佐藤寿人(サッカー)

2020年7月 1日 (水)

ファンの矜持

 サッカーの知識も勝負への執着も無いミーハーファンとして寿人を見つめて14年が過ぎた。

 テレビで代表戦を観ていて ゴール前で『ここにくれ』と指さしながら走る姿に『え?なに?この子、すごいアピール!』と 最初は失笑気味。なのに試合が終わる頃には好きになっていた。

 あの時は まさか広島まで何度も観戦に行くなんて思いもしなかった。名古屋へ移籍してくるなんて…千葉まで追っかける事になるなんて…14年も好きで居るなんて これっぽっちも想像してなかった。

 十代の頃、あいざき進也が好きだったけど、テレビや週刊誌で見るだけで満足だった私が、実際に動いて ここまで濃密に応援したのは初めて。

 

 先日のジェフユナイテッド千葉のオンラインミーティングでの寿人の発言を聞いて『あぁ…もう「俺がゴールしてチームを盛り上げる」とは言わないんだなぁ…』と 少し寂しく思った。

ちゃんと現実を受け止めてるって事でもあるよね。

 

 寿人ファンとして『寿人と寿人の家族に幸せでいて欲しい』というのが ずっとある。

大好きなサッカーに関わっていられる今は、それだけで『幸せ』なんだろうとは思う。

でも…でも…本当は 自分らしさを発揮できるサッカーがしたいよね。

『このタイミングで このスピードで ここにパスを出して』と若いチームメイトを自分好みに育て、試合でそのコンビネーションを発揮してゴールする快感・・・大きかったよね。

 

 途中交代で出場しても、欲しい所に欲しいタイミングでボールが出て来る可能性は極めて低く、その中でゴールを決めるのは本当に難しいでしょう。

 それでも『やりきったのか?』を指針として、寿人は現役を続けてる。

サッカーが好きだし、あの快感をもう一度味わいたいのもあるかな。

 

 アイドルに恋するのと同じ感覚で始まった『Jリーガー佐藤寿人のファン生活』は、長く広島へ通ううちに『チームへの愛着』にもなったし、寿人を慕ってくれるチームメイトには好意も抱いた。

 それは名古屋でも千葉でも同じ。

 

 そして…もう一つ変わらないのが『寿人優先』のミーハーファン魂。

私の『サッカー観戦の喜び』は、次の順位になる。

➀寿人ゴールでチーム勝利

➁寿人ゴールあるも敗戦

➂寿人ゴール無くチーム勝利

➃寿人ゴール無く敗戦

➁と③が サッカーファンにはあるまじき事で、チームのファンサポーターには 石を投げられても文句は言えない。

(もちろん、優勝や降格がかかるリーグ戦後半は さすがに➂➁の順になりましたが)

 

 エディオンスタジアム(ビッグアーチ)で、試合後 スタンドに挨拶しながら引き上げて来る寿人が 私(おそらく周りの数人がそれぞれに『自分』と思っている)の方を見て、軽く会釈してくれたり、手を挙げてくれたりしただけで、ゴールの有無・勝敗と無関係に満たされて帰りの新幹線に乗った事もあったなぁ…苦笑。

 本当にミーハーファン。

 

 ミーハーファンだけどね…嬉しい楽しいばかりじゃなかったよ。

新加入のFW選手の活躍や、寿人の怪我や、代表チームでのポジションや…ファンにはどうしようも無い壁が立ちはだかって、辛い思いもたくさんした。

 もちろん寿人本人の苦悩とは比べ物にならないだけろうけど。

それでも本当に本当に心配したんだ。

そして私はいつしか『母心』を持つファンになっていた。 それも心配性のね(苦笑) 岡惚する体力・気力も衰えたし。

 

 心配するばかりのファンなんて、何の応援にもならないだろうなぁと 冷静に自分を省みる。

それでもね、寿人の名古屋移籍で地元チームを応援する楽しさを知ったのに、寿人が千葉へ移籍したら、やっぱり私は千葉へ付いて行った。

 名古屋でキャプテンとして<2017年J1復帰>と<2018年ギリギリJ1残留>に貢献した事は、グランパスのファンサポーターさん達も認めてくれている。

 寿人の本当の目的『まだまだやれるところを見せる。ゴールをたくさん決める』は達成できなかったけれど、存在感があり、グランパスに爪痕を残したと 私も思ってる。

 今度は『FWとしてゴール前で勝負・ゴール量産する為に』千葉への移籍。

キャプテンとかチームの為に…ってのは二の次にして『自分の為に』我儘にサッカーできるかもしれない・してほしいと 私も思ってた。

でも年齢は誰にも公平に残酷に上がっていく。

 そんな中、新しいチームでコミュニケーションをとって 自分好みのパスをゴール前で貰う事が どれほど難しい事か。

寿人一人の努力ではどうにもならない。

 

 もう寿人 辞めてもいいじゃん。 サッカーに関わる仕事で いくらでもオファーあるでしょう。

広島では今も変わらず寿人の帰還を熱望してる。

私の広島の友達も それぞれお気に入りの選手は居ても みーんな『寿人が大好き』

『引退後はサンフレッチェ広島で』と 皆が異口同音に言う。

私も サンフレッチェ広島こそが、寿人を輝かせてくれるチームだと思う。 広島は寿人が一番幸せに暮らせる街だとも思う。

 

 願わくば、現役のうちに サンフレッチェ広島へ移籍して欲しい。

 ベンチでも何でも(何でもって何だろうね?)寿人がサンフレのユニフォームを着て、エディオンスタジアムに立つだけで、スタジアムは歓喜に包まれる。 それはすごいパワーになると思うの。 サンフレッチェ広島の今季の躍動のエネルギー源になるはず。

 サンフレッチェ広島、寿人にオファーしてくれないかなぁ。

 

 こんな事を思いながら、ジェフの寿人を応援する私は『信用ならん』よねぇ。 ファンとしても認められないかもしれないね。

 

 コロナ禍は、過密日程・交代枠増しで、寿人にはチャンスでもある。 寿人には塞翁が馬。

千葉の空に寿人らしい花火を打ち上げてくれるのを信じて、私は祈るしかできない。

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2020年6月 2日 (火)

認知されない

 数年前(多分10年以上前)【やべっちFC】で乾貴士選手がリフティング披露(だったと思う)した時 『え~~!この子(この子呼ばわり)寿人に似てる~~~!』と思った。

 SNSで発信はしてない。もししてたとしても、ブログは地元の友達くらいしか見てない。

 そしたら、某巨大掲示板でも話題になった。 おそらく同じ番組で乾選手を認識した人達の中に私と同じように「寿人に似てる」と思った人がいたんでしょう。

 そのうちに、寿人自身が乾選手の事を公式なインタビューなどで「弟」と言い始めて 『寿人と乾選手は似てる』が認知されたのを実感した。

 

