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2019年1月

2019年1月30日 (水)

無駄な想像力

 先週金曜日に 特養の看護師さんと母と私で病院へ行き、ドクターに家族の意思を伝えた。
その上で「大腸ファイバー検査をしてください」とお願いした。
 火曜日の検査日まで、私の心にはいつも重い塊があった。
 自分の事だと 怖い検査の前は あれこれ想像して怖さを増幅させてたけれど、母の事になると それプラス『母が可哀そう…』 
 恐怖心・羞恥心が無い分、私よりも楽だとは思えたけれど、聴こえない・意思の疎通ができない母がどうやって検査を受けるのか…。
 浣腸しても 私達ならギリギリまで排便を我慢してからトイレへ行く…ってできるけど、母はどうするんだろう?
 看護師さんが肛門を抑えてるんだろうか?
 で、トイレへ行けないから ベッドの上で出ちゃうんだろうか?
 検査室は すんごい事になるんだろうなぁ…。
 看護師さんや検査技師さんや医師に申し訳ないなぁ。
「横向いて・上向いて」の指示も母には伝わらないし、どうやって検査するんだろう?
私が一緒にいる事で母が安心するのなら 手を握っててやりたいけれど、今の母には 私の存在なんて何の力にもならない。
 それでも母が辛い思いをするのを側で見ててやりたい。私も一緒に辛い思いをしたい。
 そんな事を夫に言ったら
「君が一緒に居て辛い思いをして その分 お母さんの辛さが減るのなら頑張るべきだけれど、そうじゃないんだから、君が辛い思いをするだけマイナスですよ」と。
そうだよねぇ…。
 でも…看護師さん達に迷惑かけるから 少しでも手助けできれば…。
 そんな事をあれこれあれこれ考え続けた週末。
 そして昨日、予約時刻の10分前に病院へ到着すると・・・・・・・・・・・。
 廊下にリクライニング車椅子に仰向けに寝てピンクの毛布をかけた母と 特養の看護師Nさんが居た。
 あれ?!
「もう終わったんですよ。すごくスムーズでしたよ」
 
 なんと検査予約一番の人がキャンセルで、母が繰り上げになったんだって。
私に連絡したけれど、すでに私は運転中で電話に出られず。
「お母さん…ついててやれなくてごめんねぇ…」母の肩をさすって何度も言う。
 Nさんも入室はできないので詳細は分からないけれど、数十分で終わったし、何の問題も無さそうだったとのこと。
 ほぉ…っ。
 緊張が一気に緩んだ。
 Nさんは 検査後のしんどさを想定してリクライニング車椅子に乗せて来てくれたの。
 いつもひざ掛けにしているピンクの毛布の下には、膝のしたに入れるクッションや肩が冷えないようにとのタオルがあって、母は真心に包まれてた。
 しばらく待って、検査をした医師に呼ばれて3人で入室。
「ご家族以外の方は出ていただけますか?」 金曜日とは別の女医さんの緊張した面持ち。
「私が長女ですが、特養の看護師さんも同席してほしいです」が受け入れられて 共に説明を受ける。
 肛門から16センチほど上部のS字結腸あたりが異様にふくらみただれてる写真。
「ここから出血しますね。そしてここから先はカメラが入らなかったんです」
 そっかぁ…特養の看護師Nさんと「もしかしたらカメラを入れる時に 大腸の詰まりかけてる所をぐりぐりって貫通して 便の通り道ができるかもしれないしね」と 大腸ファイバー検査をする意義を無理やり付けてたのが あっけなく砕け散った。
 
