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2016年1月

2016年1月29日 (金)

花桃は財布を持ってコンビニへ行ってはいけない・・・という話

 我が家から、私の足でも歩いて行ける距離にあるありがたいコンビニ。
でも私は、あまり利用しません。
 牛乳や卵・豆腐など、日常的に食べる物はスーパーの方が安いって思いこんでる主婦なので^^
 でも 食事の支度を始める直前になって「あ! 卵が無かった!」って時は、スーパーまで車を走らせるのが億劫なので、コンビニへ。
 割烹着を着けたまま行けちゃうありがたさ。
 でも!
財布とエコバッグを持って行くと、花桃の場合、よくないことが起きます。
 しょっちゅうは行かないコンビニには、珍しいお菓子があるのよねぇ~。
スーパーには売ってないスイーツ! 
「たまにしか来ないから、この機会に買っておこう🎵」と手に取る。
「これも美味しそうだわ」
「これもコンビニでしか買えないよね」
…そして籠の中はスイーツでいっぱいになる。
 卵だけのはずが、スイーツいっぱい買いこんで どっしり重くなったエコバッグ。
卵だけのはずが、スイーツいっぱい買いこんで 会計は2000円近く。
 帰宅して、早速一つ食べ、残りは冷蔵庫に入れるけど、賞味期限を見ると「あらま!」
3日間で5つくらい食べてしまわないといけない計算。
 こうして数日間は、コンビニスイーツで充実のおやつタイムなんだけど、賞味期限を見て無理やり2つ食べちゃったりする。
 これはいけません。
 無駄使いの上に、健康にも良くないし、太ります。
 よって!
卵を買いに行くときも牛乳を買いに行く時も、300円だけを持って行くべし!
 子どものお使いみたいに、百円玉だけを握りしめて行くべし!

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2016年1月20日 (水)

眉間にしわを寄せて

 右目 「中心性漿液性脈絡網膜症」と診断され、薬を飲み始めて一ヶ月が過ぎた。
 診断されて気づいたのは・・・
①左目を覆って右目だけで見ると、中心が黒い。
②同様に右目だけでテレビを見ると、人の顔が長くのびて見える。
③同様に右目だけで見ると文字もぼやける。
④ ①・②・③と同じ現象なんでしょうけれど、左目だけで見ると はっきりは見えるけど、異常に小さい。どちらの大きさが本当なのかな。
⑤やたらと眩しい反面、薄暗いと見えない。
 こういう状態で無意識に両目で焦点を合わせて見ようとするから目が疲れるし、焦点が合いにくいから、ふら~っとしてたのかなぁ。
 照明の明るいスーパーなどでは、気づくと眉間にしわがよっている。 一生懸命見ようと目に力を入れ過ぎてるんでしょうね。
 車の運転もサングラスをしてるけど、日陰を走ると暗くて見えにくい。
もともと、運転は苦手で慎重なんだけど、眉間にしわを寄せて真剣そのもの!
運転って、前方だけじゃなく、たえずバックミラーやサイドミラーも見るので、そのたびに焦点を合わせなおさないといけない。
以前は、無意識にできてたそれも今の私には負担が大きいんでしょうね。 長時間(私の最長は母のホームへの片道40分くらい)運転すると すごく疲れる。
 夜間の運転は対向車線の照明が眩しく、反面、左折先の横断歩道の端っこは見えない…。
 夫が「夜は運転やめましょう」と。 ・・・ですね。
 飲み会に行く夫を店まや駅まで配達する役目と、二人で外食する時、帰りは『まったく飲めない私』が運転するので、夫は好きなだけ酔っぱらえる。
 その時だけは 心の中で『役に立つ妻でしょう^^』と 胸を張っていたのに、それすらできなくなっちゃった。
 件の病気は『放置しておいても1~3ヶ月で自然に治癒する』はずなのに、一ヶ月 薬を服用しても なんら変化が無い。
 しょっちゅう片目を覆ってテレビや目の前を見て 左右の見え方の差が縮まってないか確認してる(笑)
 徐々に回復する場合は、劇的な変化は自覚できないかもしれないけど。
 外転神経麻痺で左目が動かなくなって入院した時は、毎朝、天井の照明器具を両目で見て 二つに見えてたのが ちょっとずつ近づいてきて「今日はくっついた」「ちょっと重なってきた」「半分重なった」…「ちょっとだけずれるけど、ほぼ重なった!」って回復を実感してたっけ。
 室内で家事をする分には、さほど苦痛は感じないけれど、ちょっとした目測(距離感)を誤る。
インスタントコーヒーの粉末をカップに入れるつもりでスプーンをふちっこに当ててこぼしたり、、お椀を並べる時ぶつけたり…は しょっちゅう。「あ~やっぱり見えてないな」と実感する。
 先日は、ショッピングモールで買い物中、下りエスカレーターの前で足がすくんだ。
基本的に、足がウイークポイントで、転んだら骨折するというリスクもあるから、ちょっと遠回りしてもエレベーターを使う。
 でもその日は すでに(私にしては)相当歩いていたので、エスカレーターの先に見えている売り場へ行くのに、そこから離れてエレベーターまで行く脚力が無かった。
 しばし考えてから「えいっ!」と心を決め、荷物を腕に通して、エスカレーターのベルトにしがみつくようにして、足を踏み出した。 よろよろっ。
 100歳のおばあさんか、歩き始めの幼児。
 スマホを見ながらエスカレーターに乗る人が『超人』に見える。
 いつ頃からだったか、化粧をする時「あら…化粧ののりがいいわ」「肌のきめが整ってきてる…」と感じていた。
 ぷぷぷっ! 
 右目を覆って左目だけで見たら、しみも毛穴も変わりなく ちゃぁんとありましたー。
なんのことはない、ぼやけた右目も参加して物を見てたから、ぼやけてただけでした…とほほ。
 
