用品・防寒具」を入れたいな。それをどこかの避難所の誰かに渡したい。

 やっぱり不公平感をあおるだけなのかなぁ。

 確実に誰かに「あ~助かった! これで頑張れる!」って勇気を与えたいって自己満足なだけなのかな。

 阪神淡路大震災の時も 大量の物資が余ったって話を聞いた。

 その時の反省は生かされてるんだよね。ド素人の私が とやかく思う事は的外れなんだろうなぁ。

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2011年3月18日 (金)

敵前逃亡

 去年、入院中に「ついでに親知らずを抜歯してもらおう作戦」を決行した。

 その際「親知らずの隣の歯に虫歯ができてます。近所の歯医者さんで診てもらってください」と言われたのを 痛くも無いので、そのまま放置していた。

 しばらくして、以前詰めたものが取れてしまったけれど、さほど不便を感じなかったので、そのまま放置していた。

 でも…ここんとこ 食事の度に右奥歯で口の中を噛んで飛び上がる程の痛みを感じている。

 あまり同じところを噛むとよくないと思い、意を決して歯医者さんへ。

 初期の虫歯だろうし、奥の歯をちょっと削れば もう噛む事もないだろうと 高をくくっていたのに…。

「麻酔をして治療しましょう」と!!

 椅子の横にある移動式プレートに並ぶ治療器具を睨みつけていると、麻酔注射も並べられた。

 いえ、ここでひるんだわけでは決してありません。

 私、今日は夕方から大事なお出かけなのです。 

「この麻酔は どれくらいできれますか?」

「早い人は1時間くらい、長い人は6時間くらいです」

うぅぅ…。

「治療は今日やめます。次の時にします。今日 午後から出掛けるんで…」 ほんとは夕方だけど…。

 ちょうど歯医者さんは 今日 予定外に混んでたらしく

「では、今度 時間をかけてやりましょう」と解放された。

 

 …あの麻酔注射って異様な形してるよね。

 親知らず抜歯に比べたら なんの事は無い!! うん!

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2011年3月17日 (木)

今は穏やか^^

 昨日、母を市民病院へ連れて行った。

 神経内科で認知症の簡易テスト。

医師「今は何年(なんねん)ですか?」 

私がノートテイクに「今は何年?」と書いたのを「なにどし」と読んだ母は

「うさぎです」 ある意味正解。

私がひらがなで「なんねん?」と書いたら

「22年です」惜しい! これは認知症じゃなくても曖昧な人多いんじゃないかな。

医師「今日は何月ですか?」

月も日付も曜日も正解。

医師「ここはどこですか?」

「K市民病院です」 母は簡単に答えられる事で満足げ^^

医師「病院の何階ですか?」

「え~と…3階です」惜しい! まあこれも私がエレベーター操作してるし、いつも来てる病院じゃないから仕方ないね。

医師の描いた簡単な図形を見て同じように描く…できてる。

ちょっとぉ…これじゃ問題無しじゃ~ん。

医師「これは何ですか?」と電子体温計を見せる。

「体温計です」

次は懐中電灯。

「…電池…(自信なさげ、なんか違うと思ってる)」 名前が出て来なかったんだろうね。

次は三色ボールペン。

「ペンです」 う~ん、それで良しかな。

そしてハッとしたように「さっきのは電池です!」 涙笑。

 それから簡単な動きを指示される通りにやってみせる…問題無し。

 医師「ここに何か文章を書いてください」

 えぇ…どうかな…?

 母、すらすらと『先生は優しくて美人です』 恐れ入りました!