 で、見るからに悪性腫瘍らしい姿だそう。
 金曜日の外科のドクターも「CTで見る限り、お手本にしたいような写り方です」と 『癌』という言葉を使わないで 何とか説明しようとしてた。
「忌憚なく言ってください。私は癌でも何でも大丈夫なんです。母が痛い苦しい辛い思いをする事だけが一番いやなので」
 外科のドクターも 火曜日の内科のドクターも 私の落ち着きに安心したようで、そこからは話もスムーズ。
 来週、組織検査の結果が出てから、今後の事は外科のドクターと相談する事になった。
 特養のN看護師さんとは この数日で色んな話をした。
 先週は「癌でも手術はしない」と私は言ってたけれど、検査までの数日間で「人工肛門を着けたら、今まで通りの食事ができるのなら それもいいかも」と気持ちは変化している。
 リクライニング車椅子の母をNさんにお任せして、別々に特養へ。
 ユニットに着くと 支援員さん達が「母桃さん お帰りなさい!」「よく頑張ったねぇ」「お腹すいたでしょう」と 声をかけてくれる。
 検査にそなえて絶飲食していた母に「まずお茶のんで」と ぬるめのお茶を淹れてくれる。
「お昼ご飯は ちゃんとありますからね。温める間 ちょっと待っててね。パンでも食べておく? 朝からずっと食べてないもんねぇ」
 毎週 私が持って行くパンを小さく切ってお皿にのせて母の前に置いてくれると、母は身を乗り出して 自分の手でつかもうとする。
 
 母が自分で持って食べようとする姿 久しぶりに見た!
もちろん手はひどく震えて、口にパンを持っていくのに時間がかかった。
「お腹すいてたよねぇ~」 支援員さんが涙ぐみながら笑顔を浮かべる。
「娘さん 辛かったでしょう」
「それが私 検査に間に合わなかったんです」
「その方が良かったですよ。検査室に入っていくのを見送るの絶対に辛いですから」と 涙をぬぐう支援員さん。
「母桃さん、ほんとによく頑張ったねぇ」
 少し前まで母の食事は 支援員さんが細かく刻んでくれていたのが 下血があって大腸の詰まりが判明してからは『それぞれのおかずをテリーヌのように加工した物』に変えてくれた。
 人参のグラッセ・ポテトサラダ・コロッケと思われる色と形の柔らかい物をスプーンで口に口に運んでやると 一生懸命口を開ける。
 通りかかる支援員さんが「たくさん食べてよ~」「おぉ 食欲あって良かったねぇ」と 声をかけてくれる。
 皆が本当に家族のように母を心配してくれてる。
 ありがたく、嬉しく、私の重かった心が いつの間にか軽く明るくなっていく。
 
 手術しなくてもいいんじゃない?
腸閉塞のリスクは、外科のドクターも「僕たちは最悪の話をしますからね」って言ったじゃん。
 別に「このままだと腸閉塞起こします」と言われたわけじゃないじゃん。
 
 人工肛門になっても ユニットの支援員さん達が その扱いを習得して対応してくれるとのこと。
 他のユニットにはそういう利用者さんもみえるとのこと。
 ただ、母が手術や全身麻酔に耐えられるのか? 術後の入院生活をおくれるのか?
 
 私がリアルに想像する事は絶対に実現しない…のは、私自身がよく知ってる。
だから自分が恐ろしい病気の恐れや検査がある時は わざと最悪の状況をあれこれ想像しておく。
 
 だったのに、それすら忘れて 母の検査を想像して余計な心配をし続けた4日間。
そして案の定『検査終わってから到着』という 予想外の結末。
 
 無駄な想像力は 今度は『あえて最悪の状況を想像しておく』で発揮させようか。
 このままでいけるんじゃないか…? なんて甘い想像してないで、次の通院日まで 最大限の悪い想像をすべきなのかな。

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2019年1月28日 (月)

こじつけ~!

