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2015年4月

2015年4月29日 (水)

「病は気から」 完結

 ブログを読んだ友達にかなり心配させてしまったようです。

 大袈裟に書きすぎました(汗)

 昨日、主治医に「貧血の検査を」とお願いして実施した結果「多少 鉄分不足だけれど、治療する程ではない」との診断でした。

 この季節 毎年恒例の『紫外線・気温上昇によるしんどさ』らしいです。

 (…水曜日に検査したら違ってたかも) ←しつこい。

 私は、貧血と診断されて鉄剤を飲んで元気になりたかったんだけど…。

 で、昨日は母の所へも行って来られました。

 ただ…やっぱり普通では無かった。

 まず『冷蔵庫が空っぽだから 病院の帰りに食料品を買おう』と必要な物を書きだしたメモと、エコバッグと 母の所へいつも持って行く手提げ(色んな物が入れてある)を すっかり忘れて出掛けた。

 ただし『大荷物を提げて来られないから、カートに乗せて帰ろう』だけは しっかり覚えてて、カートは車に運んでた。

 そして診察を終えて車に戻り、車内の熱気を放出する為に、窓を全開し、ついでに運転席のドアと こちら側の後ろのドアも開放した。

 数分後、そろりそろりと出発。

 病院の駐車ゲートで駐車券を入れようとしたら、後ろの車から男性が降りて来て「ドア開いてますよ」と!

 ひぇ~~~~~! 後ろのドア 開いてたーーー!

 「僕が閉めますよ」と 親切な方が閉めてくださった…けど、教えてくれて本当に助かったーーー!!

 私、普段からドアミラー・バックミラー確認も目視も かなり頻繁にしてるつもりだったんだけどなぁ。

 これは 体がしんどいからなのか、ただのぼんやりなのか…。 

 ホームの母を喫茶店に連れて行くのは 今日はちょっと危険かなぁ…と思いつつ行ったら、母にもちょっとしたアクシデントがあった。

 夕べからお通じが出なくて何度もトイレに通い(1分前に行った事も忘れてるから、本当に何度も何度も行ったんだろうと想像できる) ほとんど寝て無くて、午前中、訪問医に摘便してもらったんだって。

 その処置もけっこう大変だったらしい。 (ありがたい事に本人は忘れてたけど)

 摘便してお腹が楽になり、睡眠不足の為、お昼ごはんも食べずに眠ってる。

 これ幸いと冬物衣類や寝具の入れ替えをし終えた頃 母が目覚めたので『喫茶店へ行って ご飯食べようか』

「嬉しい~~! その前にトイレ行くわ」とベッド脇に立とうとした母…立てない。

 ベッドの柵を掴まっても立てない。

 私が少し体を支えて立たせたけれど、柵にもたれかかってしまって 自立できていない。

私も痛い治療などを終えた直後は、力が入らないから 多分 それだろうと。

「お母さん、トイレ行きたいんだわ」 わかってるわかってる。

 急いで車椅子を持ってくる(どうか漏らさないでよ)

 車椅子でトイレへ。 完全に動けないわけではないので、車椅子の乗り降りやトイレの使用はできた。

 でも これじゃ外出は無理だ。

 職員さんが「お昼御飯 ちゃんと残してありますよ」と。

 豪華な昼食(我が家の夕食レベル)を それぞれ温め直して出してくれた。

 3分の1 程食べて「もうお腹いっぱい」と。

 『少し頂戴ね』と 私が貰って食べて『これ 美味しいねぇ~!』と顔と身ぶりで示すと つられてまた食べる。

 こうして半分ほど食べた。 

 食事を終えて 車椅子でベッドへ連れて行き 横にさせた。

 窓からの心地よい風に吹かれて しばらく私の手を握っていた母はまた眠った。

 ちょっと無理してでも行って良かった。

 お通じが無い事に素早く対処してもらえて本当にありがたかった。

…でも 母は このまま歩けなくなってしまうのかな。

 母の事が気になりだしたら、今朝までの自分の体の不調が薄らいで行ってるのに気づく。

 自分で「心筋梗塞かも。脳梗塞の前触れかも。貧血だ」って思うから、体もそんな風になってしまってたのねぇ。 

 自称「病気の達人」なのに お恥ずかしい。

 と言う事で、私自身は、そこそこ元気です。

 心配してくれた皆さま 本当にありがとうございました!

