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2015年1月

2015年1月29日 (木)

母の幸せ

 昨日も母は元気が無かった。

 入所前、懇意にしてくださってた喫茶店のママから 月曜日 私に電話があり、母のグループホームの場所を知らせたものの「母は わからないかもしれません…」と伝えておいた。

 昨日、母を訪ねると 職員さんが「○○のママさんって方が つい先ほどみえてました。入れ違いでしたね」と、その時の母の様子なども交えて知らせてくれた。

 やはり母は 最初は相手が認識できず、困惑が怒りになってしまったようだ…。

 綺麗な色の薔薇の花束も「これ その方が くださいましたよ」と 詳細を報告して生けてくれるのが 本当にありがたい。

 でも部屋のノートテイク用紙を見ると、ママさんと母の会話が残されてた!

 母は自分が話す事は 相手には聴こえるから書く必要ないし、私には そんな事しないのに、ママさんとは全部 筆談をしたみたい(笑)

 ちゃんと大好きな喫茶店のママだと認識し

「母桃さんが大好きだから」 「私も ママが大好きです」

「またドライブに行きましょう」 「ここを出たら、また連れて行ってくださいね」

 と会話も成り立ってた!

 で『○○のママさんが来てくれたんだね』と書いて見せると「そうなの?お母さん 全然 覚えてない」 苦笑。

 『この薔薇も ママさんがくれたんだって』 「ほんと~ ゆうこが持って来たんだと思ってた」

 思ってた…って、薔薇が飾ってあった事 気づいてないでしょ~~~苦笑。

 なんだか表情の無い母を喫茶店に連れ出す。

職員さんが「ここ数日、母桃さん お元気が無いので、気分転換していただけると助かります」と。

 助手席に乗っても「お父さんが この辺で 羨ましがってるわ~」が出ない。

私の助手席に乗ると 変な所へ連れて行かれる記憶が残ってるのかなぁ。

 喫茶店の駐車場に着くと ちょっと表情が柔らかくなり、いつものカウンターテーブルの端っこ(並んでノートテイクするのに最適)に座るとテーブルの造花を「綺麗だねぇ~」と。

 でもケーキを食べて、週刊誌を見せても、すぐに閉じてあらぬ方を見ている。

 母は「刹那」しか無いんだろうね。 ついさっきの記憶が無いから、いつもいつも「この瞬間」だけ。

 だからどこで何をしていても不安感がつきまとうんだろうな。

 『スーパーで買い物するから 付き合ってくれる?』

 ちょっとでも日常に触れさせようと、連れて行けば足手まといだけど誘ってみると

「いいよ~~」 これは頼まれたのが嬉しいっていう反応。

 母にカートを押させ(両手を自由にしておくと、焼き立てパンを手づかみする)私は目指す食材に一直線で、超特急の買い物。

 よちよち歩きの2歳児を連れて行くのと同じ感じかなぁ。

でも 少しずつ母のエンジンがかかる。

「ついでに ゆうこの家の買い物もしたら? お母さん 払ってあげるから」

 はいはい。 さっき『私の買い物に付き合って』と書いたのは もう忘れてるもんね。

 レジを済ませ、母の顔の前で両手を合わせて「ありがとう!」のポーズ。

 ホームへ戻り、着替えさせると、幾分 表情が明るくなってるのに気づいた。

『お母さん、顔色がすごく良くなったね』と書いたら 「そうお?」と言って うふふと笑った。

ほっぺを触って『うん 美人になった』と書いたら 「美人にはならないでしょう」と言いつつも、声をあげて笑った。

 あぁ…この日 初めての母の笑顔だ。

 喫茶店のママにお礼の電話をしたら

「母桃さん 以前は よく冗談を言って いつも笑ってたのに、涙ぐんでて…あんな母桃さん 初めて見たから びっくりしました」と。

 ママさんは、グループホームに入所させた事に対して 少々 批判的。

 月曜日に電話をくださった時は「私も90歳の母を自宅で見てるけれど」「母桃さんは あんなにお元気なのに」と何度もおっしゃった。

 母と8ヶ月ぶりくらいに会ってみて「お家の事情もおありでしょうけれど、母桃さんが可哀想で…また ドライブにお誘いしてもいいですか?」と。

 喫茶店のお客さん数人とドライブしたり、豪華なお食事に行ったり、よく面倒をみてくださってたママさん。

 今の母は、私が一対一で 手を繋いでいないと危ない。以前の母より運動能力も落ちてる。

 数名のお出掛けで転倒でもしたら迷惑をおかけしてしまう。

その旨をお伝えした。

「じゃあ 時々 お顔を見に行かせてもらいますね」

 そこまで母を想ってくださる事に感謝でいっぱい。

 ご近所の親しくお付き合いしてた方達でさえ、コミュニケーションがとれなくなると 自然に離れていったのに。

 母は ママさんが来てくれると嬉しいかな…。

 刹那に生きる母には、確かめようがない。

でも母を想ってくれる人の気持ちは きっと通じてるよね。

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2015年1月26日 (月)

頭と心と体と

 「言の葉ひろば」の実践講座「朗読劇に親子でチャレンジ!」の初日を無事に終えました。

 今は超ハイテンション。

 準備段階から、代表や事務局長は あれこれ考えて動いて 大変だったでしょうけれど、私は自分の担当の事だけを考えれば良く、そんな時は「あれもやろう」「こうしたらいいかな」と次々と楽しいアイデアが浮かぶ。

 「あれもしなきゃ」「これもしなきゃ」って時は、頭の中がいっぱいになってしまって いわゆる『頭がパニック』となり、思うように進まず体も疲れて悪循環になるんだけど、今回は違った。

 「あれもやりたい」「これもやりたい」だったので、自分のペースで無理しないように調節しつつできた。

 一つ終えると もう次が楽しみで、準備の手を動かしたくなる。

 昨日も帰宅後は、体がぐったりだったけれど、それを見越して予定通り外食にし、食事から帰ると、次の作業にとりかかってしまった。

 思いついたらやりたくなっちゃって。

 講座の写真も「言の葉ひろば」のブログに早くアップしたいし。

 ああしよう! こうしよう!!