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 何十年も前に友達がくれた占い本。

 イエスかノーで答えられる質問を思い浮かべながら、目を閉じて開いたページに その答えが書かれてるって代物。

 短いフレーズの文言は こちらの気分次第で どのようにもとれる。

 でもたまに、ハッとする程 的を射てる事があり(それも私の理解の仕方なんだろうけど)時々 使っている。

 今日は その『私のこじつけ理解』のお話(笑)

 去年、寿人の退団が発表された頃、どこへ移籍するのか…を何度も問うた。

たしか本の冒頭に「同じ質問は一日一回」とあった(と記憶してる)ので ずっとそうやって使っている。

 初めての質問は

【来季は広島?】

→単純明快 答えはノー。

それならば、同じ質問にならないように

【来季は広島以外?】

→過去の事を水に流せば幸運が微笑む。

過去の事…って事は 過去に在籍した事のあるチーム? もしくは過去にお世話になった監督の居るチーム?

ならば北から【札幌に移籍?】

→遠い親戚に相談しては?

 親戚~~~!? 勇人お兄ちゃん!?

では仙台を飛ばして【千葉へ移籍?】

→細部に目を向けるように。

 ん~~~これはどう理解すれば良いのか?

 と思ってるうちに、千葉移籍が発表になりました~。

 続いて、もう一つ。

 退団が発表された時 真っ先に思ったのは「寿人に会いたい…」だった。これは同じように特定の選手のファンの人は 移籍などが決まると 皆が決まって「会いたい…」って言う。

 さて、ヒサ婆ももれなく その「会いたい…涙」キャンペーンで、魔法の杖に聞いてみたわけです。

【トヨスポ(練習場)へ行ったら年内に会える?】

→そのまま行くと騙されるかも。

 ひぃぃぃ~~涙。

その日から毎日 同じ質問をしてみた。

【以下 同じ質問】

翌日には

→間違いなくイエス。

え?そんなに明確に? 嬉しい。

→星はイエスと言っている。明日の朝、自分の事をちゃんと尊敬できるのならば。

 翌朝、和也君の完全移籍が発表になり、妬む事なく素直に喜べたので『自分を尊敬できる』に該当するかなぁ…(無理やりこじつける)

だからと言って 実際にトヨスポへ行く事もなく、魔法の杖との対話だけは毎日続いた。

→木星はOKと言っている。

→挫折の後に望みをかなえてくれる。

う~~ん、挫折って…行っても一度は会えないって事かな? でもいつかは会えるの?

→イエス。それを通して もっとハッピイになれる。

 会えたら…話ができたら…ハッピイになれるんだぁ~♪

→ゆっくり進め。いつか必ず到達できる。

 でもさ、本当にその日来るのか?何時に来るのかも不確かなのに、往復3時間弱の運転をして、あそこで一人 何時間も待つのは無理だよ…。

 まして一度は(もしかしたら二度?)会えないで帰るんだろうし…時間も体力も無駄になる…一度空振りして また行くなんて 私には無理だなぁ。

 でも…なんか『会えるみたい♪』な気がしてくるだけで、元気になれそうだった。

→その問題に関して予想外の展開がありそうだと予告している。

ほぉ~! クラブが『お別れの場』を作ってくれるとか?

 しかし、この辺りから答えの様子が変化してくる。

→答えは自然にわかる。

そりゃ、クラブが「お別れの場」を設けますよ~って発表してくれればわかるよねぇ。

→今晩 その事について瞑想してみましょう。

瞑想…妄想…。

クラブが設定した「お別れの場」なんて大混雑で、ハンディのあるお婆ちゃんなんて隅っこで見てるしかないかもねぇ。

賑わいの中で孤独を痛感するだけかも…。

 

 そしてとうとう

→サイキックはイエスと言っている。ただし、本当に本当に望むならば。

 そこでハタと気づく。 私 もうトヨスポで会いたいって 必死で望んではいないんだ…って。

そう これが生涯の別れでは無いんだし、トヨスポで会えたって何も変わらないんだし、必死に会いに行く必要ないじゃん。

→一歩引いて 別の選択肢を考えて。

 はいはい。

それ以降は この質問をするのをやめたのでした。

もちろんトヨスポに行く事も無く、会えないまま寿人は千葉へ行ってしまいました~。

 ノートに手書きで残した記録…あの頃は悲壮で必死だったなぁ…苦笑。

今 読み返すと『思い込み・都合よい解釈』も甚だしいのに、その時は『なるほど!・そうなんだ!・うんうんわかった!!』だったのよねぇ。

 さて、ちなみに

【今年 母との今生の別れ(前回のブログ参照)がありますか?】と尋ねてみたところ

→あなたの自由にはなりません。

 ですって…あちゃーーー!

