病気(SLE・骨頭壊死など)

2017年7月20日 (木)

またまたお騒がせの顛末

 2回目の整形外科受診してきました。
 
 CT画像も「良かったですね。問題無しですよ」でした。
でも まだ軽い痛みはあるの・・・。
そして、あの違和感と痛みの理由は 人工股関節の緩みじゃないのなら何だったの?
 
 で、ここ数日 思っていたことを聞いてみた。
 
「脱臼しかかったって事は考えられませんか?」
「脱臼したら痛くて歩けませんよ」
 
 痛くて歩けなかったんだよーーー。
 
 普通の人なら救急車か緊急外来へ行くレベル。
 人工関節の緩みを疑った私は『土日に行っても専門医が居ない可能性が高いから 何もしてもらえないだろう』と考えて月曜日まで待ったんだよー。
 
 あらためて異変が起きた状況を詳しく説明したら
「脱臼しかけてた可能性はありますねぇ。 でもそれで脱臼しなかったのは、T先生の手術が上手だったって事ですね」
 自分も同席した手術を担当したT先生が本当に大好きなのね^^
もしかして…自分も主要部分に『参加してた』?
 
 ネットで人工股関節の脱臼(亜脱臼)を調べたら・・・あるわあるわ。
そして ああ、私やっぱりこれだったわ!と確信する。
 で、土日、自分で痛みが和らぐ体勢を取り、クッションを膝の下に立てて寝たのは 素人とは思えない見事な対処だった☆☆☆自画自賛。
 
 ただし 置換してから、右股関節13年目、左股関節5年目で 置換当初の慎重さは だんだん低下してた。
 人工股関節置換後の注意点をネットで検索してみたら あ~そうだったわ~こんな事もダメだったんだ~と愕然とした。
 
 それでもね、慎重派の私は 最初に教わった事がしっかり身についていて『正座・かがむ・足を組む』などの禁肢位は 意識しなくても避けて暮らしてたの。
 術後、同室のご高齢の女性が 落ちたものを拾う為にしゃがんがり、足を引き寄せて靴下をはいたりするのを見て悲鳴をあげたなぁ。
 
 私は今でも足の爪を切る時 独特のスタイル(絶対に見せられない)とってますから~。
 
 
 件の若いドクターが「脱臼は癖になる人もいるので、今回の事を良い警鐘として気を付けて生活してくださいね」と 診察室から送り出してくれた。
 
 ですね。
 
 ただ、同様の状況になったら「亜脱臼だな」と思って さらに落ち着いて対応できるわ。
 
 久しぶりの車椅子外出(介助者無し)は、転倒の心配しなくていいし、平たんな場所だけなら歩くよりもスムーズだし、荷物を膝に乗せたり後ろのバッグに入れたりすれば 止まってる時は両手も使えるし 良い事づくめ。
 公共交通機関を使う時は少々 不便を感じるけどね。
 
 骨頭壊死になった時、大腰筋などを鍛える運動も指導されて、真面目にコツコツやってた。
 ・仰向けに寝て 足首におもりをつけて20センチくらい上げて止める。(SLR)
 ・横向きに寝て 同じくおもりをつけた足を開いて上げる。(外転運動)
 ・うつぶせに寝て おもりをつけた足を後方に上げて止める。(伸展運動)
これを復活させた!
気のせいか、これを数セットやった直後は、股関節が軽くなったような気がする。
 今 昔買った本を開いたら、上記の運動毎日30分くらいしてください・・・だって。
あたくし・・・10分もやってませんが。
 そして このページの下には「体重を減らしましょう」の一文も!!
 
 ぎゃーーー今回の一番大きな原因は これだったかーーー!
 
 
 

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2017年7月13日 (木)

これも神様のポイントシール還元?

 
  左太ももの軽い痛みと違和感は続いている。
 
でも8日に発症した時のように『松葉杖を頼りにしてもへっぴり腰』ではなくなって、室内はステッキで移動できる程度にはなった。
 
 じっと座っていれば痛みも違和感も無いけれど、動くと『ダメな肢位』がある。
 
  左脚をちょっとねじる(椅子に左側から座るとか、ちょっと腰を前かがみにするとか)と、股関節に痛みが走る。
 
 左股関節を人工関節に置換する前と似てるなぁ…。
 
 レントゲンでは異常は見つからなかったけれど、CT撮れば何かわかるかも…。
 でもわかったところで、治療は人工関節再置換しかないよね。
 
 ふぅ・・・。
 買い物するにも 日常的な家事をするにも 片手が使えないのが不便。
 ちょっとした動きの度に痛みが走るのも不快。
 
 「こんな足ーーー!」と 声に出してあたる。
 
 でも・・・先週末の座っててもどうやってても太腿に太くてかたい棒が入ってるみたいな違和感や 仰向けで足を真っ直ぐ伸ばして寝られない状況を思い出せば「この程度まで回復できてよかった~」なんだよね。
 
 そんな状況ながら、昨日はパロマ瑞穂スタジアムまで行って来たのでした。
 
 最寄りのJR駅まで車を運転し、車椅子でJRに乗車、金山でタクシー。
身障者駐車場も使わせてもらえるので、スタジアムまで運転すれば一番楽なんだけど、名古屋市内を運転するのが怖いのよ~~~。
 
 車椅子でJRに乗ると、皆さん親切にしてくれるの。
 
  以前は列車が到着する直前に杖で立って、荷物を車椅子に積んで自分で車椅子を列車に乗せてたのを 久しぶりの乗車ですっかり忘れてて、列車が到着した時もぼんやりと待ってた。
 慌てて立ち上がったら、近くにいたサラリーマン風の男性が車椅子を持ち上げてくれて助かった~。
 
