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2014年6月 4日 (水)

行きはよいよい

 日曜日に、母と感動的な別れをして、月曜日は、母が愛しくてたまらなかった。

 今までは水曜日に実家へ行ってたけど、デイサービスが無くなったので、私の都合のいい日に行ける。

 って事で、昨日 早速行って来た。

 母の笑顔に会いたくて会いたくて。

 実家へ寄り、用事を済ませ、母の買い物をしてる間にも ブログを読んだ友達から、真心の電話やメールが届く。

 喫茶店でランチしながら、返事をしたけれど、心は晴れ晴れ。

 今から母に会いに行くんだ~♪ でウキウキ。

 皆に心配かけすぎちゃったなぁ。私 可哀想に書きすぎちゃったかなぁ。実はこんなに浮かれてるのに…って思う程。

 今 向かってるとは知らないホームの施設長さんからも電話があり

「とても落ち着いてみえますから 安心してください」

「今から行くところです」

 数分後、到着し、まず施設長さんから詳しい報告を聞く。

「夜のトイレも何回か行かれるけれど、職員と目が合うと、片手を小さくあげてにこっとされて…(と実演)」

 そうそう! うちへ泊めた夜中に見せたアレだ^^

 愛しさが倍増。

 私の顔を見たら「あら~ ゆうこ~ 来たの~?」と またあの顔するなぁ♪

 

 で、2階の母の部屋へ行くと…

 ベッドに腰掛けた母の暗い顔。

 そして第一声は「ゆうこ、お母さん もうこんな所 一秒でも早く出たいからね」

 えーーーーーーーーーッ。

 昼食のご飯がすごく固かったって。

 それは後でケアマネさんから「今日は作った人が謝るくらい固かったんです」と聞いた。

 昼食の直後だったから、それが母には一番印象的な出来事なんでしょう。

 

 私が置いていったノートテイクの道具一式を、職員さんが使ってくれたようで、数枚を読んだ。

『娘さんがもうすぐ来てくれますよ』

『娘さんは、仕事で遅くなるそうです』

 あぁ…帰りたいと言う母を そうやってなだめてくれてたんだなぁ。

 その他には

『母桃さんのお話は楽しいです。私はこうして いつでも母桃さんとお話できますよ』と、楽しい会話を感じさせるフレーズもあった。(母のセリフは残って無いからね)

「もう帰るからね!」と言う母に頷いて見せながら、持って来た着替えや 新たな道具を設置しようと衣装ケースを開けると空っぽ。

 ?!

 タンスが届くまでの仮として、持って来てある化粧箱にぎっしり詰め込んであった。

 敷き布団カバーもはずしてある。

 帰る気満々だったんだ…。

 

 母の隣に座って、話を聞く。

「ご飯がまずい」「こんな所は監獄と一緒」「早く帰りたい」

 そうだよね…。

 昼食は今回限りの失敗だったかもしれないけど、今の母には「固いご飯」しか記憶に残って無い。

 そして1階への降り方も解らず、自分の部屋と そこに面したリビングだけが母の動けるスペース。 監獄だよね…。

 帰りたいよね…。

 入院好きな私でも、時折 身の置き所の無い気分になる事がある。

 母はそれがずーっとなんだよね…。

 職員さんが飛んで来て、一緒に話を聞いてくれる。

「この窓から飛び降りてやろうと思ったけど、窓は少ししか開かないようにしてある」

「タクシー呼べば一人で帰る事ができる」 と財布を開けたら千円しか無く

「家に行けば通帳があるんだから」 無いです…私が持ってます。

 泣き怒りの母の隣で頷いてるだけの私。

 母の手を握ってなだめてくれる職員さん。(こういう時 私が触れると振り払われる)

