病気(SLE・骨頭壊死など)

2020年4月 7日 (火)

痛いのが当たり前

 一ヶ月ほど前だったかなぁ…いつも痛い左足が全然痛くなくなった!

左足が軽くて、体も軽くて、ふわ~っと飛びそうな感じがして、スキップしたいくらいだった(しないけど!)

掃除機をかけながら「うわぁ~~♪ こんなに痛くなく掃除機かけられるのしあわせーーー!」と 何度もつぶやいた。

 

 それが続いたのは一週間くらいだったかな。

 

 ある日突然 杖を頼りにしても痛くて痛くて歩けなくなる。 はぁ・・・またか。

人工股関節に問題が起きたのかな? 過去には 整形外科でレントゲン写真撮ってもらって「緩んでませんよ」と言われて安心して、痛みも和らぐ・・・って事 度々 あった。

 足首に錘を巻いて 布団の上で股関節周りの筋肉を鍛える運動をして、湿布も貼って・・・数日後には杖でスタスタ歩けるようになる。

室内でも杖は使うけれど、痛みが和らいでくると 両手を使う為に壁に立てかけた杖を そのまま忘れて移動する事が増えて『あ、もう室内では杖不要ね』となる。

 たまに『杖をつこうが、どうしようが、足の裏を地面につけただけで激痛』って事もあり、それに比べると『面倒臭いけど、室内で杖で家事できればマシ』と思える。

 でもね・・・全然痛くないのを味わうと「あ~これが普通だよね」と思い出す。

 両手で掃除機を操り 身軽に動ける幸せを堪能してから、また少しずつ痛みは戻り、4日(土)は、桜の写真を撮りに杖をついて出かけた。

写真撮る時は 杖は夫に預けたり、側に立てかけたり。スマホの画面に夢中になって転倒しないように、気を付けて気を付けて。

そしたら5日(日)室内での移動時 痛みを逃がす為に上体を揺らして歩かなければいけなくなった。

 また自然に和らぐといいなぁ…夜になっても痛みは変わらず…あぁ…気が滅入る。

 

 それが月曜日の朝、夕べの痛みを警戒しながら いつものように布団から(工夫したポーズで)立ち上がった時「あ…普通の痛みになってる!」

『普通の痛み』って・・・泣笑。

 この痛みなら、室内での移動は杖無しでも大丈夫。 家事する時 杖は邪魔なのよ。(助けてもらってるのに邪魔扱いしてごめんね)

「あぁ~良かった☆」

 夕べの憂鬱な気分は一掃された。

 

 そして今日も『普通の痛み』をお供に暮らしております。

またいつか『あら? 全然痛くない! うわぁ~~~☆ 軽くて飛べそう~☆』な日を味わえますように。

…健気! 笑

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2020年2月 5日 (水)

甘い誘惑

 花桃ブログを読んでくださってる皆様・・・先週 更新してから1週間が過ぎました。

え? まだ治って無なかったの? と 思われますよねぇ~。

長年の付き合いの方は想定内ですね。

 

 週末辺りから 気持ち悪いのが少し楽になってた。 でも どうしても起きていられない。

『入院したいなぁ~』ぼんやり思い始める。

点滴(ぶとう糖とか?)すれば元気になるかも~(あくまでも素人の浅はかな考え)

 どうせ寝てるだけなら入院してる方が楽だよねぇ、夫の負担も多少は減るし。寝てても検査してもらえるし。

 

 4日(火)は、月に一度の内科の定期診察日。 総合病院って色々便利なんだけど、体がしんどい時は『病院へ行く』事がしんどい。

・駐車場から院内までが遠い。

・院内での移動も長距離。

・会計などの手続きも面倒。

普段の通院の時は『ほんとにK市民病院っていいわ~。手続きの導線もシンプルだし』と思うのに、体がしんどい時は 全てが億劫で『家で寝ていたい』になっちゃう。

 

 それが少しだけ回復してきたのと、夫が同行してくれる事になって、ちょっと元気に。

そこでまた『入院したいなぁ~♪』が頭をもたげてくる。

 

「あたくし、ただいま 別荘におります。世間では市民病院に入院しているとも言います」とのフレーズで始まるブログも 長年にわたり幾度も更新してきた。

それくらい『身近で安心できる』のが 私の入院。

 先週半ばまでは『先生に 入院したいって頼もう!』と思ってたのが、回復と共に『入院した方が楽だよねぇ~』『どうしようかなぁ~』『入院したいと言えば させてくれるよねぇ』となり 月曜日には『先生が入院するか?って聞いたらしようかなぁ』と 自分から頼む程ではなくなった。

 

 とりあえず『入院セット』は、夫にわかるようにしておいた。下着などもそこに入れた。「入院」と言われたら、夫が荷物を取りに戻ってすぐわかるようにね。

 体調不良の時は、それまでの経過をメモ書きにして持って行く。

一番しんどい時期は過ぎているので、私もかなりしっかりしていて、W先生もそんな私を見て さほど深刻ではない表情。

胸の音を聞いて「嫌な音はしないぞ」 背中の音も聞いて「ん? 右側にザラザラした音があるなぁ。これはちょっと気に入らんなぁ・・・胸のレントゲンだけ撮って来られるか?」 もちろんでございます! ちゃんと簡単に着脱し撮影できるよう着る物も選んでまいりましたの。

一瞥するなりW先生「さすがエキスパートだなぁ! あッはッは!」 褒められたーーー☆

長年お世話になって信頼関係もあるW先生の豪放磊落な対応には いつもいつも元気づけられる。

 

 ここで『自慢のK市民病院』のメリットが活きまして、W先生からレントゲン室にPCで依頼がすでに行き、私は車椅子でシャーっと行って撮影し、3分後には診察室に戻る。

レントゲンを凝視したW先生「問題無いな」「ただの風邪だったんだろう」 (⌒▽⌒)アハハ! 安心した~。

 ここ数日、私の最終手段・伝家の宝刀『ステロイドホルモン剤大量投与』をしてたのを「ステロイドも そんなに飲まなくていい。元に戻していい」はーい♪

 

 珍しく心配してついて来てくれた夫に安心の報告。 病院の食堂で遅い昼食。 ずっと食べてないので、きしめんをお椀にとって少しだけ。夫のおかずも少しずつ貰う。

 はぁ・・・美味しい・・・胃にしみわたる。

 

 『入院した方が楽だよ・・・』との囁きも消えた。 やっぱり家に居ないとできない事があるからね。

車検・免許更新・ドアフォンの付け替え・年金事務所への手続き・・・キャンセルや延期した事がいくつも。

 まだ本調子では無いけれど、食欲が出て来たのは良い兆候。

 

 仕事も休み、ボランティアも他のメンバーに頼んだ。

少しずつ 片付けて行かないと。

 

