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2018年1月

2018年1月31日 (水)

真心に守られて

 
 日曜日、信仰している宗教の総本山へ 末寺から貸し切りバスでお参りに行って来た。
 
 その前の水曜日、うっすら粉雪が積もったベランダにゴミを出そうとして 右足が滑った。
左足が室内に残っていたので転倒は免れたけれど、右足付け根の後ろ側に変な痛みが。
あ~~右の人工関節にダメージ与えてしまった!
 
 左股関節の痛みを『日常の痛み』として健気に受け入れつつあったのに…。
それまで『右が痛くなくてありがたい』だったのが『右までダメじゃん…』となり、すっかり落ち込んでしまった。
 
 木・金と時間が過ぎても 近所の道のあちこちが凍っている。
どこが凍ってるか分からないようなところへ行くのは不安だ。
足がすくむ。
 28日(日)の参詣、車椅子で行くかなぁ…その方が安全だけれど、車椅子は 積み下ろしやスロープ目指して遠回りや 色々 面倒なんだよなぁ…。
 
 そして『行くの やめようかな』と。
お金は払ってあるので、私が行かなくても 他の皆さんに迷惑かける事もないし。
 
 そこに現れたのが 病気友達のみぃさん。
ちょっと前に、彼女の得意な色鉛筆画の作品が表彰された件で、手紙を書いた。
お祝いのはずが、足の痛みの愚痴も…。
 その状況を心配してくれたみぃさんが 長文のメールをくれた。
アドバイスとか背中を押すとか そういうのとは別次元の言葉をたくさん貰った。
 
 そして彼女に返信メールを打ち始めた時は『参詣 やめる』つもりだったのが、打ち終わる頃には なぜか『車椅子で行こう!』に変わってた。
 
 不思議だったなぁ。
 
 さて、貸し切りバスでの参詣は、いつものように老若男女和気あいあいで出発。
 
 私よりもうんと年上の方たちはお元気で 私のお世話をしてくださる。
ありがたく甘えさせてもらう。
 
  総本山の広大な境内では、気圧の変化でふらっとした年配男性と私の二人だけが 住職の車で移動させてもらえて、寒くも無く車椅子の長距離移動で疲れる事もなく。
 
 短距離の車椅子移動では「押そうか?」「ここは自分で行った方が楽なんです」「じゃあ見てるね」と 自然体のサポート。
 
 いつも参詣の手続きから 当日の仕切りをしてくれる若い夫婦にも あれこれ気遣ってもらい「あぁ来て良かったなぁ…」と何度も思った。
 
 本尊にお目通りし、たくさんのご祈念と 最後は『春の参詣にも来られますように』
 
 無事に貸し切りバスに戻り、出発を待つ間に
「トイレ 行く人は 今のうちに行ってくださ~い」と、仕切り担当の若い夫君。
私は本堂からバスまで住職に車で送ってもらったので、トイレに寄れず。
発車待ちのバスからトイレはちょっと距離があるので、PAで行けばいいけど、念のため 次の休憩予定を尋ねると
「最初のSA休憩は1時間半後くらいです」
え~1時間半後かぁ…もつかなぁ…でも 今 私がよちよちと行く時間の余裕あるかなぁ…。
私の迷いを見越したように「出発までは まだ余裕ありますよ~」と若夫婦。
それでも、バスから見えないところにあるトイレだもんねぇ…と まだ迷っていると、小・中学生のお孫ちゃんと一緒に来ているMさんが「花桃さん行くの? 一緒に行こ!」と。
その一言で決心がつき、バスから降りると バスの運転手さんがわざわざ降りて「車椅子出しますよ」
長いスロープへ回るのが面倒だったし「ありがとうございます。杖で行きますから、大丈夫です」
 
 …階段を手すりと杖で行く方が楽かなぁ…スロープで遠回りして時間かかると 皆を待たせちゃうかなぁ…どうしようかなぁ…と 一瞬 迷ったら またもMさんが
「私 こっちから行くよ!」とスロープの方へ。
下の小学生のお孫ちゃんまで付き合わせてスロープを歩いてトイレへ。
 
