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2014年5月

2014年5月30日 (金)

母の匂い

 水曜日に、母が寝てる隙に、色んな引き出しから 母の衣類などを出して来た。

 数年前まで母が片づけていたタンスの引き出しの中は、そりゃもう整然としてた。

 よく使う引き出しの中は どんどん乱雑に。

 ずっと使われなかった引き出しの中には、私も忘れていた母の服が何枚もあった。

 その中で数枚を ホームで着る為の名前付けに持ち帰った。

 母は「良い物を長く着る」人。

 私が買えないような上質な服を持ってた。

 そこに油性マジックで名前を書くのは忍びない。

 「アイロン付けの名札をどこに付けよう」「これはホームで洗濯したら縮むなぁ」「私が毎回持ち帰って手洗いしてアイロンかけて持って行くか…」と思案。

 とれかけたボタンを見つけて繕う。

 これを着ていた頃の母の匂いがふいに蘇って、ブラウスに鼻をくっつけてみた。

 母は香水はつけないし、洗ってあるから体臭が残ってるわけじゃないのに、なんとなく母の匂いがする。

 やっぱり今の母とは違う人みたい。

 私がHPを作り始めた頃に(当時はブログじゃなく日記)「母を見ていると、こんな風に歳を重ねられるなら、歳をとるのも怖くないと思える」と書いた記憶がある。

 数年前には、母みたいに年をとりたいって思ったんだよねぇ。

 針を動かしながら、母はこうして、子ども時代の私の体操服に名札をつけたり、繕ったりしてくれてたんだろうなぁ…と思う。

 結婚後も「ゆうこの家はベランダが狭いから、大きな物はお母さんが洗ってあげる」と、シーツや大判タオルケットや毛布をよく預かって洗ってくれた。

 その時 ほころびも全部 修繕してくれた。

 つい最近は、カッカが ここちゃんの入園の為に名札をつけたり、小物入れを作ったりしてた。

 それと似たような事をしてるんだけど…違うんだなぁ~。

 でも「これを着た笑顔の母」を思い浮かべると 私も安らかな気持ちになる。

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2014年5月29日 (木)

カウントダウン開始

 ここ数日、頭が全然 働かなかった。

 6月1日、母をどうやってグループホームに連れて行くか。

 ちょっとした家具や布団を持ち込みなので、母に解らないように準備し、当日 母と荷物をどう分けて運ぶか。

 夫が手伝ってくれるので、車2台で行くか…。

 考えても考えても堂々巡りで結論が出ず、出るのはため息ばかり。

 昨日の実家詣では、病院で診断書を貰うのが一番の目的。

 弟にバトンタッチしてから1年ぶりの病院。

 弟がS医院から 近所のHクリニックに変更したので、私には初めての病院。

 そして案の定「どこも悪くないのに、どうして病院へ行くの!?」の母の怒り。

『○の郷に3年通ったので、更新手続きに必要』と説明するも

「そんなものが要るの!?面倒臭いね!」と尚もお怒り。

『介護福祉課の助成があるから、必要なんだよ』と いい加減な事を書く。

 待合室では大声で「S医院の方がいいのに!どうしてこんな所へ来たの! お母さん こんな所一度も来た事ないのに!」 

 S医院でもさんざん「年寄りだと思って、悪くも無いのに通わせてお金をとる」と悪態ついてたのにねぇ…。

 すべて想定内で経験済みなのでさらっと対応。

 そして初めてのお医者さんが「母桃さんは、一度しかお会いしてません。最初に診察にみえて、その後は薬だけで、その投薬期間も長すぎるし、処方した分から計算すると、飲み忘れが多いと思われます」と。

 想像通り…。

 去年、体を壊して仕事も休み、実家詣でに行けなくなって 弟にバトンタッチした後、半月で無理矢理回復させて、実家詣でだけを再開した時、通院も再開すると申し出たんだけど、弟が「僕がする」と聞き入れなかったのよね。

 暗澹たる思いで、母とランチを済ませ、買い物をして実家に戻り、弟の昼食を準備。

 ただでさえ、この季節は苦手(高温・多湿)なのに、精神的な疲れは体への影響が大きい。

 頭の中と体の中の種類の違う熱さがひどくて。

 母は「ちょっと横にならせてね」と。

 その隙に、下着やシーツや着る物を見繕う。

 私も横になりたいよぉ…でも このチャンスを逃したら、準備できない。

 エコバッグ二袋分の荷物を車に入れる。

 後部座席には、収納ボックスがすでに積んである。

 入所当日、スムーズに行かないのは予想できるので、少しでも先にできる事はしておきたい。

 実家の帰りにホームに寄って、先に荷物を部屋に入れさせてもらえるようにしてある。

 もう今日は体が無理だなぁ…このまま早く帰った方がいいなぁ…でもなぁ…当日どうするのか、全然まとまらないしなぁ…葛藤の末 行く事に。

 2階の弟が食べた食器を持って来て、母の寝室でごそごそしてる私に 珍しく「ご飯、ありがとう」と言い、洗い物をしてくれた事が 力になった。

 日よけ帽子にサングラスに手袋をしていても、車内の日差しは強い。

 ホームに着いた時には、頭が膨張して はち切れそうな感じ。

 

