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2014年4月16日 (水)

無責任な感傷

 ゆうべ、弟から電話があった。

 母との同居がもう限界なので、ケアマネさんとの面談で 施設入所を頼んだ。早ければ5月1日から入所する。

 私は母の施設入所は、やぶさかではなかった。

 弟や私が犠牲にならないように、そして母も幸せならば、施設で暮らす方が良いと思ってた。

 母も元気だった頃から「ボケたらすぐに施設に入れてよ。遠慮する事ないんだからね」と言ってたし、自分で施設のパンフレットを集めてた事もあったくらい。

 施設入所をためらう友達には「別に姥捨て山に捨てるわけじゃないんだから。罪悪感を持つ必要ないよ」とアドバイスしてきた。

 なのに…なのに。

 弟と軽い打ち合せをして電話を切った途端、泣けた。

 えーーーーん と泣いた。

 なんで、母が施設に入らなければいけないの…。

 きっと母は理解できず、不安や恐怖で混乱するだろうな。

 知らない所へ突然 置いてきぼりにされた・捨てられた気になるよね。

 知らない人ばかりに囲まれて、おまけに聴こえないから、周りの状況がまったく解らず、何をされるんだろう? 殺されちゃうのかも…くらいに感じるだろうな。

 弟からの情報では、入所して当分は、家族の面会もできないって。

 そうだろうね。家族が来れば「帰りたい」って思っちゃうもんね。

 そして『施設では眠らせる為に薬も使う。今は息子と同居する母親のプライドで、認知障碍も なんとかこのレベルでとどまっているけれど、入所したら介護レベルは間違いなく上がる』との事。

 それも理解できる。

 施設から家族の面会を許可されるのは、すなわち『家族を見ても 家に帰りたいと思わなくなっている=家族の認識ができなくなる』って時なんだろうな。

 実家で、母と過ごすのは、あと数回なんだ…。

 あの家に、母はもう帰る事は無いんだ…。

 母は何も知らず、きっと入所当日まで知らずに居るんだ…。

 母に永遠に逢えなくなるわけじゃないけれど 『自慢の娘・ゆうこ』では無く『どこかの親切な人』としか認識してもらえなくなるんだ…。

 以前、自分を認識してくれなくなったお母様の事を恨んだと友達から聞いた事がある。

 私は「病気のせいだから、いずれはそうなる」と覚悟してるつもり。

 『どこかの親切な人』であっても、私に会うのを楽しみに(それも忘れちゃうね) 私と会ってる時は幸せを感じてくれればいい。

 今はそう思ってるけど、この分だと 本当にそうなった時 とてつもなく悲しいのかもしれない。

 こうしてゆうべは、ため息、ちょっと泣き、前向きな言葉、またため息…。

 寝つくのに時間はかかったけど、ちゃんと眠れた。

 でも夜中に目覚めると すぐに「ああ、母は入所する事を知らずに寝てるんだ…」と想像して悲しくなった。

 

 今日は「実家で母と過ごすのも残りわずか」と心して、大切な時間を紡ごうと出掛けた。

 …母 おりませ~ん。 バッグがありませ~ん。 テーブルの上に化粧道具がのってま~す。

 お天気が良いから、喫茶店へ行ったかなぁ。

 いつものように、枯れた花を片づける。

 全部片付けるといけないので、枯れ切ってないのだけ残して、やっとさっぱりさせた所へ母帰宅~。

 「あ、ゆうこ~ おかえり~。可愛い格好してるねぇ~」 と にこにこ。

こんな事を言ってくれるのも 母だけなんだ。

 でも その手には たくさんの花々が…。  うへぇ…。

 たんぽぽは良しとして、あまりに綺麗な水仙が多すぎる。

 これは絶対に道端には生えてない。

 そして今日はポピーまで!!

 聞いても無駄と思いつつ

『こんな綺麗な花 どこで摘んでくるの?』と書いてみた。

「住宅の端っこだよ」 端っこってどこよ?!