 さて、実は我が家では もう一人『寿人に似てる人』が居るのです。

Kis-My-Ft2 の北山宏光くん。

 数年前から深夜番組で彼らを見てて『可愛いなぁ。でも頭悪そう(失礼!)』と思いつつ、いつしかかなり好きになっていた。

そんなある日、番組中の北山君のちょっとした表情を見て「やだ!(別に嫌じゃないけど)寿人に似てる!」と気づいた私。

すぐに夫に同意を求める。

「似てるよね?」

「あ~確かに!」

夫も以前からKis-My-Ft2 は憎からずと思って見ていたので、北山君の色んな表情も私と一緒に見てる。

以来、夫婦で彼らの番組を見ていると

「やだ~~寿人じゃん!」

「うんうん」

「もう寿人にしか見えない」

「確かに」

二人でにやにやしちゃう。

<注:夫は私に気を遣って同意しているだけという可能性もゼロではない>

 

 地元の友達にも言ってみると 寿人の事もKis-My-Ft2 の事も そんなに興味も無く、あまりよく知らない人は「あ~ そう言われるとそうかも」「うんうん、わかるわかる」と 軽く同意はしてくれる。

でも未だ「ほんとだ!! 似てる!! やだぁ~~(嫌では無い)」って人には出会わない。

 ネットで知り合った北山君ファンの友達にも聞いてみたら「佐藤選手の写真をネットで見たけれど、私にはよくわからない」との事。

うん・・・ネットに上がる寿人の写真は おそらく試合中の汗びっしょりの必死の顔でしょうからね。

 私も寿人から北山君を見つける事はあまり無く(皆無ではない)、普段の『ジャニーズ活動』の北山君からも 寿人を見つける事はほぼ無い。

 でもスタジオトーク中や バラエティ番組のロケシーンで ちょっとした一瞬に「寿人じゃん!」となる。

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ジャニーズのキラキラじゃない素の青年の中だけに居る「寿人」

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 乾選手の時みたいに 誰か言い出してくれないかなぁ。

北山君もサッカーやってたし(サッカーを止めてジャニーズに入所した)対談なんてできたらいいなぁ~♪

 

 試合中の寿人には 時々 北山君を見る事があった。

スポーツ選手って筋肉でごつい体つきの人が多い。 寿人も私服だと太腿が張って首が太くて胸筋もたくましくて『やっぱりプロのアスリート』って感じだけれど、腰から足ががっしりと太短い(失礼)他の選手達と比べると 小さいながらも均整とれてる。 

ビプス着てショートパンツにソックスだと ビプスがベストに見え、ソックスはハイソックスで『蝶ネクタイしたら小学校の入学式に出る新一年生』に見えるくらい可愛い。

 だから小さな体で前線をゴール目掛けて走ってる姿には 北山君が重なる。

 

 どっちも好きだわ~💓 頑張れ寿人。頑張れKis-My-Ft2 北山君。

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2020年4月 1日 (水)

私の「寿人呼び」

 花桃ゆうのブログ・Instagram・Twitterでは 佐藤寿人選手の事を ずっと「寿人」と書いてます。

ここ数年 ネット上でも 実際に会う人でも「寿人さん」呼びが増えて、私の呼び方は『馴れ馴れしい・偉そう』と思えるかも…と ちょっと後ろめたかった。

苦々しく思う人も居るかもしれないな…と 居心地も悪かった。

  

 今日は、釈明をさせていただきます。

 

 私が テレビの代表戦を観ていて寿人ファンになったのは2006年、寿人はまだ24歳。 

サンフレッチェ広島へ移籍して間もない頃だったはず。

寿人を応援していく中で、サンフレッチェ広島ファン・サポーターの人達とも知り合った時、どの人も「寿人」と呼んでた。

ユニフォームの背中の名前が「SATO」から「HISATO」に変わったのもその頃だったと記憶してる。

皆が敬愛の想いを込めて「ひさと」と呼んでた。 名前だけれど愛称だった。

 

 それが、2017年、名古屋へ移籍した辺りから変わって来た・・・ように 私は感じる。

名古屋では「寿人さん」と呼ぶ人が多かった気がする。

…そこで 私も呼び方を変えるべきかな?と考えなかったわけではないけれど、ずっと「寿人呼び」をしてきて、急に「寿人さん」にするのは逆に違和感があったの。

 もちろん寿人本人に呼び捨てした事は無いです。

でも夫との会話は「寿人が…」「寿人の…」「寿人は…」

広島の友達との会話も同じ。(小春ちゃんだけは、最初から「寿人くん」だった)

広島の友達は 私よりは若いけれど、子どもも成人した『ほぼ同世代』の人が多くて、その人たちと話す時は今でも「寿人呼び」してる。

 

 決して 上から言ってるわけでも、勝手な親しさを強調してるわけでもない。

 思い起こせば、寿人ファンになってサンフレッチェ広島を応援し始めた頃、当時 在籍していた<盛田剛平選手・服部公太選手・戸田和幸選手>の事は それぞれ<ごうへいさん・公太さん・戸田さん>と呼んでた。(本人に…でなく、友達との会話やブログで)

寿人より年上で『ベテラン』と称される人たちなので 無知な私でも呼び捨てはできなかったんだろうねぇ。

 

 もっと遡れば、私の世代は<ひろみ・ひでき・ごろー><ももえ・じゅんこ・まさこ(は、あまり言ってない)>だったのよねぇ。

呼び捨てにしてるんじゃなく、愛称として そう呼んでた。

 昨今は、芸能人やスポーツ選手の事も呼び捨てにしないね。

SNSの発達で 不特定多数の人が目にする『文字での表現』が主体になると 呼び捨ては厚かましく偉そうに見えるのかもしれない。

気持ちは『寿人選手を応援します!』で ずっと変わってないんだけどな。

 

 そんな訳で 今年38歳になる寿人を『自称 名古屋母』だけど、産んでも育てても居ない私が ネット上で呼び捨てしている事を大目に見てやってください。

 

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2019年12月 4日 (水)

ぴっちぃ号なんて・・・涙

11月24日、フクダ電子アリーナでのジェフの今季最終戦を見終えて帰宅し、最初の思いは「あぁ~、もうこれで3ヶ月はぴっちぃ号(マイ車椅子)で外出しなくていい」だった。

 2015年に 中心性漿液性脈絡網膜症を発症してから、私の唯一の遠出『広島への観戦旅』は 無事に帰宅できるようにと祈って出かけるのが常となった。

 2017・2018年と グランパスを応援できる夢のような時間を過ごしたけれど、眩暈が起きるようになり、普段 歩かないから足の筋力が衰え、転倒の危険も増し 長時間の歩行ができなくなった。

 それでも2019年、車椅子で千葉まで行く事 9回。

 11月3・4日の帰り、京葉線から新幹線ホームに行く途中、いくつかのエレベーターで行列待ちがあり、余裕をもたせて買ったあった新幹線指定席チケットギリギリにしか乗れなかった。

 帰宅後 夫にその話をしたのだけれど・・・。

24日、ホーム最終戦は夫同伴で、勇人お兄ちゃんの引退セレモニーの途中で出て来て、余裕をもって新幹線に乗れるはずだった。

それが・・・京葉線東京駅のホームのエレベーター前の行列を見て 夫が「これはすごい・・・」と。

でしょ~。 この前の私の話 大げさだと思って聞いてたな(笑

 TDL帰りのベビーカー・大きなスーツケースを持った外国人旅行者が ずら~り! 