 そしたらね、ホームのケアマネさんや、職員の人達が優しいのよ…。

 きっとどこの職員さんもそうなんだろうけど。

 今のデイサービスの職員さん達も いつ行っても笑顔で利用者さん達に接してるのを見る事ができるし、明るく元気で 私にもとっても感じが良いの。

 私なら、不条理な言動をするお年寄りの相手ばかりしてたら、自然に顔がこわばるわ。

 荷物を入れる為に、ケアマネさんが案内してくれて、同時に部屋の掃除も 他の職員さんにテキパキと指示してくれた。

 大きな収納ボックスを運ぶのは「お手伝いしましょうか?」と。

 ちょっと前まで杖をついてて、両手では物が持てなかった私。

 ありがたくお願いしました。

「ありがとうございました。助かりました~。後は自分でやります」

「でも箱から出すのには もう一人いた方がいいですよ」 ほんとだった~♪

 こうして思いやりの対応を受けて、母の素敵な部屋を ちょっとだけ母仕様にして、荷物を少し運んだ事で『当日どうなるんだろう』の不安が軽減された。

 そしてケアマネさんとの雑談の中で、私が持って行くつもりだったお洒落な小型ドレッサーや仏壇は、少し慣れてからの方が良いと言われた。

 それですっかり頭の整理がついた。

 当日は 朝まで使っていた布団と歯ブラシを持って行くだけでいい。

 シーツはすでに1枚だけ運び込んであるので、ここで着け替える。

 これなら、夫と私でスムーズにできる。

 入所の日のシンプルな行動が決まって、心がかなり軽くなった。

 お礼を言ってホームを出た時、水筒のお茶はもう空っぽ。

 コンビニに寄ってお茶を買おう…と思ってたら、すぐのところにロッテリ○が。

 とにかく涼しい所で座りたい。吸い寄せられるように車を入れた。

 シェーキを注文したら「120円です」

「え?120円ですか!?」

「はい、只今半額キャンペーン中なんです」

 あ、そう言えば 派手な幟がいくつも立ってたわ。

 それすら見えてなかった。

 120円のシェーキ☆ なんだかご褒美をもらった気分。

 普段の私ならバーガーショップで飲み物だけなんてあり得ない。

 まずはポテトを頼むのに、昨日はそれすら食べる気になれず注文しなかった。

 今年の最高気温更新の日だったもんね…。

 冷たい物を飲んで、ちょっと生き返り「でも買い物はもう無理だ。このまま家まで直行」と その時は思った。

 ところが運転してるうちに「止まりたい」ばっかりに。

 で、いつものスーパーまで頑張って走り、とりあえず駐車場に入れて「ここへ入れたんなら、最低限の食材は買って行こう」となる。

 ついでに自販機でお茶を買い、がぶがぶ飲む。

 こうして休み休み家に帰りつく。

 持ち物の名前付けや、貴重品の扱いなど、まだまだ考えなければいけない事があるけれど、昨日までの『考えても全然まとまらない』状況は脱した。

 まずは無事に入所させる事だけれど、入所直後はきっと色んな事があって、今以上に呼びだされる事になるね。

 足りない物を運ばないといけないし。

 全部終わって、母が慣れた頃には 私ダウンするだろうなぁ…と言ったら、夫が

「成功するには、ネガティブな事は言わない」と さり気なく。

 そうだよねぇ…私 いつも最悪の事ばかり想像して、口にしちゃうもんね。

 母がホームで穏やかに暮らし、私も安心して、自分の事だけ考えていられる日の為に頑張るんだったわ!

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2014年5月23日 (金)

W杯

 アオちゃんがW杯に向けての代表合宿へ出発する広島駅の動画を見た。

 普段のツンデレとは違う、緊張の面持ちの中にも柔らかさを醸し出すアオちゃん。

 並々ならぬ決意を胸に秘めているんだろうな。

 晴れやかな…とか、自信に充ち溢れた…って感じじゃ無く、本当に真摯な姿だった。

 とっても素敵だよ! と思った瞬間、なぜか ちょっと泣きたくなった。

 やっぱり…寿人にもこういうシーンを味わってほしかった…んだと実感した。

 寿人が初代表招集の時は、私はまだ彼を知らなかった。

 その後、寿人ファンになってからは、代表招集の度に、一喜一憂したなぁ。

 4年前のW杯は「選んでよ!」「なんで選ばないのよ!」って思いが強かった。

 その後は、無知なりに「代表チームでは、寿人は生きない」と納得してたし、W杯出場なんて遠い夢だった。

 でも…大久保選手のサプライズ招集がすごくすごく羨ましかった。

 つくづく寿人は代表には縁が無いんだと思った。

 寿人に限らず、そういう選手っているよね。

「いいんだよ! Jリーグで活躍して、広島の星で居てくれれば」と思えれば、まだいいんだけれど、今はリーグ戦でも 寿人は苦悩してる。

 私が寿人だったら(…と 何度こうして無意味な無謀な無責任な妄想をしているのか)もうサッカー辞めようかなって思っちゃいそう。

 こんなに努力したのに。こんなにチームに貢献したのに。こんなに頑張ってるのに。

 プロサッカー選手になってからの寿人は順風満帆だったわけじゃない。

 病気や不遇の時代も経験して、そこから這い上がってきてる。

 私自身が、挫折を乗り越えて来た経験があれば、こういう時

『寿人なら、また乗り越えて大きくなれる!』って自信を持って言えるんだけどな。

 挫折したら諦めてきた私には何も言えなくて…。

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2014年5月22日 (木)

新しい住まい

 昨日、実家詣での帰りに、グループホームで手続きと下見をしてきた。

 できたばかりのホームは綺麗でお洒落。

 私が入りたいくらい。

 職員の皆さんも笑顔でとても感じがいい。

 母の部屋を決めてきた。

 まだ全部空いてる選び放題の2階。

 ただ、2階に他の入所者が増えるまでは、1階の仮部屋。

 可愛い小窓にレースのカーテンがつき、2階の部屋には洗面台もあり、ここにちょっとした家具を入れたら素敵になる。

 本人のお気に入りの家具があれば持ち込んでくださいとの事だったので、鏡台を持って来よう…着替えを入れるのに、キャスター付きの小さなタンスを新調しよう…できれば小さなサイドボードも置いて、写真や花を飾りたい…母には可愛いスリッパをはかせて…。

 帰り道 あれこれ楽しく考えた。

 本人には まだ話してない。 当日 騙し打ちのように連れて行く。

 ホームのリーダーさんとケアマネさんと話をした。

「皆さんそうですよ。どうしてこんな所に連れてくるのか!って すごく怒ります。ご家族の方も辛いです。私達は そういう対応は慣れていますから、大丈夫ですよ」

 色んな事を聞いて安心した。

 面会もいつでもいいですって。どんどん来てくださいって。

 弟から伝え聞いた『本人が慣れるまでは、家族の面会もできない』ってのは何だったのかしら。

 すでに下着は数枚 購入してある。

 でもタオルや布団やシーツや履物など すべてに記名が必要。

 良い物には、直接油性マジックで書きたくないので、名前シールも購入してある。

 これに名前を書いて、アイロンで接着(あえて強力そうな方を選んだ)し、その上、端っこをちょっと縫い留めておきたい。

 全部できるかしら…。

 母がデイサービスに行ってる留守に 実家から取って来なきゃいけない物もある。

 医師の診断書・処方箋も貰いに行かなきゃいけない。

 母の通院を弟が引き受けてくれてから10ヶ月。

 弟が医院を変えたので、私は初めての医院へ行かなきゃ…。

 しなければいけない事は山積み。

 何とか入所まで頑張らなきゃ。

 そして無事入所したら頻繁に行って、母の部屋を可愛くしよう。

 実家詣での時は、家事もしなければいけなかったけど、ホームだったら、母と過ごす事だけを考えればいい。

 昼食・夕食の準備をしていかなくてもいい。

 入浴の心配もしなくていい。

 母がどうか、穏やかにグループホームで過ごしてくれますように。

 素敵なホームで笑顔で暮らす母を想像したり、『自分の家があるのに なんでこんな所に!』と怒る母が浮かんだり。

 いくら良い施設でも、やっぱり大勢の他人と一緒に暮らすのは まだしっかりした所の残る母にはストレスだろうなぁ。

 『入院の達人』で、入院生活を楽しめる私でも やっぱり24時間、他人と一緒に居るのは気づかないストレスを溜めるもん。

 『三食昼寝付き、掃除もしなくていい』じゃなくても やっぱり自分の家が一番いい。

 母は きっともっとそう思うよね。

 

 前向きな気持ちと悲観的な想像が行ったり来たりです。

 でもとにかく、入所に向けて、やれる事をします。

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2014年5月20日 (火)

母の引力?