 長い足の席の前に大きなバッグを置き、その上に90度に渡した傘が飛び出してて通れないのよ~坊や~! と 顔を見るもスマホのゲームに夢中で気づかず。
 仕方なくそちらを諦めて反対側の手すりにつかまってたら(車椅子のストッパーをかけても念のために摑まる)近くに居たおば様が自分の安心スペースを空けてくれた。
 
 件の坊やには「私が車椅子だからというだけじゃなく、傘を立てておけば他の人の邪魔にならないのよ」と教えてあげるべきだろうなぁ…と考えていたら、心の声が聞こえたのか、数分後に立ててました(笑
 
 通勤通学ラッシュを避けて早めに出たけれど、金山駅では結局 人混みをかき分けて走る事に…端っこを走っていると、対向してくる同じように端っこ狙いのお年寄りまでが道を譲ってくれる。
 
 「ありがとうございます」いっぱいの往路でした。
 
 
 レミちゃんは、悪天候予報に行くのを迷っていたけれど、私が「寿人 1トップか2トップでスタメンらしい。車いす席は豪雨でコンコースに避難する時もスムーズだよ」とそそのかして「もう迷わない!」と言わせた。
 
 『天皇杯をレミちゃんと二人で観戦すると寿人ゴールあって勝つ』を成立させたい。
 
 
 レミちゃんと観戦した2試合(天皇杯・リーグ戦)とも、雨予報ながら本降りにはならなかった。
今回も、試合前はポツリとも降らず。
 土砂降りの中、レインポンチョ車椅子でスタジアム入り口で待ち合わせる予定が余裕余裕~♪
 
 しかしながら・・・寿人はスタメンでは無くて。
二人ともスタメンのつもりだったので、試合前にメインスタンド側で練習しているメンバーを見て「龍くん いるねぇ」「竜士くんもだ」
・・・「あれ? こっち側がスタメンじゃん。 じゃあ 寿人は…」と やっと気づく。
 
 試合が始まり、二人で手拍子し、プレーに声を上げながら、目の前でアップしている寿人を見ては 時々「うふっ」と顔を見合わせて笑ってしまう。
 
 後半開始。
 
 寿人が呼ばれてビプスを脱ぎ、監督に指示を受けてるのを見て、レミちゃんとパッと顔を見合わせて目を見開いた。
 その時、何度目かの雷鳴と稲光が・・・。
 
「雷雲が接近しているので試合を中断します。選手や観客の皆さんは 屋根のある席やコンコースに移動してください」とアナウンス。
 え~~~せっかく寿人が呼ばれたのに~。
 
 でも 試合中断で避難というソフト異常事態は初めての経験でちょっとワクワク。
「25分から再開します」のアナウンスが流れ、コンコースに居た人たちから歓声があがる。
 
 スタンドに戻ると すでにピッチでは選手たちがボールを蹴ってた。
 
 中断して再開するのって、体も冷えるし気持ちの勢いも削がれるし、いろいろ大変かもしれないなぁ…でも寿人投入から見られるから嬉しいなぁ~。
 
 そしたら再開のホイッスルより先に再びの雷鳴。
間髪入れずに「コンコースなどに避難してください」のアナウンス。
 選手たちもアナウンスと同時に 駆け戻って来る。
 寿人、なぜかベンチに戻る。
 スタンドから「観客よりも選手を早く避難させろ!」と男性の声。続いて「寿人 早く戻れ」
私達も 出入り口に向かいながら「寿人ぉ~早く来やあ~」
 
 寿人と他に2人がスタンド下に戻って来るのを目の端で確認しながら 私達も退避。
 そして間もなく「中止」がアナウンスされた。
 
 
 さて、そこから私の長い旅が始まる事になるとは・・・。
 
 タクシーに乗るまで一緒に待つと言ってくれるレミちゃんを「皆と一緒に帰れるうちに帰って。一人で地下鉄駅まで歩くの危ないから」と強引に帰らせる。
 後で思えば正解だった。 お家でご主人は市内の豪雨のニュースで心配されてたと思うし。
 
 警備員さんが「待機タクシーを流しましょう」と言ってくれるも、いつもなら待機してるタクシーがおらず(この時 すでに名古屋市内では大混乱だったらしい)
「すみません、ご自分で呼んでください」と。
 
 家を出る前に登録しておいたタクシー会社に2社目で繋がり配車をお願いした。
が、駐車場の位置がわからないらしく(パロマ瑞穂スタジアムは 複数の競技場があって紛らわしい)何度も電話でやり取りし、警備員さん達も無線で連係して誘導してくれて、やっと
 
 タクシーに乗れたのが10時10分。
 JR金山駅で降車し、JRの改札口へ行くと まさかの「運転休止のお知らせ」
復旧の目処もたってないとのこと。
 地下鉄の代替えが案内されてるけれど、結局それでもK市の駐車場までは行けない。
 
 意を決してタクシーを拾う…これがまた苦戦。
 やっと乗れたのは11時過ぎ。
 
「すごい雨でしたね」と運転手さん。
???
 スタジアムでも金山までのタクシーでも それほどの雨じゃなかったの。
JRが止まってるのも不思議だった。
 
「鶴舞は冠水してましたよ。この車もさっき水没しかけました」 ひぇ~~~。
 その鶴舞を通り過ぎる時、パトカーや警察官はたくさん居たけれど、水は無し。
 
 帰宅後、ニュースで その後、私がタクシーで通った所二か所が冠水してた時間帯があったのを知った。
 ずっと大渋滞だったけれど、冠水の恐怖を味わわずに済んだのは幸い。
 
