佐藤寿人(サッカー)

2021年1月25日 (月)

寿人旋風☆第一弾

 19日(火)だったか、佐藤寿人さんのInstagramストーリーに 新幹線と思しき車窓から見えるマツダスタジアムに「☆ただいま☆」とテキストを入れた動画がアップされた。

 広島に帰ってるんだ~☆ たったこれだけの動画から すごくすごく嬉しいんだろなぁ~ってのが伝わってくる。

 Instagramをやってない広島の小春ちゃんにすぐさまスクリーンショットを送った。

その後の数日間 彼女からは『出演予定の番組情報やすでに放送された番組のテレビ画面写真』などが次々に送られてきた。 

 広島を出てからの4年間、広島のお家に帰る事はあっても 広島のメディアで思いを語る事は無かった佐藤寿人さん。

晴れてフリーの身(笑)になって、広島のファンサポーターさん達の熱い思いにやっと応える事ができるんだよね。

そして「気が済むまでやって来い」と涙をこらえて送り出してくれた広島のファンサポーターさん達は「おかえりなさい!」が言えるんだもんね。

 ファンサポーターさん達も佐藤寿人さんも嬉しくてたまらないのがよくわかる♡

 広島を出てからの4年間(特に千葉での2年間)私は何度も「早く引退して、サンフレッチェ関連の仕事して 広島の人達にちやほやされてほしい!」と思ってたし、口にも出してた。それが現実になってるのに なんだか急に佐藤寿人さんと相思相愛の広島の人達が妬ましくなった。胸がぎゅっとなるくらいに。

 2017年、名古屋での初ゴールの時『広島の方向を指さした(真偽は不明)』と、サンフレポーターは歓喜し、グランパスサポーターの不評をかった事があった。

その時 私の心は『8割サンフレ側』だったので『グランパスサポーターさん達 ごめんなさい。でも広島の人達はずっとずっとこれを待ってたんです! だから許してください!!』って思った。

 なのに この瞬間『寿人、なによ…名古屋を素通りして大好きな広島で晴れやかに嬉しそうにして~~~』って 佐藤さんが憎らしくさえなった。あの時の『グランパスサポーターさん』の気持ちに近いね(苦笑)

 でもね、そんな気持ちは一瞬だけ。この数日間 広島の人達の歓迎ぶりや、佐藤寿人さんの出演動画(ネット配信分やSNSで見つけたもの・小春ちゃんが送ってくれたもの)を見てたら、私もどんどん嬉しくなってきた。

 これが佐藤寿人さんなんだもの。 エースでヒーローでスターなんだもの☆

 

 森崎さん兄弟とエディオンスタジアムでボールを蹴る動画も見た。

グランパスの選手として立った事はあったけれど、何の枷も無い体(笑)で彼らとボール蹴るの嬉しかったよね♪

ロッカールームも一緒に見て回ったって。

私が学生時代の友達と「3階の渡り廊下でさ~」「購買のさ~」って、学校にまつわる事を語り出すと話が尽きないのと同じで、当時は特別な事じゃなかった日常の色んなシーンが、一緒に味わった者同士には大切な思い出になってるよね。

色んな思い出話をしたんだろうね。

早くまたここで仕事したいって強く思ったよね。

 

 小春ちゃんと怒涛のラインやり取りの中では こんなフレーズも。

小春「はしゃいでてごめんね」

私「小春ちゃんが寿人でこんなにはしゃぐの久しぶりな気がする」

小春「ほんとね。こんな気持ち忘れてた」

遠距離恋愛が4年になり、逢えない時間が長すぎて愛する温度が下がって来てるんじゃない? この数年間 小春ちゃんには 時々そんな事を言った。

遠距離恋愛の恋人が地元に帰って来たら 想いが再燃☆ この数日間、広島にはそんな人が溢れてただろうな。

小春ちゃんの名誉の為に言うと、彼女は佐藤寿人さんが広島に戻って来るまで操を守って(笑)レプユニの背番号はずっと12番を着けてます。

 まだ『サンフレッチェ広島の何か』に就いたわけでも無いのに、これだけのエネルギーを放出してる。たくさんの人が『寿人が広島に居る』事でワクワクしてる。個人レベルで想像以上の影響与えたんだから、これが『現役でサンフレッチェに復帰』だったら、どんな化学反応が起きてた事か。 

チームにスタジアムにどんな(これが分かる人はグランパス通)を起こしたことか…あぁ…サンフレッチェ広島もったいない(←まだ言ってる)

 

 こんな事も思う。

2017年、名古屋に移籍せずに広島で引退して そのままサンフレッチェの何かになってたら、これほどの盛り上がりは無かっただろうなって。

『寿人行かないでキャンペーン』→『寿人 帰って来て!』→『うわぁーーーい☆寿人が帰って来たーーーぁ!』こんな未来を意図して移籍したわけじゃないけど、こうなっちゃうのが佐藤寿人さん☆

移籍先で思い描いた通りに行かなかった苦悩の日々も『この歓喜を味わう為』だったと思えちゃう。

頑張った事は、願った形とは違っていても必ず報われるよね。(「神様のポイントシール還元」と花桃は呼ぶ)

 

 以前のブログで「新スタジアム完成と寿人監督就任 同時にして、2つの喜びをまとめちゃうのもったいない」と書いた。

今回の『広島滞在中のメディア出演』は 寿人旋風第一弾だね。


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また第二弾・第三弾と旋風ま起こし(分る人は2008年前からのファン)に来てくれて、最後はサンフレッチェ広島の何かに就任なら「まとめちゃうのもったいない」にはならないね。

 私の妬ましさは数分後には羨ましさに落ち着き、次には安堵に変わっていった。

佐藤寿人さん『広島で寿人旋風ま起こせて』良かったね!ってなった。 佐藤寿人さんの気持ちを想像すれば 嬉しくて幸せな気持ちにもなる。

 

 私も『寿人旋風』に乗っかってワクワクを味わわなきゃ もったいない!