「私はここで待つから、階段やエスカレーターで先に行って」と提案。

「いいよ、一緒に待つ」と言ってた夫も なかなか進まない行列に焦れてきた様子。

「このままだと またお弁当買えないから(11月4日買えなかった)別行動にしよ。悪いけど お弁当二人分 買っておいて」

「では、新幹線ホームで会いましょう!」と別れた。

再会したのは、25分後。夫は二人分のお弁当と東京土産のお菓子も買って 私より5分早く着いてた。

 

ふー。 夫同伴で良かった。

 

 名古屋駅から在来線に乗り継ぐ改札口を通ると 女性係員に呼び止められる。

「車椅子の方はホームで見守るきまりなので ちょっとお待ちください」

あぁ・・・またこれだ。

「今日は夫が居るんですけど、それでもだめですか?」

「はい、きまりなんで」と電話をし始める。

夫も「僕が介助するんですけど」と言い募るも「見守るきまりなんです。ちょっとお待ちください」

疲れが怒りに変わった。

「急ぐんで すみません」と改札口を離れつつ「もぉ~ 鬱陶しい・・・」と思わず口に出た。

すでにホームに来ていた列車に乗り込みながら 件の女性係員には悪い事したなぁ・・・と反省しつつ、でも!と思う。

これは逆差別ではないのか?

 出かける時の在来線駅の改札口でも必ず「お手伝いしましょうか?」「お手伝い必要ですか?」と声はかけてくれる。

「ありがとうございます。大丈夫です。必要ありません」と答えれば そのまま済む。

 名古屋駅の改札口の係員さんの言う『見守るきまり』なら、泥酔者・杖などをついて歩行が不安定なお年寄り・ベビーカー・・・全て 見守る必要あるんじゃない?

 なぜ車椅子に限って見守らなければいけないの? 私はいつもホームでは端っこには寄らず、線路と直角にならず平行に止めて いちいちロックもかけてる。

そんな私をどう見守るの? 見守らなければ何が心配なの? 車椅子の私は そんなに世話のかかる存在なの?

 

 こんな事で疲労度Maxになって帰宅したわけ。

でもね、もうすでに私は『ぴっちぃ号嫌だアレルギー』が起きてたんだと思う。

今季、千葉へぴっちぃ号で通い、タクシーを呼ぶのに苦労もし、なんだか面倒な事がいっぱいだった。

舗道を車椅子で けっこうな時間 走り続けるのもしんどかった。練習場での観覧やファンサービスも 場所をとるし、人目を引くし(誰も見てないかもしれないけど)肩身が狭かった。

 車椅子を恥じた事は無かったけれど、この数ヶ月、自分が老いた事と重ね合わせて『車椅子に乗って寿人を追っかける自分』を客観的に『みっともないな・・・』と思うようになってきてた。

 

 広島時代、最初は杖で、途中から手術してない左股関節の痛みが増して来て車椅子で行くように。まだ若かった。

でも 前日練習見学後のファンサービスで 行きたいスペースに移動できない事がじれったくて(日常生活では車椅子と杖と併用し不満なし)左股関節も人工関節置換する決断に至った。

 術後、杖で(時に 折り畳み杖をバッグに入れて普通に歩行して)広島へ行くようになった時「あぁ、私 車椅子でよく来たわ・・・もう二度と あんな面倒な事は嫌だ」と思ったっけ。

 その面倒な事を還暦前に再開する事になり、還暦の今季も最初は当たり前のように(感謝する事もあり)車椅子で千葉へ来た。

無意識に『すごく頑張った』『ちょっと無理してた』のが どんどん溜まって 溢れちゃったんだろうなぁ。

 

 

 夫に そんな事を話したら「また春になったら、車椅子アレルギーも治まって 行けるようになるよ」でした。

うん、さもありなん。

 

 ぴっちぃ号・・・ごめんね。 嫌だなんて言って。

あなたに罪は無いのよ。 感謝するばかりなんだよ。 

でも 今はアレルギー反応中。

 

 

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2019年11月26日 (火)

感動と勇気

 ジェフユナイテッド千葉のホーム最終戦、勇人お兄ちゃんの最後の試合・・・夫同伴で日帰りした。

 

 J2残留は確定してるので『勇人引退の花道を飾る試合』にするのもありかなぁ・・・と 無責任な素人の考え。

 思えば、今季 千葉までよく通った。 広島時代は、広島へ行くのは 多い年で年に8回。少ない時は6回。グランパスで『ホームは全試合観戦』を経験しちゃうと、行ける時は行こうってなっちゃうね。

 

 さて、兄弟そろってベンチスタートの前半、広島の小春ちゃんから『ダゾーンで観てるよ。試合中なのにごめんね』とLINEがあり『寿人が出てないうちは大丈夫^^』と返して、数回 やりとり。

 ハーフタイムは じっくりシュート練習を観察☆

 後半、ベンチ横でアップする寿人は半袖。他の選手は長袖や上着を着てるのに・・・これは!? 出る気満々? 

交代枠最後の一人になってから、ベンチ横で監督が寿人にボードを見せながら何か話してる。 出る!?

震える手で、小春ちゃんにその旨を知らせた直後 出たーーー!

 ゴール裏からは寿人チャント☆ 一緒に歌いながらこみあげる。 私だって本当は試合に出る時に歌いたかったんだぁー!

おそらく小春ちゃんも ダゾーン画面に張り付いているだろうと想像しながら LINEはストップ。

黄色いユニフォームで走り回る寿人を見てるだけで嬉しかった。感動してた。

数ヶ月前は「寿人ゴールして!寿人にゴールさせて!!」と念じながらだったのに、なんだかもう『出てるだけ』で嬉しい。

 

 一週間前、京都のたけびしスタジアムでは出番がなく、ヘタレなファンの私は どう応援すれば良いのか見えなくなってきてた。

 寿人・・・もう引退してもいいんじゃない? ベンチ横で集中力を高めながらアップしてる姿や チームを鼓舞する姿は尊いし立派だと思うけど・・・ヒサ婆は どんどん悲しくなっちゃうの。

 引退したら、それまでの重圧から解放される。サッカー界では引く手あまたで、大好きなサッカーに関わる仕事をして、サッカーファンや選手達も幸せにすることができるはず。

 もう現役にこだわらなくていいじゃん。 ピッチ上でゴールを決めて チームの勝利を呼び込み、スタジアムを歓喜の渦に巻き込む快感をもう一度味わいたいのもあるよね。でも それは試合に出なきゃ実現できない。

 次から次へと ネガティブな思考だけが湧いて来て、結果 こんなファンじゃ 寿人を応援してるって言えないよね・・・何の応援にもなってないもん・・・と 更に深みにはまる。

