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2014年6月

2014年6月30日 (月)

さよなら 室蘭

ゆうべ消灯してから「寝たら朝になって帰るんだな…」と思ったら 寝るのが惜しくて、また明かりを点け、窓から外を眺め。
二日間、霧の夜だったので、初日以来の夜の景色…これも見納め。
夜更かしすると 翌日の体力が心配だから頑張って寝たけど、何度も目覚め、その度に外を眺め…モーニングコールで飛び起きた。
まるで当てつけのような晴れ。
バスに乗り遅れたら、飛行機にも乗りそびれるので早めに出る。
もう一度、練習場へ行きたいような衝動…帰りの体力温存の為、そんな事はしないけど。
バスの窓から景色を眺める。
往路は途中から霧だったので、快晴の北の大地を味わう。
不覚にも涙。
白波が寄せ、光る海が見えて涙。
乗って来た幼児を見て ここちゃんに会いたくなって涙。
道を歩くおばあさんを見て『母の方がずっと若々しいのに』と思って涙。
6回以上泣いた。
リチャード・ギアが乗ってたら オランジーナを貰えたとこだわ。

千歳空港も、到着した時とは違う顔。
ここまで来ると『ちゃんと飛行機に乗らなきゃ』の意識が勝って泣かなくなった(苦笑)

飛行機が離陸したら、やっぱり涙。
そして少しずつ、現実の世界に近づいていく。
名古屋は蒸し暑いだろな…母はどうしてるかな…私が北海道へ行ってるとも知らず…洗濯物が溜まってるだろな…明日から頑張らなきゃな…。

『寿人を見に室蘭まで来るなんて、私、イタイおばちゃんだな』と 自分が馬鹿に思えたりもしたけど…やっぱり また行きたい。

セントレアから私鉄に。まだ半分 夢の中。
馴染みの駅でJRに乗り換えて ようやく日常に戻った。
でも切符は降車駅を間違えて買った(タクシーに乗るには家の最寄り駅では近すぎるので、一つ前で下りるのに、最寄り駅を購入)
JRに乗ったら もう頭は「帰ったら、あれをして、次にこれをして、夕飯は…」と主婦モードに。
今 無事に帰宅しました!
なんと 夫は洗濯をしてくれてました。おまけに ワイシャツのアイロンかけまで…。
頭が上がりません(大汗)…と、長期入院する度に思うけど 3日くらいで忘れます。

まずは旅行中に着たものを洗濯機にかけました!

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2014年6月29日 (日)

室蘭 最終日

その前に…
【救急外来に行く】
夕べ、8時くらいから お腹がしくしく痛み出した。
お腹を冷やさないようにしてブログの投稿を終えた頃には痛みが本格的に。
痛むのは、半年前の腸閉塞の時より上部。胃だと思った。
PL顆粒も、ロキソニンも、抗アレルギー薬も目薬も喉スプレーも持って来たけど、腹痛の薬は無い。
『寝てしまえ!』と9時前に消灯。
横になっても痛い。脂汗が出てくる。背中まで痛くなってきたら『心筋梗塞かも!』と思えちゃった…。
フロントには胃痛の薬が無く、正露丸のみ。
正露丸が効く痛みとは違うのよね…。
仕方なく毎朝のむ薬の中から、別包の胃薬をのむ。
救急車を呼ぶ事になるかも。
緊急手術したら入院だ。
…緊急搬送に備えて、出しっぱなしの化粧道具や服や小物を片付ける。
10時になった…夜中になるより早い方がいいと決断。
フロントに『近くの病院』を尋ねたら 車で10分くらいの『市立病院』を教えてくれた。
こちらでは『市立病院』と言うのね、と 変な所に微笑みながら、近くに公立病院があるのを知ってホッとする。
タクシーを呼んで貰って病院へ。大きな綺麗な病院を見て、更にホッとする。
地元では数回お世話になってる時間外診察。
受け付けでは「県外から旅行できてます」と。
広島へ行く時も健康保険証を持って行くのに なぜ今回に限って持ってないのよー。
免許証は あえて置いてきた。
身元を証明できる身障手帳はポーチに入れてスーツケースにしまって来ちゃった〜泣。
言の葉広場の名刺で許してもらう。(自費払いだけどね)
入口の管理室の男性も若い看護師さんも夜勤の若いドクターもベテラン看護師さんも、みんな優しかった(泣)
私 お世話になってるK市民病院を『看護師さん達が丁寧で親切で、すごく良い病院。日本一』と誇りに思ってたけど、同率一位。
病院に着くと安心して少し楽になるのはいつもの事。
  聴診器や触診で腸閉塞の心配は無いと言われても「心筋梗塞は大丈夫ですか」と 訴える。
「では念のために」と心電図とレントゲン。
レントゲンには ぐにゃりと曲がった背骨と両股の人工関節の一部が写る。
ドクターが「SLEとの事、たくさんご苦労されてきたんですね」と。
「はい〜」褒められたわけじゃないのに、ちょっと嬉しい。
さっきのんだ薬が効いたのか 安心したのか 痛みは かなり薄らいできた。
「でも何か薬をください。私、よく効くので」と懇願し、ビオフェルミンを貰う。
帰りのタクシーの運転手さんは、この付近の有名な食べ物屋さんを教えてくれた。
ホテルでは、タクシーの明かりを見て、フロントの人が出て来てくれる。
みんな、みんな優しくて親切だ〜涙。
ソイジョイをかじってビオフェルミンをのんで…案の定、よく効いて(笑)眠りに落ちた。

こうして今日は無事に トレーニングマッチを見ることができたのでした。
前置き長くてごめんね。

コンサドーレ札幌のファン、サポーターも続々と集まる。
そうとは知らず、暢気に ゆっくり出かけたので 席とりの列に並ぶのが遅かった。
黒いユニフォームの審判も居て、トレーニングマッチって本格的なのね。
 真ん中よりゴール寄りで、ご夫婦がシートを敷いて座った後ろに折りたたみ椅子で座る。
これで後半、寿人がゴールしたら目の前で見られる。
ところが前半に それは来ちゃった。
私の左前には仕切りのロープの最前列に立ってる男性が三人。
他は最前列は皆さん椅子やシートに座ってたのに〜。
お陰でハーフラインより向こうは三人の体の隙間からしか見えない。
ゴールしたなぁ…流れからすると寿人っぽいなぁ…でもアナウンスも無いし、わかんないの。
側に居たサンフレ女子に聞く。
寿人らしい。
あーん、待ちに待った寿人ゴールをみそびれたー!
右前には、コンサドーレの下部組織(?)の子供達が大勢、赤と黒のトレーニングウエアを着てきちんと座ってる。
彼らが時折「すげー!なんだ今のパス!」「広島つえー」と叫ぶ。
後半、目の前に広島が攻めて来た時は 何故か彼らが「行けっ」「打てっ!」「おぉーっ!」私の何百倍もサッカーの分かる子達が夢中になってました。
広島勝利で終わる。
…今季 私の生観戦での寿人ゴール&勝利率は まだ100%を継続中☆

試合が終わると、ファンサービスのレーンに皆さん移動。
昨日までとは桁違いなので、私は遠巻きに見るだけ。
寿人が出てくると歓声が上がる。
「佐藤選手!サインしてください!」
「佐藤選手〜!お願いします!」「佐藤選手〜!」あちこちで必死な子供の呼びかけ。
「俺は諦めないぞ」と色紙を持って走る子供。
胸が熱くなるわ。
寿人は、丁寧に応じてた。
だから全然進めないのよ…。
全部終えるまで 私も付き合って そっと見ていようかと思ったけど 2メートルくらい進んで、反対側の人達の求めでまた少し戻ったのを見て 諦めた。
終わるのに、どれくらいかかったんだろう。

部屋に戻り、写真を撮ったり片付けたりして時間を潰してから寿人オススメの『カフェ英国館』へ。
実は初日にランチを食べに行ったら 選手達に遭遇してしまったの。
この時間帯なら、ホテルでランチだろうと思って行ったのに…汗。
だから、寿人推しのアイスオレとアップルパイを食べるのは、最終日、選手がホテルを発ってから…と考えたのでした。
逆算して4時過ぎれば大丈夫だろうと 4時半過ぎに 英国館の見える交差点に来たら、某テル前が賑やか。
きゃー!出発じゃーん。
こんなチャンスに遭遇してしまったら見ないで 店に入るわけにはいかない。
ホテル従業員さん達や ファン、サポーターの拍手に送られてバスが出るのを 反対側の角から そっと見送りました。

そして二度目の英国館へ。
本当は日曜休みなんだけど、強い要望に応えて開店してるんだって。
「お陰さまで、この十日間は、忙しくて有り難かったよ」とマスター。
寿人ブログの効果だね〜。
ママはセーターのあちこちにサインがしてありました。
お二人とおしゃべりしながら、アイスオレとアップルパイをいただく。
美味しいー♪   アイスオレは マスターが時間をかけて丁寧に注いで二層を作ってた。
居心地の良い温かな時間を過ごして「また機会があれば来てくださいね」と送られた。

ホテルまでの帰り道、ショートカットも発見した。
この4日間 何度通ったんだろう。
コンビニとホテルと練習場と英国館を繋ぐ道しか歩いてない。
明日は もうさよならなんだと思ったら 急に泣きたくなっちゃった。
ホテルの『大浴場と言う名のおっきなお風呂』も、独特の臭いがして いつのまにか好きになってた。
部屋のバスより断然気持ちいいもん。
到着した日は 明日からを楽しみに入浴したなぁ…もうサヨナラだ。
部屋で荷物を片付けると また寂しくなる。
室蘭まで寿人を見に来るなんて『イタイおばちゃん』だなぁ…と 自己嫌悪にも陥ったのに また来たいと思っちゃった。
来られて良かったな…と思ったら ふぇーんと泣けた。
母が寂しい想いをしてるのに…夫に不自由させて…来させてくれてありがとうと思って、また泣く。
昨日までは『日曜の夜は、なにもかも終わって、選手達も居なくなって、祭のあとに取り残されたみたいな虚しい気分になるだろな』と思ってたのに。
霧雨と風で、爽やかな北海道を満喫できなかったのに。
ここが大好きになってた。

入院しても、退院が近づくと寂しくなる私だから、いつもの単なるおセンチタイムだろうけど。
明日は現実の世界に帰ります。

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2014年6月28日 (土)

