病気(SLE・骨頭壊死など)

2017年4月25日 (火)

復活と『自身の乗り遅れ度』を知る

 
 ご心配をおかけしていますが 体調は ほぼ復活したような気がします。
 
  22(土)のグランパスの試合、行けるかなぁ~無理かなぁ~寿人出ないから無理して行かなくてもいいかなぁ~でもチケットもったいないしなぁ~と逡巡してたけれど、当日 外気がすっきりしてたら どんどん行ける気がしてきて出かけた。
 まさに「気圧病」って感じ? 詳しい事は知りませんが…汗。
 
 久しぶりの一人観戦だったので、タクシーを多用しましたが…。
 
 
 
 スタジアムでは レミちゃんが「一人だから心配してた。荷物持つわ」と 入口で待っててくれた^^
 握手会に寿人が出てたら並ぼうかなと思ってた私。 レミちゃんも同じだったもよう。
 
 そして二人が同時刻に
『握手会 ○君と○君と○君だったのでスタジアム内に入ってきちゃった』
『握手会 寿人出ないわ。コンコースの日陰に向かいます』とメール送信しあってた(笑)
 
  握手会に出てくれた選手の皆さん、ごめんなさい!
 
 狙って購入する席も 試合中はほぼ日陰である事を確認して安心した。(前回は曇天時々雨でわからなかった)
 
 寿人が出ていない試合は、シンプルに楽しめる。
応援チャントに合わせて手拍子するのも 鼻歌レベルで唱和するのも 選手のプレーに思わず拍手したり息をのんだり「きゃぁーーー」と叫んでしまったりするのも楽しい。
 
 寿人の出る試合は、寿人を見るのに必死で 寿人が良いプレーしてるか・寿人にいいパスが行くか・寿人が危ない事になってないか・寿人がゴールできるか・・・そんなことばかり気にしちゃって。
 変な力が入ってしまい「試合観戦を楽しむ」とは違う緊張をしてしまう。
 
 寿人の居ない試合が ずっとじゃ困るけれど、ライトなグランパスファンとして 一生懸命 でも楽しく観戦するのもいいなと思ったことでした。
 
 
 そして試合終了後、おもむろに取り出すガラケー。
 
 実は高校のクラス会(先月の同窓会から派生したクラスを越えた飲み会)があるのでした。
 
 いつものように「一応 欠席。 行けそうになったら行く」という特別待遇。
 
 同窓会の日「22日どう?」と聞かれて「試合なんだよねぇ~(ふふふ、いっちょ前にサポーター気取り)でも せっかく名古屋まで来てるしねぇ…けど体がもつかなぁ…」
「迎えに行ったるわ!」と やり取りしてたものの、飲み会だから車で迎えに来て貰うのは申し訳ないし、地下鉄を乗り継いで迎えに来てもらうより、一人でタクシーで行っちゃった方がいいしなぁ…そもそも観戦だけで疲れて帰る可能性が高いわ…って事で、誰にもお迎えをお願いしてなかったのでした。
 
 仲良しのメンバーに「試合終わったから もう店へ行く。まだ2時間あるから付き合って」と電話。
 
  いつものクラス会(という名の 中年の健全な集い)に 今回は 2年の時のクラスメイトが新メンバーに加わってたので、その子達に逢いたかった。
 
 だから顔だけ見て ちょっとしゃべって、ちょっとお腹に入れたら 早々に帰って来るつもりだった。
 
 「ゆうんちへ 皆で遊びに行ったよねぇ」
うんうん あの頃、みんな名古屋市内に住んでて『僻地のゆうんちへ行くのは遠足・小旅行』と言われてたからねぇ。
 
 僻地扱いの事は覚えてなくて「ゆうの お手製プリンを食べたわ~」
あ~~そうそう!! 私が作ったんじゃなくて母だけどね。
 
 当時、近所で流行ってた『ゼラチンを使うプリン』レモン汁にお砂糖を入れたシロップをかけたもの。
 プリンじゃなく 今なら『ババロア』『ムース』とでもいうのだろうか? (注;42年前でもババロアやムースはあった)
 