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2015年4月27日 (月)

病は気から

 先週月曜日の空模様 全国的に変だった。

 健康な人でも 体調がおかしくなったらしいけど、私は見事に近頃よく聞く「気圧病」の症状だった(と思う)

 水曜の夜に松本での試合観戦を予定していて「こんな状態で行けるかなぁ」と不安だった。

 火曜日の夕刊の明日の占いに『転倒の恐れあり、転ばぬ先の杖』とあって、ますます不安を増長。

 普段は股関節が痛み出した時の為にステッキを持って行くけど『ふらついて転ばないように』持って行った。

 数人の友達に体調不良と松本行きの話をして「無事に帰って来られるように祈っていてね」とお願いまでした。

 私 こういう時『人の想い』をすごく頼りにする。

24時間『花桃が転びませんように』と祈ってもらおうとは思って無い。でも何かの拍子に『花桃 転ばないといいな』『無事に帰って来られるといいな』と思ってくれれば、その瞬間は絶対に転ばないって 不思議な確信がある。

 それが複数になれば、更に思ってもらえる瞬間が増える。

 従姉妹と会うのも時間短縮して とにかく動かない。

 実は火曜日から背中から腕にかけて急激な痛みが出たり、舌先がしびれたりしてて「心筋梗塞かも」「脳梗塞の前触れかも」とも思ってた。

 松本で倒れたら困る。 何とか家まで帰らなきゃ。

 水曜日 試合観戦を終えたホテルの夜。 言いようのない体の不快感。

 ホテルの近くに総合病院があるのは確認済み。

 でも激しい頭痛とか嘔吐があるわけでもなく。だけどしんどくて眠れない。

 金曜日からの広島行きも もう止めようと『早く帰って、真っ先に広島のホテルと新幹線をキャンセルしよう』と 段取りもした。

 木曜日、従姉妹とも会わず、昼前に帰宅。

 夫に無事帰宅と『しんどいから 明日からの予定はキャンセルしようか迷ってる』とメールしたら『とにかく広島へ行けるように 今はゆっくり休んでください。夕飯はとればいいです』と返信が。 ありがたさに涙が出る。

 いつも私が入院すると掲示板で状況を皆様に報告する役目を担ってくれるNちゃんに「もし私が意思疎通ができなくなるような事があったら、Nちゃんの判断で掲示板で状況を説明して」とお願いもした。

 ついでに『舌先のしびれ』を検索してみたら…鉄分・亜鉛不足って。

 先週までは舌先がピリピリ痛くて、単なる口内炎だと思ってたら、それも鉄分・亜鉛不足の症状の一つにあった。

 って事は この不快な症状は貧血?

 そう言えば、13年の貧血の時も(舌先のしびれは無かったけど)動悸・息切れがあったわ。

 貧血と思えば、さっきまでの悲壮感は消滅。

 開放した窓からの風に吹かれながら ひたすら寝た。

 そしたら「なんか昨日よりも断然 元気じゃん…」となり、広島のホテルも新幹線もキャンセルしないまま夜に。

 ありがたく金曜日の朝から広島へ。

 そこでも友達との約束はキャンセルして『ホテルでひたすら寝る』一泊二日。

前日練習も試合も見て 無事に帰る事ができた。

 水曜日の夜が一番しんどかった。

 帰宅後は、心配してもらった(わざわざ心配してもらった)友達に「無事帰宅」のお礼メール。

 Nちゃんが「お願いはもちろん承諾するけど、体に変な予感があるのなら徹底的に調べて貰ってほしいわ」と。

 そうでした☆

 内科の主治医の定期診察は二週間後だけれど、明日 検査してもらいます。

貧血の診断が出れば、それ用の治療(投薬)開始は早い方がいいもんね。 

 ちょっと楽観視し過ぎかな。

 急に暑くなったから体調悪くなるのは毎年の事で想定内。

 火・水・木曜日のしんどさは、いつもと違ってた。 あれは「心筋梗塞かも」「脳梗塞の前触れかも」と思ったから…なんだろうなぁ。

 

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2015年4月21日 (火)

