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2018年6月

2018年6月26日 (火)

「あばずれ」じゃないの

 高校時代の仲良しグループ5人全員が久しぶりに集合できた。
 
クラス会(という名の飲み会・もうクラスを越えて高校の同級生は誰でも参加できる)や 個別に会う事はあっても5人全員揃うのは なかなか難しい。
 私が以前より動けなくなった事もあって危機感を抱き、急きょ、私の住まいのごくごく近くでランチ会。
 思えば、5人で集まるのは いつも私が行きやすい近所。 クラス会よりも 我儘をきいてもらえる仲間。
 
高校時代、私鉄・単線・無人駅・30分に1本の名古屋市外から通学する私は『僻地』と言われ『ゆうんちへ遊びに行くのは小旅行』とも
 結婚してJRで名古屋から来られる場所に引っ越したので、ちょっぴり昇格。
 
今回集まる打ち合わせをする為に グループLINEを作った。
名前を決める時
私「ほら、あったじゃん。私達5人 そう呼ばれてた…えっとぉ…」 これは度忘れ。
私「あばずれ…じゃなくてぇ…」
Yと私「あくたれ!」
 5人揃ってのランチで「あくたれ5人組」の由来を語り合った。
 私は、3年の時のクラスの男子につけられたと思ってたけど、どうやら2年の時の担任だったらしい。
 そして
私「NとSとMは、全然 あくたれじゃなかったんだよねぇ」 誰も否定せず。
私「私とYは、授業は聞いてない・提出物は出さない・赤点常習・グループでやる作業は人任せで、あくたれだったけど。他の3人は そこそこ真面目にやってたもんねぇ」
Y「いや、私も ちゃんとやってたつもりです」
私「えぇ~? じゃあ あくたれは私だけって事?」
誰も否定せず。
…そうだったの?
 ずっと『美人』と言われ続けているN。
 癒し系で、聞き上手なM。
 おっとり静かなS。
 
 Yはと言えば、毒舌がウリ。 とりわけ男子に対して容赦なし。
誰もが認める「ハンサム」なA君の髪が細いのにいち早く目をつけて
「A君は 将来 絶対禿げる!」からの「禿げ!」呼ばわり。(3年前のクラス会では禿げてませんでした。その後は海外赴任で髪の状態は不明)
学校きってのお洒落で大人っぽいS君を「おじん!」
 それなのに 男女問わず誰からも可愛がられる稀有なキャラクター。
 
 Yと私は、毎日「ひぇ~~~~!」「うぎゃあ~~~!」と 箸が転んでも…鉛筆が落ちても大騒ぎして バタバタ走り回ってた。
 耳年増で羞恥心も無いので 聞きかじった『下ネタ』を二人して男子に振りかざした。
「ねえねえ、ホーケーってなに?」(イメージとしても カタカナの『ホーケー』笑)
「家で親父さんに聞け」
「ねえねえ 〇君って カセーホーケーなの?」(実は全然わかってない)
「あほか!」
 
 当時、流行っていた『シャインリップ(つやの出るリップクリーム)・マウスなんとか(口内にスプレーする口臭防止剤・柑橘系の香りのするスプレー』 (あぁ…名前が出てこない)
 私も愛用していて、なぜか私が使うと「出た! ゆうのインランセット!」と言われた。
『インラン』→『淫乱』なんだけど、それもカタカナのイメージ。
 この話題も出て
「全然 淫乱じゃなかったのにねぇ」
「私達の高校時代って、今の中学1年生くらいのレベルだよねぇ」
 ほんとほんと。
 
 ランチから スイーツまで5時間。
 『あくたれJK』だった5人の話題は、自身の健康・親の状況・子供の結婚・葬儀や法事の情報・介護施設の情報・・・苦笑。
 
 名古屋市内に住む三人と、名古屋を縦断してきた一人、私は車で10分。
 帰宅後は軽い疲労よりも、心地よい高揚感。
 それまで ずっと残っていた『眩暈が起きそうな感じ』が 消失しておりました。