 さり気ない真心に涙が出た。
 
 帰りはバス旅行みたいで いつも楽しいんだけれど、今の私は暗くなると足元が見えず、転倒回避の為にバスから降りられないので、明るいうちに寄った最初のSAでサンドイッチなどを購入。
 念の為にトイレも済ませて、もうここから2時間は降りない支度。
 そしたら2度目のSAで降りなかった私に、戻って来たMさんが「はい、花桃さん、これ食べて」とお菓子を膝に置いてくれた。
 
 無事に末寺に到着。
 
 暗くなると運転できないからタクシーを呼ぶつもりの私に またも「私が送っていくよ。車取ってくるから ここで待ってて」とMさん。
 お寺から駐車場まで ちょっと歩くんです…。
 
 ありがたく待って、車椅子を積み込んでもらった時、お寺の玄関から「あ、これ 誰の忘れ物かな!」と声が。
ぎゃぁ~~~私の手提げ袋(ひざ掛けや食べ物入り)
 
 若い人たちが最後まで残ってくれてて 忘れ物まで見つけてもらった。
 
  ああ、本当に来て良かった…。
色んな人に「ありがとう」を何度言っても足りないくらいの嬉しい気持ち。
 
 マンション前でMさんに車椅子を下してもらい、最後の難関。
 マンション正面玄関の3段の階段を上がる為には、車椅子の座面に載せた荷物を先に上げ、車椅子を畳んで私が持ち上げるしかない。
 
 かすかな期待を持って駐輪場を覗くと…なんて事! 扉の前に車椅子ぎりぎり通れるスペースが空いてるじゃん!
 
 この駐輪場はいつも満車で扉が開閉できない事が多い。
昼間、住民が外出してる時ならまだしも、夜間のこの時刻に ここが空いてるなんて奇跡。
 私の為に空けておいてくれたみたい。
 
 みぃさん(妖力持ち・私の事をまるでどこかから見てるかのような対応をしばしばしてくれる)が『無事に参詣してこられるように』祈ってくれてたんだろうなぁ。
 
  真心と不思議な力に守られた参詣。
 感謝の気持ちをエネルギーに換えて頑張るぞーーー!
 
 …となるべきなんだけど、帰宅して3日たつと …やっぱり左股関節が痛いよ、なんか色々 面倒だよ~(苦笑
 
 

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2018年1月22日 (月)

愛人の心構え

 
 男の夢の為に、彼はほんの短い間だけ、私の側にいる・・・それでも私は十分幸せ。
ちゃんと最後は本妻さんの所に帰るのも覚悟してる。
ちゃんと笑って送り出すよ。
…そのつもりだったのに、側にいる時間が長くなってきたら、ずっとこのまま側にいてほしい・・・もしかしたら結婚してくれるんじゃないか? と 思い始めちゃってる。
 
 物騒な件名から本文に繋がりましたが…
寿人の移籍により 私が勝手に『本妻・広島』と『愛人・名古屋』の構図を創り上げ妄想してるだけでございます。
 
 ほんとに、1年だけのつもりだったんだ。
 
 1年前、初めてグランパスの練習を見学に行った帰り道、私の住まいに近づく川の橋を渡った時『異次元から現実の世界へ帰って来た』と感じた。
寿人の居るグランパスの練習場は 私にとって『異次元・夢の世界』だった。
 
 この橋 1年で何回渡れるんだろう?
今季の終わり頃は どんな気持ちで渡るんだろう? J1復帰を果たしてるんだろうか?の心配も。
 来年の今頃、同じ季節の中、私はここを渡るんだろうか? 寿人の居ない練習場へ行かないよね…と思ったのを覚えている。
 
  2017年 開幕戦直前、ユニフォームにサインを貰いに夫と練習場へ行った日は、テレビ局の取材があったようで、他の選手がどんどん帰る中、寿人だけが なかなかクラブハウスから出てこなかった。
 暮れていくグラウンドを見ながら『寿人がここに居ない日が来るんだよね』と 切なく思ったっけ。
 まだ始まってもいないのに。
 