花を楽しむ♥

Hana1

 11日(土) ここちゃんとカッカから 素敵なアレンジフラワーをいただいた。

 濃淡のピンクや赤がぎゅっと集まってて リビングが華やかに。

Hana2
 さぁて…ベランダのプランターは 絶対に枯らしてしまう私だけれど、切り花だけは別。

大事に大事に面倒を見て 長く楽しむんです♪

 まずは枯れた薔薇をはずして全体を短くした。

Hana3
 傷んだ花をはずしていくと、どんどん小さくなるので それに合わせてバスケットを、ブリキのジョウロに変更。

 全く違う感じになったでしょ♪

Hana4 

 

 どんどん花が少なくなって来たので、次はガラスの器に。

 お気に入りの器なの。(以前、パンジーも これに挿して撮った)

Hana5

 最後は スイーツの器(何でもとっておくもんねぇ~笑)を二つ並べて ミニカーネーションを。

 ベランダで珍しく長生きしているアイビーを切って挿しました。

 もう 花が開ききってミニカーネーションだか何だか分からなくなってきてるけど、とにかく『可愛い花』には違いない。

 21日現在のこの姿で終わりです。

 10日間 楽しませていただきました♪

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2015年4月16日 (木)

母の幸せ

 インフルエンザで先週は母のところへ行けず、二週間ぶりの訪問。

 リビングでテーブルの前に 一人で座っていた母は 私を見るなり「ゆうこ~~~! よく来てくれたねぇ~!!」と満面の笑みで両腕を上げて喜ぶ。

 母の手をとって部屋へ。

 二週間ぶりって事は認識してない。

 片付けをしながら『喫茶店へ行こう』と書いて見せると

「わぁ! 嬉しい~~~!」

 職員さん達がかわるがわる「母桃さん、よかったねえ~!」「嬉しそうだねぇ~」「行ってらっしゃーい」と声をかけてくれるけど、母には聴こえず。

 私が手ぶりで母の意識を職員さん達の方に向けると 「これ 娘です」

 とんちんかんな答えにも職員さん達は笑顔で「はい、はじめまして~」と合わせてくれる。

 ホームの玄関で靴を履き替えるのも 車の乗り降りも どんどん覚束なくなってきてる。

素直に私を頼ろうとするから 強がられるよりも 私は楽。

 いつも私の手を探している感じ。

 車に乗ると「幸せ~」「ゆうこ ありがとね~」

 喫茶店で いつもの小倉トーストを食べて「おいしいねぇ~」とにっこり。

でも「お父さんが羨ましがってるわ」が出なかった…。

 ホームに戻って 部屋で爪を切ってやる。 ちょっとずつ慣れて来た。

でも途中から 母が震え出した。 そんな無理な体勢では無いはずだけれど、母は緊張して片腕に余分な力がかかっていたんだと思う。

 慌てて横にならせて、足の爪を切る。

 されるがままで 天井を見ている母。

 職員さんが いつものバイタルチェックに来てくれて、検温や血圧測定をしてくれる。

 私が一番好きな職員さんOさんが「近頃、母桃さん 元気が無いんですよ…」と。

他の入所者さん達の悪口も言わないし、お風呂も素直に入るって。

「母桃さん そんな事 言わないのー!」ってたしなめてた頃の方が張り合いがあったって。

 毎回 あの手この手で苦労して入浴させてくれてた。

それが近頃は「一番風呂だよ」と言うと「嬉しい~!」と言って入るって。

 素直で手がかからなくて嬉しいはずなんだけど、職員さんは「元気が無いのが気になるし、なんだか寂しくて」と。

 「お父さんの話もされなくなったし」

 うん、私にも言わなくなった。

 他の入所者さん達の振る舞いも もう目に入って無いのかもしれないな。

「ありがとう」「嬉しい」「幸せ」「おいしいね」 一瞬のその感情だけが残っているのは 私にとっては嬉しい事だけれど。

 母の為でも 私の為でもなく、同居する弟の為にグループホームへ入所させて11ヶ月。

今では ホームのお陰で私に余裕が出来て、母に優しく接する事ができるようになり、昔のような仲良し母娘にも戻れたので、ホーム入所は 予想以上に良かった。

 でも母にとっては どうだったんだろう?