<寿人つむじ風>に くるくると翻弄されたりもしてますが…苦笑。

(佐藤寿人さんのInstagramを見て嬉しかったり、ヤキモチ妬いたり)

 

 晴れやかな気持ちで帰りの新幹線に乗ったっぽいnstagramストーリーを見て『この4年間、年末などに広島のお家へ帰って癒されたものの、名古屋や千葉へ戻る時は寂しかったよね。今日は全然違う気持ちだよね^^ たっぷり充電して元気もりもりで千葉に向かうんだなぁ、あぁ~良かったなぁ~』と 私も今日の空のように爽やかに嬉しい気持ちになり、同時に『名古屋は素通りだよ…(難癖)』とヤキモチも妬くのでした。

 

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2021年1月13日 (水)

サンフレッチェ広島もったいない

 引退後の寿人 精力的に単発のお仕事をこなしてるようで、なんだか嬉しい♪

 さて「ファンやりきった☆」宣言して、もう寿人の記事を書く事も無くなるかなと思ってたんだけど、相変わらず考える事があって 時々 書くことになりそうです。

 

 そこで気がかりなのが私のSNS上での「寿人呼び」

去年『苦々しく思う人も居ると思うけれど』と 私がそう呼び続ける理由をブログに書いた。

私の「寿人」呼び

 そんな私も 年が改まると プロアスリートではないのに「寿人」と呼称する事に抵抗を感じるようになった。

なので今日からSNS上では「佐藤寿人さん」と表記します。(友達や夫との会話は「寿人」のままかなぁ)

昔の記録や記憶の話の時は「寿人」になると思います。

 前置きはここまで。

 

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 楢さんの引退記念の本をあらためて読んだ。大久保選手がセレッソへ移籍する記事(「セレッソで引退したい」って)を見た。
そしたらね、忘れかけていた『寿人を広島で引退させてあげたい』想いが またむくむくと顔をもたげ始めたわけ。
盛大で感動的な引退セレモニーをして欲しいだけじゃなく、サンフレッチェ広島というチームの為にもすべきなんじゃないの?と。
 
 サッカー無知・経営知識ゼロの私が言いたい放題言います。
佐藤寿人さんが現役のうちに サンフレッチェ広島はオファーすべきだったよ。
2021年は<寿人ラストイヤー>で エディオンスタジアムを染めるべきだったよ。
…寿人ファンとして『して欲しかった』じゃなく、サンフレッチェ広島が盛り上がる為に『すべきだった』と言いたいの。
 
 ここ数年、広島の友達から「観戦の楽しさが無くなった」としばしば聞く。スタジアムに行かなくなった友達もいる。
寿人が居なくなった事も原因の一つだろうけれど、寿人ファンじゃない人からも同様の言葉を聞く。
 私が広島まで観戦に行ってた頃の話になると 友人達は口をそろえて「あの頃が一番楽しかった」と言う。
優勝も優勝争いもしてた頃だから…ってのもあるでしょうけれど。
 
 コロナ禍で観戦も練習見学も制限がある今 勝つ以外に何をどうすればファンサポーターが楽しくなるのか…無知な私にはわからない。
でも寿人がサンフレッチェ広島に復帰すれば、それだけでファンサポーターは歓喜するよね?
「寿人を観に行こう!」って思うよね。
<ラストイヤー>と銘打って記念グッズも売ればいい、イベントも制約付きではあるけれど、何かしらできるはず。
 サンフレッチェ広島の11番が4年間も空いたままなのは何故?
 2024年、新スタジアムの杮落しに佐藤寿人さんがサンフレッチェのユニフォームを着て立ってくれればいいのかな。
それは絶対に実現させてほしいけれど…2021年は このままでいいの?
 佐藤寿人さんが ずっと公で広島愛を語っているのに それを活かさないなんて もったいなさすぎる。
『今のメンバーで戦って行きたいから構想外・ベンチにも入れないかもしれない・高い年俸は払えない』フロントにはそれなりの理由があると思う。
 寿人ファンが夢想するのと現実は違う。
 でも…『年俸は安いけれど、試合にも出られない可能性高いけれど…それでもサンフレッチェ広島に帰って来てほしい!』と勇気をもって決断し、佐藤寿人さんに交渉するフロントは居なかったのかな。
 2021年シーズンの終わりに、寿人から「お前がサンフレッチェ広島の11番を背負ってくれ」と託されるFWを チームメイトもファンサポーターも期待して見つめる一年間にできたのに。
何よりも チーム内で『寿人さんに認められたい!』と発奮する材料にもなったはず。
 新スタジアムの杮落しに合わせてフロント(監督?)として戻るのが最も確実なルートなんでしょうけれど…新スタジアム完成の喜びと佐藤寿人さんが広島に戻って来る喜び、合わせちゃうのもったいない。
 サンフレッチェ広島は『選手を大切にする。選手に愛されるクラブ』だと 私は感じている。
選手を大切に思うからこそ、佐藤寿人さんに簡単にオファーできないって事もあったのかなぁ。
 
