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2019年5月18日 (土)

愛しい人①「よかった・・・」

 令和元年5月15日 午後1時45分 母が息を引き取りました。

 

 10年間にわたる『認知症の母の介護(後半5年間は施設のお世話に)』が終わりました。

 『いつ亡くなっても 私は後悔ない』と思っていたし、今年になってからは癌が見つかって余命宣告も受け 覚悟もできてた。

 周りでも年老いた親御さんの逝去には『本人も家族もお疲れさまでしたね。大往生ですね』という空気だし、私も人様のそういう話を聞いても『悲しい・寂しいだろうな』とも思わなかった。

 でも予想外だった。 私 母が愛しくて恋しくて会いたくて会いたくて・・・いっぱい泣きました。

 

 しばらく 母との思い出語りをさせてください。

 

【5月14日(火)】

いつものように母のところへ。

花で囲まれたベッド、カサブランカの香りが充満する部屋。

コンビニで買って行ったカフェオレを飲みながら 母の写真を撮ったり、花の世話をしたり、静かな穏やかな時間。

ベッドサイドで母に寄り添い、いつものように手を握ったり 足をさすったり、頬を撫でたり。

母はもう2年くらい 唇をぎゅっとかみしめていた。 抜けた前歯の隙間から吸い込むのか 唇の一部がへこんでいた。

それが この時はそうじゃなかった。 普通の唇の形。

顔を近づけると 母の鼻から漏れる呼気が匂う。 たまに口臭があったりもしたけれど、鼻からの匂いは初めて。 唇をかみしめていないのも もしかしたら唇の隙間から時々 呼吸してるのかも。

首や肩が呼吸の度に上下する。 小刻みになったり深くなったり。 

これ良くない兆候だよね。

体の向きや頭の高さを変えて、呼吸が落ち着いたように見えた。

夕方になって後ろ髪引かれる思いで部屋を出る。

この所 母にはいつも「お母さん 逝く時は私が居る時にしてね。私が居ない時に逝かないでよ。絶対だよ。約束だよ」と言い聞かせている。

もちろん聴こえてないだろうし、反応も無い。

 

【5月15日(水)】

昼過ぎに施設の看護師さんから電話。

「母桃さん 時々 うー・・・あー・・・とおっしゃってるので、娘さんが来てくださると安心するかもしれません」

穏やかな口調だったので『うわ言でも聞けるなら嬉しいな』くらいの気持ちで出かけた。

途中から胸騒ぎがし始めて 信号で止まる度に 早く早く!と足踏みしたい思い。

施設に着いて 小走りもできないこの体・・・ここで転んではいけないと用心しながらユニットに行くと 入り口で会った支援員さんが「母桃さん、目をパッチリ開けてらっしゃいますよ」と笑顔で。

あ、持ち直したんだ、良かった。

支援員さんの笑顔が 私を過剰な不安にさせないようにとの配慮だったと気づくのは すぐ後。

部屋の戸を開けると・・・5~6人の支援員さん(看護師さんも)が取り囲んだベッドの母は目を見開いていた。 まばたきもせず見開いた目は異様だった。 これはただ事じゃない。

「お母さん!」

母の手を取り、肩を抱き、頭を撫でる。

「お母さん! ゆうこ来たよ! 安心して!」

この瞬間、看護師さんの『安心するかもしれません』の電話の本当の意味を悟ったような気がした。

「お母さん! ゆうこ来たから もう安心していいよ!」安心して逝っていいよ・・・なんだと 心の叫び。

頭を右側に向けてる事が多い母、その顔に自分の顔を近づける。 頬をくっつける。

見開いていた母の目の異様な力が無くなり、目が私を見たと思った。

「お母さん! ゆうこ! わかる?」 分かってほしくて必死で呼んだ。

母の口が開く・・・開いた口を見るの 久しぶり。

「う・・・あ・・・」

「うん、ゆうこ来たからね!」

「う・・・」

「お母さん! ゆうこって呼んで! お母さん!」

母が目を閉じた。

あ・・・と思って 頸動脈に手を触れると脈動が感じられる。

『死なないで・頑張って』とは思わない。 

ベッドの周りの皆も「母桃さん 娘さん みえましたよ」「よかったですね」と涙声で話しかけてくれる。

義父が最期は深い息を吐いたので それが来ないうちはまだ大丈夫と思い込んでた。

「お母さん! ゆうこって呼んで!」 最期に呼んでもらえるかもしれないと ずっと思ってた。

握った手の感触も変化なし。

「お母さん ゆうこ来たから安心して」

この二ヶ月くらいは、ほとんど目を閉じて動かない母しか見ていないので、この状態が異常には思えない。

左手で手を握り、右手で顔を撫でまわし・・・ふと気づいて もう一度 頸動脈を確認する。

脈動が感じられない。

「止まったみたい・・・」看護師さんを見る。

看護師さんが聴診器を当てて、私を見て深く頷いた。

最初に出た言葉は「お母さん 良かったねぇ~!」

もう二度と動かない母の体を撫でまわしながら「お母さん 間に合って良かった」「待っててくれたんだね」「本当に良かった」「こんなに大勢に見守られて 本当に良かった」と涙と洟でぐちゃぐちゃになりながらつぶやく。

