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2015年1月22日 (木)

見えない力に支えられて

 火曜日は一日 家に居て、PCも開いてたのに、なんだか現実感が無かった。

 母を病院へ連れて行く事に関しては、不思議なくらい「そんな大変な事じゃない」って心底思えた。(嫌だな…って思った事自体がおかしいと感じるくらい)

 月曜日の夜、「お母さんを病院へ連れて来てもらえないか。後は私がするから」とお願いした事が原因で、弟と電話でのべ2時間にわたりやり合った。

 そのダメージの方が大きかった(苦笑)

 私はいつどこへ行く時でも 出掛ける直前に仏壇の前で「無事に行って来られますように」 帰宅すると「無事に行ってこられました。ありがとうございます」と合掌する。

 昨日の朝は「どうか力を貸してください」とお願いした。

 小春ちゃんの書き込みがまるで見てたかのようでビックリ。

 いつもより45分早い5時に目覚めてしまい、その後寝つけなかったので起きて準備にとりかかり、夫を送り出してから化粧して、出発も余裕だった。

 でも予想以上に道が混み(こんな時刻に運転した事ないからなぁ)ホームに着いたのは9時ちょっと前。

 なんと母は寝てました…。

「今朝はなんだか元気が無いんですよ」と職員さん。

 私の不安が伝染してるのかな。

 チェストの上には『明日、娘さんが来てくれますよ』『今日は8時半に娘さんが迎えに来てくれますよ』と職員さんが書いてくれたメモが数枚のってる。

 検査手続きの用紙などを受け取り出発。

「どこへ行くの?」

 運転中でノートテイクができないので、信号停止の時に『食べるマネ』をして見せる。

「あんまりお腹すていないけど」と母。

 走行中、何度かその繰り返しがあり 次に「ここ どこ?」

 「○・○・○・い」 母に顔を向けて 大きく口を開けて発声するも「なに?」「聴こえない」数回繰り返したら「アフガン?」だって。

 確かに最初の三文字の母音はあってるので、思わず噴き出す。 どこからアフガンが出て来たのか。

 アフガン市民病院の駐車場に到着。

 右手で母と手を繋ぎ、左手はバッグとノートテイクバインダーを入れた手提げで、両手がふさがってるので、ここでもノートテイクはできず。(杖無しで歩けて良かった!)

 繋いだ右手をわざと大きく振って歩きながら 笑顔で母を見たら、その日 初めての笑顔で「お父さんが、後ろをついてきてるわ~」と。 これが出ると ちょっと安心。

 玄関で車椅子に乗せる。 荷物を母の膝に預けてノートテイク開始。

『私の病院に ちょっと付き合ってね』 「いいよ~」 母 余裕の笑顔。

 総合受付を済ませ、放射線科受付へ。

 あぁ…何もかも慣れた場所で良かった!

 検査に呼ばれるまで、母を退屈させないように、小さなポーチに入れて飴玉も持って来た。(幼児と一緒^^)

 『検査待ちだけど 付き合わせて ごめんね』 「いいよ~」

 ポーチの口を開けて母の前に出すと ちょっと恥ずかしそうに笑って 一つをつまみだす。

 小袋は破れなくて 私が取って破ってやると手の平を丸くして飴玉を受け取ろうとする…可愛い。

 飽きさせないように 色んな事を書いて見せる。

『いい病院でしょう』

「ゆうこ、通院してるの?」

『そうだよ。ずっとしてるよ』

「お母さん、全然知らなかった…」と顔を曇らせる。

『忘れてるだけだって。何度も入院や手術して、その度に、お母さん 付き添ってくれたじゃん』

「そんなに入院したの? 夫桃さんに迷惑かけてるねぇ」 ←こういう所だけは しっかりしてる。

『夫桃さんもそうだけど、お母さんには もっとお世話になってるよ』

「お母さん、全然 覚えてないわ」

 そっかぁ…昔の事も忘れちゃったかぁ…。

 この病院に私が入院した頃は、母は以前のようには頼りにならなくなってて、私に逢いたいばっかりの母を夫が仕事を少し抜けて迎えに行き、帰りは私が病院玄関でタクシーに乗せ、母の難聴と行き先を運転手さんに告げて帰したなぁ…。