なんか絶妙なお答え。

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2019年1月23日 (水)

大切な人

 このところ 母の反応がすこぶる良い。
 おやつを食べさせる時、一口 飲み込むと可愛く口を開いて『もっとちょうだい』(と私は理解している)
 甘い飲み物・甘いお菓子・塩味のせんべい いつも この三種類を食べさせるんだけど、私の好みで『甘い物食べたら塩味、そして飲み物、また甘い物…』と 順序を考える。
 すると時々 母が 口をぎゅっとすぼめて『いらない』を表す。
 これじゃないのね?
 じゃあ、塩味を…と 口元へ持って行くと また可愛く口を開けるので「ああ、これが良かったんだ」
 って事は 母はちゃんと味の違いを分かってるんだよね。
 何でも食べるわけじゃなくて、好きな順序で食べたいんだ。
 私をじっと見つめる時間も長いし、近くを支援員さんが通ると 目で追うし、少し前の無反応を思うと 覚醒してるように思える。
 支援員さん達からも「今朝、ご挨拶したら返してくれましたよ」「お昼ご飯を召し上がりますか?と聞いたら 食べようかねって言われましたよ」との報告も増えて来てる。
 ここへ来て 母 ねじが少し締まった?
 嬉しく思っていたら…先週「便に少し血が混じりました」と報告があった。
『しばらく様子を見る』事にしたら、月曜日に「大量に下血があったので、火曜日に病院で診察受けます」と。
 痔かもしれないな…痔だといいな…きっとそうだよ。
 昨日 Oちゃんと母のホームの近くでランチの後、母の所へ行くと…看護師さんが「お話したい事があります」
 ん? これはただ事じゃないな。
 母がお世話になっているユニットの責任者・施設の介護福祉士・看護師と3人がテーブルについた。
 CT検査をしたところ、大腸の出口付近に腫瘍らしき物があって、便の流れを止めているので、食べる量に比べて排便が少なく、大腸には便が溜まっている…との事。
 ドクターは その腫瘍が癌である可能性も示唆。
 私は癌と聞いても驚きはない。
もし癌であれば、手術はせず このまま命が枯れていくのを見守るつもり。
 『余分な延命治療は絶対にしないで』とは、もう何十年も前(認知障碍も無い)から母が言ってる事で、私も母も死生観が同じなので同意し、お互いにそこはぶれずにきた。
 ただ…このままだと大腸に便が詰まって腸閉塞を起こす危険性がある。それがネックらしい。
 ドクターからは 大腸ファイバースコープで詳しい検査をしたいので家族と相談をと言われたそう。
 血液検査やCT検査ならいいけど、大腸ファイバーとなると…。
 看護師さんも私も同時に「どうすればいいのかしらねぇ」
「今日の検査時、母はどうでしたか?」
「採血の注射をされる瞬間は身をよじるけれど、後はじっとされてましたよ。肛門からの触診もそんな感じでした」
 そっか…。突然の痛みや違和感に 一度はびっくりして体が拒絶反応するよね。
 4人で真剣に話し合って 私も診察に同行してドクターと相談する事が決まった。
 母の命は私に委ねられてる。
私が「このまま何もしないで。腸閉塞で死ぬのなら それもいい」と言えば そうなっていくのかもしれない。
 ただ、その場合、腸閉塞で七転八倒する母を目の前にして支援員さん達は ただ見ている事はできず、きっと救急車を呼ぶ事になる。
→緊急手術→人工肛門→特養の対象外で退居
 それは私も困る。
 