Akuta

 誰かを「ひたすら指さす」遊びも やったなぁ…。何がそんなに面白かったのか。

「やめてぇ~~~」と 身をよじるのが する方もされる方も楽しかったんだよね。

何をしても面白かった時代。

「遠くまで来させてごめんね、ありがとう」

「楽しかったよ。また集まろうね」

 また集まれるといいな。 今の状況よりも悪くならないといいな。

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2018年6月22日 (金)

真心の応援

 先週、洗濯機の中に居るような眩暈に襲われて以来、寝たり起きたり。
 最低限の家事だけすると ちょっと休憩で横になる。
 横になってると眠ってしまう。
 これじゃいけないよなぁ…。
 土曜日には少し食欲も出て来て、冷蔵庫の食材も底をついてきたし「よし!明日は、夫に同伴を頼んで買い物に行ってみよう!」と決意。
 さて、その翌日の日曜日早朝、布団の中で『あれ?なんか変』(デジャブか)
横になったまま目をこらすと…あぁ~見慣れた家の中の景色がぐるぐる回ってるぅ~~~。
 横になってるから倒れる心配は無く、でも気持ちの良いものではない。
 そうしてるうちに吐き気をもよおす。
 トイレまで杖と壁を頼りに移動する。 吐き気はあるものの吐かなかった。
 すっかり気落ちする。
 そこからまた『寝たり起きたり』
 このまま動けなくなっちゃうのかなぁ…。自己嫌悪と不安。
そんな時、友達とのやり取りの中で思いがけない力をもらったりした。
思いがけない人が『眩暈経験者』だったり。
 古くからの友達の中にも『眩暈経験者』は複数居たのを思い出して、アドバイスをもらう。
 火曜日は内科の定期診察。
 外待合に居ると、主治医が通りかかり「今日 眩暈がしたので その診察も予定して早めに来ました」と伝える。
 主治医が去ると 隣に座っていた女性が「私も眩暈やりましたよ。三ヶ月くらい何も食べられなかった」 あぁ~そうなんだ~。 私は 少し食べられるようになってきてるから、そこまでひどく無いのかなぁ。
 眩暈経験者の友達の話を聞いても 私は軽そうだったし。
 内科の順番が来て、いつもの血液・尿検査の結果は「SLE的には問題ないよ」と。
眼球の動きを主治医が見て「大丈夫そうだけどなぁ」
 私はいつも病院へ来ただけで ちょっと元気になり、主治医に会うと 更に大丈夫になる。
 ステロイド剤を勝手に増量した旨も報告してあり「ステロイドは、元の量に戻しておこうね」と諭されてしまった(苦笑)
 耳鼻科に回してもらった。 総合病院はこういう時 本当にありがたい。
 耳鼻科の問診票には「めまい」が別枠であるのね。
 症状の記入の他に、
・突然 目の前が真っ暗になる
・頭を動かすと眩暈が起きる
など、YES・NOで答える項目が複数あり、私は「ふわっとする感じ」以外は全部 NOだった。
 耳鼻科の中待合に居ると、同世代と思われる女性が車椅子を夫らしき人に押してもらって診察室から出てらした。
 看護師さんが「〇日に予約を入れました。耳から水を入れて あえて眩暈を起こす検査なので…」と説明してる。
 うへぇ~私もそれやるのかなぁ。 また来るのも嫌だなぁ…。
 名前を呼ばれ診察室に入ると、歯科医にあるような仰々しい椅子に座らされる。
 ドクターが眼球の動きを目視し「今は大丈夫ですね」 
 
 はい、そうなの。 じっとしていれば普通。
 そこから『仰々しい椅子』の意義を知る。
 
 看護師さんとドクターが声を合わせて「はい、椅子が回りますよ~」
 うひょ~回すんだ~~~。 思わず目を閉じてひじ掛けを掴む。 うん、これは誰でも一瞬 たじろぐよね。
「次は倒しますよ~」
 