室蘭三日目

室蘭三日目

室蘭三日目
もう三日目なのね…。

朝から霧雨。これじゃあ『爽やかな6月の北海道を味わう』じゃないわ〜。

水玉レインポンチョのフードを被り紐を縛る…。だっさー。

昨日は、練習する寿人の位置によって 私も移動したけど、今日は傘もさしてるから もう動かない。
目の前ではGKの練習。
至近距離で見るのは初めて。
シモさんが声をかけながらボールを蹴り、3人のGKが交代で受ける。
真剣で無駄がなく、感動的でさえある。
ピッチ上には、選手の他にトレーニングスタッフ(通訳さんも居たな)が あちこちに立ってて 声をかけたり、道具の準備と片付けを素早くこなす。
あっち側でトレーニングしてるなぁと見てたら、いつのまにかこっち側にポールが並べられてる。
ポールを使ったトレーニングが終わると、あっという間に片付けられる。
選手達が水分補給した後は すぐに空ボトルを仕分けて補充。
選手は一秒も無駄にする事なく、次のトレーニングに移る。
あらためてプロってすごいなーと思う。
ミニゲームでは、目の前のゴールに 直くん→寿人が叩き込む。
思わず拍手!
今日は練習場に向かう道すがら、クローバーにも色んな種類があるなぁ〜と見てて四つ葉を見つけたの。
寿人ゴールが見られて幸せ☆
帰りに午後の練習が無くなったのを知る。
あ〜ぁ、私が見られたのは たった3回よ。

ファンサービスは、今日も寿人待ちの人が多い。(色んな選手のサインを貰うつもりだけど佐藤寿人は絶対に外せない的な)
子供の肩を抱いて写真を撮られたり、わんちゃんを抱っこして撮られたり。
ファンサービスの列の後ろは温水プール。
窓の内側の水着の人達が外の行列に気づいて窓際に集まってくる。
その人達にも手を振る寿人。
明日のトレーニングマッチは コンサドーレのファン、サポーターも来るから 人が多くて 私は近づけないだろうな。

ホテルへの帰り道 四つ葉が無いかなぁ〜、もし見つけたら、明日、寿人がゴールする!と願掛けしながら 軽く見ながら歩いてたら…あった!
やっほーい♪

ぽっかり空いた午後の時間。
部屋で 四つ葉のクローバーの写真を撮りまくった。
部屋が広いので 窓辺やテーブルの上や 色んなアングルで撮影できて夢中になっちゃった。
ここに載せたのは携帯での撮影ね。

せっかく室蘭まで来たんだから、ここならではの景色を撮りたいと思い、4時頃からホテルの近所を歩いた。
地図で見た臨海公園は いい感じなんだけど、だあれも居なくて、奥まで入るのは怖い。
道路から見える範囲で撮影しながら 四つ葉も探す。
大安売り状態でした。
必死で探すわけじゃない。しゃがめないから、歩きながら見える範囲で3本見つけた。
合計5本…寿人ゴールあるかなぁ☆

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2014年6月27日 (金)

室蘭キャンプ 二日目

 二日目と言っても、実質初日。
 折りたたみ椅子とカメラと飲み物だけなのに、やたら重い手提げ袋を持って、曇り空の下、練習場へ向かう。
 家で何度も地図を見て来たのに、実際の道はよく解らないわねぇ。
陸上競技場と思い込んでて、近くまで行ったけど人影がない。
Jさんのアドバイスに、やたら『温水プール』が出てきたのを思い出して、それを目指して運動場に到着できました〓
『温水プール』の情報が無ければ、陸上競技場で独りぽっちで途方に暮れるとこでした…。
『練習場へ上がる階段にも注意』と。
手摺りの無い階段!
見栄をはって杖無しで行ったから、荷物を支えにして二足一段で横向き上がり…悲しい。
北海道の透明な空気を味わうつもりが曇り空で寒い。
紫外線対策の帽子もアームカバーもストールも 防寒具になりました。
おまけに蚊が纏わり付く。
こんな所で、またお岩さんになったら困るから、必死で振り払う。
手の指の股を刺されただけで済みました。
 エディオンスタジアムの練習しか見た事がない私には、目の前で動き、声も聞こえる新鮮な驚きの時間になりました。
老眼鏡とサングラスをかけかえながら、裸眼じゃなきゃ見えないこともあり、何度も寿人じゃない人を撮ってましたが…。

居残りシュート練習では、保育園のお豆さん達が、先生に連れられてフェンスに張り付き「おにいちゃんたち、じょうず〜」「うわぁ〜」と。
外れたシュートがフェンスに当たると可愛い悲鳴をあげてました。
 シュートが決まると、またまた可愛い歓声が上がり、寿人が両手をあげて応えてた。
子供には超優しい寿人くん♪
 しばらくして、小学生の集団がフェンスに群がり「マッスーマッスー」(と、呼んでるように聞こえたけど違うと思う)と。
それに応えて、ユウタロウ君(増田君だったかなぁ)と寿人が近づいて 何か言ったか 握手したか…「わあーっ!」「いぇーーい!」と大騒ぎしながら 蜘蛛の子を散らすように走り去る子供達。
数分後、さっきの子達に聞いたのか、また小学生軍団が来て「選手ー、握手してくださーい」を連呼。
すでに選手達は対角線上の反対側に引き上げた後でしたが、子供達の素直な呼びかけは可愛いかった。
居残りシュート練習では、寿人が、ちょーんドガッと打ったボールがネットに刺さり、ユウタロウが「うおー!」と叫んで大の字になるシーンも。
でも、ヒサ婆が『ユウタロウ…空気読んで、そこは気持ちよくさせてよ』と思うことも…。

午後の練習は4時からに変更と、またまたJさんからお知らせ。
ネットに繋ぐのは、外出中に試合経過を見る時だけ…のガラケーの私は、こういうネット情報に疎い。
お陰で、ゆっくり出かける。
北海道の空気を堪能するはずが…霧雨と突風。
午前中の反省から ちゃんと杖を持ち、体型カバーの為に腰に巻くつもりのカーディガンを着て行った。
それでも寒い! 他の見学者はブランケットで体を包み、厚手の上着を着てる。
さぶいよ…。
敷地内のプール帰りの親子が何組か見学。
兄「すげー」
妹「んげー」
「がんばれー!」
「あれー」

選手達の髪も汗と霧雨で濡れてる。
怪我しないかと心配になるくらいの激しいミニゲーム。
楽しーい! でも さぶーい!

練習後のファンサービスの行列も、午前中の3倍くらい。
丁寧に応じる選手達。
青ちゃんが お留守の今は、純朴そうな道産子男子高校生に 寿人大人気。
「頑張ってください」の声に「ありがとうございます!」と答えてました。

私は、ずっと座ってたのに、帰る時は、左の膝が痛く、右はつりそうで、杖を頼りに えっちらおっちら…。

またも部屋のバスじゃなく おっきめのお風呂に入ってきました。
のんびりできてます。
ある意味、贅沢な一人旅だよね。
テレビの天気予報では、明日も晴れないみたい。
紫外線が駄目な私には晴天は しんどい。 でも曇りでも紫外線はかなり強く、どちらから射してるか分からないから防ぐのも怪しくなるので、かえって危険かも。
上着を買うお店も近所にはなさそうなので、明日はレインポンチョ(ちゃんとした水玉模様のオシャレなやつ)を着るしか無いわ。

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2014年6月26日 (木)

一人旅…IN 北海道

一人で北海道に来ています。
『なんで一人なの?』 だよね。

 ちょっとばかり恥ずかしいような目的がありまして…。

2014年Jリーグ開幕戦の前日練習で会ったJさんが『オフィシャルツアーの宮崎キャンプじゃないキャンプを見学して楽しかった』と話してくれた。
『去年の室蘭キャンプも行った』と。

『寿人不調』と 勝手に思ってる私は、これまた自分勝手に「心配だから、室蘭キャンプで寿人を見たいなぁ」と思ってしまった。それが5月初め。
5月から夏季は苦手な季節なので、広島へ観戦に行く事さえ控えてるのに『室蘭キャンプ行ってみたいなぁ〜』って。
北海道の6月は気持ちいいらしいし。
この時は まだ淡い夢。
まずは 小春ちゃんを誘ってみた。
彼女が行くと言ったら 本気でその気になれる。
…小春ちゃんの返事を待つ間に Jさんから『室蘭情報』を得ようと、友達伝いに連絡先を聞いた。
そしてJさんから『去年は、練習場から徒歩5分のホテルに泊まった』と聞いた瞬間に『行ってみたいな…』が『行くー!』に。
だってタクシー移動しか考えて無かったもん。
徒歩5分なら、一日2回通えるじゃん♪
そこからは速かった。
母のホーム入所がどうなるか…とか、自分の体調不安なんて吹っ飛んでしまい、その日のうちに飛行機とホテルを予約。
母の入所の準備で心と体が疲弊する中で『今、頑張ったら、ご褒美があるんだ』と 一筋の光になった。

そして今日なのです。

 準備中も、先に室蘭へ行ってるJさんから貴重な情報が届き『6月の北海道』への期待もふくらんだ。
寿人を見るよりも『北海道の清々しい空気に抱かれて命の洗濯をしよう♪』と、おばちゃんらしい目的も大きくなってきた。

飛行機に乗るのは、結婚数年後 夫と九州へ行ったのが最後だから27〜8年ぶり。
中部国際空港は初めて。
飛行機は靴を脱がなくていい…くらいは解るけど どうやって乗るのか、乗るまでにどれくらい時間がかかるのか、機内で飲食できるのか、何もかもが不安。

日本語が通じるんだから何とかなるでしょう。
今なら杖無しでも少しは歩けるし。(逆に今しかないかも)

空港では予想通りボディチェックで ピーピー鳴りまくり。
「人工股関節です」と説明したら、女性が「触らせていただきますね」
反対側もピーピー。
「こっちも人工関節と長いプレートが…」
足は先の方まで鳴りました。
おまけに『甲の隠れる靴』だったので それも脱がされ、仮の杖を渡され(苦笑)
真面目なちっこいおばちゃん、絶対怪しくないのにチェックに時間かかりました〜(笑)

朝、目覚めた時に頭痛がして『今日は迷わずにPL顆粒にするけど、今飲んだら足元がふらついて転びそうで怖いな…』と思った。
なのに、仕度しながら無意識に服用しちゃった。
案の定、JRに乗った頃から眠気が…。
シートに頭が吸い付くように眠い。
でも久しぶりの飛行機だから余裕を持って飛行場に着きたいの。よって寝過ごすわけにはいかない!
目を見開き、電車を乗り継いで、やっと空港へ。
眠さは さらに増し、膝がカクンとなりそう。
こんな所で転んだら終わり。
フロアを踏み締めて歩きましたわよ。
ちゃんと飛行機にも乗れて、離陸する時は『飛行機ってすごいな。こんな重いものが、ギューンとスピード上げたかと思うと空に浮くんだもん』と小学生並の不思議を感じ、続いて『パイロットを目指して航空大学に行ってるのりちゃんの次男君が いつの日が これを操縦するんだなぁ〜』と思ったら胸がいっぱいになって……寝た。
飲み物サービスの時だけ起きました。(こんなのあるんだ〜)
ついでにキャンディサービスの時は寝るの優先でお断りしました。
目覚めた時に 下の景色を見ると『日本地図をもっと勉強しておくんだったなぁ』と後悔するくらい、特徴のある海岸線や山が目に入る。
でも どこの上を飛んでるのかサッパリ。
地図が頭に入ってたら、上空からの眺めも 更に楽しいだろね。
着陸直前には、広い大地がパッチワークみたいになってる景色にうっとり。
機体の旋回で地面がガーッと近づいて小さな窓におでこを押し付けて見ました☆
 空港を出たら、日差しは眩しいんだけど、きりりと空気が冷たい。
あぁ…これだけでも来た甲斐があったわ。

Jさんから『午後練習が無くなったみたいよ』とメール。
どのみち私が室蘭に着くのは、午後練が終わる頃だから、諦めがついて良かった。
バスは偶然、選手の泊まるホテルの前で停車してた。
誰か出て来ないかなぁ〜と期待したけど 誰も来ないまま発車。
寿人オススメのカフェも見えた。
場所が分かったから無駄歩きしなくて済むわ。
ただ、バス停からホテルまでが、私には長かった〜。
ほんとに脚力がない…。
折りたたみ椅子を入れる為に買った前より大きなキャリーバッグを転がしながら歩いたからかな。
靴も『歩き易さ』を最優先に決めたのにな。
ホテルを目前にダラダラださださ歩きしかできなくなってた。
寒いくらい冷たい夕方の空気も素敵。
ホテルの近くの植え込みにあざみがたくさん咲いてた。
少し霧のかかる夕陽の中で揺れるあざみを撮りたかったけど、チェックインしてからカメラを持って出て来る力がない。

部屋風呂もあるけど、大浴場という名の『おっきなお風呂』を独り占めしてきた。
あ〜幸せ。

何しに来たんだっけ?