 ※後日 人工肛門は特養の対象と確認。私の記憶違い。
   24時間点滴で栄養摂取するようになると対象外。
 4人での『最初の選択』を終えて、母の所へ行くと 今日もおだやかな母。
「お母さん 今日はえらかった(名古屋弁で『しんどかった』の意)ねぇ」と言うと 「ん」と頷くような(頷いてはいない)反応がある。
 痛い怖い検査…えらかったよねぇ…母の肩を抱き 頭をなでる。
幼子のようにされるがままの母。
 腕の血管では採血できず、手の甲に採血の跡の絆創膏がある。骨と皮だけの手の甲が痛々しい。
 検査前の絶食があり、昼食はたくさん食べたとの事。
いつものおやつは「煎餅はやめておいてください」と許可を得て、甘酒をストローで飲ませる。
 一口飲んだら ストローを口から外し、ごくんを確認したら またストローを入れる。
『ちょうだい』の口元が可愛らしくて愛しくて…。
 生クリームスフレを小さくちぎって口に持って行くと これも可愛く食べる。唇についた物も上手に口にとりこむ。 こういう時 本能なんだなぁ…と毎回 感心する。
 食べていると必ず鼻水が出てくるので拭き取ろうとティシュを近づけると これも可愛く口を開く。
 …口元に運ばれるものは何でも食べちゃうか…微笑。
 いつもと変わらない母。 自分の身に起きてる事も この先 しなければいけない怖い事も知らずに…。
 肩を抱いていた手で頭を抱き寄せて、二人で頭をくっつける。
 私を信頼してるのかさえも 今は確認できないけれど、私がどういう決断をしても 母は喜んでくれると思える。
 私の想いを知ってか知らずか、母は顔色がすごく良くて肌も綺麗。表情も穏やかなので写真を何枚も撮った。
 その間も 通り過ぎる支援員さんや 同じ利用者の動きを目で追う。
 便が詰まってたら 健康な人だったら「下腹が張る」など 気分も悪いだろうに、母にはそういう気配が無い。
 何よりもこうして食べてくれるじゃない。
 今はその食欲さえもが腸閉塞のリスクに繋がるジレンマ。
 
 母のホームの帰りは いつも優しい気持ちで運転しているのに、さすがに昨日は落ち込んだ。
 帰宅した夫に報告しながら 泣きそうになって言葉につまった。
「病院へ行く日 僕も行きますか?」
「ううん、私だけでいい。ありがと」
「お母さんは 怖い検査も分からないんじゃない?」
「分からないまま何かされるのも恐怖だと思う。羞恥心が無くなってるのだけは救いだけど」
 よくよく考えたら、夫の言う事に分がある。
肛門に挿入される瞬間だけは違和感で身をよじるけれど、その後は何をされてるかも分からないから力も抜けてるし、私がされるよりも ずっと楽かもしれない。
 うん。そうだ。
 で、腫瘍らしき物が古い便の塊だったら、ファイバースコープで切除できないかな。
出口付近の障害物が除去できて、排便が普通になれば問題無しじゃん。
 大量出血がどんな風だったかを尋ねたら、看護師さんは写真まで撮っててくれた。
本当に本当に施設の皆さんが 親身になって一生懸命 母を看てくれてる。
「痛い怖い事を母にさせたくない。寿命を延ばす事だけを目的にしたくない。明日 母の命が終わっても 私は後悔は無いし、支援員さん達にも感謝だけで『こうしてほしかった・ああしてくれれば死ななかったかも』との思いも無い」
 今年の私の運勢の中に「大切な人との別れ」があった。
それを見た瞬間 あぁ、母とお別れなんだなぁと自然に思った。
 できれば、私が施設を訪問中に お別れの時が来て、母の手を握りながらその瞬間を過ごしたいけれど。
 
 そんな上手くはいかないよね。

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2019年1月16日 (水)