 ゆうべ、遠い親戚から電話があった。

 母の従姉妹で、化粧品屋さんをしている綺麗なおばさん。

 子どもの頃、色白でぽっちゃりしたそのおばさんの事を「プリンのおばさん」と呼んでいた。

 さすがに大人になってからは「プリンのおばさん」とは呼べなくなったけれど、おばさんの娘(私とはどういう関係になるのかな? ハトコ?)とも 今でも年賀状をやりとりしている。

 そのおばさんが「ゆうこちゃん…ちょっと Yちゃん(母の事)で聞きたいんだけど…」と。

 3年くらい前に、電話中「お客さんが来たから」「お風呂から出たところで 裸だから」などの理由をつけて電話を切られる事が続き 『何か気に障る事を言ってしまって 嫌われたかな』と思ってたって。

 以来、電話もしてないって。

 あぁ…母は私の毎日の電話でも まったく同じ事をする。

 話が聴こえないし、電話してる事がもう面倒になって、切りたいばっかりなの。

 おばさんと母は本当に仲良しで、色んな話ができたのに、そんな事があったなんてね。

 事情を説明した。

 「ほんとぉ…そうだったの…」

 おばさんも 少しずつ耳が遠くなり、色んな不安や不満を抱えている事を話してくれた。

 「一度、Yちゃんと ゆうこちゃんにも逢いたいわ」

 私が間に入ってノートテイクすれば、会話もできるから、私も会ってほしいし、会いたい。

 グループホーム入所の事も話した。

 「ゆうこちゃん、Yちゃんが落ち着いたら私もそこへ連れてってね」

 私がすっごく元気で運転が上手かったら、すぐにでもおばさんを迎えに行って、母の所へ連れて行くんだけど…。

 運転して行った事の無い土地。時間もかかる。この苦手な季節に慣れない場所を運転するのはリスクが高すぎる…って理由をつけて「近いうちに行きます」って言えない。

 こういうとこ、私は自分最優先。

 母の事では、周りの人に「よく頑張ってるね」と言ってもらうけれど、本当はこういうところで頑張りが足りてません。

 先日は「花盗人」の話をしてくれたTさんとも 母と一緒にスーパーで偶然会った。

 入所の事を話したので

「母桃さ~ん、近いうちにホテルランチに行こう! ○○ホテルなら行けるでしょう」と誘ってくれた。

 これも、私が連れて行けば実現するんだよね。

 残り2回の水曜日(明日は、施設に寄るので、実質残り1回)連れてってあげたらいいんだろうなぁ。

 入所を目前に控えた母の周りには好意的な旧知の人達が自然に集まって来てる。

 これも神様のプレゼントなんだろうね。

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2014年5月19日 (月)

母との幸せな時間

 土曜日、約束通り、デイサービス施設へ母を迎えに行った。

 例のごとく「うちの娘」と皆に紹介しまくる。

 薬や着替えを取りに実家へ寄ると、家計簿の下に

『弟桃へ、お母さんは ゆうこの家に泊まります。明日 帰ってきます。心配しないでください』と手紙。

 ただし日付は16日。昨日書いたのかな。

 そう言えば、15(木)仕事中の携帯に5時頃2回着信があり、家の電話には「もしもし! ゆうこ?! お母さん 今 帰って来ちゃったけど!」とちょっと怒った声の留守録。

 夫の携帯にも同時刻に電話があったそう。

 私が水曜日に『17日(土) ○○の郷へ迎えに行きます。夫桃さんが留守なので ゆうこの家に泊まってね。18日(日)に送ります』と書いて貼って来たのを その後毎日「今日 ゆうこが迎えに来る日!」と思ったんだろうね。

 金曜日にも「お母さん もう帰って来ちゃったけど、約束やぶってごめんね」と電話がかかってきたし。

 さて、母を家に泊めるのは3年ぶり。

 その間、観劇の帰りにホテル泊は3回してるけど。

 夕方になってもまだ初夏のまぶしい光の中、母を乗せて自宅に向かう。

「どこへ行くの?」

『私の家に泊まるんだよ』

「まあ! 嬉しい!」

 この類のやり取りは3回。信号で止まる時しかノートテイクできないのよね。

 焼き肉を食べて、まだ明るいので 家に帰る前に車を降りて緑道を散歩する事に。

 柔らかい夕方の光を浴び、気持ち良い風に吹かれながら母と歩く。

「いいところだねぇ~」笑顔の母に 私も嬉しくなる。

 マンションの部屋に着くと「いい家だねぇ~。いつ買ったの?」から始まった。

 何度も来てるんだけどな…。

 あちこちの部屋を覗いて回り、指を折って「5つも部屋あるねぇ。広いねぇ」

 実際は3LDK(床面積は2LDK分くらいだと思う)なんだけど、頷いておく。おそらく最初に数えた部屋を また数えてるネ(苦笑)

 昔は来る度に「物が多すぎるわ~。狭いから仕方ないけど、息が詰まる。ちょっと物を捨てなさい。もう少し整理しないと 夫桃さんが気の毒」とうるさかったのに。

 機嫌が良いと きっと景色も違って見えるのね。

 可愛い言動を繰り返す(後半に箇条書きします)母に 私も和む。

 そのうち「家賃はいくら?」とくる。

『分譲で買ったんじゃん』

「ほんとー! もう全額払ったの?」

『まだローンが○円残ってる』

「よく頑張ったねぇ」

 このフレーズが翌日 違う展開に。

 日曜の朝、それまでに書いた紙を読みなおしていて『まだローンが○円残ってる』だけが 母の目に入っちゃった。

「ゆうこ! ○円もローンって、借金してまで何を買ったの!?」

『この家じゃん。ちゃんと計画通りに支払いできてるんだよ』

「もう…○円も借金って、お母さん 胸がドキドキするわ…」と半ば怒りながら心配顔。

 その後 5分間くらいは「どうして○円も借金するの…どういう買い物なの」と怒ってた(苦笑)