  そこから「お母さん 元気?」となり アルツハイマーで特養にいる話。
 
 当時お付き合いしてたF君が酔っぱらって「苦労してない人はボケやすいんだぞ」とのたまう。
「苦労してるじゃん。病気の父と娘を抱えて頑張ったじゃん」と反論すると
「そうだけど、ゆうのお袋さん 性格的に なんかこう ほわ~んとしとるだろう」
 
 ほわ~んと…ね。
 
 「ほわ~んと」は ちょっと違うけど、そういう風にみんなの記憶に残ってる母が嬉しかった。
 
 同窓会では挨拶だけで ゆっくり話せなかった子達と た~くさん話せて楽しい時間はアッという間。
 
 
 私が呼んだメンバー4人は5時半からのスタートだったのに、結局 最後まで(お店の都合で9時半解散)居てしまった…。
 
 もちろんそこから二次会に行くメンバーには加わりませんでしたよ。
 
 さて、二次会行かないメンバーで地下鉄駅に降りた時…。
 
 どこで乗り換えるんだったかなぁ…切符どこで買うんだっけなぁ…と きょろきょろする私。
ところが皆は談笑しながら、躊躇なく改札口に向かうではないか!
 
 あれ?切符買わないの?
 戸惑う私に気づいて足を止めるみんな。
 
 Mちゃんが戻って来て 私の切符購入に付き合ってくれた。
切符を買ったのは、どこでも車で行っちゃうNと『僻地』の私だけ。
 
 切符を買わなかった子達は、ピピッだか何だか音をさせて(どういう音だったかも覚えてない)ささ~っと改札口を抜けたのでした。
 
 付き合ってくれたMちゃんも同じように何か(何かって…笑)をかざして改札口を通り抜けました。
 
 えええ~みんな名古屋に通勤してないよ。 
 市内住まいじゃない子もいるよ。
 なのに、みんな『ピピっ』の『ささ~』なんだね!  驚き~。
 
 それが何なのか、どうやって課金してるのか(チャージってやつ?)ぜ~んぜんわかりません。
 
 私 ほんとに遅れてるなぁ…と 実感したのでした。
 
ガラケーだけど ピピっでささ~も知らないけれど、困らないしなぁ…。
 
はい、まぎれもなく「僻地のおばあちゃん」道まっしぐら。
 
 

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2017年4月21日 (金)

すっきりしない日々

 
 腹痛も頭痛も無くなったのに、まだ 家でぐずぐずしてますの…。
 
 PCの前に座っていると 後ろへぐら~っと倒れるような気がしたリ、どうしても横になりたくて布団を敷くと そのまま眠ってしまったり。
 
 
 食事の支度は、流し台に体を預け体重をかけて支えている。
 
 
 作り終えて食卓につくと 手が震えて食べられない。
 
 季節の変わり目、健康な人でも不調になる。
 
 昨今は『気候病』なるものまで有名になって、気圧の変化などで体調を崩すって話題にもなる。
 
  これだろうなぁ…。
 
  私は特に 気温の変化に過敏だし。
 
 先日の内科と眼科の定期診察では どちらも「重篤な変化は無し」だった。
 
 
 ちょっと安心して、その勢いで母の所へも行った(先週行けなかった)けれど、帰りの運転中は もう一秒でも早く家に着きたくて(寝たくて)信号待ちするのも嫌だった。
 
 日中、ちょっと元気だなと思うと、冬物セーターを手洗いしたり、掃除したりできるのに、夜になるとぐったり。
 
 
  入浴もせず早寝が続いてます。
 
  怠け病かなぁ・・・。
 

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2017年4月13日 (木)