 そんな大切で貴重な1年は あっという間に過ぎた。
 
 サンフレッチェ広島時代、私が練習を見学できるのは、試合観戦に行く時の『前日練習』のみ。
 試合観戦は年に7~9回で、前日練習から行けるのは そのうち2~3回。
名古屋に移籍して 見学に行きやすくはなったけど、夏場は体調優先で行かないし、良い季節でも 色々 タイミングが合わず 結局2017年は 平均すると月に1回 行ったかどうか…くらい。
 思った程 行ってないな…。
 
 広島の友達が 大好きで信頼関係もできてた選手が移籍した直後の事を思い出してツイートしてた。
『練習場へ行って いないのを確認して ああ 居ないんだ…』
その当時は そんな話 聞かなかったし、聞いたとしても きっと実感としては分らなかっただろうな。 今なら すごくわかる。
 
 私は 彼女ほど 練習見学もしてないけど『寿人ありきのグランパス・寿人と共にグランパスファンに移籍』なので、寿人が居る練習場しか知らないんだよね。
 
 『寿人のミーハーファン』なので、寿人が居なくなったら 練習見学に行く事も無くなり、寿人が居ないのを確認することも無いとは思うけど。
 
 1年前の今頃「来年の今頃は居ないんだから」と覚悟して 嬉しいのに切なかったのがよみがえる。
 
 それが・・・今年もグランパスの寿人を応援できるんだよね。
去年は「神様のプレゼント」だったけど、今年は「こんな幸せでいいのか?」です。
もちろん地元チームの選手として寿人を応援すると 勝敗やゴールにも過敏になり、シンプルに楽しむよりも心配の方が大きくなりもする。
 
 でも やっぱり近くで応援できるのが嬉しいんだ。
 
 以前から私が寿人ファンなのを知ってる地元の友達や知人は、他の人達よりは寿人に関心を持ってくれてたけれど、グランパスに来てからは 反応が一層 大きくなった。
 
 「今 〇〇〇に寿人選手とご家族がいるのよ!」と電話してくれた友達。
普段は落ち着いていて 私と違って全然ミーハーなところが無いMちゃんが「こういう服装で…奥様はこんな髪型で、お兄ちゃんはこうで…」うん、間違いなく寿人一家。
「〇〇のお店に入ったわ…〇〇をお買い上げみたいよ」と実況中継してくれた事があった。
 その話を共通の友達に話した。
「あのMちゃんが こんなに興奮して電話くれて…それよりも よく寿人を見つけたなあと思うわぁ」
スポーツ選手って 私服で街中に居ても ファンでもない限り気づかないと思うの。
新聞やテレビに出る写真は プレー中だったり、ユニフォーム姿だったりして、普段とは顔付も違うから。
そしたら この友達は「私だって絶対にわかる」と断言。
へぇ~~ 彼女がそこまで関心持ってくれてたことも驚きで嬉しい。
そう言うと「私に限らず、花桃を知ってる人は みんな寿人選手の事もわかるってぇ」と。
 
 また別の年上のお姉さまは「テレビなんかで あの子の笑顔見ると こっちまで元気になっちゃうのよねぇ」と。
 『あの子』なんです(笑)
 今年は観戦に行きたいと年賀状に書いてくれた友達も複数。
 こうして私の周りでは『グランパスの寿人』が定着しつつあります。
 
 ずっと居てほしいな。愛人の覚悟が揺らぐわ…。
 
 ダメダメな愛人は、12月23日、広島の飲食店のインスタグラムを見て
「え~寿人  子どもが冬休みになった途端に広島か~」と ちょっとふくれる。
「そっか…冬休みになってすぐに広島へ帰って、年末年始は名古屋なのね」と思い直す。
 次は30日に「宮島に佐藤寿人がいた」とネットで見て「え~~30日なのに まだ広島~?」と またふくれる。
 そしてサンフレッチェのチームメイトとの『大晦日の会食』の写真があがり「いつ帰ってくるのよーーー!」
 かつてのチームメイトの若手選手が「大晦日は大好きな寿人ファミリーと」とインスタグラムを上げ、寿人はグランパス公式のオフショットに 三男坊君の動画を提供。
 グランパスユニを着て、グランパスフラッグを持ったお馴染みの三男坊君だけれど、室内の様子が名古屋の住まいじゃない!
 年末年始も広島なのね…いつ帰って来るのよーーーーー。
 年が明けて、更新した寿人ブログには『長男と名古屋まで6時間のドライブ』
「6時間かけて名古屋に帰ってきた」じゃないのね…。
『仕事で名古屋へ行く』だよね。
 