 満足感、達成感が エネルギーになっている。

 頭が冴えわたる…(は、良く言いすぎか)

 で、こんな時は、体の疲れを感じなくなってるので、そこは要注意。

 疲れてないはずは無いのに、短時間の眠りで覚めてしまう。(質の良い眠りができているのかも)

 こういう変なハイテンションの時は、調子に乗り過ぎないように。

 友達と会う約束などは、意識して先送りにする。

 まずは先にしなければいけない事・どうしてもしなければいけない事を優先して。

 足元を睨みつけて慎重に歩いて さあ、教室に行きます!

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2015年1月22日 (木)

見えない力に支えられて

 火曜日は一日 家に居て、PCも開いてたのに、なんだか現実感が無かった。

 母を病院へ連れて行く事に関しては、不思議なくらい「そんな大変な事じゃない」って心底思えた。(嫌だな…って思った事自体がおかしいと感じるくらい)

 月曜日の夜、「お母さんを病院へ連れて来てもらえないか。後は私がするから」とお願いした事が原因で、弟と電話でのべ2時間にわたりやり合った。

 そのダメージの方が大きかった(苦笑)

 私はいつどこへ行く時でも 出掛ける直前に仏壇の前で「無事に行って来られますように」 帰宅すると「無事に行ってこられました。ありがとうございます」と合掌する。

 昨日の朝は「どうか力を貸してください」とお願いした。

 小春ちゃんの書き込みがまるで見てたかのようでビックリ。

 いつもより45分早い5時に目覚めてしまい、その後寝つけなかったので起きて準備にとりかかり、夫を送り出してから化粧して、出発も余裕だった。

 でも予想以上に道が混み(こんな時刻に運転した事ないからなぁ)ホームに着いたのは9時ちょっと前。

 なんと母は寝てました…。

「今朝はなんだか元気が無いんですよ」と職員さん。

 私の不安が伝染してるのかな。

 チェストの上には『明日、娘さんが来てくれますよ』『今日は8時半に娘さんが迎えに来てくれますよ』と職員さんが書いてくれたメモが数枚のってる。

 検査手続きの用紙などを受け取り出発。

「どこへ行くの?」

 運転中でノートテイクができないので、信号停止の時に『食べるマネ』をして見せる。

「あんまりお腹すていないけど」と母。

 走行中、何度かその繰り返しがあり 次に「ここ どこ?」

 「○・○・○・い」 母に顔を向けて 大きく口を開けて発声するも「なに?」「聴こえない」数回繰り返したら「アフガン?」だって。

 確かに最初の三文字の母音はあってるので、思わず噴き出す。 どこからアフガンが出て来たのか。

 アフガン市民病院の駐車場に到着。

 右手で母と手を繋ぎ、左手はバッグとノートテイクバインダーを入れた手提げで、両手がふさがってるので、ここでもノートテイクはできず。(杖無しで歩けて良かった!)

 繋いだ右手をわざと大きく振って歩きながら 笑顔で母を見たら、その日 初めての笑顔で「お父さんが、後ろをついてきてるわ~」と。 これが出ると ちょっと安心。

 玄関で車椅子に乗せる。 荷物を母の膝に預けてノートテイク開始。

『私の病院に ちょっと付き合ってね』 「いいよ~」 母 余裕の笑顔。

 総合受付を済ませ、放射線科受付へ。

 あぁ…何もかも慣れた場所で良かった!

 検査に呼ばれるまで、母を退屈させないように、小さなポーチに入れて飴玉も持って来た。(幼児と一緒^^)

 『検査待ちだけど 付き合わせて ごめんね』 「いいよ~」

 ポーチの口を開けて母の前に出すと ちょっと恥ずかしそうに笑って 一つをつまみだす。

 小袋は破れなくて 私が取って破ってやると手の平を丸くして飴玉を受け取ろうとする…可愛い。

 飽きさせないように 色んな事を書いて見せる。

『いい病院でしょう』

「ゆうこ、通院してるの?」

『そうだよ。ずっとしてるよ』

「お母さん、全然知らなかった…」と顔を曇らせる。

『忘れてるだけだって。何度も入院や手術して、その度に、お母さん 付き添ってくれたじゃん』

「そんなに入院したの? 夫桃さんに迷惑かけてるねぇ」 ←こういう所だけは しっかりしてる。

『夫桃さんもそうだけど、お母さんには もっとお世話になってるよ』

「お母さん、全然 覚えてないわ」

 そっかぁ…昔の事も忘れちゃったかぁ…。

 この病院に私が入院した頃は、母は以前のようには頼りにならなくなってて、私に逢いたいばっかりの母を夫が仕事を少し抜けて迎えに行き、帰りは私が病院玄関でタクシーに乗せ、母の難聴と行き先を運転手さんに告げて帰したなぁ…。

 それでも今よりは まだしっかりしてた。

 待ってる間に、私の入院歴と母がその間にしてくれた事を 次々と書き出すも

「お母さん そんな事したかねぇ…覚えてないわ~」だった。

そして「お母さんは、自分が大病したり入院したりって経験が無いから、それも幸せだねぇ」と。 

 

 母の名前を呼ばれ検査室へ。

 金属製の着衣が無いのを確認して「では台の上に寝てください」と男性技師さん。

そこで初めて私は母を促す。

「私?」と ちょっとだけ驚いたけれど、すんなり台に上がる。

 撮影中は私はドアの外へ。 技師さんには認知障碍も難聴も伝えたし(診察表にも分かるようにしてあるのかも)お任せする。

 数分後、ドアが開きお礼を言って母を起こす。

「どうして私がするの? ゆうこの検査じゃないの?」って疑問は一切なし(笑)

 こういう所はすぐに忘れてくれるのが逆にありがたい。

 会計を済ませ、写真ができるのを待つ間に『私の自慢の病院を案内するわね。私がお世話になってる先生に会うかもよ』

「もし会ったら、お母さん 挨拶するから、手をぎゅっと握ってね」 合図してって事ね(笑)