今夜は早寝して、明日は本来の目的の練習見学に行って来ま〜す。(行けますように…私には徒歩5分じゃなさそう)

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2014年6月25日 (水)

やっと行けた「夢コンサート」

 私にはイワクつきの「同窓会コンサート」 やっと行けました。

 いつものように実家と母のホームへ行き「道が混む前に そろそろ帰った方がいいよ」と促され 素直に帰って来ました^^

 今回の「同窓会コンサート」の出演者は 秀樹がメインっぽい。(広告は一番大きい写真だし、スペシャルゲストって書いてある)

 正直なところ、秀樹には あまり関心が無かった。

 ところが…幕が開いて驚いた。

 これから観る人の為に詳細は書かないけれど、病気の後遺症と闘っている姿だった。

 でも歌は上手いの!

 秀樹の歌って、こんなに素敵だったかしらって思うくらいに。

 終わってみたら、かなり秀樹が好きになってました。

 私の目的は、あいざき進也。

 前から2列目の真ん中だったので、こんなのも作って張り切って行きました。

Img_5194
 そしたらね…本物の筋がね入りのファンは大勢いたわ。

 こんなにわか作りじゃなくて、キラキラの立体の蛍光塗料のうちわがいっぱい。

 ペンライトも会場で売られてるのとは別の自前のをお持ちの『昔の乙女たち』が 前の方にびっしり。

 概ね秀樹ファン。

 うちわを確認して、進也ファンも発見。

 開演前の彼女達のおしゃべりを聞いてると『おばちゃん…』と思ったのに、コンサート中の黄色い声は『女子』だった。

 慣れてるのねぇ。

 進也は…顔が『虫』みたいだった。

 でもスタイルは変わらず、歌も踊りもいい。

 当時は歌が上手いとは思って無かったけど やっぱり上手いわ。

 ちょっとした振付を進也がすると やっぱり素敵なのよねぇ~。

 うちわを胸の前に立てて見つめた(凝視)けれど、一度も目は合いませんでした…とほほ。

 ステージの照明が届く席なので、うちわは見えるはずなんだけどなぁ。

 他の歌手は、けっこう客席のアクションに応えてたのに…。

 こんなミーハー気分で行ったのに、期待以上の感動があった。

 尾藤イサオさんの歌がすごかった! 迫力があって楽しくて。

 魅力的な人だと あらためて思った。

 加橋かつみさんが、ギターを弾いて歌った「花の首飾り」では、私はなぜか泣いてしまった。

 あの曲が流行ったのは、小学4年生くらいだと思う。

 その年、転校もしたし、おそらく思春期の入り口だったんじゃないかな。

 ブルーライト横浜・夜明けのスキャット…当時 それを聴くと 頭か心に絵が浮かんでた。

 歌詞を理解できる今とは全然違う絵。

 「花の首飾り」は、ストーリー性があったから、当時の私にも物語の世界として理解できてたはず。

 なんで泣けちゃったのかなぁ。

 何十年も前の自分…当時の母…それも浮かんだ。

 きっと 会場の皆も 色んな事を思い出してるだろうね。

 小川友子さんは、キュート! チャーミング!!

 超ミニのドレスを着て踊る姿がすっごく可愛かった!

 前の方の席は、舞台上の機材が邪魔で、歌手の全身が見えないの。

 小川友子さんが出た時は、皆が頭を動かして、機材の隙間から靴の先まで観ようとしてたわ。

 もちろん私も^^

 脚も綺麗で30代にしか見えない。

 どの歌も知らず知らず口ずさんでしまう。

 リリーズのハモリは健在だし、皆がコーラスすると ハイクオリティで迫力がある。

 気づくと音楽の海に浮かんでいるような、音符の粒子に包まれているような快感。

 幕間で「YMCA」の振付の練習を強制された。

 あぁ…これがあるのを忘れてたわ。

 でも 今の私は杖が無くても大丈夫だったんだ!

 飛び跳ねる事はできないけれど、手振りくらいは参加できる。

 YMCAが流行ってた頃は、これにも あまり興味が無かったので、振付の真似をした記憶も無い。

 それが…やりましたよ。

 秀樹の頑張りにつられて。

 隣の席に 一人で来た女性がいた。

 コンサート中の彼女の反応は私のそれに似ていて、なんとなく好感を持ってた。

 終わってから どちらからともなく「良かったですねぇ~」と会話が始まり、秀樹が期待以上に良かった・好きになった…で共感。

 すると彼女が「私 末期がんだったんですよ。だから余計に感動しちゃって」と。

 遺影まで準備する程悪かったのが 今はこれだけ元気なんです…って。

 とてもそんな風には見えない。 お肌もつやつやで笑顔の素敵な女性。

 で、私も負けずに(笑)「私は、膠原病と35年間 付き合ってるんですよ」

 すると彼女は「あ~やっぱりそうなんですね~。なんか違うなと思ってました」って。友達の娘さんが膠原病で亡くなってるので「大変な病気ですよね。でも 全然 そんな風に見えませんね」と。

 お互いに「全身麻酔5回」「ここと ここと ここに傷」と 病気自慢をし合った。

 出口までの短い時間に「私は秀樹よりも五郎派だったの」

「私は御三家よりも マイナーなあいざき進也」

「可愛かったですよね。伊丹さちよ(字忘れた)とか 荒川務とか」

「そうそう~~!!」

 「さっき、あべ静江さんが『来年も私達が来たら、皆さん 来てくださいますか?』って言ったでしょう」

 「ええ、来年も来ましょうね!」 

 「そうね!また元気で会いましょうね!」

 名前も告げずに握手をして笑顔で別れた。

 来年も会えたら素敵だね。

 あぁ…幸せな時間でした。 

 来年 秀樹がもっと元気になってたら それも素敵だな。

 進也も ♪ミスターD~J~って歌って踊ってほしいな。(今回は気になる17歳でした)

 夢グループさん、またよろしくお願いしますね。

 

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2014年6月23日 (月)

母と花

 先週、母のホームへ行った時、2階の広いリビングのテーブルの一つに、薄紫色の綺麗な花が飾ってあった。

 グラジオラスみたいだけど、こんな色は見たことがない。

 ケアマネのIさんに尋ねると…

「グラジオラスです。庭の花壇に春に球根を植えたんだけど、母桃さんが見つけてくれなければ、職員は咲いてる事さえ気づきませんでした」と。

 母に聞いてみると

「する事が無いから、毎日 窓から外を見てるんだけど、花壇の花を見てたら、これがどんどん伸びて、花の重さで茎が折れそうになってたから職員さんに言ったの」

 職員さんと一緒に切りに行き、戻ってきたら、もう花に集中してしまって、誰の言葉も耳に入らなかったとIさん談。

 夢中で花を触ってたんだね。

 Iさんと私の会話は 母には届かないので、母は母で 喋り出す。

「ここに花が置いてあるだけで 嬉しくなるの」

「ここを通る度に、綺麗だねぇ~って思うの」

「あのまま茎が折れたらもったいないでしょう」

 Iさんが「母桃さんは、本当に花がお好きなんですね」

 昨年末からの『花盗人事件』を話す。

「私達も、普段 見過ごしてる花を こうして楽しませて貰えて心が豊かになります」と Iさん。

 母一人の2階フロアなら、当分は こうしてテーブルに生花を飾る事も可能ね。

 入所の時、私は 行く度に一輪ざし用の生花を買って行こうと思った。

 でも 部屋に置いても 母はもう水替えはできないなぁ…と思い至り、造花のアレンジフラワーを買った。

 他の入所者さんが来るまでは、リビングに生花を飾ってもいいなぁ。

 お洒落なタンスも入って、母の部屋は どんどん素敵になった。

 …でも 母にとっては「ちょっと泊まってる」だけ。

 

 窓の下の花壇を見て心を躍らせてるのは いじらしくて可愛い。

 花が好きでよかった…。

 ここでは花盗人の仕事はできないしね。

 

 薄紫のグラジオラスは、2本とも 母の要請で切ってしまったので、花壇に咲いてるのは 赤いグラジオラス2本と マリーゴールドがいっぱい。

 マリーゴールドには あまり興味が無いのかな。

 あれも切って 小さな花瓶にびっしり生けたら可愛いんだけど。

 少し前に実家で 私の子ども時代の写真を見つけて、2枚だけ手帳に挟んでいたのを思い出して、母とIさんに見せたら 話がまた弾んだ。

「母桃さんに初めてお会いした時は、もう『おばあさん』だったけど、この写真の母桃さんは、やっぱりお若いですね。 弟さんは 昭和の顔だけれど、ゆうこさんは違いますね~」

 おばあさんの件だけは、省いて 後は母にノートテイクした。

 洋裁も和裁も心得のある母が、私の着ているものは 全部 縫った事を自慢する。

 今度はアルバムを持って行こう。

 もちろん全部白黒写真で、ワカメちゃんカットの昭和な私も いっぱいいるから♪

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2014年6月21日 (土)

天使からのメッセージ

 昨日は母のホームへ タイ焼きとみたらしを買って行った。

 2階の大型テレビを独り占めで見ていた母は 私を見ても またもぽかん。

「お母さん」と声をかけながら満面の笑みを浮かべて近寄っても ぽかん。

 手をとった途端「ゆうこ?」と言って 泣き顔で笑う。

 ん~~~これは私が判別できなくなりかけてるって事かな。

 でも職員さんの話では 毎日私の話をしてるって。

 職員さんのノートテイクの用紙を見ても「ゆうこさんは もうすぐ来てくれると電話がありました」「ゆうこさんは、仕事で遅くなるそうです」と ゆうこさん 毎日登場してる。

