病気(SLE・骨頭壊死など)

2019年7月31日 (水)

再会♡

 人工関節の診断書が必要になり、整形外科を予約しようとしたら「その日の予約はもういっぱいなので 当日 初診で来てみてください」

整形外科は もう定期的な診察受けてないのよね。

ん~初診で診断書かぁ・・・手術もしてるから記録はあるだろうけど、予約の患者さんの間に無理やり入れてもらった患者の診断書なんて ドクターも困るだろうなぁ・・・と 気が重かった。

 この暑さだしなぁ・・・行くの嫌だなぁ・・・。

 

 病院へ着いてしまえば冷房きいてて涼しいから良いんだけど。

 

 さて 長時間待たされる覚悟で居たら 思いのほか早く呼ばれた。

診察室に入ってびっくり。

 医師とは思えないビジュアルの女医さん。

茶髪というよりは赤い髪のレイヤーカット。お目目ぱっちりで愛くるしいお顔なんだけど、パッと見た印象が『ワイルド』

黒いタンクトップに黒いパンツでアクションつけて歌って欲しい・・・ガールズバンドのボーカルみたい。

・・・例えが古い(苦笑

 

 面倒な診断書の説明をする私に 優しい眼差しを向けてくれる。

・・・あ!

「もしかして・・・」

「気づいてくれましたか?」

「やだぁ~~! 気づかなかったぁ~」

2005年暮れに転んで骨折した時 手術してくれたドクターでした!

「苗字 変わったんですね!」

「そうなんです^^ 女らしくなったって言われるんだけど」

「おめでとうございます。 私は女らしくなったというよりも 先生 かっこいいーーー!と思っちゃった。宝塚の男役みたい」

 

 手術してくれた時は まだ新人のドクターだった。 髪も黒くて清楚で爽やかな印象だった。

「あの頃は忙しくてギスギスしてました」

え? そんな事なかったよ。 話し方はハキハキして気持ちよく 私には優しく可愛い新人ドクターだったよ。

 

 私を呼ぶ前にカルテの名前を見て すぐわかったって。 変わった苗字で良かった^^

すでに以前撮った股関節のレントゲン写真がデスクに表示されてて

「これ 私がやった手術です」

そうよねぇ~~~^^ 人工関節のステムの下で折れたので 簡単にプレートで固定できなくて 大腿骨に何本もボルトを打ち込み ワイヤーで巻いてある。

数年後、左の人工関節手術をしてくれたドクターがこの骨折後の写真を見て「綺麗にやってあるなぁ」と褒めてくれたんだよ。

「花桃さん 友チョコくれましたよね」

あ~~そうだった!

「私 お返ししましたよ」

・・・すぐには思い出せなかった。 後で『ホワイトデーに海老で鯛を釣るプレゼントを貰った』事を思い出した。

「花桃ゆうって名前でホームページやってましたよね」

え~ 私 そんな話もしてたんだ。そして ハンドルネームまで覚えてくれてたんだ。

ホームページは無料サーバーが無くなってしまったし、ブログも当時やってたところから引っ越ししたので、以前のブログは行方不明。(今気づいてガッカリ)

「花桃さん 全然 お変わりないですね」

ドキッ!!

「え~~! 私 おばあさんになっちゃったでしょう。 あの頃は おばさんだったけど、今や おばあちゃん」

「いえいえ、全然変わってないです。 可愛らしい雰囲気がそのままです」

出たっ! おちびさんあるある。

美人は冷たそうと思われがち、太った人はおおらかと思われがち・・・おちびさんは可愛いと言われがち。

 

 私はすでに 思いがけない再会で 嬉しくて足をバタバタさせてる。嬉ション状態。

話が次から次へと出てきそう。

「とりあえずレントゲン撮っておきましょうか」

「この診断書 レントゲン 必要でした?」

「必要では無いけれど、撮っておいた方が安心なので」

ドクターのパソコン操作で すぐにレントゲン撮影の申し込みもできて「じゃあ 行ってきま~す」

 

 数分後、撮りたてのレントゲン写真を見ながら「うん、綺麗ですね! 問題ありません」

うふふ^^ ここ何年か 急に股関節が痛み、歩けなくなったりして 時々 整形外科にはかかった。

 その度にレントゲンは撮って 若いドクターから「ゆるみは無いです」と言われても じゃあ なぜ痛いのよ~(泣)と すっきりしなかったのに M先生に言われると『問題無いんだ~♪』となる不思議。

「M先生(あえて新しい名字で呼んでみる)何年かはここにみえませんでしたよね?」

「そうなんです。戻って1年半くらいかな」

だよねぇ~ 会ってないもん。見かける事もなかったもん。

逢えて嬉しい嬉しいと言いまくる私に「また何かあったら来てくださいね」

「私 右が人工関節置換後15年なので そろそろ再置換なんだけど、M先生にやってほし~い」

「ごめんなさい! 手術はしてないの~」

週に二回 外来診察だけ受け持ってるのかな。 出産したのかな。

 聞きたい事はやまほど。

 2005年の骨折縫合手術の後、しばらくは通院してたけれど、予後良好で「卒業」となり、会えなくなってから先生は異動したんだろうか。

 そのあたりの記憶がない。

「異動する」と聞いた気もする。 あぁ~~なんで私 しっかり覚えてないんだろう?

 

 気の重い受診だったのに、スキップしたいくらいの嬉しい再会となりました。

診断書も「私が書いて良いのか確認してみます」からの「書いて良いそうなので、書きますね」と快諾してくれた。

 

 ちょっと動くだけで頭から汗がしたたり落ちるこの日、お寺の用事も済ませる事ができた。

長年(もう40年になる) 通院していると こんな嬉しい事もあるのねぇ。

 

 

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2019年6月22日 (土)

ぴっちー号(マイ車椅子)頑張った!・・・けど

 先週 土日、単独ぴっちー号で千葉へ観戦に出かけた。

 最初は夫が同行、2回目からは一人で。 4回目ともなればルートも頭に入り、無駄な移動はどんどん減って効率的になり、不安も無くなってきてる。

 単独車椅子だと、あちこちで見知らぬ人が親切にしてくれる。 ありがたく甘えさせてもらいつつ、自分で頑張れるところは極力頑張って、周りに迷惑をかけないように気を配る。

 

◆混み合う駅での衝突◆

3回目に行った時、人の行き交う駅で急ぎ足のサラリーマンと衝突する事 2回。(同じ人だったような気さえする)

不慣れな駅は 上の表示板を見て歩く人が多い。 で、ただでさえ視界に入りにくい低い位置の車椅子が近くに居るのに気づかず、突然 方向転換して来た人がぶつかる・・・というわけ。

2回とも その人の足元をぴっちー号が払う形になり、サラリーマンはつんのめった。 なんとか踏ん張ってくれたので転倒はしなかったけれど、どこか打ってるだろうなぁ・・・。 これくらいの衝撃だとこちらが倒れる事は無さそう。