 と、広島の小春ちゃんに 本妻広島への嫉妬を垂れ流す。 ダメ愛人。
 
 今季のサンフレッチェ広島の新体制・・・11番は まだ空いたまま。
ちゃんと空けておいてくれてるのよね。
 寿人ファンとしては すごくありがたい。
 でも…愛人名古屋(名古屋の愛人ではない)としては複雑。
 
 寿人が広島に戻る時は、私も一緒に戻るだけじゃんって 以前は言ってたけどさぁ…やっぱり近くで応援できる幸せを知ってしまうと、よそへ行っちゃやだーーー。
 
 はい、愛人失格。
 
 ヒサ婆の分際で 愛人論を語ってしまいました。
笑って許してやってください。

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2018年1月16日 (火)

あっちもこっちも痛い…涙

 新年早々…実は年を跨いで 憂鬱な日が続いています。
 
 2017年暮れ、翌年の年賀状のコメントは『脚力が落ちて老化が進行しています』ってのが基本だった…。
 
 思い起こせば、2017年 年明け早々に、布団の上でちょっと躓いた時、左股関節に嫌な痛みが走った。
 健常な人なら『ちょっと筋を違えたかな』って感じでしょうね。
私の場合は『人工関節にダメージ与えたかな』
 激痛ではない『嫌な痛み』は、その後ずっと続いた…回復しなかった。
その痛みが『私の普通』になっていった。
 
 で、夏の亜脱臼。
 これも今思うと『人工関節が緩み始めてたから亜脱臼を起こした』んだろうなぁ…素人ドクターもどきの見解(笑
 
 ここからは、すべてが素人ドクターもどきの独断と偏見による妄想です。
 
 亜脱臼は自然治癒できたから良かったけど、あれからまた一段階 左股関節は弱くなった。
 また脱臼するのが怖いから用心するし、左股関節を庇うから腰や膝に痛みが出る→変な歩き方をする→更に股関節に負担→痛みが増し庇う→なるべく歩かない→更に筋力が落ちる・・・負のループ。
 
 毎朝、起きた直後、室内が歩きにくいのに気づいたのは 去年の春だったかな。
最初はスリッパが悪いんだと思って 違うデザインのものに替えた。
 一瞬はそれで改善できた気がしたけれど、結局『歩きにくい』のが普通になってしまった。
 
 外出時は滑って転ばないように地面を踏みしめたり、そろそろと歩いたり。
下りのエスカレーターは 見えにくいのも手伝って恐怖! なるべく避ける。
 そもそも外出は、日常の買い物・仕事・ボランティア・母の特養訪問・友達と会うくらい。
車から店や建物へ徒歩5分くらい。
 一番歩くのがスーパーの中での買い物(笑
 
 唯一、サッカー観戦はスタジアムが広いから けっこう歩く。階段も上り下りする。
亜脱臼の後や あまりに痛みが酷い時は、ぴっちぃ号(マイ車椅子)使用。
 でも豊田スタジアムの車椅子席は、最後列で私の目では選手が…いや寿人が見えにくい。
 葛藤しつつもステッキや車椅子を上手く使って、1年間 グランパス寿人を堪能できた。
 
それが無かったら、本当に必要最小限の歩きしかしなくて、もっともっと脚力落ちてただろうな。
 
 なのに・・・なのに・・・。
 ここんとこ、左股関節の痛みが急激にひどくなってきてる。
『骨頭壊死により 股関節の変形が始まった頃』と似た痛み方。
 
 おまけに、右足の裏が痛み出し…。
これは、以前にもやり 自分で『モートン病』と診断。 湿布などで誤魔化してるうちに治った経験がある。
 今回は踵なので、足底筋膜炎かもしれないなぁ。
 ネットで調べたら、これもよくある病気みたいで、モートン病と同じように自然に治るんじゃないかと楽観してる。
 