 

 私が思ってた以上に「普通にできてる」じゃん…複雑。

 そして

 医師「さっき見せた3つの物は何でしたか?」

「さっき…えっと…ん~~~~…忘れちゃった(照れ笑)」 でしょでしょーーー。

 そして医師からは「ここまでは軽度のアルツハイマーと思われます」と。

私が思ってたよりも進行してなかった。

 MRIと脳の血流を測る予約をして帰る。

「ゆうこが居なかったら、私 こんな難しい事できなかったわ」

 待ってる間に隣り合わせになった見知らぬ婦人に声をかけられると

「娘がK市から来て連れて来てくれてるんです」

 知人に偶然会うと

「ゆうこがK市からわざわざ迎えに来て連れて来てくれたんだわ」

 ゆうこ株急上昇。

 

 ファミレスでランチ。

「こんなご馳走久しぶりに食べたわ~♪」

…先週、観劇の夜、ホテルの和食の店で会席食べたじゃん。

 ファミレスの隣にあるブティックを覗き、店員さんのおだてにまんまとのって、お値段のはる服を私に2枚も買ってくれた。

「たまには ゆうこに服も買ってあげたいがね~^^」

「先週もM百貨店で買ってくれたじゃん」

「そうだったっけ? (照れ笑)」

 実家に送り、3時に電気の容量を増やす工事に来てもらう約束があるので、待つ。

「ゆうこ、朝早かったから寝なさい」

 母のベッドで眠った。 

 数年前までは、ちょっと具合が悪くなると実家へ避難して 上げ前据え膳で静養してたんだよね。

 ベッドの隣の台所で母が動く音を聞きながらウトウトする…懐かしい感覚。

 電気工事も終え帰宅。

 夜になって母から電話。

「ゆうこ、今日は本当にお世話になったねぇ。ありがとうね」

 私が二十歳で膠原病を発症した時から何年も、入院中は週に2~3日、洗濯物を取りに通ってくれたし、隔週の診察以外のちょっと大きな検査や突発的な症状の診察の時は、毎回ついて来てくれたじゃん。

 入院中に来てくれる時は「ありがとう」と言ってたけど、通院に付き添ってもらった時に「世話かけちゃった」とは思わなかった気がする。

 母が60代の頃、私は病院歴で一番遠いN病院に入院し、すでに結婚してたのに

「洗濯は私がする」と母が言うのを すんなり受け入れてた。

 週に2~3回来てくれてたけど、退院後、私が通院するようになって知ったのは、地下鉄の駅から地下道をすごく長く歩かなければいけなかったって事。

 その地下鉄も 実家からは電車の駅から歩き、地下鉄を乗り換えて…だった。

 あの頃だって、母は一度も嫌な顔をしなかった。

 それどころか楽しそうだった。

 結婚して出て行った娘の世話ができるのが嬉しかったんだろうなぁ。まあ私も元気で明るく素直な入院患者だったしね。

 来月、詳しい検査をして正確な診断がおりる。

 介護認定もその頃には終わるはずだから、デイサービスを利用して、母が楽しく生活できるといいな。

 そして アリセプト服用も併用して、アルツハイマーの進行が遅れますように。

 母と私の穏やかな時間が少しでも長く続きますように。

********大震災********

 私の日常は、何も変わっていない。

 最初こそ、昨日と同じ日常が夢のように感じたけれど、いつしか「当たり前」に戻っている。

 軽く冗談を言って笑ってから、申し訳ない気持ちにもなる。

 今日は自衛隊が事故の起きた原発に水の投下を開始した。

 任務とは言え、彼らにも家族がいる。

 もし私の身内がその役目を遂行するとしたら…いてもたってもいられない。

 危険をかえりみず現場に立ち向かってくれる人達に敬意をこめて「ありがとうございます」と言いたい。

 そしてどうか無事でいてください。

 神様、彼らの勇気と責任感と心意気を汲んで、どうか原発の事故を終息させてください!

