« 2018年3月 | トップページ | 2018年5月 »

2018年4月

2018年4月27日 (金)

どうしたら勝てますか…

 
 25日 水曜日 今日 勝たないと本当に大変な事になる! のパロマ瑞穂スタジアム。
 
 試合前には レミちゃんと念入りな『寿っちゃん会議』 (非公式につき内容も非公開)
寿人が今季初のリーグ戦先発なので、少々浮かれ気味のお婆ファン二人。
 
 最後は「私たちの応援なんて何の力にもなってないかもしれないけど、それでも応援する気持ちの一粒にはなるもんね!しっかり応援しようね!」と握手をして別れる。
 
 スタンプラリーで貰った招待券で、一緒に仕事をしている友達とご主人(昔は ご主人がサッカー好きで二人で観戦していたが、もう何年もご無沙汰との事)もお誘いした。
「久しぶりの観戦でワクワクしてる。寿人選手のチャントも練習中」と数日前にはメールを貰ってる。
 
 
 私は去年グランパスファンになってから、試合中のチャントには手拍子で参加し、鼻歌程度にハミングはしてた。
 歌うのは寿人のチャントだけ。それも小さな声で。隣の夫にやっと聞こえる程度…。
 
 でも この日は一生懸命に全部のチャントを歌ったわ。
 
 そして気づく。
私って喉も老化してて、大きな声が出せなくなってる!!
 高校生の時、友達の男子校の文化祭に行き、彼(彼氏に非ず)のギター演奏のステージの観覧席から「〇〇くーん!」と大声で叫び、会場をどよめかせた私なのに…。
 
  あれからウン十年、声はかすれ、おまけに音程も一定に保てなくて、それでも一生懸命に歌ったよ。
 グランパスサポーターの見事な応援チャントの中の微粒子になると信じて。
あの応援が選手の「もう一歩!」「もう一回!」を後押しすると信じて。
 
 そして失点…。
普段からネガティブな事を絶対に言わない夫が思わず「あぁ~ またかぁ」とつぶやく。
 敗戦続きじゃなければ、最初の失点でこんなに落胆する事も無いんだろうけど、今のグランパスは これが辛い…。
 
 夫も隣で一生懸命手拍子する。
 
 前半途中からジョー選手が一人だけ早めのアップを始め「寿人か…」と私。
「いや、〇〇でしょう」と夫。
 …寿人の交代だけはかなりの高確率で当てるサッカー無知の私でございます。
 
 後半開始、ジャージに着替えてベンチに戻って来る寿人が足を庇って歩いてた。
あぁ…また足を傷めたんだなぁ…。
 
 シャビエル選手がボールを持つと…ジョー選手にボールが渡ると…誰かがボールをカットして相手ゴールに向かうと…何度も何度もスタジアムが湧いた。
 メインスタンドの手拍子も大きくなる瞬間が何度もあった。
 私もかすれ声で、音程も外しながら、ずっと歌った。それしかできないもんね。
 
 1-3で敗戦。
 
 バックスタンドの方から挨拶に回る選手達…足取りは重いよね。
 
 ゴール裏への挨拶で どんなやり取りがあったのかは 私にはわからなかった。
 メインスタンドに向かって歩いてくる選手達に「よくやった!」とは言うわけにいかず。
「お疲れ様でした」なんて おためごかしもはばかられ。
 泣き顔で拍手するしかなかった。
「しんどいね」「まだ頑張れるよ」「信じてるからね」「応援するからね」
そして寿人には「足は大丈夫なの?」の想いを込めて。
 
 2016年秋、寿人のグランパス移籍直前の予知夢のラストシーンでは、選手バスの中の寿人と私は手話で会話したんだけど 本当に手話で伝えられたら…と思ったなぁ。
 
 気づいたら、必死で叫んでた。
「ひさとぉー!」
 もしかしたら こうやって声を出したのは初めてかもしれない。
 
 夫も隣で同じように「ひさとぉー!」と 私よりは太く通る声で呼んでた。
メインスタンドの後ろの方からも たくさんの声がかかってたから、その中の一粒になれたらいいな。
 
