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2016年2月

2016年2月19日 (金)

母との時間

 「あんた誰?」から始まる母との時間…も 過去になってしまいました。
 もう母は私に何の関心もありません。
「あんた誰?」と尋ねた頃は、まだ『この人 見た事あるなぁ』だったんでしょうね。
 私は母に認識されなくなっても『親切な人が来て優しくしてくれる』と思ってもらえればよかった。
 その瞬間だけでも 母が『優しくされて嬉しい』と感じてくれればよかった。
 だから、精一杯の笑顔を母に向けて、母の手指や足をひたすらマッサージした。
母に触れられる事を幸せに感じながら。
「ありがとうね」
「こんな汚い足を触ってもらって申し訳ないわ」
「疲れるでしょう。もういいわ」と言いながら、言ったことを忘れて、反対側の足を出す母に 思わず笑ってしまった事も。
 そんな時間を幸せだと思っていた。 
本来の母とはまったく違ってしまったけれど、それでも母を愛しいと思えたし、この手で私にいろんなことをしてくれたんだ…って 感謝の気持ちを感じながら 母の手を握っていた。
 幸せな時間は、短かかった。
 母は『見知らぬ人』が来て馴れ馴れしく手足に触れる事を どうやら嫌がっているみたいだと 近頃やっと思い至った。
 このところ 手指をマッサージしながら 母の顔を見るけれど、母は目を合わそうとしない。
無表情のまま、あらぬ方向を見ている。
 耳元で「手が冷たいね」と大きくゆっくり言っても『足をマッサージするね』と書いて見せても無反応。
 それでも人にマッサージされれば気持ちいいはずと思って、指をさすっていると…突如 振り払う。
 足をマッサージしていると、突如 蹴る。
 そんなに力は無いので痛くは無いんだけど…。
 
 なにこの人、馴れ馴れしい! って思ってるんだろうなぁ。
 職員さんがトイレ介助(ほとんどオムツ)をしてくれる時、黙って見送るのも申し訳ないので「何かお手伝いできますか」と 一緒にトイレに入る。
「ちょっと強引にしますけど」と 私を気遣い「母桃さーん! 下着 下げますよー」と大きな声で言いながら 手早く介助してくれる職員さん。
私は、母の体を支える真似事しかできない。
汚れたパットを素早く引き出し、お尻を拭いてくれるのを 私は見ているだけ。
赤ちゃんのオムツ替えもしたことの無い私は どうやったらいいのかわからない。いい歳して情けない。
「娘のくせに何もできなくてすみません」
「仕事ですから。私達は慣れてるし」と笑顔で言ってくれるから救われるけど…。
 声をかけながらトイレ介助をしてくれる職員さんの事も 突如 叩く。
「ごめんなさい!」と私。
「シモのお世話してもらって叩くなんて…ねぇ…本当にすみません」平謝り。
「大丈夫ですよ~。母桃さん ちゃんと『ありがとうね』『ごめんね』って言ってくれる時もありますよ」って。
 そうなんだ^^ まだそういう気持ちもあるんだ^^ と 出来の悪い子を先生が褒めてくれたみたいな ささやかな喜びを感じる。
 グループホームへ入所してからの1年半、数年前の老いへの過渡期よりも 私の気持ちはずっと楽だった。
 実家詣での度に 食事の世話・家の中の色々な事をして、母には「ゆうこに監視されてる」「有難迷惑」と言われて 毎回 帰りの車で泣いた2009頃からの5年間よりも 体も楽だった。
 だから母に腹が立つこともなく、愛しい気持ちでいっぱいになれた。
 昔の仲良し母娘に戻れたことが嬉しかった。
 …昔のように 嬉しい事も悲しい事も「あのねえ、お母さん 聞いて~」と言えなくなったのは寂しかったけれど、そんな昔と比べるよりも、ちょっと前のお互いに不機嫌な二人の時間と比べて「ああ、今が幸せ」と思えた。
 この1年で母の認知障碍が進み、体が衰えてきた時も ただただ母が可哀そうなだけだった。
 だけど…気づいてしまった。 私 悲しかったんだ。
 家で全面介護しているわけじゃないので「母の介護が大変で」なんて思うのはお門違い。
週に一度会いに行くだけの事。
 友達や知人はそれでも「毎週行くなんて偉い」と言ってくれたけれど、謙遜じゃなく『当たり前の事 褒められる程の事じゃない』と思ってた。車で片道40分弱のところだしね。
 だから辛いとかしんどいとか思いもしなかった。
 2014年の秋、私の事をよく知ってる友達が「今の花桃は 心が健全」と言ってくれた。
彼女は、私の良い時も悪い時も側に居て知ってるので「病んでた時があったもんね。その頃と比べれば今はまともかなぁ」と私は答えた。
 近頃思う。
 ああ、あの頃は、ホームでの生活に慣れた母と優しい時間を紡いでいて、それが私を幸せにしていた。だから健全だったんだなぁ…。
 ここんとこホームの帰り道、中心性漿液性脈絡網膜症の為に眩しくて眉間にしわを寄せて、道路を睨みつけてるのもあるけれど、カーラジオから流れる曲が体の周りを素通りしていく感じで 心が「無」になってる。
 買い物して帰宅すると 心がすごく疲れている。
 夜 帰宅した夫に「今日 おちゃ~ちゃ(母の事を夫とはそう呼ぶ)さぁ…」と報告して溜息をつく。
 こうしてすぐに愚痴を言える相手がいるのもありがたい。
「また いい時もあるよ」と 軽く答えてくれるももありがたい。
 母は私の太陽なんだと 改めて思う。
母が元気で笑顔だと私も嬉しくて元気が出る。
 いつも母の事が頭の片隅にあって、気が晴れる事がない。
グループホームの職員さん達に全面介護してもらって、私が心配する事なんて何も無いんだけどね。
 
