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2015年9月 9日 (水)

飛び級

 母の介護認定がおりた。

 先月の面談に同席して「さすがにもう要介護1は無いだろうな」とは感じたけれど、2を飛ばしての要介護3。

 そうだよね…。

 年明けから脚力が落ち、春からは、認知能力もどんどん下がってた。

 先週できた事ができない…が 毎週のように起きて できる事がどんどん少なくなって来てた。

 1年前、グループホームに入所した時「母桃さんは まだまだ軽度ですよ」と言われて これで軽度? と思ったけれど、その意味が 今は納得できる。

 私の事も 近頃は毎週「あんただれ?」から始まる(苦笑)

 本来の母は 見知らぬ人に対して「あんた誰?」なんて失礼な言い方はしないんだけど。

「ゆ・う・こ」と 大きく口を開けて(声を出さずに)見せると「ゆうこか~」 これも 母の口調とは違うけど 聴こえ無くてもわかるのね…。

 そうだよ!と笑顔で頷いて見せると「私の娘のゆうこ? 旧桃ゆうこかね」 結婚して花桃になってる事は忘れてるのね。 だから 大きく頷いておく。

 喫茶店へ連れて出ると 以前は 車に乗っただけで「嬉しいねぇ~」「お父さんに申し訳ないわ。私ばっかり幸せで」だったのが この数カ月は 喫茶店の駐車場に着いても 降りようともしない。

 でも 数分間 一緒に居ると『娘のゆうこ』は戻ってくるらしく「ゆうこ~ ごめんねぇ~」を繰り返す。

 いいよ~と笑顔のオーバーアクション。

 喫茶店でノートテイクをしても 短いフレーズの文章も理解できなくなってきてる。

 この喫茶店の店員さん達が とってもいい人達ばかりで、車から降りて、杖と私の腕を頼りに歩いてくる母の姿が見えるらしく、ドアを開けて待っててくれるし、帰りもわざわざレジから走ってドアを開けてくれる。

 いつもケーキを一つ頼んで取りわけるので、取り皿とフォーク2本も言わなくてもくれる。

 そんな温かい眼差しの中での穏やかな時間ではあるけれど、母は自分で食べる事も ままならなくなってきた。

 何もかも私が口まで運ぶ。

 たまに 自分でグラスを持つと 内心「おぉ~ 今日はちゃんと持てたわ!」と小躍りしながら 落とさないように支える。 2歳未満の乳児と一緒に外食すると こんな感じだろうな。(2歳になったばかりのここちゃんは、何もかも自分でできた)

 そして「ゆうこ~ ごめんねぇ~」

 「おいしかった~」は 必ず言う。 何度も言う(笑)

 昨日は久しぶりに「嬉しいねぇ~」を繰り返したので 私まで嬉しくなる。

 半年くらい前から、外出先でのトイレが不安になってきたので、喫茶店へ連れ出す前に ホームのトイレに行かせてた。

 そのトイレも 一人ではできなくなってきた。

 私が居る時くらいは、私が介助しようと 一緒にトイレに入って、 泥状のビッグベンに遭遇した事も(苦笑)