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2011年3月15日 (火)

「ありがとう」しか言えない

 大地震・大津波の他に、原発の事故まで発生している。

 菅総理だって、枝野長官だって、一生懸命やってるんだよね…。

 原発の現場で作業している人達…その人達にも家族がいる。

 爆発や放射能漏れの危険を承知で、それでも立ち向かっていかなくてはいけない人達。

 すでに警察官や自衛隊の人達が職務中に亡くなってる。

 皆を守る為、これ以上の被害を防ぐ為、命を懸けてる人達がいる。

 神様はどこまで試練を与え続けるおつもりか。

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2011年3月14日 (月)

祈り

 母とのささやかな幸せのひとときを過ごして帰宅した夜、大変な事態を知った。

 怖くて悲しくて涙が出る。

 私が泣いたってしかたない。こんな涙はかえって失礼。

 被災された人達は泣く余裕も無いはず。

 土・日曜日、いつもと変わらぬ一日を過ごす事が申し訳ないような気持ちでいっぱいだった。

 静かな日常が夢なのでは無いかとも思えた。

 昨日と同じ一日を過ごせる事が どれほど幸せなのかをあらためて思った。

「これ以上の津波が来ないように。これ以上の余震が起きないように」

「がれきに埋もれて救助を待っている人が 一人でも多く助けられますように」

「避難所で過ごす人達が少しでも安らかでいられますように」

「離れ離れになっている家族が会えますように」

 いろんな事を思いつく度に私は祈る。

 関東・東北の知人達に連絡をとる。

 仙台の一人を除いては無事が確認できた。

 カズさんは、どうしているんだろう。

 役所勤めされてたから、支援の中心となって忙しく働いているんだと思いたい。

「次は名古屋戦を仙台ホームで」と言った笑顔に また会えると思いたい。

 私には、先週と変わりない月曜日が始まった。

 でも…もう先週とは違ってしまった人達が大勢いる。

 いつもと同じ景色の中に居る事が不思議な感じ。

 夫は早々に募金をすると言うので、私も一緒に頼んだ。

 本当は、避難所の人達の上に、紙おむつ・赤ちゃんのミルク・使い捨てカイロ・温かい食糧・布団を降らせたい。

「どうか頑張ってください」なんて軽々しく言えない。

みんな必死で頑張っているのはわかっているから。

 花桃日記は普段、世間で起きている出来事には あえてノータッチで来た。

 でも今回は触れないわけにはいかなくて。

 未曾有の大災害の真っただ中に居る日本人の冷静で秩序ある行動が 海外メディアで称賛されてるって。

 現地で悲惨な想いをされながらも、人間らしさを誇りを忘れず頑張っている人達に心から頭を垂れたい。

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2011年3月11日 (金)