今は昔…

 今は昔、名古屋グランパスに佐藤寿人選手が在籍していました。
 
 毎年、新年1月は「去年」と「今年」が背中合わせで『つい一週間前』の事が『去年』になってて、口にする時 一瞬の違和感を感じたもの。
 ところが今年は不思議な事に「2018年」は『去年』の事だと しっかりはっきりくっきり識別できてる。
 
 それはおそらく『寿人の居たグランパスが終わった』からなんだろうなぁ。
 寿人が居たのが 随分 前のような気がする。
 (それは やっぱり認知障碍の一端なのかも…との思いもぬぐえないけれど)
 
 昨秋 2019年シーズンに向けて、ファンクラブ会員やシーズンチケットの早期申し込みがあった。
 寿人はもう居ないだろうと思っては居ても 正式発表があるまでは『私もグランパス卒業~!』とは思えず、プラチナ会員もシーズンチケットも継続した。
 その後 早い段階で寿人の退団は発表されたけれど、グランパスをゆる~く応援していこうとの気持ちもあったので『クラブへの投資』も吝かでないと思えた。
 
 でもね…。
 12月の辛い苦しい時期を丸まって過ごして、新体制発表会(応募しても外れてしまう人も居る中、プラチナ会員は申し込めば出席できる)に申し込む気持ちは湧いてこなかった。
 『まだお申し込みいただいていない会員様へ』と 忘れてないですか~? の親切メールも見たけど『ご親切にありがとね。私達夫婦の分、どなたかが行ってください』の気持ちで読み流した。
 
 14日 新体制発表会の報告記事や写真がたくさん上がり「楽しかった!」との感想もネットでたくさん見た。
 仲良くしているグランパスサポーターの女性も「開幕が楽しみです~!」とLINEをくれた。
 うんうん^^ 彼女と偶然 隣り合わせに座って初めて言葉を交わした2018年の新体制発表会 楽しかったもんねぇ…。
 赤いユニフォーム2年目の寿人も 会場の人と目を合わせて笑ったり、頷いたりしてたなぁ。
 
 すべては「今は昔」
 
 それでも いつものようにグランパスの公式サイトは見る。
 昨日はトヨタスポーツセンターでトレーニング開始の動画が上がった。
「おぉ~懐かしい~~~」開口一番。
 自分でもびっくり。
もう「懐かしい」場所になってしまってた。
2年間で十数回しか行ってないし、去年後半は非公開練習が多くなって、最後に自分で運転して行ったのは、5月が最後だったかもしれない。
 それでも 運転苦手で暑さにも寒さにも紫外線にも弱い私が往復2時間半かけて運転して度々行った場所なのよね。
 
 「黄色い寿人には まだ違和感がある」と 広島の小春ちゃん。
私は それすら すでに自然に受け入れてる…と言うよりも『ずっと前からそうだった』ような気さえしてる。
 ただね…グランパスの公式サイトは本当にあか抜けてて見やすくて好きだったなぁ。
千葉のサイトも観慣れれば 見やすくなると期待してるけど。
 
 寿人が名古屋に来てからも 2年間、継続していたサンフレッチェ広島のファンクラブと 月刊誌の定期購読は やっと解約した。
 そして…グランパスの有料サイト2つは まだ解約できないの…。
だって、そこにはグランパスの寿人が居るから。
 この2年間が夢じゃなかった証が そこにはあるから。
  ジェフユナイテッド千葉の有料コンテンツは登録したけど、またしばらくは二股だわ。
人間関係でも何でも 私は 長く続いたものを自分から切るのが本当に苦手。
  寿人と共に 私もジェフ千葉へ移籍するけれど、最初の観戦はいつになるかなぁ。
冬場は厚着で荷物も多く 車椅子で移動するのは ちょっと大変なの。
おまけに初めての場所へ公共交通機関を利用して移動するのも 色々な障害があって『行きたいと思った時に行ける』わけじゃないのよね…。
 広島時代と同様に 最初は夫同伴で杖で行って、ルートを確立させてから単独車椅子かなぁ。
 広島へ行き始めた13年前よりも体力落ちてるし、目の病気も増えたし、眩暈も時々起こるから 今回のヒサ婆の移籍はハードルが高い。
 でもJリーガー佐藤寿人の姿を一回でも多く見ておきたいし、応援の一粒にもなりたい。
 体力をつける努力をせねば!