またも…

 
 気温上昇・紫外線増量の苦手な季節が近づいてきてるけれど、風が強い分 暑さを感じないで過ごしている。
 
 8日(土)も花曇り後小雨のパロマ瑞穂スタジアムで、寿人は出ないけれど試合観戦をし、満開の桜も楽しんだ。
 
 お日様は照ってないけど、紫外線はけっこう降り注いでるんだろうなぁ…とは思ったんだけど、割と元気だった。
 
 そして日曜日の夕方から 急に体が重くなった。 息苦しい。 ちょっと動くと はぁはぁしちゃう。
 あぁ~やっぱり来たなぁ。 油断してたわ。
 
 月曜日、声の広報ボランティアは ステロイドホルモン剤を3錠に増量してドーピング状態で参加した。
 
 録音室で、いつもならガラス窓の向こうのお姉さま達の様子を見ながら読むのに、この日は座っていてもグラ~っと倒れるような気がして それどころじゃなかった。
 
 火曜日は一日 だら~っとゆっくり家で過ごした。
 
 ところが…その日の夕方から お腹がしくしく痛み出した。
 いやぁ~な痛み。
 
 7時…8時 だんだん 波のある差し込む痛みに変わって来た。
うぅ~これは腸閉塞の痛みだ。
 
 痛みが引いた隙に 夕飯の片づけなどをし、差し込みがくると「うぅぅーーー」と唸って体をねじる。
 早い時刻に布団に入る。
 
 吐き気が来たらアウトだな…と考えながら、痛みが引き…あ、大丈夫かも…うぅぅーーー差し込みが来た! の繰り返し。
 お腹からぎゅるぎゅる音がするので腸は動いている。 吐き気も無い。
 
 
 また救急車かなぁ・・・病院へ行くのなら、深夜の当直の医師よりも、明日の朝、大勢の医師が出てきてからの方がいいなぁ・・・また あの苦しい治療かぁ…。
 こんな事を考えられるのは まだ余裕がある証拠。
 
  最後に腸閉塞で救急車を呼んだ2015年の秋は『鼻から管通して、お腹をぐりぐりされてもいいから、とにかくこの激痛から解放してくれ~~!』だったもん。
 
 夜10時を過ぎた頃、激痛の波の間にうとうとし始めた。
 
 これは、普通の眠気じゃなくて痛みのあまり気が遠くなってるのかもしれない・・・とも思ったけれど、本当に眠ってしまって 11時に目覚めた時は それまで5分おきだった差し込みが1時間なかったことに気づく。
 
 大丈夫かも。
 12(水) 朝食を食べる気にもならず、でも薬を飲まないといけないので、一口だけ。
夫を送り出したら眠る…眠る…どれだけ寝ても眠れる。
 
 目の焦点が合わなくなってきたし、軽く頭痛もする。
 
 母の所へも行けなかった。
 
 お昼も クッキーを2枚と温めた牛乳のみ。
 
 差し込む激痛は無くなったけれど、まだお腹は痛い。 食欲も無い。
 
 夜、夫の分の夕飯を作り、自分はおかゆと、魚を一口二口、野菜の煮たのも一口。
 おかげで体重は減った。 
 ここんとこ、急激に体重が増加(3日で1キロ)してたので その分は戻した。
 
 今朝、おならが出たので(花桃ゆうは おならなんかしないと思ってた人…申し訳ない! …します)腸閉塞の可能性は無い。
 でも まだ う○こさんが出てないのよね…。 
 
 そしてお昼。
 ちょっとお腹すいた感じがする。 でも怖いから 昨日と同じくクッキーと温めた牛乳のみ。
ん~この甘くなった口に、ちょっと辛いもの…せんべいとか 食べたいな。
 
 おぉ…食欲が普通になってきてる。
 
 でも まだお腹痛いんです~。
 
 体重が増加すると、自分で運動やダイエットをするのではなく「あ~ また入院すれば減るんだけどなぁ~」と 変な逃げ道を考える。
 
 こんな事を考えてるとダメだよね。
 
 なんとかこのまま治まりますように。
 
 苦手な季節を目前にして 神様が警報を鳴らしてくれたと思おう。

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2017年2月23日 (木)

『無罪放免』に近づいたかも?