 昔なら、母とゆっくり一晩過ごせば、話はいくらでもあったのに、今はそれが無い。

 ノートテイクしても、最初に書いた事が母の記憶に残らないので、長い話は無理。

 それでも母と一緒に居る事が嬉しかった。

 嫌がる母を『一緒に入ろう』と狭い浴室に二人で入った。

 私が発病した当時のある夜、一緒に入浴した母は私の体を洗ってくれて、タオルを洗う事さえ、私にさせなかった事を思い出す。

 さっきまで嫌がってたのに、湯船に浸かって「幸せだねぇ~ いいお風呂だねぇ~」とご機嫌さんな母♪ 可愛い。

 でも「もう出るわ」だったり、いきなりシャワーを出したりして、私はうかうか自分を洗ってられない。

 幼子をお風呂に入れてる親は何年もこういう風なんだろうね。

 寝るのも早い。

 私は11時過ぎのドラマを見たいので、母を和室の私の布団で先に寝かせる。

 布団の中でも 頬を上気させて「お母さん 今日 ここで泊まるの?嬉しいわ~。幸せだねぇ~」と可愛く笑う。

 トイレの場所も 以前 使ってるんだけど、覚えてられないので『トイレ』と大きく書いた紙をドアに貼りつけた。

 夜中のトイレに備えて、トイレの扉の内側(便座に座ると丁度見える位置)に
 『夫桃さんが留守なので、お母さんに泊ってもらった。私はトイレの隣の部屋で寝てるので、安心して寝てね』と張り紙をした。

 でも6回のトイレの度に 私は目覚め(以前 実家に泊まった時もそう) 母が出てくるのを部屋の明かりを点けて待つ。
 出てくると、張り紙を読んだばかりなので「ゆうこぉ、ありがとうねぇ~」と にこっとする。

 私もつられて笑う。

 真夜中に見つめあって笑う二人…笑。

 そして、戻るべき自分の布団の位置がわからない。
 狭い家なので、三歩歩けば見えるんだけど、ご丁寧に逆方向の洗面所へ行く。
 手を引いて布団に連れて行くと
「あ~ここだったねぇ」そして横になると また嬉しそうに「極楽だわ~。ゆうこぉ ありがとうねぇ~」

 何度目かのトイレの後には

「ゆうこって、夫桃さんと結婚したんだった?」ときた。

 ノートを取りに行くのが面倒だったので、大きく頷いて見せる。

 寝ぼけてるのと半々なんだろうね。

 

【可愛い編】

・仏壇の前で「ご本尊様 はじめまして。ゆうこの母です。どうかゆうこと夫桃さんをお守りください」×10回

・『はじめまして…じゃないよ。前に何度も来てるよ』と書いたら、「お久しぶりです。どうかゆうこと夫桃さんを…(以下同文)」×10回

・布団に入ってから「お母さん すごく幸せ」「お父さんが見たら羨ましがるわ」「お父さん 私ばっかりこんな幸せでごめんなさい」と泣く。

【困ったチャン編】

・緑道の散歩中、花を見つけると無意識に折ろうとするので 慌てて制すると「あ、いけないね」と 手を引っ込める。(素直だったなぁ…)

・「今日 ゆうこの家に泊まるの? 弟桃に言ってないわ…どうしよう」×20回

・店で「トイレどこかしら」と言うと同時に立ち上がって行ってしまう。
 『店員さんに自分で聞いて行こう』って意識は良いんだけど、聴こえない母に説明する店員さんに申し訳ないし、 行っても席へ戻ってこられないから、私と一緒に行ってほしいのよ。

・友達がくれた高級な茶葉を丹念に淹れるつもりで、食事の出来上がるタイミングを計っていたのに、気を利かせたつもりで勝手にお湯を入れちゃう。
 「もぉーーー何してくれるのー!」と思わず言っちゃうけど、聴こえないから助かる。
 聴こえてたら、ここで喧嘩になるよね。

・ウインドショッピング中「こんなのは安っぽい飲み屋のお姉ちゃんが着る」などと大声で言う。

・日曜日、朝食後、しばらくすると「お母さん そろそろ帰るわ」
 『お昼もここで食べて、ウインドショッピングして夕飯のおかずを買って帰るんだよ』と書くと納得するも またしばらくすると「お母さん、もううちに帰りたい」

 翌日の朝食も昼食も 私が出すもの全て「すごいねぇ~」「嬉しいわ~」「美味しいわ~」と感激する。

 実家へ持って行って作るものと大差は無いけど、やっぱり使いなれた我が家のキッチンと食器だからね。

 それに、弟と二人では、こういう食事はできてないよね。

 グループホーム入所は 私の中で『母の為じゃなく、弟の為』だったけど、母の為でもあるかもしれない…と思うようになった。

 
 一緒に入浴してみて、洗う事や、着替えなど ちゃんとできなくなってるのを知ったし、そもそも家で入浴を嫌がったら、弟はそれ以上手を出せないはず。
 下着の洗濯もおそらく たまにしかしていない。
 私が同居していればサポートできる事だけれど、これを弟(男だから)に求めるのは無理だもの。
 グループホームにいれば 最低限の事はしてもらえる。
 入所に向けて、私を本心から前向きにしてくれる貴重な二日間になった。

 買い物をして実家へ送り、台所の片付けをしていると、なんと母は干しっぱなし(水曜日に私が縁側に干した)だった洗濯物を畳み始めた。

 母の『正気のスイッチ』が入った。

 グループホームへ入所しても、たまには こうして家へ泊めればいい。

 可愛く笑う母をたくさん見たい。私も一緒に笑いたい。

 体は疲れたけれど、心が満たされてるので「あ~やっと解放された~」とは不思議に思わず、母が居た事を思い出すと胸がきゅんとする。

 これも神様が与えてくれた時間なんだなぁと思う。

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2014年5月16日 (金)

ここちゃんの花♥

 「かれたら また かってくるからねぇ~」と ここちゃんからプレゼントしてもらった寄せ植え。

 枯らしてたまるか! と おひいさまのように大切にしております。

 お陰でカランコエは全部開花しました。

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 花弁がとんがっていて、ちょっと珍しいのかな? 今はこれが主流なのかな?

 カランコエをこんなにしげしげと見た事ありませんでした。

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 小さな花達なのに、こうして開くと豪華ねぇ~☆

 さて、次に気になるのはガーベラ。

 いただいた時、根元に花芽が2つついてるのが見えたんだけど、ここまで大きくなってきました~~~☆

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 いっちょまえにガーベラの形をしてるのが可愛い^^

 最初から咲いてた二輪は、今日になって、ちょっとしょぼくれてきた。

 切り花だったら、ここまでもたなかったよね。

 新しい花芽を咲かせるために、しょぼくれた花は そろそろ切り取るべきかしら…。

 そして2つ目の花芽。

Img_5136

 最初は、二つとも同じくらいの大きさだったんだけど、現時点でコレって事は、もうすでにダメになってるのかもしれないなぁ。

 葉っぱをかきわけて 小さなふたりを覗きまくっています。

 大きな方の子、すくすくと茎が伸びて 私の知ってるガーベラの花になったら嬉しいなぁ。

 大きくならずに、中途半端な位置で、ガーベラ風の変わった花になりそうな気しかしないのよ…どんだけ花育に自信がないのか。

 もしちゃんと咲いたら、切って一輪挿しにいけたいなぁ♪

 セントポーリアまでは、まだ気が回りません。

 ガーベラが咲くまで、どうか独自に頑張っててくださいな。

 さてと…籠を寝室に移動してきましょ♪

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2014年5月15日 (木)