 

 だったのに・・・苦笑。

 寿人が途中出場しただけで「あぁ~~これが観たかったんだぁ~」と嬉しくなり、残り時間が少なくなると「このまま時間が止まってほしい。この試合をもっと観ていたい・・・寿人のプレーをもっと観ていたい!」となった。

 (サッカー無知で語彙も乏しいので ここからは 拙い表現から映像を想像してください)アクロバティックにスルーしたり、相手ゴール前にうわ~っと攻めこんだ中で、寿人とフナさんが 入れ替わり立ち代わり裏抜けに飛び出したり、勇人兄ちゃんが何度もボールを拾い、顔を上げれば寿人も動き出し・・・あぁ~こんな風景 久しぶりに観た気がする。

 トレーニングゲームで「寿人らしいプレーを観られた」って満足してた・・・つもり・・・無理やり納得させてた。

本当は公式の試合で この姿を観たかったんだ! もっと観たいよ(泣)

 肩を震わせながら何度も泣いた。

 

 1点を失ったまま試合終了。 

はぁ・・・終わっちゃったんだな。

 

 引き続き 最終戦のセレモニー。

ベンチコートを着て登場した選手たちの中に寿人を見つけるのが 今の私の視力だと難しい。

『多分 あれ(あれって・・・ごめん)』と目星をつけても ちょっと動くと見失う。選手の子どもたちがわらわらと出て来て、それぞれのパパに飛びつく。

 うきゃぁーーー☆ 大好物の三男坊くん 見えるかも~~~☆ まずは寿人を特定しないと・・・えっと~えっとぉ~~~。

メインスタンドアウェイ側から アウェイゴール裏へ、そしてバックスタンドへ・・・えっと~寿人どこぉ~? 三男坊くんは出てこないのかなぁ~。

ホームゴール裏へ差し掛かった時! 先頭のマスコットと手を繋ぐ三男坊君と 付き添う(見守る・世話係)の次男坊君発見!!

うぎゃぁーーー!! 大好物が2人も揃って出てたーーーーー!! そこから やっと寿人も見つけて彼らを凝視。

跳び跳びする三男坊くんと またまた背が伸びてかっちょよさアップした次男坊くん♡ ・・・私 寿人よりも二人に夢中だったかも(汗)

 セレモニーが終わり、メイン指定席に居た(車椅子介助席じゃなく指定席を買った)夫が戻って来て「〇〇ト(三男坊くん)が途中で転んで 〇〇トが抱き起したよ」「〇〇トがマスコット目掛けて走り出して、追いかけてったよ」と話してくれた。

うあーーーん!! そんな素敵なシーン 見そびれたーーー泣。 私 ずっとどこを探してたのよー! なんで見つけられなかったのよーーーー! バカバカ! 私のバカ! 4分の3周 損したーーーっ!! (これは今も後悔し続けてる)


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 お兄ちゃんの引退セレモニーは スタジアムの明かりが消えて幻想的な雰囲気の中で始まった。

ジェフでの勇人さんの長い歴史をまとめた映像を皆が厳かな気持ちで見つめる。

寿人のように『自己プロデュース』に長けておらず、多くを語らず実直に背中で引っ張るイメージの勇人さん。

誠実な言葉がスタジアムに静かに響く。 

ご両親への感謝・・・ご両親は感動してらっしゃるだろうな・・・と。お母さまは私と同い年だけど 子供を産めなかった私は 実感を想像するのみ。

 この時 私は『寿人の時は・・・』と想像せずにはいられなかった。 寿人の現役時代を語るのには まずゴールシーンだよね。

全ゴール流したら時間かかるかな。 ゴールしてスタンドがうわぁーーーっと湧く中 飛行機のように両手をひろげてコーナーフラッグに駆け寄ったり、指輪にキスをしたり、エンブレムを叩いたり・・・いくつものシーンが浮かぶ。 見たいなぁ・・・。

 静かな口調でジェフへの熱い思いを語る勇人さんとは また違うだろうなぁ。 そんな想像をして また泣けてくる。


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 新幹線に乗り遅れない為に途中でスタジアムを出た。

 東京駅へ向かう在来線の中で 小春ちゃんから「ダゾーンでセレモニーもやったよ。テレビ画面なので上手く撮れなかったけど」と 私の大好物の二人がマスコットと歩く写真が!! うっきゃぁ~~~私が現地で見そびれたやつーーー! 私が一番喜ぶところを撮ってくれた小春ちゃん 素晴らしい☆

 

 帰宅後、夫はさっそくダゾーンの見逃し配信でセレモニーを見始めた。私は片づけをしながら、夫の声に誘われて画面を覗く。

あぁ・・・ダゾーンカメラさん 可愛い二人をよく撮ってくれたけど、ヒサ婆カメラだったら ずっとこの子達にズームだったからなぁ・・・あぁ もったいなかった(涙) まだ言ってる。

 

 私たちは出て来てしまって見られなかった勇人さんがスタジアム一周して挨拶してるシーン。二人の息子君がずっと後ろについてた。どんな気持ちでお父さんの背中を見てるのかなぁ。

 引退を決めた時「ボク 泣いちゃった」と長男君が言ってるのを動画で見た事がある。 その時の驚きや悲しみはもう薄れて 今は『お父さん お疲れ様でした』の心境にはなってるんでしょうけれど、一緒に歩いたら、自分が思ってた以上の『偉大なお父さん・ファンサポポーターに愛されてるお父さん』を実感したでしょうね。

 

 寿人の時は? 長男君・次男君は 広島で『エースでスターでヒーローのお父さん』をずっと見てたし『スタジアムを歓喜させた瞬間』も何度も経験してるよね。

 あぁ・・・もう一度 私も味わいたいなぁ。 色んな事が理解できるようになってきてる三男君にも味わわせてあげたいなぁ。

 

 

 不思議な高揚感。 もう一度味わいたい・・・味わえるはず!

 

 この3週間ほど 寿人とは全く無関係な気がかりな事があり、日常生活の中で笑った瞬間に『私 笑ってる場合じゃないじゃん』と我に返る。

私が神妙にしてたからって解決する事ではないのに。

ネガティブな不安がいつも心の隅っこにあるので、ちょっとした事も どんどん重く感じてしまってた。

それが 久しぶりに『私も まだ頑張れる!』と思えた。

 車椅子で遠征するのも どんどんしんどくなってて「来年は千葉までなんて行けないわ・・・」とまで思ったのに「行けるうちは行くよ!」と変化。

 

 尹監督が来季の指揮を執る事が発表されて、寿人は また新しいチャレンジの年になる。歳はとっていく。アスリートとしては さらに厳しい状況になるでしょうね。

 

 ヒサ婆は ヘタレで自分本位で 全然応援にならないけれど、やっぱり来季も寿人ファンです。

 

 

 

 

 

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2019年11月20日 (水)