『入院しない年月更新』が 新年早々 止まる処だったけど、クリアできました。

 

 夫になるべく負担をかけないように『ちょっとだけ無理すればできる事』は、頑張って自力でこなして来た私だけれど、ここ数年 夫への負担がどんどん増してるなぁ。

 甘えさせてもらえる事に感謝。 でも自分がちょっと情けない。

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2019年12月18日 (水)

知らないよねぇ…

 先日、長久手にある『シンシアの丘(介助犬訓練センター)』の見学会に行った。

見学者が集合した部屋で 訓練士や介助犬ユーザーの話を聞く時間。

40代の介助犬ユーザーの男性は、車椅子ユーザーながら サーフィンもする日焼けしたスポーティな人。

「身障者駐車場に止めると白い目で見られる事がある(上半身しか見えないから)」との話に会場が和む。

 私はというと・・・彼と、もう一人 見学者の中に居た車椅子ユーザーの男性(おそらく介助犬を利用する予定)の車椅子が気になって気になって(笑

 その日は、長距離を歩かなくても良いので 私は車椅子ではなく杖での参加。

 見学者の男性の事は後ろから好きなだけ眺められるので、めちゃくちゃかっちょいい車椅子を凝視。押し手がついてないけど、長い上り坂はどうするんだろう? 座椅子の下に荷物を入れるネットがついてるけど、車椅子を畳む時はどうなるんだろう? おいくら万円なんだろう?

 介助犬ユーザーの男性の興味深い験談は続く。

「雨の日は、(介助犬の)散歩ができないので、イオンへ行って散歩とします。介助犬をたくさんの人に知ってもらう機会でもあるので」

なるほどね! わんちゃんの散歩とPR活動なんだ。

「雨の日は、リム(車椅子の車輪と並行してついている)が濡れて車椅子を走らせるのが難しいんですよね」

思わず『うんうん!』と大きく頷く私。 車椅子見学者の彼も同様に頷いてる。

 雨の中 車椅子で長距離走行する機会は滅多にない私だけれど、今年3月、ジェフ千葉の試合観戦にフクダ電子アリーナへ行った時、不本意ながら体験する事となった。

 長い下り坂を走行する時は楽だけど、リムを握ってブレーキをかけ続けると摩擦が起きて熱いし痛い。 で、いぼいぼのついた手袋を車椅子のポケットに入れてある。

 あの日は、スタジアムのトイレに入った時、左手の手袋を落として気づかずに出て来てしまった。

初めてで不慣れなスタジアムを早めに出て、タクシーを呼ぶ為に移動する最中、素手の左手で掴むリムが雨で滑って滑って(涙)

右手と力が均等にならないので真っ直ぐ進まないし。 素手の左手に無理やり力を加えると 結婚指輪の存在までが痛みを生む。

 

 こういう事は 経験者しか知らないよねぇ。

 

 以前、新幹線ホームの待合室の中から 売店を見るともなく見ていると、杖をついた女性が買い物に来た。私よりうんと背が高く足も長い。

杖歩行する時の私がいつもするように、杖を立てかけて支払いを済ませたその時、杖が倒れた。

「あ!」と思わず声が出てしまう私。

案の定、かの女性は片足を後ろに真っ直ぐ伸ばして上げて(女性ゴルファーがカップの中のボールを拾いあげる時に似てる)杖を拾おうとしてる。屈めないのよね。

足が長いから地面までが遠い。 あぁ~~誰か拾ってあげて~~~! 私が車椅子で駆け寄っても、車椅子に座ってると 地面に落ちたものは拾えないのよ~~泣。

 何とか拾い上げた女性を見て ホッとする。

倒れた杖が拾えないなんて 普通は知らないよね。

 

 数年前、一緒にカラオケに行ってレジに立てかけた杖が倒れた時、ちょこちょこちょこっと回り込んで かいがいしく杖を拾ってくれた2歳児が居たなぁ。

カッカとの雑談の中で「杖が倒れると拾うのが大変なの」と言ってるのを ちゃんと聞いていたここちゃん(笑

 夫も 倒れた杖はもちろん、靴を脱がなければいけない店などでは、私が脱いだ靴を拾い上げて靴箱に入れたり、出して三和土に置くのは当たり前のようにやってくれる(ようになった…笑)

 これも知らない人には『夫をしもべにしてる横着な妻』に見えるだろうね。

 

 介助犬が居てくれたら、拾ってもらえるし、長い登坂は引っ張ってもらえるし、助かるだろうな…とは思った。

でもね・・・わんちゃんのお世話をする自信が無い。

 

 件のユーザーの体験談の後は 質問タイムもあった。

「散歩はどれくらいする?」「訓練士にはどうやればなれる?」「排泄はどうやってさせる?」介助犬に関心のある人たちの率直な質問がいくつも。

「どうやって車椅子を自動車に載せるのか」は、さすがに聞けなかったわ~。

 

 

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2019年12月 4日 (水)

ぴっちぃ号なんて・・・涙

11月24日、フクダ電子アリーナでのジェフの今季最終戦を見終えて帰宅し、最初の思いは「あぁ~、もうこれで3ヶ月はぴっちぃ号(マイ車椅子)で外出しなくていい」だった。

 2015年に 中心性漿液性脈絡網膜症を発症してから、私の唯一の遠出『広島への観戦旅』は 無事に帰宅できるようにと祈って出かけるのが常となった。

 2017・2018年と グランパスを応援できる夢のような時間を過ごしたけれど、眩暈が起きるようになり、普段 歩かないから足の筋力が衰え、転倒の危険も増し 長時間の歩行ができなくなった。

 それでも2019年、車椅子で千葉まで行く事 9回。

 11月3・4日の帰り、京葉線から新幹線ホームに行く途中、いくつかのエレベーターで行列待ちがあり、余裕をもたせて買ったあった新幹線指定席チケットギリギリにしか乗れなかった。

 帰宅後 夫にその話をしたのだけれど・・・。

24日、ホーム最終戦は夫同伴で、勇人お兄ちゃんの引退セレモニーの途中で出て来て、余裕をもって新幹線に乗れるはずだった。

それが・・・京葉線東京駅のホームのエレベーター前の行列を見て 夫が「これはすごい・・・」と。

でしょ~。 この前の私の話 大げさだと思って聞いてたな(笑

 TDL帰りのベビーカー・大きなスーツケースを持った外国人旅行者が ずら~り! 

