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2020年5月

2020年5月27日 (水)

シロツメクサいっぱい!

 毎月一回、通院の往き(帰路は別)に走る道の横に公園がある。

 先日 通りかかってびっくり! 公園中がシロツメクサで埋め尽くされてる! 一部エリアに群生してるんじゃなくて、公園中がシロツメクサ!

回り道して車をとめた。

 以前は畑だった所を整地してお洒落な住宅が建ち始めたのが5年くらい前。公園ができたのは2~3年前だと記憶してる。(近頃 一週間が3日間くらいに感じるので 私の時間認知は怪しい)

 月に一度は通ってるのに、こんなシロツメクサを見たのは初めてだよ。 花が咲く前には緑が埋めてただろうけど、それも気づかなかった。

 公園に足を踏み入れる・・・うわぁ~~~シロツメクサの海だーーー! 遊具の辺り以外はシロツメクサ! シロツメクサの波の中に寝っ転がりたい♪ (しないけど)

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 花の盛りは少し過ぎてて、茶色くなってるのが残念。

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来年は盛りの頃に写真を撮りに来よう!

 

 この『来年 撮りに来よう』が実現する確率 かなり低いの。

 去年、母の特養からの帰り道、緑道で水仙を撮った。 今年も撮ろうと楽しみにしてたのに、去年のようにたくさん咲いてるのに遭遇しなかった。 毎週通ってたのが、母が亡くなって通りかかる頻度が減るとタイミング逃しちゃうんでしょうね。

 

 ところで・・・シロツメクサ公園、これだけ密生してるとボール遊びや幼児の三輪車は無理だよねぇ。 もしかしたら刈られちゃうかなぁ。

四つ葉のクローバーもあるだろな。 紫外線の強い今 私がしゃがんで(しゃがめないし)探すのは無理だ。

 

 今月は、内科の定期診察の他に 皮膚科でアテローム除去・抜糸の為 数回 通った。

四つ葉のクローバー探したいなぁ・・・と思いながら、さすがに回り道して車をとめる事はありませんでした~。

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2020年5月20日 (水)

母の一周忌

 もう一年たったんだなぁ…。

「大切なお母様を送って 寂しくなったでしょう」と寄り添ってくれる人もいるけれど、寂しさは一度も感じてない。

大好きな母と ちゃんとコミュニケーションがとれたのは、6年以上前だもの。

老人性難聴の母と要約筆記のノートテイクを駆使しながら会話はできても、認知症も進み だんだん会話が成り立たなくなったのは10年前くらいかなぁ。

 嬉しい事を報告すれば「良かったねぇ~」「さすが ゆうこ!」と顔をほころばせてくれた。他人なら『そんな事を自慢げに…』と苦笑されかねない事も 母は自分の事のように喜んでくれた。

 辛い報告をすれば、息をのんで絶句してから「がんばろ。お母さんも頑張るから」と。

母がそういう反応をしてくれなくなった頃から『お母さん』は、居なくなってたもの。

 

 認知症の進行と『老いへの抵抗』で 不条理な怒りをぶつけられて辛かった数年間を経て、母は大きな赤ちゃんになった。

施設のお世話になって 私の肉体的負担は無くなり、母との穏やかな時間を慈しむ事ができた。

 2019年年明けに大腸癌が見つかり『積極的な治療はせず、枯れていくのを静かに見守る』選択をした。

施設の支援員さん達と意思を確認しあい、同じ思いを持って介護していただけたのもありがたかった。

 

