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2019年2月 6日 (水)

春の微粒子を集めて

 昨日は車を運転していると暑いくらいの 過ごしやすい冬の日でした。
 
 自分の内科の定期検診は、先月のステロイド剤増量の経過を見守るのみ。
2010年の外転神経麻痺の一過性の症状が近頃頻発する事を報告してきた。
 来月、血液検査をするので、外部に検査依頼を出す項目の結果が判明するのは4月…ステロイド剤の減量なるか…まだまだ時間がかかるなぁ。
 
 重い足取り(あまりの重さに笑ってしまうほど)で母の所へ。
 下血が継続する事・でも食欲はあるとのこと。
そして下剤を使用して泥状にした便は ちょっぴり量が増えている事を聞く。
あぁ、詰まってはいないんだ…と ちょっと安心する。
 「おかあさん!」と呼びかけると 私をじっと見る。
「うんこ出てるんだねぇ」と 聴こえないのを承知で尋ねると 何となく頷いてるような顔をする。
 無表情・変化なしと思う時もあるので、これは私の見間違いではなく、何らかの小さな反応があるって事。
 『良かったねぇ…』の気持ちをこめて 母のおでこに自分のおでこをくっつけると、母も力をこめてくる。
 『しゅき~~~(好き~)』の表現だと私が思ってる 母と私のコンタクト。
 
 金曜日に ホームの看護師さんも一緒に病院へ行って、この前の病理検査の結果を聞いて(もう分かってるけど)今後の事をドクターと決める事になっている。
 
「お母さん、私に任せてね」
 私が最良の決断ができるように、間違った選択をしないように、毎日 お参りしている。
 たくさんの真心に支えられている事を実感しながらの帰り道だけど、やっぱり心は晴れない。
 往路の途中にある緑道の横をスピードを緩めて走る。
水仙が咲いているのを見つけて車を止めた。

Suisen1

 コートを車に残したまま降りる。

 夕刻が迫る時間帯のお日様の光を集めた水仙が輝いてる。

 2011年頃だったかなぁ…週に一度 実家へ行くのを「実家詣で」と名付けて、義務感半分で通ってた。

 認知症が進行していた母の為に 家の片づけ・食事の支度・郵便物のチェック・お金の管理などをして 認知機能が低下した母からは「有難迷惑」「ゆうこに監視されてるみたい」との言われ、毎回 泣いて帰った。

 ある年の春先、帰りに寄るスーパーでアイスクリームを買い、この緑道のベンチで食べたのが なぜかずっと忘れられずにいる。

 まだ本当の春では無かったと思うけど、でもアイスクリームを食べたいような暖かさだったんだよね。

 大好きな大事な母と ずっと仲良くできなくて、心身ともに疲れてて、でも母を見捨てる事はできなくて、無理して頑張って毎週通う自分を褒めてやりたい・慰めてやりたい…そんな気分だったと記憶してる。

 数年後、デイサービスを経てグループホームに入所して、そこでも最初は「なんでこんな所に居なくちゃいけないの?」と言う母を「弟桃が出張中で、お母さん 一人にしておくのが心配だから、弟桃が帰って来るまで ここに居てね」となだめてた。

 それも落ち着いて、自分の家がある事を忘れ、私が週に一度 グループホームから喫茶店へ連れ出すのをすごく喜んでくれて「お母さんばっかりこんなに幸せで 天国のお父さんに申し訳ないわ」と助手席で言う母。

 そんな時期もあったんだなぁ。

 この時間も永遠ではないと その時から分かっていたから、私も嬉しかったし大事にしてきた。

  あの頃は グループホームからの帰りに この緑道脇を通ると「ああ、以前 ここでアイスクリーム食べた時は辛かったなぁ…」と よく思った。

 癌発症と 母の命を左右する決断を委ねられる日が来るのは想定外だった。

Suisen2


 春の微粒子を集めて輝く水仙。

 小さな風にも可憐に揺れる。

 私にも春の微粒子がたくさん注がれているはず。

 
 

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