「私はここで待つから、階段やエスカレーターで先に行って」と提案。

「いいよ、一緒に待つ」と言ってた夫も なかなか進まない行列に焦れてきた様子。

「このままだと またお弁当買えないから(11月4日買えなかった)別行動にしよ。悪いけど お弁当二人分 買っておいて」

「では、新幹線ホームで会いましょう!」と別れた。

再会したのは、25分後。夫は二人分のお弁当と東京土産のお菓子も買って 私より5分早く着いてた。

 

ふー。 夫同伴で良かった。

 

 名古屋駅から在来線に乗り継ぐ改札口を通ると 女性係員に呼び止められる。

「車椅子の方はホームで見守るきまりなので ちょっとお待ちください」

あぁ・・・またこれだ。

「今日は夫が居るんですけど、それでもだめですか?」

「はい、きまりなんで」と電話をし始める。

夫も「僕が介助するんですけど」と言い募るも「見守るきまりなんです。ちょっとお待ちください」

疲れが怒りに変わった。

「急ぐんで すみません」と改札口を離れつつ「もぉ~ 鬱陶しい・・・」と思わず口に出た。

すでにホームに来ていた列車に乗り込みながら 件の女性係員には悪い事したなぁ・・・と反省しつつ、でも!と思う。

これは逆差別ではないのか?

 出かける時の在来線駅の改札口でも必ず「お手伝いしましょうか?」「お手伝い必要ですか?」と声はかけてくれる。

「ありがとうございます。大丈夫です。必要ありません」と答えれば そのまま済む。

 名古屋駅の改札口の係員さんの言う『見守るきまり』なら、泥酔者・杖などをついて歩行が不安定なお年寄り・ベビーカー・・・全て 見守る必要あるんじゃない?

 なぜ車椅子に限って見守らなければいけないの? 私はいつもホームでは端っこには寄らず、線路と直角にならず平行に止めて いちいちロックもかけてる。

そんな私をどう見守るの? 見守らなければ何が心配なの? 車椅子の私は そんなに世話のかかる存在なの?

 

 こんな事で疲労度Maxになって帰宅したわけ。

でもね、もうすでに私は『ぴっちぃ号嫌だアレルギー』が起きてたんだと思う。

今季、千葉へぴっちぃ号で通い、タクシーを呼ぶのに苦労もし、なんだか面倒な事がいっぱいだった。

舗道を車椅子で けっこうな時間 走り続けるのもしんどかった。練習場での観覧やファンサービスも 場所をとるし、人目を引くし(誰も見てないかもしれないけど)肩身が狭かった。

 車椅子を恥じた事は無かったけれど、この数ヶ月、自分が老いた事と重ね合わせて『車椅子に乗って寿人を追っかける自分』を客観的に『みっともないな・・・』と思うようになってきてた。

 

 広島時代、最初は杖で、途中から手術してない左股関節の痛みが増して来て車椅子で行くように。まだ若かった。

でも 前日練習見学後のファンサービスで 行きたいスペースに移動できない事がじれったくて(日常生活では車椅子と杖と併用し不満なし)左股関節も人工関節置換する決断に至った。

 術後、杖で(時に 折り畳み杖をバッグに入れて普通に歩行して)広島へ行くようになった時「あぁ、私 車椅子でよく来たわ・・・もう二度と あんな面倒な事は嫌だ」と思ったっけ。

 その面倒な事を還暦前に再開する事になり、還暦の今季も最初は当たり前のように(感謝する事もあり)車椅子で千葉へ来た。

無意識に『すごく頑張った』『ちょっと無理してた』のが どんどん溜まって 溢れちゃったんだろうなぁ。

 

 

 夫に そんな事を話したら「また春になったら、車椅子アレルギーも治まって 行けるようになるよ」でした。

うん、さもありなん。

 

 ぴっちぃ号・・・ごめんね。 嫌だなんて言って。

あなたに罪は無いのよ。 感謝するばかりなんだよ。 

でも 今はアレルギー反応中。

 

 

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2019年11月 6日 (水)

ぴっちー号で 新ルート

 ジェフの試合観戦、スタジアムから帰る時のタクシー『呼んでも来てもらえない』事が続き、蘇我駅(そこにはタクシーが居るので千葉駅前のホテルへ)まで車椅子で走る事が普通になった。

ならば最初から蘇我駅近くで泊まろう!

 とういう訳で3日は 初めて東京駅から京葉線で蘇我駅へ。

せっかく品川駅で総武線に乗り換えるのが上手になったのに・・・。東京駅で総武線に乗り換えるのも もう1回やれば完璧になると自信もあったのに。

 東京駅 広いんだよねぇ~。乗り換えが難しいんだよねぇ~。案内表示を見て移動して目的のホームが目の前なのに 最後に『エスカレーターと階段しかありませーん』って事があるんだよねぇー。そこからスロープやエレベーターを探して流離うんだよね・・・涙。

 以前、東京駅で貰った構内図を見て予習もしっかり。 

でも平面図でいくら勉強しても 実際に行かないとわからないんだよねぇ。一度行くと 平面図を見た時「ああ、ここだ」って分るんだけど。

 

 事前に調べて作った『乗り換え予定表』発車時刻・ホーム・行き先。 裸眼でも見えるように黒サインペンで大きく書いたものをバッグの外ポケットに入れてある。

 以前の総武線乗り換えの記憶を参考にしつつ、余分な走りもなくホームへ行けた。 ただ・・・距離がある! 車椅子じゃなかったら途中で動けなくなってるわ。 滑らかで平らな所を移動するのは車椅子最強☆自転車だよね。

 

 蘇我駅で初めて降りた。 タクシーを待った事のある駅前も改札口から出ると 違って見える。

ホテルに荷物を預け、友達と待ち合わせて一緒にスタジアムへ。 昼間だし、押してもらうのは怖いから 一人でも行けるけど、やっぱり同行者がいてくれるのは心強い。

 

 勝ち試合の帰りも友達が付き合ってくれる。

あ~スムーズに来られたなぁ~♪ 

 

 4日は、練習場でのトレーニングゲーム見学。 午後からイオンで 寿人と勇人お兄ちゃんのトークショーがあるので、それも行く予定。

トレーニングゲーム中・・・トイレに行きたい(苦) ちゃんと前もって行っておいたのに・・・。スタンドの皆さんの前を車椅子で走り抜けるのって ちょっと気を遣うのよね。

 案の定 狭い所を速く走り抜けようとして柱に当たり、周りの人に声をあげさせてしまった。

トイレを済ませて戻り、後半は私が居る方に寿人が攻めてくる。 これは絶対に見逃せない。

・・・なのに・・・なのに! またトイレに行きたくなっちゃったんだよ~~~涙。 これが老人。しばらく我慢する。

寿人 そろそろ交代じゃない? それまで我慢する。

・・・え~~全然 交代しないじゃん。 また膀胱炎になっても困るし・・・あぁ~~~ん! もう我慢できない!