 最期の日…電話を貰って施設に行くと、支援員さん達に囲まれたベッドの上で母は目を見開いていた。 初めて見る母の顔だった。

でも苦しそうではなくて。

 ベッド脇に座って手を握り、母の顔に顔をくっつけて「おかあさん、ゆうこ来たよ。安心して(逝っていいよ)」と呼びかけると、母の眼が動いて私を見た。

本当に『私を見た』と思った。

 目を閉じて、数分後、いつ逝ったのかわからないくらい静かに 母は息をひきとった。

映画やドラマでよくみる『〇〇が来るのを待ってた』って 本当にあるんだなと思った。

支援員さん達が「母桃さん! もうすぐゆうこさん来ますからね。頑張って!」と ずっと声をかけてくれていたからだよね。

難聴でほとんど聴こえないはずの母だけれど、支援員さん達の真心がちゃんと聴こえてたんだろうな。

私の顔も名前も忘れてしまってた母なのに その時だけは「ゆうこが来るまでは死んではいけない」って思ってたんだろうな。

目を閉じたら死んでしまうからと 必死で目を見開いていたんだろうな。

 そして到着した私を見て『あ、ゆうこだ』と思ったのかどうかは分からないけど「お母さん! ゆうこ来たよ! 安心して」を聞いて、顔を見て確認したんだろうな。

 ほんとにゆうこかなぁ? と思ったかな。

 グループホームに入所時、私の事が分からなくなり始めた頃は「ほんとにゆうこ?」「ゆうこは そんな顔してない」って言われたもんね。 その頃の母の中では『ゆうこ』は、十代のままだったんだろうね。

 

 最期の時 「あ、ゆうこが来たんだ。もう死んでもいいんだね」と決めたんだと思いたい。

 

 最期の日から数日、サラサラの涙をたくさん流した。

 

 この一年、いろんな場面で『施設入所後の母』との事を思い出してた。

 

 この頃は もっと前の『頼れる母』の事を思い出すようになった。

母が今の私の年齢の頃は 今の私とは比べ物にならないくらい元気で活動的だった。

 私が二十歳で全身性エリテマトーデスを発症し、自宅療養中 2人で料理や買い物もしてたけれど、週末 早朝から仕事に出かけていた母を 私は それほど助けてなかった事に 今頃 気づく。

 自宅療養中とは言え、寝たきりだったわけじゃないんだから、週末の二日間くらいは『家事全般 私に任せて』ってすべきだったよねぇ。

 

 母が元気だった頃から『私は母に感謝してるし、その想いをちゃんと言葉でも伝えている』って自負があったけれど、もっともっと行動で示す事できたよねぇ。

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2020年5月13日 (水)

原石を発見しそびれた!

 コロナウイルス感染拡大防止の為に 新しいドラマ制作もとまり、以前の番組の再放送などが増えた。

今 活躍している俳優さん達のチョイ役の姿が見られたりして楽しい。

 そんな中で 私が今一番楽しみにしているのが『野ブタ。をプロデュース』

 

 当時 『修二と彰』の曲も流行っていて(なぜか鼻歌でも歌える)大人気だったのに、私 ドラマを見てなかったのよねぇ。

正確に言うと、一度は見た。 でも・・・「これは無理だ」だったのです。

 

 さて ここからは、私の個人的な感想(悪口)のオンパレードになります。 

★ファンの方々や一部の職業の方を侮辱する発言になりますので、不快に思われる方は閉じてくださいね。

 

 ドラマを一度だけ見た時の私は『これがジャニーズ? えぇぇぇーーー。こんな三流ホスト(★)みたいな安っぽいのが? はぁ…ジャニーズも こんなになっちゃったかぁ…』

 当時の私は(今もそうだ…笑)若くて可愛くて綺麗な男の子が大好物。 ジャニーズのタレントさん達は そんな私の勝手な『キラキラ王子様像』を体現してくれる存在だった。

 なのに…なのに…こんな眉毛が細くつりあがって、山Pなんて海藻をくっつけて海から上がったような髪型だし(★) 全然 キラキラ王子様じゃない。

「コン」って何よ? 「だっちゃ」って、アラレちゃんが浮かんじゃうわ。

無い無い無い! やだやだやだ! こんなジャニーズやだ!!

 

 でも 数年後、亀梨君がスポーツ番組のキャスターをやるようになった頃から『あら? この子 すごく品が出て来たじゃん』

CMでもいいギャップのある味だしてるし、深キョンとのドラマではベッドシーンも熱演して『色気もあって良いです!』・・・で すごく好きになってきた。

 『若くて綺麗で可愛いくてカッコいい』子ばかりのジャニーズタレントだけれど、その中でも私の好みは限定されている。

➀可愛いくて魅力的だけれど、私は何とも思わないんだよねぇ~。

➁ん~ この子は なんか好きじゃない。

➂いいじゃん! もっと売れてほし~い♡

 この勝手なランク分けでは、山Pは ずっと①のままだった。 彼のドラマもいくつか見て『品が出て来た(私にはこれ重要)』のは認めるけど、特別好きでは無いんだよね~、だった。

 それがこの度『野ブタ。を・・・』を見て えええーーー!? すごくいいじゃん!! 何この独特な面白さ。ひょうひょうとしてて可愛い~~~!