 あ、ひじ掛けが無い! ひじ掛けは背もたれが倒れるのに合わせて引っ込むらしい。これは怖いよ。(眩暈とは無関係に 私は何かに摑まっていたい)
 次はゴーグルを当てる。 私には真っ暗な目隠しだけど「こちらからは 花桃さんの目が見えてますからね」とドクター。
 それを着けて椅子を回したり倒したり起こしたり。 最初の数回こそ、何か動きがある度に目を閉じていたけれど、後半は開いてても大丈夫になってきた。
 全てが終わり ドクターが「今は何の問題も無いですね」
 結局『一過性で自然治癒する眩暈だったんでしょう』との診断だった。
 ありがとうございます! 色んな人達に感謝。
 数日前だと車椅子の自走も難しかったけれど、この日は 夫が「仕事休んで連れて行こうか」と言ってくれたのを「タクシーで行けるから大丈夫」と断り、車椅子自走でひとりで来た。
 それは前日までの友達とのやり取りで貰ったエネルギーが大きく影響してたと思う。
 ヘタレの私は、ちょっとした思いやりがすごく効く!
 帰りには食材も買いたくて、さすがにそれは夫が「買い物中に何かあったら困るから」と 迎えに来て付き合ってくれた。
 この一週間、このまま動けなくなっちゃうのかな…と なんだかもう何もかも嫌になっちゃうような、面倒臭いような、投げやりな気分になる事もあった。
 まだふわふわした感じはあり(これは眩暈が起きる前からよくある症状)杖を使ってもスタスタ元気には歩けない。
 でも ゆっくり慎重に買い物に行ってみようかなと思えるくらいには回復してきた。
 母の所へも行かなくては。
 『周りに心配かけたくないから』と自分の病を隠す人が居るけれど、私は(年老いた親以外は)どんどん心配かける。
 心配してくれて『頑張れ』と思ってくれる人が一人でも多い方がエネルギーを貰えると思ってるから。
 って事で、たくさんの人に心配かけましたが、前向きに方向転換できそうです。
これからも どうか力を貸してくださいね。
 

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2018年6月15日 (金)

ぐるぐるぐる

 火曜日、特養の母の所へ向かう途中、いつものようにスーパーで母への差し入れ(一週間分の乳酸飲料・パン・お菓子・果物など)を買い、駐車場の車に荷物を載せようとして…杖を車に立てかけ…あれ?なんか変。
 股関節を庇う為に 普段でも摑まれるところがある場所では、必ずどこかに手をかけている。
 その時も無意識に車のドアに片手をかけてはいたけれど、体がそこにぐぐっと傾いていくような感じ。
『手をかけておく』では済まなくて『必死で摑まる』状況に。
 これは眩暈だ。
 もう体が洗濯機の中にいるように ぐるぐる回りだすような感覚。
ぐるぐるバットで回転した直後のように、意思とは無関係に体が引っ張られる。
 転んではいけない!!
 
 慎重に慎重に運転席に体を押し込む。
 隣のスペースが空いていたのが救いで、カートも荷物もそのまま。
『しばらくの間だけですから』の意思表示として、ドアも開けっぱなしで、カートを挟み込んでおく。
 5分くらい静かにして、洗濯機からは脱出できた。
 そぉ~っとそぉ~っと荷物を車に載せ替え、カートを所定の位置まで戻しに行く。
転ばないように、転ばないように。
こういう時 杖はありがたい。 杖無しでは怖くて歩けない。
 運転席に座り、やっと窓もドアも閉めてエアコンをつけて目を閉じる。
背中がシートにめりこんでいくような錯覚。
 しばしそうやって過ごしながら、さて…と考える。
 このまま帰るか、母の所まで行くか。 ちょうど道半ば。
 ここまで来たしなぁ…買った物もあるしなぁ…。
 じっと座っていれば眩暈も感じなくなっていたので 行く事に。
 