 それでも今よりは まだしっかりしてた。

 待ってる間に、私の入院歴と母がその間にしてくれた事を 次々と書き出すも

「お母さん そんな事したかねぇ…覚えてないわ~」だった。

そして「お母さんは、自分が大病したり入院したりって経験が無いから、それも幸せだねぇ」と。 

 

 母の名前を呼ばれ検査室へ。

 金属製の着衣が無いのを確認して「では台の上に寝てください」と男性技師さん。

そこで初めて私は母を促す。

「私?」と ちょっとだけ驚いたけれど、すんなり台に上がる。

 撮影中は私はドアの外へ。 技師さんには認知障碍も難聴も伝えたし(診察表にも分かるようにしてあるのかも)お任せする。

 数分後、ドアが開きお礼を言って母を起こす。

「どうして私がするの? ゆうこの検査じゃないの?」って疑問は一切なし(笑)

 こういう所はすぐに忘れてくれるのが逆にありがたい。

 会計を済ませ、写真ができるのを待つ間に『私の自慢の病院を案内するわね。私がお世話になってる先生に会うかもよ』

「もし会ったら、お母さん 挨拶するから、手をぎゅっと握ってね」 合図してって事ね(笑)

 診察中のW先生の所へ行くわけにはいかず、リハビリ室を覗いてみたら 運よくK先生が患者さんに施術中。

「ここは待ち合い室?」

『リハビリ室。私 ここで歩行訓練したんだよ。あの白衣の先生』

 担当の患者さんが終わり、来てくれたK先生に母を紹介すると、母は車椅子から立ち上がり

「花桃ゆうこの母です。先生のお陰で娘はこんなに元気になり、こうやって病院へ来られるようになりました。ありがとうございます」と涙ぐむ。

 K先生は笑いながら(母の言葉にちょっと困惑しつつ)上手に母の体を支えてくれる。

母はK先生の手を握ってさらにお礼を。

 次の患者さんがみえたのでリハビリ室を出る。

 写真も出来上がり、すべて完了したのは10時40分。 早い早い。

 飴ちゃんは3個出したけど、母を飽きさせることなく 怒らせもせず、スムーズに済んだ。

『デパート(ショッピングモールですが)へ行く?』

「もう帰ろう」

 そっか…やっぱりグループホームに居るのが一番なんだね…でも昼食は外で食べてくるって言っちゃったからな。

 とりあえず車を発進させると間もなく「どこへ行くの? お母さん トイレに行きたい」

 だからぁ~さっき病院のトイレで促したじゃ~ん。出ないって行ったじゃ~ん。(幼児もこうだよね)

 病院では 身障トイレに二人で2回入ったのよ。 

 普通の個室だと母が中で鍵をかけてしまったら、何かあった時困るので、近頃は私が外でドアを押さえるようにしてた。

 身障トイレは 一緒に入室できて、そういう心配しなくていいから 本当にありがたい。

 助手席で漏らされたら困るから 一番近かったニト○へ。 そこにも身障トイレがあり、二人で入って済ませてホッとする。

 ついでだから店内を回ると 母が造花を手にとった。(好きだろうと そのコーナーへ連れて行ったのが功を奏した)

 そして「これ 可愛いねぇ。ゆうこの家の玄関に置くといいんじゃない? 買ってあげるわ」 はい、出ました~♪

「お母さん、今日は財布持ってないけど、家にあるから、立て替えておいてね」

 両手を顔の前で合わせて「ありがとう」のポーズを見せて購入。(もちろん母の部屋に置きました^^)