  きっとタクシー帰宅する人がたくさん居たんでしょうね、夜遅いのに道路は反対車線も車びっしり、タクシーがいっぱい。
 
  私は、駐車場が閉まる12時までに着けるのか、お金が足りるのかが心配になって来た。
 12時過ぎてしまったら、翌朝、またタクシーで取りに行くしかないな…お金が足りなくなったら、家まで来てもらうか…と 段取りして気が重くなる。
 
 
 結局、11時45分に駐車場に到着。
 お金も スタジアムに行く時は いつも少額しか持って行かないのに、なぜか昨日はお札を2枚入れてて助かった。
 
 タクシーの乗り降りの時は、土砂降りでは無く、車椅子を出し入れしてくれる運転手さんも私も濡れずに済んだ。
 
 こんな大変な観戦になってしまったけれど、終わってみれば無事に帰宅もできたし、寿人が投入されるのも確認できたし、めでたしめでたしな感じ。
 
 タイミングが少しずれていれば、タクシーも足止めされ、車の乗り降りでずぶ濡れになり、翌日 車を取りに行かなければならなくなり、駐車料金もかさみ・・・だった。
 最初の試合中断も もう数分、雷鳴が早かったら寿人の交代を確認する事もなく「寿人出番なかった」となってたよね。
 
 神様のポイントシール 還元されたのかもしれないな。
 

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2017年7月 4日 (火)

久しぶりの ぴっちー号(車椅子)

 
 1日 土曜日、大切な試合を目前にして 私は一生懸命 仏壇にお参りをしていた(ちょっと笑うとこかも)
 
 正座ができないので、いつものように小さな座椅子に座っていたんだけど、途中で左太ももに変な感じがした。
 
 お参りを終えて 夕飯の支度の為に立ち上がろうとしたら・・・立てない! 左太ももに固い棒が入っているかのようで力が入れられない。
 見た目には変化なし。 腫れあがっているわけでもない。
 
 とにかく大事な試合があるので(笑) 夕飯の支度だけはしないと!
 
 杖にすがり、我が家の狭い台所は摑まる処がたくさんあるので、あちこちに摑まりながら移動。
 流し台にお腹を当てて(ぽっこりお腹は支えるのに最適!)体を支え、左足を浮かせたまま 何とか支度を終える。
 
 帰宅した夫と慌ただしく夕飯を食べ、PCの前に座る。
 
 左太ももをさすりながら画面を見ていると、入場直前の選手の様子が映り、寿人が左太ももを 私と同じようにさすっている。
「おんなじとこ さすってるじゃ~ん」と この時はまだ笑う余裕があった。
 
 でも試合が始まると、私の左太ももの違和感はどんどん増してくる。
 試合を見てるのか 自分の左足を睨みつけてるのか・・・うん、これくらいの方が 寿人のシュートチャンスに「それっ!」「ほれっ!」って叫ばなくて済むからいいかも。
 
 自陣深くまで戻って守備してる寿人・・・涙。
 
 後半、考起くんが絶妙なクロスを上げた。
ゴール前の寿人が突っ込んで・・・うっそ~~~!
「寿人ぉ~! これは考起くんに ごめんなさい言わんとーーー!(注:名古屋弁で「ごめんなさいと言わないといけない」」思わず叫んだ。
 
 
 大事な試合に勝てなかった・・・寿人も決定的なチャンスを決められなかった。
 
 すっかり気落ちした私は 早寝(ふて寝に近い)する事に。
 
 力の入らない左足を庇いながら 杖では足らず、松葉杖を2本出してきた。
何とかシャワーを浴びて布団に入ったら・・・左足が伸ばせない!
 
 その可能性は感じてた。
 人工関節置換の手術後は、患肢の下に医療用クッションを置いてくれる。 
って事は、これは手術直後の状態に似てるって事か・・・。
 
  ソファーのクッションをあてがうも低すぎる。重ねても足りない。 座椅子を置いて丁度良いけれど痛い。
 
 押し入れの奥に 手術入院する時用の厚いクッションがあるんだよねぇ・・・。夫に出せるかなぁ。
 頼んでみた。
 ・・・出せなかった。 はい、私の入れ方が悪いんです。
 
  蒸し暑いのと動けないのとで泣きたくなってくる。 涙も出ないし 喉までこみあげてくるわけでもない。 ただ泣きたい気持ち。
 
 自分で台に乗り、なんとか引っ張り出す。
 ああ、やっぱりこれだわ!
 ただ、いつもの使い方では やはり高さが足りず、クッションを立てて そこに膝を乗せて丁度良くなる。
 
 人工関節が緩んだんだろうな・・・。
 手術だなぁ・・・。
 左は置換してから まだ5年しか経ってないのに。 
 手術は眠ってるからいいけど、術後の 寝返りも自分でできない2日目からがしんどいんだよねぇ・・・車いすが許可されても、ベッドから車椅子への移動や便座に座るのさえ大変だし痛いし、ああ またあの苦しみを味わわないといけないのか・・・。
 
 寝付けないまま日曜日の朝を迎える。
 
 救急外来にかかったところで何ができるわけでもないので 家でじっとしていた。
 それでも入院に備えて、食材を使いきっておきたい。
 松葉杖をつくと両手が使えないの。 ああ、不便だ。
 