 家からデイサービスに通う暮らしを続けて居れば、自分で夕飯を買いに行かなきゃいけないっていう意識や『足を鍛える為に毎日 近所を散歩する』のも継続できてたかもしれない。

 …でも きっと ご近所に迷惑をかける事は もっと増えてたよね。

 私も疲れ果てて 母に優しくできなかっただろうし。

 週に一度訪問し、母との時間だけをつむげる今だから、母を愛しく思えるんだよね。

 私にとっては、ホーム入所は 予想以上に ありがたいのみ。

 母にとっては、どちらが良かったか…と考えるのは もう無意味。

 これからの母の一瞬一瞬を 嬉しい気持ちで満たしてやりたい。

 …と書きながら、テレビを見るのが好きだったのに 今は ホームのリビングの大型テレビを楽しむ事も無いし、入所者さん達と仲良くする事も無いし、母の幸せは何だろう…とも思う。

 あんなに真面目に生きて来たのに。

 仕事も家事も頑張って、病気の父と私の世話もして、弱音や愚痴も言わずに ひたすら家族の為に生きて来たのに。

 ご近所や自分の兄弟の事も大切にして来たのに。

 私が子どもを産めたら 孫が「おばあちゃん おばあちゃん♪」と慕って もっと楽しい思いをたくさんして、今も溌剌おばあちゃんで居られたかもしれない。

 自分の事よりも家族や知人を大切にしてきた母の晩年が こうなってしまうなんて 不公平だ…。

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2015年4月14日 (火)

いい人…

 12日、劇団四季の「マンマ・ミーア」のチケットを友達に譲って、豊田スタジアム行って来たよ…。

 『地元だからグランパスを応援してる』高校の友達Lちゃんは、普段は瑞穂しか行かない。

 でも去年は「寿っちゃんを見たくて」と 豊田スタジアムに来てくれた。 そして寿人ゴールをお見せできて「寿っちゃんはいい人だから勝ってほしい」と ご主人にまで言わしめて大満足だった私。

 今年もLちゃんは「寿っちゃんを応援したいから」と来てくれました。

 …でも寿人ゴールも無く、名古屋に完敗。

 ふぅ…残念。

「もしかしたら帰りはガッカリかもしれない」と ほんのちょっぴり(あえて)想像はしてたんだけど、想像以上にがっかりのがっかりーーーでした。

 Lちゃんは「寿っちゃんの良い人っぷりが そこここに見受けられて幸せな気分でした」って。

 …うん、確かに良い人なのよ。

 激突したダニルソンと談笑してるし、敵だろうと倒れれば駆け寄るしね。 ええ、ええ、いつもの姿なのよ。

 でも…でもーーー。

 ワル寿人でもいい、ゴールして欲しかったーーー。

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2015年4月13日 (月)

ここちゃんと「神経衰弱」

 先日、ここちゃんが遊びに来てくれました♪

 この春から年中さんになります。

 2歳直前に出会って、どんどん成長していくのを見て来た気がする。

お顔も ちょっとずつお姉さんになってきました。

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 耳で覚えた曲を たくさん弾いてくれました。

「ゆうこさん、丸のついたドは どこ?」

 丸のついたドって なんだろう~~~涙。

「シは どれ?」

 鍵盤を一つ教えると、そこから弾いてくれました。

 驚いたのは神経衰弱。

 数ヶ月前にやった時は、夫と私が暗黙のサポートをして ここちゃんを勝たせようとしたけれど、今回は立場逆転。

 私の番になって「あ~これ さっき出たよねぇ。どこだったかなぁ。この辺だったよねぇ~」と言いながらカードの上を迷っていると ここちゃんがおもむろに「ここだよ!」とカードの上に指を置く(笑)

「ここ? 私がめくっていいの?」

「いいよ!」

 ただ一人 とれていなかった私は「ここちゃん ありがとう~」

 次の私の番で また「さっき 誰かめくったよねぇ~。この辺だったよねぇ~」と迷うと ここちゃんがまた「そう!」と指差しそうな勢い。

 でも今度は簡単には指さない。

「これだったかなぁ~」 無言でうなづくここちゃん(笑)

 3回目は 最初から『ここちゃん頼り』な私。

「この辺だった? これだった?」と ここちゃんを見る。

 指し示そうとはしないけれど、目が示してる(笑)