 

 スタンドに居る広島からと名古屋からの友達に「またトイレ」と目配せしつつ、2回目の『スタンド最前列走行』そして 1回目と同じ場所で柱に当たる。 これは 私の技術のせいではないね。気づかない傾斜があるんだわ。もう やだぁ~~涙。

 

 トイレを済ませて、もうスタンドに戻る勇気が無かった。 またみんなの前を走るの恥ずかしい。かといって入り口では寿人が見えない。

もういいわ・・・イベントに行こう(涙)

 気持ちは とぼとぼと、実際は車椅子をころころと走らせてホテルへ。舗道はでこぼこしてるからシャーっと走れないのもある。

ホテルで荷物を受け取ってタクシーを呼んでもらうと・・・すぐ来た! ほぉ☆

 

 でもイオンの入り口がわからず。年配の運転手さんがメーターを止めてくれて 迷い込んだ駐車場の料金は「僕が払いますから」と言ってくれて(要らなかった)二人で「こっちかな」「あっちかな」で 無事 たどり着く。

 

 トレーニングゲームの後 ファンサービスを受ける人達より早く到着したはず。 整理券も貰った。

でもね・・・車椅子で観覧席に並ぶのがちょっと・・・。邪魔だろうなぁとか、目立つよねぇ・・・とか思ってしまって。

事前に予習しておいた通り、吹き抜けの2階から見よう♪

 広島からいらしてる友達が「一緒に」と誘ってくれたけど「ここが特等席だから」とお断りして。

 

 トークショーを堪能し、サッカー教室は諦めて さて どうやって帰りましょうか。

行きのタクシーの運転手さんに「帰りは東京駅へ行くんだけど、タクシーだと遠いですか?」と聞いたら「蘇我駅からここまでよりも かなり遠いから タクシーは・・・」と教えてくれた。

 じゃあ近くて申し訳ないけど、海浜幕張駅までタクシーで行くしかないね。 イオンならタクシー待ってるでしょ。 

 

 待ってなかったーーー!

 

 タクシー乗り場には タクシー会社へ直通の電話があり、受話器を取る。

繋がらない! 繋がったかと思ったら「もしもし・・・もしもし・・・聴こえないので切りますね」え? 私もちゃんと「もしもし」って言ってるのに~~~。

 4つのタクシー会社が 結局 繋がらなかった(涙)

千葉のタクシーぃぃぃぃぃ~~~~! 心の声は ここまでで自粛。

 バスで行こう・・・(泣)

バス乗り場には案内の人が居て、車椅子も載せてくれた。 JR駅で降車の時もバス停に案内の人が居て降ろしてくれた。

 

 <日本語が通じる場所なら何とかなる>で 毎回 何とかなってきた。

東京駅行きの京葉線に乗れた時点で『東京駅で新幹線発車までかなり時間あるなぁ』だった。 いつも帰りの新幹線は余裕を持って買っておくからね。 何か食べてもいいし、早いのに替えてもいいな・・・と考えてた。

 

 ところが! 東京駅おそるべし。

 京葉線から新幹線ホームの移動は 来る時に『エスカレーターや階段の隣に確実にエレベーターがあるから遠回りしなくていい』のを確認してある。

 そしたらね・・・エレベーターの前に長蛇の列。 ねずみーランド帰りのベビーカーや大きなキャリーバッグを持った人たち。

エレベーターは何度も乗らなくちゃいけないの。

 何回乗ったか忘れたけど、とにかく毎回 行列に並び、待って待ってエレベーターに乗り、ホームに着いたのはギリギリ!

 

 新幹線が発車した時は どっと疲れが出た。お弁当も買えず。 お菓子いっぱい持ってるから空腹で倒れる事はなかろう。

 

 

 名古屋駅に着いた頃には 立ち上がると ほわ~んとするように。 これ杖で歩いてたら絶対転ぶ。

改札口を通ると 駅員さんが「ホームまで介助します」

「ありがとうございます。でも大丈夫です。一人で行けます」

「ホームでは介助するきまりなんで」と 電話をし始める。

「車椅子を下りて 列車には自分で載せるので介助いらないんです。付き添ってもらうのが申し訳ないし」

「でも規則なんで。ちょっとお待ちください」 電話。

待てなぁーーーい!!

「ごめんなさ~い」と走って来てしまった。

エレベーターでホームに上がると 列車はすでに来ていて。 あぁ 待ってなくてよかった♪

 

 最後は『わんぱく車椅子ユーザー』になってしまったけれど、今回も無事に行って来られました☆

 

 車椅子で京葉線、次に行く時は帰りが要注意ね。

 

 

 

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2019年7月31日 (水)

再会♡

 人工関節の診断書が必要になり、整形外科を予約しようとしたら「その日の予約はもういっぱいなので 当日 初診で来てみてください」

整形外科は もう定期的な診察受けてないのよね。

ん~初診で診断書かぁ・・・手術もしてるから記録はあるだろうけど、予約の患者さんの間に無理やり入れてもらった患者の診断書なんて ドクターも困るだろうなぁ・・・と 気が重かった。

 この暑さだしなぁ・・・行くの嫌だなぁ・・・。

 

 病院へ着いてしまえば冷房きいてて涼しいから良いんだけど。

 

 さて 長時間待たされる覚悟で居たら 思いのほか早く呼ばれた。

診察室に入ってびっくり。

 医師とは思えないビジュアルの女医さん。

茶髪というよりは赤い髪のレイヤーカット。お目目ぱっちりで愛くるしいお顔なんだけど、パッと見た印象が『ワイルド』

黒いタンクトップに黒いパンツでアクションつけて歌って欲しい・・・ガールズバンドのボーカルみたい。

・・・例えが古い(苦笑

 

 面倒な診断書の説明をする私に 優しい眼差しを向けてくれる。

・・・あ!

「もしかして・・・」

「気づいてくれましたか?」

「やだぁ~~! 気づかなかったぁ~」

2005年暮れに転んで骨折した時 手術してくれたドクターでした!

「苗字 変わったんですね!」

「そうなんです^^ 女らしくなったって言われるんだけど」

「おめでとうございます。 私は女らしくなったというよりも 先生 かっこいいーーー!と思っちゃった。宝塚の男役みたい」

 

 手術してくれた時は まだ新人のドクターだった。 髪も黒くて清楚で爽やかな印象だった。

「あの頃は忙しくてギスギスしてました」

え? そんな事なかったよ。 話し方はハキハキして気持ちよく 私には優しく可愛い新人ドクターだったよ。

 

 私を呼ぶ前にカルテの名前を見て すぐわかったって。 変わった苗字で良かった^^

すでに以前撮った股関節のレントゲン写真がデスクに表示されてて

「これ 私がやった手術です」

そうよねぇ~~~^^ 人工関節のステムの下で折れたので 簡単にプレートで固定できなくて 大腿骨に何本もボルトを打ち込み ワイヤーで巻いてある。

数年後、左の人工関節手術をしてくれたドクターがこの骨折後の写真を見て「綺麗にやってあるなぁ」と褒めてくれたんだよ。

「花桃さん 友チョコくれましたよね」

あ~~そうだった!