 件の仕事仲間とご主人は「勝ち試合では無かったけど、十数年ぶりにスタジアムで応援して本当に楽しかった。年に数回は来たいねと言ってる」と笑顔を見せてくれた。
 スタンプラリー、こうやって新規観戦者を増やす目的にもわずかながら貢献できたかな。
 
 問題は どうすれば勝てますか…。
 選手も監督も苦しんでるだろうなぁ…。
サッカー 楽しくなくなってるかもしれないなぁ…。
 中二日や中三日の連戦とアウェイ戦の移動で 体も疲れてるでしょうけど、勝てない試合が続けば、その疲労感は倍増してるよね。
 
 出口が見えないまま 闇雲に走り回ってるだけのような感じかもしれない。
 
 なんにもしてあげられないよ・・・仏壇にお参りしてるだけじゃ何もならないかな。
 
 
 
 

|

2018年4月23日 (月)

「やってまった!」

 
 NHK朝ドラ「半分、青い。」久しぶりにしっかり観てます。
 
 舞台の岐阜が近いので、知ってる地名や『あ、あれの事だな』と想像のできる架空の固有名詞が出て来るのも楽しい。
 
 岐阜の言葉は、名古屋弁とイントネーションが似てる。
 ドラマで聞く名古屋弁は「うぅ~違う違う!」って事が多くて、見ててもぞもぞしちゃう。
 
 このドラマでも「…違うんだなぁ」と思う事もありつつ「お、上手いじゃん!」と頷く事もしばしば。
 回を重ねるごとに、俳優さん達の名古屋弁(岐阜言葉)が上達してる^^(上から言ってます)
 
 始まった頃「やってまった!」が 何度も出て来て これは流行語大賞を狙ってるな!と ほくそえんだ。
 最近 出てこないので 流行語大賞はもういいの?
 
「ま~ぁかん」も良かったのになぁ。
『まあ あかん』じゃないんだよねぇ~。 (名古屋弁圏の人しかわからない)
 
 松雪泰子さんや原田知世さんが「ありとう(『が』が高い)」と 上手に言う度に にこにこしております。
 
 ただ…近頃、子どもでも「ありとう(『が』が高い)」とは言わなくなってるのよねぇ。
「あがとう(『り』が高い)」が普通になってるなぁ。
 
 もちろん「やってまった」なんて言う子どもは見た事が無い。
私が子供の頃は、みんな使ってたはずなんだけどなぁ…まさか 私だけって事ないよね?
 
  NHK朝ドラさん「やってまった!」もう少し 使ってみてくれませんか?

|

2018年4月17日 (火)