 それよりも重大なのが 左股関節。
 こればかりは自然に治る事が無いんだよね。
 ちょっと前までは、寝てる時は痛みが無く、目覚めて起き上がった時 嫌な痛みが走り「あぁ~」と朝一番の『気が滅入る』瞬間だった。
 近頃は寝てても ちょっとした動きで痛み、目覚めた瞬間に「あぁぁ~痛いなぁ」となる。
 痛みの強さで言えば、右足裏の筋膜炎の方が強いんだけど、股関節の痛みは『これから逃れるには人工関節置換手術しかない』と発展するので、負のイメージで痛みが倍増する。
 気が滅入って仕方ない。
 
 車の乗り降りも痛みの為に ちょっと難しくなってきた。
これも慣れていくんだろうね…。
 2012年、左の人工関節置換手術をする前までは、この痛み(多分、今よりももっと痛かった)が日常的だったんだよね。
 PCの前にじっと座ってる時は、ほとんど痛くないけど、椅子から降りる時が痛い。
「うっ!」と唸る程の痛みではないんだけど。
 人工関節の緩みを実感し憂鬱になる。
 
 ただの筋肉炎だといいなぁ…。
 少しずつ痛みが和らいで いつの間にか忘れてるってなるといいなぁ。
 
 花桃ブログを読んでくださってる人にはおなじみの『花桃思い込みで大げさに大騒ぎでした』だといいなぁ・・・。
 
 体のどこも痛くない…って どんな感じだったんだろう? 忘れちゃったよ。
 こうして座ってれば『体のどこも痛くない』状態なので、感謝しなきゃね。
ずっと椅子に座っていたい。
 
 
 

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2018年1月 8日 (月)

振袖

 成人席のニュースがテレビに流れ、朝刊には、地域の成人式の記事と写真が掲載されている。
 私は、目を凝らしてそれらを見つめる。
 テレビの前に移動して画面にかぶりつく。
 知ってる子がいるわけでもないのに。
 ・・・そう、振袖をよーく見たいんです。
 もっと言えば、新聞に入って来る呉服屋さんの広告も 毎回 しっかり見てるし、地元のショッピングセンター清〇屋さんへ食品を買いに行っても、時間があれば上の階の呉服屋さんを見る。
 呉服屋さんの店先は さすがに直に見られるので『これ好きだなぁ~!』というのに出会うと 見惚れてしまう。
 
 そっかぁ・・・こういう色には この帯が合うんだなぁ・・・自分では思いつかないわ。
 この呉服屋さんは、毎年、お客さんのお正月や成人式の写真をずらりと並べて展示していて、それも 長時間 眺めてしまう。
 お店の人は 少し前までは「自分の娘の参考にしてるんだろうな」と思ってただろうな。
 振袖が好きなんです。 
 ・・・どんなのでも好きなわけじゃなくて、好きな柄や色合いがあるの。品のある古典的なのがいい。
 私の振袖(うわぁ~もう40年も前の話になるの)は、懇意にしてる呉服屋さんが出る展示会がホテルであり、そこへ行って選んだ。
 白地に朱色・山吹色・濃紺の雲が絞りで染め出されてる。
花柄じゃなくて個性的なのを選んだ。
「成人式が終わったら袖を切ってもいいし、将来 自分の娘に着せてもいいし」なんて言ってたなぁ。
 友達の結婚式に何度も着たから堪能できたけど、娘に着せる夢だけは叶わなかったな・・・。
 母と選んだ私の振袖、大好きだった。
 
 でも・・・今 広告や実物を見ると「ああ、こういう柄の方が似合ってたかも~。こういうの着てみたかった~」と思ってしまうのでした。
 そして「娘が居たら、今 流行のどうこう・・・と主張しても認めず、私の好みで上品で可憐なお嬢様風の振袖を着せて、髪はオーソドックスに結い、ちりめん細工の花かんざしをつけて、草履とバッグは こうで・・・」と あれこれ夢想する。
 ・・・と ハタと気づく。
 もし娘が居たら もうとっくに成人してて、そろそろ孫の着物を算段する歳だったわ。

