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2016年3月 2日 (水)

自分の為

 衰えた母の姿を見るのが『悲しいんだ』と気づいた・・・と ブログに書いてから、2週間近く過ぎてました。
 ブログを書くことを忘れてた。  
 ・・・ブログを書く事が私のライフワークの一つから外れかけてるのかもしれな
 母の姿を見る事で、私の心身が疲弊するのなら たまには『行かない』選択をしようと決めた。
 それで一週間分 リフレッシュできるのならベスト。
 ・・・と決めてからも ちゃんと行ってますが(笑
『どうにも嫌な時は行かなくていいんだ』って勝手な免罪符が逆に支えになってるみたい。
『まだ どうにも嫌じゃないから 行けるわ』って(笑
 先日は、声の広報のお姉さまに母の話(私の事もわからなくなってるし、スキンシップをしても母は嫌がってるみたい・・・行く意義あるのかな)をしたら
「それでも行った方がいいのよ。だって自分が納得できるでしょう」と言われた。
あ~~そうだわ!
もう今は『私を認識できなくても、母が喜んでくれればいい』じゃなく『行く事で私が納得できるんだ』ですね。
 もし二週間行かなくて、次に行った時に、母が起き上がることもできなくなっていたら、その前の週に 背もたれの椅子に座って足をマッサージできたであろう事が 取り返しのつかない幸せなひと時の損失になってしまう。
 
 新しいケアマネさんは、入所当時の母を知らないので「少しずつできる事が増えるように お手伝いさせていただきます」と笑顔で言ってくださるけれど、正直なところ、母がこの先 回復していく想像ができない。
 1歩進んで半歩戻る日があるかもしれないけれど、2歩戻る事は無い。 →緩やかに進行していくのみ。
 だとすると『今の母』が いつも『ベスト』になる。
 一つでも多くの『ベストの母』を私の記憶に刻むために、私は会いに行くんだ。
 昨日は、自分の内科・呼吸器科の定期診察の帰りに行って来た。
 ベッドから起き上がることもなく、目も開けず、でも私の手指を握ったり、つねったり、ねじったりするのは、意識がある証拠。
 先週は、お手玉でキャッチボールしたんだけどな・・・(それだけで、私の心は嬉しく、でも体はしんどかった~~苦笑)
 職員さんが「母桃さんは、こうして毎週 娘さんが来てくださるからお幸せですよ。こんなに家族が来てくれる人は他にいませんよ」と言ってくれるのも嬉しくありがたい。
 毎週 行ったって、何をお手伝いするわけでも無くて 心苦しいのだけれど。
 目を閉じたままの母の顔を見つめながら いろんな話をしていた頃を思い出す。
本当に何でも話してたなぁ。
 私は結婚後も何度も入院し、そのたびに、遠方の病院まで週に2回は来てくれてたなぁ。
股関節の手術後、治療上の決まりでベッドに仰向けの貼り付け3週間、泊まり込んでくれた。
 シモの世話もいとわず。 簡易ベッドでの寝起きをしんどいとも言わず、嬉々としてやってくれてた。
久しぶりに娘に頼りにされて『母の誇り』を感じてたんだろうなとも思う。
 今の私よりも さらに歳は上だったわ。
 今の私に、当時の母と同じ事をしろと言われたら…無理!
すごく無理してやったとしても 愚痴と泣き言のオンパレードだっただろうな。
 昔から母と私は お互いを褒める事も、感謝の言葉を伝える事も 恥ずかしくなくて頻繁にし合ってたから、今更「ありがとう」と伝えなくてもいいんだけれど、それでも やっぱり ありがとう・・・だ。
 恩返しもできてなくて ごめんだけど、 そしてお母さんには、もうわからないだろうけど、私 幸せに生きてるからね。 
 「ゆうこが幸せなことが、お母さんは一番幸せ」だもんね。 ありがとう。
 
 

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