« ここちゃんと豊田スタジアム | トップページ | 夏が終わる »

2019年8月17日 (土)

面影

 母の初盆。

 私が信仰している宗派では「お盆に帰ってくる」という概念は無い。

母を送ってから寂しさを感じるよりも ただただ母を 母との記憶を 毎日 感じて過ごしている。

 13日、私の毎月の内科定期診察の折、病院で『母を見た』・・・母によく似た人に会った。

 綺麗なショートカットの白髪、華奢な上半身、優しい色合いのパンツのウエストから腰のライン・・・母そのものだった。

娘さんと思しき人(私よりは一回り若そう)に手を引かれて歩く姿は ちょっと頼りなくて『あぁ、この方も認知症を患ってらっしゃるんだな』と思うと 余計に愛しくて。

 見ず知らずの人を凝視するのは失礼だけど、私の目は正面からでないと焦点が合わない。目の端で見るともなしに見るって事ができない。

見たい・・・母にそっくりなその人をもっと見たい。

 時々 視線を外しながら、体の向きを変えてまで2人の姿を追う私。

 そして、娘さんらしき人の問いかけに その方が答えるシーンに遭遇した。

『あ、こんな風にお話できるんだ!』予想外の反応になぜか嬉しくなってしまった。

ここ数年、友達とのおしゃべりの中で「母がこれこれこう言ってさぁ」「母はこう言うんだよね」などと聞くたびに『あ、皆は お母さんと こういう会話できるんだった!』と 妙に驚いたっけ。

 話せない母が 私には普通になってしまってたから。

 娘さんを信頼しきって頼ってるその方が ずっとお元気ですように…と 心で手を合わせた。

 

 母の夢も何度かみた。

 先夜の夢。

 サッカースタジアムに来てる私は 母を入り口に置いて来てしまった事に気づき 慌てて探しに行く。

長椅子に寝かされて目を閉じている母を見つけて ちょっとホッとする。

「お母さん、ここで寝てる? それとも 皆の居る所へ行く?」

母がどう答えたのか覚えてない(私の声が聴こえてたのかどうかも不明)けど『皆の居る所へ向かう』事にした私。

メインスタンドからバックスタンドへ向かわなきゃいけない。

 母は歩けないだろう・・・肩を貸しても無理そう。

・・・現実なら 杖をついた私が母を支えて歩くのすら不可能なのに、夢の中で私が選択したのは『母を歩かせるのは怖いから、私が抱っこしていこう』でした。

 母をお姫様抱っこする。

現実世界では、台所からリビングまでお盆にお茶のセットを乗せて両手で運ぶ事さえ無理なのに(苦笑)

 母は軽かった。 軽々とお姫様抱っこして 私はメインスタンドからバックスタンドへすたすたと歩いた。

亡くなった時 母の体重は30㌔そこそこだったはずだから、これくらいの軽さだったかもしれない。

 

 バックスタンドの『皆の居る所』には、私達母娘の知り合いらしい若いカップルが居たけれど、う~気が利かない。

長椅子に母を寝かせて 水を飲ませてやりたい、顔を冷たいタオルで拭いてやりたい・・・けど、彼らが全然 反応してくれないので、私がタオルを冷やす水を探しに行く事になった。

 

 そこで夢は終わった。

水飲ませてやりたかったな・・・顔拭いてやりたかったな・・・。

 

 目覚めても 私がお姫様抱っこして歩けた程 母の体が軽かった事だけリアルに残っていた。

 

 

|

« ここちゃんと豊田スタジアム | トップページ | 夏が終わる »

母の老い」カテゴリの記事