「もうすぐ娘さんみえますからねって言ってたんですよ」

「待ってみえたんですねぇ」

待ってる人に会って息絶えるのは、ドラマでよくみるけど 本当にあるんだ。

『娘さんに会わせたい』との皆の気持ちが 母の心臓を動かし続けてくれたんだとも思えた。

そういう人たちに恵まれて、良い施設で最期を迎えられて「お母さん 良かったねぇ!」「お母さん よかった・・・」

全然 苦しまなかった。

手を握って顔を見つめて撫でまわしていた私が いつこと切れたのか分からないくらい穏やかに静かに逝ったことも「お母さん 本当によかったよぉ」

写真を撮った。 後で見ると この最初の写真が半眼半口で 一番穏やかで笑っているように見える。

死に際には、特別な脳内物質が出て、本人は快感さえ感じていると 事前にいただいた「看取りをする家族への冊子」にあった。

きっとこれなんだね。

私が到着してから10分もたってないと思う。

後で看護師さんに聞くと、私が気づくより少し早く「これが最後の呼吸」だと思ったそう。 私 呼吸が止まっても気づかずに「安心して(逝って)いいよ」と呼びかけてたんだね。

 

 目を真っ赤にした支援員さんや看護師さん達が 母にお別れを言い「しばらく二人でゆっくりしてください」と退室。

花に囲まれた部屋で母と二人。 ずっとこのまま ここに居たいと思った。

しなくてはいけない事が これからたくさんあるけれど、今は少し このままで。

「お母さん よかったね・・・よかったね」何度もつぶやきながら 母を撫でる。

 

<1時半>

 嘱託医が到着し、聴診器を当てたり目に光を当てたりして最後の確認をし「1時45分 ご臨終です」

あ、そうなんだ。 本当に息を引き取ったのは もう少し前だったけど、医師の確認した時刻が死亡時刻になるんだ。

 ここから私の役目が始まる。 冷静に献体の連絡をする。

先ほど死亡確認をしてくれた医師が別の仕事で出かけなければならず、死亡診断書を書けるのは3時過ぎだと言われた。

献体の手続きは、死亡診断書が出ないと始められず、死亡した事だけ伝えて診断書を待つことに。

 ここから1時間半 あっと言う間だった。

 母を見つめて泣いて、冷静にアイバンクへも連絡をし、また泣いて。

お母さんの願いだったもんね、私 ちゃんと遂行するよ。

 別のユニットへ異動になってた支援員さんも 連絡を受けて来てくれる。 すごいネットワーク。

「母桃さ~ん、ありがとうございました~」と泣いてくれる。

「お母さん こちらこそ ありがとうございましただよね。お母さん ずっと言えなかったもんね。私が代わりに言ってあるからね」

その間にも 不老会(献体)やアイバンクからの電話が入る。

 滞りなく進められるようにメモをとる。 泣いていた目が乾いている。

夫にもやっと連絡し、義母を連れて来てくれることに。

 

 ユニットの他の利用者さんも順番に来てくれた。

母はコミュニケーションは全くとれなくなってたけれど、しっかりされてる方は多くて、顔をゆがめて泣いてくださった。

ああ、わかるんだ・・・と そんな所で驚く。

 

<3時20分>

 死亡診断書が届き、不老会経由で大学病院へ連絡する。 

アイバンクに角膜を提供するのが先。 アイバンクから依頼を受けて来てくれる眼科の医師は5時半到着予定。

献体は その後になるので、順繰りに時間が遅れていく。

 

<5時20分>

 夫と義母が到着し、涙の別れ。

タッチの差で、眼科医が到着。 ほんの少しずれていたら、眼球のある母には会ってもらえないところだった。(もちろん義眼を入れて外見は変わらないようにしてくれる)

 

<6時20分>

 不老会からの依頼で葬儀社から霊柩車が到着する。

白い綺麗な模様の布に包まれて母がユニットを出ていく。

 施設の玄関には 職員さん達がずらりと並んで送ってくれた。皆さん もう帰宅する時刻だったかもしれないのに。

「お母さん 本当に良かったね。ここから お母さん 最後の役目だね。行ってらっしゃい」

 

4時上がりの支援員さんが 一旦 家に帰って用事を済ませてから 見送りに来たけれど間に合わなかったとの話も後日聞いた。

この日 休みだった支援員さんも連絡を受けて駆け付けてくれた。

 

<7時前>

 母の居なくなった部屋、少しでも片付けたいけれど、私が暗くなると運転できないので「今日はここまで」と夫が言い、切り上げる。

母の居た部屋・・・ずっと居たかった。

 夫は義母を送り、私は自分の車で帰る。

「お母さんが亡くなりましたぁーー」叫びたいような気持ちと 誰にも言いたくないような気持ち。 

「お母さん・・・」と声を出す度に泣いて。

 

 お母さんに会いたい。

お母さんが恋しい。会いたいよ。お母さん・・・お母さん・・・。

「お母さん ありがとう」は、私も母も昔から いっぱい言い合っているので、今更 あらためて伝える必要も無い。

ただただ、お母さんが恋しいよ。 ゆうこって呼んでほしいよ。

 

 この時の 私の心は これでいっぱいでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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