 診察中のW先生の所へ行くわけにはいかず、リハビリ室を覗いてみたら 運よくK先生が患者さんに施術中。

「ここは待ち合い室?」

『リハビリ室。私 ここで歩行訓練したんだよ。あの白衣の先生』

 担当の患者さんが終わり、来てくれたK先生に母を紹介すると、母は車椅子から立ち上がり

「花桃ゆうこの母です。先生のお陰で娘はこんなに元気になり、こうやって病院へ来られるようになりました。ありがとうございます」と涙ぐむ。

 K先生は笑いながら(母の言葉にちょっと困惑しつつ)上手に母の体を支えてくれる。

母はK先生の手を握ってさらにお礼を。

 次の患者さんがみえたのでリハビリ室を出る。

 写真も出来上がり、すべて完了したのは10時40分。 早い早い。

 飴ちゃんは3個出したけど、母を飽きさせることなく 怒らせもせず、スムーズに済んだ。

『デパート(ショッピングモールですが)へ行く?』

「もう帰ろう」

 そっか…やっぱりグループホームに居るのが一番なんだね…でも昼食は外で食べてくるって言っちゃったからな。

 とりあえず車を発進させると間もなく「どこへ行くの? お母さん トイレに行きたい」

 だからぁ~さっき病院のトイレで促したじゃ~ん。出ないって行ったじゃ~ん。(幼児もこうだよね)

 病院では 身障トイレに二人で2回入ったのよ。 

 普通の個室だと母が中で鍵をかけてしまったら、何かあった時困るので、近頃は私が外でドアを押さえるようにしてた。

 身障トイレは 一緒に入室できて、そういう心配しなくていいから 本当にありがたい。

 助手席で漏らされたら困るから 一番近かったニト○へ。 そこにも身障トイレがあり、二人で入って済ませてホッとする。

 ついでだから店内を回ると 母が造花を手にとった。(好きだろうと そのコーナーへ連れて行ったのが功を奏した)

 そして「これ 可愛いねぇ。ゆうこの家の玄関に置くといいんじゃない? 買ってあげるわ」 はい、出ました~♪

「お母さん、今日は財布持ってないけど、家にあるから、立て替えておいてね」

 両手を顔の前で合わせて「ありがとう」のポーズを見せて購入。(もちろん母の部屋に置きました^^)

 続いて、隣のG○へ。

 アクセサリーを見ていた母が「これ買う」と言い出したのは、500円のパール風の二連ネックレス。

「この歳で、玩具をしてるとは誰も思わないから」って。 ん~~確かにそうなんだけど、なんかちょっと違う。

 でも母が自分の意思で「買う」と言うのが嬉しくて購入。

 レジで「着けていく?」と身ぶりをしたら嬉しそうに頷いたので、店員さんが値札を切ってくれて首にかける。 すっごく変だぞ~。いかにも認知障碍のおばあさんって感じだぞ~。

 次にショッピングモールへ。

 そこでは車椅子を借りる。 お正月には、ウインドーショッピングにも興味が無くなってしまってたのに、昨日は だんだんエンジンがかかってきた。

「これ ゆうこなら似合うんじゃない?」と あれこれ手にとってみたり、私が「どう?」と自分の前に合わせると「そんなのババクサイ!」と言ったり。

 昔はこうやって二人でよく買い物したもんね。

 

 お昼ごはんは、スガキ○のラーメンとクリームぜんざいを二人で分けっこ。 すっかり小食になってしまった母。

 月曜日からあまり眠れなくて 昨日は運転が心配だったから「検査を終えたら食事して さっと帰ろう」と思ってたのに、母が嬉しそうだと私も元気と欲が出ちゃう。

 ショッピングモールを出てホームに向かう道、助手席の母を覗き込んだら寝てた…。

 遊び疲れてチャイルドシートで眠るここちゃんの写真を時々貰うけど、私が持たせたぬいぐるみを膝に抱っこして眠ってる母は それと似てる。…ただし、顔がおじいさんみたいなおばあさんなのが残念。

 でも可愛らしくて ククっと笑えてしまう。

 ホームに到着し、すぐに横にならせる。 きっと頭が興奮して疲れてるよね。

 私が 職員さんにネックレスの経緯を話したので「母桃さん、素敵なネックレスだねぇ~」と声をかけてくれるけど、やっぱり首にかけてた事さえ忘れてた。

 横になったまま、私が書いたノートテイクの用紙を全部 読み返し始めた。

 そして「ゆうこぉ~ ごめんねぇ~」と泣く。

「お母さん、ボケ始めてるかもしれない」 …噴き出しそうになる。 違うよ。ボケてるのよ。

 そういう意味を込めて笑いながら首を左右に振り、母のおでこを触る。

 これって、逆に母が覚醒してるって事じゃないか?

 それまではおかしな言動しても 自分で変だと思わなかったのが、今日はなんだか変だって自覚できたって事じゃないの?

 いつもはエレベーターの前まで送って来る母が この前から部屋の前で手を振るようになった。

 体がしんどいのかなぁ。

 帰り道、やりきった充足感と眠気と、母が可哀想だという想いが交差する。

 でも検査は無事に終わったんだ。 この先、どういう展開になっても私は頑張れる。

 そしてさっき、PCを開いて驚く。

 小春ちゃんのメールや書き込みもそうだけど、朗読のお姉さまに 火曜日、原稿を送信したついでに ぽろりと「母の事」を1行書いたら、お返事と共に「こういう時に一番気をつけなければいけないのは車の運転です。…(略) 「言の葉ひろば」の事を色々していただき甘えてばかり…(略)どこかで手を抜いていいから息抜きを…(略)案じています。貴女のファンより」とあった。

 昨日は知らずに居たけれど、私 こういう人達の力で守られていたんだと感じる。

 ホームの職員さんの何気ない一言、友達のメールの中の一文、どれもが私への応援になった。 勇気になった。

 昨日は帰宅後、泥のように眠ってしまったけれど、夜は気分が高揚し、朗読劇の小物作りまで始めてしまった。

 母が可哀想だとの想いは悲しいけれど、母を愛しいと思える自分は幸せだとも思える。

すぐに愚痴を言ってしまう自分は良くないと思うけれど、だから助けて貰えるんだし。

 

 

 今の気持ちは「寄り添ってくれた、心配してくれた 全ての人達の真心に ありがとう!」です。

 また助けてください。

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2015年1月19日 (月)