 昼食を終えたばかりだったのに、タイ焼きとみたらしを母は嬉しそうに全部食べた。

 ケアマネのIさんを交えて3人でおしゃべり。

 半分作り話も交じる母の話に二人で頷く。

 この日搬送されるタンスについては『お母さんはモデル住人だから、○○の泉で貸してくれる。見学に来た人が 素敵な生活だなって思ってくれるように』と 職員さん達と話を合わせた。

 私が家からあれこれ運び込むと「こんなに色々持って来ないで。すぐに帰るんだから」とか「これはもう家に帰って来るなって事?」って言うから。

 ごめんね…結局そういう事なんだよ。

 この日も 母は健気に「ゆうこ そろそろ帰らないと 道が混むよ。遠いところから わざわざ来てくれてありがとうね」と泣き顔で笑って送り出してくれたけれど、帰り際に「お母さん 早くここから出たいから。弟桃は まだ帰って来ないの?(出張研修に行ってると思っている)お母さん、別に一人でも大丈夫なんだから」と。 

 足取り軽く…とはならなかった。

 母が こんなに帰りたい家に帰れる日があるとしたら…それは亡くなってなのかな。

 その前に、認知障碍が酷くなって、帰宅願望も無くなった頃なのかな。

 そんな想いもよぎる夜、我が家に天使からメッセージが届きました。

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 カッカは、ここちゃんのたくさんの玩具を定期的に入れ替え作業をします。

 大きな箱に 最近使ってた玩具をしまい、その代わり、しばらく保管しておいた玩具を出すんです。

 こうしてここちゃんランドは 程良い充実ぶりを継続しています。

 今回の入れ替え作業で「作業台」を作ったそう。

 ここちゃんは それがいたくお気に入りで(ここちゃんは 誰かがくれた物には 絶対に食いついてくれる)幼稚園から帰ると作業台で工作やお絵描きや字の練習をしてるんだって。

「書ける文字も増え、絵もすごく上達しました」とカッカが言ってたけど、その集大成がハガキで届きました♪

 カッカの説明書きによると、左がだんなさんで 右がゆうこさん。

 色塗りは、まだ雑だそう。 これだけ塗れていれば合格でしょ~☆

 目も眉毛も鼻も口も頬も ぜんぶ的確な位置に配置されてて、その上、めちゃくちゃ可愛いよねぇ~~~♪

 前に描いてくれたうさぎさんも 口が笑ってたなぁ。

 唇をきゅっと結んで真剣な顔で描いてる姿を想像してきゅん。

「だいすき」の文字にも きゅん。

 そして私の頭に カイワレが1本 生えているのが とってもいい☆

Img_5164 

 こうして ここちゃん画伯に癒されて ゆうべは眠りにつきました。

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2014年6月19日 (木)

お茶くらべ

 昨日は、Oちゃんとランチ。

 お岩さんからは復活したけれど、目の周りや頬が赤黒くなってて、お化粧をする気になれない。

 よって口紅だけさして 待ち合わせの「アイツ寿司」へ。

 ちなみに、アイツは ここ数回 居ないので、おそらく辞めたと思われます。

 寿司ランチの後は、いつものように私の家へ。

 Oちゃんは 私の家のお茶をいつも喜んで飲んでくれる。

 春先には、広島の小春ちゃんから すごく美味しいお茶っ葉を貰って、もったいぶって淹れて Oちゃんを感動させた。

 そしたら、今度はOちゃんからお茶の葉のセットを貰ったの。

 その中の一つの新茶は貰ってすぐに開封して楽しんでいただいてた。

 高級茶らしく少量パックなんだけど、意外に長持ちして、まだ少し残ってた。

 そこで、贈り主のOちゃんにもご馳走!

 そして、次に、別のパックを開封して飲み比べるという贅沢をしたのでした。

 まず、最初の新茶「トロリなんとか…」って書いてあった。

 私は 贅沢おやつの時に 淹れて飲んでるので、いつもの「美味しいお茶」だけど、Oちゃんには初めてのお茶。

 一煎ずつ飲んだら、継ぎ足さず、ガラスポットに全部注いで、茶がらを捨てる。

 そして、もう一つの新茶を淹れる。

 飲んで二人ともが「おぉ! 味が違う!!」

 どちらもトロリと美味しいんだけど、新しくおろした方が香ばしさがある。

 最初のは、さらっとしてた。

 どちらも甲乙つけがたい。

 これは 最初のも飲みきらずに、たまに交換して味わいたい。

 そして最後の一つも期待大☆

Image5761
 「Oちゃんのお茶 飲もうね」とメールしたので、それに合わせておまんじゅうを買って来てくれた。

 写真はこれだけだけど、結局 一人2つずつ。

 (Oちゃんが帰った後、続けざまに2個食べましたが…)

 いつもなら、甘い物の後は 塩味の物…そして甘いカフェオレと展開するんだけど、昨日はお茶を何杯も飲んで、二人ともお腹がいっぱいでした。

 ご丁寧に、Oちゃんは、あられも買って来てくれたんだけど、開封せずに済みました。

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2014年6月17日 (火)

お岩さんになった…

 13日(金)の夜中、正確には14日(土)の午前3時頃、ぷーんという音で目が覚めた。

Face1_2右こめかみあたりが痒くて触ったら、膨らんでいる。

蚊に刺されたらしい。

電子蚊取り線香を点けて、液体ム○を塗って寝た。

(ここから先のイラスト すべて左右が逆でした…汗)

Face2

 ところが それから 左側のまぶたまでが痒くなり始めた。

 え~ 左も刺されてたのか~。最初に刺された方は大きくなってるし、左もかなり腫れてるよ。

 こっちも液体ム○を塗る。

 左側はお岩さんだなぁ。

 右側がこめかみで良かったわ…と その時は思った。

Face3_2
 痒いのと違和感とで、うとうとしては目覚める繰り返しで、本当は心行くまで寝たい土曜日の朝なのに、6時に起きてみると…。

 なんと!!

 両まぶたとも すごく腫れてる。

 もう私の顔じゃない!

 水で洗ってみたけど変化なし。

 蚊じゃなくて、変な虫だったかも。

 二十歳の夏にSLEを発症してたのを知らずに、軽井沢へテニスに行った帰り、ふくらはぎを虫にさされたのが とんでもなく腫れて、医者通いした事を思い出す。

 なんか あの時に似てるなぁ。

 14日(土)は、午前10時から、「言の葉ひろば」の広報委員で会報・夏号の編集をする事になっている。

 私がたたき台を作っているので、丸投げにはできない。

 ネットで近所の医者を調べて、9時の受け付け開始に合わせて家を出る。

 もちろんノーメイクでサングラス。

 そのまま編集会議にも行けるようにPCも積んで。

 医者はすぐ分かったけど、駐車場が満車。

 近所をさすらって、市役所の駐車場に止める。

 まさかこんな遠くに止める事になるとは思って無かったので日傘も無し。

 ちょっと泣きそうな気分で医者まで歩く。(小走りができない悲しさ)

 初めて行った医者は、なんと階段を上がらないと受付できない…うぅぅ。

 手摺を伝って上がると、待合室にはもう20人くらいの人が居る。

 とりあえず受付を済ませるも、10時には絶対に間に合わない。

 事情を話して一旦 出る事に。

 土曜日の診察は午後1時半までなので助かった。

 こうしてサングラスのまま ささえ愛センターへ。

 センターの職員さんにサングラスをしたまま「言の葉ひろばです」とオープンスペースの使用を許可してもらう。

 やがて、Aさん・Nさんが到着し

「私 こんな顔になっちゃってるんですぅ~」とサングラスをはずす。

 PCを見ながらの作業は 老眼鏡が必要なので、途中からはもう顔もオープン。

 そして12時には完成させて解散。

Face4_2

 その時点では腫れが下の方にまで下がって来てて、土偶のような顔に…。

 医者へ戻って、診察を受ける。

「アレルギーでしょう」との事。

 うん…私もそう思ってました。

 虫に刺された事が引き金になったんだろうって。

 でもすっごく大きな虫めがねみたいなので、私の右こめかみを見た先生は「虫の刺し痕が見当たらない」って。

 でも最初に膨らんで痒かった場所は まちがいなく右こめかみで、瞼とは離れてたんだってば~。

 5月から、母の入所の事で心を傷め、手続きや準備で苦手な紫外線の季節に奔走し、泣く事が続いたストレスだろうな。

 無事に入所を終えて、近頃は母も落ち着いた日が増えてきたので、私は気が緩んだんでしょう。

 変にテンションが高くなってて、ウインドショッピングなんかにも出掛けたりしてた。

 どう考えても体は悲鳴をあげてるよね。

 先生が「ステロイドの塗り薬を出します。服用してるステロイドも増やした方がいいと思いますが、内科との兼ね合いで、こちらで増やすのはやめておきます。ご自分で内科にかかってください」との事。 

 はいはい。

 ここはドクター花桃、自分で増やしますことよ。

 看護師さんに塗り薬を塗布してもらい帰宅して、プレドニンを2錠服用。(朝1錠服用したので、計3錠。これくらいなら、自己判断で許されるでしょう)

 ひたすら瞼を冷やしながら寝る。

 うつらうつらと眠ってしまう。

Face5
 食欲も無く 夜の薬を飲む為に、残りご飯で小さなおにぎりを握って食べる。

 翌15(日)も 朝の薬を飲む為にバナナを食べ、塗り薬を塗り、その後はひたすら冷やして眠る。

 顔に保冷剤を載せて落ちないように寝ているからか、肩や首や背中まで痛くなってくる。

  夕方頃には、自分の目の原型が見えてきた。

 でもまぶたの両側がかぶさってて、すんごいたれ目。

 そして下がった分は頬に。

 変な顔ーーーーーー!

Face6
 月曜日は、朗読サロンの勉強日。

 この日に 会報の原稿を印刷して、先生(兼 代表)に見ていただき、GOサインが出たら、会員分の印刷の手はずを整えるつもりだった。

 変な顔は「これこれしかじか」と話して笑ってもらえば済むんだけど、偏頭痛がする。

 日曜日からロキソニンも飲んでたんだけど、ちっとも効かない。

 これはもしかしたら別の病気かも…。

 会報の事は気になるけれど、背に腹は代えられぬ…で、欠席した。

 ロキソニンを止めてPL顆粒を飲む。

 あぁ、ドクター花桃 薬の選択を間違えました。

 PL顆粒が効きました~!