花盗人の顛末

 5月8日のブログに書いた『花を摘む母が注意されたらしい』話。

 詳細をうかがってから、花のお家の人や、声をかけてくださった人にお詫びやお礼を言いたくて、まずはTさんのお家に電話をした。

 卒業アルバムから電話番号を探してかけたんだけど、いつも留守電。

 留守録しておくと「かけてください」となって失礼だと思い、録音せずに切ってた。

 でも朝・昼・夜 いつかけても留守電なので もしかしたらセールス電話撃退の為に 留守電にしてるのかも…と思い

「旧桃ゆうこです。おばさんに母の事でうかがいたくてお電話しました。またかけ直します」と入れたけど、やはり反応なし。

 昨日、うちの電話番号を書いたお手紙を持ってTさん宅に寄った。

 おじさんしかみえなくて手紙を渡して帰った。

 実家詣でから帰ると留守電に「ゆうこちゃん、うちの電話番号変わったんだわ~ ○○ー○○○○」とおばさんの声。

 夜、やっとお話しする事ができた。

 花を摘んで歩き出した母が鍵を落としたので、それを拾って追いかけて手渡そうとしたら、母が「あそこで花を摘んではいけないよねぇ! ごめんなさい。もう摘まないから」と言ったんだって。

 咎めもしてないんだって。

 やっぱり『雑草じゃないんだ』って事は解ってたのね。

 そしておばさんは続けてくれた。

「他にも3件くらい、同じような話を聞いてるんだけど、どの人も『母桃さん 本当に花が好きなんだねぇ』っていう感じで、誰も怒ってないよ」って。

 私が一言お詫びとお礼を言いたいと言うと「ゆうこちゃんが そんな事しなくてもいい。もし誰か怒ってきたら、私が謝っておくから大丈夫」って。

 「この事、ゆうこちゃんが知ったら悩むだろうなぁと思って、伝えるべきかやめるべきか すごく迷ったんだわ。だから賢いのりちゃんにお任せしようとSさん(のりちゃんの嫁ぎ先)に話したの」

「おばさん、ありがとうございます。今の私はもう悩む時期は通り越しました。皆さんの思いやりの連係で、理想的な形で知ることができて感謝しています」

 55歳のおばさんから「おばさん」と呼ばれるおばさん(笑)

 幼い頃から知っててくれる人達の存在は本当にありがたい。

 おばさんからは、私の知らない最近の母の話もたくさん聞けた。

 道で会うと 母の方から「Tさん!」と走って来るとか。Tさんだけじゃなく、Gさん、Kさんにも同じだとか。

 聴こえないから一方的にしゃべるけれど 皆 解っているので笑って聞いてるし、たまには「耳に口をつけてジョークを言うと、母桃さんも笑ってるよ」って。

 あぁ…ご近所とは疎遠になってるとばかり思ってたら、ちゃんと付き合ってくださってたんだ。

 以前の母なら 私が行く度に「この前、○さんにバッタリ会って、こうだった、ああだった」って話してくれたんだけど、今は会った事も覚えてないからね。

 そんな対応をしてもらってるのが解って嬉しかった。ありがたかった。

 のりちゃんにお礼報告したら「それは今までのお母さんの生き方のお陰。お母さんが嫌な人だったら 怒る人だって現れるわ」と。

 実は夫も全く同じ事を言ってくれた。

 夫は優しさを態度で示す人で、普段は言葉では言ってくれない。

 その夫の口から、のりちゃんと同じセリフが出たのでびっくり。

 実は、ケアマネさんから「グループホーム入所の手続きや準備を弟さんに代わってしてほしい」と電話があった。

 不本意ながら『弟の為に』と受け入れた入所だったけれど、まさかその仕度まで 私がしなくてはいけなくなるとは思っても居なかった。

 昨日は、実家詣でのついでに、書類を貰いに行き、6月1日入所に向けて 今できる準備を少しずつ始めた。

 その事もあって、夫から優しい言葉を貰った時は「うぁーーん」と泣いた。

 20秒(20分じゃない)くらい泣いたら 気持ちが普通に戻った。

 入所すれば 母は不安や恐怖で混乱すると思うけど耐えてもらうしかない!

 私の想いは神様がちゃんと見ててくれる。

 実際、こうやって周りからたくさんの思いやりが私には届く。

 神様が差し向けてくれたんだと思う。

 (私は仏教徒なので『神様』は『見えない大きな力』という感じ)

 

 5月1日入所を聞いた時のショックは 一ヶ月で薄らいだ。少しずつ受け入れてたんだと思う。

 こういう期間を与えてもらえたのも神様のお陰。

 週末は 夫が留守なので、母をうちへ泊めて、二人でゆったり過ごす予定。

 …また喧嘩になるかもしれないけど(苦笑)

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2014年5月13日 (火)

W杯代表招集☆

 一年前なら「佐藤寿人待望論」もあったけれど、今回は「さ」の字も出ない。

 リーグ戦でも寿人らしさが発揮できない試合が続いている。

 ヒサ婆の私は、ただただ寂しい。

 W杯に広島から招集されたアオちゃんのコメントを読んだ。

 そうだった…彼も順風万端なサッカー人生を歩んで来たわけじゃなかった。

 不条理な結果や怪我や挫折も味わってきてる。

 そんな彼が発する「無駄な事は一つもなかった」という言葉は胸に響いた。

 私も自分の病気との闘い(つきあい)においては「無駄な事は一つもなかった」と胸を張って言える。

 でも…私は挫折に弱い。

 元々、コツコツ努力するのが苦手…というより、そういう努力の経験が無い。

 で、何かを始めて(そこそこやれそうな事しか始めないんだけど)案の定そこそこまで到達して、調子に乗ってる時に挫折すると「もういいか…」って思っちゃう。

 そこで「何くそ! もうひと踏ん張りするぞ!!」って奮起したら、もしかしたら私はもうワンランク上がれたかもしれない(実はその想像はまったくできない)のに「ここまでやれたからもう十分」って諦めちゃう。

 中学の部活から 大人になっても そうだった。

 寿人だって、Jリーガーとして苦汁も味わって来た。

 寿人ファンになってからは、勝手にバカ親にもなって応援してきたから、無知ながらも彼を見てきた。

 2011年に チュン君との併用がうまくいかなかった時 私は「寿人 もういいじゃん。ここまでやれたんだもん。寿人の歴史は創ったもん。これからは後進の指導に力を注げばいいよ」と思ってしまった。

