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2012年2月17日 (金)

とうとう始まるーっ★

 去年は「まだもったいない」と言われた左股関節の人工関節置換。年明けの整形外科定期診察で痛みをしつこくうったえて、T先生から「じゃあしましょうか」と了承を得た。

 私が決断して「手術お願い」をすれば一ヶ月後には執刀してもらえる事になった。

 そこで決めなかったのは、私の都合があるから。

 

 …それはJリーグの日程。

 2月頭に正式発表があった。

 日程表を見て広島ホーム開幕戦(車椅子で行く)と、アウェイ清水戦は夫が車で連れてってくれる事を確認した。手術はそれからだ。

 さて…あれからすでに2週間近くが過ぎた。

 いざとなると…ネ。やっぱり喜び勇んで「手術お願い」に行けるもんじゃない。

 

 このまま放置しておくと、4月13日に予約してある整形外科受診まで何も始まらない。

 もっと言えば、その日「まだ考え中」と言えば、またも先延ばしになる。

 元々、ドクターも積極的に「今すぐした方がいい」と言う程の状態では無いもんね。

 私が日常生活で痛いのが嫌なだけで…汗。

 
 
そんなわけで、うだうだと来たけれど、やっぱり少しでも体調の良い時、良い季節にやった方がいい。それに少しでも若いうちにステッキ無しで歩きたい。

 これは葛藤もある。

 人工関節は寿命があるから、早く入れれば 生きてるうちに入れ替え手術が必要になる。

 だからドクターは できるだけ遅い置換を勧める。(状態によるけど)

 水曜日に本気でカレンダーを見て、Jリーグ日程表と突き合わせ、夫が用事で「はずしてほしい」日を除いて「4月9日以降」と決めた。

 昨日、ダメ元で整形外科の予約変更の電話をしてみたら、なんと今日とれた。

 もう行くしかない。


 診察室に入って「覚悟を決めてきました」

「そうですか。薬ではダメでしたか(にっこり)」

 4月9日入院。12日手術と決まった。

 いざ決まるとドキドキするね…。

 ただ医学の進歩はやはりめざましい。

 15年前、名大で骨切り回転術を受けた時、私は術後のはりつけ一ヶ月と言われた。(実際は新病棟への引っ越しで3週間で車椅子が許可された)

  2004年に 右を人工関節にした時は、術後3日目で「車椅子 乗ってみようか」と言われ、痛みに耐えながらも必死で乗り移った。

 廊下をへろへろと走る(動く)私を見つけた看護師さんが「花桃さん!まだ手術したばっかりですよ!」と青ざめたくらい。

 それが2005年、骨折でK市民病院へ緊急入院した時、病棟の人工関節置換の患者さんは10日間くらいで退院していった。それもステッキ1本で!

 その記憶から、ゆうべは夫に「入院は多分10日間くらいだよ。短いわ」と。

「私はもう少し置いてください!って言いましょう」と夫。

「だね。すでにブラックリストに載ってるかも。『長期入院したがる花桃』って」と笑っていた。

 

 今日 T先生に入院期間を尋ねてみたら…「一ヶ月です」

 ひぇ~~~! びっくり。まあ 私には程良い入院期間ではあるけど。

 おそらくSLEや、すでに弱ってる骨やらを総合して「大事をとって」の診立てでしょうね。

 輸血用の自己血も今は採らないんだって!

「ナントカカントカを使うようになったら、出血量が半分くらいに減ったんです。だから輸血は ほとんど必要なくなりました」

 そうなんですか~~~! 医学の進歩さまさま。

「手術時間も1時間くらいです」 右の時は1時間半くらいだったかな。(曖昧)