 かなり体が楽になり、午前中は 涼しい風に吹かれながら熟睡。

 起きて見ると腫れはかなり治まってた。

 目はもう普通の私の目。

 ただ頬の下の方に ふくらみがある。

 まあこういう顔だと思えば済むレベル。

 元の顔を知ってる人が見ても「顔どうしたの?」と思う程でもない。

 いつもはある目の下のクマが無くなってて かえって良いかも。

 今日は やっとPCも開きました。

 目の下のクマも復活し、小さな膨らみと赤黒く変色した部分は残っているものの 自分の顔に戻りました。

 3日間のロス。

 これで完治してくれればいいんだけど。

 

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2014年6月13日 (金)

今日のキャンペーン☆

 ゆうべから なんだかちょっと気が重かった。

 先週の母があまりに穏やかだったので、次はまた『帰りたい泣き』かもしれないなぁ…と、良い想像ができなかった。

 ホームの入り口で施設長さんが「とっても落ちついてらっしゃいますよ」と。

 前々回もそう言われて るんるんで2階へ上がってガーンだったからなぁ…。

 2階の大型テレビの前のソファーで新聞を広げていた母は、ケアマネのIさんに「ゆうこさんがみえましたよ」と言われてもキョトンとしている。

 私が手を振ってもまだキョトン。

 え? まさか もう私を忘れちゃった!?

 次の瞬間「ゆうこぉ~~」と泣き顔で笑う。

 後で思うと、着てる服装が私チックじゃなかった。 どっかのケバイおばちゃんだと思ったんだろうなぁ…。

 11日に 2階に入所される予定だった方は キャンセルになったそうで、まだしばらく2階は母の天下です。

 そして母の部屋で「ゆうこ~ 一年ぶりくらいかねぇ。遠いのに よく来てくれたねぇ」

 はいはい。

 一ヶ月放置しようが、毎日行こうが、母は認識しないとは思ってましたよ。

 今日の母は「夫桃さんありがとう」キャンペーン。

 ホームで職員さん達がよくしてくれると話してから、決まって

「こんな所へ連れて来てくれて ゆうこ ありがとうね。 お母さんは ゆうこに感謝してるけれど、それよりももっと 夫桃さんに感謝してるの。 いくらゆうこが来ようと思っても『なんでわざわざ行くんだ。弟だっているのに』って言われたら 来られないでしょう」

 そこから夫称賛の祝詞が始まる。

 褒めすぎではあるけれど、うん、理屈としては合ってる。

 そして そういう風に想いを巡らせる事のできる母が好き。

 ケアマネIさんが 時折、覗いてくださって、普段の母の様子なども話してくれる。

 その度に「本当に ここの人達は優しくて…」 と 母が涙ぐみ、ご飯がおいしい。 知らないうちに、タオルケットが洗って干してある。 お母さんにだけ、コーヒーやお菓子をくれたりする。(それは違うけど)

 と嬉しかった事を列挙し、そして「ゆうこありがとう」からの「それよりも夫桃さんに感謝」のルーティンが始まる。

 こういうキャンペーンなら、何度でも頷いて聞くわ。

 ケアマネさんの話だと、相変わらず「帰る」つもりはあって、荷物をまとめたりはするって。(その度に、職員さんがそっと荷物を戻してくれるの)

 でも夕飯を食べる頃になると「ご馳走になっていいの? ここに泊まれるの?」と言って安心するんだって。

 うんうん、夕方になるとおにぎりやサンドイッチを買いに行ってたのが、なあんにもしなくても、ちゃんとご飯が並ぶんだもんね。ありがたいよね。

 ここに来て良かったんだよね。

 ケアマネさんからは、嬉しい提案もあった。

 以前 購入したものの、母に着ける気がなく、フィッティングもできずに放置していたデジタル補聴器を ホームで職員さんが対応できる時間帯のみ装着させてくれるって。

 私が24時間付きっきりなら「この時間帯だけ」って着けさせることもできたんだけど、週に一度の訪問で、そこまで面倒みきれなかった。

 それをホームで職員さんが対応してくださるって。

 テレビを見る数時間だけでも ちょっと聴こえると きっと楽しいはず。

 高額だったデジタル補聴器が やっと役に立つ時が来るかもしれない。

 実はこのケアマネさん、友達に顔もスタイルもそっくりで、会った日に親近感を覚えてたんだけど、会う度に 友達と向かい合ってるような気がしてきて、思わず友達のニックネームで呼び掛けそうになる。

 次の母の幸せに繋がる提案を貰い、母からは「ゆうこ そろそろ帰らないと、道が混むよ」と言われ、またも足取り軽くホームを後にしました。

 こうしてどんどん慣れていくのかなぁ。

 また波が来るのかなぁ。

 

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2014年6月12日 (木)

ちょっと自己嫌悪

 ホームの母に買ったチェストの配送の時間が決まったと電話があった。

 5月27日に購入し、6月1日の入所に間に合わせたかったんだけど、その時点で配送の予定がいっぱいで、最短で6月12日と。

 それで納得して待った。

 先ほどの「明日の配送時間をお知らせします」の電話はなんと「夕方6時から8時の間」

 ええええええーーーーっ!

 夕方のラッシュ時にホームへ向かい、最悪8時まで待機? 衣類を入れて帰るのは9時じゃん。

 夫の夕飯の支度をしていけば何の問題も無い事なんだけど…無性に「やだーー」だったのです。

 「その時間帯は無理なので別の日にお願いできませんか?」

 オペレーターのお嬢さんが探してくれた別の日は 6月30日の 朝8時から午後3時までの間のどこか。

 そんな先~?

 おまけに朝8時にホームに行くためには、夫より早く出て朝のラッシュを走らなければいけないじゃん。 そして3時まで待機しなくちゃいけない。時間の無駄だ~。

 どうにも「やだ」の気持ちが大きくなってしまった。

 そして心の隅っこに芽生えた想い…。

 実は、先日 ウインドーショッピングをしていて、理想の収納ボックスを見つけたのです。

 今回配送でまごついているチェストの4分の1の値段だし、自分で運べる大きさ。

 それに出逢った時

「あのチェスト買って無ければ これが良かったなぁ」と思ったのです。

 それがふいに鮮やかに大きくなり…

「購入をキャンセルできませんか?」

 オペレーターの女の子が「電話折り返ししてもよろしいですか?」と 心なしか震え声で。

 彼女は最初から『ハキハキとした』じゃなく『儚げな』感じではあった。

 一度切った電話が鳴って出ると 先ほどの震える彼女が

「有料でしたら、別の時間帯がご提案できるのですが」

「じゃあ有料でお願いします」

 でも結局30日の午後12時から2時の間。 

 心の中で迷いながらも 彼女に免じて それで手を打つ事に。

「それでお願いします」

「はい、では確認をいたしますので、しばらくお待ちください」

「はい」

 …しばし待つ…

「お待たせしました。30日ですが朝8時から午後3時までの間でしたら 有料じゃなくてもとれますが」

 あのねぇ~! さっき それじゃ困るからキャンセルって言ったのよ~~~。

 プチって言うほどじゃないけど…堪忍袋の緒が切れる程でもないけど…急激に面倒くさくなっちゃって…。

「ごめんなさい。やっぱりキャンセルさせてください」

 震え声の彼女は平謝り。

 あなたが謝る事じゃないのよ。

 時間指定のできない配送なんだから、しょうがないのよ。

 あえて言うなら、購入した時点で有料配送で時間を指定すればよかったのよ。

 それと、お値打ちな理想の収納ボックスに惹かれてる私もいけないのよ。

 キャンセルによる返金の方法を「聞いてきますのでお待ちください」と彼女が離れ、次に電話に出たのは男性。

「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。せっかく気に入って購入していただいた商品なので、何とかしてお届けにあがりたいのですが」

 有料なら、別の日を何とか調整してみますとの提案に「いいえ、もうけっこうです」とは言えなかった。

 オペレーターの彼女は 送り先の母の名前を言ったけれど、この男性は 注文主である私の名前を言い、送り先が施設である事も認識している。よって、時間帯にこだわる私の事情も察してくれてた。

 結局、来週の金曜日に有料で届けてもらう事に。

 高いチェストになったわ。

 お値打ちの理想の収納ボックスが さらに輝いて見える(嫌み)

 ただ…ごり押ししちゃったんだなぁ…と恥ずかしくなる。 

 有料でと頼んだ後、調整の時間が必要で電話を切ったもん。

 配送予定表とにらめっこして、やりくりしてくれたんだろうなぁ…。

 震え声の彼女も「お客様がお怒りで…」と 上司に助けを求めたんだろうなぁ…。

 実はアヒル寝の最中だったので、ハスキーボイスではありましたが、それほど怒ったつもりは無いんだけど…。

 普段 怒り慣れてないので、こういう状況になると ひたすら恥ずかしく申し訳なく、身が縮む。

 数年前も車検の為に車を取りに来てくれるディーラーさんが 連絡無しで遅れて(私も出掛ける用事があって焦ってた)私にしては珍しく怒った事があった。

 その後、担当の男性は私に会うと毎回「二度と遅れるような事はいたしませんので」と頭を下げる。

 もう言わないで~~~私 怒り過ぎてごめんなさいって謝ったじゃ~ん(泣)

 今回も後味が悪いです。

 

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2014年6月11日 (水)

センチメンタル

 ホームの母に最後に会ったのは金曜日。

 以前なら、今日は『週に一度の実家詣で』の日だけど、家に居ます。

 その頃のペースから言えば、金曜日にタンスの搬入に立ち会うので、それで十分なんだけど、ずっと会ってないような気がする。

 月曜は、市役所の声の広報ボランティア。昨日は市民病院へ定期診察と 私の普段の生活リズムが再開された。

 でもね…なんだか失恋の後みたいな気分なの。

 私の周りの何も変わっていないのに、私の小指に結ばれていた赤い糸の先のあの人はもう居ないんだ…って思った失恋後の日々。 

 周りの景色は昨日と同じ。人々も何ら変わりなく生活してるけど、私だけが昨日とは違うんだ…って思ったっけ。

 やたらと「二人でよく来た」「二人で食べた」「二人のお気に入りの場所」をめぐりたくなったりしたなぁ。

 それに似ている。

 世間は何も変わっていないのに、母はあの家に居ないんだ…。

 母との思い出を しみじみと味わってる。

 まだ死んだわけじゃないのに。

 火曜日は、病院の帰りに久しぶりにウインドーショッピングに。

 市内で かつては『唯一のデパート』と私が認識していたショッピングモール。

 ここ数年は ファミリー向けの大型スーパーにおされて閑古鳥が鳴く。

 そこへ行った。

 そして思うのは 母の事ばかり。

 数年前までは、ここで母と服や靴をよく買った。

 ちょっと高価で私が躊躇すると 母の気に入ったデザインなら「お母さんが買ってあげるわ!」と。

 これを我が家では『おちゃーちゃの 買ったげる攻撃』と呼んで喜んで屈してました。

 二人で買い物をして、喫茶室でお茶して、ずっと喋ってたなぁ。どんな話をしてたんだろう…。

 すごく遠い日のような気がする。

 今日は、母独占だった2階に 新しい人が入居される予定。 男性だと聞いてるけど、良い人だといいな。

 会わずに居れば『可哀想』という想いも薄れては来るんだけど、日に何度も母を思う時、可愛い笑顔と寂しそうな顔が半々に浮かんでくる。

 今日みたいな天気の日は、母が「早くゆうこが迎えに来てくれないかなぁ」と祈るような思いで待ってるような気がする。

 金曜日には会いに行くけど、寂しい母に会うのは辛いなぁ…。

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2014年6月10日 (火)

林隆三さんを偲ぶ

 林隆三さんがお亡くなりになった。

 つい最近までテレビで見てたのに…。

 私が 初めて好きになった俳優さんって、林隆三さんだったと思う。

 小学生高学年の頃だったと思うけど、「お荷物小荷物」ってドラマがあった。

 当時子どもだった私には、ちょっぴりエッチな感じがして、時々 親と一緒に見るのが恥ずかしいような場面もあり、でも見ずにはいられない大好きなドラマだった。

 男兄弟が4人か5人いる男所帯へ、中山千夏さんがお手伝いさんとしてやってきて、いろんな騒動がおきる。

 たしか林隆三さんは三男の礼。

 それぞれ兄弟の個性が解り易く演じられてたはずだけど、私の中で この「礼」は、気障キャラ。

 この頃から、私は「色気のある男」が好きだったんだろうか?