 外出先では、眉間によるしわに注意しなければね。 知らない人が見たら『怒ってる』ように見えちゃうから。
 知人が見ても『花桃さん、不機嫌そうな顔で歩いてるから怖くて声かけられない』かもしれない。
 家でテレビやPCを見てる時も、時々 眉間のしわを指先で伸ばしてます。

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2016年1月14日 (木)

菜々緒ちゃん♡いい!

 昨秋、北山くん見たさにドラマ「サイレーン」を見た。
 そこで思いがけず、北山君よりも菜々緒ちゃんに見入ってしまった。
 2年前くらいに、沢尻エリカちゃんを苛める嫌な女の役を見た時は「あらぁ…せっかくのスタイルや綺麗な顔がイジワルに染まってしまって可哀そう…いいの?こんな役やって…」と ちょっぴり同情しちゃったりもしたのに。
 「サイレーン」では、嫌な女なんてもんじゃなく、サイコパス? あそこまで突き抜けると ほんと気持ちいい。
 冷酷な表情で残虐な行為をするシーンのアップなんて、もうほんと美しくて美しくて。
 あのドラマは殺陣師もうまいのか、アクションも見事だった。
 特別なトレーニングしたのかと思ったくらい。
 このままアクション女優・悪女役を究めてほしいとも。
 
 「サイレーン」が終わる時は、あぁ~もうあの悪女菜々緒ちゃんを見られないのか…と残念だった。
 某電話のCMの乙ちゃんも なかなか良い味出してて、あのCM自体が楽しくて好きなんだけど、乙ちゃんをもっと生かして~と 思ってたら、 突き抜ける乙ちゃんのバージョンが放映されるのね。
 そして亀梨君の新ドラマにも菜々緒ちゃん出る♪
 亀梨君も好きだから、二人を見たさに 日テレのドラマ 見るわ~~~♪
「これまでとは違う私を見てください」って言ってたから、悪女菜々緒ちゃんでは無いのかな。

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2016年1月 6日 (水)

母の一年

 年も明け、日常生活が再開しました。
 お正月休み中「去年は、母を家に泊めて大変だったなぁ…」と思い返していました。
…が、その大変さでさえもが 今となっては懐かしい思い出。
 
