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2013年1月16日 (水)

空へ旅立った病気仲間

 昨日、寒中見舞いのハガキが届いた。

 見覚えのある顔の写真が隅っこに。

 みさおさんに最後に会ったのは、もう20年以上前になるかな。

 でも年賀状で時々 写真を見てたし、若く見える子だったから、私の記憶と全然違わない笑顔。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・!!

 毎年 元旦に届く年賀状が 今年は無くて、家族写真じゃなく、一人だけの笑顔の写真の寒中見舞い。

 ・・・のろのろと文面を読んだ。

 年賀状のお礼の後

『実は、昨年12月8日に 妻みさおが53歳で永眠いたしましたので、新年のご挨拶を遠慮させていただきました。

 前もって、この旨をご通知申し上げなかった失礼をお許しください』

 そして、相手の体調を気遣う文章でしめくくられていた。

 差出人は、みさおさんのご主人と二人のお子さん。

 ご主人がPCで作られたであろうハガキには

『今までずっと仲良くしていただき、ありがとうございました。お体 大切にしてくださいね』と手描きの文字が添えられていた。

 そっかぁ・・・・。

 そっかぁ・・・・・・・・。

 そっかぁ・・・・・・・・・・・・・・。

 何度も口をついて出るのは、この言葉だけだった。

 みさおさんと出逢ったのは、私が22歳、SLE再燃で二度目の入院(7ヶ月半の後半二ヶ月)の時だった。

 その二ヶ月は、最年長22歳の私と、同い年だけど学年が一つ下のみさおさん、高校生のKちゃん(今も時々会ってるし、ブログにも登場する)と、名前忘れちゃったけど、もう一人高校生の4人の女の子部屋だった。

 看護師さん達からも可愛がられ、私達の部屋は合宿所のように明るかった。

 ネフローゼで入院していたみさおさんは、経過も良く、退院後しばらくして職場復帰(教師)もした。

 ずっと付き合ってたポンちゃんと結婚もした。

 ネフローゼ患者の妊娠出産は慎重にならざるを得ないけれど、彼女は果敢に挑戦した。

 でもなかなか妊娠せず、体外受精に踏み切った。

 当時は電話で 体外受精の苦労を面白可笑しく報告してくれた。

 そしてついに妊娠。

 …でも死産だった。

 彼女から悲しい電話を貰った。

「こんな事なら、体外受精なんてしなければよかったのかな」と嘆く彼女に

「何も悪い事をしてない赤ちゃんのまま亡くなったんだから、きっと 今度はもっと幸せに生れてくるよ」と、生まれ変わりを信じてる私は言った。

 数年後、またも体外受精で妊娠し、無事に出産した彼女から

「あの時、ゆうこさんが言ってくれた言葉が勇気をくれた。あの子は絶対に私の所へ生まれ変わってくるって信じてた。だから再挑戦できたんだよ」と。

 その数年後には、自然な妊娠で第二子も出産。

 年賀状には、毎年少しずつ成長していく元気な二人の子どもの笑顔の写真があった。

 一緒に入院していた仲間の中では(病気も違うけれど)一番 元気で順調な人生を歩んでいた。

 それが10年程前だったかの年賀状に「去年、白血病を発症したけれど、今は復活!」と。

 当時の私は 鬱病まっただ中で「復活したなら大丈夫だね」と勝手に思って、連絡をする事もできなかった。

 

 年賀状だけのお付き合いが何年も続いていたけど、仕事再開や、家族旅行や、子どもの運動会の写真や近況報告などがあり、すっかり病気が影をひそめていた。

 そして2012年の年賀状には「家族は私を不死身だと思ってて、少々体調が悪くても 全然心配してくれない」とあった。

 私も年賀状には「肥ってしまった」とか「母がアルツハイマーと診断されて、ちょっと大変」とか「左股関節まで痛み出した」とか、愚痴や弱音もよく書いてたので、あぁ…頑張り屋のみさおさんだから、頑張っちゃうんだろうなぁ…と思った。

 あの時、すでにしんどかったのかもしれないな。

 愛知県内だけれど、私の住まいとは北と南で遠い。

 お悔やみに行きたい…ご主人にお話を伺いたい。

 いろんな思いが胸を駆け巡っても「そっかぁ…」としか言えなかった。


 そして、携帯に着信があるのに気づいた。

 4人女の子部屋の隣の部屋で、おば様達と入院していたNちゃんからだった。

 慌てて電話する。

 「ゆうちゃーん、元気だったー?」

 Nちゃんとも年賀状はやり取りしてて、うちへ遊びに来た事もあったけど、ここ数年は会ってないし、電話もしてなかったの。

 久しぶりの電話は、やっぱりみさおさんの事だった。

 会える時に会っておかないといけないね…と しみじみ。

「みさおさんが 引き合わせてくれるんだよね」と言うわけで、春に集まる事になった。

 親しくしていた看護師さん数人と、当時「お兄さん的存在(既婚者)」だったIさんご夫妻にも声をかけようって。

 Iさんご夫妻とも ここ数年は年賀状だけのお付き合いになってた。

 病棟で「パジャマのゆうこちゃん」だった私も 53歳(もうすぐ54歳)です。

 あの頃、Nちゃんと私は、病棟の年長の患者さん達に可愛がってもらってた。

 Nちゃんが「病院のお母さん」と慕ってた方も、私を「娘にしたい」と言ってくださってた方も、すでに鬼籍に入られた。

 春には『生き残った人達』が再会して、賑やかで楽しかった入院生活や、亡くなられた人達の思い出話ができるでしょう。



 もう一度、ご主人からの寒中見舞いを見つめる。

 どんな気持ちでこのハガキを作られたのか。

 宛名も手書きだった。

 一人ひとりの住所と名前を、どんな思いで書かれたのか…。

 残された子ども達は、元気でいるんだろうか。

 一足先に空へ旅立った友には、かける言葉がなぜか見つからない。

 やっぱり「そっかぁ…」だけだ。

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