 実生活では 小学6年にして、一つ年下にも好きな男の子がいたけど(笑)

 おまけに「にも」と書いたように、同級生にも好きな男子がおりましたが…(大笑)

 とにかく中学生の一時期は「気障な男の子がいい」と言ってたわ。

 林隆三さんに話を戻します。

 年齢を重ねて、礼みたいな役は減っていき、近頃は重厚な役柄も増えた。

 ただ、あの声は変わらずいい!!

 低くて…そう 色気があるのよねぇ~。

 あの声で気障なセリフをささやかれたいわ。

 まだまだもっと観たかった…。

 役者さんは、映像がたくさん残ってるから、会えなくなるのとは違うよね。

 でも もっと年を重ねていって、素敵なロマンスグレーの恋愛ドラマなんかもやってほしかったな。

 この先の林隆三さんを観たかった。

 

 ご冥福をお祈りいたします。

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2014年6月 9日 (月)

予想通り…汗

 ここちゃんが「かれたら また かってくるからねぇ~」と プレゼントしてくれた寄せ植え達。

 ちょっと前に『ガーベラの根元に花の蕾がある』と報告ブログを書いた。

 その時『おそらく花みたいな何かになって終わる』と予想もしたと思うんだけど、見事に当てました。

Img_5153 ここから一向に大きくならない。

 これはもしかしたら すでに枯れているのかも。

 と思いつつズームすると…

 次の写真は気持ち悪いかもしれないので、まず細目で見て、クリックで拡大するかどうかは自己責任でお願いします。

Img_5153big
 

 これ、カビてるんだよね…。

 そして以前から「こっちは もう壊死状態かも」と言ってたのも案の定でした。

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 完全にミイラ状態。

 根元には水をかけないように注意してたんだけどなぁ…。

 カランコエは満開になりました。

 

Img_5157
 セントポーリアは、次の蕾が開くと、前の花が枯れていて、びっしり花が咲く事はありませんでした。

 これが一番「綺麗な花」だった瞬間。

Img_5149
 しかし…これらすべてが過去のお話。

 写真を撮ったのは、5月末。

 母の事で頭も胸もいっぱいで、記事にする事ができないままでした。

 

 現在は、ポトスだけをプランターに移植。

 後は…詳しく聞かないで~ごめんなさい~~泣。

 ポトスが元気に大きくなってくれますように!

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2014年6月 6日 (金)

今日の母

 今週は、できる限りホームへいくつもりで、他の予定を入れずにいた。

 でも行けば、母の心を乱し、私も帰りが辛くなる。

 行かない方がいいのかな…と迷ったけど、今日 やっぱり行って来た。

 

 実家へ寄って用事を済ませてから、ホームに到着すると「職員と一緒に買い物に出られたところです」

 2階の母の部屋で片づけをしながら待つ事に。

 着替えなどは ちゃんと収納ケースに入ってる。シーツもかかってるし、布団はきちんと脚元にたたんで置いてある。

 職員さんが書いてくれた筆談用紙を見ると またも『娘さんがもうすぐ迎えにきてくれますよ』『仕事で来られなくなったと電話がありました』のフレーズがいくつかある。

 やっぱり「帰りたい」だったんだね…。

 一通りのチェックと片づけを済ませて 母のベッドに横になって待つ。

 数分後、職員さんの声で、部屋を出ると、私を見つけた母が

「ゆうこ~~ありがとね~~~」と泣きそうな笑顔。 …可愛い。

 そして部屋に行くと 写真立てをティッシュで拭いて「これは持って行っていいよね」と。

 あぁ…私が迎えに来たと思ったんだ…。

『まだ帰らないよ』

「帰るんじゃないの?」 心底がっかりした顔の母。

そして「こんな所に お母さん 居たくない」と悲しい顔をする。

「どうして お母さん ここに居なきゃいけないの?」

 咄嗟に『弟桃が具合が悪いから、お母さんを一緒に置いておけない』と、半分 本当の事を書いた。

 そこから、弟の愚痴になり、私がそれに同調して話を被せると それを読んだ母が今度は

「お母さん 弟桃の事 そんな風に思って無いの。大事な息子だもん」と。

 はい、作戦成功~。

 そして『だから、お母さんと私で 弟桃が元気になるように祈ろうね。弟桃が元気になったら家へ帰ろうね。それまでは頑張って ここで泊まってね』と。 

 「そうだね。ゆうこ ありがとうね」と涙ぐむ母。

 そして「ゆうこ そろそろ帰らないと 道が混むよ」

 ケアマネさんと 今後の打ち合せをして

「トイレ借りるね」と 身ぶりを交えて母に伝えると

「ゆうこ 今日 泊まるの?!」と満面の笑み。

「泊まらないよ」

「泊まっていいって? じゃあ晩御飯は、お母さんの分を食べなさい」と さらに笑顔が輝く。

 そっか…私が一緒なら、ちょっとはいいんだね。

『泊まれないよ。今度 うちへ泊まってね』

 すぐに納得してくれた。

「じゃあ下まで送るわ」 …それは無理。

 手ぶりで断ると

「じゃあエレベーターまで送るね」

 ケアマネのIさんが 母の隣に行って肩を抱いてくれる。

 大柄な彼女が隣に立つと、母は本当に小さな子どもみたい。

 …と思ったら、母が私を指して「小さな体で大きな荷物持って…」と泣き顔で笑う。

 手を振り合って 私はエレベーターに繋がる扉を閉めた。

 私が入院してる時、面会に来てくれて帰る母をいつも病院の玄関まで送り、笑顔で手を振って別れたなぁ。

 火曜日とは違う別れ方だったので、気持ちは軽い。

 足取りも軽く買い物をして帰った。

 

 きっとこういう波の繰り返しだね。

 悲しい別れの日と安心な日と。

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2014年6月 5日 (木)

母のこと

 昨日も一日中 母の事を考えてた。

 目覚めた瞬間にまず思う。

 朝食はあの綺麗なリビングで食べて素敵なんだけどなぁ…。

 2階のテレビは 今は独り占めできるし、ソファーに寝そべって大型テレビを見てればいい。

 楽しい想像をしてみるけど すぐに 母の暗い顔を思い出す。

 そして少し泣く。

 でも夕方になり、夕食の支度を始める頃には 普段の自分に戻ってた。

 母が今まで通り、家に居るような気がする。

 でも毎日夕方の電話をしなくていいんだ…。

 難聴の母への電話は けっこう面倒。

 いつも6時くらいから、30回くらい呼びだす。 出ない。 少し家事をして、また電話する。30回くらい呼びだす。出ない。

 こうして1時間くらいの間に3~4回電話すると 何回目かには出る。

「ゆうこ?」

「そうよ~!」

「お母さん 元気だから安心して。もう寝るところだから」

「は~い」

「いつも心配してくれてありがとうね。夫桃さんによろしく言ってね」

「は~い。おやすみ~」

 7時半を過ぎて出ない時は もう寝たんだろう…と思って電話をやめる。

 そのルーティンの必要が無くなった。

 今思うと毎日は面倒だったよねぇ…。

 広島へ行っても、外食に出ても、何とか時間を作って電話をしてた。

 私は面倒な日課から解放されたんだ。

 よかったじゃん。

 母と一緒の空間に居なければ、忘れていられるようになるんだ。

 母がホームに慣れるのを願うように、私も この辛さに慣れなきゃいけないんだ。

 ここ数年 実家へ行く度に、不条理な怒りをぶつけられ帰りの車の中で泣いても 帰宅して、夫に愚痴を言って、しばらくすればテレビを見て笑っていられた体験から納得してる。

 だからこそ、同居して『離れて忘れていられる時間が無い』人の苦悩は想像して理解しなければいけないって思ってた。

 母との残された時間は あとどれくらいなんだろう?

 

 昨日のブログを読み返していて「ああ、母に会いに行くのをこんなに楽しみにしたのは 久しぶりだった」って気付いた。

 2000年に私が鬱病を発症した頃は、日に何度も電話して、同じ話を繰り返した。根気よく聞いてくれた母。

 そして…2004年辺りからは、難聴が進行し、何度も聞き返されて、私がイライラしてたなぁ。

 思い起こせば、同時期に母も怒りっぽくなってたかも。

 少しずつ、以前のような「母娘」の会話が減って行ったのは あの頃だ。

 09年には、炊飯器でご飯を炊く事ができなくなってて「炊飯器の調子が悪い」と。

 家電に関しては全てが「○○が調子悪くて」だったなぁ。

 ドアフォンや電話を私が買い替えて、家のあちこちに子機を置いて、それも母の気に入らなくて。

「余計な事をしないで!」「ゆうこに監視されてる」「ありがた迷惑」と言われたなぁ。

 2010年に「認知障碍だな」と私が気づいた。

 早い段階で気づけた自分を褒めたいわ。

 通院も一緒にして、薬も飲ませ(これがまた苦労の連続だったなぁ…)進行を遅らせることができてたと思う。

 デイサービスへ行く事も、最初は「人を年寄り扱いして!」と私を怒ったけれど、ここは私の予想通り 行けば楽しい事がわかり、すぐに近所のお友達にまで「ゆうこが いいところへ入れてくれて、○さんも そこ行くといいよ」って言うくらいになった。

 弟との同居も始まり、その頃から私と母との関係は 穏やかに戻り始めてた。

 ここへ来て急速に母を愛しいと思えるようになったのは、私にとっては幸せな事だ。

 愛しいから可哀想で、私も辛いんだけど…。

 もぉ~~あんなクソババア、施設に入れてホッとしたわって思える方が楽なのかもしれないけど…。

 気持ちはやっぱりあっちへ行ったり こっちへ行ったりです。

 書いてる事も支離滅裂だね。

 日常の現実味が薄い。

 仕事へ行く事を忘れちゃいそう。

 

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2014年6月 4日 (水)