タクシー☆天国

 16日(土)夫と 千葉戦を観る為に 京都のたけびしスタジアムへ。

 京都駅で新幹線を降りてタクシー乗り場へ・・・うあぁ~すごい行列! でも並ぶしかない・・・と並んでいると タクシーは次から次へと客を乗せて発車する。乗り場の後ろにはタクシーも長い行列作って待ってる! おぉ☆さすが観光地。

先頭がどこなのか見えなかった行列も あっと言う間に私たちの番に。

 

 たけびしスタジアムが「西京極スタジアム」だった頃、広島の友達と京都駅で待ち合わせて タクシーも付き合ってもらって 広島戦を観に来た事がある。

 スタジアムの様子も「あぁ、うんうん、こんなだったわ♪」と なんだか懐かしい。 あの時は杖で歩けたから、スタンドの上部席で観たなぁ。

 たけびしスタジアムの車椅子席は最前列だった。でもメイン席の最前列をずずず~っと通り抜けなければいけない。

入場した時は、まだスタンドに人がまばらだったのに、ウォーミングアップ前にトイレに行こうとしたら 通り道の最前列にはもうみんな座っていて、足元にはシートを敷いて荷物が置いてある。

「すみません。ごめんなさい」と そこを通り抜ける(涙・汗) これ、試合中になんて絶対 行けないじゃん。

 

 いつもなら『寿人鑑賞タイム』となるハーフタイムに2度目のトイレに行くしかない。

寿人のシュートが何本決まるのか いつも無意識に数えていたのに~。

ハーフタイムに「すみません。ごめんなさい」と 身の細る思いで(細くはならない)往復して戻ると 夫が「寿人 ボレーシュート決めました^^」と教えてくれた。 

 おぅ! 夫 グッジョブ☆

 後半、寿人がいつ投入されても大丈夫なように トイレも済ませて万全の態勢でその時を待ったけれど・・・3人目の交代も寿人じゃなかった。

もう下を向くヒサ婆。

 寿人は ベンチ脇に立って声を出してたのに。 戦えないファンでごめん。

 

 京都サンガは勇人お兄ちゃんが2年間在籍したチームでもあるので、試合終了後は サンガサポーターからも声援がとび、お兄ちゃんはサンガゴール裏へも挨拶に。

感動的なシーンなんだけど、いちいち私は『寿人なら・・・』と置き換えて想像しちゃう。

 

 なんだか寂しい心持ちでスタジアムを出る。

 千葉のスタジアムの帰りにタクシーを呼ぶのに手間取った記憶しかない夫は「タクシーどうしますか?」

「大丈夫! 道で拾えるから」と私。

 そう、広島の友達と帰った時、タクシーを呼んだ記憶は無いの。 当時は友達もスマホじゃなかったはずで、タクシー会社を検索する事も難しかったし。きっと道で拾った!

 そんな記憶を頼りに、夫と道路を眺めていると・・・タクシーは走ってるけど、賃走の表示ばかり。

う~ん、さすがに夕方はダメか。 コンビニの駐車場でタクシー会社を検索して電話する。

まずMタクシー、場所を伝えると「ちょうどその辺りに空車が無いんです。本当に申し訳ありません」と 心から申し訳なさそうな女性オペレーターさん。(どこかとは大違い・・・嫌味だよ)

じゃ、次の会社…と思ったら、空車が見えて夫が停める事に成功。

「良かったぁ~~~」と乗り込んで 行き先を告げると 反対車線からMタクシーがウインカーを出してコンビニ駐車場へ。 あ~ きっと電話切ってからすぐに空車が見つかって来てくれたんだ・・・ごめんよ~ もうYタクシーに乗っちゃったよ~。

 夕方でも ちゃんとタクシー たくさんあるじゃん^^

某地で『タクシー呼んでも来てもらえない・そもそも走ってない』を何度も経験したので、京都のタクシーが入れ食い状態に思える。

 京都弁もやさしい運転手さんと会話しながら、予定より早く京都駅に着けた。

 

 京都のタクシー 万歳☆

 

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2019年11月 6日 (水)

ぴっちー号で 新ルート

 ジェフの試合観戦、スタジアムから帰る時のタクシー『呼んでも来てもらえない』事が続き、蘇我駅(そこにはタクシーが居るので千葉駅前のホテルへ)まで車椅子で走る事が普通になった。

ならば最初から蘇我駅近くで泊まろう!

 とういう訳で3日は 初めて東京駅から京葉線で蘇我駅へ。

せっかく品川駅で総武線に乗り換えるのが上手になったのに・・・。東京駅で総武線に乗り換えるのも もう1回やれば完璧になると自信もあったのに。

 東京駅 広いんだよねぇ~。乗り換えが難しいんだよねぇ~。案内表示を見て移動して目的のホームが目の前なのに 最後に『エスカレーターと階段しかありませーん』って事があるんだよねぇー。そこからスロープやエレベーターを探して流離うんだよね・・・涙。

 以前、東京駅で貰った構内図を見て予習もしっかり。 

でも平面図でいくら勉強しても 実際に行かないとわからないんだよねぇ。一度行くと 平面図を見た時「ああ、ここだ」って分るんだけど。

 

 事前に調べて作った『乗り換え予定表』発車時刻・ホーム・行き先。 裸眼でも見えるように黒サインペンで大きく書いたものをバッグの外ポケットに入れてある。

 以前の総武線乗り換えの記憶を参考にしつつ、余分な走りもなくホームへ行けた。 ただ・・・距離がある! 車椅子じゃなかったら途中で動けなくなってるわ。 滑らかで平らな所を移動するのは車椅子最強☆自転車だよね。

 

 蘇我駅で初めて降りた。 タクシーを待った事のある駅前も改札口から出ると 違って見える。

ホテルに荷物を預け、友達と待ち合わせて一緒にスタジアムへ。 昼間だし、押してもらうのは怖いから 一人でも行けるけど、やっぱり同行者がいてくれるのは心強い。

 

 勝ち試合の帰りも友達が付き合ってくれる。

あ~スムーズに来られたなぁ~♪ 

 

 4日は、練習場でのトレーニングゲーム見学。 午後からイオンで 寿人と勇人お兄ちゃんのトークショーがあるので、それも行く予定。

トレーニングゲーム中・・・トイレに行きたい(苦) ちゃんと前もって行っておいたのに・・・。スタンドの皆さんの前を車椅子で走り抜けるのって ちょっと気を遣うのよね。

 案の定 狭い所を速く走り抜けようとして柱に当たり、周りの人に声をあげさせてしまった。

トイレを済ませて戻り、後半は私が居る方に寿人が攻めてくる。 これは絶対に見逃せない。

・・・なのに・・・なのに! またトイレに行きたくなっちゃったんだよ~~~涙。 これが老人。しばらく我慢する。

寿人 そろそろ交代じゃない? それまで我慢する。

・・・え~~全然 交代しないじゃん。 また膀胱炎になっても困るし・・・あぁ~~~ん! もう我慢できない!