こんな事くらいで…

 グループホームから携帯に着信があると良い想像はしない。

 今日は案の定…と言うか、予想以上に悪い知らせだった。

 腰を痛がる母に病院で検査を受けさせてほしいとのこと。

 確かに直近に 不注意で尻もちをつかせてしまったのは私だからなぁ…。

 ホーム専属の医師が病院に予約を入れてくれるって。

 でも病院に付き添うのも もちろん送迎も私。

 母を病院に連れて行く大変さが蘇る。

 まして、今度はホームまで迎えに行って送って…。

 数年前にベッドから落ちて打った腰の痛みも何年も痛がっていたから、ひびは入ってるかもしれない。

 でも検査した所で、特別な治療ができるとは思えないから湿布で様子を見てくれるようにお願いしておいたけど、お医者さんは それではダメだったみたい。

 水曜日の午前9時半に検査予約を入れて貰った。

 逆算すると、朝のラッシュ時にホームへ迎えに行く事になる。

 そして病院へ連れて行けば母は怒るだろうなぁ…。

 あぁぁ…。

 もし骨折でもしてたら、そこは手術になっちゃうかな。

 難聴で認知障碍のある母が入院したら私はずっと付き添わないといけなくなる。

 どんどんと嫌な想像が渦巻いて、胸がドキドキしてくる。

 昨日、新聞で「瞑想のすすめ」を読んだ。

 普段から心を整える訓練をしておくと、何か起きた時でも 平常心を保てるようになるって。

 なるほどねぇ…私は、お参りしてる時も邪念(あ、あれしなきゃ!とか、夕飯の支度は…とか、明日の予定は…などと次々に考える)ばかりだし、あれじゃ瞑想にはなってないなぁ…と思ったばかり。

 今日は たったこれくらいの事で、もうずっと動悸がして、体に力が入らない。

 なによ!こんなことくらいで!

 幸いにも予約を入れてくれた病院は、私の行きつけ(笑)のK市民病院☆

 システムにも慣れてるし、今まで通った複数の病院の中で、私は一番 気に入っているので、他の知らない病院に行く事を思えば ずっとずっと楽!

 ちゃんと神様が味方してくれてるじゃん。

 たかが母を病院に連れて行くだけじゃん。

 往復何時間もかかる距離じゃないんだし。…でも2往復だ…。暑くないし紫外線が強くないからいいじゃん!

 いつも「大事な母」って言ってるのは 格好つけてるだけなの?

 愚痴にしないで、力を出そう! 

 

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2015年1月16日 (金)

靴は全部 売り払いました

 久しぶりに一日中 家に居ると…かかってきますセールス電話。

 今日は初めてのパターン「靴を買い取ります」の男の人でした。

 基本的には どういう売り込みでも「夫がそういう関係の仕事をしています」で 円満に切る事ができるんだけど 今日は 頭が緩みきっていたのが逆に良くなくて『靴の買い取りなんてする会社が そんなにあるんだろうか?』と余計な事を考えてしまった。

 で、咄嗟に出た言葉が「つい最近 全部 売り払ったばかりです」 どこへ!? そんな会社がやっぱりあるのか?!

 相手はなんだか笑いを含んだ口調で「全部ですか?」と。

 私も笑顔で「ええ、ちょうど履かない靴を整理してたの」と。

 そんなタイミング良く買い取りが来るかね?

 さらに「靴は売られてしまっても、近頃は履かない和装用の草履とかは無いですか?一足からでもお買い取りさせていただくんですが」

 間髪いれずに「それらも全部 売り払いました」

 ここまで言えば、相手も『こいつは売る気が無い、どうにもならない』と悟ったんでしょう。

「そうでしたかぁ…残念でした。では、またご縁がありましたら」

「はい、ご苦労様でした」(ここは真心こめて言います)

 さてさて、靴を買い取ってどうするんでしょうか?

もちろん靴の買い取りが本当の目的では無いと思うんだけど。

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2015年1月14日 (水)

気がかり

 昨日、グループホームの母の所へ行くと…。

 私の顔を見るなり涙ぐむ。

 「ゆうこ~ よく来てくれたねぇ」と涙ぐみながら笑うのは、たびたびある。

でも昨日は ちょっと違った。

 側へ行って手をとると

「お母さん、こんなところに居たくない! 早くうちへ帰りたい!」

 あちゃーーーー 久しぶりのこのセリフだ。

ここが居心地の良いおうちになって、もう帰宅願望は消えたと思ってたのに…。

 慌てて手を引いて、母の部屋へ連れて行く。

 母は泣きながら「ここはバカばっかり! お母さんもバカだけど、ここに居る人は 全員、お母さんよりバカばっかり! 友達になりたいと思えるような人は 一人も居ない!」

 本来の母は こんな物言いをする人じゃなかった…ただ、母の言ってる意味はわかる。

2階の利用者さんは ほぼ満室になり8名ほど(いらっしゃると思う)。

 でも私とコミュニケーションがとれるのは、母を除いてお二人だけ。

 ほとんどの方が私が挨拶しても無表情…それは仕方の無い事なんだけど、今の母には それが分からない。

「挨拶しても返事もしない」「お母さんを嫌いみたい」「ご飯を食べる時だけ必死」

 これはもうどうしようもない。

 母を車で連れ出す。

 ハンバーガーショップで、やっと笑顔が出て

「お父さんが この辺(頭の上で手をまわし)で羨ましがってるわ~」と。

 雑貨屋さんで造花を見る。

「生花を買うより安いねぇ。ゆうこの家の玄関に飾ったらどう? お母さん、ここには財布 持って来てないけど、家に行けばあるから、買ってあげるわ!」 

 でました!『買ったげる攻撃』 これも久しぶりな気がする。

 でも…家に行けば…なんだよね。

 お正月の私宅お泊りの際、ホテルの駐車場で尻もちをついて腰を傷めたのが まだ痛い(骨にひびが入ってるだろうな…)