 母の所では、いつものように時間をかけておやつを食べさせる根気が続かず、早々に退出。
 今度は自分ち用の買い物。
 すぐに食べられるお惣菜などを買って 慎重に慎重に運転して帰る。
 はぁ…無事に帰宅できて良かった。
 洗濯機の中に居るような眩暈は治まったけれど、その後もずっと足元が不安。
 日中は風もあって、それほど暑いと思わないんだけど、老人は暑さや喉の渇きの自覚が無くなっていくんだってね。
 確かにここ数年『家にじっとしてれば、ニュースで騒ぐ程の暑さじゃないじゃん』と思いつつ、夕方からどんどん具合が悪くなり、夜のニュースで『今年の最高気温更新』を知り、なんと感度の良い体か…と思う事が増えて来た。
 体の感度が良いんじゃなく、自覚機能が衰えているんだな…危ないアブナイ。
 翌水曜日からはステロイドホルモン剤を大量投与し、ドーピング効果を狙ったのだけれど、期待ほどの改善が無い。
 発病した二十歳の夏、入院して大量投与(プレドニン16錠)が始まって間もなく、それまでのしんどさが消え、廊下を走りたいくらいの衝動を覚えた。
 ステロイドハイでもあったんでしょうね。
 たかが4錠では そこまでの効果は期待できないか…。
 日中、起きていられる時間が少しずつ長くはなってきてるけど、まだ買い物に行くのは怖い。
 室内でも杖を突き、壁に手を当てて ゆっくりゆっくり歩いてる。
 洗濯・炊事の最低限の家事はしてる。 掃除は…してない。
 こうして更に足の筋力も落ちていくなぁ…。
 一ヶ月前から約束してある友達とのランチまでには回復せねば。
その後、別の友達からのお誘いは『保留』にしてある。
 

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2018年6月 7日 (木)

言葉が無い・・・

 後半、ベンチ横でアップしていたメンバーに「寿人!」と声がかかった瞬間、私は夫と顔を見合わせ、私の後方からも「寿人ぉ!」「ひさとっ!」と歓声があがった。
 
 ユニフォーム姿でピッチを駆け回る姿 久しぶりに見るなぁ~。
あの前傾姿勢になる瞬間も☆
 
 どうかどうか寿人にゴールを!!!
 ヒサ婆の自己中な願いは 途中から「寿人じゃなくてもいい。誰でもいいからゴール決めて!」に変わった。
 延長戦で寿人のプレーを長く観られるのは嬉しかった。
 …でも 決着がつかず『PK戦突入』がちらつき始めると 私は落ち着かなくなってくる。
 いよいよPK戦!となった時は、チーム全員が集まっているのを凝視。
誰が蹴るの?
誰が蹴るの?
 コイントスにより、アウェイ側のゴールでの勝負が決まる。
 ん~寿人キャプテン、すでに運が無かったか…?
いや、熱いサポーターの目の前で蹴るよりも 相手サポーター前の方が余計な緊張しなくてもいいのかな。
 
 センターラインで並ぶ両チームのメンバー。
そこでも私は寿人がどの位置に立っているのかを必死で探す。
 股関節をほぐすように片足を上げてほぐす寿人を確認し、寿人蹴りそう…と思ったら、もう胸がドキドキし始めて苦しくなる。
 
 シャビエル選手の綺麗なゴールで始まり、グランパス側は次々に決めていく。
隣で夫が「よっしゃ!」と拳を握るのを目の端でとらえながら 私はドキドキドキドキ…。
 ミッチ選手が1本止めて、俄然 優位に。
 そして5本目の寿人。
 
 ああ、この時の私の混乱ぶりが 今も悔やまれる。
 それまでのドキドキとは逆のドキドキが混じった。
『ここで寿人が決めたら、まるで寿人が勝ち取ったような錯覚するよね。寿人 美味しいよねぇ~~~♪』
 ゴールを決めてチームメイトが駆け寄り 誇らしげに拳を突き上げる寿人の姿を想像してしまった。
 こういうのが似合うんだよねぇ~~♪ 寿人 モッテルもんねぇ~☆
 
 私は寿人のPKをいつも見ない。
心配で怖くて、現地でもテレビ観戦でも 目をきつく閉じて その上 両手で顔を覆ってうつむいて ひたすら「どうか決めて」と念を送る。
 
 なのに・・・なのに・・・ゆうべに限って・・・。
 
 だって久しぶりの寿人のPKなんだもん。(どらくらいぶりかさえも思い出せない)
放送でリプレイも見られないし。 この目に焼き付けておきたいじゃない。
「今日は見る!」と夫に宣言して 眼を開いて見つめる。
 