 夢の中に出てくる母は60代くらいで、本来の母。
もうそういう姿は見られないんだな。
「ゆうこ」って呼んでくれる事も もう無いんだな。
 悲しい。
 悲しいのに、涙が出ない。
 ここんとこ ちょっとしたことで泣く。
新聞小説で虐待されてる子どもがベランダに出されてるシーンで泣く。
新聞のサッカー記事で「シュートを打たれても、誰かが体を張って通さない」と読んだだけで泣く。
 でも10秒も泣いてない。
 涙を流しながら、えーんえーんと5分くらい泣いたらすっきりするような気がする。
泣きたいのに涙が出ないのは 私の中では けっこう辛い状況である証拠。
 どんどん変わっていく母の姿を見たくない…んだろうな。
でも会いに行かないと可哀そう⇔私が行っても母は嬉しくもなんともない。
相反する二つの気持ち。

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2016年2月10日 (水)

またまた『重大な病詐欺』

 今日は眼科の二ヶ月目の診察でした。
 処方された『血流を良くする薬』を きちんと服用しているけれど、自覚症状には良い変化はなく。
 初診の折「薬で改善されなければ、他の病気の可能性も考えて大学病院で精査」と言われた。
 あぁ…また大学病院まで行かなくちゃいけないのか…。
 痛い怖い検査は嫌だなぁ…恥ずかしい検査は無いと思うけど。
 などと夕べは考えてた。
 そしたら、今日 瞳孔を開いて撮った写真は、私が見ても 前回の空洞が消失している。
ドクターが器械を使って除き見てくれた上での所見も「良くなってますよ」と。
 えーーーーーーーーーーっ。
 加齢黄斑変性のリスクは高いけれど、今のところは「ここで特別何か治療をする必要はない」んですって。
「じゃあ、なぜ眩しかったり、暗いと見えなかったり、右目で見ると大きかったりするんでしょうか?」
「網膜はダメージ受けてますからね」
「じゃあ、見え方も回復する可能性はあるんですか?」
「回復するといいなぁと思ってます」
んん~~~最後がちょっと…ネ。
 確かに私が医師だったとして、悪性腫瘍の告知をした時「手術すれば完全に治るんですか?」って迫られたら困るけど、それとは違うつもりだったのよねぇ。
 『回復する可能性のある病気なのか、これ以上悪くならなければ良しとすべきなのか』を知りたかったんだけど、まだ若い(ジャニーズ系の若くてカワイイ)ドクターには、正しく伝わらなかったかも。
 夕べの時点でも、距離感がつかめなくて しょっちゅう物をぶつけてるし、視界は暗いし、光は眩しいし…これは老化現象なんだろうか?
 でもね『大学病院で精査』かも だったのが『良くなってます』になったのは、やっぱり嬉しい。
 ここ半年以上、いろんな不安にずっと包まれていたけれど、気がかりが一つだけ減りました。
 自覚症状が改善されてないので、まだ『気がかりが減った』とは言い難いけどね。
 …思い込みが強い私なので、きっとドクターのご神託を聞いて、今夜あたりから急に見えるようになるんだと思います。
 心配してくださった皆様、ありがとうございました。

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2016年2月 4日 (木)