 でも寿人は翌2012年には、得点王・MVPを獲得し、チームの初優勝も成し遂げた。

 私だったら、2011年で第一線を退いて、2012年の活躍は無かったんだよね。

 寿人ファンになってから、代表招集には、いつも心がざわめいた。

 名前があればホッとし、はずれれば不貞寝して、テレビ観戦もせず。

 4年前のW杯に呼ばれなかった時は、岡田監督を恨み…苦笑。

 代表チームでは寿人は生きない…と 無知ながら思うようになると、代表戦自体に関心が無くなってしまってた。

 今回、W杯メンバーのアオちゃんの写真を見ると あらためてすごい事なんだな!って思う。胸がいっぱいになる。

 不思議に「ここに寿人を入れてあげたかった」という想いは無い。

 今願うのは、リーグ戦で本来の寿人のプレーを見せられるようになってほしい…ということだけ。

 でも想いはあちこちに揺れ動く。

 ここでは書くのも忍びない恥ずかしい情けない汚い気持ちもある。

 ずっと私が勝手に目の敵にしてきた選手も招集された…小春ちゃんが「仲間内の一人が選ばれた気分で、よかったねと思える」って。

 そうだよね。そう思えるようにならなくちゃ。

 汚い気持ちは自分を汚す。

 私が寿人の立場だったら…って、これまた勝手に想像して落ち込んだり悲しんだりしてるけど、寿人は私とは違う。

 同じ尺度で考える事の方が寿人に対して失礼。

 余計な妄想はやめる。

 寿人の次くらいに見てきたアオちゃん、寿人が可愛がってきたアオちゃんが 日本代表としてW杯で戦うのを楽しんで観よう。

 …ちょっと無理矢理ではある。

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2014年5月12日 (月)

「母の日」の母の喜び

 毎年、母の日は、実家の母と義母と夫と4人で外食する。

 プレゼントは、花と現金(笑)

 約束の時刻(先週の実家詣での際、大きく紙に書いて貼って来た)に迎えに行くと、なんと母の髪が黒い!!

 去年までは「白髪は嫌」と、ヘアカラーだけは行きたがっていたのが、最近は「もう白髪も気にならない」と言い出して放置し、半分以上白くなってきたので、私はもう全部白髪にしてしまおうと思ってたのに…。

 車に乗ると「お母さん、嬉しいわ~~~! ありがとうねぇ~~~! 夫桃さん、本当にありがとうねぇ~~」と繰り返す。

 感謝の気持ちが強いのは本来の母だし、ねじが緩んでからも、機嫌が悪くない時は、私にも感謝してくれる。

 でもこの日の母は気合いが違う。

 美容院へ自分で行って、カットとカラーまでしてるのには驚いた!

 そしてその原因は、義母に会う事。

 昔から仲が良くて、義父が亡くなってからは、二人で待ち合わせしてランチやウインドショッピングもしてたくらい。

 社交的な母は、控えめでおとなしい義母を妹のように思って大事にしてた。

 でもここ数年は、もう電話もできないし、義母に会うのは、私達が仲立ちした時だけ。

 だから『日曜日、夫桃と夫桃母さんと4人で食事に行こうね』と書いた時

「夫桃母さんも一緒!!?? 嬉しいーーーー!」と飛び上がらんばかりだったもんね。

 土曜日の夕方 恒例の電話をした時も

「今日だったね」

「違うよ」

「今から来る?」

「明日 行くよ」

「今 何時? あとどれくらいで来る?」

「今日は行かない。明日 迎えに行く」

 注:母は ほとんど聴こえないので、電話の私は大声で、短いフレーズ。伝わっていない事が多いので、言い方を変えて必死で言う。

 でも珍しく日曜の外食を覚えてた。

 義母に逢えるのが それほど嬉しかったのねぇ。

 その割に、義母を乗せて感動の再会の挨拶してから(私がノートテイク)しばらくして

「夫桃母さん、いつから居た!? さっきから乗ってた? お母さん、全然知らなかった」と私に言い、助手席の義母に

「お母さん! 挨拶もしなくてごめんねぇ~」と話し掛けてましたが…汗。

 ノートテイクを挟んで、義母との会話も弾み…。とは言っても、昔のように深い話はしなくなったなぁ。

 義母も話し甲斐が無いもんね。

母は「おかあさん、私 本当に幸せ。こんな良い旦那さんが居てくれて、ゆうこの事は何も心配してない。おかあさん、こんなゆうこをもらってくれて、ありがとうね」と泣く。

 義母も「おかあさん、それはこちらのセリフ。私達は本当に幸せだね」

 これをノートテイクしてる私って…苦笑。

 食事を終え、喫茶店に寄るだけでも「まあー! 喫茶店も連れてってくれるの? 嬉しいーーー!」と半べそ。

 母と義母と私で手を繋いで道を渡る。

 母の同じ話を 何度も笑顔で聞いてくれる義母は、今の母には唯一の友達かもしれない。(近所の人も、どんどん疎遠になってるからね…)

 先に送る義母が車を降りると、母は窓越しに手を握って

「おかあさん! 今日は本当にありがとうね! 私 本当に幸せでした。また一緒に連れてってもらおうね!」とまた泣く。

 通りすがりの若者が思わず笑ってしまうほど。

 3人になった車内(私はノートテイクや母への対応の為、母と一緒に後部座席)で、母は財布を出して小さな声で「ゆうこ、少しだけど」とお金を渡そうとする。

 運転席の夫に「おちゃーちゃ、お金をくれようとしています」と普通の声で報告しながら、大きく手を振って断る。

 数分後、また財布を出し始める。

私「おちゃーちゃ、また財布を出してます」

 この繰り返し。

 そしてだんだん暗くなる車窓を眺めながら

「お母さん、どこを走ってるか全然わからない」

 まあ、昔からいつもそうですけど。 

 それを何度も繰り返す。

 「どこへ連れて行かれるんだろう?」「知らない所で降ろされるのかしら」って不安を感じてるのかもしれないなぁ。

 いつも心のどこかに「捨てられるかも」って思ってるんじゃないかなぁ。切ない。

 でも最後の信号交差点まで来た時

「あ~やっとわかった」と 安心した模様。

 別れ際「本当にありがとうね。夫桃さんに よろしく言ってね」

 いや、自分で言ってくださいよ。そこに居るんですから(笑) さっきから すでに10回以上言ってますし。

 金曜日の夜、ふと母は何かをすごく楽しみにする事も もう無くなってるなぁ…と思ったんだけど、思いがけなく、義母と会う事が 母の最大の楽しみだったと知った。

 自分で美容院へ行くスイッチが入ったなんて すごいわ。お義母さん ありがとう!

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2014年5月 9日 (金)

枯らすわけにはいかない!