こうして私は ここちゃんの『情けの3組』と自力の1組。

ここちゃんは 一人大勝でした☆

 私に譲ってくれた3組を入れたら半分以上を一人でとってた。

 近頃、私の物忘れが増えたのは自覚してたけど ここちゃんの記憶力はぐんぐん進化してるのねぇ。

 ハサミを使って、片付けたつもりだったのに、また使おうとして いつもの場所に見当たらない。

「あれ~ さっき ここへしまったはずなんだけど…どこやっちゃったかなぁ」

「そこにあるよ!」

 ここちゃんが指差したのは、もう一つのハサミを立ててある箱。 見事に二丁のハサミが入ってた。

 こんな高い所、ここちゃんの視野に入るとは思えないんだけど、無意識に見てたのかなぁ。

 

 玩具で遊ぶ時は「きゃはははっ!」って ものすごーく可愛い声で笑う。

その声聞いてるだけで こっちも笑顔になっちゃう。

 カッカと私が台所でおしゃべりしてる間、夫とお店屋さんごっこ。

 こちらから見てると、大きな箱をここちゃんが何度も運んでるようにしか見えなかったんだけど、後で夫に聞いたら 中身の濃いお店屋さんごっこだったそうな。

 荷物を運んでるように見えたのは 店の出口までお見送りしてるところだった。(最近 ブティックでもそうだよね)

 他にも「おうちに帰るまで どれくらいお時間かかりますか?」(保冷剤の確認だね)とか

「リボン結びましょうか?」とか「小さいお子さんはいますか?」とか、カッカとお買い物してる先で いつも観察してるんだろうなぁ~。

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 帰りは公園で遊ぶ。

 何をしても楽しいんだよねぇ~♪

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 縄跳びも その場跳びから走り跳びから、ぐんぐん上手くなってました!

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 最後に鉄棒に飛びつく練習。

 カッカが「顎を打たないようにね」と言ってたのに、何度目かに見事に顎を打った。

 大きな音もしなかったし、誰も気づかなかったんだけど、シクシク泣きながらカッカにしがみつく。

 ここちゃんが泣くのを私は今までに2回しか見たことが無い。

 最初は和食の店の個室で食後、眠いのと暑いのと薄暗いのとで「うえぇーん」とひと泣き。 ほんとうにひと泣きだけで終わった。まだ2歳。

 2回目は 公園でしゃぼん玉をして まだやりたいのに帰らなきゃいけなかった時。

「ばぁばのおうちで またやればいいよ」と言うと「できないもん」と小さく言って涙がぽろん。

 めちゃくちゃ可愛かったの~。

 それ以来 私の前では泣いてないので 泣いてるここちゃんを見たい…って よく思ってた。(サディストなんじゃなくて ここちゃんマニアは 色んなここちゃんを見たいの)

 久しぶりに見られたけど、顎を打ったのは心配だし可哀想。

 カッカが顎を確認して「あれ? 涙出てませんけど?」と茶化す。

 確かに強く打ってたら、きっと瞬間に大号泣でしょうから、当たりはしても そんなにひどく打ちつけてはいないんでしょう。

 ビックリしたのと眠いのとで甘えたいのもあったのかな。

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 カッカにしがみついてるここちゃん…優しく抱きとめてるカッカ。

 とっても素敵な絵でした。

 こんな風に子どもにしがみつかれるの羨ましい。憧れちゃうなぁ。

 顎はちょっと赤黒くなってたけど擦り傷だったみたい。

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2015年4月 8日 (水)

二度目のインフルエンザ

 今季 二度目のインフルエンザやっておりました~。

 先々週の木曜日、二時間 濃密に接触した子どもが その日 39度の熱があったこと、翌日 インフルエンザと診断された事を聞き、風邪薬を服用して毎晩 早寝をしていた。

 一週間過ぎたので『もう感染は無いな』と思った先週木曜日の夜中…体がぼか~っとしてしんどい。

 検温したら37.9度。(私の冬季の平熱は35度台)

 金曜日、タクシーで病院へ。

 主治医の診察日では無いので、別の若いドクターに 症状や熱の記録を見せて「インフルエンザの検査してください」

「2月にやってるから、まず大丈夫だと思いますよ~」

「でも、この発熱の仕方は それっぽいんで」

「今朝は熱も下がってますよね。 そんなにぐったりしてないし」 (朝の検温は36.9度)

