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2019年9月

2019年9月24日 (火)

いっぱいの「ありがとう♡」

 22日、お彼岸法要をササっと済ませて 一路 名古屋駅へ。

 膀胱炎に加えて、左目が『血が出てる!』ように見えるくらいの充血。 こんな体で強行するなんて おバカさんだなぁ…なんだか体も心も重い。 

 法要の終わる時刻に合わせて買った新幹線指定席、これだとキックオフには間に合わない・・・。

 最寄りのJR駅で在来線に乗る前に「一本早いのに変更できそう!(念のため調べてある)」 名古屋駅で変更するより ここで替えた方が待ち時間が短い…でも 名古屋駅で乗り換えに手間取ると 乗り遅れる…よし! 多少 待ち時間があっても名古屋駅の状況を見て変更しよう!

 これが上手くいった。ありがとう!➀

 トイレは車内で。お弁当もホームで手っ取り早く買う。

売店の台に届かない私の代わりに 後方から男性がさっと手を出してくれる。絶妙なタイミング。ありがとう!➁

 いつもは品川駅で乗り換えるのを在来線乗車時間短縮の為に東京駅に挑戦。 頭上の表示板を見て車椅子を走らせ、狙い通りのホームは目前・・・そこで階段とエスカレーターしかない事を知る(涙)

 手荷物預かり所の人に聞いてもダメよねぇ…と思いつつ、そこしか聞くところが無い。

そしたらね…ちゃんとそういう対応もしてくれるようになってた。 構内図を出して「現在地はここで(と地図の向きまで合わせてくれる)真っ直ぐ行くとエレベーターがあります。それに乗って降りたら 今度は こう行って ちょうど現在地の真下辺りなんだけど…」と 赤ペンで矢印を引いてくれる。

 それを見ながらちゃんと行けた! ありがとう!➂

…ただし、次回 同じように行ける自信はゼロ。

 

 寿人がベンチに入ったのを確認。 そうなるとキックオフ前のウォーミングアップも見たいよねぇ。

スタジアムで食料を買う自信が無いので、ホテル近くのコンビニで調達。棚の上の方を見てたらレジの女性が「お取りしますよ」と飛んで来てくれた。 ありがとう!➃ 

 ホテル前のタクシーにはすぐ乗れたけれど、結局ウォーミングアップには間に合わず。

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 寿人がベンチに居るだけで、私にとっては「寿人のチームの応援」になる。

二人目の交代が終わると もう私の目は監督を凝視。「寿人呼んで! 寿人呼んで!」両手を合わせて念を送る。

うぅ・・・別の選手が呼ばれちゃった。 ヒサ婆の祈り・・・弱いなぁ。

 1対1で引き分け。

 

 試合終了後、徳島サポーター席に「千葉県全域の早期復旧をお祈りします」と横断幕がひろげられた。 同時に千葉サポーターからは拍手が起きる。 私ももちろん拍手に加わった。 こういうのいいよねぇ。ありがとう!⑤

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 まだ黄昏の明かりが残るスタジアムを背にタクシーを呼ぶ・・・「出払ってます」「無理です」ちーん!

もうこれは半ば覚悟していたので蘇我駅まで車椅子走行。 雨予報が当たらなくて良かった。 ありがとう!⑥

 早い段階で決断したので、駅へ向かう人たちが大勢。陸橋のエレベーターで乗り合わせたベビーカーの乳児と若いご両親。短い時間の笑顔のふれあいと譲り合い。 なんだかほのぼの。 ありがとう!⑦

 

 無事ホテルに着いて 夫に報告LINE。

千葉の知人にも無事着いた事とタクシーの顛末をLINEしたら「どこの会社ですか! これから私 その会社 絶対使いません!」と 私以上に怒ってくれた。

 そして翌日のトレーニングゲームがいつもと違う場所なので「タクシー呼べなかったら 私を呼んでください」と。 それに甘えるつもりは無いけれど、他のタクシー会社を調べてくれて、本当に嬉しかった。 ありがとう!⑧

 

 翌日のトレーニングゲーム。 台風の影響なのか湿気のあるすごい風。初めての場所は車椅子でどこまで行けるのか、行ってみないと分からなくて こういうのが どんどん億劫になってくる。

 でもプレーする寿人の姿見たさに頑張る。

 とりあえずたどり着いたスペースの横に綺麗なお嬢さんが。 私 なぜか綺麗なお嬢さんに引き寄せられるのよねぇ。躊躇なく声をかけたら、感じよく応対してくれて お喋りしながら試合開始を待つ事に。