 そのせいか、歩くのにすごく慎重になった。

 私が出した手をぎゅっと掴んでるし(私が痛いくらい) 助手席の乗り降りも 私がドアを押さえて手を貸さないとできなくなった。

 母は確実に衰えていく…。

 母より少し遅れて入所した方の認知障碍が どんどん進行するのを見たり、友達の親御さんの話を聞くと 母の進行は緩やかだと思える。

 でも治る事はなくて、やっぱり進行しているんだ。

 部屋へ戻って爪を切るように促すと 面倒くさがる。

でも 相当伸びてるのよ。

 足の爪は私に任せるようになったけど、手の爪は「怖いから自分で切る」とのこと。

爪切りの当て方も変。 見てる方が怖くて顔をしかめて目をそむけちゃう。深爪するし。

 どうにも切れなくて諦めたらしく 私が手を出したら素直に爪切りを渡した。

 私も人の爪切りはちょっと怖いから、本当に切りたいところより少し手前で力を込めるんだけど、それでも「痛い!」と言う。(どこも切れてないんだけど)

 子どもの爪切り経験が無いから 私は『人の爪切り初心者』

これも練習しないといけないね…。

 

 帰宅後も母の事が頭から離れない。

 ここんとこ 母と会うと穏やかで満たされた(自己満足だけど)気持ちになれたのに、年明けからは 自分のミスを後悔したり、母がやたらと可哀想で心配だったり…。

 心が晴れません。

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2015年1月 9日 (金)

不肖の弟子

 「言の葉ひろば」の会報を初めて編集発行したのは、去年の春。

Wordで文書は我流で作れても、会報となると、多少の知識は必要。

 写真を挿入できても、自分の思った位置に移動できない…ってレベルから始まりました。

 「言の葉ひろば」会員の中でWordを長く習ってるAさんを紹介していただき、手ほどきを受けた。

 最低限の理解ではあったけれど、まあまあの会報が完成。

 あれから、両面印刷1枚の会報を一度編集し、今回は三度目。

 上を見ればキリは無いけれど、自分が意図した事は表現できるようにはなってた。

 とりあえずたたき台を作って、代表や執行部の人にメール送信して見ていただく。

内容の間違いや文章表現のアドバイスを貰って修正する。

 そして今日は最終チェックで、Aさんに一緒に画面を見てもらう。

Aさんにも 既に原稿は送ってあり、今日は 細かい所を手直ししてもらうつもりだった。

 いつもながら「良くできてますよ~~。すごいと思うわ」と褒めてくれたけれど「手間をかけてるなぁと思って」

 そう! 絶対に余計な手間をかけてる!

 私の我流PC操作は多くが『知ってる人なら3秒で済む事を30分かけてやる』

 Aさんが手直ししようにも 土台の作り方が正しくないので「あら、どうして これができないんだろう?」ってなる。

 
 Aさんが自分のPCを開いて「こうやってやるんだけど」と見せてくれる。

「あ~~ それ 前にも教えてもらいました~~~! 言われれば思い出すけど、身についてませんでした~~」

 便利な機能も「あ、そうだった! それも教えてもらったんだった!」って事ばかり。

 もちろんいくつかは身についてて「昔はここで時間かかったけど、今はこんなに簡単に綺麗にできるもんねぇ~ ふふふ~ん♪」って事もありましたよ(キリリ)

「もう一回 やって見せてください」とお願いして、手順を復唱しながら見る。

すぐやらないと忘れちゃうんだよねぇ。

 今日 教えてもらった3つ(新たにじゃなく もう一度)のうち おそらく1つしか身につかなくて、次回も同じ事を聞くと思う…汗。

 おっとり優しいAさんなので、3つのうち1つでも 次回 身についてれば許してくれるでしょう。

 こうやって三歩進むはずが一歩しか進まず…の繰り返しでも、回数を重ねれば何歩か進んでいるのだ! (威張っている)

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2015年1月 8日 (木)

せっかく…

 先日の内科定期診察。 咳ぜんそくの経過診察で、呼吸器科も受診した。

 実は呼吸器科で処方された吸入剤の副作用に「クッシング症候群が現れる事もある」とあるのに気づき、近頃は使うのがためらわれた。

 と言うのも、20年くらい前、リンデロンを服用中、そんな症状があり、異様な肥り方をしたんです。

 そう言えば、11月から、食べる量はさほど変わって無い(少なくはないです…汗)のに、体重がずんずん増加してる。 体幹部はいつも熱いし(暑い)

 これはクッシング症候群に違いない!  と 素人の私は思ったわけですよ。

 呼吸器のドクターは「体内に吸収される率は、SLEで使用中のステロイドの何千分の一なので、文献にはそう書いてあっても、クッシング症候群を発症する心配は無いですよ」とおっしゃるけど…。

 肥る原因をソレに決めつけた私は「でも~」と。

 で、もっとゆるいのに替えてくれました…実は私はもう服用しないつもりで居たんだけど、一年は続けないといけないんだって!

 そこはしぶしぶ承知して、内科へ。

 懸案だったプログラフは晴れて止める事になりましたが、そんな日に限って 尿たんぱくが+2。

「これは 気に入らんな」 出ました! W先生の『黄色シグナル点滅』

「朝のステロイドを2錠に増やすか?」 うぅぅ…3秒ほど拒否の姿勢を見せて「はい!増やします!」

 ちょっと変だなと思って、自分で増やすのは しょっちゅうやってるのに、ドクターに言われて増やすのはなんだか嫌だなぁ~って思っちゃうのよね。

 減らすのにドクターの指示が必要だからかな。 自分で増やしたのは、すぐに自分で減らせるから。…そもそも そんな自己判断はダメなんでしょうけど。

 久々に会ったT嬢が「痩せた?」 「ううん! 肥ったよ~!」 「でも顔がスッキリしてるよ」だったのに、またムーンフェイス復活かなぁ。

 2錠くらいは、どうって事ないと思うんだけど。

 『吸入剤で肥る』根拠の無い思い込みもまだ残ってるし…。

 本気で食べる物を(おやつを!)減らしていかないといけないのよね。

それが最も正しく安全な痩せる手段…分かってるんだけどさ~。

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2015年1月 7日 (水)

母の変化

 正月に母を泊めた時の話です。

 『2日にホームへ迎えに行き、ホテルでお正月バイキングを夫と3人で楽しみ、夫はそのままホテル泊で、母と私は家で泊まり、翌日、お寺参り・父の墓参・ウインドーショッピングして夕方ホームに送る』と11月に計画した。