愛しくて切ない

 ゆうべ母は、消灯後にトイレに3回起きた。

 そっとベッドから起き出すのに、その度に私は目が覚める。普段から私の眠りは浅いけれど、昨日はアヒル寝してないから熟睡するだろうと思ってたのにね。

 そして案の定、母は目の前のバリアフリートイレの大きな扉ではなく、部屋の入り口のドアを開けようとする。

 私が部屋の明かりをつけて「こっちだよ」と誘導する。

「ごめんねぇ…起こしちゃったねぇ…ありがとね」

 母に限らず、子供を産んだお母さんは、誰もが何ヶ月も(1年以上?)授乳の為に夜中に何度も起きるんだよね。

 今朝はホテルのモーニングバイキング。

 わざわざ一番大きなお皿をトレイにのせる母…子供と一緒なんだよね。

「食べられるだけしかのせちゃだめよ。食べてから、まだ食べられるなら また取りに行けばいいんだから」

 それでも私の車椅子を押そうとしてくれるのは「母親」なの。

「いいホテルだったねぇ。遠くまで行く事ないねぇ」

 うん、私もそう思った^^

 母と私だけの非日常を味わうのには、ぴったり。

 チェックアウトして 私の行きつけの美容院でパーマをかけてもらう。

 あぁ…やっぱり髪の毛をきちんとすると見栄えがする^^ これからは 私が頻繁に連れて来よう。

 昼食をとり食料品の買い物をしたら実家へ。

 その車中

「ゆうこと 久しぶりに長い事 一緒にいたねぇ」

…私、泣きそうになっちゃった。

 週に一度は実家へ行ってるけど、こんなにゆったりした気持ちになってないもんね。

 そして3時前には、市役所から介護認定の為の面談に。

 そこで…

「今日は朝ごはん 何時頃、何を召し上がりましたか?」

「いつも7時半ごろに パンとコーヒーと果物を食べてます(にっこり)」

 すでに昨日からホテル泊だと伝えてあるので

「今日もそうでしたか?」

「はい」 …とほほ。

「お昼ご飯は何を召し上がりましたか?」

「お昼は…えっと~何だったかしら? あ!外食したわ。ね、ゆうこ、外食だったね。何を食べたっけ?」と私に聞くから

「自分で思い出して」と書く。

「え~っと~~…思い出せないわ。忘れちゃった(にっこり)」

そこで「てんぷらうどん」と書くと

「そうそう! てんぷらうどん食べたわ」

…まだ食べた事を忘れてないからいいんだけどね。

 今日のメインイベントは美容院だったんだけど、それはもう忘れてるね。

 面談を終えて職員さんが帰ると

「ゆうこ、もう遅くなるから帰って。暗くなると心配だから」ここも母親なんだ。

 来週、市民病院の脳神経内科にかかる為の紹介状を 今 母がリハビリに通う整形外科にもらいに行くので

「5時までいるよ」と書いて見せる。

「お母さんもリハビリに行く? 一緒に乗せていくよ。紹介状もらったら私は帰るから、帰りは一人でね」

 と二人で出て来たけど、病院に着いたら、もう私が帰る事を忘れてる。

 すごく寒かったし、私も母を置いて帰る気になれなくて、結局 リハビリも注射も、おまけに「一昨日転んで怪我した手が痛い」のを診察してもらう事にもなって…。

 予定外の時間がかかってしまった。

 こういう時、私は我儘だ。

 同世代の友達は、子供達の塾や学校への送迎や急な通院など当たり前にしてるんだよね。

 私は自分の時間が無くなってしまうのが嫌だな…って思っちゃうの。

 子育てをしてない人は「自分が一番」になりやすいと 私は分析してる。

 子供が居なくてもそうじゃない人 ごめんなさい。

 うちの母娘に関して言えば、結婚後も私の具合が悪くなると実家に避難して半月以上、だらだらと静養させてもらってた。

 入院すれば週に2回は洗濯物を取りに通ってくれてたし…。(私33歳まで)

 母は60代後半まで、自分の時間も体力も 私の為に費やしてくれてたんだよね。それを嫌がったり面倒臭がったりもせず。

 37歳の股関節骨切り手術の入院では『ベッドに仰向けではりつけ3週間』泊まりで付き添って下の世話もしてくれたんだよね。

 なかなかベッド上で排便できなかった私の初便をちゃんと確認して

「よかったね~こんなにたくさん出て」って本当に喜んでくれたんだよね。

 そんな事を思い出して「これくらい当たり前じゃん」と気付く。

 すると母は突然「遅くなっちゃうから ゆうこ帰りなさい。ここから歩いて帰るのは いつもの事だから平気」と また『本来の母』に戻る。

 6時過ぎて、母を家まで送り、怪我の手で水を触る時に使うビニール手袋を探して渡してから帰る。

「ありがとうね~ 今日は ゆうこにあげる物 なんにも無いねぇ。ごめんね~」

…いや、昨日からたくさん買ってもらってるし、ホテル代も食事代も 結局 強引に受け取らされてしまってるし。

 自分ちの食料品を買って帰宅して「今 着いたから安心して」と電話した。

「遅くなったねぇ。ごめんね。ありがとうね。○さん(夫)によろしく言ってね」と また『本来の母』

 「ゆうこと 久しぶりに長い事 一緒にいたねぇ」と 帰りの車で嬉しそうにつぶやいた母を思い出すと、胸がいっぱいになる。

 喉まで涙が上がって来る。

 この先、母の認知障碍がもっとひどくなっても、愛しいと思えるといいな。

 2日間、私も嬉しかった。

 

 

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2011年3月10日 (木)

