« 食べず嫌い | トップページ | どうしても気になるのよ… »

2013年9月11日 (水)

あたたかな眼差し

 先日、I先生の葬儀で、お会いしたK先生が

「お母ちゃん(フレンドリー過ぎる…笑)に よく会うぞ~」と声をかけてくださった。

 え? 先生って 私の母 ご存知だっけ? (私も受け持って貰った事が無いのに)

「どこでですか!?」

「散歩中か何かで、お母ちゃんの方から『花桃ゆうの母です~』って 挨拶してくれるぞ。同じ団地だろう」

 また驚く。同じ団地は知ってるけど、母が先生を今でも認識できるのにビックリ。

「え? うちの母からですか!?」

「そうだよ。お元気そうだなぁ」

 アルツハイマーで、難聴な事を伝えると

「そんな風には見えんぞ。しっかりしてる」

 隣に居たヤイちゃんが「そうでしょう~」と そっと頷く。

 そうヤイちゃんは ちょっと前に「駅の近くを歩いてるおばさん見たよ。日傘をさしてきちんとしてみえたよ」と知らせてくれた。

 道路の反対側を車で走ってたので、声はかけられなかったって。

 母は、クラクションも聴こえないのよね。

 でもね『徘徊』じゃなくて『きちんとして歩いてる』って情報はすごく心強かったの。

 でも友達の欲目かもしれないし「おばさんが ふらふら歩いてたよ」とは知らせにくいからなぁ…と、半信半疑。

 K先生の言葉で確信が持てた。

 I先生の葬儀では、Mちゃんにも逢えた。

 そのMちゃんは、時々、デイサービスの施設へ行くらしい。

「おばさんに 時々 会うけど、いつも『Mちゃ~ん?』って声をかけてくれるよ。食堂で洗い物なんかのお手伝いをテキパキとされてて、職員さん達がありがたがってるよ」と教えてくれた。

 母は施設でお手伝いしてるのが自慢。

 でも本当は二度手間なのも、職員さん達が 母へのベストな対応として「母桃さん、ありがとうございます!助かったわ!」と 持ち上げてくれてるのも知ってる。

 それを客観的に「ありがたがってる」と見てくれた事も嬉しかった。

 さて、本日の実家詣で。

 K先生の話、母が喜ぶように ちょっと大げさに書いて伝えた。

『K先生が、お母さんによく会うけど、いつも元気でしっかりしてみえるって言ってたよ』

 案の定

「K先生って、誰? どこの人?!」

 説明を書く。

「お母さんねぇ、K先生って名前は何となくわかるけど、顔見てもわからないわ~」

『でも お母さんから挨拶したんだって』と書いたにもかかわらず

「きっと ゆうことそっくりだから、先生が気づいて声をかけてくれたんだねぇ」

 もうそこまで来たら、何も書かずに頷くのみ。(同意のポーズ)

 続いてMちゃんの話も大げさに書くと

「お母さんねぇ、昨日の事も忘れちゃうから、Mちゃんの事もわからないんだわ。謝っておいてね」

 …でも自分から声かけてるんだってば~。と心で言うだけで、頷いて見せる。

『ヤイちゃんも おばさん おしゃれして歩いてたって言ってたよ』と 以前の情報を これまた母が喜ぶように脚色して書く。

「ほんとぉ~ どこで会ったのかねぇ」

 その後、私の書いた物を何度も何度も繰り返し読んでる。

 何度読んでも「初めて読む」感じなんでしょうけど。

 そして「これ本当? お母さん、涙が出るほど嬉しいわ。でも お母さんは、先生の事 わからないの。だから謝っておいてね」

 また読んでは「Mちゃん、お母さん きっと会ってもわからないと思うわ。Mちゃんに謝っておいてね」

 ん~~書いた事と矛盾してるんだけど、母が思い込んだ事を訂正するのは無理なので、これも「うん」と頷いておく。


 きっと御近所では 失礼な事もしてるだろうし、道で声をかけられても聴こえず「無視された」と思ってる人も居るだろうね。

 それでも こういう温かい眼差しで 母を見ていてくれる人も居る。

 ありがたい事です。


 ヤイちゃんも、歩いてる時に会えたら「中学生のような満面の笑みで 必ず声かけるわ」と。

 ヤイちゃんの事は絶対に解ると思うけど、偶然会って声をかけてもらった事は忘れる…ネ。

 母は、優しい気持ちで関心を持ってもらえる事がとても嬉しいの。

 …きっと誰でもそうよね。

 昔のようなコミュニケーションがとれなくなったから、尚更、ちょっとした事が嬉しいの。

 ちょっとした優しさが 周りに溢れていると、母は穏やかでいられる。

 たとえ、記憶に残らずに すぐに消えてしまうような出来事でも、母の中で やさしい物が積み重なって行くんだろうな。


 ありがとう。

 これからもどうかよろしくお願いいたします。

 

|

« 食べず嫌い | トップページ | どうしても気になるのよ… »

母の老い」カテゴリの記事