 最後に母を泊めたのは、夫のマラソン出場旅行に合わせたグループホーム入所前の5月。

 夜中のトイレに付き合う度に「ゆうこ~ありがとうね~」と笑顔で言うのが可愛らしかった。

 またそんな瞬間を味わいたい…私を認識できる母との時間は どんどん少なくなって来てるはずだから、母との時間を大切にしたい。

 甘かったなぁ…。

 迎えに行った時はいつもの母だった。

「お正月にうちに泊まってね」と以前 言った時は「お正月くらい夫桃さんとゆっくりしなさい」

『夫桃は、その日は居ないから大丈夫』「ほんと~! それならお母さん 泊まりたい! 嬉しい~!」と言ってたのに、この日は私が仕度をしてるうちに様子が変わって来た。

不機嫌なのは『ホテルでご飯食べるから、ちょっとお洒落してね』と着替えさせたせいかな。

 着替えやパジャマを一式 揃えた時には「こんな寒いのに、どこへ行くの!」と怒りだした。

 職員さん達が「母桃さん、素敵~! 楽しんで来てくださいね~」と満面の笑顔で覗きこんでも仏頂面。

 車の助手席に座らせて出発。

 いつも私と外出する時、助手席での決まり文句は「お父さんが羨ましがってるわ~(繰り返し)」なのに、それも出ない。

 夫を拾ってホテルバイキングへ。

 以前の母は私よりも足腰は丈夫でスタスタ歩いていたのが、なんだか足元がおぼつかない。 

 おそらくホームでの快適な生活で、脚力が衰えたんでしょうね。

 それと、どうやら人の多さにも困惑していそう。

 料理も手品もバルーンパフォーマンスも 全然 楽しんでる様子無し。

夫と「来年は、普通の店で食事した方がいいね」と話し合う。

 夫をホテルに残し(狭い家で母を泊められない・夫を巻き添えに出来ない・母が気を遣うため)、母と家に向かう…その直前に最初のアクシデント。

 ホテルから駐車場へ向かう階段が終わった所で、私が手袋を渡したのがいけなかった。

 よりによって大晦日から急に左太ももが痛み、ステッキを持っていた私は、歩きながらのノートテイクできず母の耳元で大声で「ここで止まって手袋はめて!」と言ったんだけれど、聴こえるはずもなく…手袋をはめながら歩き出した母は予想通り、小さな段差で転倒し尻もちをついた。

「痛ーい! おしっこ出ちゃった!」 青ざめる私。 おしっこよりも骨折してないか!?

 手を貸すと、自分で立ち上がれた。 ズボンのお尻を触ってみたら濡れてはいない。『ちょい漏れ』かもしれない。

 おぼつかないながらも自分で歩けるので骨折はしてなさそう。でもお年寄りは骨折してても気づかない事があるから…。

 不安なまま我が家へ。

 とにかく母はずっと挙動不審。おどおどしてる。

 でも半年ぶりの我が家で仏壇を見つけると、正座して(骨折はしてないな)

「御本尊様、はじめまして。花桃ゆうこの母です。どうか ゆうこを幸せにしてやってください」 噴き出した…はじめましてじゃないし。

続いて「一日も早く ゆうこが夫桃さんと一緒に暮らせますように」 またも噴き出す。どゆこと?

 さっきまで居た夫が居ない事には気づいてないんだけどな。

そして「ゆうこ いい所に勤めてるねぇ」 頷いておく。

リビングを見て「こういう本や飾りなんかは、ゆうこが揃えたの?」 「大家さんみたいな人はどこに居るの?」 

あちこちの部屋を開けて見て「変わったつくりだねぇ。そう思わなかった?」 「食べ物は置いてあるの?」

「包丁はある?」 『あるよ』 「ほんと~ ちょっと危ないねぇ」 ははぁ~ん、自分が居るグループホームと混同してるな。

 そしてまた仏壇の前に座って「はじめまして…」 仏壇だけは認識できるんだ。

 2回目のアクシデントは入浴。

ホーム入所前から入浴は嫌がった。

『一緒に入って』と促して、無理矢理浴室へ。 湯船につかると「あ~気持ちい~い。しあわせ~」と この日初めてのホッとした顔。

 で、ホームでも職員さんを困らせている洗髪を手ぶりで促したら「洗ったばかりだから洗わなくていい!」 うぅ…髪に顔を近づけると ちょっと匂うんだけどな。

 湯船に二人でぎゅうぎゅうに浸かりながら こうなったら強行手段だ!と 湯船の中で洗う事にして、後頭部にそっとお湯をかけた途端

「やめて!! 熱い!!」と大声で叫びのけぞり、湯船の角で後頭部を打った。 青ざめる私。 これじゃ虐待だ。

 頭を打った事が心配なんだけれど、母はそれはすぐに忘れるようで、とにかく怒る。普通に怒れるから、脳震盪とか脳出血は無さそうね…。

 怒りの勢いで洗い場に出ると「自分で洗うわ!」 でもシャワーの使い方がわからない。これは母に限らず、人んちの給湯システムには戸惑うよね。

 昔の母は教えればできたけれど、ホームでの操作が身についた今の母は、変なところを押してる。

 シャワーの操作やシャンプーを掌に出すのを手伝って、コンディショナーは省いて 犬の子を洗うような洗髪が終了。

「洗っといて!」とタオルを投げる。 はいはい。

 5月に来た時は 二人の入浴も嬉しそうだったんだけどなぁ…。

 幼児を入浴させる母親は、自分の体なんて洗ってられないだろうけど、まさにそれ。目が離せないし、待たせる事ができないから、私は化粧落としも湯船の中。

 若いシングルマザーが一人で乳幼児を育てるのは、こんな時も大変なんだろうな…と想像した。

 お風呂上がりに、ホームでいつもしてもらうように、ぬるいお茶を飲ませる。

 リビングのソファーでテレビをつけたけれど、全然 見る気がない。

 9時に 処方されている睡眠導入剤を飲ませると「もう寝るわ」と。

 どこで寝るのか、ゆうこはどこで寝るのか…この日 何度目かの質問に答えて、いつもは私が寝ている寝床に寝かせる。

 私は洗顔をしなおし、暮れから取りかかっている「言の葉ひろば」の会報編集をしながら、母の様子をうかがう。 あまりに静かなので心配になって、鼻の側に手を当てて息を確認。