行きはよいよい

 日曜日に、母と感動的な別れをして、月曜日は、母が愛しくてたまらなかった。

 今までは水曜日に実家へ行ってたけど、デイサービスが無くなったので、私の都合のいい日に行ける。

 って事で、昨日 早速行って来た。

 母の笑顔に会いたくて会いたくて。

 実家へ寄り、用事を済ませ、母の買い物をしてる間にも ブログを読んだ友達から、真心の電話やメールが届く。

 喫茶店でランチしながら、返事をしたけれど、心は晴れ晴れ。

 今から母に会いに行くんだ~♪ でウキウキ。

 皆に心配かけすぎちゃったなぁ。私 可哀想に書きすぎちゃったかなぁ。実はこんなに浮かれてるのに…って思う程。

 今 向かってるとは知らないホームの施設長さんからも電話があり

「とても落ち着いてみえますから 安心してください」

「今から行くところです」

 数分後、到着し、まず施設長さんから詳しい報告を聞く。

「夜のトイレも何回か行かれるけれど、職員と目が合うと、片手を小さくあげてにこっとされて…(と実演)」

 そうそう! うちへ泊めた夜中に見せたアレだ^^

 愛しさが倍増。

 私の顔を見たら「あら~ ゆうこ~ 来たの~?」と またあの顔するなぁ♪

 

 で、2階の母の部屋へ行くと…

 ベッドに腰掛けた母の暗い顔。

 そして第一声は「ゆうこ、お母さん もうこんな所 一秒でも早く出たいからね」

 えーーーーーーーーーッ。

 昼食のご飯がすごく固かったって。

 それは後でケアマネさんから「今日は作った人が謝るくらい固かったんです」と聞いた。

 昼食の直後だったから、それが母には一番印象的な出来事なんでしょう。

 

 私が置いていったノートテイクの道具一式を、職員さんが使ってくれたようで、数枚を読んだ。

『娘さんがもうすぐ来てくれますよ』

『娘さんは、仕事で遅くなるそうです』

 あぁ…帰りたいと言う母を そうやってなだめてくれてたんだなぁ。

 その他には

『母桃さんのお話は楽しいです。私はこうして いつでも母桃さんとお話できますよ』と、楽しい会話を感じさせるフレーズもあった。(母のセリフは残って無いからね)

「もう帰るからね!」と言う母に頷いて見せながら、持って来た着替えや 新たな道具を設置しようと衣装ケースを開けると空っぽ。

 ?!

 タンスが届くまでの仮として、持って来てある化粧箱にぎっしり詰め込んであった。

 敷き布団カバーもはずしてある。

 帰る気満々だったんだ…。

 

 母の隣に座って、話を聞く。

「ご飯がまずい」「こんな所は監獄と一緒」「早く帰りたい」

 そうだよね…。

 昼食は今回限りの失敗だったかもしれないけど、今の母には「固いご飯」しか記憶に残って無い。

 そして1階への降り方も解らず、自分の部屋と そこに面したリビングだけが母の動けるスペース。 監獄だよね…。

 帰りたいよね…。

 入院好きな私でも、時折 身の置き所の無い気分になる事がある。

 母はそれがずーっとなんだよね…。

 職員さんが飛んで来て、一緒に話を聞いてくれる。

「この窓から飛び降りてやろうと思ったけど、窓は少ししか開かないようにしてある」

「タクシー呼べば一人で帰る事ができる」 と財布を開けたら千円しか無く

「家に行けば通帳があるんだから」 無いです…私が持ってます。

 泣き怒りの母の隣で頷いてるだけの私。

 母の手を握ってなだめてくれる職員さん。(こういう時 私が触れると振り払われる)

 すると怒っていた母が泣きながら「こんな我がまま言ってごめんなさいね」

 …その続きが「私はこんなに我がままだから、ここへは置いてもらえないから、帰してください」

 職員さんの交代の時間で、ケアマネさんが担当してくださり、私の分のコーヒーまで淹れてくれた。

 母好みの甘い甘いミルクコーヒー。

 それを飲み、私のノートテイクをはさんでケアマネさんと3人で会話。

「母桃さんからは、たくさんお話をうかがって、すごく為になりました」

 こういう事は全部 書いて母に見せる。

「ゆうこさんの事をすごく自慢されて、こんな風に 自分の娘を自慢できるのは素敵だと思って、私も見習いたいと思います。 大切に育ててみえたんだなとわかります」

 すると母の別のスイッチが入って

「こんな娘でも『うちの子が一番可愛い』って思ってるんですよ。親はそう思って育てるんです」

 真剣に頷いてくださるケアマネさん。

「私 16歳の娘がいるんですが、叱るばかりで なかなか褒めてやれなくて」

「まあ! 16歳の娘さんがいるの~! お母さんが帰って来るのを待ってるわ。帰ったら抱きしめてあげてよ。そんな叱ったらダメ」 ごもっとも!  いや、私だって叱られた事ありますけど(笑)

 母の機嫌が直ったところで 職員さんが「お風呂どうしましょう」

 難聴が こういう時 本当に便利。

 母の前で普通の声で相談ができるから。

「入所されてから、まだ一度も入浴されてないんです」

「じゃあ、このチャンスにお願いします」

 

 『私も一緒に行くから、ここのお風呂 入ってみない? すごく綺麗なお風呂だよ』と母を盛り上げる。

 夕方からの職員さんが「お風呂上がりには冷たい飲み物用意しますね」と。

 脱いだ物を洗濯に持って行ってくれる。

 こんなに至れり尽くせりだけれど…母にとっては『幸せな場所』では無いんだよね。

 

 風呂上がり、グラスについでくれたスポーツ飲料を飲み終えると

「じゃあ、そろそろ帰るわ」  

 !!! 帰る事を忘れて無かった。

 もう4時で、私も自分ちの買い物をして帰るには ぎりぎりの時刻。

 ケアマネさんが「ゆうこさん、用事を作って一旦出てください。後は大丈夫ですから、そのままお帰りください」

 そこで『車のエアコンつけてくるね』と 荷物一式を持って そそくさと出る。

 車を走らせながら…現実感が無かった。

 風景画の中を走ってるみたいだった。

 母が怒るのには慣れた。

 でも今は ただただ母が可哀想で。

 泣きたいのに泣けないまま帰宅。

 エアコンをつけに行った娘が ちっとも戻って来ない…よね。

 きっとケアマネさんが『娘さんは、急用ができて帰られました。明日 迎えに来るそうです』とでも言ってくれてるんでしょう。

 私の事 恨んでるよね。

 帰りたいのに、1階に下りることさえできなくて、タクシーも呼べなくて、どうしようもない絶望感を感じてるよね。

 家族の幸せを第一に、父が亡くなってからは、弟と病気の私を抱えて、一生懸命生きて来た母が どうしてこんな想いをしなければいけないのか。

 私が恐れていた『どうしてここに居るんだろう?』という不安や恐怖を母が感じる事は無かった。

 当然の『家に帰りたい』を なぜ私は想像してなかったんだろう。

 私が同居すれば、デイサービスの利用だけでやっていけるレベルではある。

 でも私が実家へ戻るには、たくさんの負担がかかる。

 私も自分の生活を犠牲にするつもりは無い。

 …親は自分を犠牲にしても子どもの幸せを願ってきたんだよね。

 考えても考えても この選択しか無いって思うけど、母が可哀想でどうしようもない。

 退屈してるのなら、できる限り顔を出すようにできるけど、そうじゃないもんね。

 私が顔を出しても 母の悲しみは癒えない。

 終わりの無い入院生活をしてるようなものだ。

 どこかに痛みが残ってても「早く帰りたい」と 誰もが言う入院生活。

 母はどこも痛くないのに、家に帰れない。

「ここがうち」って思えるようになるのを願うしかないのか。

 母に会いたいけど、会ったら母はさらに帰りたくなるし、私も辛い。

 あんなに大事に育てた娘なのに、監獄から救ってくれない。そう思ってるよね。 

 母が可哀想だ。

 私が家で泣いたり考えたりして辛いよりも 母は何倍も辛い悲しい想いをしてる。

 帰りが辛くても、やっぱり母に会いに行くしかない。

 今の私にできるのは、それしかない。

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2014年6月 2日 (月)

母がグループホームに入所しました

 土曜の夜、寝つけなかった。

 暑いのもあったけど。

 母を入所させる覚悟は一ヶ月でできた。

 グループホームで 母の尊厳を保ちながら、穏やかに生活できるんだ!って前向きに思えるようにもなった。

 入所までに私ができる範囲の準備もした。ホームの職員さん達とコミュニケーションもとれた。

 そのせいか、不思議に不安は無くて「きっと予定通り入所できる」と思えた。

 でも布団の中で寝がえりをうちながら、母があの家で寝る最後の夜なんだなぁ…何も知らずに寝てるんだなぁ…と思うと、やっぱり切なくて悶々とする。

 4時過ぎにようやくうとうと。

 早朝の電話のベルで目覚める。出た途端に切れる事2回。

 水曜日に「6月1日(土) 夫桃さんと午後12時半頃迎えに行くよ。一緒にランチしよう」と書いて置いて来た紙を見て、時間の認識ができなくなってる母がきっとかけてきたんでしょう。

 打ち合せ通り、夫の車に布団や荷物を積んで2台で出発。

 土曜も今年の最高気温を更新し、日曜はさらに上がる予想。

 出掛ける時にはすでに息苦しい。

 気力と責任感で動く。

【起】

 実家へ着くと、母が満面の笑顔で玄関まで出て来て「夫桃さん、せっかくの休みなのにごめんねぇ~ よろしくお願いします」と。

 私の大好きなブラウスを着て、化粧こそしてないけど、以前の母みたいにきちんとしてた。

『お母さん、今日 すごく可愛いねぇ!その服 上品で素敵!』 これでまた母の笑顔が輝く。

 私達夫婦とのランチを心待ちにしてたんだね…騙し打ちとも知らず。

 私の予定では、母はそこまで仕度ができていないはずなので、母が着替えている間に、母の掛け布団からシーツをはいで夫の車に載せる…んだったけど。

 予想に反して仕度は済んでた(苦笑)

『お母さん、トイレは大丈夫?』と促して その隙に私がシーツをはいで夫が素早く3往復して運ぶ。

 いつもはじりじりする母の長いトイレも こういう時は助かる^^

 枕、歯磨き、さっきまで使っていた物も載せる。

 30分の予定が10分で完了。

 ご機嫌な母を私の車に乗せる。

 夫と別の車だって事を変だとは思わないところが認知障碍だよね。

【承】

 ファミレス系の和食の店へ。

 そこでもご機嫌な母。

 夫と目配せして、作戦第一段階に入る。

『お母さん、○の郷へ もう3年通ったでしょう』

「そんなになるかねぇ? お母さん、○の郷へ行ってなかったら きっとボケてたと思うわ。あそこは、お母さんにとって癒し。本当にいい所へ入れてくれてありがとう」

 いや、もうボケてるし…ってツッコミは声に出して夫に。難聴もこういう時ありがたい。

『3年通うと卒業なんだわ』

「え~!?そうなの? お母さん そんな事 全然聞いてなかった」

 言ってたとしても覚えてないでしょうけど。

『最初にそう言ったよ』 ←うそ。

「ほんとぉ…じゃあ、お母さん もうあそこへは行けないんだねぇ。これからどうしよう」

 しめた!