 ここ数年、杖無しで外出する事が増えた。
 室内で家事する時も「ああ、以前は ここでいちいち杖を持ってて面倒だったなぁ。私 よくやってたなぁ。今は 多少 庇う事はあっても 両手が使えてありがたいなぁ」と、頻繁に思ってた。
 松葉杖ついてリュックを背負って買い物に行ってた・・・若かったからできたけど、もう無理だ・・・とも思った。
 それが…無理でもしなくちゃいけなくなるんだ。 
 
 日曜日は クッションを立てた姿勢で うとうと寝てばかり。
 激痛では無いけど、強い違和感。 激痛よりマシかな・・・と思える余裕はある。
 上手な寝方がわかったので、日曜日の夜は泣きそうにはならずに 翌日の通院に備えて早寝した。
 
 日曜日に 夫に頼んで車椅子のタイヤに空気を入れてもらった。
 
 月曜日、自分で運転し 車椅子で病院へ行って来た。
 あ~~ぴっちー号は快適~♪
 
 杖無しで外出しても、折り畳み杖は持っているし、慎重に歩いてるし、あちこちに無理をさせてるので腰が痛くもなる。
 それが車椅子だと そういうストレスが全然ない。
 転ぶ心配もしなくていいしね。
 
 そんな変な喜びを感じつつ、手術の覚悟を固めていく。
 診察が終わったら、あちこちへキャンセルの電話やメールしなくちゃ。
 
 診察後 レントゲン撮影。 はい、予想通り^^
 久しぶりの股関節のレントゲン撮影。 撮影しやすいように、ちゃんとファスナーの無いスカートをはいていった。
 仰向けに寝て左足を真っ直ぐ伸ばせないのも 日曜日よりは伸ばせるようになってた。
 
「両方の親指をくっつけられますか?」
 あ! 私とした事が! 股関節の撮影時の基本姿勢すら すっかり忘れてた!
 ちょっと左膝は浮かせてるけど、親指をくっつけて撮影終わり。
 
「次に 膝をちょっと立てて・・・」
「ラウエンですね」
「え?よくおわかりですね!(笑顔)」
えへっ。
骨頭壊死歴21年、レントゲン写真 何枚撮ってると思うのよ^^ 100枚は越えてるはず。
 
 撮影終えて、診察室に戻る。
 
 若いドクターが 以前の写真と見比べて
「大丈夫ですよ。 緩んでません。良かったですね」
 
 へ? 
 
 人工関節置換手術は きっと予定がびっしりで、その中にどうやって私の手術を組み入れてもらえるんだろうかと考えていたので拍子抜け。
 
 違和感や動けない状況を更に説明して食い下がる(笑)
「左足が長くなってるような気がするんですが ボルトが緩んでるって事はないですか?」
「僕が見た限りでは、それも無いです。綺麗ですよ。隙間も無いし」
 
 今回のような痛みや違和感は 腰などから起きる事もあるそう。 
一番心配なのは感染症だけれど、その症状は無いとのこと。
 
 2012年の手術後の写真を見ながら
 「僕、この手術の時 手術室に居たと思います」
ん~手術室には大勢いたし、術後の診察も 主治医の他に若いドクター達がいっぱい来てくれたのは覚えてるけど、顔も名前も覚えてないわ。
 
 私の苗字が変わってるのと ぴっちー号で思い出してくれたのかな。
 
 手術室に入った時 予備麻酔が効き始めながらも「先生、よろしくお願いします。かっちょいい股関節にしてくださいね」と言って ドクターや看護師さん達を失笑させた事だけは覚えてる。
 
  「緩みの心配は無いので歩いて大丈夫ですよ。 でも心配なので もう一度だけ来てください」と件のドクター。
 
 『心配なので』を3回繰り返されたのは 何か引っかかる事があるんだろうなぁ。
 
 歩いて大丈夫と言われても、ささっとは歩けない。
 
 病院からの帰り道、松葉杖を両方ついて買い物する元気は無かった。
 室内での家事も まだ松葉杖を片方だけつく。
 寝る時のクッションは平置きにできるようになった。
 
 このまま治まってくれるといいのだけれど。

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2017年4月25日 (火)

復活と『自身の乗り遅れ度』を知る

 
 ご心配をおかけしていますが 体調は ほぼ復活したような気がします。
 
  22(土)のグランパスの試合、行けるかなぁ~無理かなぁ~寿人出ないから無理して行かなくてもいいかなぁ~でもチケットもったいないしなぁ~と逡巡してたけれど、当日 外気がすっきりしてたら どんどん行ける気がしてきて出かけた。
 まさに「気圧病」って感じ? 詳しい事は知りませんが…汗。
 
 久しぶりの一人観戦だったので、タクシーを多用しましたが…。
 
 
 
 スタジアムでは レミちゃんが「一人だから心配してた。荷物持つわ」と 入口で待っててくれた^^
 握手会に寿人が出てたら並ぼうかなと思ってた私。 レミちゃんも同じだったもよう。
 
 そして二人が同時刻に
『握手会 ○君と○君と○君だったのでスタジアム内に入ってきちゃった』
『握手会 寿人出ないわ。コンコースの日陰に向かいます』とメール送信しあってた(笑)
 
  握手会に出てくれた選手の皆さん、ごめんなさい!
 