 続いて、隣のG○へ。

 アクセサリーを見ていた母が「これ買う」と言い出したのは、500円のパール風の二連ネックレス。

「この歳で、玩具をしてるとは誰も思わないから」って。 ん~~確かにそうなんだけど、なんかちょっと違う。

 でも母が自分の意思で「買う」と言うのが嬉しくて購入。

 レジで「着けていく?」と身ぶりをしたら嬉しそうに頷いたので、店員さんが値札を切ってくれて首にかける。 すっごく変だぞ~。いかにも認知障碍のおばあさんって感じだぞ~。

 次にショッピングモールへ。

 そこでは車椅子を借りる。 お正月には、ウインドーショッピングにも興味が無くなってしまってたのに、昨日は だんだんエンジンがかかってきた。

「これ ゆうこなら似合うんじゃない?」と あれこれ手にとってみたり、私が「どう?」と自分の前に合わせると「そんなのババクサイ!」と言ったり。

 昔はこうやって二人でよく買い物したもんね。

 

 お昼ごはんは、スガキ○のラーメンとクリームぜんざいを二人で分けっこ。 すっかり小食になってしまった母。

 月曜日からあまり眠れなくて 昨日は運転が心配だったから「検査を終えたら食事して さっと帰ろう」と思ってたのに、母が嬉しそうだと私も元気と欲が出ちゃう。

 ショッピングモールを出てホームに向かう道、助手席の母を覗き込んだら寝てた…。

 遊び疲れてチャイルドシートで眠るここちゃんの写真を時々貰うけど、私が持たせたぬいぐるみを膝に抱っこして眠ってる母は それと似てる。…ただし、顔がおじいさんみたいなおばあさんなのが残念。

 でも可愛らしくて ククっと笑えてしまう。

 ホームに到着し、すぐに横にならせる。 きっと頭が興奮して疲れてるよね。

 私が 職員さんにネックレスの経緯を話したので「母桃さん、素敵なネックレスだねぇ~」と声をかけてくれるけど、やっぱり首にかけてた事さえ忘れてた。

 横になったまま、私が書いたノートテイクの用紙を全部 読み返し始めた。

 そして「ゆうこぉ~ ごめんねぇ~」と泣く。

「お母さん、ボケ始めてるかもしれない」 …噴き出しそうになる。 違うよ。ボケてるのよ。

 そういう意味を込めて笑いながら首を左右に振り、母のおでこを触る。

 これって、逆に母が覚醒してるって事じゃないか?

 それまではおかしな言動しても 自分で変だと思わなかったのが、今日はなんだか変だって自覚できたって事じゃないの?

 いつもはエレベーターの前まで送って来る母が この前から部屋の前で手を振るようになった。

 体がしんどいのかなぁ。

 帰り道、やりきった充足感と眠気と、母が可哀想だという想いが交差する。

 でも検査は無事に終わったんだ。 この先、どういう展開になっても私は頑張れる。

 そしてさっき、PCを開いて驚く。

 小春ちゃんのメールや書き込みもそうだけど、朗読のお姉さまに 火曜日、原稿を送信したついでに ぽろりと「母の事」を1行書いたら、お返事と共に「こういう時に一番気をつけなければいけないのは車の運転です。…(略) 「言の葉ひろば」の事を色々していただき甘えてばかり…(略)どこかで手を抜いていいから息抜きを…(略)案じています。貴女のファンより」とあった。

 昨日は知らずに居たけれど、私 こういう人達の力で守られていたんだと感じる。

 ホームの職員さんの何気ない一言、友達のメールの中の一文、どれもが私への応援になった。 勇気になった。

 昨日は帰宅後、泥のように眠ってしまったけれど、夜は気分が高揚し、朗読劇の小物作りまで始めてしまった。

 母が可哀想だとの想いは悲しいけれど、母を愛しいと思える自分は幸せだとも思える。

すぐに愚痴を言ってしまう自分は良くないと思うけれど、だから助けて貰えるんだし。

 

 

 今の気持ちは「寄り添ってくれた、心配してくれた 全ての人達の真心に ありがとう!」です。

 また助けてください。

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