「私 お返ししましたよ」

・・・すぐには思い出せなかった。 後で『ホワイトデーに海老で鯛を釣るプレゼントを貰った』事を思い出した。

「花桃ゆうって名前でホームページやってましたよね」

え~ 私 そんな話もしてたんだ。そして ハンドルネームまで覚えてくれてたんだ。

ホームページは無料サーバーが無くなってしまったし、ブログも当時やってたところから引っ越ししたので、以前のブログは行方不明。(今気づいてガッカリ)

「花桃さん 全然 お変わりないですね」

ドキッ!!

「え~~! 私 おばあさんになっちゃったでしょう。 あの頃は おばさんだったけど、今や おばあちゃん」

「いえいえ、全然変わってないです。 可愛らしい雰囲気がそのままです」

出たっ! おちびさんあるある。

美人は冷たそうと思われがち、太った人はおおらかと思われがち・・・おちびさんは可愛いと言われがち。

 

 私はすでに 思いがけない再会で 嬉しくて足をバタバタさせてる。嬉ション状態。

話が次から次へと出てきそう。

「とりあえずレントゲン撮っておきましょうか」

「この診断書 レントゲン 必要でした?」

「必要では無いけれど、撮っておいた方が安心なので」

ドクターのパソコン操作で すぐにレントゲン撮影の申し込みもできて「じゃあ 行ってきま~す」

 

 数分後、撮りたてのレントゲン写真を見ながら「うん、綺麗ですね! 問題ありません」

うふふ^^ ここ何年か 急に股関節が痛み、歩けなくなったりして 時々 整形外科にはかかった。

 その度にレントゲンは撮って 若いドクターから「ゆるみは無いです」と言われても じゃあ なぜ痛いのよ~(泣)と すっきりしなかったのに M先生に言われると『問題無いんだ~♪』となる不思議。

「M先生(あえて新しい名字で呼んでみる)何年かはここにみえませんでしたよね?」

「そうなんです。戻って1年半くらいかな」

だよねぇ~ 会ってないもん。見かける事もなかったもん。

逢えて嬉しい嬉しいと言いまくる私に「また何かあったら来てくださいね」

「私 右が人工関節置換後15年なので そろそろ再置換なんだけど、M先生にやってほし~い」

「ごめんなさい! 手術はしてないの~」

週に二回 外来診察だけ受け持ってるのかな。 出産したのかな。

 聞きたい事はやまほど。

 2005年の骨折縫合手術の後、しばらくは通院してたけれど、予後良好で「卒業」となり、会えなくなってから先生は異動したんだろうか。

 そのあたりの記憶がない。

「異動する」と聞いた気もする。 あぁ~~なんで私 しっかり覚えてないんだろう?

 

 気の重い受診だったのに、スキップしたいくらいの嬉しい再会となりました。

診断書も「私が書いて良いのか確認してみます」からの「書いて良いそうなので、書きますね」と快諾してくれた。

 

 ちょっと動くだけで頭から汗がしたたり落ちるこの日、お寺の用事も済ませる事ができた。

長年(もう40年になる) 通院していると こんな嬉しい事もあるのねぇ。

 

 

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2019年6月22日 (土)

ぴっちー号(マイ車椅子)頑張った!・・・けど

 先週 土日、単独ぴっちー号で千葉へ観戦に出かけた。

 最初は夫が同行、2回目からは一人で。 4回目ともなればルートも頭に入り、無駄な移動はどんどん減って効率的になり、不安も無くなってきてる。

 単独車椅子だと、あちこちで見知らぬ人が親切にしてくれる。 ありがたく甘えさせてもらいつつ、自分で頑張れるところは極力頑張って、周りに迷惑をかけないように気を配る。

 

◆混み合う駅での衝突◆

3回目に行った時、人の行き交う駅で急ぎ足のサラリーマンと衝突する事 2回。(同じ人だったような気さえする)

不慣れな駅は 上の表示板を見て歩く人が多い。 で、ただでさえ視界に入りにくい低い位置の車椅子が近くに居るのに気づかず、突然 方向転換して来た人がぶつかる・・・というわけ。

2回とも その人の足元をぴっちー号が払う形になり、サラリーマンはつんのめった。 なんとか踏ん張ってくれたので転倒はしなかったけれど、どこか打ってるだろうなぁ・・・。 これくらいの衝撃だとこちらが倒れる事は無さそう。

お互いに「すみません!大丈夫ですか?」「ごめんなさい!大丈夫ですか?」と 同時にいたわり合えたのは良かった。

でも3回目は気をつけなきゃ・・・と、急ぎ足の人を見かけたら 同じ方向へ進んでいても なるべく距離をとる。

車椅子だとどうしてもスピードが出ちゃう。 別に暴走したいわけじゃない。リムの一回転でたくさん走った方が力が要らないので、どうしてもスピードが出てしまうの。

腕をできるだけ後ろに回してリムを掴み、一回転で出たスピードに乗れば惰性で進む。長距離を移動する時は ある程度スピードに乗った方が楽なの。

でも これは急に方向転換して来た人とぶつかる可能性も高い。 前回学んだ事を活かして、4回目は衝突無し。

 

◆エレベーター◆

小さなエレベーターに乗る時は 私が一番に乗るのが理想。 自動車の車庫入れ・幅寄せは苦手なのに、ぴっちー号だと後ろ向きでも狭い所へちゃちゃっと切り返して隅っこに寄せる事ができる。

隅っこに寄せて『開』のボタンを押して 後の人が乗るのを待ち、降りる時も私が『開』のボタンを押していて、最後にスルーッと出る。

皆さん どうしても『車椅子の人だからお世話してあげなくちゃ』と思ってくれちゃうようで「どうぞお先に」と譲ってくれた時は、ありがたく一番に乗り込んで、先述の方法をとってスペースを作り「まだ乗れますよ」と 次を待とうとした人を誘導する。

降りる時も 私を先に行かせようとしてくれるので「私が開ボタン押してる方が確実なので どうぞ降りてください」と仕切る(笑

 

◆列車の乗降◆

全然歩けないわけではないので、列車への乗降は車椅子から降りて自分で車椅子を押す。

列車とホームの隙間も 車椅子をヘッドアップさせてクリアする。 ここは けっこう神経を使う。 ここで私が転倒したら困るし、後ろの人を待たせるのは悪いし。

たまに駅員さんが手伝ってくれるんだけど、ヘッドアップできなくて力づくで持ち上げてくれたりして すごく申し訳ない。

新幹線は席に向かわず、ドアの奥側で一旦待機。 全員が乗り込んだのを見てから、車内に向かう。車椅子を置く為に車両の後方の指定席を買うので 出入口付近でもたもたすると 後の人が詰まっちゃうもんね。