「中心性漿液性脈絡網膜症」と診断されてもう1年3ヶ月。
 
 ちょっと良くなったか(見え方は変わらないが)と思うと、また水膨れが大きくなっていて「あまり繰り返すようなら、大学病院で精査」と言われ、次に行くと ちょっと小さくなってて「もう少し観察しましょう」を繰り返してきた。
 
 ずっと『執行猶予』の身。
 
 
 火曜日は、眼科の医師が代わって初の診察。
 
 新しい医師は、大学病院との繋がりが深く、1年以上も症状が治まらない私は、とっとと紹介されるかもしれないなぁと思ってた。
 
 近頃、右目だけで見た時、真ん中にあった黒い部分が薄くなっているのは良い傾向だと自己判断してるけど、ゆがみ・眩しさと暗いと見えないのは相変わらず。
 
 大学病院かぁ・・・行くならあまり暑くなる前の方がいいかなぁ・・・でも運転しては行けないしなぁ(瞳孔を開くので帰りの運転ができない)と 色々 考えて憂鬱になってた。
 
 視力検査、右目は丸が楕円形になってる。上から4段目くらいで もう怪しい。
左目に変わると、かなり下の方まで見える。
 
 網膜の写真を撮る時、赤い線は相変わらず湾曲してたなぁ・・・。 左目の時はちゃんと真っ直ぐなのに。
 
 診察室前で待つ間、大学病院へ行く日程を心づもりする。
 
 呼ばれて いざ診察室へ。
 新しい医師が丁寧に自己紹介してくれて・・・「良くなってますよ」
え?
「ほとんど水は無くなってます」
そうなんですか!
「前の先生から引き継いで、今日、症状に変化が無ければ 積極的治療に入るつもりでしたが、今の段階では その必要はありませんね」
え~~~~! ありがとうございます~~~!
 
 そして写真を拡大して「普通は この層が三層に綺麗に分かれてるんですが、花桃さんの場合は、もうここの細胞がぐちゃぐちゃですねぇ」と 普通の綺麗な三層の写真も指し示して違いを説明してくれる。
 
 「視力が回復する患者さんもみえますが、ゆがみは残りますねぇ」
そうですか。
 
 この時、私は大学病院精査が当分無くなった事で浮き足立ってました。
 
 ゆがみも視力低下も、両目で見る事で うまく調整してるし 慣れて来た。
こうやっていろんな不便を受け入れてきてるんだよねぇ。
 
 夜間の運転ができないのは不便ではある。
 
 美容院の帰りが暗くなってしまった時などは、いつも通る10分弱の道なので慎重に運転するけれど、飲み会に行く夫を店や駅まで送るのは近くても 夫が頑なに拒否するので 申し訳ないけど自力で行ってもらってる。
 
 滅多に走らない道は無理。
カーブの先が真っ暗闇で思わずブレーキ踏みたくなるし、対向車線の車のライトが眩しくて思わず目を閉じてしまうし。 もともと 運転は苦手だからねぇ。
 
 
 続いて内科の定期診察も大きな問題は無く(異常値はある)晴れ晴れとした気持ちで母のところへ行ったのでした。
 
  ぐちゃぐちゃの細胞も 一生懸命 お参りしたら再生するかも!
せめて右目の視力を もう少し上げたい。 これ以上落ちるのは避けたい。
 
 頑張るぞーーー!
 

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2016年11月14日 (月)

ポンコツだけど壊れない

 先日、内科の定期診察で主治医が
「僕の患者さんも随分少なくなった」と。
『僕の患者さん』とは、W先生が大学病院から市民病院へ異動する時、一緒に付いてきた私のような者。
 
 
「お元気になって卒業って事ですか?」 (可能性が低いと思いつつ)
「…そういう人は居ないなぁ」 (ですよね)
「………」
「そんな中で、花桃さんは 上手くコントロールできてる」
「そうなんですね」
「人工透析にもなってないしなぁ」
 