 ビジネスチャンスをみすみす手放した2021年はもったいないと思えてならない。
 <おばあちゃん…言いたい放題の巻>でした。

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2020年12月31日 (木)

寿人☆引退 その➃「本当にやりきった☆」

 寿人☆引退 その➂ で「ファンやりきった!」と胸を張って言うつもりだったのに、思いがけない寂しさに襲われて、泣きたいのに泣けなくて…でしたが、やっと本当にファンやりきったよ☆と言えるようになりました!

相変わらず涙は出ないけれど…。

私の場合、この『涙が出ない』というのが曲者で。

『涙が出るのは、まだ余裕がある証拠。苦しくて苦しくて辛い時は泣きたくても泣けない』と 私は常々言ってる。

寿人の引退が そんなに辛くて苦しいかというと、そうでもないのになぁ。

次のステージに向かう為の通過点だと思えるもん。

試合に出られない状態で来季もプロとしてどこかのチームに在籍する事こそ ベストだとは思えないし。

透明な涙をいっぱい流したら 心のあらゆる部分が浄化されて晴れ晴れとするんだろうな。

 

 この2~3年、全盛期の寿人の動画を偶然見つけると『あぁ…こういう姿はもう観られないのかもしれないな』と寂しかった。

引退発表があってからは、もっと多くの動画が上がって来て、スマホを開けば 次々と観る事になる。

前のブログにも書いたけれど、どれを見ても胸が<すーん>となって苦しかった。

 それがね、ここ数日は違うの。

『あぁ~~~素敵!』『うわぁ~~~☆ これが寿人だよね~☆』と誇らしくなる。

 

 心って不思議だね。

胸が<すーん>と苦しかった同じ動画を見ても 今は<すーん>どころか誇らしいんだもの。

寿人は記録にも記憶にも残るプレーをたくさん魅せてくれたんだ。

そしてそれらは 今もこうしてネットに次々と上がってくるの。

寿人の事を大好きな人達も たくさん居る。

寿人のプレーに魅せられて同じ道を目指す人も、影響を受けてJリーグで更なる進化を遂げようとする人も、たくさんたくさん居る。

寿人の輝かしいゴールの数々は何十年たっても消えない。 探せばいくらでも出て来る。

私の老後の楽しみが増えた。

 

 2020年、新型コロナウィルス感染症で色んな事が変わらざるを得なかった。

寿人の最後の1年が コロナ禍で違う色に塗られてしまった感があるのは ちょっぴり残念。

 セレモニーで 各クラブの寿人チャントを流してほしかったな。(つられて歌っちゃうからダメかな? 苦笑)

きっと…きっと サンフレッチェ広島で引退試合と共に 思いっきり寿人チャントを歌える日が来る☆

 

 ヒサ婆 その日まで元気でいなくちゃ!

 

 2020年のうちに『ファン☆やりきった』と宣言できました。

今年も 花桃ゆうのブログにお付き合いいただきまして、ありがとうございました。

 

 良いお年をお迎えくださいね。

 

 

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2020年12月23日 (水)

寿人☆引退 その➂「ファン☆やりきった!」

 引退発表の直後は 覚悟していたはずなのに動揺した。

でも半日後には受容できた。寿人が幸せなのが一番なんだもん、次のステージに向かう為の通過点なんだって思えた。

 最期の試合も引退セレモニーはダゾーンで観た。

 寿人もご家族も清々しい笑顔だった。 やりきったんだもんね。 

そして私も「ファンとして やりきったよ!」…って言えるはずだった。

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 なのにね…困ったなぁ…今頃になって寂しくてたまらない。

来季、どこかのチームの公式サイトで寿人の笑顔の写真を見る事はもう無いんだね。

『〇〇キャンプレポート』って情報が更新される事も無いんだね。

 

 ゲーフラのデザインを考えてミシンを踏む事も、チームのホームスタジアムへの車椅子での効率的な行き方を探る必要も無いんだね。

視力も集中力も根気も低下して、ゲーフラを描いて縫い上げる事さえ だんだん大変になってきてたのに…。

61歳のおばあちゃんが車椅子を自走して必死に遠征する事が体力的にもきつく、ちょっぴり恥ずかしくなってきてたのに…。

それが出来なくなった事が辛くてたまらない。

 

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 日常生活は 数日前と何も変わっていないのに、私だけが違う時空に居るみたい。

『来季どこでやるんだろう?』『私 またスタジアムまで行けるかな…』と心配してる私が別の時空に居るような気がする。

 

 寿人がグランパスを退団した時は『今までで一番近い距離の空の下に居たのに、もう居ないんだな』と 事ある毎に思って寂しかった。

名古屋に居たからって、私と偶然すれ違う事はあり得ない距離だったのにね。

 それでも移籍先でプレーする姿は絶対に見られる…だったんだもん。

 