 先日、ここちゃんとカッカが 二人で選んだ花をプレセントしてくれた。

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「かれたら また かってくるからね~」とここちゃん。

 実は、クリスマスにも ここちゃんが選んだゴールドクレストをいただいたの。

 小さな杉のような、クリスマスツリーのような形の観葉植物。

 クリスマスカラーのリボンをたくさん結んで可愛く飾ってたんだけど…予想通り、だんだん葉っぱが固くなってきて、ぽろぽろ落ち出して、2ヶ月後くらいに ここちゃんが来てくれた時は

「ごめんねぇ~ 枯れちゃったの」と謝らなければいけなかったの。

 それゆえの「かれたら また かってくるからねぇ~」なのです…トホホ。

 セントポーリアは、わたせせいぞうの本で 彼女に貰った鉢をどんどん増やして、たくさんのセントポーリアに囲まれた電話がある日鳴る(別れた彼女から)…ってシーンがあったのを覚えている。

 って事は きっと育てれば株が増やせるのよね。

 ガーベラ・ポトス・カランコエ、それぞれネットで育て方を調べた。

 私がいつも失敗するのは、水のやり過ぎによる根腐れ。

 今度は心を鬼にして、水をやらないぞ!

 後は日照不足。

 南東向きのマンションの辛いとこ。

 午前11時には もう真横からの日照になって、ベランダにも日が射さない。

 日照不足だと花が咲かないらしい。

 家に居る日は、籠を持って部屋をあちこち移動。

 午前中は、リビングに。 午後は、西日を期待して、寝室に。

 シートを敷いてベッドの上に置いたり、トイレの前の狭いスペースに置いたり。

 お陰でカランコエの花がどんどん開花しています。

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 ガーベラの根元には、次の花芽が見えてるし。

 これが伸びて咲くんだよね。(うまく行けば…ネ)

 そして添付のしおりによると、花が終わったら、それぞれを植えかえて増やせるそうな。

 鉢植えを次の年までもたせた経験の無い私。

 かつて、謎の発芽や、捨てた種から出たスイカの成長など ブログに書いて、ことごとく「枯れました~」「終わっちゃいました~」だったのを覚えておいでの方もいらっしゃるかと思います。

 そんな私が 翌年にまた花を咲かせられるとは到底思えないんだけど、ここちゃんの花だもの、やってみよう!

 ってわけで、ベランダに放置してあったプランターを日光消毒すべく、古い土をまず捨てた。

 さて、どうなる事やら。

 まずは、この寄せ植えの状態で、花をたくさん咲かせたいです☆

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2014年5月 8日 (木)

花畑 終わらず…

 昨日は母の誕生日。

 アレンジフラワーとケーキを買って出掛けた。

「遠くからわざわざ来てくれてありがとうねぇ~!」 と満面の笑み。(毎週来てるんですけど…)

 下駄箱の上には、半分枯れたつつじ…ふぅ。

 台所へ行ってあんぐり。

 先週の1.5倍くらいの花・花・花!

 あぁ~~~また これを片づけるのか。

 綺麗なのを残しながら、ビニール袋にどんどん詰め込んでいく。

 母には「もらっていくね」の風情を見せつつ。

 でも、どんどん腹が立って来た。

 実は、先週のブログを読んだのりちゃんが

「あれを読んで、思わず電話しちゃったわ」と話してくれたのが…母が私有地で花を摘んで(盗んで)る所を、注意してくれた人がいたそうな。

 その人がご近所のTさん(同級生のお母さん)に話し、Tさんが「ゆうこちゃんは この事を知ってるんだろうか?」と気にしてくださって「のりちゃんなら ゆうこちゃんと仲良しだから」と のりちゃんの嫁ぎ先(これも同級生)のお母さんに経緯を教えてくれたんだって。

 母が花を摘みながら鍵を落としたので、その人は鍵を拾って渡しがてら「ここは摘まない方がいいよ」と優しく諭してくれたらしい。

 母は何度も謝ってたんだって。

 きっと何を言われてるか聴こえてないけれど、その瞬間『ここで花を摘んではいけない』って正気に戻ったんでしょうね。

 善意の思いやりで、こういう形で私の耳に届いたのは、本当にありがたい。

 すぐに忘れると解ってるけど、先週「こんなにたくさんあるから、もう摘んで来ないでね」と書いた時は「わかった。もうやめる」と素直に言ったんだよね。

 もしかしたら 注意された事を何となく覚えてたのかもしれない。

 …だけど やっぱり継続はできませんでした。

 クレマチスまで入ってるから、これも公園じゃないよね。

 怒っても仕方ないのに、ちょっと母に意地悪を言いたくなって、流し台の中にいっぱいになった、花瓶や鍋、湯飲み茶わんなどを

『これ洗ってよ』と書いた。

 …はい、母の怒りスイッチ入っちゃいました~。

「どうして せっかくの花を捨てるの! 私が好きでやってるんだから、ほっといて!」

 流し台いっぱいの大きな洗い物 普通の人でも辟易するけど、母にはとてつもなく難しい作業だもんね。

 こんな洗い物があるのなら、もう摘んで来ない…って方向には行かない。解ってたんだけどな…。

 洗い物はタッチしたけれど、母の怒りは治まらない。

 やっと片付いた流し台で昼食の支度をしながら、母が庭で草むしり(久しぶり)してるのを確認して、冬物シーツをはがしにかかる。

 目ざとく見つけた母が庭から大声で

「ゆうこ! そんな事しないで!! お母さん 自分でやるから!!」 やらないじゃん。やれないじゃん。

「もう! ほんとに 余計な事ばかりして! もう来なくていいわ! 早く帰って!!」

 聴こえない振りをして、ささっとシーツを取り替えて 布団を元通りにする。

 そのまま洗濯機も動かし始める。

 以前なら「来なくていいなら来ないわ!! 来なかったら困るのお母さんじゃん!!」と心で叫びながら泣けてくる場面。

 慣れというのはありがたい事です。

「あぁ~あ、怒らせちゃった。さて、どうやって気持ちを変えようかな」と考える。

 テーブルには、アレンジフラワーとケーキの箱が置いてあるんだけど、母は自分が摘んできたつつじとアレンジフラワーの違いがわからない。

 おまけにケーキの箱を横に倒した (母は起き場所を変えたつもり)