そうだった。
発病当時、腎臓が一番悪くなってて、当時の主治医には「いずれは人工透析」と言われた。その後、再燃する時もいつも腎臓が一番悪さをする。
一緒に入院しているネフローゼの子達にステロイドホルモン剤の効果が出て、蛋白尿がみるみる改善していく中で、私だけは一向に減らなかった。
 
そんな弱っちい腎臓なのに、発病して37年過ぎた今も頑張ってくれてるんだ。
 
骨頭壊死に、近頃は中心性漿液性脈絡網膜症まで発症して『それでも落ち込まず、感謝さえしながら生活を楽しむ私って偉いなぁ』と自分を褒めてたけど、ちょっと違ってた。
 
人工透析になってても不思議じゃないのに、まだ保ってる事を当たり前と思わず、もっともっと感謝しなきゃ。
「私、幸運ですねぇ」
見えない力に守られているのを感じ嬉しくて ちょっと涙が出そうだった。
 
「ただ、入院は花桃さんが一番多いけどね」
えへへっ。
だって入院 嫌いじゃないからね~。
「まあ、それも対応が早かったって事だな」とW先生。
ですね…。
 
 さて、そんな『健気』な私ですが(笑)
10月初めに「足を鍛える為に、早朝トレーニングをする!」と宣言したのを覚えておいででしょうか?
その時「とりあえず一ヶ月は頑張る。 それ過ぎたら寒くなるから止めるかも」とも書いた記憶がある。
 
 11月になって…宣言通り終了しました~~~。 だって想像以上に寒くなったんだもん。
 
花桃の『早朝トレーニング(朝のゴミ出しのついでにマンション前の児童公園を一周歩く…400歩)』は、『短期集中トレーニング』として完結いたしました。
 こういうところは正真正銘のぽんこつだ。

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2016年10月24日 (月)

『執行猶予』から『無罪放免』に?

大げさな件名から始まりましたが…。
中心性漿液性脈絡網膜症の発症から 加齢黄斑変性のリスクの高さまで指摘され、このブログで「失明したら…」などと言って、ご心配をおかけしております。
 
先週の眼科診察は、主治医の異動により新しい先生。
前の先生からは「別の先生の意見も聞いてみるのも良いと思います」と、実質セカンドオピニオン。
瞳孔を開いての写真は…私が見ても 8月の診察時より網膜の水膨れが小さくなっているのがわかる。
新しい先生は、具体的に大きさを数値で教えてくれた。
 
初診察から一回は「水膨れが小さくなってます」だったのに、5月にまた大きくなり「次の診察で回復傾向が見られなければ 名大で精査」と。
それが8月に小さくなって「精査は執行猶予」だった。
今回、さらに小さくなって「加齢黄斑変性の可能性は 今のところ無いと考えてもいいです」って。
「じゃあ、名大での精査は?」
「それも この状態なら必要ありません」
…ほっ。
でも…診察前の視力検査では、右目の視力が著しく落ちてた!
おそらく前回の検査結果を元に 最初に指す場所は決まっているんでしょうけれど、上から4番目あたりを指されて…全然見えない!!
「全然 わかりません」
終わってから、検査技師さんが「かなり落ちましたね」と ちらっと漏らす。
診察でそれを言うと「見え方は、その時々によって違う事がありますからねぇ」
「目がごろごろする(診察の直前からだったんだけど)」と訴えると
「瞼をひっくり返したことありますか?」とドクター。
子どもの頃、自分の瞼をひっくり返して見せる男子いたよねぇ~。
「ぎゃぁ~~やめて~~~!」と笑いながらのけぞったっけ。
「自分ではしたことありません」(内心、怖い~)
「今からひっくり返します。ちょっと違和感ありますよ」
…で ひっくり返される。
自分では 思ったほどの痛みや違和感は無かった。(見てる方は面白衝撃だったでしょう)
で「結膜に小さいブツブツが いくつかあります。大きくなったら手術で除去もしますが、まだその段階ではないです」
ドライアイの指摘も受けて、目薬が処方された。
2010年、外転神経麻痺で受診して以来、初めての目薬処方~☆
子どもの頃から 結膜炎やトラホームで、目薬常用の私は『目の病気は まず目薬で対応する!』と思ってるので、やっと治療ができると思えて嬉しい。
って事で、良い方向に向かっているのは間違いないんだけれど…視力の低下は?
相変わらず歪むし、真ん中は黒いし、眩しいし、暗いと見えないし…ですけど。
最近、ネットで知った。
中心性漿液性脈絡網膜症の原因の一つに「膠原病でのステロイドホルモン剤服用」がありました。
こんなに仲良く付き合ってる私なのに、SLEの意地悪は なかなか終わりませんねぇ。
 