 

 私も明日に備えて11時にはベッドへ。

 トイレのドアには『トイレ』と大きく張り紙をし、トイレの中にも『ゆうこは、隣の部屋にいるので安心して寝てね』と書いて張り、母の寝床と私の寝てる部屋のドアは全部開け離し、廊下の灯りも点け、できる限りの対策はしてある。

 でも気になって寝つけない。

 12時に母が起きる気配がした。 普段の休日の朝、夫が起きて台所でお湯を沸かしてても気づかずに寝てるのに、母がおそるおそる廊下に出てくるより先に ガウンを羽織って待ち受ける。

 そして3回目のアクシデント。

 母をトイレに入れて、扉の外で待つ。 …ちっとも出てこない。 かなり待つ。 そろそろ母も寒いはずだ…物音もしない。

 ノックしても「おかあさん」と呼んでも聴こえるはずが無いのが こういう時 不便。

 小さくドアを開けて覗くと、トイレットペーパーを握りしめて何かしてる。

 驚かさないように(声を掛ける前触れがないから、誰でも驚くよね) ドアをゆっくり開けて、母の上着を差し出すと

「あ~よく分かったねぇ~」とちょっと嬉しそうな声。 やっぱり相当寒かったんだ。

 そして母の全容を確認。 パジャマのズボンが足首にあるので、触ってみたらぐしょぐしょ。

 なるほど、濡れた下着とパジャマをトイレットペーパーで拭いてたのね。 そこで気づく。母のパジャマは、昔、私が緊急入院した時に母が買って来てくれた物で、上着の丈が長い。 おそらく上着をたくしあげてるうちに間に合わず粗相をしてしまったんでしょう。

 そう言えば、年末に母の所へ行った時も このパジャマのズボンだけが部屋にかけてあった。 その時も「もしかしたら漏らしたかな」とチラっと思ったの。

 そこからの対応は上手くできた。

 すぐに下着とズボンの代わりを持って来ると、言葉の説明が無くても母はそこで自ら履き替え「あ~ やっとあったかくなった」と。

 私はそのまま濡れた物の洗濯にとりかかる。

 粗相をした事には全く触れず、ごく自然に優しく対応できたんだけど、母の方が違ってた。

 布団に入ってから、手の届くところにあるものを いちいち引っ張り出す。(私の布団の周りには、色んな物が置いてあります…恥)

 引っ張り出すのはいいんだけど、元の位置に戻さず変な所に入れるので、後で私が困るから、どこに置くかは見張っておく。

 そのうち布団の上に起き上がり、さらにイタズラの範囲を広げる。

そして「お母さん、おねしょなんてしてないよね?」 うんうんと大きく頷く。

 あぁ…失敗した恥ずかしさを誤魔化してるんだな…。

「どこかの子どもがしたのかねぇ」 頷いておく。

「親がやらせたんだねぇ」 ??? でも頷いておく。

 ところが母は本気で起き上がって来てしまった!

 靴下も履かせ、上着の上に更に私の服を羽織わせる。

 パジャマのズボンと下着を隣の部屋で干す。

 起き上がった母の室内探検が始まる。

 あちこちの引き出しを開け、取り出した物を別の所に入れる。

 カメラケースのファスナーを開け(ここは乳幼児より器用にやる)カメラを取り出して、どこに置こうかうろうろする。

 クリーニングに出す予定の袋の中から出した衣類を 自分の荷物の入ったバッグに移す。

 私は母が動かした物を、さり気なく元の位置に戻す。

「夫桃さんは、まだ帰って来ないの?」 夫の事だけは 少し認識できてる。うんと頷いて見せる。

ノートテイクの道具も持って来て 本気で付き合う事に。

 家賃はいくらなのか? 『マンション買ったから家賃は無いよ』

 現金で買ったのか?ローンはいくらなのか? 誰が払ってるのか? ゆうこに収入はあるのか?

 馬鹿馬鹿しいと思いながらもノートテイクで答える。 そもそもマンション購入は、母がしっかりしてた時だったし。

そしてまた探検再開。

 1時半になる。 私は翌日 あちこち運転しなくちゃいけないから寝たいのよ…。

『もう1時半過ぎたよ。みんなはもう寝てるよ』と書いてみるも、全然 興味が無さそうで「ゆうこ いい所に勤めてるねぇ」に戻る。

 「夫桃さん いつ帰って来るの?」に対しては とうとう『今日はホテルに泊まってるから帰って来ないよ』と書く。

 それが1時半過ぎてもまだ「夫桃さん、まだ帰って来ないの?」が繰り返され、最初はさっき書いたところを指差してたけど、だんだん力が加わり 人差し指でトントンと叩き示すように、最後は手の指3本でドンドンと…。 ダメだなぁ…私。

 母に音の強さは聴こえてないからいいけど 怒ってる感じは伝わってるよね。

 きっとこういう人を家で介護してるおうちは いっぱいあるんだろうな。

 私は たった一晩でこんな風なのに、それを何日も何ヶ月も何年も続けてる人があるんだろうな…偉いなぁ…私には無理だ… などと思う。

 早く寝てくれ~~~~!

