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2013年8月28日 (水)

外の人

 一昨日までの涼しさも、晴れると やっぱり違ってくる。

 でも37度越えの頃を思うと、夜もエアコン無しで眠れるし、外でも日陰では風が気持ちいいし、秋が来るんだなって実感できる。

 今日も車で実家へ。

 体調不良で、実家詣でを一ヶ月半休んだ。

 その間 弟にすべて任せて、母がどうなるのか、気がかりだった。

 
 

 7月末に実家詣で復活し、以来、また週に一度 行けるようになった。

 そこで母の不思議な変化を感じる。

 なんだかしっかりしてきたのよ。

 アルツハイマーは、薬で進行を遅らせることはできても『治す』事はできないと思ってた。

 こちらが対応の仕方を工夫して、母が楽しく生きられるようにするしかないと思ってた。

 それなのに…私が行かない一ヶ月間に「良い変化」が見られるなんて。


 ここんとこ、毎日の電話も 聴こえないながらも 私だと認識してる。

 5月頃からは、全く聴こえない上に、毎日私から電話があるって事も認識できなくなってて、毎回 無言のイタズラ電話だと思って怒ったり威嚇したりして切ってたのに。

 『毎晩、7時の電話は ゆうこです。イタズラ電話じゃないよ』とハガキを出しても効果無かった。

 それが最近は「ゆうこ? お母さん、今日もデイサービス行って 元気だからね、ありがとう。今 ご飯も食べて、お風呂も入って 寝るとこ(7時ですけど…)いつもありがとうね。ゆうこは元気?夫桃さんによろしく。」と 一方的にではあるけれど言って切る。

 「明日、行くからね!」と大声で言えば「来てくれるの?」 通じてるじゃん!

 母「午前中?」

 私「お昼だよ」

 母「午前中? じゃあ待ってるからね」

 私「午前中じゃなくて お昼!」

 母「午前中ね、気をつけて来てね」

後半は こんな調子だけど(苦笑)

 そして行けば、ドアフォンにも出てくる。

 以前(この1年くらい)は、ドアフォンを鳴らしても 仏間とテレビの前にある子機にも反応が無く、私が鍵を開けて入ると、テレビの前に居て、私の姿を見てビックリしてた。

 それが実家詣で再開してからは、ドアフォンに「はぁ~い」と出る。

 残念ながら、ドアフォン越しに会話は成り立たないので、鍵は自分で開けて入るけど、私の姿を見ると

「ゆうこ~暑いのに来てくれて ありがとうね~!」と言う。

 本来の母に戻ってるみたい。

 今日も持って行った昼食を食べながら

「デイサービスの人達は みんな 賢いから、家のごたごたは誰も言わないけど」と前置き。

 続きは

「皆は けっこう家で大変な思いをしてるらしいの。お嫁さんとの折り合いが悪くて居られないから、ここへ来てるとか、息子の出来が悪いとか、お金が無いからって言って来てる人もいるんだわね」と すごい矛盾してるんだけど(思い込みの作話ね)、そこから

「でもお母さんは、ゆうこが 病気でも幸せに暮らしてるから、何も心配する事ないし、こうやって来て貰えるし、本当に幸せだと思う」って。

 本来の母は こういう人。

 当たり前のような ささやかな事に「幸せ・ありがたい」と感謝できる。

 ちょっと前までは 弟の愚痴から「こんな風に生きてても 何もいい事は無い。(私が こんなにしてるのに…ぷんぷん)お父さん 早く迎えに来てって毎日 祈ってる」って言ってたのに。


 そして気づく。

 私は「外の人」になってしまったのかも。

 痴呆の人が 同居してる家族には、さんざん迷惑かけるのに、嫁いだ娘がたまに訪れると すごくしっかりして「お母さん 全然 ボケて無いじゃない。お義姉さんたら お母さんをボケ扱いして ひどいわ」って怒る話、よく聞く。

 私はその「たまに訪れる嫁いだ娘」になってしまったのかもしれないな。

 それならそれをありがたく受け入れよう。

 週に1度行って、優しくできれば 私も嬉しいもん。

 数年前までは 行く度に「ゆうこに監視されてるみたい」「有難迷惑」と怒りをかい、筆記で説明しても 聞く耳を持たず、私は怒る事さえできず 帰りの車の中で泣いてた。

 少しずつ母は「老い」を受け入れ、私も母の病気の扱いに慣れ、症状は少しずつ進行していても、母と私の関係は良くなってる。

 そして今度は「私は外の人になった」

 こうやって少しずつ変化していくんだね。

 私が楽になった分、弟が大変な思いをしてるんだけど…。

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