母と『早乙女太一』♪

母と『早乙女太一』♪
去年 初めて見て、とてもよかったので、今年も母と観る事にした。
2年前までは母は一人でチケットを買って、あちこちの劇場へ行ってたけど、去年は 私と行ったきりのはず。
何日も前から『持ち物一覧表』を書いて渡してある。
実家まで迎えにいく私が 帰りも実家まで送る体力が無いからホテルで一泊。
まだ認識のある母と二人で泊まるのが もしかしたら最後になるかも…とも思うし。
こう思ってて何度もできれば良いからね。

早乙女太一はよかった!
今年はタップダンスや和太鼓もある。
よく練習したよね!
踊りながらの殺陣は迫力満点。怪我しないかハラハラ。
映像と戦うのも斬新。
太一が映像の黒い敵にやられそうになるシーンにしびれちゃう。私はMだからかな。
女形はそりゃもう綺麗だけど 私は男の姿の方が好きだ。
まだ19歳よ。
母と私の男性の好みは ほぼ同じ。
演技にため息つくタイミングも同じでした。
女形の時は「綺麗よ、ほんと綺麗」って 撫で回したくなる。
艶やかな中に 彼は悲しみを湛えている。
そして…あの豪華な衣装の下は男性の体なんだなぁと想像しちゃう私って…汗。
2000円のパンフレット、1000円のブロマイド、600円のうちわまで買ってしまった。
終演後は出口で女形の太一がお見送りしてくれる。
先日、来日したジョニー・デップが 押しかけたファンの中の車椅子の女性に自ら近づき、会話した揚げ句「キスしていいですか?」と両頬にしたのをワイドショーでみた。
もしかして〜?!
すんごい期待して向かったけど 他の人達と同じテンションの「ありがとうございました」の口の動きだけだった〜。
せっかく名古屋まで出たから デパートをぶらぶら。
昔は母とよく行ったんだ。
久しぶりの母とのデパぶら。
「欲しいものあったら買ってあげる!」変わらない『買ったげる攻撃』笑。
セールの靴とチュニックを買ってもらった。
ちゃっかりVUITTONの店にも入ろうとしたら
「そこはやめよ」って。う〜ん、まだしっかりしてたわ。
ホテルの地下の和食の店で夕飯を済ませて部屋に戻る途中
「まるでホテルみたいだね」と母。
最初、部屋に着いた時「わ〜こんな立派なホテルに泊まるの嬉しい!」って言ってたのにな。笑
食後、部屋に戻ったら荷物を片付け始めるから
「今日泊まるんだよ」
「え!そうなの!私、雨戸閉めてきたかしら」
閉めてありましたよ。ちゃんとパジャマも持ってきてるじゃん。笑
そして「今日、帰らなくていいんだね」と嬉しそう。
やっぱり一人暮らしの夜は寂しいんだろうね。
狭いパスタブに二人で入り、背中を流しっこ。
広島のさなえちゃんに貰った桜の入浴剤を入れて とっても幸せな時間でした。
明日は朝食バイキングを食べて 美容院に連れて行く予定。
今、母は、さっき買ってくれた靴を出して
「これ可愛いねぇ。今日これはいてた?」と言ってます。
でも 今日は母の全てが可愛いく愛しいです。

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2011年3月 9日 (水)

クーポンを使おう!

 新聞の広告に入って来る飲食店のクーポン。

 よく行く店のを見つけると ちゃんと切り取っておく^^

 …でも それを使って「あ~得しちゃった~」って事は 数えるほどしかない。

 期限切れって事が多いけど、一番悔しいのは

「持って行ってたのに、会計で出すのを忘れたーーー」って時。

 そして苦肉の策がこれ。

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 財布に入れておくだけでは出し忘れる!

 赤い小さいのは、セロテープで貼ってある。

 大きいのだってお札と一緒に入れておいては出し忘れる!

 だからこうしてカード入れの部分から一部を出しておく。

 さあ、これで忘れたら…汗。

 今日は、このうちの1枚を使うのだ!! どうか忘れませんように!!

 テーブルに着いた時点で出しておくといいかも。

 今日会うYちゃんが 家を出る前に このブログを読んで来ますように!

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2011年3月 8日 (火)

いっただっきまーっす!