『ちゃんと次のところは決めてあるよ』

「ほんと~! ゆうこが決めてくれたの?」

 決めたのは弟だけど、ここは頷いておく。

『6月から、○の泉へ行くよ。新しくて綺麗なところだよ』

 普段は、無口な夫がオーバーアクションで

「僕も見てきたけど、いいところだよ~」

 それを私が『ま/僕も見てきたけど、いいところだよ~』と、書いて見せる。 夫の表情を見て母も理解している。

『今から一緒に見に行くよ』

「ほんと~ 悪いねぇ」

 第一段階、思った以上にスムーズにいった。

 外は暑いし、約束の時間までまだあるので『ここでゆっくりしていこうね』

 そこへ、思いがけず「おばさん!」と顔を出したのはヤイちゃん。

「今日は、S大(長男君)の車で来たんだけど、今 出たら、隣に花桃の車があったんだわ」

 すごーい! 私はS大君の車はもちろん、ヤイちゃんの車が隣に停まってても気づかないわ。

 ヤイちゃんを見てもきょとんとしてる母に『ヤイちゃん』と書くと「あ~ヤイちゃん」

 ん~ヤイちゃんの顔は忘れちゃってたか…と思ったら、ヤイちゃんが

「『ヤイちゃん』の言い方が合ってる」って。

 あ~そうだった! 記憶の深くに残ってる事は消えないね。

「おばさんに逢えてよかったわ~!」 何もかも事情を知ってるヤイちゃんが ごく普通に話し掛け、母も私のノートテイクを見ながら「ヤイちゃん お母さんは元気?」などと尋ねる。

「じゃあ、車で待たせてるから行くわね」夫と私の顔を交互に見て ヤイちゃんが目で気持ちを語って帰って行った。

 母は「友達っていいねぇ。お母さん 泣けてくるわ」と。

 私はすでに涙目だったけど、母が泣けてくるとは…母にも何か伝わってるんだね。

 後で、ヤイちゃんはメールで「私は 私の想いも おばさんの想いも 伝わり合ったと思えたよ」と。

 直前で、こんな援護射撃を貰い、夫と私は盛んに○の泉がどんなに素敵なところかを刷り込み、2台で出発。

 順調順調。

【転】

 ○の泉に到着。

 母は施設の職員さん達にも 本来の母らしく「お世話になります。よろしくお願いします」と丁寧に頭を下げる。

 さんざん「きっと修羅場になります」と言っておいたので、職員さん達も「???」としつつ、安心された表情。

 施設長さんが別の方と面談中だったので、3人でリビングでお茶をいただきながら待つ。

 そこで最終段階に突入。

『弟桃が研修で、耳の遠いお母さんを一人で置いていくと、夜が心配なので、今日はここで泊まってね』

 ここでまず「一人でも平気だわ!どうしてこんな所へ泊まらないといけないの!」と最初の怒り。

 想定済みなので『本当はうちへ泊まってもらうといいんだけど、泊められなくてごめんね』

 夫が居るうちに泊まるのは、母が気を遣うのを知っての作戦。

「夫桃さんに迷惑かけられないわ~」

 母の物忘れを利用して、どんどん話題を変えて、怒りをおさめる。

 なんとな~く納得したかに見えた。

 ところが!!

「あいつが居る! あんな奴が居る所へは お母さん 来る気ないよ!!」と突然 大声で怒りだした。

 母がテーブルの下で指差す(丸見えだけど)先には、一人の女性が。

 ○の郷に行き始めて喜んでたのに、数ヵ月後「今日は休みたい」「体調が悪いから休むって連絡して」と 度々 行かなくなった事がある。

 ある日「嫌いな人がいる」と打ち明けられた。

「お母さんが挨拶しても 知らん顔してる。いつも無視される」と。

 ん~返事しても母には聴こえてないだけだと思うんだけど。

 ケアマネさんにも相談して、その人とは会わないようにしてもらった。

 これがまた不思議なご縁で、その人は、のりちゃんの嫁ぎ先のお義母さんのお友達だったの。

 最近は何も言わなくなったので、その人の事も忘れたかなぁ…と思ってた。

 私は会った事が無いので その人だと特定できなかったんだけど、部屋の名札を見て確信。 その人でした…。

 こちらにいらしてたのか…。

 母の怒りはどんどんヒートアップ。

 テーブルの上に置いたバッグを強く握りしめて

「お母さん、きちっと断るからね! こんな所 来ないから!!」 黙って頷くしかない。

 リビングで寛いでたお年寄りが 私達のテーブルに近寄っていらした。

 明らかに認知症。 職員さんが慌ててサポートに来てくれる。

 母はあからさまに嫌な顔をする。 本来は そういう人にこそ優しく振舞える母なのに。

『2階を見て来ようか?』

 母の部屋は まだ誰も入居してない2階。

 職員さんに案内してもらってエレベーターに乗る。

 乗った途端「こんなところ!!」と 壁を殴る真似。

 昔の母からは考えられない行動。

 私は夫の顔を見てため息をつく。

 こういう時、一人だったら行き詰る。

 部屋に入ると「ここで一人で寝るの?」と ちょっと不安をもらす。

「断る」事はもう忘れている。

 夫と私でまた盛り上げる。

『夜は職員さんがちゃんと居てくれる』

『一日中 寝ていても ご飯が食べられる』

『お手伝いしたら喜ばれるから、してあげてね』

『何もしたくない時は寝てればいい』

 極めつけは夫が母の顔を覗きこんで笑顔で「ホテルだね!」

 『あいつ』の事を忘れたので、母のご機嫌も戻りつつあり、夫を先に帰す。

「夫桃さん、せっかくの休みだったのに、本当にごめんねぇ~。ありがとうございました」

【結】

 2階は、母と私だけ。

 母の部屋を片付けながら、ノートテイクでおしゃべり。

 3時過ぎには職員さんがおやつを持って上がって来てくれた。

 私の分まで☆

「お母さん、着替え 何も持って来てないわ」

『大丈夫、全部 準備してあるから』

「○の郷には もう行かないの? 行かないって断らないといけないねぇ」

『ちゃんと卒業だから、連絡できてるよ』

「新しい所へ入ったって 言っておいてね。弟桃にも言っておいてね」

『任せておいて』

 このやり取りを数回繰り返す。

「ここは一ヶ月いくらなの?」

 あらま、一ヶ月居るつもりになったんだ…^^

 その数分後には「お母さん、どこも悪くないから、一ヶ月もここに居なくてもいいよね? さっきレントゲンなんか撮った?」 病院と間違えてるらしい。

『レントゲンは撮ってないよ。一ヶ月も居ないと思う』と 半分は嘘を書く。

 そのうちに「ゆうこ そろそろ帰らないと暗くなるよ」「早く帰らないと道が混むよ」と言いだした。

 おそらく疲れちゃって寝たいのね。

 ベッドに横にならせて、ベッド脇で座ってノートテイクのおしゃべり。

『お母さん、おしゃれパジャマ たくさん持ってるでしょう。4枚だけ持って来たけど、今夜はどれを着る?』

「そんなおしゃれじゃないけど~ これにするわ」と 満更でも無い顔。

 ちょっと泊まるのに4枚も用意してある事に不信感を持たない…苦笑。

 私が朝から書いた22枚の広告の裏紙を何度も読み返す母。

 読む度に「初めて読む」から、新鮮で飽きないよね。 

「お母さん、お父さんに申し訳なくて。私ばっかり こんな幸せでごめんなさい」

 …あらあら、ここに泊まるのを幸せだと思ってくれたんだ。

 夜勤の職員さんが上がって来てくれて、挨拶。

 母は職員さんに相手をしてもらうのが一番嬉しいの。

 当分 2階は母一人なので、昼間は1階で他の人達と過ごすけれど、夜は2階でマンツーマン。

 一人で夜勤の職員さんがトイレに立った瞬間に、母がトイレに起きたら どうなるんだろう? 誰も居ない見た事も無い場所で、母は困惑するだろうなぁ…下に下りる認識は無いし。

 そんな不安も頭も擡げるけれど、そこはプロなんだからお任せしよう。

 例の人の事は施設長さんにも話して「食事の時しか会う事は無いが、母桃さんの視界に入らないように座席を工夫します」と対処してもらえた。

 2階にしたのも偶然とはいえ良かった。

 2階の入居者が増えれば、1階とは別の社会になるはずだから。

 5時過ぎ、2階の職員さんと母に見送られエレベーターに乗った。

 昔、入院中の私に面会に来てくれる母(洗濯ものを持って週に2回は来てくれてた)がエレベーターに乗って帰るのを見送ったなぁ。

 今度は逆だ。

 お互いに少しだけ涙ぐみながらも笑顔で握手して エレベーターの扉が閉まった…そして私は声をあげて少しだけ泣いた。

 無事に入所させる事ができました。

 足りない荷物を取りに また実家へ。

 数時間前までは「実家・母の居る家」だったのに、なんだか違う家みたいに感じた。

 母の寝ていた寝室は、慌ただしくシーツをはいでむき出しになったままの敷布団が残されてる。

 一瞬の隙に持ち出せなかった衣類なども 再度見繕う。

 冬になったら、この敷布団を持って行かなくちゃ。

 昼前に 押入れから急いで持ち出した夏布団やタオルケットは、ホームのベッドに置いて見たら、あまりに汚れてみすぼらしかった。

 引き出物などで頂いた寝具の箱を棚から降ろすと、いい感じの物がいくつかあった。

 洗って名前を書くために持ち帰る。

 汗ぐっしょり。

 でも私の股関節が一番良い時だったのもありがたい。

 1年前だったら、まだ杖は手放せず、何をするにも倍は大変だったもん。

 ご近所にも 母入所のお知らせをお礼を伝えた。

 夜、何度も 母がどうしてるか…と想像した。

 8時にはもう寝てるはず。

 夜中にトイレは5~6回起きる。

 その度に「ここはどこだろう?」って思うよね。

 でも職員さんがマンツーマンで居てくれるから。

 

 今朝は、あの素敵なリビングで皆で朝食だな。

 エアコンも効いた快適な新しいペンションに居るんだよ。

 …ただ、入居者さん達は、私が見る限り、母よりも重症な人ばかり。

 デイサービスにいらしてた人達とは随分違う。

 デイサービスでは、母は耳が遠い事で、利用者さん達とのコミュニケーションがとれなかったけど、今度は別の意味でお互い様かもしれない。

 職員さん達だけが頼りです。

 今は、毎日でも覗いてやりたい気持ちだけれど、今日は母の洗濯ものがいっぱい。

 体も重い。

 念のためにOちゃんのお誘いも半月待ってもらってる。

 実家の掃除もしたい。弟の食事も仕度してやりたい。

 少しずつ…少しずつ。

 まずは自分の体が最優先。

 

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