 狙って購入する席も 試合中はほぼ日陰である事を確認して安心した。(前回は曇天時々雨でわからなかった)
 
 寿人が出ていない試合は、シンプルに楽しめる。
応援チャントに合わせて手拍子するのも 鼻歌レベルで唱和するのも 選手のプレーに思わず拍手したり息をのんだり「きゃぁーーー」と叫んでしまったりするのも楽しい。
 
 寿人の出る試合は、寿人を見るのに必死で 寿人が良いプレーしてるか・寿人にいいパスが行くか・寿人が危ない事になってないか・寿人がゴールできるか・・・そんなことばかり気にしちゃって。
 変な力が入ってしまい「試合観戦を楽しむ」とは違う緊張をしてしまう。
 
 寿人の居ない試合が ずっとじゃ困るけれど、ライトなグランパスファンとして 一生懸命 でも楽しく観戦するのもいいなと思ったことでした。
 
 
 そして試合終了後、おもむろに取り出すガラケー。
 
 実は高校のクラス会(先月の同窓会から派生したクラスを越えた飲み会)があるのでした。
 
 いつものように「一応 欠席。 行けそうになったら行く」という特別待遇。
 
 同窓会の日「22日どう?」と聞かれて「試合なんだよねぇ~(ふふふ、いっちょ前にサポーター気取り)でも せっかく名古屋まで来てるしねぇ…けど体がもつかなぁ…」
「迎えに行ったるわ!」と やり取りしてたものの、飲み会だから車で迎えに来て貰うのは申し訳ないし、地下鉄を乗り継いで迎えに来てもらうより、一人でタクシーで行っちゃった方がいいしなぁ…そもそも観戦だけで疲れて帰る可能性が高いわ…って事で、誰にもお迎えをお願いしてなかったのでした。
 
 仲良しのメンバーに「試合終わったから もう店へ行く。まだ2時間あるから付き合って」と電話。
 
  いつものクラス会(という名の 中年の健全な集い)に 今回は 2年の時のクラスメイトが新メンバーに加わってたので、その子達に逢いたかった。
 
 だから顔だけ見て ちょっとしゃべって、ちょっとお腹に入れたら 早々に帰って来るつもりだった。
 
 「ゆうんちへ 皆で遊びに行ったよねぇ」
うんうん あの頃、みんな名古屋市内に住んでて『僻地のゆうんちへ行くのは遠足・小旅行』と言われてたからねぇ。
 
 僻地扱いの事は覚えてなくて「ゆうの お手製プリンを食べたわ~」
あ~~そうそう!! 私が作ったんじゃなくて母だけどね。
 
 当時、近所で流行ってた『ゼラチンを使うプリン』レモン汁にお砂糖を入れたシロップをかけたもの。
 プリンじゃなく 今なら『ババロア』『ムース』とでもいうのだろうか? (注;42年前でもババロアやムースはあった)
 
  そこから「お母さん 元気?」となり アルツハイマーで特養にいる話。
 
 当時お付き合いしてたF君が酔っぱらって「苦労してない人はボケやすいんだぞ」とのたまう。
「苦労してるじゃん。病気の父と娘を抱えて頑張ったじゃん」と反論すると
「そうだけど、ゆうのお袋さん 性格的に なんかこう ほわ~んとしとるだろう」
 
 ほわ~んと…ね。
 
 「ほわ~んと」は ちょっと違うけど、そういう風にみんなの記憶に残ってる母が嬉しかった。
 
 同窓会では挨拶だけで ゆっくり話せなかった子達と た~くさん話せて楽しい時間はアッという間。
 
 
 私が呼んだメンバー4人は5時半からのスタートだったのに、結局 最後まで(お店の都合で9時半解散)居てしまった…。
 
 もちろんそこから二次会に行くメンバーには加わりませんでしたよ。
 
 さて、二次会行かないメンバーで地下鉄駅に降りた時…。
 
 どこで乗り換えるんだったかなぁ…切符どこで買うんだっけなぁ…と きょろきょろする私。
ところが皆は談笑しながら、躊躇なく改札口に向かうではないか!
 
 あれ?切符買わないの?
 戸惑う私に気づいて足を止めるみんな。
 
 Mちゃんが戻って来て 私の切符購入に付き合ってくれた。
切符を買ったのは、どこでも車で行っちゃうNと『僻地』の私だけ。
 
 切符を買わなかった子達は、ピピッだか何だか音をさせて(どういう音だったかも覚えてない)ささ~っと改札口を抜けたのでした。
 
 付き合ってくれたMちゃんも同じように何か(何かって…笑)をかざして改札口を通り抜けました。
 
 えええ~みんな名古屋に通勤してないよ。 
 市内住まいじゃない子もいるよ。
 なのに、みんな『ピピっ』の『ささ~』なんだね!  驚き~。
 
 それが何なのか、どうやって課金してるのか(チャージってやつ?)ぜ~んぜんわかりません。
 
 私 ほんとに遅れてるなぁ…と 実感したのでした。
 
ガラケーだけど ピピっでささ~も知らないけれど、困らないしなぁ…。
 
はい、まぎれもなく「僻地のおばあちゃん」道まっしぐら。
 
 

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2017年4月21日 (金)

すっきりしない日々

 
 腹痛も頭痛も無くなったのに、まだ 家でぐずぐずしてますの…。
 
 PCの前に座っていると 後ろへぐら~っと倒れるような気がしたリ、どうしても横になりたくて布団を敷くと そのまま眠ってしまったり。
 
 
 食事の支度は、流し台に体を預け体重をかけて支えている。
 
 
 作り終えて食卓につくと 手が震えて食べられない。
 
 季節の変わり目、健康な人でも不調になる。
 
 昨今は『気候病』なるものまで有名になって、気圧の変化などで体調を崩すって話題にもなる。
 
  これだろうなぁ…。
 
  私は特に 気温の変化に過敏だし。
 
 先日の内科と眼科の定期診察では どちらも「重篤な変化は無し」だった。
 
 
 ちょっと安心して、その勢いで母の所へも行った(先週行けなかった)けれど、帰りの運転中は もう一秒でも早く家に着きたくて(寝たくて)信号待ちするのも嫌だった。
 
 日中、ちょっと元気だなと思うと、冬物セーターを手洗いしたり、掃除したりできるのに、夜になるとぐったり。
 
 
  入浴もせず早寝が続いてます。
 
  怠け病かなぁ・・・。
 

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2017年4月13日 (木)