 ふふふ…初対面のドクター、私が『病院へ来るとしっかりしちゃう』事や 我慢強い事を知らないもんね。

 待合室では 真っすぐ座ってられない程だったわよ。(それでも一人で受診する)

 感染者と濃密接触があった事も話して「とにかく検査を」

 そして見事に「インフルエンザでしたねぇ~ 2月はA型でしたが、今度はB型です」

タミフルを処方されて、ひたすら寝た。

 昨日は 内科の定期診察。

 待ち合い室を覗いてくれたR子先生が「続けて2回もやるって…やっぱりステロイドホルモン剤の影響もあるんでしょうねぇ」

 主治医のW先生は「可哀想になぁ」

 咳喘息でかかっている呼吸器科のF先生は「えーー! 二度もーー!?」と のけぞる。

 昨日は 車も運転して行った、そこそこ回復してたので(ノーメイクだけど) どの先生も ちょっと笑いながら。

 当の私も こんなに簡単に感染する弱っちさに笑えてくるわ。

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2015年4月 2日 (木)

「さよなら」も言わずに あの人は去った…

 『都合のいい女』でもいいの。

 ずっと側に居たかった。

 何の約束もない私達だったけれど

 少しずつ 絆は深まってた。

 一緒に暮らせなくてもいいの。

 あなたが来るのを待つのが幸せだった。

 

 なのにどうして?

 あなたは 突然 来なくなった。

 「さよなら」も言わず。

 

 どうして?

 何があったの?

 せめて言ってほしかった。

 別れの理由を…。

 

 私の話では ありません。

 Oちゃんの実話です。

 まだ続きます。

 あなたの大好きだった缶詰

 まだ残してあります。

 あなたのお気に入りのお皿

 誰にも使わせません。

 もしかして ひょっこり また来てくれるかもしれないから。

 可愛い子は 他にもいるの。

 …でも あなたの代わりにはならない。

 あなたは特別だったから。

 

 野良猫ちゃんの話です。

 Oちゃんちに ちょくちょく遊びに来る野良猫君に「こたろう」と名前をつけて 家族で面倒を見始めたのは もう1年以上前になるかな。

 最初は餌を食べるのも警戒心いっぱいだったのが、Oちゃん一家の愛情をたっぷり受けて、少しずつ家の中まで入って来るようになり、それでも体を触らせなかった。

 キャットフードも どんどん豪華になって、高価な缶詰まで用意するように。

 「コタ(こたろう)がさぁ~~~」と Oちゃんは 私と会う度に、とろけそうな顔で話してくれた。

 目じりを下げ、無意識に高音になってコタの話をするOちゃんは、私がここちゃんの話をする時とまったく同じ。

 コタは、過去に相当 酷い目にあっているのか、Oちゃんが撫でようとすると すごい勢いで逃げた。

「いつかは飼いたいんだよねぇ~」と、至れり尽くせりの準備をしてた。

「最近は、カリカリ(キャットフード)じゃ 不満らしくて 『缶詰は?』って顔して こうやって(再現する)こっち見るんだわ~。だから 『贅沢になったねぇ~』と言いながら 缶詰を開けて持ってくの~」と デレデレ。

 それでも体を触らせないコタの話に 私は

「Oちゃん それじゃ まるで都合のいい女じゃ~ん」と。

 でも数ヶ月毎に「手から餌を食べてさ~」「食べてる最中は撫でても逃げなくなった」と進歩の報告があり、これは ひょっとすると飼いネコになれるのかも…と 私も思い始めた。

 それが先日、一向に コタの話が出て来ないので「コタ どうしてる?」と尋ねると Oちゃんの口から タイトルのフレーズが。

 去年暮れごろに 一週間くらい来ない時があり、また来て また一週間くらい来なくて。

 それまでは ほとんど毎日来てたし、あいても数日。

 そして 来ないまま3ヶ月が過ぎてしまった…って。

「どうして~?」 「訳を言ってほしかった~」

 うん…猫語がわかればね。

 私は、まだ「アルプスの少女ハイジ」の おばさんに言いくるめられてフランクフルトへ連れて行かれたハイジの件が頭にあるので コタに何か事情があって、自分の意思で来なくなったんじゃなくて、伝えるすべも無く、Oちゃんは それを知らずに悲しんでるのかもしれない…とも想像する。