お互いに「すみません!大丈夫ですか?」「ごめんなさい!大丈夫ですか?」と 同時にいたわり合えたのは良かった。

でも3回目は気をつけなきゃ・・・と、急ぎ足の人を見かけたら 同じ方向へ進んでいても なるべく距離をとる。

車椅子だとどうしてもスピードが出ちゃう。 別に暴走したいわけじゃない。リムの一回転でたくさん走った方が力が要らないので、どうしてもスピードが出てしまうの。

腕をできるだけ後ろに回してリムを掴み、一回転で出たスピードに乗れば惰性で進む。長距離を移動する時は ある程度スピードに乗った方が楽なの。

でも これは急に方向転換して来た人とぶつかる可能性も高い。 前回学んだ事を活かして、4回目は衝突無し。

 

◆エレベーター◆

小さなエレベーターに乗る時は 私が一番に乗るのが理想。 自動車の車庫入れ・幅寄せは苦手なのに、ぴっちー号だと後ろ向きでも狭い所へちゃちゃっと切り返して隅っこに寄せる事ができる。

隅っこに寄せて『開』のボタンを押して 後の人が乗るのを待ち、降りる時も私が『開』のボタンを押していて、最後にスルーッと出る。

皆さん どうしても『車椅子の人だからお世話してあげなくちゃ』と思ってくれちゃうようで「どうぞお先に」と譲ってくれた時は、ありがたく一番に乗り込んで、先述の方法をとってスペースを作り「まだ乗れますよ」と 次を待とうとした人を誘導する。

降りる時も 私を先に行かせようとしてくれるので「私が開ボタン押してる方が確実なので どうぞ降りてください」と仕切る(笑

 

◆列車の乗降◆

全然歩けないわけではないので、列車への乗降は車椅子から降りて自分で車椅子を押す。

列車とホームの隙間も 車椅子をヘッドアップさせてクリアする。 ここは けっこう神経を使う。 ここで私が転倒したら困るし、後ろの人を待たせるのは悪いし。

たまに駅員さんが手伝ってくれるんだけど、ヘッドアップできなくて力づくで持ち上げてくれたりして すごく申し訳ない。

新幹線は席に向かわず、ドアの奥側で一旦待機。 全員が乗り込んだのを見てから、車内に向かう。車椅子を置く為に車両の後方の指定席を買うので 出入口付近でもたもたすると 後の人が詰まっちゃうもんね。

これが在来線になると 更に面倒。 座席指定は無くても車椅子に座っていられるのはありがたいんだけど、荷物を載せて自分で押して乗せた車椅子から 荷物を下して自分が座るには ちょっとスペースが必要。

千葉では在来線に45分間 乗らなければいけないので、これがネック。

 

◆タクシー◆

ぴっちー号は セミオーダーでコンパクトなので トランクに載せられる。 運転手さんが戸惑うので 自分で折りたたんでおいて「倒して載せてください」とお願いする。

 

 こんな工夫を重ね、スロープやエレベーターを利用する為に遠回りもしながら『ひと昔前なら車椅子で外出なんてできなかったよね。ありがたい世の中になったわ』と感謝をする。

 でもね・・・やっぱり 色々 不便なのよ。

 

 試合終了後、タクシーを呼ぶのが難関。

1回目は 寿人も出てないし、雨だったから後半途中で出て来たのに、結局 タクシーが来たのは試合終了して皆がぞろぞろ出て来る頃だった。

新幹線指定席は いつも時間に余裕を持って買ってある。

2回目は 覚悟してた分、早くタクシーが来たものの、在来線の事故で列車が遅れ、おまけに東京止まりとなり、そんなアクシデントも『東京駅から新幹線に乗る』と決断して無事乗り越えた。

3回目は すぐにタクシーが来て、ホテル泊だったので 優雅な千葉の夜を満喫できた。

 

ところが! 今回は ここで大きく躓いた。

いつものようにタクシー会社に電話をかけると「全車 出払ってます」 2つ目の会社も「今 車が無いんですよ」 3つ目も同じ。

雨模様だったし、土曜の夜だしね。しばらく待って 最初の会社に再度電話。 同じ返事。

スタジアムも どんどん明かりが消えていく。 昔 広島でもあったなぁ・・・。

5回目の電話で「待つので予約はできませんか?」

「一時間以上かかりますよ。無理です」

え? 無理です? 

交差点で観客の誘導をしてる警備員さん達が困っている私を見て「タクシー通るのを 皆で見てあげて」と声をかけあってくれるけれど、一台も通らない。

警備員さん達も 柵の撤収を始めた。

どうする?

仕方ない! 皆が歩いて行く最寄りの駅まで車椅子で走るしかない。駅ならタクシーいるかもしれない。ここで待つよりは確立高そう。

雨が止んでたのが幸い。

最初に観戦に行くと決めた時、最寄り駅からスタジアムまで徒歩10分(だったかな?)が車椅子では無理だから、わざわざ遠い駅で降りてタクシーを利用するルートにしたのに、こんな事になるとは・・・涙。

暑い時や寒い時じゃなかったのも良かった。

人通りも無くなった歩道は暗い所もあり、歩道橋のエレベーターなんて道路からは死角になってるし。

この時の私は「とにかく駅まで行かなくちゃ!」と必死で、怖いのを忘れてた。

駅にはタクシーが2台留まってて 運転手さんが白馬の王子様に見えたわよ。

でも乗ってから 2社目に電話した会社のタクシーだと気づき「こんな近くに2台もあるのに なぜ無線でつかまらないのか?」と聞かずにはいられなかった。

・・・よくわからない説明だった。

分かったのは「予約も1日前とかだと 当日 車があるかどうかわからないので、試合が終わる20分くらい前に電話するのがベストです」ということ。

えええーーー? 一日前の予約はダメなの? 私の住む地域では1日前だろうが1週間前だろうが 予約したら間違いなく その5分前に来るよー。

と言ったら「きっと車がたくさんあるんでしょうね」 

恵まれていたのね、私の住む地域(笑

 

 こうしてホテルには何とかたどり着けた。

 

 さて翌日、練習場でのトレーニングゲームの見学。

広い練習場の向こう側半分で試合がありそうなのは分かっていたけれど、ぴっちー号では その向こう側の観客席には入れない。

しばらくこちら側で様子を見てたら、絶対に寿人を判別できないのが分かった。これじゃせっかくゴールしても それすら見逃す。

意を決して向こう側に行ってみる事にした。

屋根も無いので紫外線さんさん。膠原病で紫外線が大敵な私は長時間はいられない。帰りの体力を残しておかないといけないからね。

舗道を走って移動してみたら、小屋の陰があるのを発見。そこに身を寄せる。

正規の観覧席ではないけれど、車椅子だから許してね・・・と 思ってたら けっこうな人数が同じ日陰に立ったわ。

 見慣れたはずの寿人の『ボールを呼び込む仕草』を久しぶりに見た。

寿人アシストで勇人お兄ちゃんがゴールしたように見えたけど、私の目では確信が持てず。(後で公式サイトで確認できた)