私「向こう側の方が日陰だし、風も防げそうよねぇ」

Nさん「でも行けるのかしら」

私「車椅子は無理そうだから、Nさんは行ってね」

Nさん「私もここでいいです」

でも どんどん人が向こう側に移動し始めたので 私もNさんの助けを借りながら車椅子を押していく事に。 彼女が居なかったら きっと最後までここを動けなかった。

 フェンス横の斜めになった土手は草が茂り、折れた枝が顔にかかる。

「私が先に行きましょうか」と先導しつつ、枝を抑えてくれるお嬢さん。涙。

落ちていた小枝や蔓が車椅子のタイヤに絡んだら すぐに気づいてくれて取り払うのを手伝ってくれる。 こんな所に女神が居た…涙。

 何とか反対側へ行けて 彼女の応援している船山選手や寿人の話をする。

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「寿人が移籍して来た時 11番を譲ってくれた事 感謝してるの」

「試合に出られない時 寿人さんから たくさん学んで欲しいです」

「二人でたくさん話し合って良い形を作ってほしいよね」 なんだか涙が出た。

ありがとう!⑨

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 試合後のファンサービスタイムを終えてお嬢さんとも別れ、人垣から離れた日陰でタクシーチャレンジタイム!

件の会社以外に電話したけれど「無線で呼びましたが、その付近に今 車居ないんです」はぁ…私の住む地域では『付近に居なくても少し待てば来てくれるよー』

 二つのタクシー会社がダメで途方に暮れていたら…そこに観音様が現れたのー!

先ほどのNさんの顔見知りらしい地元の方と 愛知からいらした寿人ファンのKさん。隣でTG観戦してたので、少し言葉も交わしてた。

「タクシー来ないの?」

「そうなんですぅ~」

地元の女性に駅までの道のりを聞くと「徒歩10分くらい」との事。

「一緒に行こうか?」

「え~~~本当ですか!?」一緒に歩いてくれる人が居るのなら車椅子で行けそう!

バスで帰る予定だったKさんも「歩く」と言ってくれて、寿人話などしながら歩く(車椅子走行)のも楽しいかも~^^と 勇気が湧いた。

 

 3人で移動中 バス停に来てたバスに車椅子マークがついてるのを発見。 私 地元でも車椅子でバスに乗った事ないのよ。だから車椅子対応と表示されてても どうやって乗せてくれるのか分からず、ダメもとで恐る恐る近づいて見たら、て車椅子用のドアが開き運転手さんが降りて来てくれた。

 車椅子に乗ったままなら昇降機を使ってくれるみたい。 多少は歩けるので私は手摺りに摑まって乗りこみ 運転手さんが車椅子を載せてくれる。

二人の観音様が居なかったら このバスへのチャレンジもできなかった。 

電話してる私に二人が声をかけてくれなかったら、この展開は無かった。 ありがとう!⑩

 

 初めての駅で 帰りの新幹線指定席を変更する。

 窓口の女性が「品川・東京 どちらが良いですか?」「乗り換えるのに何分くらい必要ですか?」と手際よく質問し逆算して「品川発 〇時〇分なら乗れますね。ここからは久里浜行き〇分発。〇番ホームです」 うわぁ~ お陰でスムーズに新幹線に乗れたよ~。ありがとう!⑪

  

 名古屋着、在来線に乗れば一安心。

最寄りの駅の構内の店でパンを買う。若い男性店員さんがサポートしようと駆け寄ってくれる。出る時も自動ドアを開けて待っててくれた。ありがとう!⑫

 

 無事に帰宅し、夫にまず一番の感謝。

続いて たくさんの「ありがとう」な出来事を報告する。

出かける前は『この体調で私 何しに行くんだろう…』『無事に帰って来られるだろうか…』だったのが、あちこちで親切にしてもらって 心にたくさんの喜びが溜まってた。

 

 車椅子でバスに乗れるのが体験できたのも大きな収穫。

 

 そして『困ったなぁ…』の時 現れた女神様と観音様は 神様がつかわせてくれたとしか思えない。

 

 

 

 

 

 

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2019年9月17日 (火)

夢の中で

 母の夢をよくみる。 これは母の生前の頃も。

実家らしき場所で 少々 老いてはいるものの 自分で歩き話せる母と夢で逢ってた。

「あ、お母さん こんなに歩けるんだ」

「あれ? お母さん ちゃんと話せるんじゃん」 毎回 そんな風に思った。

 