 

 スタンドに居る広島からと名古屋からの友達に「またトイレ」と目配せしつつ、2回目の『スタンド最前列走行』そして 1回目と同じ場所で柱に当たる。 これは 私の技術のせいではないね。気づかない傾斜があるんだわ。もう やだぁ~~涙。

 

 トイレを済ませて、もうスタンドに戻る勇気が無かった。 またみんなの前を走るの恥ずかしい。かといって入り口では寿人が見えない。

もういいわ・・・イベントに行こう(涙)

 気持ちは とぼとぼと、実際は車椅子をころころと走らせてホテルへ。舗道はでこぼこしてるからシャーっと走れないのもある。

ホテルで荷物を受け取ってタクシーを呼んでもらうと・・・すぐ来た! ほぉ☆

 

 でもイオンの入り口がわからず。年配の運転手さんがメーターを止めてくれて 迷い込んだ駐車場の料金は「僕が払いますから」と言ってくれて(要らなかった)二人で「こっちかな」「あっちかな」で 無事 たどり着く。

 

 トレーニングゲームの後 ファンサービスを受ける人達より早く到着したはず。 整理券も貰った。

でもね・・・車椅子で観覧席に並ぶのがちょっと・・・。邪魔だろうなぁとか、目立つよねぇ・・・とか思ってしまって。

事前に予習しておいた通り、吹き抜けの2階から見よう♪

 広島からいらしてる友達が「一緒に」と誘ってくれたけど「ここが特等席だから」とお断りして。

 

 トークショーを堪能し、サッカー教室は諦めて さて どうやって帰りましょうか。

行きのタクシーの運転手さんに「帰りは東京駅へ行くんだけど、タクシーだと遠いですか?」と聞いたら「蘇我駅からここまでよりも かなり遠いから タクシーは・・・」と教えてくれた。

 じゃあ近くて申し訳ないけど、海浜幕張駅までタクシーで行くしかないね。 イオンならタクシー待ってるでしょ。 

 

 待ってなかったーーー!

 

 タクシー乗り場には タクシー会社へ直通の電話があり、受話器を取る。

繋がらない! 繋がったかと思ったら「もしもし・・・もしもし・・・聴こえないので切りますね」え? 私もちゃんと「もしもし」って言ってるのに~~~。

 4つのタクシー会社が 結局 繋がらなかった(涙)

千葉のタクシーぃぃぃぃぃ~~~~! 心の声は ここまでで自粛。

 バスで行こう・・・(泣)

バス乗り場には案内の人が居て、車椅子も載せてくれた。 JR駅で降車の時もバス停に案内の人が居て降ろしてくれた。

 

 <日本語が通じる場所なら何とかなる>で 毎回 何とかなってきた。

東京駅行きの京葉線に乗れた時点で『東京駅で新幹線発車までかなり時間あるなぁ』だった。 いつも帰りの新幹線は余裕を持って買っておくからね。 何か食べてもいいし、早いのに替えてもいいな・・・と考えてた。

 

 ところが! 東京駅おそるべし。

 京葉線から新幹線ホームの移動は 来る時に『エスカレーターや階段の隣に確実にエレベーターがあるから遠回りしなくていい』のを確認してある。

 そしたらね・・・エレベーターの前に長蛇の列。 ねずみーランド帰りのベビーカーや大きなキャリーバッグを持った人たち。

エレベーターは何度も乗らなくちゃいけないの。

 何回乗ったか忘れたけど、とにかく毎回 行列に並び、待って待ってエレベーターに乗り、ホームに着いたのはギリギリ!

 

 新幹線が発車した時は どっと疲れが出た。お弁当も買えず。 お菓子いっぱい持ってるから空腹で倒れる事はなかろう。

 

 

 名古屋駅に着いた頃には 立ち上がると ほわ~んとするように。 これ杖で歩いてたら絶対転ぶ。

改札口を通ると 駅員さんが「ホームまで介助します」

「ありがとうございます。でも大丈夫です。一人で行けます」

「ホームでは介助するきまりなんで」と 電話をし始める。

「車椅子を下りて 列車には自分で載せるので介助いらないんです。付き添ってもらうのが申し訳ないし」

「でも規則なんで。ちょっとお待ちください」 電話。

待てなぁーーーい!!

「ごめんなさ~い」と走って来てしまった。

エレベーターでホームに上がると 列車はすでに来ていて。 あぁ 待ってなくてよかった♪

 

 最後は『わんぱく車椅子ユーザー』になってしまったけれど、今回も無事に行って来られました☆

 

 車椅子で京葉線、次に行く時は帰りが要注意ね。

 

 

 

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2019年9月24日 (火)

いっぱいの「ありがとう♡」

 22日、お彼岸法要をササっと済ませて 一路 名古屋駅へ。

 膀胱炎に加えて、左目が『血が出てる!』ように見えるくらいの充血。 こんな体で強行するなんて おバカさんだなぁ…なんだか体も心も重い。 

 法要の終わる時刻に合わせて買った新幹線指定席、これだとキックオフには間に合わない・・・。

 最寄りのJR駅で在来線に乗る前に「一本早いのに変更できそう!(念のため調べてある)」 名古屋駅で変更するより ここで替えた方が待ち時間が短い…でも 名古屋駅で乗り換えに手間取ると 乗り遅れる…よし! 多少 待ち時間があっても名古屋駅の状況を見て変更しよう!

 これが上手くいった。ありがとう!➀

 トイレは車内で。お弁当もホームで手っ取り早く買う。

売店の台に届かない私の代わりに 後方から男性がさっと手を出してくれる。絶妙なタイミング。ありがとう!➁

 いつもは品川駅で乗り換えるのを在来線乗車時間短縮の為に東京駅に挑戦。 頭上の表示板を見て車椅子を走らせ、狙い通りのホームは目前・・・そこで階段とエスカレーターしかない事を知る(涙)

 手荷物預かり所の人に聞いてもダメよねぇ…と思いつつ、そこしか聞くところが無い。

そしたらね…ちゃんとそういう対応もしてくれるようになってた。 構内図を出して「現在地はここで(と地図の向きまで合わせてくれる)真っ直ぐ行くとエレベーターがあります。それに乗って降りたら 今度は こう行って ちょうど現在地の真下辺りなんだけど…」と 赤ペンで矢印を引いてくれる。

 それを見ながらちゃんと行けた! ありがとう!➂

…ただし、次回 同じように行ける自信はゼロ。

 

 寿人がベンチに入ったのを確認。 そうなるとキックオフ前のウォーミングアップも見たいよねぇ。

スタジアムで食料を買う自信が無いので、ホテル近くのコンビニで調達。棚の上の方を見てたらレジの女性が「お取りしますよ」と飛んで来てくれた。 ありがとう!➃ 

 ホテル前のタクシーにはすぐ乗れたけれど、結局ウォーミングアップには間に合わず。

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 寿人がベンチに居るだけで、私にとっては「寿人のチームの応援」になる。

二人目の交代が終わると もう私の目は監督を凝視。「寿人呼んで! 寿人呼んで!」両手を合わせて念を送る。

うぅ・・・別の選手が呼ばれちゃった。 ヒサ婆の祈り・・・弱いなぁ。

 1対1で引き分け。

 

 試合終了後、徳島サポーター席に「千葉県全域の早期復旧をお祈りします」と横断幕がひろげられた。 同時に千葉サポーターからは拍手が起きる。 私ももちろん拍手に加わった。 こういうのいいよねぇ。ありがとう!⑤

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 まだ黄昏の明かりが残るスタジアムを背にタクシーを呼ぶ・・・「出払ってます」「無理です」ちーん!