日陰がどんどん狭くなっていくので、寿人が交代したら向こう側に戻るつもりだったのに、フル出場!(笑

 待望の寿人ゴールは無いまま試合は勝利。

 

 観客席の人達も 向こう側のファンサービスゾーンに移動し始める。

うぅぅ・・・かなりの人数だ。 

ユニフォームにサイン まだ貰ってないんだけど、今回は諦めようかな・・・。 でもせっかく来たんだから 様子だけでも見てみよう。

奥の方へ移動すると、人だかりに完全に埋もれる。 サインは ま いっか。 

諦めてたら、近くにいた同世代と思われる(年下でも50代だと同世代だと思ってしまう還暦の私)女性が「誰を待ってますか? 呼んであげますよ」と。

「寿人選手です」

「あ、私も これにサイン貰うから ちょうど良かった! 呼んであげます!」

お喋りしながら待ち、その女性のアシストで無事に寿人のサインを貰い、写真も撮らせてもらった。

車椅子じゃなかったら、こんな風に声かけてもらえなかったよね。 ぴっちー号に感謝。

 女性にもお礼を言って別れる。

 

 目的を果たせて、タクシーを呼ぶ・・・。 さすがにこの時間帯は「20分かかります」と言われて 10分くらいで来た。 その待ち時間でさえ電柱の細い日陰に身を隠す私(汗)

 

 そして最後の難関、在来線。

日曜日の午後を甘く見ていた。

 通勤ラッシュ程ではないでしょうけれど、車椅子をやっと押し込んだら身動きできない。座る事もできない。荷物を載せてるからたたむ事もできない。立ってる私と車椅子・・・すごいスペースとってる。 身の細る思い(細らないけど!)で2駅ほど過ごす。

 人が降りて少し隙間が出来たので奥へ移動して荷物を下し自分が座る。(荷物は自分の膝の上)

早く品川駅に着いてーーー(祈

 

 

 ・・・あぁ、いろいろ大変だった。

 

 2回目と3回目が わりとスムーズだったので気軽に出かけたけれど、今回のこれを経験してしまうと ちょっと怯むなぁ。

これから苦手な季節だし、広島時代も「夏はお休み」だったんだから、秋まではダゾーン観戦かなぁ。

 でもね、広島時代と違って、寿人のプレーが観られるのは あとわずかだろうと思うから 一回でも多く観ておきたいんだよね。

ダゾーンで観た方が 私の目にはよく見えるんだけど、それでも近くで応援したいんだよね。

何の力も無いって分かってるけど、応援の一粒になりたいんだよね。

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2019年3月 6日 (水)

はるばる

『試合には出ないだろう』と想像できたので、試合前に練習場へ行く事に。
 
 一か月前に買った新幹線指定席を買い替えなければいけない。
雨予報だし、寿人の出ない試合は夫も興味が半減してそうなので、一人で行こうかなぁ…と金曜日 変更に行く前に考えた。
 車椅子に乗っていれば転倒の心配が無いし、眩暈が起きたらそのまま座っていられるし、全然歩けないわけじゃないから、いざとなれば車椅子を押して歩けば良いし、日本語が話せれば初めての場所でも周りの人に聞いたり、援助をお願いしたりして、何とかできる!
 珍しく察知したらしい夫から「一人で行く選択肢はとらないように」とLINEが届いた。
 と言う事で、夫の気持ちに甘える事にして、指定席だけ変更した。
 
 一ヶ月前からルートはネットで色々調べてある。
 
 ジェフユナイテッド千葉公式サイトにあるアクセスは、私には不都合。
最寄り駅から車椅子で8分は無理なので、違う駅からタクシーを利用する事に。
それに伴って乗り換える路線も再考。
無駄な走りをせずに済むように、駅構内図をしっかり見て動きを予習。
 
 それだけ前準備しておいたけれど、予想通り、平面図と実際は違うのよねぇ…。
ちょっと迷ったり、狙っていた場所じゃない所へ出てしまったりしたけれど、ちゃんと辿り着けた。
 
 雨の日の車椅子は面倒臭い。
大きなレインポンチョで全体を覆うけれど、タイヤやリムが噛む。
練習場では幸い屋根の下に待機できた。
 普段はあまり興味の無いガチャも『せっかくオフィシャルショップがあるんだし、時間もあるから』とやってみる事に。
 たくさんのガチャから少し離れた場所で財布を出していると、ジェフユニの爽やか美人のお嬢さんが「寿人選手のファンの方ですか? もし良かったら これどうぞ」と、寿人のリボンガチャを。
「ありがとうございます~~~!!」と譲っていただいた。
 練習場では、たくさんの見学者が居て 時々「寿人」の名前が聴こえてきた。
『ベンチ外らしい』寿人を見に来てるのは私達だけじゃなさそう。
 仙台から・広島から…の人も居た。
 
 冷たい雨の中の練習を終えて選手達がクラブハウスに消え、さあ 私もスタジアムへ移動せねば。
 タクシーを呼べる距離じゃないのよね…頑張るしかない。
 舗装された歩道もアスファルトも 車椅子で数分走るとすごく疲れるの。
一般的な建物の床なら どれだけでも走れるんだけど。 見えない勾配もあり、ガタガタガタガタ…あらぬ方向へ進む。
 車椅子が壊れるんじゃないか。
 夫は傘を差してるから、私はポンチョを着て車椅子を押して歩く事に。
 
 フクダ電子アリーナスタジアムは外観もお洒落で素敵。 写真撮れば良かったなぁ…その時は 雨の中 とにかくスタジアムにたどり着くのに必死で、写真どころじゃなかった。
 ポンチョの裾をドロドロにしてスタジアムに到着。
どこから入場するのか、車椅子用エレベーターを探すのも一苦労。
 
 スタジアムグルメには目もくれず、やっとコンコースに到着してホッとする。
 
 オフィシャルイヤーブックを買った先着150名に、選手サイン会の参加券が配られる。
練習場のオフィシャルショップで購入し、参加券も入手。
 試合に出ないんだからサイン会は寿人でしょう!
 時間になって行ってみたら…寿人じゃなーーーい!!
 はぁ…ガックリ。
 
 試合前に選手がサイン入りミニボールをスタンドに投げ込むイベントがあるのを忘れて トイレに行ってた…。
 ベンチ外の選手も参加したのかなぁ…。

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 蛍光黄色のユニフォーム、買う前にネットで見た時は「え~~こんな黄色かぁ…そこに緑色なんて…ん~安っぽいなぁ…だいたい こういうスポーティなデザインは似合わないんだけど、この色合いは特に無理だ」と思ったのに、ギリギリに届いたレプユニを見たら「あら、意外といいじゃん♪」だった。