 現役引退って こういう事なんだね。

繋がった空の下で、次のステージの準備をしてるって分ってるのに…それが素晴らしい未来へ繋がってるって思ってるのに…寂しいんだよーーー。

 PCやスマホに保存した昔のいくつかの写真が何かの拍子に出てくると、胸が<すーん>となる。

濃い炭酸を喉から一気に流し込んだみたいに胸が<すーん>となって苦しい。

ネットで、色んな人が揚げてる昔の写真を見ても<すーん>となって寂しい。

 

 たくさんの写真や映像が残ってて、いつでも見られるのは幸せなのにね。

 

【寿人☆引退】シリーズ(?)を書き始めた時、最後は「ファンやりきった☆」の達成感で終わるつもりだった。

あの時は すでに私は清々しい気持ちだったもん。

 最終章(笑)を書く時に こんな気持ちになってるなんて想定外だ。

 

 でも私 一度も泣いてないんだよね(笑

涙がこみ上げたり滲んだりはしてるけど、一滴もこぼれてない。

「うわぁ~ん」って泣けたら 気持ち良くなると思う。

 

 寿人の次のステージ、サッカーに関わる仕事はいくらでもあると思ってるけど、男として最後の仕事にすべく慎重に決めないとね。

『監督になって広島へ』の声は昔からたくさん見聞きする。

寿人は以前 公式で 監督業には興味ないような発言してた(と記憶してる)

私も『勝てばちやほやされるけど、負けが続けば批判される監督業』には就かないでほしいと思ってた(目先の事しか考えない名古屋母)

 でも…でも…監督になったら、選手時代と同じくらいにメディアにも扱われて、私も目にする機会があるよねぇ。

ふふふん…『私が見られる』というだけの理由で 監督になってほしいなぁと思い始めております。

 

 寿人に一目惚れの岡惚れをした紫春(青春に非ず)は幕を閉じます。

次のターゲットに恋する老春は もう私には来ないと思う。

アンテナがすでに錆びついているので。

 

 ねずみ色のおばあちゃんへの道 まっしぐらになっちゃうなぁ…それだけは阻止しなければ。

 

    【寿人☆引退】これにて終わります。

 

 

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2020年12月22日 (火)

寿人☆引退 その➁「長い一日」

 引退発表があった19日、地元中日新聞にもカラー写真で生地が出た(グランパスユニだけど)


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そして20日 朝刊にも ご丁寧に。

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 夫はコンビニへスポーツ紙を買いに走った(笑

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大きく扱ってくれたスポーツニッポンさん ありがとうございます。

休日の朝、いつもゆっくり朝刊二紙を読むけど、この日はスポーツ紙もあるし、友人知人とLINEやメールをやり取りしながら 読み終わるまで2時間かかった。

 ホーム最終戦。ちょっと前までは『無理してでも行きたい』だった。でも私の住む市のコロナ感染者が急増し、東京・千葉も同様で、その中を持病持ち・ステロイドホルモン剤長期服用の身である私が移動するのは得策ではないと判断して『行かない』事にしていた。

 でも…でも…引退となると…。夫と静かに話し合った結果…やっぱり行かない。 行けない自分が情けなくて ちょっぴり涙が滲んだ。

 

 2時キックオフに合わせて、ティタイムを1時半に(いつもなら3時ちょっと前のハーフタイムにするのに)

 夫とPC前にスタンバイ。お茶の間観戦は好き勝手言いたい放題なのがいい。

「前半に大量得点してくれー」

「寿人が出たら『特別寿人ルール』適用。 寿人はオフサイド無し。ボール持った寿人に体を当ててはダメ」

そんな事を言いながら笑い合っていたのに、途中でふと気づく。

あぁ…もうこういう場所でプレーする寿人は見られないんだ。

ここ数年はベンチ横でアップし、ピッチのチームメイトを鼓舞する姿が多かった。それももう見られないんだ。

そんな事に今更気づいて愕然とし、急に怖くなる。

引退するってこういう事なんだ。 私の中の大きなものが無くなるんだ。

 でも そんな悲壮な想いは一瞬で消えた。

後半、高橋選手がゴールを決めて勝ち越し。

コーナーフラッグを掴む寿人のパフォーマンスを真似てくれた。(為ちゃんが以前やってくれたよね)

ありがとうーーー!!

「もう2点くらい決めてくれーーー!」

「余裕できたら早めの交代をーーー」

花桃夫婦の勝手な叫びは続く。

ベンチが映ると二人が乗り出して 監督の口やベンチの後ろを凝視する。

ビプスを脱ぎ捨てた足元が映れば 2人が「お!」「お!」「お!」

交代の気配に もう何回「お!」って言ったか。

その後 寿人を含めた3人の交代が告げられたものの、プレーが切れない。

「3分経過」

「4分過ぎました」と夫。

「ボール出してーーー。切ってーーーっ!」

やっと寿人が入った。 キャプテンマーク巻いてる!