「交通事故とかで死んでるかも…と思うと悲しいからさぁ…考えないようにしてる」

 そっかぁ…。

 他の野良猫も ちょくちょく遊びに来るんだって。

 コタと同じ模様で同じくらいの大きさで てっきりコタだと思って餌をやりながら、明るい所で見たら顔が違ってたって。

 「他の子じゃ イミテーションゴールドなんだって~。わかるぅ~? コタは特別なの」

 携帯の写真を見せてくれる。

 室内でのびのびと寝てる姿も。

 こんな写真 撮らせるとこまで慣れたんじゃん。

「この冬 寒いだろうと思って 猫ちゃんハウスも買ったんだよねぇ~。それがいけなかったのかなぁ」

 玄関に置いておいたら、一度は中に入ってたんだけど、Oちゃん曰く「すぐに逃げ出しにくいから、きっと嫌だったんだわ」

 あくまでも自分を責めるOちゃん。

 こたろう君、どこに居るのかなぁ。

 新顔の野良猫ちゃん 今はイミテーションゴールドでも だんだん情が移るって事はないかなぁ。

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2015年4月 1日 (水)

「花盗婆」復活

 昨日は、昼前に母のホームへ行き、お昼を外食にした。

 食後、桜の見えるところをドライブ。

 川沿いの桜並木で車を降りて少し歩いた。

私が桜を見るように手で促すと「綺麗だねぇ~」とは言うものの あんまり感動してなさそう。

 それでも目の保養にはなると思って、しばし時を過ごす…と ふとした瞬間に 母にスイッチが入った!

 それまでぼんやり佇んでいたのが、自分の意思で2歩、3歩と踏み出し、桜の枝に近づいて行く。

 ああ、やっぱり綺麗な物は感情を呼び覚ますんだなぁ…もっとよく見たいって思うんだなぁ…あ!!違う!!

 母の右手は桜の枝先を捻ろうとしている。

慌てて肩を叩いて注意を引き 首を振って見せる。

 すぐに手をひっこめた母。

 そうだった…去年の今頃は、実家へ行く度に、台所(テーブル・流し台一面の花畑)に溢れた半分枯れた花の始末をしてたんだった。

 綺麗な花を見ると摘んでしまう母だった。

『花盗婆』のスイッチが久しぶりに入ったのも 刺激になったと思えばいいのかな。

 ホームへ帰って、その日のノートテイク用紙を遡って見ていた母、1行目の『今日はお昼を外で食べよう!』を見て

「わぁ!嬉しい~! 連れてってくれるの!?」と 高い声をあげる。

 実は出掛ける前も この1行で3回喜んでくれた(笑)

『今 食べて来たところだよ』

「ほんと? 全然 覚えてない。何を食べた?」

 回転寿司屋さんで食べた物を列挙すると

「ほんとぉ…全然覚えてないわ…」

『お腹一杯って言ってたよ』

「そう言えば、お腹はいっぱいだねぇ」

 二人で外食した事も 桜を見た事も やっぱり覚えて無かった。

 母は自分が覚えて無かった事がショックだったらしく、不安げな顔をしてたので

『疲れたでしょ? 横になる?』

 素直に横になる母。

 窓からは春の日差し(私には当たらないようにカーテン)と気持ちいい風。

「気持ちいいねぇ」と母。 さっきのショックはもう忘れてる。

 独身時代、この季節 名古屋の病院から帰ると、一番風の通る客間に布団を敷いてもらって昼寝したなぁ…風がすごく気持ちよかったのを思い出す。

 うつらうつらしかけた母を残して帰り仕度。

 職員さんに「外食して桜を見て来た事も忘れてました」と笑って報告したら「でも嬉しかったって気持ちだけは残ってますよ」と。

 うん^^

『今日は外食しよう』の1行を読む度に 初めて読んだ感覚で「わぁ~! 嬉しい!!」と3回も喜んでくれたもんね。

 この日も 嬉しい!・美味しいね!・綺麗だねぇ~が 体のどこかに蓄積されたよね。

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