 スタジアムで見ると鮮やかに目に飛び込んで来て うんうん良いわ! 元気出る。

 でも…キックオフ前の両チームのチャントも私の前を流れていくだけ。

 寿人ファンになってからの13年間、チャントにはハミングで唱和し、たまに訪れるアウェイスタジアムでも 相手チームのチャントを興味深く聞いてたけど、今回は違ったなぁ…。

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手拍子もせずに ぼんやりしててごめんなさい!  だってしんしんと寒かったし…。

 

 帰りのタクシーを拾えないのを想定して、試合終了より前にスタジアムを出る。

スタジアム内から時折 起こる歓声を聴きながら「点 入ったね」

…電話で呼んだタクシーが到着したのは、結局 試合終了直後だったみたい。 スタジアムから一斉に人が出て来たもん。

 最後まで見てたら、あの混雑の中 車椅子で出るのは大変だったかも…タクシーももっと時間かかったかも。

 

 寿人がベンチ外な事について、ファンサポーターさん達も疑問を持ち始めた様子。

スタンドの席に座る寿人の前にジェフサポーターさんが立って、けっこう長い間 話しこんでた。

「頼むぞ」「何とかしてくれよ」「寿人に期待しているから」と言ってくれたかなぁ。

 

 試合当日に怪我もしてないのに、練習場に居る悔しさをエネルギーに換えて、寿人の力を見せる時が来るといいな。

 

 初めての千葉遠征、多少 迷いもしたけれど、車椅子を『押して歩いた』距離はわずかだったので、足の疲れは夫の方があったと思う。

 私は足の疲労はほとんど無い分、腕も肩も疲れて、昨日の通院は車椅子を走らせるのが無理でステッキにした。

 車椅子は安心だけど、面倒な面もある。

 シルバーカーなるものを買ってみようかな…と 思い始めている。

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 でも これはこれで不必要な場所では連れて歩くのが『邪魔』になるよねぇ。

このピンクの花柄の方、よく行く店舗でお値打ちになってたんだけどなぁ…。もう売れちゃったよねぇ。

 

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2019年1月12日 (土)

寿人欠乏の影響

 4週間毎に全身性エリテマトーデスの定期診察を受け続けて40年。(20年前までは2週間毎だった)
 検尿は毎回。 採血は不調が無ければ数ヶ月に1回。
 検尿も採血も 診察前に検体を出して、診察時には もう結果がわかる。
ただ、血液検査の一部は 外部で検査するので、私に結果が知らされるのは4週間後の診察時となる。
 さて、先日 いつものように定期診察に行き「前回の検査結果を見ておこうか」と ドクターがパソコンを操り「んん?」
 私の検査結果には 毎回 いくつかの異常値が出る。
でも主治医は「これは 〇〇が上がってるから 多少 上がるのは仕方ない」「△△がこの数値だから そう心配する必要は無い」などと、一つの項目が異常値でも動じない。
 その主治医が「ん? これは気に入らんなぁ」と言う時は深刻。
 全身性エリテマトーデスの勢いを判定するのに一番大事な『抗ds-DNA抗体』が跳ね上がってた!
 時系列のグラフを画面に出して「んんん…こんなに上昇してるもんなぁ…」と渋い顔。
 加齢と共に膠原病の勢いも衰えて 近頃は派生した病気や後遺症には苦しめられても SLE(全身性エリテマトーデス)の症状は ほとんど出ていない。
 この数ヶ月も 咳喘息以外は ごくごく普通の状態だった。
 久しぶりのステロイドホルモン剤の増量で「少し様子をみよう」と相成った。
 普段は私が「先生、だるいです・体が重いです・やたらと眠いです」と訴えて増量する事はあるけど、酷暑のしんどさが終わってからは私は元気(普通の人の6割程度だけど)だった。
 なんでかなぁ?
 帰宅後、採血した日を思い出してみて 合点がいった。
 12月11日。
 寿人の退団が新聞で報じられた直後だ。
覚悟してたのに 辛くて辛くて苦しくてたまらなかったころだ。
 心の不調が血液に表れたとしか思えない。
 なんと単純で密接な私の心と体。
 あの日、病院から特養の母の所へ行ったんだ。
いつものように無言の母におやつを食べさせ、手指のマッサージをしながら 私の心は寂しさで悶えてた。
 母は時々 私をじっと見つめる事はあるけど、あの日もそうだった。
そして涙ぐんだんだ…。
 目やにだったかもしれないけど、その時 私は『お母さん 私の気持ちがわかるんだね…』と思ったんだった。
 「お母さん…私の大好きなサッカー選手が名古屋から居なくなっちゃうんだ。だから寂しくて苦しくてたまらないの」と私が言えば、本来の母なら「いい歳して何を恥ずかしい事 言ってるの」と苦笑しただろうな。
 まだしっかりしてた頃「大好きなサッカー選手だよ」と 寿人の写真を見せたら「ゆうこ こんな面白い顔の子が好きなの?」って言ったよねぇ。(寿人はハンサムでは無いからね)
 
 1か月前のあの苦しさはもう消滅してるので、きっと血液検査の結果も 今なら問題無いような気がする。
 でもステロイドホルモン剤増量して効果が出るのは少し先なので採血はそれ以降。
そしてその結果が出るのはもっと先になるので これから数ヶ月は増量したままだわ。

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2018年7月 7日 (土)

初めての(場所へ)お出かけ

 1日(日) グランパスの古川キャンプに行って来た。
 …下見に行って来た。
 
 朝の陽ざしを見た瞬間 『無理だ…』と思ったけど、夫が運転してくれるから行けた。
下見と言うのは、私の本当の目的は、平日に行われる予定のトレーニングマッチを見ることだから。
 平日、単身車椅子で行く為には、夫同伴で下見に行っておかないと。
 
 キャンプ地 古川ふれあい公園は 前もって色々調べた。
公式サイトの写真を見ると…高台にあるっぽい・日陰は無さそう・長い階段・芝生の土手。
 うぅぅ…私に「来るな」と言ってる。
 
 ふれあい公園の管理部に電話して『車椅子でグラウンドまで移動できるのか・駐車場はどうなっているのか』確認する。
 写真や地図や聞いた情報をまとめて『遠くからでも見る事は可能』と判断。
 往復は、夫に甘えて(そういう意味の甘えて…じゃないよ)後部座席で横になっててもいいし…と 決死の覚悟で出かけた。
 
 はい、ちゃんと助手席で うちわや帽子やサングラスで日を避けながら、寝る事もありませんでしたよ! (変なプライドと 夫への誠意)
 
 車椅子で自走する身としては、階段なんてもちろん、ちょっとした段差も大きな壁になる。
こういう事は健康な人にはわからないだろうなぁ。
 現地に到着すれば、車椅子は『座る場所が確保されてる』わけで、そこは健常者よりも楽かも^^
 『足が普通だったら あそこまで行くのになぁ』っていう想いは いつも瞬殺。
 『来られて良かった』
 『連れて来てくれる夫が居てありがたい』と 自動変換される。
 