 すると怒っていた母が泣きながら「こんな我がまま言ってごめんなさいね」

 …その続きが「私はこんなに我がままだから、ここへは置いてもらえないから、帰してください」

 職員さんの交代の時間で、ケアマネさんが担当してくださり、私の分のコーヒーまで淹れてくれた。

 母好みの甘い甘いミルクコーヒー。

 それを飲み、私のノートテイクをはさんでケアマネさんと3人で会話。

「母桃さんからは、たくさんお話をうかがって、すごく為になりました」

 こういう事は全部 書いて母に見せる。

「ゆうこさんの事をすごく自慢されて、こんな風に 自分の娘を自慢できるのは素敵だと思って、私も見習いたいと思います。 大切に育ててみえたんだなとわかります」

 すると母の別のスイッチが入って

「こんな娘でも『うちの子が一番可愛い』って思ってるんですよ。親はそう思って育てるんです」

 真剣に頷いてくださるケアマネさん。

「私 16歳の娘がいるんですが、叱るばかりで なかなか褒めてやれなくて」

「まあ! 16歳の娘さんがいるの~! お母さんが帰って来るのを待ってるわ。帰ったら抱きしめてあげてよ。そんな叱ったらダメ」 ごもっとも!  いや、私だって叱られた事ありますけど(笑)

 母の機嫌が直ったところで 職員さんが「お風呂どうしましょう」

 難聴が こういう時 本当に便利。

 母の前で普通の声で相談ができるから。

「入所されてから、まだ一度も入浴されてないんです」

「じゃあ、このチャンスにお願いします」

 

 『私も一緒に行くから、ここのお風呂 入ってみない? すごく綺麗なお風呂だよ』と母を盛り上げる。

 夕方からの職員さんが「お風呂上がりには冷たい飲み物用意しますね」と。

 脱いだ物を洗濯に持って行ってくれる。

 こんなに至れり尽くせりだけれど…母にとっては『幸せな場所』では無いんだよね。

 

 風呂上がり、グラスについでくれたスポーツ飲料を飲み終えると

「じゃあ、そろそろ帰るわ」  

 !!! 帰る事を忘れて無かった。

 もう4時で、私も自分ちの買い物をして帰るには ぎりぎりの時刻。

 ケアマネさんが「ゆうこさん、用事を作って一旦出てください。後は大丈夫ですから、そのままお帰りください」

 そこで『車のエアコンつけてくるね』と 荷物一式を持って そそくさと出る。

 車を走らせながら…現実感が無かった。

 風景画の中を走ってるみたいだった。

 母が怒るのには慣れた。

 でも今は ただただ母が可哀想で。

 泣きたいのに泣けないまま帰宅。

 エアコンをつけに行った娘が ちっとも戻って来ない…よね。

 きっとケアマネさんが『娘さんは、急用ができて帰られました。明日 迎えに来るそうです』とでも言ってくれてるんでしょう。

 私の事 恨んでるよね。

 帰りたいのに、1階に下りることさえできなくて、タクシーも呼べなくて、どうしようもない絶望感を感じてるよね。

 家族の幸せを第一に、父が亡くなってからは、弟と病気の私を抱えて、一生懸命生きて来た母が どうしてこんな想いをしなければいけないのか。

 私が恐れていた『どうしてここに居るんだろう?』という不安や恐怖を母が感じる事は無かった。

 当然の『家に帰りたい』を なぜ私は想像してなかったんだろう。

 私が同居すれば、デイサービスの利用だけでやっていけるレベルではある。

 でも私が実家へ戻るには、たくさんの負担がかかる。

 私も自分の生活を犠牲にするつもりは無い。

 …親は自分を犠牲にしても子どもの幸せを願ってきたんだよね。

 考えても考えても この選択しか無いって思うけど、母が可哀想でどうしようもない。

 退屈してるのなら、できる限り顔を出すようにできるけど、そうじゃないもんね。

 私が顔を出しても 母の悲しみは癒えない。

 終わりの無い入院生活をしてるようなものだ。

 どこかに痛みが残ってても「早く帰りたい」と 誰もが言う入院生活。

 母はどこも痛くないのに、家に帰れない。

「ここがうち」って思えるようになるのを願うしかないのか。

 母に会いたいけど、会ったら母はさらに帰りたくなるし、私も辛い。

 あんなに大事に育てた娘なのに、監獄から救ってくれない。そう思ってるよね。 

 母が可哀想だ。

 私が家で泣いたり考えたりして辛いよりも 母は何倍も辛い悲しい想いをしてる。

 帰りが辛くても、やっぱり母に会いに行くしかない。

 今の私にできるのは、それしかない。

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