もうこれは半ば覚悟していたので蘇我駅まで車椅子走行。 雨予報が当たらなくて良かった。 ありがとう!⑥

 早い段階で決断したので、駅へ向かう人たちが大勢。陸橋のエレベーターで乗り合わせたベビーカーの乳児と若いご両親。短い時間の笑顔のふれあいと譲り合い。 なんだかほのぼの。 ありがとう!⑦

 

 無事ホテルに着いて 夫に報告LINE。

千葉の知人にも無事着いた事とタクシーの顛末をLINEしたら「どこの会社ですか! これから私 その会社 絶対使いません!」と 私以上に怒ってくれた。

 そして翌日のトレーニングゲームがいつもと違う場所なので「タクシー呼べなかったら 私を呼んでください」と。 それに甘えるつもりは無いけれど、他のタクシー会社を調べてくれて、本当に嬉しかった。 ありがとう!⑧

 

 翌日のトレーニングゲーム。 台風の影響なのか湿気のあるすごい風。初めての場所は車椅子でどこまで行けるのか、行ってみないと分からなくて こういうのが どんどん億劫になってくる。

 でもプレーする寿人の姿見たさに頑張る。

 とりあえずたどり着いたスペースの横に綺麗なお嬢さんが。 私 なぜか綺麗なお嬢さんに引き寄せられるのよねぇ。躊躇なく声をかけたら、感じよく応対してくれて お喋りしながら試合開始を待つ事に。

私「向こう側の方が日陰だし、風も防げそうよねぇ」

Nさん「でも行けるのかしら」

私「車椅子は無理そうだから、Nさんは行ってね」

Nさん「私もここでいいです」

でも どんどん人が向こう側に移動し始めたので 私もNさんの助けを借りながら車椅子を押していく事に。 彼女が居なかったら きっと最後までここを動けなかった。

 フェンス横の斜めになった土手は草が茂り、折れた枝が顔にかかる。

「私が先に行きましょうか」と先導しつつ、枝を抑えてくれるお嬢さん。涙。

落ちていた小枝や蔓が車椅子のタイヤに絡んだら すぐに気づいてくれて取り払うのを手伝ってくれる。 こんな所に女神が居た…涙。

 何とか反対側へ行けて 彼女の応援している船山選手や寿人の話をする。

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「寿人が移籍して来た時 11番を譲ってくれた事 感謝してるの」

「試合に出られない時 寿人さんから たくさん学んで欲しいです」

「二人でたくさん話し合って良い形を作ってほしいよね」 なんだか涙が出た。

ありがとう!⑨

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 試合後のファンサービスタイムを終えてお嬢さんとも別れ、人垣から離れた日陰でタクシーチャレンジタイム!

件の会社以外に電話したけれど「無線で呼びましたが、その付近に今 車居ないんです」はぁ…私の住む地域では『付近に居なくても少し待てば来てくれるよー』

 二つのタクシー会社がダメで途方に暮れていたら…そこに観音様が現れたのー!

先ほどのNさんの顔見知りらしい地元の方と 愛知からいらした寿人ファンのKさん。隣でTG観戦してたので、少し言葉も交わしてた。

「タクシー来ないの?」

「そうなんですぅ~」

地元の女性に駅までの道のりを聞くと「徒歩10分くらい」との事。

「一緒に行こうか?」

「え~~~本当ですか!?」一緒に歩いてくれる人が居るのなら車椅子で行けそう!

バスで帰る予定だったKさんも「歩く」と言ってくれて、寿人話などしながら歩く(車椅子走行)のも楽しいかも~^^と 勇気が湧いた。

 

 3人で移動中 バス停に来てたバスに車椅子マークがついてるのを発見。 私 地元でも車椅子でバスに乗った事ないのよ。だから車椅子対応と表示されてても どうやって乗せてくれるのか分からず、ダメもとで恐る恐る近づいて見たら、て車椅子用のドアが開き運転手さんが降りて来てくれた。

 車椅子に乗ったままなら昇降機を使ってくれるみたい。 多少は歩けるので私は手摺りに摑まって乗りこみ 運転手さんが車椅子を載せてくれる。

二人の観音様が居なかったら このバスへのチャレンジもできなかった。 

電話してる私に二人が声をかけてくれなかったら、この展開は無かった。 ありがとう!⑩

 

 初めての駅で 帰りの新幹線指定席を変更する。

 窓口の女性が「品川・東京 どちらが良いですか?」「乗り換えるのに何分くらい必要ですか?」と手際よく質問し逆算して「品川発 〇時〇分なら乗れますね。ここからは久里浜行き〇分発。〇番ホームです」 うわぁ~ お陰でスムーズに新幹線に乗れたよ~。ありがとう!⑪

  

 名古屋着、在来線に乗れば一安心。

最寄りの駅の構内の店でパンを買う。若い男性店員さんがサポートしようと駆け寄ってくれる。出る時も自動ドアを開けて待っててくれた。ありがとう!⑫

 

 無事に帰宅し、夫にまず一番の感謝。

続いて たくさんの「ありがとう」な出来事を報告する。

出かける前は『この体調で私 何しに行くんだろう…』『無事に帰って来られるだろうか…』だったのが、あちこちで親切にしてもらって 心にたくさんの喜びが溜まってた。

 

 車椅子でバスに乗れるのが体験できたのも大きな収穫。

 

 そして『困ったなぁ…』の時 現れた女神様と観音様は 神様がつかわせてくれたとしか思えない。

 

 

 

 

 

 

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2019年9月10日 (火)

「打てっ!」って言わない

 7日、寿人がベンチ入りしたので、夕飯をさっさと済ませて 7時キックオフにはPCの前に。

寿人がベンチ外だと『結果だけ見ればいいや』になっちゃうのにね。

途中から出るかもしれないと思うと『それまでの流れも見ておかないと』ってなる。 私が流れを見てたところで 何がどうなるものでもないのに(苦笑)

 

 2人の交代が終わり「千葉ベンチ 最後の交代です」と ピッチレポーターの声が聴こえた瞬間、夫と私は神経を研ぎ澄ませる。

「交代は背番号11」これだけで 私は「はっ!」と息をのむ。

続けて「佐藤寿人選手です」 夫が隣で頷く。

二人で「ふぅ~」とも「はぁ~」ともつかない息を吐く。

 

 紺色のアウェイユニフォーム、いいんだよねぇ~。

サンフレッチェもグランパスも ホームが紫と朱赤だからアウェイは白っぽいのが多かった。(広島は厳島神社の鳥居のピンク色ってのもあったなぁ) 他のチームも ホームユニが濃い色だと アウェイユニは白っぽくて 私には『体操服みたい』に見えちゃう。(あくまでも個人の感想です)

 紺色のユニフォームの寿人 いいよねぇ~! ピッチを走ってる姿 なんか久しぶりに観るなぁ~。あぁ~走ってるなぁ~! それだけで嬉しい。

 勇人お兄ちゃんは 前回に続きフル出場で走り回り、的確にボールをさばいてる。

寿人も頑張れ!