 高原の夏空。
 青く並ぶ山。
 風に揺れる樹木。
 気温は高くて 避暑地とは言い難かったけれど、それでも「家に居たら 今日は死ぬほど暑かったよね」
 
 往路のSAで食べたソフトクリームが美味しくて、帰りにも同じ物を食べた。
 ついでに言うと…高速道路を下りてから夕飯をとった店でも「あそこのソフトクリームがどう違ったのか確認したい」と この日 3個目のソフトクリームを食べました~~~。
 
 さて、無事に下見が終わり、水曜日のトレーニングマッチには、JRとタクシーを使って 行けるんじゃないか…と思った。
 
 でも火曜日に母のホームへ行っただけで、もうぐったり。
 車椅子を自走する力が無い。
 もし眩暈を起こしても車椅子だから倒れる心配は無いけれど、やっぱり家から遠く離れた場所で何かあったら困るなぁ。
 JRの乗り換えも 昔は単独車椅子でもこなしたけれど、体力の低下で自信が無い。
 
 無理だ…やめとこう。
 寿人がプレーする姿を見たい。 
あとどれくらい残されているのかわからない現役生活の中で、それを見るチャンスは 一回でも無駄にしたくない。
 揺れる想いも 前夜の体の状況で「無理!」と判断。
 
 よって何の準備もしないまま水曜日(トレマの日)朝を迎えた。
うぅ~薄曇りで風もあるじゃん。 私的には快晴よりも楽。
行けなくもない…とも思ったけれど、乗換駅へのバリアフリー確認もしてないし、急に行く事にするのは無理だ。
 
 なんともやりきれない思い。
 
 結局、トレーニングマッチは現地では酷い雨だったようで、行ったら行ったで大変だっただろうな…行かなくて良かったんだ…と 納得させた。
 
 どんどん動けなくなってるなぁ…。
 免許も車も持ってるのに、高速道路の運転したこと無い(怖くてできない)・2時間以上の運転した事無い(疲れるのが分かってるから したくない)・初めての場所の運転は前もって夫の運転で 独自の地図を作成しないとダメ。
 
 これは病気や障碍とは無関係。
 私がどん臭いだけ。
 

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2018年6月22日 (金)

真心の応援

 先週、洗濯機の中に居るような眩暈に襲われて以来、寝たり起きたり。
 最低限の家事だけすると ちょっと休憩で横になる。
 横になってると眠ってしまう。
 これじゃいけないよなぁ…。
 土曜日には少し食欲も出て来て、冷蔵庫の食材も底をついてきたし「よし!明日は、夫に同伴を頼んで買い物に行ってみよう!」と決意。
 さて、その翌日の日曜日早朝、布団の中で『あれ?なんか変』(デジャブか)
横になったまま目をこらすと…あぁ~見慣れた家の中の景色がぐるぐる回ってるぅ~~~。
 横になってるから倒れる心配は無く、でも気持ちの良いものではない。
 そうしてるうちに吐き気をもよおす。
 トイレまで杖と壁を頼りに移動する。 吐き気はあるものの吐かなかった。
 すっかり気落ちする。
 そこからまた『寝たり起きたり』
 このまま動けなくなっちゃうのかなぁ…。自己嫌悪と不安。
そんな時、友達とのやり取りの中で思いがけない力をもらったりした。
思いがけない人が『眩暈経験者』だったり。
 古くからの友達の中にも『眩暈経験者』は複数居たのを思い出して、アドバイスをもらう。
 火曜日は内科の定期診察。
 外待合に居ると、主治医が通りかかり「今日 眩暈がしたので その診察も予定して早めに来ました」と伝える。
 主治医が去ると 隣に座っていた女性が「私も眩暈やりましたよ。三ヶ月くらい何も食べられなかった」 あぁ~そうなんだ~。 私は 少し食べられるようになってきてるから、そこまでひどく無いのかなぁ。
 眩暈経験者の友達の話を聞いても 私は軽そうだったし。
 内科の順番が来て、いつもの血液・尿検査の結果は「SLE的には問題ないよ」と。
眼球の動きを主治医が見て「大丈夫そうだけどなぁ」
 私はいつも病院へ来ただけで ちょっと元気になり、主治医に会うと 更に大丈夫になる。
 ステロイド剤を勝手に増量した旨も報告してあり「ステロイドは、元の量に戻しておこうね」と諭されてしまった(苦笑)
 耳鼻科に回してもらった。 総合病院はこういう時 本当にありがたい。
 耳鼻科の問診票には「めまい」が別枠であるのね。
 症状の記入の他に、
・突然 目の前が真っ暗になる
・頭を動かすと眩暈が起きる
など、YES・NOで答える項目が複数あり、私は「ふわっとする感じ」以外は全部 NOだった。
 耳鼻科の中待合に居ると、同世代と思われる女性が車椅子を夫らしき人に押してもらって診察室から出てらした。
 看護師さんが「〇日に予約を入れました。耳から水を入れて あえて眩暈を起こす検査なので…」と説明してる。
 うへぇ~私もそれやるのかなぁ。 また来るのも嫌だなぁ…。
 名前を呼ばれ診察室に入ると、歯科医にあるような仰々しい椅子に座らされる。
 ドクターが眼球の動きを目視し「今は大丈夫ですね」 
 
 はい、そうなの。 じっとしていれば普通。
 そこから『仰々しい椅子』の意義を知る。
 
 看護師さんとドクターが声を合わせて「はい、椅子が回りますよ~」
 うひょ~回すんだ~~~。 思わず目を閉じてひじ掛けを掴む。 うん、これは誰でも一瞬 たじろぐよね。
「次は倒しますよ~」
 
 あ、ひじ掛けが無い! ひじ掛けは背もたれが倒れるのに合わせて引っ込むらしい。これは怖いよ。(眩暈とは無関係に 私は何かに摑まっていたい)
 次はゴーグルを当てる。 私には真っ暗な目隠しだけど「こちらからは 花桃さんの目が見えてますからね」とドクター。
 それを着けて椅子を回したり倒したり起こしたり。 最初の数回こそ、何か動きがある度に目を閉じていたけれど、後半は開いてても大丈夫になってきた。
 全てが終わり ドクターが「今は何の問題も無いですね」
 結局『一過性で自然治癒する眩暈だったんでしょう』との診断だった。
 ありがとうございます! 色んな人達に感謝。
 数日前だと車椅子の自走も難しかったけれど、この日は 夫が「仕事休んで連れて行こうか」と言ってくれたのを「タクシーで行けるから大丈夫」と断り、車椅子自走でひとりで来た。
 それは前日までの友達とのやり取りで貰ったエネルギーが大きく影響してたと思う。
 ヘタレの私は、ちょっとした思いやりがすごく効く!
 帰りには食材も買いたくて、さすがにそれは夫が「買い物中に何かあったら困るから」と 迎えに来て付き合ってくれた。
 この一週間、このまま動けなくなっちゃうのかな…と なんだかもう何もかも嫌になっちゃうような、面倒臭いような、投げやりな気分になる事もあった。
 まだふわふわした感じはあり(これは眩暈が起きる前からよくある症状)杖を使ってもスタスタ元気には歩けない。
 でも ゆっくり慎重に買い物に行ってみようかなと思えるくらいには回復してきた。
 母の所へも行かなくては。
 『周りに心配かけたくないから』と自分の病を隠す人が居るけれど、私は(年老いた親以外は)どんどん心配かける。
 心配してくれて『頑張れ』と思ってくれる人が一人でも多い方がエネルギーを貰えると思ってるから。
 って事で、たくさんの人に心配かけましたが、前向きに方向転換できそうです。
これからも どうか力を貸してくださいね。
 