『今日はお母さんの誕生日だから、花とケーキを買ってきたよ! お誕生日おめでとう! 何歳になったっけ?』と書いて見せる。

「まぁ~~! 何よりだわ~~! どの花?」

 つつじとは明らかに違うんだけどなぁ…と 心でつぶやきながら、トルコキキョウや薔薇やスカビオサ(私は花を指定して作ってもらう)の入った白い籠をさす。

 そしてケーキも箱を開けて見せる。

 はい♪ 作戦成功☆ 母の機嫌は元通り。

「ケーキなんて 久しぶり~」と笑顔。

 昼食を済ませ、ケーキを食べながら、ご飯を炊き、冷凍用に小分けしてると 食器を洗いに母が来る。

 …これがね、最近 母の洗い物はひどいのよ。 二度手間もいいとこ。

『後でまとめて洗うから、洗濯ものを干すのを手伝ってくれない?』

 はい、これも作戦成功。

「いいよ~~ お母さん 洗濯物干すの得意だから」

 さっき怒った原因の一つは シーツの洗濯でもあったけれど、忘れてる^^

 重度の物忘れは こういう時 逆に便利。

 靴下など簡単な物を母にさりげなく渡す。

 干し終えて『手伝ってくれたから、早く終わった。ありがとうね』と書く。

「手伝うも何も ゆうこが全部やってくれたんだがね~」と笑顔。

『シーツも 上手に干したね。さすがお母さん!』

「そんなの年の功だわ」と言いながら、満更でもない顔。

 ふぅ…。

 お陰で この日も笑顔で別れる事ができました。

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2014年5月 5日 (月)

もうすぐ4歳♪

 ここちゃんの4歳の誕生日が近付いてきました。

 今日は 我が家でちょっと早い誕生会♪

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 2年前、初めて私とデニーズで会った時のアルバムを出して見ながら、夫や私が覗くと

「はずかしいから みないでーーー」と隠す。

 ちょっと前までは、私の加工した写真を指して「ここちゃん、うさちゃんになっちゃったーーー」と嬉しそうに笑っていたのに、羞恥心が育ってきたのね。

 アルバムに満載の『面白い顔芸』も 「はずかしいのー」と見せてくれない。

 もちろん 目の前でリクエストしても「わすれたー」と、やってくれない。

 順調に成長してる証拠ね。 でも生で見たいよ~。

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 プレゼントのレストランごっこの玩具で遊びます。

 ウエイトレスさんをする時は 顔が真剣。

「なにをたべますか?」と注文をとりにきてくれます。

 3つくらい注文しても ちゃんと覚えてます。

 トレイの持ち方がいちょまえ^^

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 ぺこちゃん…きゃわわわわ~~~♥ これ無意識^^

 上唇が三角にとんがるのは、だんだん丸みを帯びてきました。

 あれは赤ちゃん特有なのね。

 お誕生日ケーキのろうそくも

「ここちゃんがたてるー」と。

 ケーキについていた短い4本をびっしり並べた。

 これに火をつけたら、けっこう燃えるぞ。

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 そしてうちにあった(多分、クリスマスケーキ用)長いのも出したら 上手に挿し始めた。

 どうやら ここちゃん54歳(笑)

 3回吹いて全部消しました。

 去年はなかなか消せなかったのよね。

 そして ここちゃんお気に入りの『和室で体操』の時間♪

 うさぎのぬいぐるみ(ぴょんこちゃん)を抱っこして 一緒にぴょんぴょん♪

 

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 可愛いかたまり。

 そして毎度のことながら

「ここちゃん かえりに ぶらんこで あそびたい」

 GWの天気予報は、5日が近付くにつれて 曇りから雨に。

 見事に朝から雨。

 でも、ここちゃん奇跡の晴れ女。

 天気予報が雨模様でも、家まで上がってくる前か、帰る時 かならずどちらかで遊べた。

 雨上がりの公園の遊具をタオルで拭いて遊んだ事も1回じゃない。

 今日もそれに期待!

 一時 空が明るくなったので「帰りに遊べるかも」と言ってたんだけど、3時には再び本降りに。

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 諦めきれないので、遊具拭き用のタオルを持って出発。

 …でも水たまりだらけの公園を見て納得。

「また 今度来た時 遊ぼうね」

「はい」

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 雨の中 帰って行きました。

 ここちゃん、幼稚園の第一週目は バス内で元気に挨拶をし、一つ上のお友達もでき(休み時間に砂場で待ち合わせて遊ぶんだって)幼稚園ライフ満喫絶好調だったの。

 でも 毎朝、後から乗ってくるお友達に「○○ちゃんおはよー」と元気に挨拶するのを「ここちゃん うるさーい」と言うお友達が現れて一転。(きっとヤキモチよね…)

 幼稚園から帰ってくると ぽろぽろ泣くようになったんだそう…。

 幼稚園では、先生や他の子どもの親御さんから「泣いてる子の面倒をよく見てくれる」「ここちゃんが声をかけてくれるから嫌がらずに行ける」と感謝されてるらしい。

 でも本人はすっごく気を遣って我慢してたんでしょうね。

 カッカが全力で受け止めて抱きしめてあげてるから 登園拒否にはならないみたいだけど、葛藤してるんだろうなぁ。

 そういう報告を聞いているから、今日のここちゃんの表情が気になった。

 ちょっと食欲が無かったかなぁ…。

 でも笑うといつものここちゃん♪

 可愛いおしゃべりや所作に こちらは笑いっぱなし。

 …でも これも一生懸命頑張ってたのかなぁ…と また思う。

「きょうは ゆうこさんのとこへいって あしたは まだあかいひ?」と聞くんだって。

 ずっと赤い日だといいな…と思ってるんだろうなぁ。 いじらしいよ…。

 今日は「家族」という言葉を ここちゃんの口から何度も聞きました。

 どんどん色んな言葉を覚えていくんだね。

 また幼稚園絶好調になってくれるといいな。

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2014年5月 2日 (金)

誕生日お祝するでしょう!

 ケーキ屋さんへ寄ったら、若いパパ(…と おぼしき人)が すでにデコレーションケーキを注文中。

男性「今日の夕方までにできますか?」

店員さん「はい、大丈夫です」

「じゃあ、夕方取りに来ます」

「お名前は何と入れますか?」

「あ、サキで…」

「ちゃん つけますね」

「…あ、…あぁ…」 つけちゃいけないのか? はっきりせい!

 (おばちゃん心のつぶやき。普段は呼び捨てにしてたとしても、こういう時は つけるもんでしょうが)

「年齢のろうそくは何本にしますか?」

「…にじゅう…いっぽん」

 !!!

 店員さんも同じような衝撃をうけた模様。

「…あ、では大きいの2本と 小さいの1本にしますね」

 あらぁ~そうだったのねぇ~。

 娘さんのじゃなくて、彼女さんの誕生日祝いだったんだ。

 そりゃ、照れくさくて声も小さくなるわ。

 店員さんも ちょっと慌ててたわよ。

 …それにしても店員さんも私も なぜ『若いパパ』と思いこんだんだろうね。

 特別 おっさんくさかったわけじゃないのに。

 

 ただ!! お兄ちゃんに一言言いたい。

 あなたの車、頭から入れてるのに、スペースを大きくはみ出してたぞ!

 お陰で、ただでさえ車庫入れ下手くそな私が、狭いスペースにお尻から入れるのに苦労したわ~!

 

 でもまあ、夜はサキちゃんの21歳のお誕生日を二人でお祝したことでしょう♪

 末永くお幸せに☆

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