 お年玉年賀状3等の賞品が届きました~^^

Image172  

 郵便配達の人が恭しく玄関まで届けてくれた♪

 こういうのって すっごく嬉しいね。

 一昨年くらいだったか、やたらと当たる時期があった。

 グランパスのサイン入りボールに始まり、寿人の100ゴール記念サイン入りボール、大きなサンフレッチェフラッグ、寿人サイン色紙などなど…忘れてるのもあるかもしれない。

 応募してた事すら忘れてて 商品が届いて「これ?なんだっけ? なんでくれたんだろう?…あ、あれか!」って事もあった。

 以来、いろんな物に応募してるけど二匹目(いや、8匹目くらい)のどじょうは そうそうは居ないわね。

 で、久々の賞品なので にまにましちゃいます。

 中身はコレ!

 アツアツのご飯にのせていただきます♪

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2011年3月 7日 (月)

せくちーボイス?

 土曜日、ビッグアーチの帰り道、鼻がむずむず、眼がごろごろ。

 2月はじめから、軽く花粉症の症状は出てた。この数年は、毎年 軽い症状で終わっている。今年もそんな感じかな…と高をくくっていた。

 新幹線の中で どんどん鼻が変になってきた。ティッシュで鼻をかんだ。

 目には膜がはってるみたい。

 うううう~~~これは本格的花粉症なの?! それとも風邪っぴき?

 昨日は朝食後に 迷った末 鼻炎薬を服用した。

 だんだん目も鼻もすっきりしてきた。代わりに眠くてたまらなかったけど。

 って事は やっぱり花粉症なのかな。

 ゆうべは もう薬は飲まなかった。

 鼻炎薬ってすごく効くのね…ある意味怖いわ。

 今日は音訳の録音の日。

 おまけに1年に1度 順番で回って来る「オープニング担当」の日。

 オープニングと言うのは、記事を読むテープの冒頭に、二人で好きな事を数分やりとりするのです。

「これが嫌」と言う人も居るけど、私は好き^^

 でも…ちょっと鼻声なんだよねぇ~。

 朗読教室の先生は私の声を「ハスキー」とおっしゃる。

 リアル花桃を知ってる人は「花桃がハスキー?」って思うかも。私も自分で驚いたから。

 声だけで(だけなら?) 風俗の仕事(なんかあったよねぇ? 電話か何かでするの)ができると 友達に言われた事もある。

 最近は、ちょっと自覚してきた。艶のある声では無いから。

 今日はちょっと鼻声なので いいかも~^^

 では、支度して行ってきま~す。

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2011年3月 6日 (日)

★第1節 サンフレッチェ広島 対 ベガルタ仙台

3月5日 土曜日

【広島 対 仙台】 ビッグアーチ 行ってきた!

  0対0 引き分け

 前日飛び込んできた「寿人インフルエンザ」のニュース。

 もしかしたら…もしかしたら驚異の回復力で「え~寿人いるじゃ~ん」って事になるかも…と一縷の望みも、行きの新幹線の中で携帯に届いたメンバー発表でくだかれる。

 サブにも入ってないなんて…。

 似たような気持ちの人が他にも数人。

 広島のザキエンヌ達は 今期 とうとう横断幕をこしらえた! そのお披露目の日に、マサさんもサブにもおらず…。

Img_8469

 今回は車椅子でも夫が一緒なので楽ちん楽ちん。

「車椅子ですってタクシーに言って、一番奥まで乗せてもらうといいよ」と随時届くメールを頼りにスタジアムに到着。

 人ごみの中で、友達のお子さんに会う。

「○○くーん!!」笑って手を振ってくれた。こんな所で会えるなんてね。

 コンコースに入ってしばらく探してると、きたんちゃんはじめ広島のお友達、常連の県外サポ娘っこ達も集まってくれた。

 いつもコンコースまで来てもらって申し訳ない…。

 恒例のお土産交換やプレゼント♪

 きたんちゃんのサプライズ(予告してたけど)は、髪飾りのプレゼントでした。

 紫色の髪止めとくすんだピンク色のシュシュ。

 これがね…大好きな色合いなのよ。そしてこれを着けるなら、例のセカンドユニが似合うなぁ…やっぱり欲しくなってくるよ~!