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2018年6月15日 (金)

ぐるぐるぐる

 火曜日、特養の母の所へ向かう途中、いつものようにスーパーで母への差し入れ(一週間分の乳酸飲料・パン・お菓子・果物など)を買い、駐車場の車に荷物を載せようとして…杖を車に立てかけ…あれ?なんか変。
 股関節を庇う為に 普段でも摑まれるところがある場所では、必ずどこかに手をかけている。
 その時も無意識に車のドアに片手をかけてはいたけれど、体がそこにぐぐっと傾いていくような感じ。
『手をかけておく』では済まなくて『必死で摑まる』状況に。
 これは眩暈だ。
 もう体が洗濯機の中にいるように ぐるぐる回りだすような感覚。
ぐるぐるバットで回転した直後のように、意思とは無関係に体が引っ張られる。
 転んではいけない!!
 
 慎重に慎重に運転席に体を押し込む。
 隣のスペースが空いていたのが救いで、カートも荷物もそのまま。
『しばらくの間だけですから』の意思表示として、ドアも開けっぱなしで、カートを挟み込んでおく。
 5分くらい静かにして、洗濯機からは脱出できた。
 そぉ~っとそぉ~っと荷物を車に載せ替え、カートを所定の位置まで戻しに行く。
転ばないように、転ばないように。
こういう時 杖はありがたい。 杖無しでは怖くて歩けない。
 運転席に座り、やっと窓もドアも閉めてエアコンをつけて目を閉じる。
背中がシートにめりこんでいくような錯覚。
 しばしそうやって過ごしながら、さて…と考える。
 このまま帰るか、母の所まで行くか。 ちょうど道半ば。
 ここまで来たしなぁ…買った物もあるしなぁ…。
 じっと座っていれば眩暈も感じなくなっていたので 行く事に。
 
 母の所では、いつものように時間をかけておやつを食べさせる根気が続かず、早々に退出。
 今度は自分ち用の買い物。
 すぐに食べられるお惣菜などを買って 慎重に慎重に運転して帰る。
 はぁ…無事に帰宅できて良かった。
 洗濯機の中に居るような眩暈は治まったけれど、その後もずっと足元が不安。
 日中は風もあって、それほど暑いと思わないんだけど、老人は暑さや喉の渇きの自覚が無くなっていくんだってね。
 確かにここ数年『家にじっとしてれば、ニュースで騒ぐ程の暑さじゃないじゃん』と思いつつ、夕方からどんどん具合が悪くなり、夜のニュースで『今年の最高気温更新』を知り、なんと感度の良い体か…と思う事が増えて来た。
 体の感度が良いんじゃなく、自覚機能が衰えているんだな…危ないアブナイ。
 翌水曜日からはステロイドホルモン剤を大量投与し、ドーピング効果を狙ったのだけれど、期待ほどの改善が無い。
 発病した二十歳の夏、入院して大量投与(プレドニン16錠)が始まって間もなく、それまでのしんどさが消え、廊下を走りたいくらいの衝動を覚えた。
 ステロイドハイでもあったんでしょうね。
 たかが4錠では そこまでの効果は期待できないか…。
 日中、起きていられる時間が少しずつ長くはなってきてるけど、まだ買い物に行くのは怖い。
 室内でも杖を突き、壁に手を当てて ゆっくりゆっくり歩いてる。
 洗濯・炊事の最低限の家事はしてる。 掃除は…してない。
 こうして更に足の筋力も落ちていくなぁ…。
 一ヶ月前から約束してある友達とのランチまでには回復せねば。
その後、別の友達からのお誘いは『保留』にしてある。
 

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2018年4月 9日 (月)

受容する

 
 
 右股関節に痛みが出始めたのは 去年の年明け。
 「あ~ちょっと痛いなぁ…人工関節に異常が出てるのかなぁ」
 
 そして去年の夏、亜脱臼。
 亜脱臼の激痛は数日で治まり「あぁ~良かった」
 
 でも年明けからの痛みは消失する事が無く、少しずつ増していたんだと思う。
 
 2018年が明ける頃には、毎朝、起き上がる時に「あぁ…痛い」と。
一日の始まりに毎回 痛みを感じるのって 本当に嫌だ。
 怪我の痛みなら『日にち薬で治っていく』と思えるから我慢もできるけど、私の股関節の痛みは進行するのみだから気が滅入る。
 
  2004年に右、2012年には左を人工関節置換して、いくつかの禁肢位や不便はあるものの、時には杖無しでも歩くようになり 楽だなぁ、ありがたいなぁと思ってた。
 
 2012年からの5年間だって、たまに激痛(自分で理由がつけられる・回復する)があって
 室内でも杖に頼らなければ立てない事もあったんだけど、それは一過性で、そんなにめげなかった。
 
 なのに『悪くなっていくだけ』の日々が再開するとは…。
 
 そして、近頃は、毎朝起床時の痛みが『当たり前の痛み』になってきた。
痛いのが普通なので、痛みを少しでも回避できるような姿勢をとる。それでも痛いんだけどね。
 
 『当たり前の痛み』になると 気が滅入る事はなくなる。
 あぁ、私の受容力の素晴らしさ☆
 誰も褒めてくれないから自分で褒めとく!
 