ここビタミン

 日曜日、ここちゃんが遊びに来てくれました。
 
 体のあちこちに小さな異常があって、すっきりしない日常に ここちゃんビタミンは必須!
 この日のここちゃんのヘアスタイルは、おちょんぼheart(名古屋弁かなぁ? ツインテールの事ね)
 お姉さんのような幼いような とにかくきゃわいい!
 早速見せてくれたのは、お絵描きしてあるアナ雪のノート。
 去年のブームの時から、ここちゃんも五郎丸ポーズがお気に入りで、真似してるとこは、五郎丸ポーズじゃなくて『ニンニン』だった。
 お絵描きノートには、五郎丸選手がいっぱい。
 
 『ごろうまるさん しゅーと ごーる』 呼び捨てできなくて全部『さん』付け。
サッカーとラグビーが混同してるここちゃんのイラストには、五郎丸選手の後ろのスタンドに『ゆうこさん』が旗を持って応援してました^^
去年暮れにテレビで放送されたサンフレッチェ広島の試合を、カッカが一生懸命見てくれてたのを ここちゃんも見てないようで ちゃんと見てて、お菓子の箱についてた太めのゴムをヘアバンドにして「さっかーせんしゅ!」と言ってたらしい。
 スタンドのゲーフラやサポーターの事も、ちゃぁんとみてるのね^^

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 お絵描きお披露目の後は、工作。

 ここんとこ私は、箱や厚紙など、ここちゃんの工作に使えそうな物をとってある。

 それで早速 職人さんになります。

 このビニールのマントも、工作材料の中から、ここちゃんが自分で作りました。すごくお気に入りで、ずっと着てました^^ 帰りに ちょっと事件があります。

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 出来上がったのがコレ。

 ここちゃんいわく「おしょうがつのおべ んとう!」 はい、お節のことね^^

 蓋をして両手で抱えて、だんなさんに配達してくれました。

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 さっきのビニールマントに加えてモールで髪飾りを着けたら「にんじゃ!」と言って このポーズ。

 箱が邪魔しちゃったけど、左足を引いて両手をついて、どこで見て覚えたんでしょうねぇ。

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 そして先月の宅配便ごっこが気に入ってしまった夫が用意した段ボール箱に、期待通り入って遊んでくれました。

 随分お姉さんになってきたのに、こういうところは小動物みたい。

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 箱に入ったり出たりしているだけで こんなに可愛いの^^

 夫がプレゼントした小さいツムツム4匹(?)を お風呂に入れる。

小さな箱に二つずつ入れて、ちゃんと顔が出るように ふちっこに立たせる。

 2歳の頃から、ぬいぐるみをお風呂に入れるの大好きだったなぁ。

あの頃も 一匹ずつ「ぱじゃま きるの」と 仰向けに寝かせたぬいぐるみを両手でこちょこちょしてたっけ。

 この日も、お風呂上りの子達を ちょっと離れた場所にあるクッションのところまで2匹ずつ運ぶと、大きめのいなりずしみたいなツムツムをやさしく可愛く転がしてた。

 クリームコロッケに衣をつけてるみたいな手つきで、体を拭いてやってるのね。

そして最後は、胴体をそっとつかんで立てて、クッションに ちょんちょん。

はい、しっぽの水気もとってます。 それを一匹ずつ丁寧にしてるから、可愛くておかしくて。

 本人はいたって真剣。

 ちっちやなお母さんになって、子どもたちのお世話してるんでしょうね。

 こうして可愛く遊ぶ姿を見てるときは、私は目の不調も忘れてる。

でもオートフォーカスに任せた写真は、やっぱりピンボケが多いし、双六ゲームでは 色鮮やかな盤上にサイコロを何度も見失ってました(汗

 帰る時刻になり「ちょっと こうえんで あそびたい」 はいはい、もちろん私達も そのつもりです^^

 で、例のマントとキラキラ髪飾りもつけたまま出る。

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 夫と手を繋いで公園に入っていく後姿を見ながら「あんなおしゃれな服着てるのに、ビニールマントとモールなんだね」と 私が笑ってカッカに言ってるのが たぶん 聞こえたんでしょう。

 途中から「これとりたい」と。 すっごく可愛かったんだけどなぁ~。

 

 ここちゃんが居る半日は 我が家はキラキラしてる。

 心身が疲れてる時、私は「可愛い子どものテレビが見た~い」となる。

どんな子どもでもいいってわけじゃなく、私好みのかわいい子どもをCMでもいいから見ることで癒されるんでしょうね。

 ここちゃん来訪は その『私好みのかわいい子ども』が 近くて動いて笑って話しかけてくれるんだもの。 至福の時です。

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