 
 

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2016年8月25日 (木)

一筋のひかり

 エアコンの室内に居ても、体が重い…。
贅沢だと自覚してるけど『外の暑さを体感しちゃう』この体。
 そんな中でも 母のところへは頑張って行く。 
…そして無反応な母と過ごす。
 食事の介助をすると、急に口を開かなくなる。
これは「いらない」っていう表現なのかな? だとしたら貴重な意思表示だ。
 支援員さんから「食事の摂取量が減っているので、お好きな食べ物を持って来てください」と言われているので、いろいろ持って行ってる。
 
 支援員さんからの報告をもとに 先日 持って行った甘辛のから揚げは それまで閉じていた口を開いてくれたので、あ、これは好きなんだ^^と、ほっとする。
 でも…歯磨きが また難しい。
うがいした水を飲んじゃう(涙)
 『汚い水だから 飲まないで。 ぺって出して』と書いて、ガーグルベース(自称・入院の達人である私の恵)を口元にあてがうと 以前は出してくれたのに、効果なく飲んでしまう。
 思わず「お母さん…どうしたら出してくれるの~」と 溜息交じりにつぶやいてしまう。
 これを毎日してくれる支援員さん達は、本当に偉いなぁ。
 母の声が聴きたい。 笑った顔が見たい。 そりゃ「ゆうこ」って呼んでほしい。
 虚しさばかりが募る。
 そして、私の体も、どんどん故障が増える。
モートン病と言うらしい、足の裏の痛み。
布団の中で伸びをした瞬間に肋骨にひびが入る(もう何回も繰り返してる)
 体のあちこちが痛むのをだましだまし動く。 痛まないように動くコツは身についているので、すぐに「最小限の痛みで動ける」ようにはなる。
 でもね…たえず体のどこかが痛いのって、心も病むよねぇ…。
 頭皮と顔から大量の汗が出るので、思い切って短く切った髪も なんだかおさまりが悪く、体重も2キロ増えて、おしゃれをする気も落ちた。
 寿人はゴールどころか、試合出場時間も減ってるし…。
 なんだかもう やりきれない。
 もっと大変な症状を抱えながら笑顔で生活している人達もいるのは承知しています。
私も 眉間にしわを寄せて じっと縮こまっているわけでなく、不自由ながらも生活を楽しむ事もできてるんだけどね。
 そして この数ヶ月の一番の問題の目。
相変わらず歪むし暗いし、左右で見る視力もどんどん落ちてるし、重い気分で眼科の定期診察を受けたところ…。
 「水膨れが小さくなってますよ」
 え~~~。
 「自覚症状はどうですか?」
 全然 変わらないです。
 「視力も1.0 出てますし」
 え~ そうなんですか~。
 以前の写真と比べながら説明してくれる。
自覚症状は全然 改善してないけれど、これだけ見せられると「良くなってるんだ」と思わざるを得ない。
 「やっぱり嬉しいですね(ニコッ)」
 「二ヶ月先に また検査しましょう。 そこでまた再発してたら、今度こそ 大学病院で精密検査です」
 はぁ~い。
 欲が出て「水膨れが完全に消えたら、また元のように見えるようになるんですか?」と聞いてみる。
「う~ん、花桃さんの場合は、どうかなぁ~。これだけ再発を繰り返してるとねぇ…」
 正直なドクター(笑
 おまけに近々 異動になるので、次の診察は別のドクター。
「新しい先生に また診てもらってください」
 うん、別の目で診てもらうのも良いかも。 実質、セカンドオピニオン。
 悪い事ばかりが際立ってしまう中、一筋の光だわ。
 