 母が亡くなってからも似たような夢をみる。

二日前の夢。

棚の上に母を置いて(「置いて」なのよねぇ)たのを忘れてて、慌てて見に行くと 母はちんまり体操座りしてた。

「ごめんねぇ~~~!」 急いで棚から降ろすと、母は私の両掌にのってしまうくらい小さい。

これは先夜みたドラマ「セミオトコ」が再現されてたんでしょう。

そっとそっと布団に横たえる。

「足 伸ばしていいよ~」 これは 千葉の台風被害の影響。

停電の為、エアコンをつけた車内で寝ているニュースを見て『ずっと足伸ばして眠れてないんだなぁ…』と思ったから。

続いて、母に氷を入れた水を渡す。 これも台風で被災した人たちが「冷たい飲み物が欲しい」「凍らせたスポーツドリンクが飲みたい」と言ってるのをテレビで見たから。

 自分で上体を起こした母はストローを挿してゴクゴクと飲む。

喉乾いてたよね・・・自分でちゃんと飲むくらい渇望してたんだね・・・。

愛しくて可哀相で泣けてくる。

「お母さん 慌てて飲んじゃだめだよ。ゆっくりゆっくりね」 あ、聴こえないんだった。

夢の中で私は声を出して泣いてたような気がする。

 

 あり得ない事と事実が入り混じる。

 

 夕べは、我が家の窓の外から母の呼ぶ声がする。

マンション中層階の東側の窓の下には、平屋のお家があり、そのお家の屋根の上から「ゆうこ~ 起きてるぅ~?」と 母が呼んでいる。

「起きてるよ~」と窓から顔を出す私。

 

 千葉の台風被害が私の夢の中に色濃く現れているようにも思える。

 

 母は私に何か伝えたいのかな・・・? とも思える。

 

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2019年9月10日 (火)

「打てっ!」って言わない

 7日、寿人がベンチ入りしたので、夕飯をさっさと済ませて 7時キックオフにはPCの前に。

寿人がベンチ外だと『結果だけ見ればいいや』になっちゃうのにね。

途中から出るかもしれないと思うと『それまでの流れも見ておかないと』ってなる。 私が流れを見てたところで 何がどうなるものでもないのに(苦笑)

 

 2人の交代が終わり「千葉ベンチ 最後の交代です」と ピッチレポーターの声が聴こえた瞬間、夫と私は神経を研ぎ澄ませる。

「交代は背番号11」これだけで 私は「はっ!」と息をのむ。

続けて「佐藤寿人選手です」 夫が隣で頷く。

二人で「ふぅ~」とも「はぁ~」ともつかない息を吐く。

 

 紺色のアウェイユニフォーム、いいんだよねぇ~。

サンフレッチェもグランパスも ホームが紫と朱赤だからアウェイは白っぽいのが多かった。(広島は厳島神社の鳥居のピンク色ってのもあったなぁ) 他のチームも ホームユニが濃い色だと アウェイユニは白っぽくて 私には『体操服みたい』に見えちゃう。(あくまでも個人の感想です)

 紺色のユニフォームの寿人 いいよねぇ~! ピッチを走ってる姿 なんか久しぶりに観るなぁ~。あぁ~走ってるなぁ~! それだけで嬉しい。

 勇人お兄ちゃんは 前回に続きフル出場で走り回り、的確にボールをさばいてる。

寿人も頑張れ!

 

 ゴール前での混戦。 ごちゃごちゃの中。

「寿人っ! 寿人っ!!」私は 金切声で叫ぶ。

要は「打てっ!」ってタイミングなんだけど、私が「打てっ!」って言って入った事が無いので…汗。

 客観的に見てても ボールがどこにあるのか、どう足を伸ばせば触れるのか、全く分からない。

きっと寿人は どういう位置でどういう姿勢で居ても ゴールの位置は把握してるんだろうけど。

とにかく寿人にゴールして欲しいの!

「あっ!」「あぁ~~っ!」「寿人っ!」「うあぁ~~~!」

とにかく寿人に打ってほしい。決めてほしい。 

時間にして数秒間の事なんだろうけど、見てるだけのこっちは必死。

 

 為田選手や下平選手がボールを持つと「為ちゃん! 頼むよ!」「匠くん!! お願い! 寿人にいいの出して!」もう勝手に『寿人へのアシストしてくれる子』に認定して『ちゃん・くん呼び』して ごめんね~。

 

 寿人ゴールはなかった。

でもゴール前でのああいうプレーが観られたのは嬉しかった!