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2019年1月12日 (土)

寿人欠乏の影響

 4週間毎に全身性エリテマトーデスの定期診察を受け続けて40年。(20年前までは2週間毎だった)
 検尿は毎回。 採血は不調が無ければ数ヶ月に1回。
 検尿も採血も 診察前に検体を出して、診察時には もう結果がわかる。
ただ、血液検査の一部は 外部で検査するので、私に結果が知らされるのは4週間後の診察時となる。
 さて、先日 いつものように定期診察に行き「前回の検査結果を見ておこうか」と ドクターがパソコンを操り「んん?」
 私の検査結果には 毎回 いくつかの異常値が出る。
でも主治医は「これは 〇〇が上がってるから 多少 上がるのは仕方ない」「△△がこの数値だから そう心配する必要は無い」などと、一つの項目が異常値でも動じない。
 その主治医が「ん? これは気に入らんなぁ」と言う時は深刻。
 全身性エリテマトーデスの勢いを判定するのに一番大事な『抗ds-DNA抗体』が跳ね上がってた!
 時系列のグラフを画面に出して「んんん…こんなに上昇してるもんなぁ…」と渋い顔。
 加齢と共に膠原病の勢いも衰えて 近頃は派生した病気や後遺症には苦しめられても SLE(全身性エリテマトーデス)の症状は ほとんど出ていない。
 この数ヶ月も 咳喘息以外は ごくごく普通の状態だった。
 久しぶりのステロイドホルモン剤の増量で「少し様子をみよう」と相成った。
 普段は私が「先生、だるいです・体が重いです・やたらと眠いです」と訴えて増量する事はあるけど、酷暑のしんどさが終わってからは私は元気(普通の人の6割程度だけど)だった。
 なんでかなぁ?
 帰宅後、採血した日を思い出してみて 合点がいった。
 12月11日。
 寿人の退団が新聞で報じられた直後だ。
覚悟してたのに 辛くて辛くて苦しくてたまらなかったころだ。
 心の不調が血液に表れたとしか思えない。
 なんと単純で密接な私の心と体。
 あの日、病院から特養の母の所へ行ったんだ。
いつものように無言の母におやつを食べさせ、手指のマッサージをしながら 私の心は寂しさで悶えてた。
 母は時々 私をじっと見つめる事はあるけど、あの日もそうだった。
そして涙ぐんだんだ…。
 目やにだったかもしれないけど、その時 私は『お母さん 私の気持ちがわかるんだね…』と思ったんだった。
 「お母さん…私の大好きなサッカー選手が名古屋から居なくなっちゃうんだ。だから寂しくて苦しくてたまらないの」と私が言えば、本来の母なら「いい歳して何を恥ずかしい事 言ってるの」と苦笑しただろうな。
 まだしっかりしてた頃「大好きなサッカー選手だよ」と 寿人の写真を見せたら「ゆうこ こんな面白い顔の子が好きなの?」って言ったよねぇ。(寿人はハンサムでは無いからね)
 
 1か月前のあの苦しさはもう消滅してるので、きっと血液検査の結果も 今なら問題無いような気がする。
 でもステロイドホルモン剤増量して効果が出るのは少し先なので採血はそれ以降。
そしてその結果が出るのはもっと先になるので これから数ヶ月は増量したままだわ。

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2019年1月 5日 (土)

リベートを!