後で聞いたら 広島の友達はその映像を見て泣いてたって。

私はもうそんな感傷もなく『寿人きっとゴールする! ゴールして本物のゴールパフォーマンスをしてスタジアムを盛り上げるのが寿人だもん! 絶対ゴールする!!』と握った拳に力を込めていた。

増嶋選手は泣いてる(可愛がってた鳥海選手が先に泣いたんだね)

「泣いてるね」と口に出したら 私も涙声になった。 だからそれ以上 言葉を出せなかった。

 

 2対1 逆転勝利。

 そして引退セレモニー。

 去年の勇人選手のような盛大な感動的な大掛かりなセレモニーは、コロナ禍の今 できないし、ジェフ千葉では勇人選手と並ぶ規模のセレモニーは期待しちゃダメよね。

 田坂選手・増嶋選手・寿人が並んでマイクの前に立つ。半袖の寿人 寒そうだよ~~~。引っ張られるのが嫌で半袖で試合に出るのがトレードマークだったもんね。

 森崎ツインズ(予想できた)からのビデオメッセージに続き、ポイチ監督!(これにはちょっと驚いた)そしてミシャ。寿人がプレイヤーとして充実してた時に一緒に戦った人達。

家族からの花束贈呈。 我が家はスタンド下でスタンバイする家族の姿に目を凝らす。

「居る居る♪」

「〇〇ト(三男くん)ちょろちょろ動いてるーーーじっとしてな~い(涙笑)」

「〇〇ト(次男くん)涙ぬぐってる?(涙声)」

そして出て来る家族。 

「あ! 〇〇ト(長男くん)も居るじゃん! わざわざ来たんだねぇ」

うあぁ~大きくなった! 広島では 選手入場は『我が子と一緒に』の機会が度々あって、幼い長男くん・次男くんを見るのも私の楽しみの一つだった。 こんなに大きくなったんだもんね。 寿人はそれくらい長くJリーガーとして活躍してきたんだよね。

かがんで笑顔で三男くんに目線を合わせてる寿人。

「勝って笑顔で終わりたい」と 寿人がコメントしてたように、家族もきっと『笑って終わろう』と決めたんだろうな。

 

「ダゾーンさん、ちゃんと最後まで放送してくださいよーーー(必死)」

何とか放送はしてもらえたと思ってたけど、ネットでは 個人のSNSで その後の胴上げや ゴール裏への挨拶のシーンがたくさんアップされてた。

ありがたく拝見いたしました。

 

 ダゾーンの放送が終わった時「終わったね」「終わりましたね」 夫と静かに声を出した。

私 一度も泣いてないわ。

 

 夜、早々に床についた私を スポーツニュースで寿人が出る度に夫が「寿人出てるよ」「千葉やるよ」と教えてくれる。布団からはいずり出して見た。

 

 寿人 引退したんだな…よく頑張ったよね…。

 

 こうして私の長い一日が終わりました。

 

 その➂に まだ続く予定。

 

 

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2020年12月20日 (日)

寿人☆引退 その➀「とうとうその時が来た」

 2020年シーズン終盤となり『寿人どうするんだろう…』が頭の中をよぎる。

公式サイトの写真やニュースを見ては、ちょっとした事で『こうかも…』『ああかも…』と想像するばかり。

 18日の寿人のInstagramストーリー、愛犬の面白い写真だったのに『なんだか寂しそう…何かあったのかも!』と思ってしまうほどネガティブまっしぐら。

 そして19日、私の妄想は現実となる…。

 『佐藤寿人選手の現役引退について』という公式発表を見て「はぁ…そうなんだ…」「そうだよね…」と項垂れる。

『寿人が幸せなら どんな選択をしてもいい』と常々公言してたし、ベンチ外が続けば 辛いだろうなと想像してしまって『もう引退した方がいいよ…』とさえ思ったのに。

 

 38歳だもん…ここまでよく頑張って来たよ。

 頭でそう分かってるのに、体と心がバラバラ。 

スーパーへ買い物に出かけたものの、ただでさえ杖で慎重に歩くのが この日は 気がつくと のろのろのろのろ…としか動いてなくて。

 

 帰宅した夫としんみり過ごす。

 

 …でもさ、2018年秋 寿人がグランパスを退団する時よりは 私の心 元気じゃん!

出ました! 辛い事が起きた時、一番辛かった時と比較して『あの時より今の方がずっと楽じゃん』と自分を奮い立たせる私の伝家の宝刀(笑)

 

 そのうちに 段々 心の整理がついてきて、消灯する頃には『もう寿人 炎天下や冷たい雨の中で練習しなくてもいいじゃん。好きな物を好きなように食べて、ワインも平日に飲めて、ゴルフも好きなだけ行けて、休みもとれるじゃん』と思えるように。

 きっと寿人も枷が外れて楽になってるよ。

 私も『試合に出て良いプレーするっていう目標があるから、炎天下や冷たい雨の中での練習にも耐えられるのに、出られない日が続いたら どんなに辛いだろう』って勝手に心配する事もなくなるじゃん^^

 昇格や降格がかかるわけじゃないラストマッチだから、監督きっと出してくれるよね。終了時にピッチに居られるように途中交代でいいもん。

 そこでゴールしちゃうかもしれないしさ~~♪

 

 と なんだか明るい明日が見えて来るのでした。

 

 更新はいつになるかわからないけれど その➁に続きます。

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2020年12月14日 (月)

グランパスの寿人

 土曜日、パロマ瑞穂スタジアム最後の試合に夫が行きました。

 

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帰宅した夫が「すごい事がありましたよ」と話し始めたのが…

 『ありがとうパロマ瑞穂スタジアム』のセレモニーで パロマ瑞穂でのゴールシーンの映像が流れたそう。

リネカー・ストイコビッチ・本田……なんと「佐藤寿人ーーーゴォォォオールーーー!!」音声付きで寿人のゴールシーンも流れたんだって!