「コン!」も「だっちゃ」も 彼が言うべき台詞!(この変わり身)

山Pは キラキラ王子様の姿の中に『憂い』を持ってると 以前から思ってた。それさえも私は特別惹かれなかったのに、今は『おぉ~ こんな軽い役をやってても憂いがにじみ出てて すごい俳優だわ★』となってしまった。

 

 やっと『若い頃の彼ら』の魅力に気づいた私は、再放送(編集あり?)ドラマを毎週みるうちに『二人の関係』の面白さも分かるように。

そりゃ人気出るわ!

 以前から好きだった堀北真希ちゃんも好演してて、もう毎週末が楽しみで仕方ない。

 

 あぁ・・・なぜ 当時 この原石の輝き(すでに一般向けに輝いてたのに)に気づけなかったんだろう?

 

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2020年5月 7日 (木)

反応しちゃう

ちょっと前の地元紙。

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週に一度 掲載される漫画のコーナー。 

一段目の真ん中、故郷のお母さんの台詞「…食べとると落ち込むんよ~」を読んだ瞬間「あ!」となる。

続いて「出しとる店に行きんしゃい」で『やっぱりね~~~^^』な私。

 これ広島から出て来た子なんだね^^

「食べとる・出しとる」は、名古屋弁と同じ。 広島の友達と話してると 不思議な共通点があって驚く事がある。

でも この「〇〇なんよ~」は 名古屋弁には無く 以前から いいなぁ!と思って聞いてた。

名古屋弁なら「〇〇なんだわ~・〇〇なんだがね~」となる。

「〇〇なんよ~」って 優しいよね。 広島では男性も使うのかな? 聴いた記憶がない。「〇〇なんじゃけ~」かな? ちょっと違うな。

「〇〇なんよ」って文字で見るだけで、広島の友達(ほとんとが女性)の声が聴こえて表情まで浮かんでくる。

「行ったんよ」「したんよ」「そうなんよ」やさしいよねぇ~。

そして極めつけは「〇〇しんさい」

名古屋弁だと「〇〇しやぁ」だね。 この「しやぁ」も 名古屋弁ユーザーとしては、これに代わるぴったりな表現が見つからない。

「〇〇しなさい」って程の強制ではなく「〇〇したら」よりは やや強め。 いざなう・促す 感じ。

「〇〇しんさい」も まさにそれだよね。 悔しいけれど「〇〇しやぁ」よりお上品に聞こえる(涙)

 

 昔、寿人がブログで『長男が「パパ これ食べんちゃい」と言うのを聞いて、ああ、広島の子なんだなぁと思った(記憶・意訳)』って書いてた。

「食べんちゃい」って「食べやぁ」よりも品があって 子どもが言うと更に可愛いよね。

 

 その長男君、2017年か18年の寿人のインタビューかブログで「長男の名古屋での最初のあだ名は『じゃけぇ』だった」ってあった。

きっと教室で 長男君は普通に「〇〇じゃけえ」と言い、周りは「じゃけえ!?」と騒然としたんだろうな^^

で、しばらくは長男君が何か言う度に「じゃけえ♪」「じゃけえ♬」と期待を込めてはやし立てられたんだろうな。

 次男君が 千葉へ行って最初のあだ名が『でぇら』になるといいなと密かに期待してたけど、それは無かったようで…笑。

 

 寿人ファンになってなかったら、私も「〇〇なんよ~・〇〇しんさい・じゃけえ」なんて見ても反応しなかったよね。 今では聞きなれた…なんだかほっこりする言葉になってる。

 

 さて、この漫画、掲載され始めた頃は、枯れたおじいさんマスターが出て来る変な漫画だと思ったのに、近頃は これもほっこり^^

毎週の楽しみになっております。

 

 

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