「水仙がいっぱい咲いてるの。 人が見てる所ではとらないよ」 ひぃーーーーー!

「川の土手だもん」 さっき 住宅の端っこって言ったじゃ~ん。

「つつじは 公園。 泥棒だけど、他の人もとってるから、お母さんも貰って来た」 うそだよねぇ…。他の人は 折らないよねぇ。 泥棒の自覚はあるのねぇ。

 …でも こんな事も もうすぐできなくなる。

 数年前に 地元のお年寄りグループでバス旅行に行った先で撮った写真を二人で見た。

 当時でも「うちのお母さん なかなかお洒落で上品で可愛い^^」と思ったけれど、写真の中の母は 今よりもうんと若くて綺麗だった。(7年たってるから、当然ではあるけど)

『お母さん、一番 おしゃれで品がいいね』と書く。

「そんな事ないでしょう。みんな美人だもん。お母さん 一番 年寄りだし。ゆうこは 親ばかならぬ娘バカだわ」と言いつつ嬉しそう。

 入所して面会が許された時には もうこういう会話も成り立たなくなるのかな…。

 相変わらず同じセーターを着てるので

『おしゃれな母桃さんだから、そろそろ春物を着た方がいいんじゃない? タンスにお洒落な春物がいっぱい入ってるよ』

『おしゃれな…』が功を奏して

「どんなのがあったかねぇ~?」

 タンスを開けて いくつかを組み合わせて見せる。

「あ~ほんとだねぇ。こうやって着ればいいねぇ。そのまま出しておいて」

 自分で買って着てたものなのにね…。

 そして母が寝てる和室の座卓の上には、冬物衣類がどっさり積まれている。

 少しずつ私が持ち帰って洗ってるんだけど、こういう役目も無くなるのかなぁ。

 私が昔から好きだった台所から見える田畑や小山の景色。

 これも 母はもうすぐ見る事ができなくなるんだ…。

 それを母は知らないんだ…。

 入所の日は、きっと すんなりいかないよね。

 それを想像すると 悲しいとか可哀想とかは別に気が重い。

 帰りにケアマネさんに会いに行った。

 そこで弟からの話の補足を聞いたり、私の疑問に答えてもらったりしてて「5月1日の入所は早急すぎる」と言われた。

 あらま!

 どうやら弟はそのつもりなのを、ケアマネさんがすでに止めてるらしい。

 早くて6月、できれば、専門の病院で正しい診断を受けて、ある程度 症状が落ち着いてから…との事。

 ひょっとしたら、その対応で、同居の継続が可能になるかもしれないし…って。

 私は 今の母を、一人暮らしは無理だけれど、日常的に介護が要る程では無いと思っている。

 でもこれはあくまでも「外」の人間の目。

 一緒に暮らしている人の苦労は想像以上に違いないので、弟の意思が最優先。

 弟を犠牲にするのは申し訳ない。

 その弟が限界ならば、施設入所しか無い。

 シンプルな流れで、私は入所を受け入れてるけれど、弟の苦労が軽減されれば、何とかなるかもしれない。

 弟の一番の問題は、夜中に母が仏壇の前でお参りをしたり、トイレに起きたりする度に目が覚めてしまう事。

 弟は2階で寝てるので、そんなに聴こえないだろうと思うのは 無責任な外の人間の独りよがり。

 だったら、母が夜中 静かにしてくれるように、私が祈ればいい。

 母が徘徊したり、家族の事もわからなくなったら、私は 施設入所をもっとすんなり受け入れられる。

 …自分を納得させたいだけかな。

 ただの時間稼ぎなのかな。

 同居してる人は「一日でも早く解放されたい」と思うよね。

 様々に揺れ動くけれど、5月1日入所じゃなくなっただけでも 心が少し軽くなった。

 やっぱり無責任だね。

 

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