これが在来線になると 更に面倒。 座席指定は無くても車椅子に座っていられるのはありがたいんだけど、荷物を載せて自分で押して乗せた車椅子から 荷物を下して自分が座るには ちょっとスペースが必要。

千葉では在来線に45分間 乗らなければいけないので、これがネック。

 

◆タクシー◆

ぴっちー号は セミオーダーでコンパクトなので トランクに載せられる。 運転手さんが戸惑うので 自分で折りたたんでおいて「倒して載せてください」とお願いする。

 

 こんな工夫を重ね、スロープやエレベーターを利用する為に遠回りもしながら『ひと昔前なら車椅子で外出なんてできなかったよね。ありがたい世の中になったわ』と感謝をする。

 でもね・・・やっぱり 色々 不便なのよ。

 

 試合終了後、タクシーを呼ぶのが難関。

1回目は 寿人も出てないし、雨だったから後半途中で出て来たのに、結局 タクシーが来たのは試合終了して皆がぞろぞろ出て来る頃だった。

新幹線指定席は いつも時間に余裕を持って買ってある。

2回目は 覚悟してた分、早くタクシーが来たものの、在来線の事故で列車が遅れ、おまけに東京止まりとなり、そんなアクシデントも『東京駅から新幹線に乗る』と決断して無事乗り越えた。

3回目は すぐにタクシーが来て、ホテル泊だったので 優雅な千葉の夜を満喫できた。

 

ところが! 今回は ここで大きく躓いた。

いつものようにタクシー会社に電話をかけると「全車 出払ってます」 2つ目の会社も「今 車が無いんですよ」 3つ目も同じ。

雨模様だったし、土曜の夜だしね。しばらく待って 最初の会社に再度電話。 同じ返事。

スタジアムも どんどん明かりが消えていく。 昔 広島でもあったなぁ・・・。

5回目の電話で「待つので予約はできませんか?」

「一時間以上かかりますよ。無理です」

え? 無理です? 

交差点で観客の誘導をしてる警備員さん達が困っている私を見て「タクシー通るのを 皆で見てあげて」と声をかけあってくれるけれど、一台も通らない。

警備員さん達も 柵の撤収を始めた。

どうする?

仕方ない! 皆が歩いて行く最寄りの駅まで車椅子で走るしかない。駅ならタクシーいるかもしれない。ここで待つよりは確立高そう。

雨が止んでたのが幸い。

最初に観戦に行くと決めた時、最寄り駅からスタジアムまで徒歩10分(だったかな?)が車椅子では無理だから、わざわざ遠い駅で降りてタクシーを利用するルートにしたのに、こんな事になるとは・・・涙。

暑い時や寒い時じゃなかったのも良かった。

人通りも無くなった歩道は暗い所もあり、歩道橋のエレベーターなんて道路からは死角になってるし。

この時の私は「とにかく駅まで行かなくちゃ!」と必死で、怖いのを忘れてた。

駅にはタクシーが2台留まってて 運転手さんが白馬の王子様に見えたわよ。

でも乗ってから 2社目に電話した会社のタクシーだと気づき「こんな近くに2台もあるのに なぜ無線でつかまらないのか?」と聞かずにはいられなかった。

・・・よくわからない説明だった。

分かったのは「予約も1日前とかだと 当日 車があるかどうかわからないので、試合が終わる20分くらい前に電話するのがベストです」ということ。

えええーーー? 一日前の予約はダメなの? 私の住む地域では1日前だろうが1週間前だろうが 予約したら間違いなく その5分前に来るよー。

と言ったら「きっと車がたくさんあるんでしょうね」 

恵まれていたのね、私の住む地域(笑

 

 こうしてホテルには何とかたどり着けた。

 

 さて翌日、練習場でのトレーニングゲームの見学。

広い練習場の向こう側半分で試合がありそうなのは分かっていたけれど、ぴっちー号では その向こう側の観客席には入れない。

しばらくこちら側で様子を見てたら、絶対に寿人を判別できないのが分かった。これじゃせっかくゴールしても それすら見逃す。

意を決して向こう側に行ってみる事にした。

屋根も無いので紫外線さんさん。膠原病で紫外線が大敵な私は長時間はいられない。帰りの体力を残しておかないといけないからね。

舗道を走って移動してみたら、小屋の陰があるのを発見。そこに身を寄せる。

正規の観覧席ではないけれど、車椅子だから許してね・・・と 思ってたら けっこうな人数が同じ日陰に立ったわ。

 見慣れたはずの寿人の『ボールを呼び込む仕草』を久しぶりに見た。

寿人アシストで勇人お兄ちゃんがゴールしたように見えたけど、私の目では確信が持てず。(後で公式サイトで確認できた)

日陰がどんどん狭くなっていくので、寿人が交代したら向こう側に戻るつもりだったのに、フル出場!(笑

 待望の寿人ゴールは無いまま試合は勝利。

 

 観客席の人達も 向こう側のファンサービスゾーンに移動し始める。

うぅぅ・・・かなりの人数だ。 

ユニフォームにサイン まだ貰ってないんだけど、今回は諦めようかな・・・。 でもせっかく来たんだから 様子だけでも見てみよう。

奥の方へ移動すると、人だかりに完全に埋もれる。 サインは ま いっか。 

諦めてたら、近くにいた同世代と思われる(年下でも50代だと同世代だと思ってしまう還暦の私)女性が「誰を待ってますか? 呼んであげますよ」と。

「寿人選手です」

「あ、私も これにサイン貰うから ちょうど良かった! 呼んであげます!」

お喋りしながら待ち、その女性のアシストで無事に寿人のサインを貰い、写真も撮らせてもらった。

車椅子じゃなかったら、こんな風に声かけてもらえなかったよね。 ぴっちー号に感謝。

 女性にもお礼を言って別れる。

 

 目的を果たせて、タクシーを呼ぶ・・・。 さすがにこの時間帯は「20分かかります」と言われて 10分くらいで来た。 その待ち時間でさえ電柱の細い日陰に身を隠す私(汗)

 

 そして最後の難関、在来線。

日曜日の午後を甘く見ていた。

 通勤ラッシュ程ではないでしょうけれど、車椅子をやっと押し込んだら身動きできない。座る事もできない。荷物を載せてるからたたむ事もできない。立ってる私と車椅子・・・すごいスペースとってる。 身の細る思い(細らないけど!)で2駅ほど過ごす。

 人が降りて少し隙間が出来たので奥へ移動して荷物を下し自分が座る。(荷物は自分の膝の上)

早く品川駅に着いてーーー(祈

 

 

 ・・・あぁ、いろいろ大変だった。

 