この調子なら次もあるじゃん! もっと長い時間プレー出来ればゴールもするよ!!

 

 試合は負けたし、寿人ゴールも無かったんだけど、なんだか私は充実してた。 シュートシーンに繋がる姿が見られたからだね。

もっと観たい! 魅せてほしい!!

 

 勇人お兄ちゃんと競って もっともっとたくさん走り回ってほしい。 

寿人は「風の申し子」なんだから。「スピードスター」なんだから。

「思考するストライカー」ではあるけれど、裏抜けのスピードは 相手チームが嫌がる武器なんだから。

 

 

 興奮したせいなのか、その夜、寝る直前に『あれ…?なんか変』 

見ていたテレビ番組を途中でやめて布団に横になったら周りがぐるぐる回り出した!

お・・・久しぶりの回転性眩暈だ・・・。 目を閉じたら眠ってしまえたけど、早朝4時にトイレに起きようとしたら まだ回ってる!

 うぅぅ・・・日曜日の半日 寝たきりで過ごしました。

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2019年9月 4日 (水)

おかあさん・・・

 毎週火曜日、もう母の居る特養へ行かなくていいんだ・・・と思う。

スーパーでは、毎週 母に買って行ったミニあんパンを見て もうこれも買わないんだ・・・と思う。

 撮りためた母の写真を時々 見る。

ちゃんと目を開けた最後の写真は 今年の4月20日だったなぁ。

 

 その後は 眠ってる写真ばかり・・・と思ってたけれど、眠ってるんじゃなくて しんどくて目を閉じてただけかもと 近頃 思う。

私も体に異変が起きて休日救急診療を受診する時 ドクターの質問に必死で答える以外は目を閉じてるもんね。

点滴などで少し回復してくると 目を開けて周りを見る余裕ができてくる。

 母は ずっとしんどかったんだろうなぁ。

 

 目を閉じた母も 時に綺麗な顔をしていて、そんな時は色んな角度から撮影した。

息を引き取った時、最初の写真が一番いい表情だった。

 

 母が亡くなって 寂しいとか悲しいとかは思わない。 

母が見せてくれた穏やかで幸せな臨終の姿は、私が抱いている死生観を裏切らなかった。

それまでギュッと結んでいた唇がうっすら開かれ、目も薄目を開けて周りを見ているようで、半眼半口って これなんだと感動したっけ。

私は死ぬのが怖くない。 母の最期を見送って その気持ちは更に強くなった。

 

 母は、最後まで私に安心を与えてくれたんだね。

きっと本人の体は ずっと辛かっただろうに。

 

 たくさんの母の写真を眺めていると、亡くなった直後の写真に比べて、他の写真は みんな眉間にしわがあるのが分かる。

やっぱり母はずっとしんどかったんだね。

 息をひきとって、それまでの苦痛から解放されたんだね。

ほわぁ~っとした顔。

 

 グループホーム入所時代、ホームではヤクルトを配達してもらっていた。

それまでヤクルトを飲む習慣の無かった母も喜んで飲んでいた。

特養へ転居した時、ヤクルト配達のシステムが無かったので、私が毎週 届ける事に。

10本セットを買って行くと、先週の残りが3本ある。 最初の頃は次回は5本買って帳尻を合わせていたけれど、途中から新しい10本を置いて、残っていたのは私が持ち帰る事にした。

 私にもヤクルトを飲む習慣は無く 持ち帰ったら自分で飲むしかないなぁ・・・と 無理矢理飲んでいた。

ところがね・・・だんだん美味しくなってきたのよねぇ。

 今では お風呂上がりのヤクルトが楽しみに。

この頃 スーパーで買い物をする時、自分用のヤクルトを買っています^^

 

 毎晩 ヤクルトを飲みながら「おかあさん・・・」と 心で小さく呼んでみる。

愛しさと切なさが胸にひろがる。

 

 そうそう、母のヤクルト・・・2018年年明け、母のユニットでインフルエンザが蔓延した。 支援員さんも罹患。 利用者さんも10人中7人が感染した。

 無事だった3人の中に母も居て 支援員さんが「ヤクルトのお陰かもしれないですねぇ」と言ってたなぁ。

 

 

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