 右の時、私の手術風景をドクターがDVDに撮ってくれた。

 4人部屋で皆で見て その恐ろしさに「きゃーきゃー」言った。

 だって大工仕事よ。 私の大腿骨をノミと金づちでガンガン削ってくのよ。

 あれが1時間でできちゃうのか…素晴らしい。

 手術を見学したR子先生も「整形外科の手術って本当にすごいですよ~」って言ってた。

 正確な手術の為にレントゲンやCTを色んな角度から撮るって。

 良い人工関節にする為にどうぞ撮ってください。

「CTは撮った事ありますか?」

「はいあります」達人ぶりをアピールしようと「狭い所は平気です(にっこり)」

 後で気づいた。狭い所で大きな音を聞きながら眠れてしまうのはMRI検査だった…。

 やっぱり私 動揺してたのね。

 入院申し込みや 検査の予約も 先生がその場でパソコンでしてくださる。

 ほんとに楽ちん。

 プリントされた花桃の名前入りの申込書を持って、手書き部分を書き、担当看護師さんの説明を受ける。

 いよいよ始まるなぁ。

 会計に行ったらR子先生に呼びとめられた。

 私が受診するのも知ってて、おまけに今決まった手術の事も知ってて探しに来てくれたの。

 アドレナリンが出まくりの私「R子せんせ~! 内科のフォローは、きっとW先生がR子先生に任せてくれると思うからお願いしますね」と手を握る。

 会計を済ませて 処方箋T嬢の所へ報告に行くと

「やっぱりね~ 嬉しそうに笑ってるから きっと手術決まったんだなと思ってたわ」

 無理笑い引き攣り笑いよ。

 ここ2回は緊急入院だったから、こうして前もって準備して、申し込みしての入院は久しぶり。 その方が思うような仕度ができて好都合なんだけど、緊張はするねぇ。

 手術中は全身麻酔なんだから痛くも何ともない。

 20年前に初めて経験した腸閉塞の手術の時は、鼻から管を入れるのがまず苦痛だった。

 でもそれも15年前の骨切り回転術の時は麻酔をかけてから挿入。

 浣腸も嫌だったけど、それも8年前の右人工関節置換の時は無くなってた。

 硬膜外麻酔を打つのも恐怖と苦痛だったけど、8年前には全身麻酔が効き始めてる段階で処置したらしく 私は記憶に無い。

 K市民病院での骨折縫合術の時、硬膜外麻酔はしなかった。術後の痛みは硬膜外麻酔があるのと無いのとでは段違いだけど…。

 手術は先生が頑張ってくれて、私は寝てるだけ。

 集中治療室で目覚めた時は全身が痛いはず。

 そして麻酔の加減で1~2回は吐く。

 その一夜さえ明ければ、後は日にち薬で痛みが薄れて行く。

 車椅子の許可さえ出れば、私はどんなに痛くても乗る。

 骨折手術の後も、汗だくになって30分かけて車椅子に移動し 自力でトイレに行った。

 おパンツをおろすのも一苦労。

 お股ぎりぎりまで包帯がぎっちり巻かれてるから 車椅子でトイレに行けるようになっても大変ではあるけど…。

 でも痛みが薄れれば楽しいリハビリ入院♪

 一昨年の緊急入院の後で買いあさったパジャマのデビューだ♪

 と、前向きな想像だけを膨らませてる。

 ほんとは怖いよ。

 右の人工関節置換後、私の意識がはっきり戻った時、執刀医は「パーフェクトな手術でした」と満足そうにおっしゃった。

 今度もそうなりますように。おりこうにしてるので神様お願いします。


 そして!

 右人工関節の入れ替えまでの数年間だけでも、TPOに応じてはステッキ無しでお出掛けするんだ♪

 車椅子に乗ってる姿しか見た事の無い新しいお友達の皆さん(サンフレッチェ広島関連では、そこそこの距離をステッキで歩く私を知ってるのは きたんちゃんだけのはず)本当の私は身長168センチの脚線美ですのよ。

 ついでに言うとボン・キュッ・ボンなんです。

 今まで座ってるからきっと気付いてないと思うけど。

 ナイスバディをお披露目できるのを目指して頑張ります(先生に頑張ってもらいます)

 …と書きながら、車椅子姿で出逢ったT嬢は 私が初めて立った時

「あら、あなたってこんなにちっちゃかったのね!」って言った事を思い出した。

 ええ、車椅子に座ってる方が大きく見えるんでした…座高が高いから。

 

 

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