 2回目と3回目が わりとスムーズだったので気軽に出かけたけれど、今回のこれを経験してしまうと ちょっと怯むなぁ。

これから苦手な季節だし、広島時代も「夏はお休み」だったんだから、秋まではダゾーン観戦かなぁ。

 でもね、広島時代と違って、寿人のプレーが観られるのは あとわずかだろうと思うから 一回でも多く観ておきたいんだよね。

ダゾーンで観た方が 私の目にはよく見えるんだけど、それでも近くで応援したいんだよね。

何の力も無いって分かってるけど、応援の一粒になりたいんだよね。

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2019年3月 6日 (水)

はるばる

『試合には出ないだろう』と想像できたので、試合前に練習場へ行く事に。
 
 一か月前に買った新幹線指定席を買い替えなければいけない。
雨予報だし、寿人の出ない試合は夫も興味が半減してそうなので、一人で行こうかなぁ…と金曜日 変更に行く前に考えた。
 車椅子に乗っていれば転倒の心配が無いし、眩暈が起きたらそのまま座っていられるし、全然歩けないわけじゃないから、いざとなれば車椅子を押して歩けば良いし、日本語が話せれば初めての場所でも周りの人に聞いたり、援助をお願いしたりして、何とかできる!
 珍しく察知したらしい夫から「一人で行く選択肢はとらないように」とLINEが届いた。
 と言う事で、夫の気持ちに甘える事にして、指定席だけ変更した。
 
 一ヶ月前からルートはネットで色々調べてある。
 
 ジェフユナイテッド千葉公式サイトにあるアクセスは、私には不都合。
最寄り駅から車椅子で8分は無理なので、違う駅からタクシーを利用する事に。
それに伴って乗り換える路線も再考。
無駄な走りをせずに済むように、駅構内図をしっかり見て動きを予習。
 
 それだけ前準備しておいたけれど、予想通り、平面図と実際は違うのよねぇ…。
ちょっと迷ったり、狙っていた場所じゃない所へ出てしまったりしたけれど、ちゃんと辿り着けた。
 
 雨の日の車椅子は面倒臭い。
大きなレインポンチョで全体を覆うけれど、タイヤやリムが噛む。
練習場では幸い屋根の下に待機できた。
 普段はあまり興味の無いガチャも『せっかくオフィシャルショップがあるんだし、時間もあるから』とやってみる事に。
 たくさんのガチャから少し離れた場所で財布を出していると、ジェフユニの爽やか美人のお嬢さんが「寿人選手のファンの方ですか? もし良かったら これどうぞ」と、寿人のリボンガチャを。
「ありがとうございます~~~!!」と譲っていただいた。
 練習場では、たくさんの見学者が居て 時々「寿人」の名前が聴こえてきた。
『ベンチ外らしい』寿人を見に来てるのは私達だけじゃなさそう。
 仙台から・広島から…の人も居た。
 
 冷たい雨の中の練習を終えて選手達がクラブハウスに消え、さあ 私もスタジアムへ移動せねば。
 タクシーを呼べる距離じゃないのよね…頑張るしかない。
 舗装された歩道もアスファルトも 車椅子で数分走るとすごく疲れるの。
一般的な建物の床なら どれだけでも走れるんだけど。 見えない勾配もあり、ガタガタガタガタ…あらぬ方向へ進む。
 車椅子が壊れるんじゃないか。
 夫は傘を差してるから、私はポンチョを着て車椅子を押して歩く事に。
 
 フクダ電子アリーナスタジアムは外観もお洒落で素敵。 写真撮れば良かったなぁ…その時は 雨の中 とにかくスタジアムにたどり着くのに必死で、写真どころじゃなかった。
 ポンチョの裾をドロドロにしてスタジアムに到着。
どこから入場するのか、車椅子用エレベーターを探すのも一苦労。
 
 スタジアムグルメには目もくれず、やっとコンコースに到着してホッとする。
 
 オフィシャルイヤーブックを買った先着150名に、選手サイン会の参加券が配られる。
練習場のオフィシャルショップで購入し、参加券も入手。
 試合に出ないんだからサイン会は寿人でしょう!
 時間になって行ってみたら…寿人じゃなーーーい!!
 はぁ…ガックリ。
 
 試合前に選手がサイン入りミニボールをスタンドに投げ込むイベントがあるのを忘れて トイレに行ってた…。
 ベンチ外の選手も参加したのかなぁ…。

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 蛍光黄色のユニフォーム、買う前にネットで見た時は「え~~こんな黄色かぁ…そこに緑色なんて…ん~安っぽいなぁ…だいたい こういうスポーティなデザインは似合わないんだけど、この色合いは特に無理だ」と思ったのに、ギリギリに届いたレプユニを見たら「あら、意外といいじゃん♪」だった。

 スタジアムで見ると鮮やかに目に飛び込んで来て うんうん良いわ! 元気出る。

 でも…キックオフ前の両チームのチャントも私の前を流れていくだけ。

 寿人ファンになってからの13年間、チャントにはハミングで唱和し、たまに訪れるアウェイスタジアムでも 相手チームのチャントを興味深く聞いてたけど、今回は違ったなぁ…。

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手拍子もせずに ぼんやりしててごめんなさい!  だってしんしんと寒かったし…。

 

 帰りのタクシーを拾えないのを想定して、試合終了より前にスタジアムを出る。

スタジアム内から時折 起こる歓声を聴きながら「点 入ったね」

…電話で呼んだタクシーが到着したのは、結局 試合終了直後だったみたい。 スタジアムから一斉に人が出て来たもん。

 最後まで見てたら、あの混雑の中 車椅子で出るのは大変だったかも…タクシーももっと時間かかったかも。

 

 寿人がベンチ外な事について、ファンサポーターさん達も疑問を持ち始めた様子。

スタンドの席に座る寿人の前にジェフサポーターさんが立って、けっこう長い間 話しこんでた。

「頼むぞ」「何とかしてくれよ」「寿人に期待しているから」と言ってくれたかなぁ。

 

 試合当日に怪我もしてないのに、練習場に居る悔しさをエネルギーに換えて、寿人の力を見せる時が来るといいな。

 

 初めての千葉遠征、多少 迷いもしたけれど、車椅子を『押して歩いた』距離はわずかだったので、足の疲れは夫の方があったと思う。

 私は足の疲労はほとんど無い分、腕も肩も疲れて、昨日の通院は車椅子を走らせるのが無理でステッキにした。

 車椅子は安心だけど、面倒な面もある。

 シルバーカーなるものを買ってみようかな…と 思い始めている。

Img_20190306_002231

 でも これはこれで不必要な場所では連れて歩くのが『邪魔』になるよねぇ。

このピンクの花柄の方、よく行く店舗でお値打ちになってたんだけどなぁ…。もう売れちゃったよねぇ。

 

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2019年1月12日 (土)