パロマ瑞穂でゴールした選手 いっぱいいっぱい居たよね?

夫も まさか寿人の映像が流れるとは思ってなくて 驚きと喜びでいっぱいになったらしい。

 

 グランパスでの寿人のゴールは数える事ができる程 少ないんだけど、相手チームも日にちも覚えてないのが私(汗

でもパロマ瑞穂のスタンドで 寿人GOALに拳を突き上げる夫の横で、一緒に手をあげつつ、夫の腕につかまりつつ、嬉しさと興奮で泣きたいし叫びたいしグダグダになってた瞬間は思い出せる。

 

 それにしても…グランパス、寿人の事 特別扱いしてくれるわぁ~。

2008年、サンフレッチェ広島が初めてのJ2を戦った年、寿人は28ゴールして9月には昇格を決めた。

それくらいの活躍してたら『グランパス初めてのJ2・1年で昇格させた立役者』として寿人ゴールを扱ってくれるのは納得だけど。

 

「1年での復帰も 翌年のぎりぎりの残留も 寿人無しではできなかったと、グランパスは感謝してるんだと思いますよ」と夫。

 

 私の周りでは「寿人のお陰」「寿人は救世主」と言ってくれるけど、それはあくまでも寿人ファンである私を気遣っての事だから…と半分に受け止めてた。

 クラブもそう思っててくれるのなら本当に嬉しい☆

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2020年12月 9日 (水)

寿人は光だった

 2000年に発症した鬱病、2005年頃にはトンネルの出口が見え始めた。

あの頃、テレビでサッカーの代表戦を観るのが楽しみだった。 明るい光に満ちたエネルギッシュな空間に無意識に惹かれていたんだと思う。

 代表戦のある日は、朝からワクワクして それだけでエネルギー貰ってた。

ミーハーなのでサッカー観戦しながら「この選手素敵♡」ばかり。

最初は田中達也選手だった。 カワイイ小動物系が好きなので。

かと思うと、森本貴幸選手や平山相太選手も好きだった(笑) いや…ここで笑ってはいけない(汗)

サッカー無知なので『点をとる』と言う わかりやすいポジションしか見てない。

 そんな中で寿人を見つけた。

 ゴール前に走りこんで「ここにくれ!」って腕を伸ばして指差してアピールする姿を見て、最初は「なにこの子 すごいアピール!」と どちらかと言うと批判的な気持ちだったのに、試合が終わる頃には「ええ~~~♡ なに♡この子~~♡なんか気になるんですけどぉ~~~♡」に変わっていた。

 それまでの『田中達也選手素敵♡』とは明らかに違う。

一目惚れでした。

 

 それまでスポーツ観戦なんて無縁だったのに『一度でいいから本物を見てみたい!』気持ちがむくむくと沸き起こった。

 

 元々、スポーツ観戦には興味があった夫を巻き込んで、2006年グランパス対サンフレッチェの試合を観る為に豊田スタジアムに行ったのが最初。

 まずは豊田スタジアムの大きさに圧倒された。

「うあぁぁ~~~! おっきぃーーー!」日常生活で遭遇する事の無い大きさの建物を間近に見るだけで感動したなぁ。

近代的でおしゃれな外観にも魅了された。

 コンコースを行き交う人達にも目を見張った。

 グランパスユニフォーム、サンフレッチェユニフォームの人達が皆嬉しそう(に見えた)で 『佐藤寿人を生で見られる♡』の私の喜びを更に倍増させた。

 初めての生観戦。

 ♪サァーンフレッチェ どどんどどんどん!♪ 初めて生で聞く応援の太鼓にも感動。

そして白いアウェイユニフォームでスタンドに挨拶する寿人を初めて生で見た。

 ふぅ~~~~♡

 本当に恋でしたね。

 

『一度でいいから生で見てみたい』が『広島へ観戦に行きたい』となるのに時間はかからなかった。

当時、骨頭壊死の右股関節は人工関節、変形の進む左股関節を温存する為に杖歩行。

膠原病(全身性エリテマトーデス)で、紫外線を浴びるのはダメ。

 そんな状態なので『最初で最後のつもり』で 2006年9月、広島に一泊して前日練習見学と試合観戦に。

前日練習後のファンサービスも初体験。

 そしてますます寿人への恋心が大きくなった。

帰る時は『あぁ…帰りたくない。寿人の住む広島にずっと居たい』って切なかった。

 

 『最初で最後のつもり』の広島行きだったのに、その後 何回行ったことか。

 

 …そして気づく。

鬱病のトンネルが いつの間にか後ろに見えてるじゃん。

私、トンネルの外に居るじゃん。

出口が見え始めたのは実感してたけれど『寿人への恋心』が一気にトンネルの外へ飛び出させたの。

 