神様は見ている

 
 連敗中の名古屋グランパス…。
 実は『チームの勝利よりも寿人のゴール』を願ってしまうダメダメなヒサ婆でも、これはちょっと苦しい。
 キャプテン寿人であっても、出番が少なくプレーで引っ張れない分、チームメイトを鼓舞するのも難しいだろうなぁと想像する。
 そんな中で、11日(水)の仙台戦で ジョー選手のPKの裏側にあったいい話を知った。
 ジョー選手のシュートが相手選手のハンドを誘い得たPKだから、当然 蹴る権利はあるものの、本当はその日は長谷川アーリア選手がPKを蹴る事になっていたそう。
 でも寿人がジョー選手に駆け寄り「大丈夫だから頼むぞ」とポルトガル語(話せるんだ!?)で声をかけて ジョー選手が見事にPKを決め、その後、ジョー選手がもう1点。
 鳴り物入りで加入して 期待に応えられていなかったジョー選手には良い起爆剤になったと思う。
 ジョー選手を思いやり、寿人も立ててくれてPKを蹴る権利を快く譲ってくれた長谷川アーリア選手にも感謝。
 そんな嬉しい話を聞いて 私も言いたい。
 前半 交代(させられた)深堀選手が戻って来る時、私はスタンドから見ていて可哀相で(失礼な言い方かも)抱きしめてあげたいような思いがしてた。
 交代した選手はベンチの端から握手かタッチか(お疲れ様の意味だろうね)をするんだけど、一番奥に座ってた寿人が誰よりも早く立ち上がったのが見えた。(他の選手は座ったままだったと思う)
 そして全選手とタッチを終えて来た深堀君を 立って出迎えた寿人が ポンポンとした。
「よく頑張ったぞ」なのか「次こそ頑張れ」なのか…とにかく思いやりを感じる所作だった。
 自然にそういう対応ができるのは 年の功もあるかもしれないけど、寿人の持って生まれた気配りや思いやりなんだろうな。
 広島時代、寿人が若手にクロスを上げさせてシュートする居残り練習をしてたのは有名な話。
「このタイミングで」
「ここに出せ」
細かく要求して それに応えるべく何度も繰り返し蹴ってたと聞く。
 試合中、ボールを持ったら「まず寿人を見る」のが暗黙のルールだったし、寿人に良いクロスを上げられるのがレギュラー獲得の早道だと、私は思ってた。
 
 そして寿人の居残り特訓の効果は、もちろん寿人のゴールにも直結してたし、アオちゃんや航平君を成長させたとも思ってる。
 
 グランパスで 寿人が「俺に合わせてクロスを上げろ」って居残り練習するのは…残念だけど無理かなぁ。
 今は「ジョーが打ちやすいように上げろ」って練習すべきなのかな。
 でも そんな勝手な居残り練習をしたら 監督への造反になっちゃうのかな。
 などと、サッカー無知・ど素人・運動音痴のヒサ婆が ちょっぴり考えてみました(汗)
 
 明日のルヴァン杯、広島戦。
絶好調、首位独走の広島が相手…。
 ここで何とか修正し、気持ちを切り替えられるような結果(=勝利)が欲しい。
 寿人だって、他の選手達だって「そこそこ試合に出てればいいや」とか「練習してるだけでも給料はもらえるんだし」なんて思ってない。
 誰もが勝ちたくて勝ちたくて、自分のプレーで勝ちたいと思って頑張ってるに違いない。
 わかってるから安易に「頑張れ」と言うのが辛いけど、でも頑張るしかない。
 寿人の思いやりの裏にある熱い闘志も信じたい。
エゴイストが許されるFWというポジションで、チームメイトを気遣わなければいけない矛盾。
 若い選手を思いやる優しさを神様は見てるよね!
 寿人のゴールで「うおぉぉぉーーー!」と雄たけびを上げ、スタジアム全体が盛り上がり、ピッチの選手たちが更に躍動し、久しぶりの勝利に
♪なごやー 俺らの-♪と 声が裏返りながら歌う寿人を見せてください!
 
 

|

2018年4月 9日 (月)

受容する

 
 
 右股関節に痛みが出始めたのは 去年の年明け。
 「あ~ちょっと痛いなぁ…人工関節に異常が出てるのかなぁ」
 
 そして去年の夏、亜脱臼。
 亜脱臼の激痛は数日で治まり「あぁ~良かった」
 
 でも年明けからの痛みは消失する事が無く、少しずつ増していたんだと思う。
 
 2018年が明ける頃には、毎朝、起き上がる時に「あぁ…痛い」と。
一日の始まりに毎回 痛みを感じるのって 本当に嫌だ。
 怪我の痛みなら『日にち薬で治っていく』と思えるから我慢もできるけど、私の股関節の痛みは進行するのみだから気が滅入る。
 