寿人欠乏の影響

 4週間毎に全身性エリテマトーデスの定期診察を受け続けて40年。(20年前までは2週間毎だった)
 検尿は毎回。 採血は不調が無ければ数ヶ月に1回。
 検尿も採血も 診察前に検体を出して、診察時には もう結果がわかる。
ただ、血液検査の一部は 外部で検査するので、私に結果が知らされるのは4週間後の診察時となる。
 さて、先日 いつものように定期診察に行き「前回の検査結果を見ておこうか」と ドクターがパソコンを操り「んん?」
 私の検査結果には 毎回 いくつかの異常値が出る。
でも主治医は「これは 〇〇が上がってるから 多少 上がるのは仕方ない」「△△がこの数値だから そう心配する必要は無い」などと、一つの項目が異常値でも動じない。
 その主治医が「ん? これは気に入らんなぁ」と言う時は深刻。
 全身性エリテマトーデスの勢いを判定するのに一番大事な『抗ds-DNA抗体』が跳ね上がってた!
 時系列のグラフを画面に出して「んんん…こんなに上昇してるもんなぁ…」と渋い顔。
 加齢と共に膠原病の勢いも衰えて 近頃は派生した病気や後遺症には苦しめられても SLE(全身性エリテマトーデス)の症状は ほとんど出ていない。
 この数ヶ月も 咳喘息以外は ごくごく普通の状態だった。
 久しぶりのステロイドホルモン剤の増量で「少し様子をみよう」と相成った。
 普段は私が「先生、だるいです・体が重いです・やたらと眠いです」と訴えて増量する事はあるけど、酷暑のしんどさが終わってからは私は元気(普通の人の6割程度だけど)だった。
 なんでかなぁ?
 帰宅後、採血した日を思い出してみて 合点がいった。
 12月11日。
 寿人の退団が新聞で報じられた直後だ。
覚悟してたのに 辛くて辛くて苦しくてたまらなかったころだ。
 心の不調が血液に表れたとしか思えない。
 なんと単純で密接な私の心と体。
 あの日、病院から特養の母の所へ行ったんだ。
いつものように無言の母におやつを食べさせ、手指のマッサージをしながら 私の心は寂しさで悶えてた。
 母は時々 私をじっと見つめる事はあるけど、あの日もそうだった。
そして涙ぐんだんだ…。
 目やにだったかもしれないけど、その時 私は『お母さん 私の気持ちがわかるんだね…』と思ったんだった。
 「お母さん…私の大好きなサッカー選手が名古屋から居なくなっちゃうんだ。だから寂しくて苦しくてたまらないの」と私が言えば、本来の母なら「いい歳して何を恥ずかしい事 言ってるの」と苦笑しただろうな。
 まだしっかりしてた頃「大好きなサッカー選手だよ」と 寿人の写真を見せたら「ゆうこ こんな面白い顔の子が好きなの?」って言ったよねぇ。(寿人はハンサムでは無いからね)
 
 1か月前のあの苦しさはもう消滅してるので、きっと血液検査の結果も 今なら問題無いような気がする。
 でもステロイドホルモン剤増量して効果が出るのは少し先なので採血はそれ以降。
そしてその結果が出るのはもっと先になるので これから数ヶ月は増量したままだわ。

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2018年7月 7日 (土)

初めての(場所へ)お出かけ

 1日(日) グランパスの古川キャンプに行って来た。
 …下見に行って来た。
 
 朝の陽ざしを見た瞬間 『無理だ…』と思ったけど、夫が運転してくれるから行けた。
下見と言うのは、私の本当の目的は、平日に行われる予定のトレーニングマッチを見ることだから。
 平日、単身車椅子で行く為には、夫同伴で下見に行っておかないと。
 
 キャンプ地 古川ふれあい公園は 前もって色々調べた。
公式サイトの写真を見ると…高台にあるっぽい・日陰は無さそう・長い階段・芝生の土手。
 うぅぅ…私に「来るな」と言ってる。
 
 ふれあい公園の管理部に電話して『車椅子でグラウンドまで移動できるのか・駐車場はどうなっているのか』確認する。
 写真や地図や聞いた情報をまとめて『遠くからでも見る事は可能』と判断。
 往復は、夫に甘えて(そういう意味の甘えて…じゃないよ)後部座席で横になっててもいいし…と 決死の覚悟で出かけた。
 
 はい、ちゃんと助手席で うちわや帽子やサングラスで日を避けながら、寝る事もありませんでしたよ! (変なプライドと 夫への誠意)
 
 車椅子で自走する身としては、階段なんてもちろん、ちょっとした段差も大きな壁になる。
こういう事は健康な人にはわからないだろうなぁ。
 現地に到着すれば、車椅子は『座る場所が確保されてる』わけで、そこは健常者よりも楽かも^^
 『足が普通だったら あそこまで行くのになぁ』っていう想いは いつも瞬殺。
 『来られて良かった』
 『連れて来てくれる夫が居てありがたい』と 自動変換される。
 
 高原の夏空。
 青く並ぶ山。
 風に揺れる樹木。
 気温は高くて 避暑地とは言い難かったけれど、それでも「家に居たら 今日は死ぬほど暑かったよね」
 
 往路のSAで食べたソフトクリームが美味しくて、帰りにも同じ物を食べた。
 ついでに言うと…高速道路を下りてから夕飯をとった店でも「あそこのソフトクリームがどう違ったのか確認したい」と この日 3個目のソフトクリームを食べました~~~。
 
 さて、無事に下見が終わり、水曜日のトレーニングマッチには、JRとタクシーを使って 行けるんじゃないか…と思った。
 
 でも火曜日に母のホームへ行っただけで、もうぐったり。
 車椅子を自走する力が無い。
 もし眩暈を起こしても車椅子だから倒れる心配は無いけれど、やっぱり家から遠く離れた場所で何かあったら困るなぁ。
 JRの乗り換えも 昔は単独車椅子でもこなしたけれど、体力の低下で自信が無い。
 
 無理だ…やめとこう。
 寿人がプレーする姿を見たい。 
あとどれくらい残されているのかわからない現役生活の中で、それを見るチャンスは 一回でも無駄にしたくない。
 揺れる想いも 前夜の体の状況で「無理!」と判断。
 
 よって何の準備もしないまま水曜日(トレマの日)朝を迎えた。
うぅ~薄曇りで風もあるじゃん。 私的には快晴よりも楽。
行けなくもない…とも思ったけれど、乗換駅へのバリアフリー確認もしてないし、急に行く事にするのは無理だ。
 
 なんともやりきれない思い。
 
 結局、トレーニングマッチは現地では酷い雨だったようで、行ったら行ったで大変だっただろうな…行かなくて良かったんだ…と 納得させた。
 
 どんどん動けなくなってるなぁ…。
 免許も車も持ってるのに、高速道路の運転したこと無い(怖くてできない)・2時間以上の運転した事無い(疲れるのが分かってるから したくない)・初めての場所の運転は前もって夫の運転で 独自の地図を作成しないとダメ。
 
 これは病気や障碍とは無関係。
 私がどん臭いだけ。
 

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