 俳優の坂口憲二さんが 大体骨頭壊死症で活動休止を発表して話題になってる、その『大体骨頭壊死症』22年目のわたくしで~す。
 
  坂口憲二さんは、数年前に手術をしてるのね。 それで また痛みが出たとなると その時の手術は おそらく私のケースと同じで『骨切り回転術』でしょう。
 手術してリハビリして 色々気遣いや工夫しながら日常生活を送り、俳優業をやってきたのに「またダメなのかよ…」って 嫌になっちゃうだろうなぁ。
 インドア派の私と違って活動的な人だしね。
でも 今の状態だって、ナレーションとか歩かない役ならできるのになぁ…とも思う。
 
 ・・・私は こうやって自分で迂回路を作って来たんだろうね。
 
 子どもを産んでお母さんになる…と 気負いもなく想像していた自分の未来は 全身性エリテマトーデスの発症により『子供を産まない』道へ。
 
 それでも『理解ある夫と結婚できて幸せ』だと思えたし、人様の子どもを羨んで苦しむ事もく、友達や近所の子どもを可愛がって満足できてた。
 
 『お母さん』になってたら当たり前にやってたであろう事ができない寂しさよりも『子供が居たら こんな事 できなかっただろうな』と感謝する事さえあった。
 
  『できない者の開き直り』とは違う、もっと素直でシンプルな感情。
・子供が居たら こんなに好きな時に寝てられないよね。
・子供が居たら、学校へ急に呼び出されたりして 自分の予定がダメになる事あるよね。
・・・・自分の都合だけで好きな事ばかりできないよね。
・・・・子供の手前 頑張らないといけない事あるよね。
 
 子どものいる人が当たり前にやってる事をしなくてもいい、怠け者の私にぴったりの境遇ではないか。
 
 歳をとってきて「子どもが居たらなぁ…」と 羨ましく思う事は増えた。
それは子供が幼い頃の親行の苦労をせず、ただ単純に『頼れる若い存在が近くにある』のが羨ましいという身勝手な思い。
 
  『今が幸せ』と思えるのは 『今 当たり前にある物がずっとあるとは限らない』と いつも思ってるからなんでしょうね。
 
 股関節の痛み、2012年の手術の前には、痛みと違和感の為に 布団の中で足を四の字にできなかった。
 
 2004年の右股関節置換の前は、運転中、アクセルとブレーキを踏みかえる度に(激痛とまではいかないけれど、かなり強い)痛みがあった。
 
  台所で食事の支度中、股関節がずれた感じがすると椅子に片足を上げて自分で調整し、時に夫に引っ張ってもらった。
 
 私 よく頑張って来たじゃん…。
 今はまだ四の字もできるし、じっとしていれば痛みはほとんど無い。
 
 ただね…室内でステッキをつくと 日常的な動きがいちいち面倒臭い。
 何をするにも 一回一回 ステッキを持つ・ステッキを立てかける動作が入る。
立てかけたステッキが倒れると んぐ~~~っ!となる事も。 だって拾う動作が大変なんだもん。
 
 片手がステッキ用でふさがってるので、タンスの部屋からリビングに着替えを持ってくる事でさえ何往復かしなくちゃいけない。
 結婚以来、夫の下着と明日のワイシャツ・ネクタイは 毎回 私が用意していたけれど、
①自分の下着一式(重ねて片手で掴む)
②夫の下着一式(同上)
③ワイシャツとネクタイ
 毎回 3往復するのが 年明けの鬱状態の頃から 嫌で嫌でたまらなくなり、ストレスを溜めない為に 夫に自分の物は自分で用意するようにお願いした。
 自分の分だけ1回で運べる楽さを毎回 感じております。
 
 骨頭壊死になって 松葉杖をついてる頃でさえ、ちゃんとやってた『夫の着替えの準備』が嫌になったのは歳のせいかなぁ。
 
 痛みも不自由さも受容しながら、でも楽しい事がある幸せに感謝して もう少し頑張らないとね。

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2018年3月20日 (火)

車椅子でお出かけ

 
 2012年に左股関節も人工関節に置換し、2013年くらいから広島へも杖で行けるように。
 
 その後、スタジアム内の短時間なら…友達と待ち合わせる飲食店街だけなら…杖も無しで。(折り畳み杖は携帯)
 
 その頃「ああ、以前は車椅子で来てたよねぇ…よく来られたなぁ…あんな面倒臭い事 もう無理だわ」と思った。
 
 その面倒臭い事を またしたんだよね…苦笑。
 
 単身車椅子での広島訪問は、着替えなどを入れたバッグが膝の上に収まらなければいけない。
 車椅子の後ろに提げる方法も工夫はしてあるけれど、あまりに後ろが重いと重心が後ろになって危険だし、荷物がタイヤに触れないようにするには、結局 荷物の幅は膝に収まるのと同じサイズ。
 
 杖で行ってた頃は、大きなキャリーバッグがお供で、歩きやすい替えの靴も入れて行った。(短時間のみのお洒落靴とスタジアム内を歩ける靴を履き替える)
 
 それが小さなバッグには必要最小限の物しか入れられず、広島の友達は「ひざ掛け 良かったら持って行くよ」「必要な物があったら準備しておくから言って」と。
 
 今回のように昼夜の温度差が激しい季節は、本来ならば夜の観戦用に厚手のコートを持って行きたいところだけれど、バッグに入れられないから着ていくしかない。
 昼間は暑かったぁ…。
 
 その膝上に収まるバッグも、下り坂だと転げ落ちるので ショルダーバッグ兼用のデザインを選び、長い持ち手を付けて首を通しておく。
 
 
 自動車の運転はとてつもなく下手っぴで 慎重過ぎてドンくさい私だけれど、車椅子走行となると 一気に暴走族と化す。
 入院中「病棟でこんなにスピード出して車椅子で走ってるのは、子どもと花桃さんだけです」と 看護師さんに言われた。
 
 年配の方や 車椅子初心者は『ひじ掛け椅子の腕』のような感覚で、リムのてっぺんよりもやや先(下)から回し始める。
 それだと少ししか回転できず、キコキコキコと小刻みに回さないといけない。多分 息が切れる。
 
 私は、てっぺんよりもずっと後ろ、腕が届くギリギリまで後ろのリムを掴み一気に回す。
これだと一回転で すい~っと進む。
推進力が残ってるうちに次の回転を始めるので どんどん加速して、さほど力を入れなくても きゅい~んと走る事になる。
 
 歩くよりも断然早いし、長時間走行してても そんなに疲れない。(翌日、腕が筋肉痛になる事はある)
 
 地元の病院や市役所などは、車椅子ユーザーには便利にできている。
でも、公共交通機関を利用して一人で移動となると やっぱり色々 面倒な事が出て来る。
 
 列車の乗降も 昔は駅員さんに言って介助してもらってた。
でも それだとスロープの準備をしてもらい、列車が到着するまで一緒に居てもらい、もちろん押して乗せてもらい…なんだかすごく大事なのよね。 
 降りる駅でも駅員さんがスロープ持って待機してくれてたし。
 
 で、ある時から 列車が到着したら車椅子を降り、荷物を車椅子に載せて 自分で列車に乗せるように。 ベビーカーと同じような事よね。
 ホームと列車の隙間がちょっと怖いけど、これは杖でキャリーバッグを持って乗降する時も 実は難関。
 周りの人の迷惑にならないように素早く杖を使って乗降するよりも 車椅子を押してた方が『障碍があるんで』の免罪符になるような気がする。
 駅員さんを拘束しないで済むのは ストレス軽減。
 先週の広島行では、地元JRの乗降で「良かったら押しましょうか」「車椅子載せましょうか」と言ってくれる見知らぬ人も居て、周りは温かく いざとなったら誰かに助けを求めればいいと思った。
 