またも…

 
 気温上昇・紫外線増量の苦手な季節が近づいてきてるけれど、風が強い分 暑さを感じないで過ごしている。
 
 8日(土)も花曇り後小雨のパロマ瑞穂スタジアムで、寿人は出ないけれど試合観戦をし、満開の桜も楽しんだ。
 
 お日様は照ってないけど、紫外線はけっこう降り注いでるんだろうなぁ…とは思ったんだけど、割と元気だった。
 
 そして日曜日の夕方から 急に体が重くなった。 息苦しい。 ちょっと動くと はぁはぁしちゃう。
 あぁ~やっぱり来たなぁ。 油断してたわ。
 
 月曜日、声の広報ボランティアは ステロイドホルモン剤を3錠に増量してドーピング状態で参加した。
 
 録音室で、いつもならガラス窓の向こうのお姉さま達の様子を見ながら読むのに、この日は座っていてもグラ~っと倒れるような気がして それどころじゃなかった。
 
 火曜日は一日 だら~っとゆっくり家で過ごした。
 
 ところが…その日の夕方から お腹がしくしく痛み出した。
 いやぁ~な痛み。
 
 7時…8時 だんだん 波のある差し込む痛みに変わって来た。
うぅ~これは腸閉塞の痛みだ。
 
 痛みが引いた隙に 夕飯の片づけなどをし、差し込みがくると「うぅぅーーー」と唸って体をねじる。
 早い時刻に布団に入る。
 
 吐き気が来たらアウトだな…と考えながら、痛みが引き…あ、大丈夫かも…うぅぅーーー差し込みが来た! の繰り返し。
 お腹からぎゅるぎゅる音がするので腸は動いている。 吐き気も無い。
 
 
 また救急車かなぁ・・・病院へ行くのなら、深夜の当直の医師よりも、明日の朝、大勢の医師が出てきてからの方がいいなぁ・・・また あの苦しい治療かぁ…。
 こんな事を考えられるのは まだ余裕がある証拠。
 
  最後に腸閉塞で救急車を呼んだ2015年の秋は『鼻から管通して、お腹をぐりぐりされてもいいから、とにかくこの激痛から解放してくれ~~!』だったもん。
 
 夜10時を過ぎた頃、激痛の波の間にうとうとし始めた。
 
 これは、普通の眠気じゃなくて痛みのあまり気が遠くなってるのかもしれない・・・とも思ったけれど、本当に眠ってしまって 11時に目覚めた時は それまで5分おきだった差し込みが1時間なかったことに気づく。
 
 大丈夫かも。
 12(水) 朝食を食べる気にもならず、でも薬を飲まないといけないので、一口だけ。
夫を送り出したら眠る…眠る…どれだけ寝ても眠れる。
 
 目の焦点が合わなくなってきたし、軽く頭痛もする。
 
 母の所へも行けなかった。
 
 お昼も クッキーを2枚と温めた牛乳のみ。
 
 差し込む激痛は無くなったけれど、まだお腹は痛い。 食欲も無い。
 
 夜、夫の分の夕飯を作り、自分はおかゆと、魚を一口二口、野菜の煮たのも一口。
 おかげで体重は減った。 
 ここんとこ、急激に体重が増加(3日で1キロ)してたので その分は戻した。
 
 今朝、おならが出たので(花桃ゆうは おならなんかしないと思ってた人…申し訳ない! …します)腸閉塞の可能性は無い。
 でも まだ う○こさんが出てないのよね…。 
 
 そしてお昼。
 ちょっとお腹すいた感じがする。 でも怖いから 昨日と同じくクッキーと温めた牛乳のみ。
ん~この甘くなった口に、ちょっと辛いもの…せんべいとか 食べたいな。
 
 おぉ…食欲が普通になってきてる。
 
 でも まだお腹痛いんです~。
 
 体重が増加すると、自分で運動やダイエットをするのではなく「あ~ また入院すれば減るんだけどなぁ~」と 変な逃げ道を考える。
 
 こんな事を考えてるとダメだよね。
 
 なんとかこのまま治まりますように。
 
 苦手な季節を目前にして 神様が警報を鳴らしてくれたと思おう。

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2017年2月23日 (木)

『無罪放免』に近づいたかも?

「中心性漿液性脈絡網膜症」と診断されてもう1年3ヶ月。
 
 ちょっと良くなったか(見え方は変わらないが)と思うと、また水膨れが大きくなっていて「あまり繰り返すようなら、大学病院で精査」と言われ、次に行くと ちょっと小さくなってて「もう少し観察しましょう」を繰り返してきた。
 
 ずっと『執行猶予』の身。
 
 
 火曜日は、眼科の医師が代わって初の診察。
 
 新しい医師は、大学病院との繋がりが深く、1年以上も症状が治まらない私は、とっとと紹介されるかもしれないなぁと思ってた。
 
 近頃、右目だけで見た時、真ん中にあった黒い部分が薄くなっているのは良い傾向だと自己判断してるけど、ゆがみ・眩しさと暗いと見えないのは相変わらず。
 
 大学病院かぁ・・・行くならあまり暑くなる前の方がいいかなぁ・・・でも運転しては行けないしなぁ(瞳孔を開くので帰りの運転ができない)と 色々 考えて憂鬱になってた。
 
 視力検査、右目は丸が楕円形になってる。上から4段目くらいで もう怪しい。
左目に変わると、かなり下の方まで見える。
 
 網膜の写真を撮る時、赤い線は相変わらず湾曲してたなぁ・・・。 左目の時はちゃんと真っ直ぐなのに。
 
 診察室前で待つ間、大学病院へ行く日程を心づもりする。
 
 呼ばれて いざ診察室へ。
 新しい医師が丁寧に自己紹介してくれて・・・「良くなってますよ」
え?
「ほとんど水は無くなってます」
そうなんですか!
「前の先生から引き継いで、今日、症状に変化が無ければ 積極的治療に入るつもりでしたが、今の段階では その必要はありませんね」
え~~~~! ありがとうございます~~~!
 