 

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2016年7月21日 (木)

まだまだ続く

 内科の定期診察。
 先月、眼科の主治医が「内科のW先生と相談し、ステロイドホルモン剤を減らしてみて、中心性漿液性脈絡網膜症の回復を期待してみる」と言った…W先生が提案してくれたのかもと私は理解してたんだけど、内科の診察で 事実がちょっと違うのを知った。
 
 W先生は、ステロイド剤減量が中心性漿液性脈絡網膜症改善に直結するとは思ってないようでした。
 うん…私も そんな気がしてた。
 
 そして、今の状態でステロイド剤を減らすのは危険すぎる!
 この暑さで健康な人でも参ってるでしょうけど、私には『灼熱地獄』
 エアコンつけてると、関節があちこち痛むし。
 長袖カーディガンをはおり、腰にはバスタオルを巻いて靴下を足首まで長く伸ばして、エアコンの部屋におりますの。
 そして 母の用事で どうしても行かねばならぬ事が次々とでき。
 友達とのランチやお茶・ここちゃんとの休日を無期延期にして、最小限の活動にとどめてる。
 片頭痛まで始まった。
 もう一週間以上、毎日 頭痛がする。
『なんだか不調な時のPL顆粒』と『痛い時のロキソニン』をうまく使い分ける。
 でも…こんなに薬飲むのもなぁ…と服用を我慢してると、嘘みたいに治る時もあるので、これはやっぱり痛み止めに頼り過ぎてはいけなさそう。
 採血・採尿して検査結果を見たW先生は「SLE再燃は回復傾向にはあるけど、ステロイドを減らしても1.5錠だなぁ」と。
「私が減らすのをためらいます!」
 って事で、今まで通り2錠を処方してもらって「私がすごく調子の良い時、1.5錠にします」
 副作用でムーンフェイスになってきてるし、体重も『じわじわ増える』が『みるみる増える』になってるし、一番ステロイド減らしたいのは私なんだけどネ。
 早く夏が終わってほし~い。
 夏が終われば元気になれると、根拠のない自信(笑
 
 
 

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2016年7月 4日 (月)

経過報告

「中心性漿液性脈絡網膜症」だけじゃなく「加齢黄斑変性」かも…と 心配をおかけしています。
 月末の眼科の診察では『中心性漿液性脈絡網膜症』は改善しておらず、水膨れは大きくなってるとのこと…ふぅ。
 
「内科のW先生とお話ししたんですが…」と眼科のT先生。
 昨秋、初めて診断されて、血流を良くする薬を服用し、2月には「良くなってます(自覚症状の改善は無かったけど)」と言われたのに、5月の診察で再発したのは、もしかしたらステロイド剤の増量が影響しているかも…と。
 
 SLEの再燃傾向を抑える為にステロイド剤を増量したのが、ちょうどその頃。
 「W先生が減量を考えているそうなので、それで目の方が改善されるのを期待しましょう」って。
 それでも変化が無ければ、大学病院で精密検査ですって。
 
 って事で、精密検査の為に大学病院へ行くのは、一ヶ月半先になりました。
おまけに「加齢黄斑変性の兆候はどうですか?」と食い下がった私に「今のところ、その心配はありません」と あっさり。
 え? この前と随分違うように感じるんだけど…。
 でもまあ、余計な心配背負わない方が、私のストレスも減るので、ありがたく受け止めます。
 花桃の病気を心配してくださる皆様、ありがとうございました。
 
 でも執行猶予の身です。
 次の眼科診察まえでの一ヶ月半に、良い変化がありますように。
 
 『母のグループホームから特養への引っ越し』を柱に、この数ヶ月は心身ともに疲弊する事が続いた。
 当然、ストレスも溜まり『中心性漿液性脈絡網膜症』には悪影響ばかり。
 夫には愚痴や泣き言を言いつつ、物理的にも夫の協力を得て、まずは引っ越しを無事に終えた。
 少しだけホッとしてたら、思いがけない嬉しい事が続いた。
思わず跳び跳びしそうになる程のビッグプレゼント。
 