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2018年1月 1日 (月)

天風

 
 花桃日記を読んでくださる皆様、明けましておめでとうございます。
 
 今年も ゆるゆるとブログを更新しますので、お付き合いくださいね。
 
 
 さて、2018年 最初のブログが寿人の事で ミーハー振りが お恥ずかしくもありますが・・・。
 
 
 2017年は、寿人のグランパス移籍で始まりました。
 
 寿人が遠くへ行ってしまうショックと並んで「ずっと頑張ってきたゆうさんに神様のプレゼントだよ」と言ってくれる広島の友達もあり。
 
 本当に私に限って言えば『神様のプレゼント』
 11年間、寿人を見る為に広島へ通っていたのが、地元チームの選手として応援できる。
広島の友達の寂しい気持ちも忘れずに、この幸せを感謝して味わおうと思った。
 
 開幕してみれば なかなかゴールが無く。
 それなのに、ほぼ隔週に名古屋で試合を観戦できる事が嬉しくて。
 随分 自分勝手なミーハーファンになってました。
 
 でも夏前には怪我をし、復帰できてもチームの進歩に遅れてしまい、試合に出られない日々。
『こんな事なら移籍しないで、広島で大事にされてた方が良かったかも・・・』と 胸を痛めもした。
 
 最終的には、J1復帰を果たし、キャプテンとしてファンサポーターの信頼を得、本人もインタビューなどで「名古屋に来て良かった」と答える程の充実感があったんでしょう。
 本当に本当によかった。
 
 「風を起こそう!」と旗を振るのが似合う寿人。
 今季は『天風・天つ風』を吹かせてもらいましょう。
 サッカー選手として年齢的にはピークを越えて、体力面でも不安が大きくなってくるとは思うけれど、某有料サイトで『もっと走れるようにならないといけないと考え始めている』とコメントしてた。
 
 年齢のハンディを押して まだ向上する事を考えてる。
 2016年、出場機会が減った時点で「もう広島で歴史を創ったし、サッカー選手として優勝・得点王・MVPと頂点も極めたんだから これで引退してもいいじゃん」と思った私って・・・。
 2016年で『終わってもいい』だったら、2017年暮れの景色は見られなかったんだもんね。
2016年暮れ 寿人が移籍を発表した時「一年だけですからね」と 広島の友達が真心の捨て台詞を私にくれた。
私も「1年だけの幸運をしっかり味わおう!」のつもりだった。
 
どうやら今年もグランパスの寿人を応援できるらしい。
 
 
 
 嬉しいんだけど・・・2年もグランパスの寿人を見ちゃったら、本当に広島へ帰る日が来た時 私 寿人ロスに耐えられないかもしれない。
 どこへ行こうが 一緒に移籍するだけ~と公言はしてるんだけど、身近で応援できる幸せを知ってしまうと・・・ね。
 
 
 とにかく まずは今季の天つ風は、追い風になって寿人を軽々と走らせ、寿人の蹴るボールをことごとくゴールに吸い込ませてくれますように。
 
  さて、私事です。
 広島時代は、名古屋での試合や名古屋近郊のアウェイを含めて、年間6~9試合観戦できれば十分だった。
 苦手な夏場は『観戦休止期間』で ひたすらじっとして体力を温存、観戦予定が決まれば『〇月〇日まで元気でいなくちゃ!』と照準を合わせた。
 
 それが2017年の8月は 毎週 名古屋で試合があり・・・。 私 体がもつかな・・・とも思った。
 夫の運転で行けるし、荷物も持ってもらえるし、広島へ単独で行ってた(車椅子で行ってた時期も)事を思えば、体の負担もごくわずかではあった。
 それでも、遠方のアウェイ戦でダゾーン観戦にすると決めた日は「あ~今日は家にいられる~」と ホッとするくらい 体はしんどかった。
 脚力はどんどん落ち、足を庇うから腰痛も始まり、動き方がどんどん『老人』のそれになってきてる。
 
 寿人が努力するんだから、私も元気で観戦できるようにしなくちゃね。
 
 

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