 そして写真を拡大して「普通は この層が三層に綺麗に分かれてるんですが、花桃さんの場合は、もうここの細胞がぐちゃぐちゃですねぇ」と 普通の綺麗な三層の写真も指し示して違いを説明してくれる。
 
 「視力が回復する患者さんもみえますが、ゆがみは残りますねぇ」
そうですか。
 
 この時、私は大学病院精査が当分無くなった事で浮き足立ってました。
 
 ゆがみも視力低下も、両目で見る事で うまく調整してるし 慣れて来た。
こうやっていろんな不便を受け入れてきてるんだよねぇ。
 
 夜間の運転ができないのは不便ではある。
 
 美容院の帰りが暗くなってしまった時などは、いつも通る10分弱の道なので慎重に運転するけれど、飲み会に行く夫を店や駅まで送るのは近くても 夫が頑なに拒否するので 申し訳ないけど自力で行ってもらってる。
 
 滅多に走らない道は無理。
カーブの先が真っ暗闇で思わずブレーキ踏みたくなるし、対向車線の車のライトが眩しくて思わず目を閉じてしまうし。 もともと 運転は苦手だからねぇ。
 
 
 続いて内科の定期診察も大きな問題は無く(異常値はある)晴れ晴れとした気持ちで母のところへ行ったのでした。
 
  ぐちゃぐちゃの細胞も 一生懸命 お参りしたら再生するかも!
せめて右目の視力を もう少し上げたい。 これ以上落ちるのは避けたい。
 
 頑張るぞーーー!
 

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2016年11月14日 (月)

ポンコツだけど壊れない

 先日、内科の定期診察で主治医が
「僕の患者さんも随分少なくなった」と。
『僕の患者さん』とは、W先生が大学病院から市民病院へ異動する時、一緒に付いてきた私のような者。
 
 
「お元気になって卒業って事ですか?」 (可能性が低いと思いつつ)
「…そういう人は居ないなぁ」 (ですよね)
「………」
「そんな中で、花桃さんは 上手くコントロールできてる」
「そうなんですね」
「人工透析にもなってないしなぁ」
 
そうだった。
発病当時、腎臓が一番悪くなってて、当時の主治医には「いずれは人工透析」と言われた。その後、再燃する時もいつも腎臓が一番悪さをする。
一緒に入院しているネフローゼの子達にステロイドホルモン剤の効果が出て、蛋白尿がみるみる改善していく中で、私だけは一向に減らなかった。
 
そんな弱っちい腎臓なのに、発病して37年過ぎた今も頑張ってくれてるんだ。
 
骨頭壊死に、近頃は中心性漿液性脈絡網膜症まで発症して『それでも落ち込まず、感謝さえしながら生活を楽しむ私って偉いなぁ』と自分を褒めてたけど、ちょっと違ってた。
 
人工透析になってても不思議じゃないのに、まだ保ってる事を当たり前と思わず、もっともっと感謝しなきゃ。
「私、幸運ですねぇ」
見えない力に守られているのを感じ嬉しくて ちょっと涙が出そうだった。
 
「ただ、入院は花桃さんが一番多いけどね」
えへへっ。
だって入院 嫌いじゃないからね~。
「まあ、それも対応が早かったって事だな」とW先生。
ですね…。
 
 さて、そんな『健気』な私ですが(笑)
10月初めに「足を鍛える為に、早朝トレーニングをする!」と宣言したのを覚えておいででしょうか?
その時「とりあえず一ヶ月は頑張る。 それ過ぎたら寒くなるから止めるかも」とも書いた記憶がある。
 
 11月になって…宣言通り終了しました~~~。 だって想像以上に寒くなったんだもん。
 
花桃の『早朝トレーニング(朝のゴミ出しのついでにマンション前の児童公園を一周歩く…400歩)』は、『短期集中トレーニング』として完結いたしました。
 こういうところは正真正銘のぽんこつだ。

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2016年10月24日 (月)

『執行猶予』から『無罪放免』に?

大げさな件名から始まりましたが…。
中心性漿液性脈絡網膜症の発症から 加齢黄斑変性のリスクの高さまで指摘され、このブログで「失明したら…」などと言って、ご心配をおかけしております。
 
先週の眼科診察は、主治医の異動により新しい先生。
前の先生からは「別の先生の意見も聞いてみるのも良いと思います」と、実質セカンドオピニオン。
瞳孔を開いての写真は…私が見ても 8月の診察時より網膜の水膨れが小さくなっているのがわかる。
新しい先生は、具体的に大きさを数値で教えてくれた。
 