 ご挨拶が遅れましたが、本年もよろしくお願いいたします。
 さて、年末の話になります。
夫の分の年賀状の宛名書きから解放されて、ストレスの無かった私。
いつも年末は 年賀状作りで怒ってた(笑)
ついでに、大掃除でも怒れてくる。
夫に「あれして、これして」とお願いするのは別にいいんだけれど『お願い』の体をとっても どうしても『命令』になってしまう。
 もちろん「手が届かないから それ取ってください」レベルのお願いは純粋に『お願い』なんだけど。
 毎年の事なんだから、自発的に「ここは僕がやります」と言ってほしいのよ…。
 で、毎年 暮れの大掃除で私は機嫌が悪くなる。
頑張り過ぎて疲労し お正月ずっと寝ていた年もあった。
 こんな事なら もうやらない! 
ストレス無く、怒りも無く、新年を迎えたい。
埃があっても年は明けるんだから☆
 と、心に決めていたら…年末休みに入った夫が真っ先にした事は『お掃除グッズ購入』
出た~~~!
 やると決めたら ぐだぐだ言わずに さっさと行動する夫。
 「これで風呂と洗面所は僕がやります」宣言。
 おぉーーー! その言葉を待っていましたよ。
 さて、このお掃除グッズ…Kis-My-Ft2 の深夜番組の影響なのです。
 我が家は数年前から その時間帯のKis-My-Ft2 をずっと見ていた。
最初の頃は「ジャニーズも変わって来たなぁ。この子達、頭悪そうだし、仲悪そうだし、見た目も藤ヶ谷君以外は どうって事ないし…」と 失笑気味で、でもよゐこ濱口君の絡みが面白くて。
 それがねぇ、長く見てると どんどん好きになっていくのよねぇ。
北山君が寿人に似てると思い始めてからは 特に北山君が好きになったし。
(北山君ファンのネット友達に言ったら『私にはどこが似てるのかわからない』との反応だったけれど、寿人を見た事のある友達に言うと『わかるー!』『似てる似てる!』となる)
 この数年で彼らはどんどん成長していて、ルックスもジャニーズらしくなってるし(あくまても花桃目線)グループ内で良いパスを出し合って 誰かのゴールを演出する事も増えて来てるし、見ていて気持ちが良い。
 Kis-My-Ft2 の説明が長くなりました(汗)
 と言うわけで、火曜日深夜「10万円でできるかな」は、我が家の楽しみの一つになってるの。
 北山君が何か可愛い事をして、私がうふっと笑ってしまう所では 夫も同じように笑ってて、他のメンバーに対する気持ちより北山君へのそれは強い。
 そんな彼らの「10万円でできるかな」には ネットで購入したお掃除グッズを使って大掃除する回があるのよ。
 宝くじの回や、福袋の回なども 夫と楽しく見てて
「これ 絶対 影響あるよねぇ。これ見たら 買ってみようって思う人 出て来るよねぇ」と言ってたのです。
 そして見事に夫はお掃除グッズを買ってみました~~~。
 さて、その成果は…と言うと。
 夫の作業が寒くないように 私は脱衣所に電気ストーブを持ち込んだ。
必要だったのは最初の数分だけだったようで、夫は途中で上着を脱ぎ、シャツを脱ぎ、下着まで汗で濡らして2時間半。
 結果! ぴかぴかになりました~~~☆☆☆  
 とは言えず…汗。
 え?2時間半もかかって なぜ? な状況。
 
 私は普段は カビ取り剤を使って30分くらいで目地を真っ白にするけど、夫はKis-My-Ft2 推薦お掃除グッズを使って(正しい使い方だったのかどうか不明)力技で頑張ったらしい。
「下の方は力が入れられなかった」
「うん、そうだよね。やりにくいよね」(いやいや上の方も随分 残ってますが)
「これだけ綺麗にしてくれれば十分! 今夜 お風呂入る時 明るいよ~~~。ありがとう~~~!」と言ってから、目に付く所だけカビ取り剤を吹きかけてブラシでササっとこすった。
 …すぐ白くなった(笑
 夫が購入してきたお掃除グッズ しめて4800円程。
 Kis-My-Ft2  売上向上に貢献してるよねぇ。 メーカーさん 彼らにリベートあげてくださいよ。
 

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