 そうそう これも車椅子ユーザーあるあるだろうけど、厚手の服の袖口は タイヤに擦れて汚れるので、袖カバーも装着。
 長い下り坂は、リムを握ってブレーキをかけ続けないといけないので、滑り止めのついた手袋も必須。
 これらフル装備で、私の車椅子「ぴっちぃ号」は快適な走りをしてくれる。
 地元の友達やボランティアでご一緒するお姉さま達、広島の友達も 私の車椅子には慣れていて 過剰な気遣いをしない。
「手伝える事があったら言ってね」が 一番 助かる。
 スロープが見つからず 数段の階段を私は手すりを掴んで上り、友達が車椅子だけを担いで上げてくれた事もある。
 
 初めて見る人は『車椅子だから押してあげなきゃ』となり、実は 私は人に押してもらうのが怖い。
 必要な時だけ助けてもらえるのは本当にありがたい。
 基本的には「長い上り坂だけ押してください」なの^^
 後は、手動の観音開きの扉も自分で開けて体を入れてすり抜ける。
ただ…このすり抜け技術に関しては 加齢のせいか ちょっと苦手になってきた。
だから近くに人が居たら開けてもらう事にした。
 
 小さなエレベーターに乗り込む時も 上手く車椅子を切り返しして、隅っこに収まる。
先週 駅のエレベーターでそれをしたら 一緒に乗ったマダムが「まあ!お上手ねぇ! あ、ごめんなさい。失礼だったかしら」と。
「いいえ、光栄です」笑
 
 これが自動車だと 広い駐車スペースでも 何度も何度も切り返さないと停められないのだけれど…苦笑。
 
 2015年秋 中心性漿液性脈絡網膜症を発症してからは、目の焦点が合いにくく 歪みや暗さ眩しさにも苦労するようになった。
 ステッキで歩くと、地面の位置が急に近づいたりする。 人混みの中を歩く時も怖い。 転倒したら即骨折だから 転ばないように注意して。
すごく集中してて 無意識にすごく疲労してたんだと思う。
 その頃から、広島へ行っても前日練習の見学だけしたら『ホテルへ帰って寝たい!』だった。
 
 今回は、久しぶりだったのに、さほど疲労感も無かった。
これは車椅子で転倒の心配が無いのが大きいんだろうね。
 
 車椅子の面倒な事とステッキの面倒な事と ちょっと格好つけてステッキも無しの快適さと転倒のリスクと 色んな事を秤にかけると…今は「遠出する時は車椅子」がベストだなぁ。
 
 
 

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2018年2月28日 (水)

燃えて来たーーー(!は付かない)

 股関節の痛みや その他の気がかりな事が重なり ずっと気持ちが晴れなかった。
オリンピックの実況中継も見る気にならず、夫が興奮しているのを醒めた気分で見ていた。
 
 
 今思えば少しずつ少しずつ受容して前を向き歩き始める準備は していたんだろうな。
 
 土曜日、ダゾーンでグランパスの開幕戦を観た。
吹田スタジアムは距離的には『行けるアウェイ』
でも 一昨年の夏に行って、スタジアムからシャトルバス乗車までの長距離徒歩に『もう二度と行かない』と思った。
 でも寿人の居るグランパスだしなぁ…と ちょっとは迷った。
調べたところ車椅子で行くには乗り換えが余分に必要なのがわかり「やっぱり行かない」と。
 不慣れなスタジアムではタクシーを拾う自信も無いし。
 
 で、ダゾーン観戦と相成り、寿人がスタメンじゃないのを知る…。
ジョー選手の加入で ちょっぴり覚悟はしてたから そんなにショックでは無かった。
 交代出場も無く試合は勝って終わった。
 
 ショックでつまらないか…と言うと そうでもなく。
試合は サッカー無知の私が見ていても スピード感があり、選手が連動し、この私が偉そうに
「上手いね」 「いいじゃん!」 「おーすごい!」と 何度も感嘆した。
 
 この感動も 私のレバーを切り替える力になってたんだろうな。
 
 そして日曜の朝刊で 70代女性の投稿を見つけた。
『20年間 頑張って働いてくれていた人工股関節の再置換手術を3月に控えて憂鬱な気分でいたが、箱根駅伝を見て元気が出た。5月には自分の足で大地を踏みしめたい(要約)』
 えーーー70代で再置換? 私 70歳になったら きっともう外出もしないから、その頃 痛くなっても再置換はしないつもりだった。
 それなのに この方は「自分の足で大地を踏みしめたい」と希望に満ちている。
 これを読んだ瞬間、私の心に最後の一滴が落ちて『プラス側』へレバーを切り替えるエンジンがかかった。
 
 ウィィ~ン…ピコーン!
 
 そうじゃん。 私も再置換すればいいんだ。
で、今はまだ足が着けないほどの痛みでは無いから 我慢できる所まで我慢して、最後は再置換がある!
 
 そう閃いたら もりもりと力が湧いて来た。
「燃えて来たぞーーー!」と声に出して、最初に思ったのは『ルヴァンカップ 広島へ行く!』
 
  Jリーグの日程が発表された時、真っ先に広島戦をチェックし、3月のルヴァンカップは『無理』と 即決断してた。
 まだ寒いし夜だし おまけに7時半キックオフでは日帰りできないし、無理無理無理。
 
 ところがプラス側にレバーが切り替わった途端、暑い時期より今じゃん・7時半開始なら宿泊にすれば帰りの新幹線に間に合うかドキドキしなくていいじゃん・平日なら新幹線もスタジアムもいつもより空いてるだろうし・何より行きなれた広島なら車椅子で効率的に行くルートもわかってる・寿人の広島との初対戦は見どころいっぱい・何よりルヴァンカップなら寿人も出るんじゃないか・ファンクラブ(まだサンフレッチェのファンクラブも継続してる)の招待券も使える…と これを行かなかったらもったいない!と思える事柄が次々と浮かぶ。
 
 急に燃え始めた私に「まずホテルをとらないと」と夫。
ホテルもすぐに予約でき、新幹線の時刻表も確認する。 あっという間の出来事。
 
 年が明けてから少しずつ力を蓄えていたんだろうとは思う。
友達の何気ない言葉や真心をキャッチできてた。 新聞の投稿欄の記事に目が留まった。その他の小さな偶然。
 これもすべて神様が導いてくれてたんだろうな。
 
  ただ…件名が「燃えて来たーーー!」でなく「燃えて来たーーー」なのは、私の心の小さな葛藤の現れ。
 日曜日にブログを書いてたら きっと「!」が付いてた。
3日過ぎたらちょっとだけ勢いが落ちた(苦笑)
 
 それでもホテル予約・新幹線指定席購入完了で もう後へは引けない。
 
 2012年に左も人工関節にしてから 最初はステッキで、そのうち 短距離ならステッキ無し(携帯はしてる)で広島へ行く度に「ああ、車椅子でよく来たなぁ…私 よく頑張ったなぁ…もう車椅子で来るのは嫌だわ」と思った。
 
 
 それがまた車椅子で行く事になろうとは…おまけに赤いユニフォームだわよ(驚)

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