初診察から一回は「水膨れが小さくなってます」だったのに、5月にまた大きくなり「次の診察で回復傾向が見られなければ 名大で精査」と。
それが8月に小さくなって「精査は執行猶予」だった。
今回、さらに小さくなって「加齢黄斑変性の可能性は 今のところ無いと考えてもいいです」って。
「じゃあ、名大での精査は?」
「それも この状態なら必要ありません」
…ほっ。
でも…診察前の視力検査では、右目の視力が著しく落ちてた!
おそらく前回の検査結果を元に 最初に指す場所は決まっているんでしょうけれど、上から4番目あたりを指されて…全然見えない!!
「全然 わかりません」
終わってから、検査技師さんが「かなり落ちましたね」と ちらっと漏らす。
診察でそれを言うと「見え方は、その時々によって違う事がありますからねぇ」
「目がごろごろする(診察の直前からだったんだけど)」と訴えると
「瞼をひっくり返したことありますか?」とドクター。
子どもの頃、自分の瞼をひっくり返して見せる男子いたよねぇ~。
「ぎゃぁ~~やめて~~~!」と笑いながらのけぞったっけ。
「自分ではしたことありません」(内心、怖い~)
「今からひっくり返します。ちょっと違和感ありますよ」
…で ひっくり返される。
自分では 思ったほどの痛みや違和感は無かった。(見てる方は面白衝撃だったでしょう)
で「結膜に小さいブツブツが いくつかあります。大きくなったら手術で除去もしますが、まだその段階ではないです」
ドライアイの指摘も受けて、目薬が処方された。
2010年、外転神経麻痺で受診して以来、初めての目薬処方~☆
子どもの頃から 結膜炎やトラホームで、目薬常用の私は『目の病気は まず目薬で対応する!』と思ってるので、やっと治療ができると思えて嬉しい。
って事で、良い方向に向かっているのは間違いないんだけれど…視力の低下は?
相変わらず歪むし、真ん中は黒いし、眩しいし、暗いと見えないし…ですけど。
最近、ネットで知った。
中心性漿液性脈絡網膜症の原因の一つに「膠原病でのステロイドホルモン剤服用」がありました。
こんなに仲良く付き合ってる私なのに、SLEの意地悪は なかなか終わりませんねぇ。
 
 
 

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2016年8月25日 (木)

一筋のひかり

 エアコンの室内に居ても、体が重い…。
贅沢だと自覚してるけど『外の暑さを体感しちゃう』この体。
 そんな中でも 母のところへは頑張って行く。 
…そして無反応な母と過ごす。
 食事の介助をすると、急に口を開かなくなる。
これは「いらない」っていう表現なのかな? だとしたら貴重な意思表示だ。
 支援員さんから「食事の摂取量が減っているので、お好きな食べ物を持って来てください」と言われているので、いろいろ持って行ってる。
 
 支援員さんからの報告をもとに 先日 持って行った甘辛のから揚げは それまで閉じていた口を開いてくれたので、あ、これは好きなんだ^^と、ほっとする。
 でも…歯磨きが また難しい。
うがいした水を飲んじゃう(涙)
 『汚い水だから 飲まないで。 ぺって出して』と書いて、ガーグルベース(自称・入院の達人である私の恵)を口元にあてがうと 以前は出してくれたのに、効果なく飲んでしまう。
 思わず「お母さん…どうしたら出してくれるの~」と 溜息交じりにつぶやいてしまう。
 これを毎日してくれる支援員さん達は、本当に偉いなぁ。
 母の声が聴きたい。 笑った顔が見たい。 そりゃ「ゆうこ」って呼んでほしい。
 虚しさばかりが募る。
 そして、私の体も、どんどん故障が増える。
モートン病と言うらしい、足の裏の痛み。
布団の中で伸びをした瞬間に肋骨にひびが入る(もう何回も繰り返してる)
 体のあちこちが痛むのをだましだまし動く。 痛まないように動くコツは身についているので、すぐに「最小限の痛みで動ける」ようにはなる。
 でもね…たえず体のどこかが痛いのって、心も病むよねぇ…。
 頭皮と顔から大量の汗が出るので、思い切って短く切った髪も なんだかおさまりが悪く、体重も2キロ増えて、おしゃれをする気も落ちた。
 寿人はゴールどころか、試合出場時間も減ってるし…。
 なんだかもう やりきれない。
 もっと大変な症状を抱えながら笑顔で生活している人達もいるのは承知しています。
私も 眉間にしわを寄せて じっと縮こまっているわけでなく、不自由ながらも生活を楽しむ事もできてるんだけどね。
 そして この数ヶ月の一番の問題の目。
相変わらず歪むし暗いし、左右で見る視力もどんどん落ちてるし、重い気分で眼科の定期診察を受けたところ…。
 「水膨れが小さくなってますよ」
 え~~~。
 「自覚症状はどうですか?」
 全然 変わらないです。
 「視力も1.0 出てますし」
 え~ そうなんですか~。
 以前の写真と比べながら説明してくれる。
自覚症状は全然 改善してないけれど、これだけ見せられると「良くなってるんだ」と思わざるを得ない。
 「やっぱり嬉しいですね(ニコッ)」
 「二ヶ月先に また検査しましょう。 そこでまた再発してたら、今度こそ 大学病院で精密検査です」
 はぁ~い。
 欲が出て「水膨れが完全に消えたら、また元のように見えるようになるんですか?」と聞いてみる。
「う~ん、花桃さんの場合は、どうかなぁ~。これだけ再発を繰り返してるとねぇ…」
 正直なドクター(笑
 おまけに近々 異動になるので、次の診察は別のドクター。
「新しい先生に また診てもらってください」
 うん、別の目で診てもらうのも良いかも。 実質、セカンドオピニオン。
 悪い事ばかりが際立ってしまう中、一筋の光だわ。
 
 

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