 2時過ぎに突然「もう寝るわ」

 布団に入れて消灯すると小さな声で「ゆうこ ごめんね~」と。もう一度電気を点けて、母の目の前に顔を出して笑って見せた。

 やっと私もベッドに入ってから、転倒させた事、湯船の角で後頭部を打ちつけた事、これから何か症状が出てくるかもしれない…と、あれこれ考えて不安になる。

 3時…また母が起きる気配。

 私が防寒対策を万全にして行っても、まだ母は、部屋の出口で どこへ行くべきか迷っている。

 トイレに入れて、長いパジャマの上着をたくしあげて首の後ろにはさみこむ。

 4時も同じように。

 次が5時半くらいか…この日初めて私もうとうとしかけてて、母がトイレの前に立って やっと気付いた。

 用を済ませ、布団に入れると「ゆうこ~ ごめんね~」 声がしっかりしてきてる。

 最後のトイレが6時半。

 そこから私も8時まで熟睡。

 自分で排せつができるだけでもありがたい。 オムツの世話や、トイレ内での介助をしてる人も居るんだよね。

 でも私はこれが毎日だったら耐えられないよ…。

 晴天の翌朝。

 母はもう新聞を読む事さえしなくなってた。

 私が用意した朝食は「美味しい^^」と言って食べたけれど、この前来た時みたいな『母娘のらぶらぶモーニング』って感じでは無かったなぁ。

 昼まで手持無沙汰の母をどうするか…。 ずっと笑わないし。

『散歩に行こうか』 出掛けるのは嬉しいみたいで 顔がちょっと明るくなる。

 公園を歩き、さざんかを指差しても あまり興味を示さない。(あんなに大好きで採集しまくってたのに)

 ここちゃんの好きなぼよ~んに乗って見せたら、乗りたい素振りを見せたので乗せたら「怖い」って。

 ブランコも幼児用の方に乗せたら、数回 揺れただけで「怖い」って。

 10分ともたずに帰宅。

 洗い物をしながら、リビングの母を見ると、難しい顔してソファーに座ってる。何を考えてるのかなぁ…。

 『ここで横になったら?』 「いい」と言ったけど、クッションを枕にして、両足を上げさせて伸ばしたら されるがままだった。

 そのまま毛布をかけたら眠ってしまった。 きっとずっと緊張してたんだね。 私も寝たいけど…。

 昼前に夫が帰宅し、3人でお雑煮とおせちの残りを食べる。

 もう夫の存在も見えてない感じ。

 たまに気づいて「あ、夫桃さん 居たの! かっこいいねぇ。触っておこ」と腕を撫でる。 そんな事する母じゃなかったのに。

 夫を残して、母とお寺へ。

 読経の間、経本を持つ手が震えていて、やっぱり具合が悪いのかも…と不安になるも、ご住職の説法をノートテイクしたら感激して泣くし。

 父の墓参では「おとうさん…ゆうこが 連れて来てくれました。 おとうさん、ゆうこを見守っててください」と涙声で言う。

 ウインドーショッピングでは、車椅子を持って来たらためらう事なく乗った。以前は拒否してたのに。 こういう場所を歩くのはもう怖いんだね。

 ミスドで車椅子の母をテーブルにつかせて 私は並びながら母を見るけど、ずっと顔はこわばったまま。

 4時過ぎにホームに着き、玄関ドアを見たら、母がホッとしたような顔をした。そしてスタスタと自分で先に入って行った。

 あぁ…母には もうここが一番安心な場所なんだな…と思った。

 荷物を片づけてホームを出た帰り、運転しながら 悲しいとは違う…辛くはない…可哀想とも違う なんだろう…と 考えた。

 寂しいんだ! と気づく。

 なんか母に逢いたくて泣きたいような気持ちになった。

 母は一泊二日の緊張から解放されて、安全な場所に帰ったんだ…。

 昨日、ホームに行くと、職員さんから「起き上がる時や歩き始めに痛がります」と報告があった。

 やっぱり尻もちをついて傷めたんだよね。骨にひびが入ってるかもしれないな。

 後頭部を打ったのだって本人は忘れてるけど、何か影響があるかもしれないし。

 たった一泊二日でこの失敗。 母の体を傷つけた。

 母が喜ぶなら、一泊二日くらいの苦行は頑張るけれど、母も辛かったようだし、もううちへ泊めるのは無理かもしれない。

 昨日の母は、ソファーで利用者さん達とテレビを見てた(という体)けど、私の姿を見ると笑顔になって手を振って立ち上がったから、やっぱりしっかりしてる。

 時々 職員さんが「娘さんが来てくれたよ~」と言っても、私が側まで行っても「ゆうこ?」と 認識するまでに時間がかかる事もある。

 「ゆうこみたいに しょっちゅう来てくれるのは、お母さんだけ。他の人のところへは誰も来ない。お母さんは幸せ」 (いいえ、他の人のところへも ご家族がいらっしゃってますが)

 帰り際に『また来週来るからね』と書くと「これから暑くなるから無理しなくていいよ」と。

「1階まで送って行く」と私の荷物を持つ。 いつもは「お母さん、帰って来られないから、ここでごめんね」と2階のエレベーター前で別れるのに。

 職員さんが「じゃあ、私も一緒に1階まで行きます」と言ってくれたけど、結局、エレベーター前で両手で握手して別れました。(1階まで行くと言った事を忘れてる)

 母の笑顔が見たい。

 母の「お母さん 幸せ~」が聞きたい。

 去年の今頃は、週に一度実家へ行く度に 母の花集めの始末や 同居の弟との確執などで、私の心身も疲弊してたけど「母が大好き」と思える今は 私も幸せだ。

 

 

 

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2015年1月 4日 (日)

年の初めに

 気づけば 年末から随分お休みしてしまいました。

 毎年、なんだか気ぜわしい年末年始が終わり、今日は久しぶりに家でゆっくりしてました。

明日からは早速 市役所音訳ボランティア→公文ミーティングからの教室です。

 2014年から3年間は大殺界。(けっこう気にします)

 そのせいか、去年の年頭は 理由の無い不安に押しつぶされそうでした。

 2014年は、母のグループホーム入所や、私の顔面お岩さん・旅先での夜間救急外来受診・心電図の異常など、予想外の出来事に見舞われました。

 でも暮れにしみじみと「私の体調不良は どれも大事には至らなかったんだよね。母のグループホーム入所も 心配していたような母の大きな混乱はなく、逆に『入所させて良かった』と思えるようになったし、穏やかな気持ちで 自分の為に自分で大掃除(小掃除)できるんだから、これはすごく幸せな事だ。良い年だったんだなぁ」と思ったのでした。

 さて、今年は大殺界の真ん中の年。

 上手く乗り越えて行けるといいな。

『いつも側にいます・花桃日記』をご訪問くださる皆様、どうか 今年もよろしくお願いします。

 お正月中の母との出来事は、また後日 書きます。

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