 この1年で、母の認知障碍は急激に進行した。
1年前『3秒前の事も覚えていない』だったのが、今は『この状況 わかってるのかなぁ…』
 こうしてみると、1年前は まだ私とコミュニケーションがとれてたんだね。
 喫茶店へ連れて行く道すがら「私ばっかり こんな幸せで、お父さんがうらやましがるわ~」と言い、私が帰る時は、ホームのエレベーターまで職員さんと一緒に来て、満面の笑みで手を振り、時には握手を何度もし、ドアが閉まるまで見つめあってた。
 仲良し母娘に戻れたのがうれしかった。
 『こんな時もあったなぁって いつか思うだろうな。大切な時間だ』とわかってたけれど、無意識に『この状態が当分は続く』と思ってたような気がする。
 2015年は、足が弱り、排泄のコントロールができなくなり、私の事もわからなくなった。
 毎週「あんた誰?」から始まり 「ゆ・う・こ」と大きく口を開いて言うと 聞こえなくても「ゆうこかね」と。
 そこから「ゆうこは そんな顔してない」だったり「ほんとに ゆうこ?」だったり。
おそらく母の記憶のゆうこは、二十代か、もっと若い頃なんでしょうね。
 だから、そんな母の疑わしいまなざしにもめげることなく、時には『母桃さんに以前 大変お世話になった花桃ゆうと申します』と 別人になってノートテイクもした。
 『花桃』の本名は、初めての人は絶対に正しく読めないんだけど、母は「あんた、はなももって言うんだねえ」と正確に言ったのには笑ったなぁ。
 私の結婚後の苗字もちゃんと記憶にはあるんだね。
 そんな2015年だったけれど、秋が深まるころからは、車の乗降が難しくなってきた。
喫茶店へ行くには、私の車に乗せなければならず「先にお尻を入れて」「体をずらして」と言っても聞こえないので、私が母の腰や足を持ち上げるしかなく…。
 喫茶店へやっとの思いで入った時には、私は汗びっしょり。
母も 何をされてるのか認識できないから、やたらと疲れただけだったと思う。
 喫茶店の椅子に座るのも、立ち上がるのも また一苦労。
普段、私のする事に口出ししない夫が「お母さんが転びそうになった時、君は踏ん張れないでしょう」と 巻き添え転倒を心配するように。
 ホームの職員さん達も「私達は母桃さんを抱え上げるけれど、花桃さんは無理しないでください」と。
 それで、12月からは車椅子で近所を散歩するだけにした。
 短距離でも杖無しで歩ける事に あらためて感謝。 数年前の車椅子の私だったら これも不可能。 杖ついての片手押しも難しい。
 右の人工関節は耐用期限が迫って来てるけど、母が存命のうちは もってくれると信じてる。
 紫外線が強くなったら、近所の散歩は私が難しくなる。そう言ったら 夫が「その時期が来たら、また考えればいいよ」と。
 そうだね、きっと また状況が変わる。
 暮れに訪ねた時も 母はぼんやりしてた。 もう大晦日もお正月もわからないから「家に帰りたい」「家族とお正月を過ごしたい」という感情も無いだろう。
 新しい室内履きをはかせたら「ありがとう!」と大きな声で言った。
 年明けて、昨日は 私の病院の帰りに 初訪問。
 ベッドでうとうとしていた母は私を見ると「ゆうこ!」 あら!と 私の嬉しい驚きの次の瞬間「なにしに来たの!」と咎める口調。
 数年前、アルツハイマーを発症した頃、毎週 母の様子を見がてら、家の用事をしに行くたびに「ゆうこに監視されてる!」「有難迷惑!」と言われ、泣いて帰った日々を思い出す。
 
 ベッド脇に座って、母の手を取りマッサージする。 会話できないから、触れ合う。
すると 私の手を振り払い、げんこつで叩き始めた。
 けっこう強いけれど我慢できる痛さだったので、そのまま叩かれておく。
 数ヶ月前にも 私の顔を見ながら、私の手を自分の口に入れて噛んだことがある。甘噛みだと思ってされるままにしてたら 本当に噛まれて飛び上がった。
 これは愛しさの表現なんだろうと理解しておいたけど、歯形が残る程…。
 すると母は「ゆうこ かわいそうだねぇ。実の母親に噛まれて痛い思いして」と。 思わず吹き出してしまった。
 
 そんな事もあったのを思い出しながら、手を叩かれたり、指を強く握って曲げられたりしていた。
 もしかしたら母のストレスの発散なのかな…と ちらっと思う。
職員さん達にも 時々、暴力を振るうらしい。 全面介護して叩かれて蹴られて、私だったら耐えられない。
 老人施設の職員の虐待がニュースになったことがあるけれど、私は職員さんを責められない…と思った。
 こんな状態も いつの日か「あの頃は、まだ母は 感情の表現をしてたなぁ」と懐かしく思い出すのかもしれない。
 職員さん達の存在があるからこそ、私は母に寄り添うことができる。
 新しい一年、母とどんな時間を紡いでいけるのかなぁ。

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