 尿とりパッドから漏れ出して膝まで汚れた母を 不思議に汚いとも臭いとも思わなかった。

 ビッグベンだと認識できない母は 汚れを取ろうとして手指まで汚す。

 私が拭きとれるだけは拭き取ろうとしたけれど(職員さんに汚れものの始末の仕方は教わった)とうてい追いつける量じゃなく 職員さんに助けを求める。

 そのままお風呂へ。 汚れた衣服も 全部替えてくれる。

 ああ、こうして後始末をしてもらえるから 私は怒れずに済むんだよね。 これが毎日 家で 何から何まで私がしなければいけなかったら、絶対に怒れてくる。

 泥状ビッグベンとの格闘さえ、母はすぐに忘れている。 これが「粗相をしてしまった…」と記憶があったら、本人は辛いよね。

 毎週 実家に通って、片づけものや郵便物のチェックをして、昼食と夕食の支度を整えてた頃には、母をゆっくり包み込む心の余裕は無かった。

 職員さん達に支えられているから、会話の成り立たない母と向かい合って座り、手を握ったり、指をさすったり、足をもんだりする時間が作れる。

 ちょっと前までは そんな時「ゆうこ 可愛い顔してるねぇ~」だったのに、近頃は無表情で私を見つめたりもする。

 介護認定の面談の時 自分の年齢が答えられず、福祉課の職員さんに言われて、私が『60代・70代・80代 どれだと思う?』と書いて見せたら、しばし考えてから『60代』を指したので、今の母は60代。

 となると娘のゆうこは、30~40代。

『ゆうこだって言ってるけど、ゆうこは、こんなに老けてないわ』と思ってるのかもしれない(笑)

 あまりに母が無表情で無反応な日は、帰り道 心が重い。

 老化に抗う母の不条理な怒りを ひたすら受け入れて 帰りの車で泣いてた頃とは違う重さ。

 悲しい…とは違う。

 母が可哀想…これが一番近いかな。

 お盆に夫と一緒に墓参りをした時は、もう夫の事は分からないだろうと思ってたのに、車に乗った瞬間 「夫桃さん、相変わらずかっこいいねぇ」と言ってびっくりした。

(夫の事を母は以前から『男前』だと思ってます。あくまでも個人的感想)

 たまに覗いてくださるご近所の方の事も「Tさんでしょ~」と ちゃんと分かるんだそう。

 弟と孫も分かったらしい。

 毎週 会ってる私だけが「あんただれ?」  笑。

 たまに会う人には すごく頑張るんだろうなと思う。

それは母の脳への刺激になるんでしょう。でも スイッチ入れて脳みそフル回転させて頑張って疲れるだろうなとも思う。

 刺激になるという点では、これからも訪ねて欲しいけれど、家族以外の人に どんどん壊れて行く母の姿を見せたくない気持ちもある。

 以前の『母桃さん』のイメージだけを ご近所の人には ずっと持っててほしい気がする。

 さて、昨日は 工作の時間に 「自分の名前と生年月日、ちょっとした一言を書く」というのをやった。

 私のノートテイクを見ながら『平成27年9月8日 母桃ようこ』は、少々 字が間違ってるけど 何とか書けた。

 職員さんが「何か一言 何でもいいよ~。好きな食べ物とか、夢とか」と言うのをノートテイクしたけれど「何て書けばいい?」

 ちょっと試してみたくなって『私の名前を書いて』

 一瞬考えてから 漢字で書いた「ゆうこ」は しめす編の途中に「口」が来て不思議な文字に。

『お父さんの名前は?』

 またちょっと考えてから、平仮名で「○ぼ○」でも 「ぼ」の左の棒が無いから 「ま」に点々。

『息子の名前は?』

 これには驚いた。 すぐさま漢字で「弟桃」と。点が一つ足りなかったけれど、そうやって覚えてる人も多いので問題なし。

 そして続けて「元気」と。

 これは「弟桃 元気かな?」か「元気で居てね」か。

 世間一般では 母親は娘よりも息子が可愛いと言う。

 私と同じように「弟の居る姉(私はこのタイプの友達が圧倒的に多い)」の友達も異口同音に「自分よりも弟が可愛がられていた」と言う。

 我が家に限っては、それは当てはまらない、私は弟よりも愛されてた、と ずっと思ってたんだけど、そうじゃなかったか…。

 職員さん達に 母の書いた物を見せて「ひどーい この差は何~?」と訴えて笑った。

 無表情で無反応な母を見ていると「生きていて 何が楽しいんだろう」と可哀想でたまらなくなるけれど「ウレシイネェ~」と微笑んだ日には 1分後には その嬉しさの理由も忘れるけれど、細胞のどこかに「嬉しかった」が刻み込まれているといいなと思う。

 この先、母に一回でも多くの「嬉しかった」を 私が与えたい。

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