 仙台サポさんとも 去年秋に会って、また会えた。

 柳沢選手のチャントを歌って「変だったからこれは止めます!」ってやってるのを目撃しちゃった^^ 別のバージョンが採用されたもよう。

 今回は車椅子席を早く申し込んだので、メインの中央に限りなく近い良い位置。

 「ああぁ…ここからだったら選手入場もよーく見えるのに…いい写真が撮れたのに…」

 ザキエンヌ達の横断幕はバックスタンドのど真ん中の一番上!!

 マサさんは きっとメインの上のブースから見てるから、絶対に見えるよね!

 …寿人は…来てるわけないよねぇ…諦めが悪い。

 試合は、寿人が居ないから、かえって冷静に見られた。(どっちみち内容は分かってないけどね)

 槙野は居ない、ストヤノフは居ない、水本や新外国人が走り回るピッチは、広島じゃないみたいだった。

 浩司とカズがスタメンだったのは嬉しかった!

 浩司のシュートには涙が出た。

 何度も「今頃寿人はスカパーで見てるんだろうか。発熱で唸っててそれどころじゃないんだろうか…子供達は『パパ、ビッグアーチ行かないの~?』って言ってるかも」って想像してた。

 去年のホーム最終戦で、Pさんが「A3の上の方に 寿人一家が座ってる」と知らせてくれたちょうどその辺りの席なんだ。まさか来てないよねぇ…まだ諦められない。

 ピッチ手前では ウッズや航平がアップしてる。(好きな選手しか見てない…汗)

 いつ出番が回って来ても大丈夫なように一生懸命やってる。彼らにもスポットライトが当たりますように。

 試合終了。

Img_8540

 タクシーに乗ると運転手さんが「試合はどうでしたか?」と聞いてくれて、例のごとく「寿人ファンで愛知から来てる」話になった。

「佐藤選手は2回乗せましたよ」 わぉ!

「いかにもスポーツマンらしい好青年でしたね。奥さんがこれまた綺麗な人で…」うひひ^^

「一度なんかは佐藤選手を送った直後に乗せたお客さんが佐藤選手のファンで『今乗せた』と言ったら狂喜乱舞でシートに頬ずりしてました。シートを切り取られるんじゃないかと思いましたよ」 きゃぁ~~~~!!

 そうだよね~! ここに座ってた…と思ったらねぇ。

 また寿人の家まで行ってもらって、門の外にゲーフラ置いて来ようか…と一瞬思ったわ。

 庭でチューリップの球根植えてたりして…笑。

 次に広島へ行けるのはいつかなぁ。

 プレーしてる寿人を生で見られるのはいつかなぁ。

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2011年3月 4日 (金)

それでも広島へ行くっ!!(泣)

 昨日の夕方、おたおめメールに混じって(おたおめメールの続きで)

【寿人インフルエンザって知ってた?】と きたんちゃんから。

な・な・なんですとーーーーーーー!!

 いつ発症したんだろう? 絶対に無理なのか? もしかしたらギリギリ間に合うかも?

 いろんな事を考えた。

「今期16ゴール、まずは開幕ゴール」をこの一ヶ月、私は一生懸命に祈ってきた。

…ほらね、やっぱり私がリアルに想像すると実現しないんだ…。

ゆうべは心が折れそうになった。

でも!!今までの私とは違うよ。

「それでも祈り続ける!」

 今朝は別の広島友達から「寿人開幕戦絶望的」のメールが。

 ゆうべは「もしかしたら間に合うかも」って かすかな期待があったのよね。

 去年の3月3日、寿人の居ない代表戦を豊田スタジアムで見た時以上の落胆よ。

 寿人の居ない試合を見る為に 広島まで新幹線に乗って(それも車椅子で)行くのか…。

 開幕戦の入場には、(寿人よりも可愛い)二人のお子も見られるはずだった。

 一年に一度の楽しみだったのに…。

 寿人も悔しいだろうな。そして今は熱や関節の痛みで苦しいかも。

 早く元気になってほしい。

 私は明日、寿人の「タイトルをとる!」目標を応援する為に、広島へ行くっ!