『次の観戦は〇月〇日だから~♪』と病気持ちの体を整えて待つ楽しさや 寿人のプレーに一喜一憂する事が 鬱病をすっかり忘れさせてくれた。

 年に6~8回 広島に通ううちに温存していた左股関節の変形が進み痛みが増して、マイ車椅子で行く事にもなった。

サッカー観戦を通じて知り合った広島の友人達にも助けられながら、車椅子観戦を重ねた。

 でも 前日練習後のファンサービスを受ける時、車椅子だとパッと動けないのが不便なのよねぇ……それで、左も人工関節置換手術をする事にした。

 寿人見たさ、寿人に会いたさで、私は『単独車椅子遠征』も『人工関節置換手術』も決断できた。

寿人への恋心で私はいくつかの扉を開いて来た。

 

 加齢と共に恋心は母心に変化したけれど(遅すぎる!笑) 寿人の存在は 私の人生の辛い時 光をあてて進むべき道を見せてくれた。

 

 一番身近で支えてくれている夫や友人達とは違う場所から大きな影響を与えてくれた寿人は、私にとって ずっとずっと大切な存在。

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2020年12月 2日 (水)

いい夢みたよ☆

 パロマ瑞穂スタジアムが改修の為 閉鎖する。

11月28日(土) そのスタジアムでのグランパスの試合 夫が「最後だから見ておきたい。君はどうする?」と。

ん~~~、寒いし、コロナ感染のリスクはあるし、私が居ない方が夫は身軽だし…「私は行かないから、一人で行って来て」

…寿人のチームが来るなら 寒かろうが、感染リスクあろうが、夫の足手まといになろうが行くんだけどねーーー(笑

 

 晴天のその日、夫は一人で行って写真をたくさん撮って来た。

普段 写真なんてあまり撮らないのに。

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 あぁ~懐かしい!

 2016年まで、サンフレッチェ広島戦を観戦する為に、1年に一度だけグランパスの試合を観た。

その頃は、豊田スタジアムだと「ラッキー☆」で、パロマ瑞穂スタジアムだと「うへぇ~残念」だった。

だって近代的な豊田スタジアムに比べると、パロマ瑞穂は古くて暗くて全然おしゃれじゃなかったんだもん。

 

 でも2017年、寿人が来てから 私のパロマ瑞穂スタジアムは『テーマパーク』のような夢の場所になった。

 

 寿人の居るグランパスのファンとなった私の初観戦、試合前のアップを見て『やっぱり寿人は こうでなくちゃ!』って思ったんだよね。

サンフレッチェ広島で2016年はベンチスタートが増え、スタメンがシュート練習する横でボール回しする姿を見る事になった。

グランパスの赤いユニフォームでスタメンとしてアップしてる姿に胸がいっぱいになったなぁ。

 

 怪我で戦列を離れた時は握手会があった。

桜が満開の山崎川沿いに長い長い行列ができた。

後ろに並んでた若いママさんが子供たちと「何を話そう~、ドキドキする~~」と言ってるのが聴こえて微笑ましかった。

 

 グランパスは毎回 色んな企画をしてくれて スタジアムへ行く楽しさも倍増。

そこには寿人が居たんだよねぇ。

 

 昔は サンフレッチェ広島戦が『ちぇっ…豊田スタジアムじゃないのか…』だったパロマ瑞穂スタジアムだけれど、通ううちに 程よい広さや動線が私にはありがたい事もわかった。

 寿人の居た2年間で私にもパロマ瑞穂スタジアムの楽しい思い出がたくさんできた。

 

 長いグランパスファンの人達とは全く違う感慨で申し訳ないけれど…パロマ瑞穂スタジアム、私に幸せな時間をくれて ありがとう!

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2020年11月12日 (木)

桃源郷へ

 11月11日…ポッキーの日とも言う<寿人の日> アルウィンで松本山雅とジェフ千葉の試合がある。

私が車椅子じゃなく杖で行ける唯一のアウェイスタジアム…そして アルウィンは 私には桃源郷に思える素晴らしい場所。

行こうかなぁ~~でもなぁ~私が行くと寿人ゴールを阻止しそうだしなぁ…でもなぁ…アルウィンだもん行きたいんだよね…従姉にも逢えるし…夫と二人だけの生活、たまには離れる時間も必要だし。

迷った末 とりあえず行く事にしてホテルや特急券や観戦チケットを準備した。

 杖で一人で行くにあたり、シャトルバスを降りてからスタジアムまで歩くのが不安。山雅にお尋ねメールをした。

その時の対応が『あぁ やっぱり山雅の人は親切で思いやりがある!アルウィンで倒れても何とかなる!』とさえ思えちゃう。

 次の問題は『果たして寿人が行くのかどうか』

8日の山形戦でゴールを決めた瞬間、夫が「これで松本は寿人行くの決定ですね」「うわぁ~い ほんとだ!!」連続ゴールしちゃったりして~~~♪ なんかしそうじゃん♬

 でも…小さな気がかりは消えない。

私が意気込んで行くとダメなんだよねぇ…(寿人GOALの逆神のジンクス)

それに、8月の山形戦で「今日ゴールしたら 私はもう一生 寿人に会えなくてもいい」って願掛けしたしなぁ…。

いいわ、もし寿人が行かなくても 松本山雅の応援を見て、翌日 従姉と会うのを目的にすれば。

 そんな風に揺れながら11日を迎えた。

出発が近づくにつれて『寿人が出るか』よりも『杖で行ける♬』事が楽しみになってきた。

この1年、千葉へ行く時は『寿人を観られる喜び』と『はぁ…車椅子で行くのしんどいなぁ』がせめぎ合ってたもの。

 