  2004年に右、2012年には左を人工関節置換して、いくつかの禁肢位や不便はあるものの、時には杖無しでも歩くようになり 楽だなぁ、ありがたいなぁと思ってた。
 
 2012年からの5年間だって、たまに激痛(自分で理由がつけられる・回復する)があって
 室内でも杖に頼らなければ立てない事もあったんだけど、それは一過性で、そんなにめげなかった。
 
 なのに『悪くなっていくだけ』の日々が再開するとは…。
 
 そして、近頃は、毎朝起床時の痛みが『当たり前の痛み』になってきた。
痛いのが普通なので、痛みを少しでも回避できるような姿勢をとる。それでも痛いんだけどね。
 
 『当たり前の痛み』になると 気が滅入る事はなくなる。
 あぁ、私の受容力の素晴らしさ☆
 誰も褒めてくれないから自分で褒めとく!
 
 俳優の坂口憲二さんが 大体骨頭壊死症で活動休止を発表して話題になってる、その『大体骨頭壊死症』22年目のわたくしで~す。
 
  坂口憲二さんは、数年前に手術をしてるのね。 それで また痛みが出たとなると その時の手術は おそらく私のケースと同じで『骨切り回転術』でしょう。
 手術してリハビリして 色々気遣いや工夫しながら日常生活を送り、俳優業をやってきたのに「またダメなのかよ…」って 嫌になっちゃうだろうなぁ。
 インドア派の私と違って活動的な人だしね。
でも 今の状態だって、ナレーションとか歩かない役ならできるのになぁ…とも思う。
 
 ・・・私は こうやって自分で迂回路を作って来たんだろうね。
 
 子どもを産んでお母さんになる…と 気負いもなく想像していた自分の未来は 全身性エリテマトーデスの発症により『子供を産まない』道へ。
 
 それでも『理解ある夫と結婚できて幸せ』だと思えたし、人様の子どもを羨んで苦しむ事もく、友達や近所の子どもを可愛がって満足できてた。
 
 『お母さん』になってたら当たり前にやってたであろう事ができない寂しさよりも『子供が居たら こんな事 できなかっただろうな』と感謝する事さえあった。
 
  『できない者の開き直り』とは違う、もっと素直でシンプルな感情。
・子供が居たら こんなに好きな時に寝てられないよね。
・子供が居たら、学校へ急に呼び出されたりして 自分の予定がダメになる事あるよね。
・・・・自分の都合だけで好きな事ばかりできないよね。
・・・・子供の手前 頑張らないといけない事あるよね。
 
 子どものいる人が当たり前にやってる事をしなくてもいい、怠け者の私にぴったりの境遇ではないか。
 
 歳をとってきて「子どもが居たらなぁ…」と 羨ましく思う事は増えた。
それは子供が幼い頃の親行の苦労をせず、ただ単純に『頼れる若い存在が近くにある』のが羨ましいという身勝手な思い。
 
  『今が幸せ』と思えるのは 『今 当たり前にある物がずっとあるとは限らない』と いつも思ってるからなんでしょうね。
 
 股関節の痛み、2012年の手術の前には、痛みと違和感の為に 布団の中で足を四の字にできなかった。
 
 2004年の右股関節置換の前は、運転中、アクセルとブレーキを踏みかえる度に(激痛とまではいかないけれど、かなり強い)痛みがあった。
 
  台所で食事の支度中、股関節がずれた感じがすると椅子に片足を上げて自分で調整し、時に夫に引っ張ってもらった。
 
 私 よく頑張って来たじゃん…。
 今はまだ四の字もできるし、じっとしていれば痛みはほとんど無い。
 
 ただね…室内でステッキをつくと 日常的な動きがいちいち面倒臭い。
 何をするにも 一回一回 ステッキを持つ・ステッキを立てかける動作が入る。
立てかけたステッキが倒れると んぐ~~~っ!となる事も。 だって拾う動作が大変なんだもん。
 