 うそぉ~~~~~~。
 相手キーパーに防がれてしまった。
「どうしよう」「どうしよう」「どうしよう…」 私の口から出るのは この言葉だけ。
 
 続く、ワシントン選手も同じように防がれ、相手チームの5本目が決まったと同時に グランパスの負けが決定した。
 どうしよう…どうしよう…どうしよう。
呪文のようなつぶやきと共に目が潤む。
口も鼻も両手で覆って どうしよう…と考える。
 
 まるで降格が決まったかのような気分。
2007年、サンフレッチェ広島が降格した試合を 私はスカパーでしか見ていない。
もちろん、2016年 グランパスが降格決定した試合も知らない。
 降格じゃないんだからね。
それと同等に語る事じゃないよ…。 そうだけど…。
 
 バックスタンド側から挨拶に回る選手達。
ゴール裏では 当然 叱咤されている模様。
 キャプテンとしてだけでなく、夕べは『大事な場面でPKを決められなかった』責任を痛感してただろうな…。
 メインスタンドへ回って来た時 さすがに拍手するのは躊躇した。
 そしたら後ろの方から「寿人! 次だぞ!」「寿人 頼んだぞ!」と男性の声。
私はそれに救われた。
 
 帰りのトイレで『チャーミングで明るくポジティブなサポーター』のかわいこちゃんと遭遇した。
「ごめんねぇ…」と涙ぐむ私を抱きしめてくれた。
 
ヒサ婆に どんな力があるんだろうか。

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2018年6月 2日 (土)

「お母さん!」

 
 週に一度の母との時間。
 真っ先に側へ行って「お母さん」と呼びかけるも 反応が無いのはもう慣れっこ。
 
 ところが、先日は違った!
 
 正面に回った私をじっと見て
「ゆうこ~久しぶりだねぇ~」とでも言いそうな表情をした!
「どこかで見た人だねぇ~」レベルなのかもしれないけど、無表情・無反応に慣れた私には、母の声が聴こえてるくらいの衝撃だった。
 
 思わず私は 母の手を握り「お母さん! どうしたの~!」
それには答えず、でも柔らかな表情のまま 私を見る。
 今にも何か言いそう。
 支援員さん達に「今日の母はなんか違う。私が分るみたいな顔してる。こんな顔、久しく見てない」と知らせる。
 『母との魂のコンタクト』は数分間で終わり、おやつを食べさせる頃には、いつもの無表情に戻った。
 私をじっと見てくれるだけで満足なんだ。
 支援員さんが
「母桃さんは お幸せですよ。 毎週 娘さんが来てくださって」
 
毎日 ご家族がいらしてる人もいるんだけどね。
「お二人の姿を見てると微笑ましいです」
 それはとっても嬉しい!
 
 おやつを食べさせ、後片付けや部屋のチェックを済ませて帰る時の事・・・
 いつものように手を握りながら、聴こえないながらも耳に口をつけて「お母さん、また来るね!」と大きな声で言う、
 すると…母がまた私をじっと見て(これは 時々ある) 握ってた手にも若干力がこもった。
 母の目が潤んでる。
 これもアレルギーだったり、眼病だったりで、潤んでる事は時々あるんだけど。
口元をへの字にして、泣くのをこらえているように見える。
「お母さん どうしたのぉ!?」
 なんか・・・後ろ髪ひかれるよ。 無表情な事が多いから、いつもあっさり帰ってこられるのに。
 するとTさん(頭がしっかりされてる利用者さん。いつも私と会話する)までが
「もう帰られるの? もうちょっと居てあげて」と。
 え~何か感じるのかな?
 何度も母の手を握り直し、背中や肩をなでて「また来るね」と言ってみるけど、相変わらず泣くのをこらえているような母。
 支援員さんにお願いして帰って来た。
 何か母は感じてたのかもしれない。
「私を置いてくの? 一緒に連れてって」と思ってたら可哀相。
 
ずっとぼんやりしてた思考の中に『ゆうこ』が 浮かんできたのかもしれない。 刹那の事ではあっても、久しぶりに母とコミュニケーションがとれた気がした。
 それは寂しくもあり、嬉しくもあり。

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