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2011年3月 3日 (木)

4日前にベレー帽をかぶった52歳です!

 1年が過ぎるのが早い! 速い!!

 去年の誕生日は、寿人が出るのを期待して買った豊田スタジアムでの代表戦の日だった。

 たくさんのおめでとうメールに必死で返信してたっけ。

 つい数ヵ月前の事のような気がする。

 今年は、ゆうべ(0時1分)友達から最初のお誕生日おめでとうメール♪

 恋人かっ!? 笑。

『素敵なお誕生日の一日を過ごしてね』とメッセージを貰った今日、内科と眼科の診察で、あたくし病院へ行ってました~♪

「今日は時間があるので、内科か眼科の待合室に行きます」と言ってたR子先生からは、手作りの生キャラメルをプレゼントされた☆☆☆

 オルゴール付のバースデーカード…メッセージに泣けた。

 遠くのお友達からもカードが届く。

 今週末会う広島のお友達からは「髪の毛切ってない?」と いきなり不審なメール。

「切ってない」と返信したら安心してた。

 ショートヘアーでは駄目なサプライズがあるらしい^^ ワクワク♪

 同級生からは「いつまでも可愛い52歳で居てね」「美しく歳を重ねようね」と…汗。

 そういう文面をくれるのは、たいてい「全然歳をとってない美魔女の友達」これがまた複数いるわけよ。

 スラリとしてて、昔から大人っぽかった彼女達から見ると、ちびっちゃい私は「可愛い」わけで…大笑。

 3月3日に生まれたちびっこい女子は、同級生には「可愛い枠」に入れてもらえる。

『セクシー・知的・美人・イイ女・小悪魔』に当てはまらない女性は『優しい・可愛い』と言われる法則。

 この日に産んでくれた母(父も加担してるね)にも感謝。

 そして50歳を過ぎても、誕生日を覚えてて、声をかけてくれる友人達にも感謝。

 昔は 誕生日はプレゼントを貰ってお祝いされて主役になる日だったけど、この頃は「周りに感謝する日」ですね。

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2011年3月 2日 (水)

かぶっていーの?

 年明けのバーゲンで見つけた白いベレー帽。

 ふわふわのうさぎみたいな手触りと1050円という赤札に、一瞬で心を奪われた。

 当時51歳と10ヶ月。

 帰宅した夫に見せると

「鼓笛隊の帽子」と一言。

「…やっぱりおかしい?」

「別にいいんじゃない」

 夫の「別にいいんじゃない」には 何の説得力も無い。

 私がかぶりたいと言えば パンツだって「別にいいんじゃない」と言うに決まっている。

 新婚時代、二人で出かける時、大きな道路を渡って駐車場まで歩き、サイドミラーを見て私が叫ぶまで、私の前髪のカーラーに気付かなかった夫ですから…汗。

 と言うわけで「やっぱり51歳がかぶってはいけない」ような気がして、引き出しに入れたままだった。

 でも! 先日、友達とランチする時「ええい! 一度だけかぶってしまえ~」と。

 当時51歳と11カ月。

「ねえ、これどう思う?やっぱり痛々しい?」

「え?何の違和感も無いよ。…ん~…ゆうだからかなぁ…」

「って事は やっぱり見ず知らずの人から見ると『ちょっとぉ…なにぃ?あれ』だよねぇ」

「そんな事ないって、大丈夫。でも帽子って暑いでしょ?」

「うん暑い!」その瞬間にとってしまった。

 その後、長時間のおしゃべりを経て トイレに立ち、戻ってくる私を見て

「その服装だと、ベレー帽は子供っぽいかも」

 上手い事言った!!

 私自身が抵抗あるんだから。

 …でも、52歳になってから もう一度だけ かぶってみようと思ってる。

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