 
 その中の一つは、以前 テレビを見てて「これ欲しいな」とつぶやいたのを、夫がネット注文してくれてて、引っ越しの翌日に届いた事。
 夫は私が「これ買ってもいい?」と聞けば、絶対に「ダメ」とは言わない。
でも自ら買ってくれるのは、結婚以来、数えるほど。
 きっと ここ数ヶ月の頑張りをねぎらってくれたんだと思う。 口では言わない人なので。
 
 以前から私は『神様のポイントシール』を信じている。
一生懸命頑張っていれば、神様が絶対に見ててくれて、ポイントシールをくれる。
それが一定量になったら、思いがけないご褒美がもらえるって。
 
 この半月に私に訪れたいくつかの幸運は、神様のポイント還元だったんだろうな。
 大学病院の精密検査の執行猶予も、その中の一つのような気がする。
感謝しながら、一ヶ月半を無駄にしないようにしなくちゃ。
 
 そして…還元してゼロになったポイントシール…また こつこつと集めなきゃね。

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2016年6月14日 (火)

とうとう・・・

 「中心性漿液性脈絡網膜症」早口言葉のようなこの病名を すらすらっと言えるようになりました。
 2月の定期診察では「良くなっている」と言われ、でも自覚症状は改善されておらず。
 5月の診察で「再発してます」と言われ、だよね…と思い。
 その時「加齢黄斑変性の兆候も見られますねぇ…」と。
 そう、私の中では、もうこれは「中心性漿液性脈絡網膜症」じゃなく「加齢黄斑変性」なんじゃないの?って思いが強くなってた。
 
 右目だけで見ると、真ん中あたりに黒い靄がかかってるし、中心部分が大きく伸びてるし。
だから、サンフレッチェ広島の試合を見てると、視界の中心にいる寿人が、端っこにいるミナ君より大きく見える(笑)
 と、笑っていられなくなってきた。
 『中心部分が大きくのびる』が『ゆがむ』になってきた。
 車を運転中、信号停止した時に、ためしに左目を閉じて見たら…おぉ! 道路がぐにゃぐにゃに歪んでいるではないか! CG加工したみたい。
 今月末の眼科診察で、おそらく大学病院を紹介される。
ふぅ・・・また名大病院へ通うのか・・・。 それも『治す』為じゃない。 良くて経過観察。進行を遅らせる事ができれば嬉しいけど。
 
 右目 失明しちゃうのかな。
 両目でなんとかバランスとって見てるから、疲れるし、距離感が狂うんだから、右目が失明しちゃった方が 慣れれば大丈夫になるのかな。
 右目だけで済むのかな。 左目にも発症したら、本当に見えなくなってしまうね。
 ips細胞で網膜の再生ができるって。
「加齢黄斑変性」は、ips細胞利用の治療対象として名前が挙がる。
 二十歳で全身性エリテマトーデスを発症した時「現時点では、完治する治療法はありません。医学の進歩に期待しましょう」と主治医に言われた。
 あれから、37年。
 この病気に関する劇的な医学の進化は 私が知る限りでは 無い。
私の場合は、ステロイドホルモン剤の使用で、症状のひろがりを抑えるだけ。
治療法は 色々 研究されて、選択肢は増えてるだろうけど、同病の友達も複数が風になった。
 私は、あれこれ症状(障碍)を増やしつつも、工夫しながら日常生活はおくれるし、ささやかではあっても、娯楽も仕事も趣味も持てる。
それだけで本当に幸せだって、いつもいつも感謝してるのに…ここへ来て、こんな病気。
 でも まだこうしてPC触ってるし…時々 この先 どうなっちゃうんだろう?って不安になる瞬間もあるけど、まだ危機感が薄いかも。
 

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