 11日快晴。地元の気温にそぐわないダウンコートにロングブーツ。夜のアルウィンは0度予想だからね。

名古屋駅へ行かずに、地元の駅から行けちゃう。 杖で乗車する身軽さ。 もうそれだけで嬉しい。

車窓から眺める秋の景色。松本駅からホテルもすぐ。車椅子だと いちいちスロープまで回り道だもの。もうその時点で気分は高揚☆

 ホテルで休憩しながら、スタメン発表を見て寿人が来てないのを知ったけれど、膝が脱力する事もなかった。

夫に「なんかすっごく嬉しいよーーー!」とLINEしちゃうくらいに。

 寿人の居ない試合だから行かずにホテルでのんびりする選択肢もあったのに『シャトルバスに乗ってみようかな(タクシーで行くつもりだった)』とさえ思い始めちゃう。

杖は転倒が怖いけど あぁ身軽♪ 慎重に慎重に足元を睨みつけて。

寿人が居ないから応援グッズも少ないし(笑

 山雅のシャトルバスは無料だし、皆が「お願いします」と言って乗り込み、運転手さんが それにいちいち優しく応えているのも 心が温まる光景なの。

 久しぶりにそれ見たい♪ で、シャトルバス乗り場は行ったら…なんと予約制になってた! コロナの影響なのか? シャトルバスに乗るつもりなかったので全然調べてなかった。

 で、タクシーに乗ったら…あぁ やっぱり信州の人はやさしい! 杖や車椅子の私がタクシーを利用すれば どこでも必ず親切に対応はしてくれるんだけれど、信州の言葉遣いで言われると『親戚のおじちゃん』みたいで やさしさが倍増するの。

 すでに鬼籍に入った父方の親戚の人達を思い出して、何度も涙ぐむ。

スタジアムに着くと 事前の連絡が行き届いていて、スロープゲートに誘導してくれる。そこからは担当の女性が付き添ってくれる。

うわぁーーーん!! 松本山雅さん大好きーーー涙。

 

 コロナ禍で規制のある応援だけれど、♪どんどこどんどこ おらの村の祭りだーーー どんどこどんどこ♪は 録音が流れた。

いいよねぇ~~~☆

 そしてこれも毎回思うけど、松本山雅のサポーターさん達は相手チームへのリスペクトが素晴らしい。

相手チームの選手紹介も重厚なBGMで ホームチームのメンバー紹介かしらん?と錯覚しちゃうほど。

相手チームの控え選手の紹介にも 一人一人に拍手してくれてるし。

 5つくらい離れた席に座ってらした山雅サポーターの女性が、ジェフのタオルマフラー(防寒用・苦笑)を巻いた私に

「千葉からいらしたんですか?」

「いいえ、愛知なんです」

「でも遠くから、よくおいでくださいましたね。楽しんでってくださいね」

こういう事は山雅に限らずよくあるけど、途中でその人「寒いでしょう。これ良かったら」って使い捨てカイロ出してくれた。

もちろん背中も腰も足もすでに貼りつくしてあるので お礼だけ言った。

 全然 寒くなかった。 心がぽっかぽか。

 

 帰りの混雑を避ける為に、先刻のタクシーには ハーフタイムに来てもらう約束をしておいた。

出て来る時、またも山雅の人達の『おもてなしシャワー』を浴びる事に。 泣けてくるわ~~~。

 タクシーの運転手さんも警備員さんも臨機応変に対応してくれて、VIP待遇でスタジアムを後にした。

 

 無事にホテルに着き、あぁぁ~~~幸せ☆☆☆嬉しかったなぁ~~~ と涙ぐむ。

 千葉の勝利をスマホで確認。

あぁ…寿人が居たらな…とちょっとだけ残念がる。

 

 気分は高揚したまま『浮ついて転ばないように!』と戒めつつ、優雅な松本ナイト。

 

 良く12日は、従姉が来てくれてお茶からのランチ。泣いて笑って。

私が「松本山雅は素晴らしい」と松本在住の彼女に熱弁をふるう。

「ゆうこちゃん 信州が好きなんだね^^」

そうだわ!

 

 明るいうちに帰宅したいので 1時には松本を発った。

本当に信州は…松本山雅のアルウィンは 善人ばかりの桃源郷。

別に私の周りが殺伐としているわけではないはずなのに、ここへ来るとやさしさに抱きしめられてる気がする。

 あぁ…来て良かった! また来よう!

 桃源郷で過ごした時間が心を浄化してくれたような気がする。

いい人にならなくちゃね!

 車窓からの景色にも見惚れながら そんな事を思って また涙ぐむ。

 

 そして…あら不思議。

特急を在来線に乗り換えて、松本が遠くなるにしたがって 先ほどまでの『やさしい気持ち・いい人にならなくっちゃ!』が 幻のごとく消え去っているではありませんか!

 やっぱり桃源郷なのね。

 

 でも無事に杖で行けた事、快く送り出してくれた夫、遠征を応援してくれた友達への感謝の気持ちは しっかり存在してましたよ。

 

 定期的に桃源郷へ通わなくてはね!

 

 

 

 

 

 

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