 

 ゴール前での混戦。 ごちゃごちゃの中。

「寿人っ! 寿人っ!!」私は 金切声で叫ぶ。

要は「打てっ!」ってタイミングなんだけど、私が「打てっ!」って言って入った事が無いので…汗。

 客観的に見てても ボールがどこにあるのか、どう足を伸ばせば触れるのか、全く分からない。

きっと寿人は どういう位置でどういう姿勢で居ても ゴールの位置は把握してるんだろうけど。

とにかく寿人にゴールして欲しいの!

「あっ!」「あぁ~~っ!」「寿人っ!」「うあぁ~~~!」

とにかく寿人に打ってほしい。決めてほしい。 

時間にして数秒間の事なんだろうけど、見てるだけのこっちは必死。

 

 為田選手や下平選手がボールを持つと「為ちゃん! 頼むよ!」「匠くん!! お願い! 寿人にいいの出して!」もう勝手に『寿人へのアシストしてくれる子』に認定して『ちゃん・くん呼び』して ごめんね~。

 

 寿人ゴールはなかった。

でもゴール前でのああいうプレーが観られたのは嬉しかった!

この調子なら次もあるじゃん! もっと長い時間プレー出来ればゴールもするよ!!

 

 試合は負けたし、寿人ゴールも無かったんだけど、なんだか私は充実してた。 シュートシーンに繋がる姿が見られたからだね。

もっと観たい! 魅せてほしい!!

 

 勇人お兄ちゃんと競って もっともっとたくさん走り回ってほしい。 

寿人は「風の申し子」なんだから。「スピードスター」なんだから。

「思考するストライカー」ではあるけれど、裏抜けのスピードは 相手チームが嫌がる武器なんだから。

 

 

 興奮したせいなのか、その夜、寝る直前に『あれ…?なんか変』 

見ていたテレビ番組を途中でやめて布団に横になったら周りがぐるぐる回り出した!

お・・・久しぶりの回転性眩暈だ・・・。 目を閉じたら眠ってしまえたけど、早朝4時にトイレに起きようとしたら まだ回ってる!

 うぅぅ・・・日曜日の半日 寝たきりで過ごしました。

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2019年8月27日 (火)

夏が終わる

 8月中は 千葉まで観戦には行けないつもりだったのが、お盆を過ぎたら暑さが和らぎ「これなら行ける!」

ホテルもとれたし、翌日 トレーニングゲームがあるのも発表されたし、これはもう神様が「行きなさい」と応援してくれたと思う事にした。

 

 先週末から始まった膀胱炎(近頃 繰り返してる)も 新幹線に乗る頃には治まってきて「よーし!」

ホテルで荷物を置き、ユニフォームを着て、スタメンチェック・・・控えにも居ないのを知る。

 うぅぅ・・・😞

 風もあって 夏の終わりを感じるフクダ電子アリーナ。 以前は凝視した試合前のウォーミングアップも上の空で 友達とLINEをやりとりする。

 キックオフ・・・試合前半 お弁当食べててごめんなさい。

 ハーフタイム、初めてしっかりチアチームのダンスを堪能した^^ 散水も綺麗だった。 いつもは寿人のシュート練習を凝視してるから、他の事 目に入ってないのよね。

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 後半開始・・・両手を合わせるも 人差し指だけを動かす「ありんこの手拍子」で ごめんなさい。

 

 でもね 私でも だんだん本気になるのよ。寿人のチームメイトが必死で戦ってるのは分るもん。何度も耳にするチャントも自然に覚えてハミングしてるよ。(歌詞はよくわかんない)

「ありんこの手拍子」も 気づけば5本の指を合わせてた・・・音の出る手拍子にはならなくて ごめんなさい!

 負けちゃったなぁ・・・こんな時 寿人がピッチに居たら 手を叩いて味方を鼓舞してただろうなぁ・・・。

 

 ホテルに戻ると 膀胱炎が暴れ出す。

 眠れない夜が明けて、ユナイテッドパークへ。

迷わず観覧席近くの小屋の日陰を目指す(笑)

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 何度も動きなおし、裏抜けし、ここぞって時に前傾姿勢で疾走する寿人・・・見慣れたシーンなのに懐かしい。

 そして・・・やっとその瞬間は訪れた!

私が「打て!」と心で叫ぶタイミングでゴールした事は皆無。 この時も「あ、寿人チャンスだ・・・打つよね? あ~入った~」な感じ。

観客席からパチパチと拍手が起きる。 他の選手のゴールにも拍手はあったんだろうけど、それまでは気づかなかった。ほんとに寿人しか見てないなぁ、私。

 岐阜戦では スタジアムに居たのにゴールしたのを知らず(多くの人がそうだった)喜びそびれたのが ずっと心残りだった。

ちゃんと見たよ! 今度はちゃんと観た!!

 それまで トイレにも行きたいし、日陰も小さくなってきてるし・・・もうクラブハウスの方へ移動しようかなと迷う気持ちも出て来てたのに、ゴールを見ただけでニヤニヤしちゃって「後半 もう1ゴールするかも!」と欲が出る始末。

 後半はメンバーチェンジだったので、自身の体の為にはホッとした。

 

 広島から何度も観戦にいらしてる女性(3月3日 冷たい雨の降る練習場で声をかけてくれた)と再会して、色々 お喋りした。

たくさんの人に長く愛されてるね 寿人。

 

 またもタクシーが出払ってて 夏空の下、最寄り駅まで車椅子で走る事に・・・とほほ。

でも明るいから怖くは無いし、一度走ってるから「あと少し」って見当も付くしね。そのせいか『あら意外と近いじゃん。これならもうタクシー呼ばずに 毎回 駅まで行って待ってるタクシーに乗ればいいわ』と思う。

 紫外線は怖いので、なるべく日陰を選んで。 

 夏の終わりの空の下、フクアリはお洒落なデザインのスタジアムだと 感動して眺める。

 

 2015年秋 中心性漿液性脈絡網膜症を発症してからは転倒が怖くて 広島へ行く時も「これが最後になるかも」と思い、寿人のゴールやチームの勝利よりも「どうか何事もなく無事に帰ってこられますように!」が、出かける前の最大の祈念になってしまった。

 今回も「車椅子が壊れないように・膀胱炎で救急搬送されないように」と 変な心配をして出かけた。

前もってリアルに想像してる事は実際に起きない・・・と 思ってるので(苦笑

 

 お陰で無事に帰宅でき、月曜日からは室内の空気が青くなった。 

・・・夏が終わった。

 

 

 

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