 片手がステッキ用でふさがってるので、タンスの部屋からリビングに着替えを持ってくる事でさえ何往復かしなくちゃいけない。
 結婚以来、夫の下着と明日のワイシャツ・ネクタイは 毎回 私が用意していたけれど、
①自分の下着一式(重ねて片手で掴む)
②夫の下着一式(同上)
③ワイシャツとネクタイ
 毎回 3往復するのが 年明けの鬱状態の頃から 嫌で嫌でたまらなくなり、ストレスを溜めない為に 夫に自分の物は自分で用意するようにお願いした。
 自分の分だけ1回で運べる楽さを毎回 感じております。
 
 骨頭壊死になって 松葉杖をついてる頃でさえ、ちゃんとやってた『夫の着替えの準備』が嫌になったのは歳のせいかなぁ。
 
 痛みも不自由さも受容しながら、でも楽しい事がある幸せに感謝して もう少し頑張らないとね。

|

2018年4月 3日 (火)

こっそり花咲かばあさん

 マンションの機械式駐車場の前にある小さな植え込みに 入居当時はサツキが植わっていて、季節になると赤い花を咲かせていた。
 それが歳をとったのか、いつの頃からか だんだん枯れ始めた。
 私は機械を操作して車を待つ間に、石灰化した枝をぽきぽき折って捨てたりもしてた。
 
 そして、去年の春、マンションの全体掃除の日(住民が全員で植木の手入れなどをする)完全にミイラ化したサツキを皆で根こそぎ引っこ抜いた。
 
 ぽっかり空いた土のスペース。
 ここにパンジーなんかが咲き乱れたら可愛いよねぇ…。
 
 私はベランダのプランターでアイビーを育てている…と書くと恥ずかしすぎるな。
切り花は長期間もたせられるのに、鉢植えになると ことごとく枯らしてしまうの。
 
 でも このアイビーだけは なぜかずっと元気でいてくれてる。
 2010年の予想外の長期入院の時は 水やりをしてもらえなかったので枯れたけれど、それでも残った株から再生させる事ができた。
 
 わさわさと生い茂ると、姿の良い処を切ってコップに挿し、キッチンの水回りに置いておく。
 飾りにして楽しんでいると、コップの中で茎から根っこが伸びる。
そこそこ根が伸びると プランターに戻す。 こうしてプランターはさらに大賑わいになる。
 これが我が家のエンドレスアイビー。
 
 さて、去年の夏の終わり、このコップの中で育った小さな株を5つほど、こっそり駐車場前の植木スペースに移植してみた。
 大きなペットボトルに水を入れては せっせと水やりにも行った。(なるべくマンション住人に会わない時間帯にネ)
 
 でも…根つかなかった。 残暑に勝てなかったみたい。
 
 それで涼しくなるのを待って、二回目の挑戦。
 その間にキッチンでは根っこの栽培に励んでましたわよ。
 冬の寒さもあるから今度も無理かもなぁ…と思っていたら、生き生きとはしないけれど、枯れる様子もなく4ヶ月が過ぎた。
 
 そして!!
 春の気配と共に、葉っぱにも力が見え始め、新芽も見えるようになってきた!
ちょっと引っ張ってみたら ちゃんと根が張ってるようで抜けない。

Photo

 おおぉう!! やったぁ~~~!

 ここまで来れば大丈夫!

 我が家のベランダのプランターみたいに、わさわさに茂る日が来るかもしれない☆

Photo_2

 おひたしにして食べられそうな この柔らかい黄緑の葉っぱ^^

 駐車場で操作待ちをする間も見惚れてニヤニヤしてる。

 

 …ただ これ無断で勝手にやってるのよね。

幸か不幸か、水やりに行く時、マンションの人と遭遇した事も一度も無いし。

 今年も もうすぐ住民総出の掃除があるけど、その時

「雑草にしては綺麗だけど始末しておこう」ってなったら…涙。

 それまでに『始末するには惜しいくらい綺麗』に わさわさと茂ってくれるといいなぁ。

|

« 2018年3月 | トップページ | 2018年5月 »